剣鬼と黒猫   作:工場船

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第二十二話:公開授業と敵の影

「どう? こんな感じ? 変じゃないかにゃ?」

 

 かけられた声に振り向く。

 黒のジャケットと同色のワンピース、スカート裾から覗く脚には黒のストッキング。いつもと違うフォーマルなファッションに身を包んだ黒歌がいた。

 くるりとその場で一回転し、腕を広げて服を見せるように確認してくる。

 

「いや、似合っている」

 

 答える修太郎も黒いスーツを着用していた。

 今日は駒王学園で授業参観が行われる日。正確には『公開授業』と言うらしく、親御だけでなく中等部の生徒及び保護者も授業風景を見学しに来てもいいという催しだ。もっともそれは、修太郎にはあまり関係の無いことだが。

 

 ゼノヴィアから知らされたこのイベント、無論のこと黒歌は参加を希望した。

 喧嘩しているような状態とはいえ、黒歌にしてみればたった一人の妹だ。せっかく晴れの舞台(?)なのだし、同じ町に住んでおいてスルーするなど考えられないことだろう。おそらく見学の際は隠れて見ることになるが、それでもだ。

 なんにせよ、修太郎は彼女に付き合う所存だ。今回のことは、来たるべき会談の日に備えて学園内を詳しく把握する機会でもあった。

 

「まさか依頼の報酬で貰ったビデオカメラが役立つ日が来ようとは。クロ、操作は大丈夫か?」

 

「オールオッケー、問題ないにゃん。というか、私もシュウがまたそのスーツを着ることになるとは思わなかったにゃん」

 

 修太郎の着ているスーツは以前仕事で支給され、そのまま譲り受けた物である。所謂SPスーツというやつで、長身強面の男が着用している様はどう見てもヤクザかマフィアの構成員だ。整髪剤で髪を後ろになでつければ、その威圧感は倍プッシュ。明らかに堅気の人間ではない。

 

「似合わないのは自覚している。しかし、気配を薄めればそれほど注目は浴びないだろう」

 

「ある意味最高に似合ってるんだけど……。でも、まあ、かっこいいから良いにゃん」

 

「そうならば良いのだが……。クロ、こっちに来い。髪の毛を整えよう」

 

「はいはーい」

 

 椅子に座った黒歌の長い髪の毛を梳く。闇に近い色の黒髪は、普段から修太郎が手入れしているおかげか手に取るだけでもさらさらと美しく流れた。

 ブラシを差し入れるたびに気持ちよさそうに目を細める黒歌は、そのまま眠ってしまいそうだ。

 ブラッシングを終えた後、手早く彼女の髪の毛を後頭部にまとめ、慣れた手つきでシニョンを作る。気分屋な彼女に応えるべく色々と勉強した結果、髪弄りの腕前もまた熟練の域に達していた。

 

「起きろ。できたぞ」

 

「――にゃっ!?」

 

 案の定、微睡み始めていた黒歌を起こし、マンションより出る。

 初夏の太陽が照りつける中で正装姿はいささか暑いが、ともあれ二人は駒王学園へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「おや、キミは……」

 

 小猫がいる教室を訪れると、扉の前で意外な人物と出会った。

 

「お久しぶりです。サーゼクス殿」

 

 紅髪の魔王、サーゼクス・ルシファーその人である。

 駒王学園には妹のリアス・グレモリーも通っているため、公開授業が行われている中で彼に会うこと自体はそれほど不自然ではない。――彼が魔王と言う立場にある事を考慮に入れなければ、だが。

 

「ああ、久しぶりだね暮修太郎くん。格好からしてキミも授業参観に来たのかな?」

 

「ええ、まあ。とはいえ自分は彼女の付き添いですが」

 

 修太郎の返答に傍らの黒歌を見つけ、得心がいったかのように頷く。

 

「なるほど、キミが黒歌だね。はじめまして、サーゼクス・ルシファーだ。魔王をやっている」

 

「はじめまして、黒歌……です」

 

 一応指名手配犯である人物を前にして何の含みも無く微笑む魔王に、警戒心をにじませていた黒歌は毒気が抜かれる思いだった。返す言葉にも戸惑いが見られる。

 なるほど、こういう御仁なのだろう。少なくとも彼は黒歌に対して敵対心を持っている訳ではないらしい。

 

