剣鬼と黒猫   作:工場船

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第十話:北欧旅行記~その終~

 

 ――ッオーライ、ッオーライ!

 ――その瓦礫はそっちだ! もたもたやってんじゃねえぞ!

 

 青空に男たちの声が響く。

 突如撃ち込まれた極大魔法によって半壊した銀の宮殿ヴァーラスキャールヴ。集められたヴァルハラの男衆と整地用の魔術を修めた使い手が、現在進行形で後片付けを行っている。おそらくこの後被害総額を計上し、神々の会議にて承認された後、修復に入るのだろう。果たして金額がいかほどになるものか、作業を眺める修太郎たちには予想もつかない。

 

「なんか別の場所に行くたびにこんな光景ばっか見てる気がするにゃー」

 

「仕方がない。戦ってばかりだからな」

 

 黒歌の言葉に修太郎は今までの戦いを思い出す。

 

 中国、インド、フランス、イギリス、スカイ島、そしてルーマニア……。ここアースガルズもそうだが、どこに行っても難敵揃いだった。

 修太郎たちが直接の原因ではないものも多いとはいえ、事後処理に奔走しただろう方々には足を向けて寝ることができない。

 同様のことを黒歌も思い浮かべているようで、目を細めて黄昏ている。

 

「それにしても波乱万丈よね。神滅具(ロンギヌス)持ちに神に伝説のドラゴンなんて内訳、ちょっと意味わかんないにゃー」

 

 もう慣れたけどねー、と言ってその場にしゃがみ込む黒歌。

 修太郎の非常識さを考えれば、類は友を呼ぶと言うことなのかもしれないと思っていた。

 

「この銀、魔法が込められてるみたい。一つ二つ持っていっちゃダメ?」

 

「やめておけ。ロスヴァイセに悪い」

 

 足元に転がっていた銀の欠片を懐に入れようとする黒歌を諌める。

 しかし、ロスヴァイセ。

 見事ウートガルザ・ロキを捕まえたはいいものの、まさかこんなことになるとは協力した修太郎もまったく予想していなかった。状況的には仕方ないとはいえ、隔離結界の内部であったならまだ被害も抑えられただろう。根本的に方向を確認していなかったのが悪いのだが、不憫だ。

 宮殿に施されていた防護障壁のおかげで奇跡的に人的被害はゼロだったのが幸いか。それにしても要塞レベルの強固なそれを貫いてここまで破壊するのだから、彼女の放った術式が秘めた威力は筆舌に尽くしがたい。

 

「そのロスヴァイセちゃんとはいったいどういう関係にゃん?」

 

 しゃがんだままの黒歌がじとりとした視線で見上げてくる。

 

「どうもこうも。映像で見ていたんだろう? 単純に助け合っただけの仲だ」

 

「ふーん、へーぇ……」

 

「他に何かあるのか?」

 

「それにしては気にしてるなーと思って」

 

 やけに棘のある口調だ。修太郎としてはそこまで非難されるようなことは何も無いと思っているのだが。

 

「あの島では彼女に随分助けられた。これで恩義を感じなければ人道にもとると言うものだ」

 

「本当にゃん? 綺麗だからとか可愛いからとか、そういうことじゃなくて?」

 

「確かに綺麗だとも、可愛いとも思うが……」

 

 戦乙女の姿を思い浮かべれば、風に流れ煌めく銀髪とメリハリの利いたスタイル、凛とした美貌が想起される。クールな見た目とは裏腹に小市民的なところが多分に見受けられるものの、ギャップと言えばそれはそれで味があるのではないだろうか。少なくとも修太郎は好ましいと思う。

 

「……むぅ。もー! もー!」

 

「おいなんだ痛いぞ、やめろ」

 

 立ち上がった黒歌がねこぱんちを放ってくる。

 闘仙勝仏の下で体術の指南を受けた彼女の拳は悪魔としての身体能力もあって中々の威力を持ち、しかも仙術でこちらの気脈を断ってこようとしてくる。常人なら即死するレベルの洒落にならない攻撃に、修太郎は気功の技術を総動員して内心必死に受け流した。

