剣鬼と黒猫   作:工場船

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第十一話:とある夜のこと

 深夜。

 魔都ロンドンの冬は最高潮に、肌を叩く風は凍えそうなほど冷たい。雲に隠れた半月が青白い光を地に落とし、街に投影されたモノクロのコントラストは古びた映画の情景を思わせる。

 草木眠る時間の路地裏は、不気味な静寂に包まれていた。

 現代社会において不自然なほど音の無い暗闇。それはすなわち異界の存在がそこを住処にしていることの証拠でもある。

 

 街灯の光すら届かない道を、一人の女が歩いている。

 結いあげられた銀糸の髪に、趣味のいいロングコート。すらりとした長身のスタイルは、服の上からでも起伏に富んでいることがわかる。十人が十人、絶賛の評価を送るだろう美女だ。

 肩からブランド物のバッグを提げて、無警戒に歩く姿はいささか不用心だ。この時間この場所でこのような体を晒していれば、物取りか人攫いか、あるいは女の美しさに目のくらんだ無頼が襲い掛かってくることは十分に有り得た。

 しかし今現在ここに、そのような不逞の輩は存在しない。在るのはそう、ただ一つ。

 

 月光の下、女に追従する影が不意に蠢く。

 盛り上がった影が同色のヒトガタを模ると、その手に握った刃を振り下ろし――――。

 同時に女が振り向いた。

 

『!?』

 

 女の腕から発せられた術式の帯が影の刃とぶつかり合えば、ヒトガタは弾き飛ばされてその正体を現した。

 黒い翼の生えた昆虫の様な異形。手の刃は腕と一体化した鎌だった。全体的なフォルムとして蟷螂に酷似した悪魔――所謂ところの『はぐれ悪魔』と呼ばれる存在である。

 

 女が一つ足を踏み鳴らせば、悪魔の真下に魔法陣が形成され、光の縛鎖が立ち上る。そうして瞬く間に下手人を縛り上げると、そのまま大地に拘束した。

 

「ご苦労、ロスヴァイセ」

 

 悪魔の背後、暗闇から突如人の声がかかる。

 何時の間にそこにいたのか、影の中長身痩躯が佇んでいた。漆黒の髪と同色の瞳、猛禽類を思わせる目つき、刃の如き威圧感――魔物狩りの男『魔剣』暮修太郎その人だ。

 傍らに黄金瞳の黒猫に変化した黒歌を伴って、地に伏したはぐれ悪魔を睨む。

 

「はぐれ悪魔『切り裂きジャック』。依頼に従い、貴様を斬る」

 

 修太郎の右手首にはめられた銀のリングが瞬くと、次の瞬間にはその手に白銀の太刀が握られていた。

 月の光を反射して神秘的な輝きを見せるそれは、一目でわかる魔法の刃。

 静かに近づく断頭者に、怯えた悪魔が吼える。それに呼応するかの如く悪魔の身体が紫色の光を放つと、その身を大地に溶かして消え去った。

 

「消えた!?」

 

 驚く銀髪の女――ロスヴァイセ。

 眉根一つ動かさない修太郎はその理由を即座に把握した。

 

「神器……か。厄介だな」

 

 人間上がりのはぐれ悪魔は偶に『神器(セイクリッド・ギア)』を持つ。この切り裂きジャックモドキが保有する神器は、影に自分の身体を溶け込ませる能力を持っているのだろう。

 

 瞑目する修太郎。

 この手の敵は目で探すよりもこちらの方が「見え」やすい。

 大地の震動、大気の動き、そして音。周辺環境の変化をその五感で感じとり、無意識化の超速演算で以って第六感に昇華する。彼自身の超自然的な直感力と合わせれば、不意打ちのタイミングなど手に取るようにはっきりわかった。

 感覚の任せるままに刃を構え――――。

 

「――――ギ、ギィィイアアアアアッ!?」

 

 暗闇に閃光走れば、振りかぶった腕を鎌ごと切断された悪魔。

 ロスヴァイセの背後から彼女狙って飛び出たところを切り裂いた。見れば、修太郎の握る太刀はその大きさと意匠を大きく変え、幅広の長大な刀身を持つ野太刀へと変貌を遂げている。

 

「ちっ、浅いか」

 

「だ、だからいきなりは止めてくださいっ! 当たらなくても怖いんですからね!!」

 

