剣鬼と黒猫   作:工場船

45 / 58
第四十一話:グレモリー対シトリー《その4》

『リアス・グレモリーさまの「騎士」ならびにソーナ・シトリーさまの「騎士」一名、リタイヤ』

 

 アナウンスの声が、無情にも響く。

 

(木場……)

 

 どうやら彼は敵と相討ちになったらしい。

 だがその事実に動揺などしていられない。霧を突き抜け飛来する黒腕に対し、一誠はそれを躱して気配のする方向に踏み込む。

 白いベールで視界を遮られながらも勢いよく腕を振りかぶり、目星を付けた位置に鋭い拳を放った。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちと共に影――匙は素早く後ろへ下がる。

 逃がさないとばかりに一誠は再び踏み込み、連撃を放った。

 

「ふっ!!」

 

 ジャブとフックを中心とした、鋭く、速く、コンパクトなラッシュ。

 拳闘そのものに関しては未だ素人然とした挙動が抜けない。しかし神器内部で行ったトレーニングの成果か、足運びは素早く隙が無い。

 赤龍帝のパワーも合わさり、一撃一撃に相手を昏倒させるだけの威力が秘められている。これをまともに受ければ、中級悪魔はおろか上級悪魔でさえただでは済まないだろう。

 

 対する匙はそれら全てを回避する。

 足だけではなく上体の動きで相手を惑わし、寸でのところでラッシュを潜り抜けていく。不可解なのは、時折空中を滑るような動きを見せていることだ。

 見れば黒腕の一つで背後の床を掴んでいる。その腕を操作することで、人体の常識では考えられない動きを見せて一誠を翻弄していた。

 

 一見して匙が有利に見えるこの戦い。

 実のところ匙も決定打を放つことができないでいる。

 

(硬い……!)

 

 理由は単純、匙の攻撃力では禁手化した一誠の鎧を砕くことができないのだ。

 相手から力を吸収しようにも、不意打ちで付けたラインは先の激突で既に剥がれている。赤龍帝のオーラを抜いて再度接続させるためには、直接神器で触れる必要があった。

 しかし一誠が隙の少ない攻撃に終始している今、それを行うのは至難の業だ。

 

 嵐のような拳打を潜り抜けながら、黒腕を伸ばして相手を打ち据える。

 だが一誠は止まらない。

 鎧が備える堅牢な防御は匙の反撃を受けてもなお健在。振るわれる拳が濃霧に穴を穿ち、その馬鹿げた威力を如実に示している。真っ赤なオーラを纏いながら一歩一歩踏みしめ迫る姿が、途轍もないプレッシャーを発していた。

 

(――――ッ……!)

 

 修太郎の鋭利極まるものとまた違う暴力的圧力は、目で見てわかりやすいだけに最悪の事態を容易に予測させる。

 『戦車』か『女王』に昇格(プロモーション)していればともかく、今の状態で一度でも直撃を許せば勝利は厳しいものとなる。攻撃が身体を掠めるたびに冷たい緊張感が背筋を貫いた。

 何せ相手は常に一発逆転の力を持っているのだから。

 つまりこれが、赤龍帝を相手にするということなのだろう。

 

 匙は床を掴んだ黒腕を操り、勢いよく背後に跳ねる。

 息を殺して濃霧に紛れ、再び一誠に攻勢を仕掛けようとしたその時。

 

「そこだッ!!」

 

 振り向いた一誠が、匙の方向にまっすぐ突っ込んだ。

 そのまま迷いのない拳の一撃。

 それに驚きつつ、しかし匙は黒腕を脚にして再び床を蹴り、一誠の攻撃を回避した。勢いのまま再び霧の中に潜むが……。

 

「――逃がさねぇッ!」

 

 一誠はすかさず背から魔力を噴きだして追いすがってくる。

 そして再度のラッシュ。

 不意打ち気味に迫られた匙は、回避に十分な距離を保つことができない。大気を引き裂く猛攻に冷や汗をかきながら、敵の拳を黒腕で逸らして身を守る。しかし一撃逸らすごとに腕を構成しているラインが引き千切れていく。

 

「くっ……!」

 

 ラインを伸ばして黒腕を再構成する匙だったが、一誠の連打は修復速度を上回っていた。

 

「おおおおおおっ!!」

 

「……!」

 

 吼える一誠が匙の顔面へ右ストレートを放つ。

 とっさに首を曲げてそれを躱すも、続けて放たれた左の二撃目が胸に突き刺さる。

 喀血しながら霧の向こうへ吹き飛ぶ匙。どこかの店舗に突っ込んだのか、ガラスが割れるような音と大きな倒壊音が一誠の耳に届いた。

 

 腕に伝わった確かな手ごたえに、しかし一誠は進むのをやめない。霧の中を突き抜け、匙が吹き飛ばされただろう店舗に踏み入る。

 直後、顎先に衝撃が走る。

 入り口の上に張り付くことで身を潜めていた匙が蹴りを放ったのだ。

 顔面をかち上げられ隙を作った一誠に、黒腕の連撃が襲い掛かった。

 それに対して一誠は腕を交差させ防御姿勢をとりつつ、拳の雨の中を突っ切って匙へと突進するが――突如として左腕を引っ張られた。

 

「――!」

 

 見れば、籠手にラインが接続されている。

 それは先ほど相手を殴りつけた方の腕だった。殴られる刹那、神器で一撃加えたのだろう。

 匙は六つの黒腕のうち三つを纏め巨大な腕を作り上げると、防御姿勢を崩した一誠の腹部にそれを叩き込む。

 

