剣鬼と黒猫   作:工場船

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第十六話:御道の英雄

 夏も近づき、いくら気温が上がってきたとはいえ、深夜の風はやや肌寒い。

 無慈悲な月の光の下、駒王学園からほど近い住宅街の路地に二つの影が立っている。

 

「ダメよ。反対にゃん」

 

 修太郎の話に、黒歌は反対の意思を示した。

 対する修太郎は、それを半ば予想していたのか静かに彼女の目を見つめ、答える。

 

「しかし、俺が彼らに提供できるものはそれしかない」

 

「そういうことじゃなくて、私のためにシュウがあいつらの飼い犬になる必要なんかないって言ってるの!」

 

 今回修太郎は、リアス・グレモリーたちを窮地から救うことで魔王の関心を買い、交渉の場に引きずりだそうと目論んだ。

 目的は、黒歌に掛けられた罪への恩赦、あるいは再公判。そしてその対価は修太郎の持つ武力。彼は、目的を果たすために悪魔の勢力へと下るつもりでいた。

 学園からの帰り道、思惑を話した修太郎に、黒歌が詰め寄る。

 

「私は今の生活に満足してる。確かに色々めんどいことはあるけど、気楽で、気ままで、楽しい生活だって思ってる。それを、今更指名手配を取り下げるためだけにシュウを犠牲にするだなんて認められないにゃん」

 

 修太郎は人として究極まで高められた武人である。

 その戦闘力は現状でさえ最上級悪魔を凌駕するほどであり、放てば神にすら届く剣を持つ。『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を用いれば即時に冥界でも有数の戦力と化すだろう。

 しかし主を得て良い目を見た覚えが無い黒歌としては、修太郎が悪魔の仲間となって奴らに従うなど認められない。何よりもそれは、今の生活が壊れることでもあるのだ。

 

「だが妹はどうする。このまま互いのわだかまりを放置して、離れて暮らすことが本当にお前の本懐なのか?」

 

「それは私たち姉妹の問題よ。シュウには関係無い」

 

 関わるなと切り捨てる黒歌。

 しかし、わずかに逡巡した彼女の様子を見逃さず、修太郎はその目をまっすぐ見て答える。

 

「関係が無いなどということは無い」

 

 漆黒の瞳が黒歌の黄金瞳を射抜く。

 

「俺は知っている。お前が時々妹を想って空を見ることを知っている。ロスヴァイセの世話をするとき、彼女と妹を重ねていることを知っている。そしてそんな時、お前の笑顔がわずかに陰りを見せることを知っている」

 

 それに気づいたのは出会ってすぐのこと。理由を知ったのはその大分後だが、だからこそ気になっていた。

 

「でも、だからってそんなの……!」

 

「これは俺の我儘だ。俺がそうしたいからそうするだけ」

 

 だから何も気にする必要など無いと、男は言う。

 静かに瞑目し、言葉を続けた。

 

「たった二人きりでも、お前には家族がいる。そうして喧嘩をできるということは、心を通わせることができるということ。俺にはもう出来ないことだ。お前もお前の妹も、いつ失われるかわからないのならば、その関係を修復させることに手段など選ばない」

 

 再び視線が交わされる。猛禽、あるいは餓狼を連想させる、その刃の視線は何処までも真意を伝えてくる。

 暮修太郎にはもはや血のつながった家族はいない。彼は一度生きる意味を失っている。だからこそ黒歌と出会い、今があった。

 

「頼む。俺は、お前の憂いを払いたい。お前が心の底から笑う顔が見たいのだ」

 

「……ズルい。そんな言い方ズル過ぎよ」

 

 今までの経験からして、こうなればこの男は聞かない。

 そしていつも、自分の事を勘定に入れていないのだ。危なっかしいことこの上ない生き方である。

 しかしそんな男に黒歌は今まで守られてきたし、これからもそうであればいいと思っている。結局、折れるのはこちらだった。

 

「それに、そもそも交渉がうまくいくとは限らない。俺はそういう方面に明るくないからな」

 