 自身の頬数ミリの位置で止まった白銀の刃にロスヴァイセは抗議する。

 その隙をついてはぐれ悪魔は再び影に沈んだ。急激に遠ざかる気配は明らかな逃亡の動き。

 

「逃げる気か。――クロ!」

 

『はいはーい』

 

 修太郎の声に念話で答えた猫は、術式を起動させて疾風の速さで駆け抜ける。仙術による感知ではぐれ悪魔の逃亡ルートを正確に把握し、先回りすると魔法陣を設置した。

 

『1、2、3、ほいっ!』

 

 タイミングを合わせて軽い掛け声で術を発動すれば、影が勢いよく持ち上がり、それと共にはぐれ悪魔が空中に投げ出される。

 

「!? !?」

 

 戸惑い体勢を崩したはぐれ悪魔は背中から路地に叩き付けられ、痛みに悶える。

 背後に立つ気配に振り向き、残った腕の鎌を一閃。しかし、修太郎は容易くそれを受け止めた。

 

「ギ、ギギィッ!?」

 

 修太郎に触れた悪魔は腕を襲った鋭い痛みにもがく。悪魔の腕を掴んだ男の左手首には銀のロザリオが巻き付けられていた。

 右手の白銀が閃く。

 この日この時、悪魔の命運は尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……やっと終わりましたね」

 

「囮に引っ掛かるまで三日、か……。割に合わない仕事だったな」

 

『早く帰ってお風呂であったまりたいにゃー』

 

 夜道を往く二人と一匹は今回の仕事について語る。

 昨今ロンドンを賑やかす怪異『切り裂きジャック』。先ほど討伐したはぐれ悪魔がその正体だ。

 神器を持っていたことから察するに転生する前は人間だったようだが、力におぼれ人としての姿さえ失っていた。しかしながら逃亡ルートを確保する程度の思考は未だに保持していたようで、つまり今まで捕まらなかったのは獲物を選り好みしていたからだろう。

 

「やはり私では囮に不足だったのではないでしょうか?」

 

 疑問の声を上げるロスヴァイセ。

 ヴァルハラへ送る勇者探しに奔走する彼女はあの後、修太郎の紹介でイタリアの依頼斡旋所に下宿することになった。老店主と共に魔物狩りの依頼受付や情報の提供を行う傍ら、腕のいい魔物狩りを捕まえては営業活動に勤しんでいる。

 急に美人の受付嬢が入ってきた斡旋所は酒場兼喫茶店としてもそれなりに繁盛するようになり、老店主はホクホク顔だ。とはいえ、それがロスヴァイセの業績にいい影響を与えたかと言えばそうでもないのが世知辛いところなのだが……。

 そうして溜まったストレスのはけ口――もとい気分転換として、偶に修太郎と黒歌が仕事のヘルプを頼んでいる。

 

「それは違う。俺たちより以前に同様のことをやって返り討ちに会った同業者がいると聞く。おそらく警戒していたのだろう」

 

『知性はそこそこ残ってたみたいだし、意外に慎重な奴だったみたいね』

 

「そうでなければキミが狙われない理由は無い。その服はとてもよく似合っている」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 何気ない言葉にロスヴァイセが照れ、右肩の黒歌が修太郎の頬をぺしぺし叩く。平常運転である。

 

「しかし、やはりこの手の道具は慣れない」

 

 修太郎が右手首のリングを見る。

 先刻の戦闘において太刀に変化したこの白銀の腕輪こそ、修太郎がドワーフに所望した魔法の武具だ。

 

「ええと、確か『北欧式零型斬龍刀』……でしたっけ? 変な名称ですね。名前の割に龍殺し(ドラゴンスレイヤー)という訳でもないようですし」

 

「ああ、単純に"龍の鱗をも切り裂く切れ味"と"巨龍の首を落とすほど長大な刀身"を両立させているからとのことだが……」

 

 そう言って意識を働かせれば、白銀のリングは先ほどの野太刀に変化した。標榜する通り、幅広の刀身は実に4メートルにも達する巨大さ。黒鉄の鍔に、延長した柄もまた黒い。闇夜に青白い魔法の輝きを放つ白銀の刃は、見るだけで切り裂かれそうな威圧感だ。

 

『そのでっかいのと普通の刀、それと小太刀の三形態だったかしらん? 軽く物理法則無視してるところが何ともドワーフの作る道具っぽいにゃん』

 