「……か……はっ……!」

 

 赤龍帝の力で強化されたパワーは、鎧の上からでも十分な衝撃を伝えてくる。

 結果、思わず大きく息を吐き出したことで動きが止まってしまう。

 ラインの伸縮によって吹き飛ばされることもできないまま、巨大化した拳による追撃の連打が放たれた。

 

 こじ開けられた両腕を黒腕によって押さえ込まれたことで、満足な防御も出来ずに殴られる一誠。

 徐々に大きくなっていく衝撃が鎧の下の本体に確実なダメージを与えている。おそらく殴られた部分は痣となっているだろう。

 

「な……めんなぁッ!!」

 

 咆哮一喝、痛む身体はそのままに、手首を返して腕を押さえる黒腕を掴む。そうして力任せに引っ張りつつ、自身も前に踏み出して匙の顔面へと頭突きを見舞った。

 

「ぐ、ぁ……ッ」

 

 直前に受けた攻撃のせいでクリーンヒットこそしなかったものの、超硬度を誇る兜との衝突は相手の意識をしばらく奪うに足るものだ。

 その隙に緩んだ拘束から腕を引き抜き、匙の顔面目掛けて左拳を放つ。

 が、匙は首を逸らしてそれを躱す。未だ意識は完全でない。無意識下の回避行動は、地獄の訓練がもたらしたものだった。

 しかし続く右拳は躱せない。腰だめから放たれた一撃が腹部に打ち込まれる。

 

 拳に伝わる手ごたえはしかし、何か柔らかいものに阻まれた。

 匙を見れば、破けた制服から幾重にも巻きつく漆黒のラインが覗いている。それは腹部だけでなく上半身全体を覆い、身体を保護しているようだった。

 なるほど、先ほど胸に与えた一撃もこれで威力を軽減されたに違いない。もしかするとこの防御は下半身まで覆っているかもしれなかった。

 

 そして幸か不幸か、腹部に加えられた一撃が匙の意識を呼び戻す。

 ほどけかけた黒腕の一つが再び編み込まれ、バネのように跳ね上がった。匙の身体に隠れて股下から飛び出した攻撃を一誠が認識することは叶わない。

 鎧の表面スレスレを疾風の如く駆け抜け、アッパーが顎に直撃する。

 

「――――」

 

 脳を揺らされがくりと膝を落としかける一誠。

 思うように意識が働かず、身体をうまくコントロールすることができない。

 その隙を突いて匙の右腕から伸びた大きな黒腕が襲い掛かり、凄まじい衝撃と共に一誠を大きく吹き飛ばす。このまま畳み掛けられるかと思われたが――。

 しかし、それだけだった。

 

「がはっ、げっ……げはっ……!」

 

 匙もまた、激痛とこみ上げる嘔吐感に追撃する余裕を奪われている。

 痛みに耐えることはできても、生理的な反応はまた別の話。これは、受けてしまった匙の落ち度だろう。

 さらに、いくら防御しているとはいえ赤龍帝の攻撃だ。全力でないにしろ手加減皆無の拳を喰らってただ済むはずがない。

 おそらく肋骨は何本か折れ、内臓にもダメージがあるはずだ。

 

(だけど……問題ない……)

 

 もはや先ほどまでと同様の動きをすることは叶わない。

 しかし、傷を負ったならば傷を負ったなりの動きをすればいい。幸いにして、匙は自分がどの程度の損傷でどれくらい動けるか嫌と言うほど思い知っている。

 そも匙の神器は、彼の意志が続く限り思うがままに操作できるのだ。多少のダメージはそれで補える。

 

 匙が息を整え終わると同時、一誠もまた立ち上がっていた。

 鎧にはところどころ罅が走り、佇む姿にも若干のふらつきが見える。

 ――通用している。

 その事実に、匙は口を笑みの形に釣り上げた。

 

「強いな……やっぱり強い。こっちは最初から全力全開で戦ってるってのに、まったく馬鹿げたパワーと頑丈さだ。おまけにこの霧の中でも俺の居場所をしっかり掴んでるときた」

 

「それはこっちの台詞だぜ、匙。第一、お前の居場所がわかるのだって、お前が強いからだ。ドラゴンの波動……っていうのかな、それが霧の向こうのお前からビンビン伝わってくる。タンニーンのおっさんに毎日追い掛け回されたのも無駄じゃなかったってことか」

 

 一誠の言葉に、匙は納得した。

 

「ドラゴンの波動、か……なるほどな」

 

 修太郎からの指摘で出来る限り抑えているつもりだったが、同じくドラゴンの力を持っている一誠には通用しなかったらしい。

 ならばもはや隠れること自体が無意味であるということか。

 

「……なあ、兵藤。俺はお前がうらやましかった」

 

 語りかける匙に、一誠は耳を傾ける。

 

「リアス先輩の自慢、伝説の赤龍帝。上級悪魔フェニックスを倒し、最上級堕天使コカビエルとやりあって、魔人の手から魔王さま方を救った功労者。誰もがお前を知っていて、期待してるのは馬鹿でもわかるぜ」

 

「…………」

 

 苦笑するその顔は、どこか自嘲しているようでもあった。

 一誠は、黙ってそれを聞く。

 