「何よそれ、いきなり台無しだにゃ。もしうまくいかなかったらどうするの? 絶対包囲されて捕まっちゃうにゃん」

 

 口角を微妙に上げてそんなことを言う修太郎に、文句を言う黒歌。

 

「何、もしそうなったら二人で逃げればいいだけだ。問題は無い」

 

「うん、何も問題は無いわね」

 

 そう言って、男は不器用に、女は明るく笑った。

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 コカビエル襲撃から数日後の駒王学園。

 放課後の時間帯に学園旧校舎――オカルト研究部部室に集まったリアスとその眷族たち。

 新たに眷族の『騎士(ナイト)』となった元教会の戦士・ゼノヴィアの登場に一悶着あったものの、和やかだった雰囲気は打って変わって緊張感のあるものに変わっていた。

 

「暮修太郎と言う。フリーランスの魔物狩りをやっている」

 

 部室を訪れたのは謎の剣士・暮修太郎。謁見の場が整い、リアスが彼を呼び寄せた。

 長身痩躯の立ち姿はそびえ立つ大樹の如く揺らぎなく、纏う雰囲気は常在戦場を体現しているかのように隙が無い。

 はぐれ悪魔・黒歌の姿は見えない。やってきたのは男一人だけのようだった。

 

 『(キング)』を守る『騎士(ナイト)』両名は、彼が部屋に入ってきた瞬間、この場の全員が致命的な間合いに入ったことを認識した。それと同時に、如何なるタイミングで不意を打とうと次の瞬間転がっているのは自分の首であることも理解する。

 剣を抜いてもいないのに、これである。極まった剣士とはここまでのものか、と自身の未熟を痛感した。

 

 ゼノヴィアは考える。

 以前出会った時も出鱈目な剣士だったが、ここまでの圧力は無かったように思う。彼に明確な対立の意思があるからそう感じるのか、それともゼノヴィア自身の実力が向上したことで男の隠された力を把握できるようになったからなのか。個人的には後者であったらと願うが、前者の感じも否めないのが背筋に寒い。

 なんにせよ、ここで死ぬわけにはいかない。神の喪失を知った彼女は、ようやくやりたいことを見つけたのだから。

 

 木場祐斗は考える。

 コカビエルとの一戦で見せた男の動き――敵の攻撃を悉く回避し、巧みに隙を突いて超速で斬る。木場と戦術を同じくするそれは、まさしくテクニックタイプの理想、究極形そのものだ。つまりは自身の遥か上位に位置する使い手であり、それ故にまともに戦ってもまず勝ち目がないのがはっきりとわかる。

 どちらにしろ、もし戦うとなったら命を懸けて主を守らなくてはならない。聖魔剣に掲げた誓いにかけて、もう二度と何も失わせないと決意を新たにする。

 

 そして赤龍帝・兵藤一誠は考える。

 よく分からないうちにコカビエルを倒したこの剣士。愛する『(キング)』のご褒美(おっぱい)を台無しにした男。それに思うところは無いでもないが、何故周りがここまで警戒するのかは解せない。確かに只ならない人物であることは何となくわかる。しかし結果として自分たちを助けてくれたのだから、そこまで悪い人物ではないように思うのだ。

 ともあれそれが、一誠個人の楽観的な見方であると指摘されれば否定することはできない。

 それよりも、一誠は彼と一緒にいた小猫の姉だというはぐれ悪魔の女性――黒歌の方が気になった。

 別にエロい意味ではなく――いや、それも無いとは言えないが、彼女と出会って以降小猫に元気がないのだ。

 

 事情は既にリアスから聞いている。

 両親に先立たれ、生活に苦労していたところを姉の黒歌が悪魔に転生することで窮地を脱したこと。

 しかし、悪魔になった姉が覚醒した強大な力におぼれて主を殺して逃げ、特別危険な『はぐれ』になったこと。

 それにより妹である小猫に非難が集中し、一時期心を病むほどにふさぎ込んでしまったこと。

 その状況を魔王が助け、リアスが眷族として迎え入れたこと。

 『塔城小猫』と言う名前はその時にリアスが与えた物であるらしい。

 