 それを片手で保持している修太郎も大概だ、とは口に出さない。

 

「――『零型』、ということは壱型とか弐型とかもあるんでしょうか」

 

「親方が言うに、これは試作品らしい。使ってればデータがあっちに行くそうだから、それで本命を作るのだそうだ」

 

「あのドワーフたち、本当に本気なんですね……」

 

 修太郎がドワーフへ武器作りを頼むにあたって支払った物とはつまり、修太郎自身の全剣技を総動員した剣舞だった。

 今日日、神々ですら出来ないだろう絶技の数々に魅せられたドワーフたちは、修太郎へとこう言い放った「お前の剣腕にふさわしい刃を作りたい」と。こちらから頼みに来たのに、まさか逆に頼まれるとは思っておらず、これには修太郎も面食らった。

 それで三日三晩の後に手渡されたのがこの『斬龍刀』である。修太郎の緋緋色金を参考にしたらしいそれは、初めて握るにしては手によく馴染むが、しかし愛刀には及ばない。

 そんな感想を漏らした修太郎にドワーフ達はさらに奮起し、今も至高の一振りを絶賛開発中だと言う。ちなみに、修太郎の愛刀はその騒ぎの際ボロボロだった柄の交換を理由に持っていかれてしまっており、現状どうあってもドワーフ作の刀を使わなければいけない状況に持ち込まれている。

 

「言っては悪いが、俺は持ち運びやすい予備の武器が欲しかっただけなんだが……」

 

『だから自重しなさいっていつも言ってるにゃん』

 

 今更言ってもしょうがない。斬龍刀をリングへと戻す。

 今後どんなトンデモ武器が開発されるか心待ちすることにしよう、と無理矢理気持ちを切り替えるしかなかった。

 

『って言うかー、そんなことよりも私としてはシュウが着けてる聖具の方が気になるんだけど?』

 

 右の肩に乗る黒歌が修太郎の左腕を覗き込む。

 手首に巻き付けられた銀のロザリオはれっきとした聖具。中級悪魔程度であればそれなりのダメージを負わせることができる、エクソシストの制式装備だ。

 

「ああ、これはいつかの礼にと贈られてきたものだな」

 

 アースガルズから帰り、老店主へとロスヴァイセを紹介した時のこと。修太郎宛てに届いている荷物の一つにこれがあったのだ。

 修太郎自身すっかり忘れていた約束だっただけに内心首をひねったものだが、差出人の名前を見て思い出した。

 聖剣使いの少女、紫藤イリナからだったのだ。

 

「悪魔退治ということで、せっかくだから身に着けてみた」

 

 事も無げに言う修太郎に、猫はぺしぺし男の頬を叩く。

 

『それで触られたら地味に私にもダメージあるのよ? って言うか女の前で他の女からの贈り物身に着けるのはいただけないにゃん。そもそもそんなもの身に着ける必要なんてないでしょ』

 

「確かに想像していたほど劇的な効果は無かったな。斬った方が速い」

 

(……それはそうでしょう)

 

 会話を聞いて内心で呟くロスヴァイセ。

 そんな訳でせっかくの聖具だがお蔵入り決定となった。イリナ涙目。

 

「そう言えば今更なんですけど、なぜ黒歌さんは外では人の姿をとらないのですか?」

 

 男の肩に乗る黒猫を見たロスヴァイセは、ふと思いついた疑問を尋ねた。

 アースガルズでは常時美女の姿であった黒歌だが、イタリアをはじめとした欧州では外出する時に必ず猫へ変化する。彼女の性格ならばむしろ人の姿で修太郎の隣を歩くほうが自然なのに、何故なのか。

 

「ああ、それはだな」

 

『私が人の姿――と言うか、悪魔の姿で外に出歩いてると面倒な奴が喧嘩売ってくるかもしれないのよ』

 

「あなたたちに喧嘩を――?」

 

 その人は正気ですか? とでも言いたげな顔をするロスヴァイセ。

 神代の英雄に匹敵する剣士と、明らかに最上級悪魔を超える実力を持つ化け猫のコンビだ。この二人を相手にするぐらいなら堕天使幹部に殴りかかった方がまだマシだろう。

 

「まあ、言い方は悪いがな。そもそも悪魔が天使勢力のテリトリーにいること自体があまり好ましいことではない。とはいえ魔物狩りとして活動するには欧州が最も旨みがあるのも事実。あっちとは一悶着あったが、交渉の末に条件を守ることでここにいることを許された」