「すげえよな。悪魔になってから半年も経ってねえって言うのにさ。その点、同期の俺には何もない。……会談での話を聞いた時、俺は悔しかった。だってもし俺がその場に居たってよ、猫の手ほどの助けもできなかったのがわかったからな。まったく、嫌になるぜ! 何よりも会長たちが窮地に陥ってたその頃、俺は家でノンキに『お偉いさんが集まる面倒な場所に呼ばれなくてラッキー!』だなんて思ってたんだ。バカみたいだろ?」

 

 ぎりっ、と音が聞こえるほど歯を噛み締める。

 匙の顔には、もはや笑みなど無かった。

 

「俺は弱い……心も、身体も、何もかもが中途半端だ。だから、ここでそれを克服するのさ。赤龍帝で『兵士』のお前を、同じ『兵士』の俺が、誰もが見ているこの場で倒す。俺の夢のために、会長の夢のために……この一歩が、俺の『自信』になるッ!!」

 

 瞳はまっすぐに一誠を捉え、闘志に燃えている。その強い眼差しには一切の曇りも陰りも見えず、彼の強い意志だけを伝えていた。

 それに応えるかのごとく、『黒い龍脈』が輝きだす。

 無数のラインが漆黒の腕を編み上げる。その数、三つ。見るからに凝縮されたそれは、以前と比べ物にならない密度であることがはっきりとわかった。

 

「……!」

 

 筋線維の如きラインが脈動する。

 一誠の力を使っているのだろう。匙の総身を巡る未だかつてないオーラの充足が、離れていても伝わってきた。

 そして、こちらを射抜く目が一度閉じられ――開かれた、その瞬間。

 

「いくぜ、兵藤」

 

 黒腕の一つが床を蹴り、弾丸のように匙の身体が弾けた。

 まるで砲弾の如く地を滑るようにして疾走した匙は、驚く一誠の顔面へと右腕を叩き込む。

 走る衝撃はこれまでのどんな攻撃よりも激烈。堅牢を誇る赤龍帝の鎧を軋ませ、罅を入れる。

 

「が――はっ……!?」

 

 勢いよく跳ね飛ばされる一誠。匙はすかさず追いすがり、黒腕の拳を放った。

 とっさに防ぐ一誠だったが、防御した腕に痺れが走る。先ほどと比べ明らかに段違いなパワーは、防御の上からダメージを与えるに十分なものだ。

 

『この男……! 俺たちの力をそのまま返すとは、何という無茶を……』

 

 驚嘆するドライグ。

 今の匙は赤龍帝の力を全身に循環させている。一誠を利用することで限界以上の力を行使しているのだ。

 

「俺は、お前に勝つ! 今! ここでッ!」

 

「ぐっ……! 俺だって、負けるかよッ!」

 

 両者ともに、躱し、逸らし、受け止め、返す。

 応酬の加速は止まることを知らず、嵐の如き様相を見せた。

 

「兵藤ォォォォォッ!!」

 

「匙ィィィィィッ!!」

 

 もはや立ち入る隙など微塵も無い。

 ここに、吼える男の激突が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 修太郎はモニターに向けた目をわずかに細める。

 考えるのは匙の戦い方について。

 今の匙は一誠から吸収した力を使い、身体能力全般を劇的に向上させている状態だ。それに合わせてラインの黒腕も盾の役目も果たせるまでに強化されているだろう。

 しかしながら、限界を超えた強化は一歩間違えれば自身にも莫大な負荷がかかる代物である。それに加えていくら赤龍帝の力を上乗せているとはいえ、一誠の禁手と比べれば明らかな劣化品であり、正直な話をすれば悪手以外の何物でもなかった。

 それは匙とてわかっているはすだ。

 

 そのような無茶な手を取らずとも、距離を取りつつ丁寧に戦えば勝利できる可能性は十分にある。ルールと地形が味方している状況で、且つ持久戦となれば時間制限のある一誠よりも匙の方が優れているからだ。わざわざ同じ土俵で立ち向かう必要など無い。

 ではなぜか?

 まさか自分の力を過信して調子に乗ったわけではあるまい。もしもそうなら訓練期間中でとっくに心が折れている。

 

(意地、か)

 

 それしか考えられない。

 匙は真っ向から一誠に挑み、そして勝ちたいのだろう。

 修太郎は以前にそういった類の話を本人から聞いていた。

 

 非合理的だと思う。

 それしかできないと言うならともかく、有効な手段を持っていながらわざわざ捨てるなど愚の骨頂だ。

 自らの激情を晴らすことは確かに有意義だろうが、それにかまけて目的を見失ってしまえば大事なものを取りこぼすことになる。特に戦いの場であるならばなおさら、個人の感情は脇に置くべき事柄だ。

 ――と、昔であれば斬って捨てていただろう。

 

 だが今の修太郎はそれを否定しない。

 あれはおそらく、匙がこれから進むうえでやらなければならないことなのだ。所謂"けじめ"というものである。

 敵がどうしてもこちらの害になるような相手なら話は別だが、彼らは互いに友人であると同時にライバルだ。故に対等で在りたいのだろう。

 それが、少し羨ましいと感じる。

 

「…………」

 

 もしも自分にライバルが現れるとするならば、どんな人物だろう。

 思い返すと、武技を競って対等に渡り合えた者など闘仙勝仏やスカアハぐらいのものだった。しかしながら、彼らは好敵手と言うより先達であり、競い合うといった関係は少々違う。

 実力を見ればヴァーリが近いが、彼と修太郎では戦闘スタイルが噛み合わない。デュリオもまた同様だ。美猴ならちょうど良さそうに思えるものの、どちらかと言うとあれは黒歌を目の敵にしている。