 小猫の姉、黒歌は仙人が使う術を会得したことでその副作用を受け邪悪な存在になったと聞いた。しかしその後にリアスは、『今の黒歌からは邪気が微塵も感じられない』とも言っている。

 以前と同じく邪悪なままであったなら、小猫を攫うだとかそういった方面にも想像を働かせることができたのだが、姉妹二人で暮らしていた頃の黒歌は、懸命に妹を守る良い姉であったらしい。一誠の愛する主は、黒歌が小猫を助けるために現れたのではないかと推測しているようだった。

 

 おそらくは最後に見た姿と一致しない姉の変わりように、小猫は戸惑っているのだと思われる。そこへ忌まわしき過去の思い出や、自らの可能性への恐怖、一人去って行った姉への怒りが入り混じり、未だに思考がまとまらないのだろう。

 その証拠に、この場に小猫の姿は無い。最近では部活動に参加することも少なくなっていた。

 

 たとえ願望に過ぎない推測だとしても、黒歌の思惑は察せる。

 だからこそ一見関係の無いこの男――暮修太郎の意図がわからない。

 

「リアス・グレモリー嬢。此度は謁見の手筈を整えていただき感謝する」

 

「ええ、兄は――魔王ルシファー様は隣の部屋にいらっしゃいます。朱乃」

 

「はい」

 

 朱乃の先導に続き、修太郎は部屋を出て行った。

 扉が閉まると同時に、息を吐く一同。

 

「ふはーっ、息が詰まるかと思った。あの人って、そんなに警戒する程の人なのか?」

 

 一誠がゼノヴィアに尋ねる。この場で修太郎と以前から面識があるのは彼女だけだからだ。

 

「暮修太郎は、欧州でもトップクラスに位置する魔物狩りだ。異名は多々あるが、最も有名なのが『魔剣(ブレイドマスター)』。最近は教会内でも随分噂になっていたが、まさか堕天使幹部を一蹴するほどの強さを持つとは私も知らなかった」

 

「魔物狩り……って言うのは?」

 

「読んで字の如く、魔物やそれに類する存在を討伐して金銭を貰い、生活する者のことだ。ヴァンパイアハンターなどもこれに当たる。主に在野の神器(セイクリッド・ギア)使いなどの異能者や、家を追われた魔法使い、戦士が多いかな。非公式だが、教会で手が足りない場合は彼らに仕事を流すこともある。その関係上、悪魔や堕天使からしてみれば教会勢力に近い立場なのかもしれないね」

 

「へぇ、そんなのがあるのか。だから部長たちも警戒していたって訳ですね」

 

「それもあるけれど、全部ではないわ。一番大きいのは、彼の目的が判然としないことね」

 

 元最強の退魔剣士であり、凄腕の魔物狩りでありながら、はぐれ悪魔と共にいる。その彼が、魔王へいったい何の要求をすると言うのだろうか?

 

「え? 目的って、小猫ちゃんのお姉さんの罪を帳消しにしてくれとか、そう言うことだと思ってたんですけど。違うんですか?」

 

 手を顎にそえて考えるリアスに、一誠が思いもよらない言葉を放った。

 

「何でそう思うの? イッセー」

 

「だってあの二人、恋人同士じゃないんですか? 部長の推測が間違ってないなら、暮修太郎って人はそれに付き合ってるってことだから、俺たちを助けてその上で要求することってそれくらいしか考え付かないんですけど……。なあ、アーシア?」

 

「はい、私もそう思っていたんですけど……」

 

 一誠の言葉に同意の首肯で返すアーシア。

 リアスは目からうろこが落ちたかのように目を丸くした。

 

 考えてみれば男と女、そう言うこともあるかもしれない。

 てっきり何かの術で暮修太郎に従えられているか、あるいは何らかの利害関係にあるのかと思ってばかりいた。そこに考えが至らなかったのは、暮修太郎――御道修太郎の日本における評判にあった。