「……ふむ、となると私の心配は杞憂だったようだね」

 

「心配……とは?」

 

 サーゼクスが放った言葉の意味がわからず、尋ねる。

 するとサーゼクスは笑みを深くして答えた。

 

「妹の眷族には身寄りのない者が多いが、小猫くんの場合は私が引き取り、妹に預けた経緯がある。なのでこういった親族参加のイベントには出来るだけ様子を見に来るようにしてるのだよ。もっとも、今回は必要なかったかもしれないが」

 

 なるほど、何故こんなところで出会ったのか不思議でならなかったが、理由を聞いて納得した。彼は彼で小猫のことを気にかけているのだろう。

 

「ありがとう、ございます……」

 

 礼を言う黒歌にサーゼクスは「構わない」と答える。

 

「同じく妹を持つ身として、それがどれほど大切なものなのかは理解しているつもりだ。それ故にキミが犯罪者にならざるを得なかったのは悲しいが、挽回する機会はある。私個人としてはキミを応援しているよ」

 

「はい……」

 

 返答は歯切れが悪く、しかし瞳に決意を宿した黒歌を見てサーゼクスは一つ頷く。

 

「では私は行こう。そろそろリアスの授業が始まる頃合いなのでね」

 

 そうして互いに別れの言葉を交わす。

 去って行くサーゼクスの背中を見ながら、修太郎は呟いた。

 

「どうやらお前の妹は周囲に恵まれていたらしい」

 

「うん、よかったにゃん……」

 

 黒歌の声は寂しさと安堵が入り混じった複雑なものだった。しかし少なくとも、負の感情は抱いていないだろう。

 しばし考えた黒歌は躊躇いがちに言葉を発した。

 

「――シュウ。私、今回はちゃんと姿を見せることにする」

 

「……いいのか?」

 

 前回のこともあって妹との距離を測りかねているが故に、今回は姿を現さないと事前に決めていた。しかし黒歌はそれを撤回すると言う。

 

「やっぱり私はあの子のお姉ちゃんだもの。それなら隠れて見るなんてダメだにゃん」

 

「それでまた妹に逃げられても?」

 

「もしそうなったら今度は捕まえちゃうわ。いつまでもあっちばっかりに気を遣う訳にはいかないにゃん。――私も、白音から逃げているところがあったから」

 

 どうやら黒歌は決心を固めたようだった。

 それならば修太郎に出来ることは無い。せいぜいが失敗した時に慰めるぐらいだろう。

 

「ああ、お前の思うがままにやってみるといい」

 

「うん。でもちょっと不安だから、少しの間だけ見守ってて?」

 

 その言葉に首肯で答えると、黒歌は教室の方へ歩き出す。

 そうして扉の前で立ち止まり、躊躇いがちに一拍置いて足を踏み入れる。

 

 姉の気配を感じたのだろう、授業開始前の準備を行っていた小猫が振り向き、黒歌の姿を認めた瞬間に目を丸くして驚く。

 しかし、反応はそれだけだった。教室を飛び出すことも、ましてや文句を飛ばすこともなく、時折背後の姉をちらちら気にしながら机に座り授業の開始を待っている。そわそわとした様子を見れば、なるほど授業参観に家族が来た時の反応とはこういうものを言うのだろう。その程度は修太郎にもわかった。

 どうやら一応、受け入れてはもらえたらしい。

 

 表情を明るくして振り向いた黒歌に目線だけで頷き、修太郎は静かにその場を去る。一緒に小猫の授業風景を見るのも悪くはないが、本来の目的である学園の構造把握を済ませるためだ。

 元より黒歌にもそういった話はしてある。

 

 そういえば、ゼノヴィアがやけに教室に来てほしそうだったので、ついでに様子を見ていってもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、修太郎は気配を薄めて人気の少なくなった学園の廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「あれ、ゼノヴィア。どうしたんだ、それ?」

 

 登校後、自分の席に着いて授業の準備をしていた兵藤一誠は、同じく席に着いたゼノヴィアが突然取り出した物を見て尋ねる。隣の席に座るアーシアもきょとんとした目を向けていた。