 

 競うなら、できれば純粋な武芸者が望ましい。

 正面から自分と斬り合えて、尚且つ拮抗する腕前を持っていれば最高だ。

 しかし、今まで出会った人物を思い起こしてみても、条件に合う人物は見当たらなかった。

 可能性の点なら現在失踪中だという教会の魔剣士は中々だった覚えがあるし、ペンドラゴンの嫡男も才気に溢れていた。先ほどの戦いを見れば木場祐斗なども有望だ。

 彼らが追い付いてくることに期待したいが、どうだろうか。

 

 修太郎が力を求めるのは武芸者として染みついた(さが)のようなものだ。

 始まりは強制的なものであったが、長く戦ううちにそうなってしまった。

 その想いは、魔人の復活を知ったことでより一層強く修太郎を駆り立てている。

 

 最強などいう肩書に興味は無い。

 ただ、強く。出来るだけ強く。眼前の壁を両断できればそれでいい。

 そして今、目の前に立ちはだかる壁は大きく厚かった。

 

 そういえば、木場の師はルシファー眷族の『騎士』だと聞く。

 元・新撰組一番隊組長、沖田総司。

 静かにこちらの様子を観察するさまには微塵の油断も隙も存在せず、極まった使い手であることは一目で知れた。

 機会があれば一つ試合を申し込んでみるのもいい。

 もしかすると、伸び悩みを見せるこの現状を打破することができるかもしれない。

 

「シュウ、どうしたにゃん?」

 

 考え込む修太郎の様子を見て、黒歌が疑問符を浮かべながら呼びかけた。

 別のモニターを見れば、匙、巡、ソーナの三名を除くシトリー眷族とリアスたちの激突が始まっていた。

 戦況は、やはりシトリー側の優勢。しかしグレモリー側はそれぞれの個人技でうまく攻撃を防いでいる。

 

「いや……そういえば、ゼノヴィアのあれはなんだ?」

 

「あ、やっぱ気付いちゃうにゃん?」

 

 修太郎の言葉を聞いて、黒歌が微妙な顔になる。

 グレモリー側の陣形は、中央にリアスを据えた十字形だ。前方に小猫、左右にゼノヴィアと朱乃、そして後方にギャスパーを置いている。

 小猫は火車と『戦車』の頑強な身体で、朱乃は魔力攻撃で敵の攻撃を撃ち落としている。それはゼノヴィアも同様で、デュランダルの波動を用いて迎撃に参加しているのだが……。

 

「聖剣の余波をただ飛ばしているだけだろう。オーラの制御など最初から行っていないな?」

 

「ん~、パワーを高めるだけならかなりいいところまでやれるんだけど、抑えて研ぎ澄ますっていうのがまだまだなのよ。私は聖剣の扱いなんてわかんないから、とりあえず力が及ぶ範囲を把握するように言ったら……」

 

 ああなったらしい。

 要は抑えきれないからそのまま使ってしまえ、という考え方だ。それは果たして進歩と言えるのだろうか?

 

「まあ、出来るようになるのは、別に間違っていない……のか……?」

 

「根本的に時間が足りないから、仕方ないにゃん。迎撃技としてはそれなりに使えてるし、今後に期待よ、シュウ」

 

 修太郎としては少し釈然としない思いがあるものの、黒歌の言葉も確かだった。

 特に問題点も見当たらないので、良いのだろう。多分。

 

「それに、あのルールじゃなかったらゼノヴィアっちだって凄いのが撃てるのよ?」

 

「……剣士が『撃つ』という表現を使うのはどうかと思うのだが」

 

「シュウだって、あんまり人のこと言えないと思うにゃん。斬撃飛ばしてるし」

 

「あれはああいう技だ。才能にもよるが、然るべき鍛錬を積めば誰でも扱えるようになる……はずだ」

 

 だいたい30年ぐらいやれば、だが。

 そう言うと、ベオウルフが反応した。

 

「適当だなぁ……いや、悪魔なら挑戦してみてもいいのか……?」

 

 修太郎の言葉に突っ込み、そして考える素振りを見せる。

 彼も彼で戦士であるからして、そう言った話題には興味があるのだろう。

 

「俺もキミとやりあってから色々と調べてみたが、武術というものは奥が深い。少しばかり美猴から手ほどきを受けて実感した」

 

 ヴァーリが口を開く。

 会談以降、彼が美猴とつるんでいたのはそういった目的もあったのかもしれない。

 

「しかし……予想よりも良く戦っている」

 

 それはさておき、修太郎はモニターに目を移す。

 こうしてグレモリー眷族が奮戦しているところを見ると、彼女たちの潜在能力が如何に優れているかがわかる。

 ソーナの布陣は凡百の相手ならば容易に封殺できる構成だった。何せ視界を著しく制限された中で、花戒、草下、そして椿姫の三人による精密射撃に加え、由良と仁村が隙を突いて襲い掛かるのだ。

 広範囲の破壊が禁止されたルールも合わさって、並の者では一たまりもない。

 

「守りの要はハーフヴァンパイアと黒歌の妹だな。あの二人がいち早く反応するからこそ、他が着いて行けているんだろう」

 

 ヴァーリはそう分析した。一誠と匙の戦いばかり注視しているようで、しっかりとそちらも見ていたらしい。

 仙術を発動している小猫と吸血鬼の異能を操るギャスパーは、他のメンバーよりも広い知覚範囲を利用して迎撃を行っている。もしも彼らがいなければ、あそこまで拮抗することはないだろう。