 

 つまり、と一つ置いて。

 

こいつ(黒歌)の正体を公に晒さない限り、その存在を不問にすると言う約束を個人的に結んでいる。なんせ相手は"最強のエクソシスト"だ。俺たちとしても守らざるを得ないし、その程度で矛を収めてくれるのならば安いものだろう」

 

『ちょっと窮屈だけどね。ま、こうしてシュウにくっつくのも悪くないにゃん』

 

 仙術と妖術を駆使すれば一応出歩けないことはないし、と暢気な黒猫。

 

「最強のエクソシスト、ってまさか……」

 

 驚きにロスヴァイセが言葉を続けようとすれば、突如として生ぬるい空気が辺りを覆う。

 

『――――!!』

 

 予兆の見えない隔離結界に一同が驚く。

 足元に霧が立ちこめば、視界に赤いフィルターを通したかの如く空間の色が一気に変わっていった。

 

「これは、いったい……? 待ってください、調べます」

 

 ロスヴァイセが両手に魔法陣の帯を纏わせて、即座に探査術式の光弾を撃ち出した。

 

「何かいるな」

 

『近いにゃん』

 

 一人と一匹がそれぞれの感覚から空間に存在する何者かの存在を感知。

 修太郎は再びリングを瞬かせ、白銀の太刀を手にする。黒歌は肩から降りて人の姿に戻ると、亜空間から倶利伽羅剣を取り出した。

 

「――解析出ました。現実と位相をずらした、かなり高度な隔離結界です。これを破るのは骨ですね。幸い基点の位置は分かりやすく、この空間の中枢にあります」

 

「つまり――」

 

「ああ――」

 

 術の基点を破壊するしかないということ。

 結論が出るが早いか、闘気を纏い疾走する修太郎。術式を用いて疾風と駆ける黒歌。飛翔術で空を往くロスヴァイセ。三者三様結界の中央を目指し、高速で移動する。

 そうして間も置かず目的の場所へとたどり着いた。

 

「うっわ、ドン引きにゃ……」

 

「これは吹き飛ばし甲斐がありそうな……」

 

「…………」

 

 それは一面の黒。それは蠢く黒。つまりは犇めく黒だった。

 昆虫の様な黒い魔物が広い公園一面に集まっている。六肢で地を這う者、二脚で立ち上がっている者、羽根を広げて空中に浮かぶ者、一般人の感性で見れば一言「気持ち悪い」と形容される化け物ども。

 サイズは人間の子供大から大型車並まで、総数はおそらく1000を超えるだろう。

 結界の基点は公園の中央、つまりは虫の群れの中央に存在している。ここから出るには否応なくこいつらを相手に戦うしかない。それだけでなく結界解除後の二次被害を防ぐならば、虫を全滅させるのも必須事項だろう。

 

「ああ、やっぱり」

 

「まったく、しょうがないにゃ」

 

 迷いなく黒い大群に飛び込んだ修太郎。すぐさま援護射撃の準備を始める二人はもう慣れたものだ。

 

 剣鬼が刃を閃かせるたびに数匹が切り裂かれる。超速の太刀より巻き起こる斬風に、敵対者を喰らわんと襲い掛かる虫は為す術も無い。しかし修太郎は違和感を感じていた。

 

(斬りにくい……?)

 

 斬れないことは無いが、刃が徹りにくい感覚が確かにある。その証拠に切り捨てたはずの虫の中にまだ息のある個体がいる。

 

(――しかし)

 

 問題は無い。斬りにくいならば、それが斬りやすいように斬るだけのこと。

 そうして数匹切り裂けば、もはや相手の斬撃耐性など紙のように貫く剣技が完成した。

 

 走る奔る、剣鬼の刃が大群を斬る。

 

 白銀の閃光が無数に連なり、その後に吹く風が何もかもを断つ。斬撃の嵐。意識ある割断現象とは即ち『魔剣(ソニックブレイド)』。

 

 渾身の一刀が地を砕く。葉脈の如く広がる破壊力の発露が周囲の虫を跳ね上げ砕いた。峰すら落とす刃は『魔剣(クエイクエッジ)』。

 

 黒虫の一刺しは霞む剣士の影すら踏まない。確かにあるはずなのに、まるで陽炎の如き運体の揺らめきは『魔剣(ミラージュセイバー)』。

 