 彼女の手に握られていたのは銀縁のおしゃれな眼鏡だった。

 

「なんだイッセー、知らないのか? これは眼鏡だ」

 

「いや、もちろん知ってるけどさ。ゼノヴィアって目、悪かったけ?」

 

 的外れな返答をするゼノヴィアへと突っ込みつつ質問すれば、眼鏡をかけながら答えた。

 

「フッ、あまり舐めるなよ。私の視力は両目ともすこぶるいい!」

 

 そうして両手を腰にやり、自慢するかのように胸を張る。

 無意味に偉そうな態度に若干呆れつつ、そして突き出されたおっぱいに目を向けつつ、質問を続けた。

 

「じゃあなんで眼鏡なんか持ってるんだ?」

 

「ああ、それには複雑な事情がある……」

 

 いやにもったいぶりながら語り出す。

 

「私が今、師匠に日々模擬戦を申し込みつつ、剣を学ぼうと思っているのは知っているな? しかし何故かは知らないが、師匠の私に対する扱いが悪いんだ。何故なのか? それはきっと、師匠の私に対する評価が問題なのだと感じた。――私はこの機会に『脳筋バカ』を撤回させる」

 

「それって複雑なのか……? っていうか何故に眼鏡?」

 

「印象を変えるにはまず見た目からと言うじゃないか。ほら、頭がよさそうに見えるだろう? なあどうだ、アーシア」

 

「え! ええ、そうですね?」

 

 くいっと眼鏡を整えながらアーシアに見せるゼノヴィア。一誠が見るに、多分おそらくソーナ・シトリー生徒会長の真似だ。

 突然話を振られたアーシアは戸惑いながらも肯定していたが、その発想自体がなんだかもう残念なんじゃないかと一誠は思った。

 そんなことよりも気になることがある。

 

「ゼノヴィアが言う師匠って暮さんのことだろ? そもそも公開授業に来るかどうかすら怪しいんじゃないか?」

 

「いや、必ず来る」

 

「そりゃまた、えらい自信だな」

 

「約束でもしたのですか?」

 

 確信を込めながら答えるゼノヴィアに、アーシアが尋ねた。

 

「していない。が、この学園には小猫もいるから、おそらく黒歌さんに付き添って師匠もやってくるはずだ。気絶したフリをしながら聞いた話によれば、学園内の下見もしたいと言っていた。私が事前に発したアピールも合わせれば、この教室に来る可能性は高い……はずだ。うん、きっと、来るといいなー」

 

「ダメじゃねえか」

 

 聞く限り作戦自体かなり穴だらけである。彼女自身、いまさらそのことに気付いたらしい。

 だんだん尻すぼみになっていくゼノヴィアの言葉に、一誠は彼女に抱いていた第一印象が完全に砕け散ったのを感じた。

 

「だが来てさえくれれば、公開授業での科目は英語……! 日本語にはまだ不安が残るが、世界を股にかけてきた経験から私は英語には自信がある。悪魔だから単語の文字限定だとしても……授業で活躍して、きっとバカの汚名を返上して見せる!」

 

「……ああ、うん。まあがんばれ」

 

 意気込むゼノヴィアを一誠たちは生暖かい目で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして公開授業。

 男性教諭が配った長方形の物体――紙粘土に、生徒たちは皆目を丸くしていた。無論、ゼノヴィアもだ。

 

「いいですかー。今渡した粘土で好きなものを作ってみてください。何でもいいのです。自分が今脳裏に思い描いたありのままを表現し、形にしてください。そういう英語もあるのです」

 

「なん……だと……!?」

 

 それだけしか言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

(ああいう英語もあるのだな)

 

 開始から5分間ほどゼノヴィアたちの授業風景を見学した修太郎は、今現在校舎内を練り歩いていた。

 紙粘土で英語をどう教えるのかは全く見当もつかなかったが、ともあれそれを専門とする者が行っているのだ。何かしら学べることはあるのだろう。何故ゼノヴィアが項垂れていたのかはよくわからない。

 