 

「そりゃそうでしょ、なんたって私が本腰入れて鍛えたんだから!」

 

 胸を揺らしつつ、ふふん、と自慢げにふんぞり返る黒歌。

 どうでもいいことだが、彼女の目の前には食べ物が乗せられた食器が置かれている。知らないうちにVIPルームに用意された食べ物を運ぶよう手配していたらしい。相変わらず、食の確保に抜け目のない猫だった。

 

「妹に暴走の危険性は無いのか?」

 

「一定以上の気を吸収できないように封印をかけてるから心配はいらないにゃん。とんでもない邪気が近くで発生しない限り、制御するのにも問題は無いはずよ」

 

 当然だが、そこの辺りに抜かりはないようだ。

 でなければそもそも小猫がゲームに出場することすら許可されなかったはずである。

 

「グレモリー側の『女王』も力を収束し始めていますね。効率そのものはまだ改善の余地が見られますが、良いセンスをしています」

 

 ロスヴァイセは朱乃を見てそう評価した。

 大規模攻撃が注目を浴びがちな朱乃だが、範囲を絞った攻撃が出来ないわけではないのだろう。徐々に環境へと適応してきたからか、反撃の力を強めてきている。

 総合的に見て、グレモリー側の不利はかなり改善されていた。

 

「ほら、勝負がわからなくなってきたでしょ? んでもって、ここから巻き返すにゃん!」

 

 そう言って、黒歌はにやりと笑みを作り修太郎を見てくる。激しい戦いに感化されたのか、やや興奮気味だ。

 

「確かに、このままソーナ嬢を残して全滅する可能性も出てきたな」

 

 それに対し修太郎は冷静そのものの口調で答えた。

 何とも含みのある反応に、意外なような、そうでないような、黒歌は少々不満げだ。

 

「なによう、まだなんかあるって言うの?」

 

「さあ、どうだろう」

 

 修太郎はそうはぐらかす。

 

「……ロスヴァイセ?」

 

「えっと……さあ、どうでしょう?」

 

「む~、何その『二人だけの秘密』みたいな感じ! 大人しく吐くにゃん!」

 

「わ、わっ! 黒歌さん!?」

 

 ロスヴァイセからも同じようにはぐらかされ、黒歌は立ち上がる。

 そしてそのままテーブルの向こう側に座るロスヴァイセに近づき飛び付いた。

 理由をぶっちゃければ修太郎を問い詰めても面白くないからだ。

 

「あっ、ちょっ、待っ……どこ触って……ひゃん!」

 

「ほらほら、大人しく聞かせなさいな!」

 

「あぅ、やめ……そんなとこ……ああんっ!」

 

「にゃははは! なんか調子でてきたにゃん!」

 

 くんずほぐれず。

 悪乗りし始めた黒猫の笑い声と、戦乙女の嬌声が警備室にこだまする。

 その光景を見て、満足げに頷きながらベオウルフが呟く。

 

「う~ん、じゃれあう女の子たちって良い絵だよなぁ。そう思わない?」

 

「そうでしょうか? 割とよく見る光景なので……」

 

「俺にはよくわからないな。何が面白いんだ?」

 

「ダメだこいつら、話になんねぇ」

 

 そんな会話をしていると、警備担当の一人が声をかけてきた。

 

「主任、よろしいですか?」

 

「ん? ああ、少し待て」

 

 一転して真剣な顔つきになったベオウルフは、席を立った。

 忘れていたわけではないが、ここは彼らの仕事場だ。

 流石に好き勝手し過ぎたかもしれない。

 

「申し訳ない。五月蠅くしすぎました。ほらクロ、いいかげんにもうやめろ」

 

「あ! むー、いいところだったのに……っていうか仕事してたのね、ベオウルフ」

 

「うぅ、できればもう少し早く助けてほしいです……」

 

 何か問題でも起こったのか、ベオウルフは部下に様々な指示を飛ばしているようだ。中々に慌ただしい。

 その様子を見ていると、ベオウルフと目が合った。

 

「何かありましたか?」

 

「ああ、まあね。でも、キミらは何も気にしなくていいから。これは俺たちの仕事だ」

 

 そう釘を刺されてしまう。

 なるほど道理である。非常時であればまだともかく、来賓に協力を求める警備担当など普通はいない。

 

「了解しました」

 

 修太郎としては正直な話気になって仕方がないが、ここは理解するしかないだろう。彼にも立場というものがある。

 しかし、自分が守られる側の立場にいることにはまったく慣れない。

 気を紛らわせる目的も含めて、ゲームを見るべくモニターに目を戻す。

 

 グレモリー対シトリーの戦いはもはや終盤、決着は近い。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 殴る。

 確かな手ごたえと共に、相手の口から赤い飛沫が飛ぶ。

 

 殴られる。

 衝撃が身体を貫き、筋肉と骨の軋む痛みに意識を刈り取られそうになる。

 

 さらなる反撃は躱されてしまう。

 隙を突かれ、がら空きになった胴に剛打が撃ち込まれた。

 こみ上げる吐き気と口内に充満する血の味を飲み込み、踏み込んできた相手の腹にカウンターの蹴りを見舞う。

 

 そうすれば、今度は逆の状況だ。

 その隙に息を整え、相手が赤い液体を吐き捨てると同時、殴り合いを続行する。

 