 ソーナ・シトリー及びその眷族から聞いた彼の話。

 

 悪霊殺し、悪魔殺し、鬼殺し、龍殺し、荒神殺し――人に仇為す妖魔怪物あらゆる全てを斬り裂いた、魔を断つ剣。

 御道修太郎を指して、退魔師たちは評価する。日本最新の退魔英雄であると。

 そして妖怪たちはこう畏怖するのだ。

 それは即ち――。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「――『異形たちの毒』と、彼は呼ばれた」

 

 黒髪の青年が放った言葉に、その場の面子が反応を示す。

 何の変哲もないリビングの様な部屋、思い思いの場所に座る集団がいる。男女入り混じる顔ぶれは皆一様に若い。それぞれが揃いの制服に身を包みながら、着崩している様は個人個人の個性を表している。

 

 言葉を放った青年は、制服の上に漢服を纏い、鈍色の槍を傍らに立てかけてゆったりと椅子に座っていた。

 そうして言葉を続ける。

 

「御道修太郎――現・暮修太郎は、日本における最新の英雄だ。つまり俺たちの先達であり、目標でもある訳だが、その戦果は彼の遠い祖先にあたる源頼光(みなもとのよりみつ)や、神話において聖剣『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』を操った日本武尊(やまとたけるのみこと)と比べても遜色ない。その働きを表す事柄は三つ」

 

 そう言って人差し指を立てる。

 

「一つ、東北地方を治める年老いて狂った『九尾の狐』九十九尾(つづらお)の討伐」

 

 続けて中指を立てる。

 

「二つ、かつて飛騨の国にて猛威を振るった大鬼神、邪教の手により復活した『両面宿儺(りょうめんすくな)』の討滅」

 

 そして三つ目。

 

「最後に、これは詳細不明だが、何らかの危険な神を殺し未曽有の被害を未然に防いだ」

 

「神を殺したって……曹操、それ本当?」

 

 疑わしげな視線を向けて、疑問を発したのは金髪碧眼の美女。制服の上に要所を守る鎧を身に着け、腰からは細剣を下げている。

 曹操と呼ばれた青年は質問に答える。

 

「神、と一口に言っても日本のそれと他神話体系のそれは少々成り立ちが異なる。『八百万の神』と言ってね。土地の力、自然を象徴する精霊に近い存在も、また神と呼ばれるのさ」

 

「つまり、それほど強くないってことかしら?」

 

「一概にそうとは言えないが、弱い神が多い、という点では間違ってはいないかな。現に彼はそれ以前にも荒ぶる神――所謂『荒御霊』『祟り神』を討滅している。人と神が近い位置に共存している日本だからこその現象だ」

 

「神がそこらへんに溢れてるってえのが信じらんねェから、あんまり想像つかねぇな」

 

 ソファの肘掛で頬杖を突く男がそう漏らす。

 2メートル近い巨体、張り裂けそうな制服の前を開き、岩肌の如き隆々とした筋肉をのぞかせている。総身から溢れる剛のオーラは彼を強力な戦士足らしめていた。

 

「実のところ俺自身もそこまで詳しく把握している訳じゃない。まあ、知識としてとどめておくだけでいいさ。ジャンヌ、ヘラクレス」

 

 曹操の言葉に頷く二人、美女ジャンヌと巨漢ヘラクレス。

 

「ともあれ、その偉大な所業から彼は日本全土の妖怪魔物から畏怖されるようになった。冗談みたいな話だが『御道の鬼が首切りに来るぞ』と脅せば、どんなにやんちゃな妖怪小僧でも言うことを聞いたというのだから、どちらが化け物なのかわかったものじゃない」

 

 そう言って愉快気に笑う曹操。

 

「でもシューくんって、そんな昔から出鱈目だったのね」

 

「ああ、キミは確か一時期彼らと行動を共にしていたんだったな。どうだ? すごいだろう、暮修太郎は」

 