 綺麗に磨き上げられた廊下を歩く。理科室や家庭科室などの特別教室が集まる棟は、どうやら公開授業中は使われないことになっているらしく人気が少ない。

 小学校と中学校の古びた木造校舎しか知らない修太郎にしてみれば、この駒王学園という場所はとても新鮮に映る。今までまともに来たことがあったのは旧校舎だけだったことも手伝って、殊更そう感じるのだろう。

 

 周囲に感覚を走らせつつ、部屋と設備の配置を覚える。警護を任されたのだから、会場の把握をしておいても損はない。

 学力に自信は無いが、単純に記憶するだけならば十分可能だ。何にせよ、まったく知らないよりは百倍いい。

 

 修太郎の感覚によると、校舎内には悪魔だけでなく異能者もいるらしい。力の規模は大小まちまちだが、なるほどこの学園はこういった存在も受け入れているのだろう。

 神器、霊能力、あるいは超能力――兎角そういった異能を持つ者は世間で生きるのが難しい。多数の人物から排斥されるだけでなく、自分自身が力を持て余し暴走させるケースも少なくないからだ。

 

 特に神器を持つ者はそれが顕著に表れる。

 霊能力や超能力は血統により遺伝する確率が高いため、退魔一族などに生まれやすい。そのため前述の二つは世間一般的にあまり数はおらず、幼いころから制御法を学べる下地もある。

 しかしながら、『神器(セイクリッド・ギア)』は完全な一般家系であっても突然発現してしまう。

 

 才能も能力も、人格さえも関係なく強大な力を与えるそれは、今までにも幾多の差別と排斥、そして実際の被害を生んでいる。

 神すら殺す神滅具(ロンギヌス)――その中でも『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』や『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』は最たるものだろう。

 その点を言えば、兵藤一誠はリアス・グレモリーに拾われて結果的に良かったと言える。

 

(それに、この学園の経営は眷族を集める面でも有用なのだろう)

 

 年齢が近ければ傍に置くこともできる。いきなり冥界に連れて行くよりも、こうして人の暮らす中で悪魔の仕事を学ぶ方が転生者にとって良いはずだ。このような形が後に続くかどうかは知らないが、少なくともグレモリー・シトリー両眷族は非常に恵まれた環境にある。

 

 それにしても、だ。

 

(クロに、サーゼクス殿と……近くにいる似た気配は親か何かか。しかし、もう一つのこれは……?)

 

 特に大きな力の気配を感じ取れば、知らないものが一つある。

 

(強く大きい。クロと同等以上……魔王がもう一人来ている?)

 

 そういえば、ソーナ・シトリーの姉は魔王だったはず。となると、これはおそらくセラフォルー・レヴィアタン――最強の女性悪魔。

 

(面通ししておくべきだろうか?)

 

 そう思って、しかしやめた。

 今回の目的はそれではないし、別段彼女に興味があるわけでもない。そもそも、いきなり現れたところであちらも戸惑うだけだろう。

 というか、その彼女の下へたくさんの小さな気配―― 一般人が集まっているのが感じられた。いったい何をしているのだろうか。

 

 そちらの方向へ目を向けた時、窓の外に違和感のある人影を見た。

 修太郎にはゲッシュで得た加護により幻術看破の能力が備わっている。それが反応したのだ。

 

 多数を相手にしても全敵手の行動を先読みできる修太郎である。彼の把握できる範囲は視界内のほぼ全域に及び、そしてその光景を余さず見逃さない。故にほとんど間を置かずしてそれを補足した。

 枯れたような白髪、エクソシストが着るコート状の戦闘服、その手に握る包みからは良からぬ波動を感じる。

 どこからどう見ても学園には似つかわしくない容貌。

 直感的に理解する。敵だ。

 

 即座に窓を開け、飛び降りる。

 修太郎のいた廊下は3階に位置するが、今更その程度の高さなど意にも介さない。

 

 特別教室棟の中庭には、二人以外に人の姿が見当たらなかった。

 着地すると同時、敵と目が合う。飛び降りる最中より既に斬龍刀を携えた修太郎を見て、敵対者のまだ少年と言うべき端正な顔が驚愕の色に染まり、そして醜悪に歪む。

 

「おいおーい、さっそく見つかっちゃいましたよファッキン!! 怪我からの復帰後初仕事がこれってやんなっちゃうよね! ってーか? 幻術バリバリにかけてる俺を見つけるってあんた何モン? ま、いーか、殺せば」