 両者をつなげる漆黒のラインは互いの距離が離れることを許さない。

 本来ならば早々に切るべきであり、事実そうしようとした。しかし尋常ではない強度でそれは互いを繋ぎとめている。

 

 蛇の如く伸びる三つの黒腕を最小限の防御で逸らす。

 ビジュアルから見て脅威に思えるそれらの拳打は、その実そこまで高い威力は持ち合わせていない。まともに取り合えば、相手自身の右腕から放たれる本命が自分を襲うだろう。

 

 修行中、『こもった一撃』というものをタンニーンから聞いたが、今の相手――匙が放つ拳はまさしくそれだ。

 攻撃力も防御力も勝っているはずの一誠に確実なダメージを蓄積させる正体不明の力、なるほど恐ろしいと言える。

 それを如実に表すのが、匙の瞳に燃える意志の炎だ。渇望や欲望、執念とも呼べるものが、匙を突き動かしている。

 一誠の攻撃を受け続けてなお衰えない力は、その強い感情がもたらしているものなのだろう。何度殴っても倒れないと思わせる『凄み』があった。

 自分はいったい、あと何回攻撃を加えればよいのか?

 終わりの見えない戦いに寒気すら感じる。

 

 強い。目の前の友人は、こんなに強かったのかと改めて思う。

 そして、そんな彼がこうもまっすぐ自分と向き合い、ぶつかってくれることに心が昂ぶった。

 ならばこちらも相手に伝えなければいけないことがあるだろう。

 

 強靭に伸びる黒腕の一つを鷲掴み、引き抜くように匙の身体を引き寄せる。

 その勢いに乗って放たれた匙の拳に、あえて踏み込むことで紙一重で躱した一誠は、頭突きを相手の胸に喰らわせ勢いよく跳ね飛ばした。

 カウンター気味に決まった攻撃だが、おそらくはラインの防御により大したダメージを与えてはいないはず。

 だが距離は離れた。

 

「はぁ、はぁ……なあ匙、さっきお前は自分のことを弱いだなんて言ってたけど、それは俺だって同じさ」

 

 息を整えながら語りかける一誠に、匙は動きを止める。

 話を聞いてくれるのだろう。しかしラインを編みなおす様子を見る限り、油断も容赦もしない心積もりであるようだ。

 それに兜の下で苦笑する。

 

「ライザーの時だって、コカビエルの時だって、そして高円雅崇の時だって、俺は一人じゃなんにもできなかった。叩きのめされて、通用しなくて、そして結局最後の最後になるまでダメダメだったさ。俺が活躍できたってんなら、それは俺じゃなくて『赤龍帝』……ドライグのおかげなんだ」

 

 ドライグの力が無ければ一誠には何もない。そもそもリアスが自分を悪魔に転生することすらも無かっただろう。

 神滅具を外してしまえば、そこには煩悩に塗れた男子高校生が一人いるだけ。そう、自分には他の人たちが思うほどの価値など無いのだ。

 

「それなら――価値が無いなら、価値を作ればいい。俺はそう思う」

 

「価値を……作る」

 

「ああ。俺は今まで上級悪魔になって、ハーレム王になれればいいと思ってた。それは今でも変わってないさ。でも、それだけじゃダメなんだ。俺は自分の価値が欲しい。お前が言ったように俺が部長の自慢だっていうなら、それにふさわしい奴になりたい。ああそうだ、俺は……俺は……! みんなが誇れる『赤龍帝』になりたいんだ!!」

 

『相棒……』

 

 大声で言葉にすると、目の前が開けたような感覚が走った。

 他の人にとって一誠は既に赤龍帝であり、今更このようなことを言うのは意味の無いことに思えるかもしれない。自分で言うのもなんだが、漠然としすぎて何をすればいいのかすらわからないのだから、教師を目指す匙と比べればビジョンが曖昧にもほどがあるだろう。

 だが、それでいい。今はそれだけでいいのだ。

 

「だから、この戦いは俺が勝つ! この力を手に入れるために部長にあそこまでさせといて、ここで負けちゃかっこ悪いもんな! なあ、匙――おっぱいってのは、つついても気持ちいいんだぜッ!!」

 

 拳を構え、攻撃の意志を示す。そうして勢いよく踏み込んだ。

 戦闘再開だ。

 

「ふっ――ざけてんのか兵藤ッ!! 何を言うかと思えばおっぱいだと!? つついただと!? ああぁ!? 手前ばっかいい思いしやがって、ぶちのめしてやるッ!!」

 

 その瞳に嫉妬の炎を加えた匙が、嵐のような拳打で応じる。

 心なしか、口元は笑みを浮かべているように見えた。

 

「誰がぶちのめされるかよ! おっぱいは俺の力だッ! 揉んでつついて何が悪いッ!!」

 

 神器の中でドライグが呆れる気配を感じるものの、今はどうでもいい。

 殴る。

 殴られる。

 痛みに退き、意志を振り絞って前に出る。

 自分の目標、その最初の一歩を宣言したからか、それが無性に楽しかった。

 

「だいたい何だ触るって! 俺だって会長の裸を拝んだのはつい最近なんだぞ!! どうなんだよ! 女の人の身体ってのはやっぱり柔らかいのか!? プリンかマシュマロみたいってのは本当なのか!?」

 

「ああ本当だとも! むしろそれすら陳腐に感じられるね!! おっぱい最高だ!! っていうか会長の裸見たことあるのかよ!? ならいいじゃねえか!!」

 