 見る者によってその異名は千差万別。総称して『魔剣(ブレイドマスター)』とも呼ばれる、日本最強にして欧州最強の剣士――それが暮修太郎。

 

 その動きに追従する者がいた。

 虫ではない。断じて違う。

 閃く穂先は雷光の如く。虚をつく瞬発の歩法はおそらくは中華系の拳法由来か。その場において、修太郎を風神とするならその男は雷神と称してもいいかもしれない。

 

 黒一色の波を切り裂き現れたのは黒髪の青年。

 詰襟の制服を身に纏うその姿はまさしく学生そのものだが、この時この場にいること自体が彼を尋常の外に身を置く者だと知らせている。

 

「やあ、何かと思ったら助太刀かな? いや、助かる。どうにもどん詰まりだったんだ」

 

 その手に握る鈍色の槍――おそらく相当な業物――で周囲の虫を薙ぎ払う。敵が持つだろう斬撃への耐性を容易く貫く腕前は、まさしく達人。

 

「何者だ」

 

「名は――そうだな、阿瞞(あまん)とでも呼んでくれ。同業者だよ」

 

 質問に飄々として返す阿瞞と名乗った男は、修太郎と背中を合わせた。

 割断の風と雷の刺突が虫どもを次々と屠っていく。互いの死角を補い合うかのように立ち回れば、先ほどまでの倍以上の速度で虫の数が減っていた。

 

「こいつら雑魚はいくら倒してもいなくならないぞ。中央の、結界の基点辺りにこいつらを生み出す女王がいる。さっきから叩こうと突っ込んでは見てるんだけど、物量の多さにどうしようもなくてね。あなたたちも困っているなら、協力してくれると助かるんだが」

 

 修太郎たちの後方より放たれる魔術攻撃が次々と虫を撃ち落とし、吹き飛ばす。黒歌の黒炎球が群れに大穴を開け、ロスヴァイセのフルバーストが空から敵を排除する。しかし、一向に終わりが見えない。

 

「すごい支援火力だが、でもちょっと足りないか。この霧だし、奴ら自身にもそれなりの魔法耐性があるからな」

 

「……いいだろう、協力しよう」

 

 いかにも怪しいこの男であるが、この場において彼の武だけは信用に足ると判断した。

 

「そうこなくちゃ。さあ、往こう!」

 

 男二人、疾走する。

 互いに背を合わせて、独楽のように。

 完全に息を一つにした二人はまるで一体の怪物が如くに、大量の虫をごっそり抉っていく。

 現状は修太郎が阿瞞に合わせている状態であるが、この槍使いの男、想像以上についてくる。これならば、やれるかもしれない。

 

「一網打尽にする。合わせろ!」

 

「はははっ、応!」

 

 斬龍刀が担い手の意思に従いその姿を変えれば、瞬く間に巨大な野太刀が手に納まった。阿瞞が驚きの視線を向けているのが感じられる。

 そうして始まった剣舞はもはや暴風を超えた竜巻。一振りごとに超速の剣圧が数十匹を切り裂く。

 大雑把に見える攻撃も、その実正確無比。しかし如何に常識離れの体術を身に着けていようと、生物であるならば隙の一つや二つ生まれてしかるべきである。

 その穴を阿瞞が塞ぐ。地から飛び出す蛇蟲を、空より飛来する羽虫を、雷撃の突きで砕いていく。

 

 この男、修太郎の大斬撃に巻き込まれないタイミングを正確に把握している。

 針の穴を連続で通すような、その技量は至高の領域にあると言ってもいいだろう。まさか自分と肩を並べて戦える武人がスカアハ以外にいようとは。

 

 少しの高揚感と共に敵を薙ぎ払いながら進めば、見つけた。

 巨大な腹を抱える女王虫だ。虫と言うよりも連なったタンクと言った方がいい異形。本当に生み出すためだけの存在なのだろう、戦闘に耐えうる器官は欠片も見当たらない。ただ周囲に集う巨大虫が威勢よく唸るだけだった。

 

「邪魔だ」

 

 膂力振り絞る一秒の溜めは修太郎からすれば致命的な隙だが、敵の攻撃は阿瞞が悉く防ぐ。

 そうして解放された超光速の斬撃が、何もかもを諸共に断ち斬った。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「――戻っ、た……?」

 

「いつの間に……」

 