 

 おそらく工作員か何かだろう少年は、何やらまくしたてながらコートの下より一振りの剣を取り出す。

 

 妖しい輝きを放つ刃――その剣は、魔剣だった。

 

「ってーわけで、あなたの活躍見せてちょーだいな、バルムンクちゃん!!」

 

 莫大な魔のオーラが刃より発せられ、高速回転を始める。白髪の少年がそれを振るえば、空間を抉りながら暴威の螺旋が襲い掛かった。

 

 巻き込まれれば一たまりも無いだろう螺旋状の波動に、修太郎がとった選択は真正面からの迎撃だ。

 斬り上げた斬龍刀の切っ先を螺旋の先端に合わせ、膂力と駆ける脚から伝わる力をぶつける。その激突でわずかに進路を上方にずらした波動を、精密精緻な身体操作により上空へ受け流した。

 

 打ち上げられた破壊旋風は、修太郎はおろかその背後の校舎にも傷一つ負わせることなく遥か天空にて霧散する。

 

「は!? はああああああっ!? おいおいおいおいマジですかッ!?」

 

 魔剣の波動があっけなく受け流されたのを見て、慌てながら飛び退る少年は懐から拳銃を取り出し発砲する。

 音も無く放たれる光の弾丸は、『祓魔弾』と呼ばれるエクソシストの制式装備だ。

 

 亜音速で襲い掛かるそれらに対し、修太郎は全く回避行動をとらなかった。攻撃が見えなかったという訳ではない。単純に、躱す意味が無かったのだ。

 確かに魔力を纏う悪魔には有効だろう。しかし闘気を纏った修太郎の肉体は拳銃弾程度では傷一つ付けられない。

 

 勢いを緩めることなく弾丸を弾きながら突っ込んでくる男の姿は現実感がまるでない。少年の目には修太郎が人間に見えなかった。

 

「ちいっ!! こんなバケモンがいるなんて聞いてねェっすよッ!! ここはとっととおさらば……ぎゃべっ!?」

 

 素早くコートのボタンを引き千切り、地に投げつけようとしたその瞬間に修太郎の足が少年の側頭部に突き刺さる。そのまま凄まじい勢いで回転しながら茂みの中に突っ込み、木に激突して止まった。

 それに対し、修太郎は足に感じた違和感から敵にまだ意識がある事を確信していた。

 少年には幻術による隠蔽だけでなく、防護術式までかけられていたのだ。

 

「あ”ああああ~~っ……! くそっ、クソ痛え……! ざっけんなよ、このクソ野郎がッ!! 殺す! てめえ、ぶっ殺……ぎゃばっ!?」

 

 立ち上がろうとする少年を待たず、再び蹴りを入れる。勁力の込められた三連撃が防護障壁の上から少年の両膝を破壊し、胸への一撃が再び木の幹へと吹き飛ばす。

 

「がはっ、ごほっ!! ぐ、ぐそっ、殺す……!」

 

 地に伏し口から血を吐き出しながらも悪態を止めない少年だが、状況は既に詰んでいる。

 足は砕かれ満足に動かず、内臓に響くダメージにより呼吸すらおぼつかない。頼みの魔剣は蹴り飛ばされた際に何処かへいってしまった。閃光弾はいくつか残っているとしても、使う機会など与えるつもりはない。

 

 斬龍刀を一薙ぎすれば、少年を守っていた防護障壁は跡形もなく砕け散る。

 憎悪を込めてこちらを睨む少年を卑睨しながら、ガラスの割れるような音を聞けば――唐突に、周囲が歪んだ。

 

「これは――」

 

 景色を区切るかの如く、大気に無数の分割線が走る。それらが高速で移動したかと思えば一瞬のうちにぴたりと組み合わされ、そうして陽炎のような名残を残した。

 不可思議な現象だが、幻術ではない。

 

(――遁甲術)

 

 それは主に陰陽師が用いる占術の一種。忍が使う逃走術としても有名であるが、その本質は『方角の吉凶を見定める』こと。

 今回はそれを行ったうえで場の相を乱し、凶方と凶方――それぞれ別々の空間と空間を歪に繋げ、対象を道に迷わせる術式として機能させているのだろう。つまるところの空間操作だ。