「暮さんとの訓練中だぞッ!? めちゃくちゃ怖えぇんだ! いいわけあるか!!」

 

「お、おう……!?」

 

 殴る、蹴る、躱す、受け止める。

 殴って、殴られて、殴り返して、また殴られる。互いに叫び声をあげながら、その繰り返しに没頭する。

 

「羨ま……しいんだよッ、ちくしょう!!」

 

 そしてとうとう、匙の拳が兜を砕く。

 飛び散る破片の中、衝撃に額から血を流しながらも一誠は匙を睨み、笑った。

 顔面をひどく腫れあがらせた匙も、不敵な笑みを返す。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

「はああああああっ!!」

 

 白熱する打撃合戦。

 純白の背景を赤と黒の旋風が蹴散らしていく。

 互いの想いを拳に乗せた応酬は、言葉よりも明確に意志を伝える。絶対に負けられない戦いがここにあった。

 

 そうしてどれほどの時間が経っただろうか。

 永遠に続くと思われたぶつかり合いにも、終わりが近づいていた。

 

 匙は、身体のほとんどを赤黒く染めて佇んでいた。吐く息も弱々しく、風切るような呼気を漏らしている。

 一誠も多くの血を流してはいるが、未だ健在。鎧は全身くまなく罅に覆われてはいるものの、その機能を損なってはいない。

 一見互角なようでいて、やはり正面からの戦闘では明らかな優劣があったのだ。

 これが匙の限界だった。

 

「……終わりだ、匙!」

 

 息を荒くしながら、一誠は歩みを進める。

 匙の瞳には未だ勝利への執念が燃えている。敵は諦めていない。

 それ故に容赦はしない。全力で沈める。

 

 案の定、黒腕の連打が鋭く襲い掛かる。今までになく苛烈なそれは、しかし込められた威力故に直線的になっていた。

 背部から魔力を噴出させることで攻撃の隙間を一気に駆け抜け、右拳の一撃を匙の顔面に打ち込んだ。

 鈍い手応えの直後、ぐらり、と匙の身体から力が抜けていく。

 

(何だ……?)

 

 それに違和感を感じる。

 あっけない(・・・・・)

 てっきり回避するかと思っていた。そのために左拳を本命として残していたと言うのに。

 まさかこれで終わりか? この程度なのか?

 その困惑が、一誠の挙動に決定的な隙を作ってしまう。

 

 気付けば、懐に匙の姿があった。

 一誠の背筋に寒気が走る。

 特大の警報が頭の中に鳴り響く。

 これだけの近さだ、威力のある攻撃など放てはしない。だと言うのに、嫌な予感が止まらなかった。

 まずい、動かなければ。

 反射神経を総動員して身体に命令を送るも、しかし間に合わない。

 

「ああ……終わり、だ……兵藤」

 

 直後、一誠の腹部に爆発したと錯覚するほどの衝撃が走った。

 

「が、っ……!?」

 

 身体から力が抜ける。

 胃から大量の血液がこみ上げ、そして吐き出された。

 今までと比べ想像を絶するダメージに立つことすらおぼつかなくなる。

 たまらずに、膝をついてしまう。

 

 ――匙が一誠と戦うことは、早い段階から決定していた。

 

 シトリー眷族のメンバーは、ロスヴァイセの協力を得てそれぞれが各人に合った魔法を習得している。

 たとえば巡の障壁割断や、花戒の連続精密射撃などがそれにあたる。

 そんな中で、匙が会得した技は――名付けて『魔力発勁』。

 衝撃ではなく魔力波動を敵の内部へと伝播させることで、堅牢な外殻を無視してダメージを与えることができる技だった。

 参考にしたのは無論のこと修太郎の寸勁打撃だ。

 

 しかしながら、魔法によるアシストと『僧侶』の特性による魔力制御の向上、そして匙自身のイメージ力を統合させても技の成功率は10%に満たない。

 対象が止まっていてさえそうなのだから、戦闘中に成功させるのは至難を通り越して奇跡の領域だ。

 それ故に、放つには相手が相応の隙を作った状態でなければならなかった。

 

「はあっ、はあっ、最後に、油断したな……兵藤……ッ……、残心は……はあっ、戦いの基本だぜ……!」

 

 匙は息も絶え絶えに一誠を見下ろしそう言った。

 一誠の攻撃はわざと受けた。覚悟を決めても意識を刈り取られそうになったが、牽制の一打であったことが幸いしたのだろう、何とか復帰し隙を突くことができた。

 発勁の成功についても賭けだった。もしも失敗していたならば、今頃自分は医療ルーム行きだ。

 しかし、正面から匙が勝つにはもはやこの方法しか思いつかなかったのだから仕方がない。

 

 対する一誠は答えない。ぐらりと身体を床に倒し、動かなくなる。

 

「サジ」

 

 背後からかけられた声に、匙は振り向く。

 もはや目も耳も使い物にならないほど痛めつけられた状態だが、それだけは聞き逃さない。

 そこには自らの主、ソーナ・シトリーが佇んでいた。

 

「見て、ましたか……会長……。俺、兵藤に……赤龍帝に、勝ちました」

 

「……ええ、大殊勲です。良くやりましたね、サジ。あとは任せて、休みなさい」

 

 微笑みを浮かべるソーナ。

 それを見て、匙は満足げに目を閉じる。

 やはり限界だったのだろう、そのまま尻もちをついた。

 

「会長……すみません、お言葉に甘えます……」

 

 そうして、光に包まれて消えていく。

 