「やーっと帰れるのかにゃー」

 

 気が付くと三人は路地の入口に立っていた。

 予兆も無ければ余韻も無い。結界が張られた跡さえまるで感じ取れない。直前までそばにいたはずの阿瞞も消え失せていた。

 頭を捻るロスヴァイセと、一つ大きく伸びをして再び黒猫の姿をとり、修太郎の肩に乗る黒歌。

 

『シュウ? どうしたにゃ?』

 

 遠巻きに戦闘を見ていた彼女達は、修太郎の他にもう一人戦っていた者がいたことに気付いていないのだろう。ああも乱戦状態であれば黒歌でさえ仙術の探知を鈍らせるに相違なく、ロスヴァイセも探査術式を用いる暇など無かったはずだ。

 あの阿瞞と名乗った青年――槍使いとしての腕前は、修太郎の知る限りスカアハに次ぐ。

 言葉も無く別れた素性の知れぬ相手だが、何故か再びどこかで合うような気がしてならなかった。

 

『ねこぱーんち、ねこぱーんち。ほら、早く帰りましょ』

 

「転送魔法陣、用意できました。不可解ですが、とりあえずこの場を離れましょう」

 

「ああ、帰ろうか」

 

 ともあれ今日は幾分疲れた。今回の一件は後日報告するとして、今は大人しく帰るとしよう。

 転送魔法の光に包まれ、修太郎たち一行はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「ふーっ、疲れた」

 

「ご苦労様。今回はどうだった?」

 

「流石にきつかったな。やっぱり普通の槍じゃ、あの数を相手にするのは厳しい」

 

「だからやめておけと言っただろうに。まったくいつも無茶をする」

 

「ははは、性分だから仕方ないさ。ま、槍術のトレーニングとしてはいい出来だった。それよりレオナルドはどうだ? かなり完成してきたんじゃないか?」

 

「まだ調整が必要だな。魔獣の機能に戦闘中の進化を加えたいところだ」

 

「そうか、現状でもけっこういい線いってると思うんだが。『絶霧(ディメンション・ロスト)』と合わせれば魔王級の攻撃でもしのげるだろう?」

 

「それで足りると思ってるのかい?」

 

「いや、全然」

 

「なら馬鹿は言わないことだ。それよりも、彼ら、本当に返しても良かったのかい? あのまま始末しておいた方が後腐れないと思うんだが」

 

「無理だな。今の俺じゃ神器を使っても無理だ。黒歌がいることを考えれば、お前が一緒に戦っても不可能だろう。あの戦い、俺は必死に着いて行ってたのに、彼は手加減していたよ。俺の腕を信用していたみたいだったのは素直にうれしいけどね」

 

「確かに、戦いを見ていたが本当に人間かと疑いたくなるような戦闘力だ。だが、俺の『絶霧(ディメンション・ロスト)』で海底深くか、もしくははるか上空にでも転移させれば――」

 

「駄目だ」

 

「なぜ?」

 

「彼をそのような方法で死なせるのは認められない。この俺が許さない。もしもお前が独断でそのようなことをするつもりなら、この場でお前を殺すぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……わかったよ。そんなことはしないさ。しかし、彼はキミのことなんて覚えていないんだろう? それなのになぜそこまで肩入れする?」

 

「梁山泊で負けた時から、彼は俺の憧れになった。暮修太郎、俺はあのような強さが欲しい。だから、俺は英雄になる。そして彼を超えるんだ」

 

「それで勧誘もしないのかい?」

 

「味方なら味方で頼もしいんだろうけどね。今回の共闘は短かったが本当に楽しかった。しかし、目標を仲間にしては超えられないだろう?」

 

「……筋金入りのバカだな、キミは」

 

「そうでなくては、英雄になろうなんて思わないさ」

 

 




次話が原作への導入になります。
北欧編が長くなりすぎたのが痛い。

斬艦刀いいよね! という思いから生まれた斬龍刀。
ぶっちゃけ技量だけででっかい敵を一刀両断できたりするので必要ないと言えばそうなのですが、大剣系武器は男のロマン。サンライズパースで構えたりするよ! 地味に銃刀法違反で捕まらなくなったのも大きい。
ロスヴァイセの着ていた服は、あの後彼女へのプレゼントになりました。だって黒歌じゃサイズ合わないんだもの。

あと英雄派に超強化フラグが立ちました。

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