「何で曹操が得意気なのよ。まあ、その通りだと思うけど。でも、そんなに有名なら外国でも名前が知られてそうなものじゃない?」

 

「確かに。だが、それには理由がある」

 

 曹操は胸ポケットから手帳を取り出し、開く。

 ジャンヌは知っている。その手帳には彼が心の中で思い描く「英雄的リアクション」がびっしり書き込まれていることを。

 

「彼が仕えていた本家――月緒(つきお)家は、千年近い歴史を持つ由緒正しい退魔剣士の一族だ。元来仏教系だった源頼光の子孫が、なぜ神道系に移行したかは諸々の事情があるのだろう。なんにせよ、日本の退魔師というのは揃って閉鎖的で、情報を外に出したがらない」

 

 日本に存在する退魔一族には、名目上彼らをまとめる上位の機関は存在するが、それが徹底して機能しているかと言うとかなり怪しい。

 それぞれの一族がそれぞれの地方に深く根付く関係上、どうしても影響力を発揮できず、隠匿されてしまえばそこまで、という事象も珍しくないのだ。

 

「さて、前提として先に挙げられた三つの事柄は、多少の支援は有れど全て暮修太郎単独で達成している。どう考えても普通の人間では為し得ない事柄だ。何故誰一人仲間がいなかったのか?」

 

「は? 単独? 三つ目はともかく、前二つはどう考えても龍王クラス以上の相手じゃない?」

 

 曹操の言葉に当惑するジャンヌ。ヘラクレスも驚いている。

 

「疑わしいが、まったくもって素晴らしいことに事実なんだな、これが。とはいえ流石の彼も無傷では済まなかったようだが……」

 

 そりゃそうでしょう、と呟くジャンヌ。

 神器を持たない人間が、その肉体と技だけでそのような偉業を成し遂げるとは。なるほどまさしく英雄的だ。いったいどうやったのだろう?

 

「それはともかく、答えだ。分家の末端に生まれた想定外の強者である暮修太郎だが、諸々済んで用済みになった。そこで強敵をわざと当てることで謀殺しようとする動きがあったんだ。一族最強の剣士である彼を月緒の者は殺すことができないからね」

 

 しかしそれは悉く目論見通りにはいかなかった。

 彼は戦いの中でさえ急激に成長し、格上を飲み込んでさらに強くなって帰ってきたのだ。

 ああなんて素晴らしい、震えるな、としきりに呟く曹操。

 

「そんなこんなでこの三件の詳細を知る者は限られる。被害側の妖怪連中と日本の神々以外は、有名な退魔一族や天皇家、一部政府関係者ぐらいか? 日本国内はともかく、少なくとも海外まで話が広がることは必死で防いだはずだ」

 

 そうでないと色々な勢力からスカウトが来るからな、と曹操。

 

「はー。なんだか現実味湧かないわねー。そりゃ英雄とも呼ばれるわけよ」

 

「話がでかすぎて着いて行けねえな。この中でそのシュータローってのと会ったことが無い奴は、俺とレオナルドだけか?」

 

 ヘラクレスが体面に座る少年を見る。

 十代前半と見られるその少年は、イヤホンを耳に携帯ゲームに興じていた。見事なまでの無視に、しかしヘラクレスは慣れたもので一つ鼻を鳴らして曹操へと視線を戻す。

 

「ジーくんは……瞬殺されたんだっけ?」

 

 ジャンヌが部屋の壁を背にして床に座る青年を見て言う。

 枯れたような白髪、制服の上にエクソシストの上着だけを肩にかけた青年は、抜身の長剣――最強の魔剣・魔帝剣『グラム』を抱えている。元教会の戦士『魔帝(カオスエッジ)』ジークフリートだ。

 彼が着る制服の右袖は潰れたように平べったい。彼は、隻腕だった。

 

「……次は負けない。そのために僕もこいつと強くなった」

 