『ソーナ・シトリーさまの「兵士」一名、リタイヤ』

 

 その様子を見届けたソーナは、次に倒れたままの一誠へと目を向けた。

 

「会長……? ぐ……がはっ!」

 

 砕かれた兜から、見開かれた目が覗いていた。ソーナの姿を認めた一誠は、ゆっくりと上体を起こそうとするが、うまくいかない。

 

「あまり無理はしないことです。あなたの根性は脅威的ですが、どのような物事にも限界というものがある。もう少し自愛なさい」

 

「だけど……ぐっ……!」

 

「その傷では、放っておいても医療ルーム送り。兵藤一誠くん、あなたはサジに負けたのです。そして、これからリアスも」

 

「そんな、こと……ッ!」

 

 確かにもう限界だ。匙に負けたのも、悔しいが認めるしかない。

 だが、敵の本丸を前にして黙っていられるほど利口でもない。

 オーラを振り絞り、魔力弾を放つ。この至近距離なら躱せないと思ってのことだ。せめて一矢報いなければ、赤龍帝の名が廃るだろう。

 

「無駄です」

 

 しかし、その攻撃はソーナの身体をすり抜けた。

 一誠の放った赤い旋風は霧を突き抜けガラス張りの天井を打ち砕き、異空間の彼方へと消えていく。

 

「な……!?」

 

 その光景に驚愕する。

 倒れ伏す一誠を見下ろしながら、ソーナは事実を告げる。

 

「あなたたちは、塔城小猫さんの仙術探知を使って私がショッピングモールにいると当たりをつけているのでしょうが、この私は幻影です。残念でしたね」

 

 すなわち、リアスたちの行動はまったくの無駄に終わる可能性が高いということ。

 ここにいてもグレモリー眷族は消耗するばかり。敵をどれだけ撃破しても、狙うべき『王』はこの通り無傷。まんまと消耗戦に持ち込まれている。作戦は、失敗だ。

 そのことをみんなに伝えなければならないのに、もはや立ち上がる力すら湧いてこない。

 意識はひどく混濁し、視界の大半を闇が覆う。

 今度こそ限界だ。

 身体を光が包んでいく。

 

『リアス・グレモリーさまの「兵士」一名、リタイヤ』

 

 アナウンスを背に、ソーナは歩みを進める。

 その瞳は冷静そのものに、ゲームの戦況を把握しているようだった。

 そうして、口を開く。

 

「準備は整いました、頃合いです。さあ、リアス……我が『霜の都』に沈みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 変化は唐突だった。

 異変に対し、最初に反応したのは小猫。動物特有の優れた知覚が、漂う空気の変調を感じ取った。

 

「これは……?」

 

 同時に、辺りを囲む気配が一斉にこちらへと近づいてくるのを感じた。

 それは今まで射撃のみに終始していた者も同様に、苛烈な勢いで突貫してくるのだ。

 その対応に追われた小猫が報告を怠ってしまったのは、無理からぬことだったろう。

 彼らの陣形が急変した理由に気付いたのは、リアスの維持していた結界が崩れて間もなくのことだった。

 

 白霧が波のように押し寄せると同時、水気が凍気へと変じる。

 漂う極低温が大気中の雫を凍てつかせ、この場の全て――デパート内部の全域に纏わりついた。

 気づいた時には遅く、足元から立ち上る冷気によって急激に低下した体温は、既に身体を動かせる域にない。それを溶かすべく魔力の炎を発生させても、空気すら凍てつく大冷界の中にあっては燃え盛る前に砕け散るのみだ。

 そうして宙に浮かぶ無数のダイヤモンドダストが、蒼氷の星々となって絶対零度の輝きを振りまいた。

 動く者は、もはや誰一人として存在しない。

 

 空間を霧の魔力で埋め尽くし、然るのちそれら全てを凍気へと変換する。

 これこそが『霜の都』。

 回避不能の対象無差別、暮修太郎を倒すために編み出したソーナ・シトリーの決着魔道(ファイナリティ)だ。

 彼女が扱える魔力は水芸だけに限らない。姉には劣れど半月の間に磨かれた凍結魔力はこれだけの大規模展開を可能としていた。

 

 濃霧の中におけるリアスたちの奮戦は、確かに評価すべきだ。

 まさかあそこまで持ちこたえ、あまつさえ反撃できるとは思わなかった。

 だが、無駄なのだ。

 この閉鎖空間においてソーナに霧の広域展開を許した時点で、リアスたちの勝利は危ういものになっていた。そしてそれは、赤龍帝と聖魔剣が消え、時間の経過という要素が揃ったことで絶対となる。

 

 デパートの屋上で一人佇むソーナは、自分たちの勝利を確信した。

 

 




お待たせしました更新です。

匙と一誠の実力差については、正面から戦えば当然一誠の方が強いです。
しかし長期戦に持ち込めば匙が勝てます。ただ、そんな決着を本人が是とするかと言う問題で今回のような形に。青春してます。
個人的にはパイリンガルを入れられなかったのが残念ですが、一誠はきちんと習得済み。
戦闘中おっぱいおっぱい叫んだので、乳龍帝フラグは生きてる……はず。
ドライグ、残念。

眷属全員を囮にソーナ会長の奥義炸裂。結果は次回。
ちなみに主人公は耐えました。
ずいぶん長くなったこのレーティングゲーム、次回でやっと決着。そのまま章も終わりそうな感じ。
もう少し手短にできればよかったのですが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。