 

 空間を直接操る術は格上相手でも問題なく通用する。基本的に同系統且つ同等の術者にしか破れないため、理性に乏しい龍や鬼などを一所に止めておくのに有効な手として知られていた。修太郎も退魔剣士だった頃は散々世話になった術法である。

 

 故にその有用性と、敵に使われた時の厄介さを良く知っている。

 そして、剣士たる修太郎にはこの術式を破る術が無かった。

 つまり――。

 

「逃げられた、か」

 

 案の定、空間の歪みが治まると、そこに少年の姿は無かった。彼が吐き出した血糊の跡だけが鈍く光を反射する。

 背後から近づいてくる幾人かの気配を感じる。おそらく先ほどの騒ぎに気付いた誰かだろう。魔剣の一撃を空に打ち上げたのは人を呼ぶためでもあった。何にせよ、遅かったのだが。

 

 それにしても、先ほどの遁甲術は敵ながら実に見事な手並みだった。空間操作系の術はその大半が高等技能だ。黒歌のように適当にやってできる天才もいるにはいるが、あれは例外だろう。

 強敵の気配を肌に感じる修太郎だったが、少年が倒れていただろう場所に何かが落ちているのを見つけた。

 

 何気なく拾ってみると、それは呪符だった。黒い五芒星――晴明桔梗が描かれた、おそらくは陰陽師系列の術符。それだけならば修太郎にとって過去散々見慣れた代物だが、特徴的な所として術式の文言は朱で書かれている。

 それは別にいい。同じような物を作る術者もいるだろう。しかし、五芒星を取り囲むこれは――。

 

「――無限龍(ウロボロス)……」

 

 この札を使う人物を、修太郎は知っていた。

 東北の九尾狐を狂わせ、邪教を率いて太古の鬼神を復活させ、そしてあと一歩で本州全ての人類を皆殺しにするような事件を起こした男。

 確かにこの手で殺したはず。生きているなどということはあり得ない。

 

「…………」

 

 確かに成したという確信が、たった一枚の札を見ただけで揺らぐ。

 もし生きていたとして、何を思って三大勢力に喧嘩を売るのかは知らない。

 何にせよ、殺し損なったのなら殺さねばならない。あるいは蘇ったのならやはり殺さねばならない。そういう種類の敵だった。

 

 手の内に納まった呪符を握り潰す。残っていた呪力が燻るような音を立てて霧散した。

 正直な話、会談を狙う敵対者になどあまり興味は無かったが、もしもあの男が生きていたならば。

 

(……今度こそ滅ぼしてやる)

 

 過去からの足音が忍び寄るのを背に感じ、修太郎は苦い気持ちで空を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 ちなみに駆けつけた人物は。

 

「うっ、うわあああああああっ!? みみみ、御道修太郎!?」

 

「落ち着けって巡! おい、逃げるな! 会長に様子見てくるように言われただろ! すいません、えーっと、暮修太郎さん。話聞かせてもらってもいいですか?」

 

「ソーナちゃんの眷族をいじめる悪い奴は、このマジカル☆レヴィアたんが許さないんだから!!」

 

「ちょっ、なんであなたまでいるんですか!」

 

「は、離して匙! 私もう帰る!」

 

「帰るな馬鹿! まだ生徒会の仕事もたんまり残ってんだぞ!」

 

「とお! レヴィアビーム!!」

 

「ちょっとぉぉぉっ!? マジで撃たないでください!!」

 

「――破ッ!」

 

「えええっ!? 斬った!?」

 

「くっ、私のビームをぶった斬るなんて中々だわ! でも負けない!」

 

「はーなーしーてー!! わたしかえるーー!!」

 

「……俺が帰りてえよ、くそぅ……」

 

 そんな感じだった。

 




しかしオリキャラの敵ってどうなんでしょうね。
巨人王のこともあるからいまさらと言えばそうですが、まあうまく書ければ御の字です。
とりあえずは話の都合ということでご容赦いただきたい。

追記(H26.1/25)
呪符を拾った後の文章をちょっと修正。これだけで確信するのはどうかと思ったので。

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