 ジークフリートは無いはずの腕に視線を向けて言い放つ。纏う雰囲気は研ぎ澄まされ、にじみ出るオーラは紛れも無く武の達人が生み出す静かなる闘気。

 彼の内にある力が、鼓動を一つ返して主の言葉に応える。

 

「まあ、俺もジークもまだ要修練だけどな。ゲオルクも熟達したとは言い難いし、準備にはまだかかるだろう」

 

「だからって何も、雁首揃えてこんなファンクラブみたいな……。いや、別に私はいいんだけどね」

 

「いいのかよ!?」

 

「悪いー? 彼が気になるのは何も曹操とジーくんばっかじゃないってこと。あの黒猫ちゃんとも決着付けないとねー」

 

 突っ込むヘラクレスに、悪びれずに答えるジャンヌ。

 

「ちっ、なんかそこまで言われてると気になってくるじゃねえか……! おい、曹操。そいつと戦う機会はあるんだろ? 俺も戦ってみたいぜ」

 

「ああ、機会はある。というか作る。だがヘラクレス、お前は駄目だ」

 

「何でだッ!!」

 

 曹操の言葉にいきり立つヘラクレス。動作の勢いでソファがひっくり返った。

 

「理由は二つ。一つ目は、お前じゃ絶望的に相性が悪い」

 

 曹操は指を一本立てる。

 テクニックタイプの極致にいる修太郎が戦うならば、ヘラクレスは絶好のカモだ。カウンター発動即終了、なんて展開が容易に想像できる。

 

「ぐぬぬ……」

 

 唸るヘラクレスに、曹操はもう一本指を立てる。

 

「そしてもう一つ。彼と戦うのはこの俺だ」

 

「それが全部じゃないの」

 

「聞き捨てならないな」

 

 ジャンヌのツッコミと同時、今まで静かだったジークフリートが立ち上がり、曹操に向かって歩き出す。

 

「彼と戦うのは僕だ」

 

「ふっ、やめておけジーク。俺にも勝てないやつが、暮修太郎と戦って勝てるわけがない」

 

 同じく立ち上がる曹操は、ジークフリートと向かい合って視線を交わす。

 そのまま両者睨み合う形になった。

 

「……試してみるか?」

 

「いいとも。どこでやる?」

 

 高まる戦意は一触即発。いや、もはや既に爆発している。

 剣士と槍使いの静かなる闘気がぶつかり合い、火花を散らして大気を震わせる。

 

「うわっ、また始まったわー。ほらレオナルド逃げましょ。避難よ避難」

 

 ジャンヌは呆れながれもレオナルドの手を引き退出していく。実に素早い動きだった。

 

「何がテクニックだ! おい曹操、俺も戦るからな!! てめえらだけで勝手に話進めてるんじゃねえ!!」

 

 そこにヘラクレスまで参戦しようとするのだからもう止まらない。

 結局この騒ぎは数分後にやってきたゲオルクが治めることになるのだが、それまでに破壊された拠点の部屋数は実に二桁にも及んだと言う。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 グレモリー眷族の『女王(クイーン)』姫島朱乃に案内され、部屋に入った修太郎の目に入ったのは鮮やかな紅だった。

 リアス・グレモリーと同じ紅色の髪に、絶世の美を表す容貌。優しげな瞳とは裏腹に、感じられる力の質も量も、修太郎が今まで出会ってきた悪魔の中でずば抜けている。

 微笑む魔王の背後に佇むのは羽織を着た男性が一人。涼やかな風貌をこちらに向け、笑った。

 

「魔王ルシファー殿とお見受けする」

 

「如何にも。私が現魔王ルシファー、サーゼクスだ。後ろの彼は私の『騎士(ナイト)』沖田総司と言う。護衛付きで済まない。キミは暮修太郎くんだね? どうぞ、かけるといい」

 

 失礼、と勧められるまま体面に座る。

 視界に入る魔王の『騎士(ナイト)』を見る。

 沖田総司。新撰組一番隊組長で有名な、歴史上の天才剣士。修太郎をしてなるほど強いと思わせる佇まいには、隙など微塵も無かった。

 

「此度は、貴方に願い申し上げたいことがあって参上した」

 

「聞こう」

 

 そして話す。

 自身が今黒歌と行動を共にしていること、そして黒歌に課せられた罪への恩赦を貰いたいこと、その対価として修太郎の武力を提供すること。

 修太郎の話を聞いて、しばらくの間サーゼクスは瞑目し、そして口を開いた。

 

「せっかくの提案だが、受けることはできない」

 

「……それは。理由を聞かせていただいても?」

 

 修太郎の疑問に、一つ首肯してサーゼクスは答える。

 

「理由の一つとして、まず挙げられるのはタイミングが悪いということだ。今回のコカビエルが起こした一連の事件により、近々三大勢力による会談が開かれることが予定されている。おそらくはその場で和平を申し出ることになるだろう」

 

 ああ、これはオフレコだった、と人差し指を唇に当てる。

 

「リアスからの報告と、私たちが調べた事柄を見るに、キミの戦闘力は人間と思えないほどずば抜けている。だからこそこの微妙な時期に強者を招き入れては会談の開催そのものに影響しかねないのだよ」

 

 和平を申し出るのに戦力を増強する必要はない。少なくとも、今は。

 もしそれがバレれば、余計な警戒を招くことになるだろう。

 

「第二に、キミは教会ともつながりがあるようだ。知っているかな? キミが最近欧州で受けていた仕事の大半は教会から回されたものだ。つまりエクソシストの仕事を請け負っていたことになる。このことから、上層部はキミが天界からのスパイだと疑うだろう」

 

 そうでなくとも天使側からの印象は良くならない。加えて、修太郎は堕天使勢力に席を置く白龍皇ヴァーリとも付き合いがあった。

 

「よしんばその疑いが晴れたとして、キミと共にいる北欧のヴァルキリーだ。彼女の存在が、キミと北欧神話勢力との繋がりを暗に、しかし明確に示している。今この時に北欧の神々から介入を受けるわけにはいかない」

 

 そして第三。

 

「最も重要なのは、キミを悪魔側に迎え入れるにあたって、従えることのできる者が非常に限られるということだ。現在活躍している最上級悪魔は言うに及ばず、リアスたちを含めた若手は優秀ではあるが、キミを眷族に出来る程駒を余らせている者はいない」

 

 何よりもキミは、と続ける。

 サーゼクスの瞳が鋭く修太郎を射抜いた。

 

「眷族とするには強すぎる。それほどの力、悪魔となればまず確実に最上級を超えるだろう。そしておそらく、キミが不意打ちを行った時にそれを防げる主はまずいない。そして逃亡を妨げることができる者も極めて少ない。私たちとしては、これ以上強力な『はぐれ』を生み出す危険は避けたいのだ」

 

 つまりそれは――。

 

「私たちはキミを信用できない」

 

「――――!」

 

 ぐうの音も出なかった。

 やはり甘かった。考えが浅かったのだろう。力を求める悪魔の性質を見て、どこか相手を舐めていたのかもしれない。

 暮修太郎――御道修太郎は、悪魔から脅威と見なされるほど彼らを殺している。そんな存在をどうして信じられるだろか?

 これは、こちらが馬鹿だった。

 内心で失策を悟る修太郎へ、サーゼクスは続ける。

 

「はぐれ悪魔・黒歌の恩赦も難しい。確かに彼女の『(キング)』だった悪魔が為したことは悪行ではある。それ故に彼女に下された判決を再度検討することも不可能ではない」

 

 しかし4年以上の時を経て、当時の証拠を集め、且つ証人を募るのは至難だった。魔王の強権を発動すればそれも可能なことではあるが、強引な再公判は周囲の反発を招くだろう。

 そして黒歌にとっては碌でもない主でも、遺族は存在する。上級悪魔としてそれなりの格を持つ彼ら彼女らの意見は決して軽いものではない。

 

 修太郎の武力は確かに魅力的だが、タイミングが悪く、何よりも今までの行動から信用に値しない。そしてそれが成されないのならば、わざわざ危険を冒してまで黒歌の罪を消すことはできない。

 

「では、この話は」

 

「受け入れられない。と、言いたいところではあるが――。こちらとしてもキミたちほどの相手が交渉で大人しくしてくれるならば、それ以上のことは無い。そこで提案しよう」

 

 サーゼクスは言葉を区切り、修太郎の目を見つめて続きの言葉を放つ。

 

「古来よりこういう言葉がある。『信用は勝ち取るもの』とね。確かにキミを悪魔として我々の仲間にすることはできないが、もしキミが本気でそれを望むのであれば働きで示すより他は無い」

 

「働きで、示す……?」

 

「キミを雇おう、修太郎くん。そして、それと共に黒歌には恩赦を授かるための機会を与えよう」

 

 身内にすることは出来ないとしても、契約に従い働いてもらうならば問題は無い。

 それは彼が今までやってきたことでもあるし、各方面への影響は最小限に抑えられるだろう。

 そして、暮修太郎は非常にストイックな仕事をする。その姿勢だけは信頼に値すると誰もが評価するほどに。業務上の秘密を他神話体系に漏らすことは考えにくかった。

 

「恩赦の機会、とは?」

 

「このたび行われる三大勢力の会談、おそらくはそれぞれの勢力における不穏分子が妨害に来る。キミたちにはその警護に当たってほしい。もしもその場でキミが、あるいは黒歌が殊勲を上げることができたなら、信用を勝ち取り、恩赦を受ける程の功績を表すことも可能だろう」

 

 修太郎の質問に答えるサーゼクスは微笑んでいる。

 魔王の立場にある者としてはともかく、個人的には女のために体を張る男を評価してもいた。

 提案を断る理由は無い。修太郎は決意と共に宣言する。

 

「その仕事、承りました。必ずや満足のいく結果を出して見せましょう。魔王サーゼクス・ルシファー殿」

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「総司、彼を見てどう思った?」

 

「強いですね。まったく隙がありませんでした。私が全妖怪を出して本気で戦っても勝てる可能性は五割以下、といったところでしょうか。それも見た限りですが」

 

「彼を転生悪魔として迎え入れる場合、おそらくは魔王の誰かが主とならなければいけないだろうな。若手が従えるには強すぎる」

 

「ええ、そうした方がよろしいかと。今現在、駒を余らせている方はレヴィアタン様だけでしたね。寡黙そうな彼にはちょうど良いのでは?」

 

「ああ。だがそれも、彼がこれからとる行動にかかっている」

 

「心配はいらないでしょう。やると言ったらやる男だと思いますよ。彼は」

 

「なぜそれがわかる?」

 

「えー、大変言いにくいのですが、彼と同じような目をした人間を何人か知っていまして」

 

「それは……?」

 

「……討幕活動に参加していた志士たちです。命を懸けている目ですね、あれは」

 

「なるほど、つまり彼もまたSAMURAIと言うことか」

 

「サーゼクス様……?」

 

「たとえばセラフォルーが彼を『戦車(ルーク)』にしたとして、私の『戦車(ルーク)』……セカンドあたりとトレードしたなら、今夜は総司と彼でダブルSAMURAI……。胸が熱くなるな」

 

「セカンド泣きますよ。そんなことよりグレイフィア殿を迎えに行きましょう。いつまでも外で黒歌殿と睨み合わせている訳にはいかないでしょう」

 

 

 




そんなこんなでてっとり早く交渉を終わらせました。
つまり今までとそんな変わらない、ということ。
こんな無駄に強くてよくわからん奴、普通はすんなり迎え入れません。裏切られたら被害甚大ですから。過去の所業も大きく響いています。

唐突に挟まった当作品の英雄派たち。
ちょっと無理矢理感があるなと思わないでもありません。

主人公設定盛りすぎのような気がしてきた。
ともあれ、これが日本における彼の評価。頭おかしいですね。

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