 

「なんでシュウってば、他の女についてだと素直にそういうこと言うにゃん!? 私にはあんまり言ってくれないのに!!」

 

 にゃーにゃーと怒りだす黒歌。なるほど、彼女は嫉妬しているのだ。

 

「なんだそんなことか」

 

「そんなこととは何にゃ!」

 

 憤慨する猫のぱんちを受け止める。

 

「今さらだろうそんなこと。何故俺がお前と今ここにいると思っている? あの時、あの場所で俺がお前を助けようと思ったのは、お前が美しかったからだ」

 

「――へ?」

 

「あの時は自分でも理由がわからなかったが、今ならわかる。お前という存在にとても強く惹かれたからこそ行動に移ったのだ。最も合う言葉を使うなら――そうだな、一目惚れ、と言う奴だろう」

 

「――――っ!?」

 

 一瞬目を丸くして修太郎を見つめた黒歌は、みるみる顔を真っ赤にしていく。

 

「も、もー! もー!」

 

「なんでだ!?」

 

 照れ隠しに掴まれていない方の手でねこぱんち。ちなみに仙術は使っていない。

 とても嬉しくはあったが、恥ずかしげも無くそんなことを言うこの剣術バカには腹が立つ。こんなの卑怯だ。悪魔のゲームで分類すればテクニックタイプになるとはいえ、会話にまで不意打ちを混ぜられてはたまったものではない。

 その内心を知る由も無い修太郎としてはいささか解せない。

 そんな男と女の下へ近づく影が一つ。

 

「おイチャつきのところ大変失礼いたしますが」

 

「にゃん!?」

 

 唐突にかけられた声に飛び上がる黒歌。修太郎は気付いていたので特に驚かない。

 そちらを見れば黒いスーツを着たヴァルキリーが立っている。今日付けで正式にオーディンのお付きとなった炎使いの戦乙女ジークルーネだ。

 燃えるような赤毛の短髪とやや鋭い目つき、凛々しい顔立ちは戦士としての戦乙女を如実に体現している。広場での立ち回りから、純粋な戦闘力ではおそらくロスヴァイセを上回るだろうと修太郎は見ていた。

 

「昼食の用意が出来ましたので食堂においでください」

 

 至極冷静にそう伝え、赤毛の戦乙女は宮殿の破壊されていない方へと歩を進めていく。ついて来いと言うことだろう。

 残された剣鬼と黒猫はしばしの間互いに顔を見合わせて、大人しく後に続くことにした。

 

 余談だが、修太郎と黒歌のやりとりを聞いていたヴァルハラの男衆たちは、殴るべき壁が無いのを理由に盛大に瓦礫を蹴り上げ、後で責任者に怒られたという。

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

「ほうほう、誓約(ゲッシュ)を破棄するためにケルトの女神を打倒する……か。なるほどのう」

 

 食堂にて昼食を済ませた修太郎たちは、約束通り褒美を受け取るべくオーディンの下を訪れていた。

 多くの魔術用品に囲まれたオーディンの執務室は強い魔法の匂いが漂う。修太郎の目は随所に施された隠蔽の魔術を見破っていたが、あえてそこに言及はしない。男には触れてほしくない部分もあるのだ。それにしても執務室に置いておくのはどうかと思うが。

 修太郎たち二人とオーディンは互いにテーブルを挟んで会話をしていた。

 巨人王捕縛に協力した報酬として、黒歌が求めたものは世界樹に存在する北欧魔術の知識、そして修太郎はドワーフの職人を紹介してもらうことを望み、オーディンがその理由を聞いたのだ。

 

「今まで自分にはこの刃一振りあれば十分だと思っていましたが、今回の一件で痛感しました。実用に耐えうる武器がもう一つ欲しいのです」

 

「確かにのう。神が相手であれば強力な武器はいくらあっても困るということは無いが……」

 

「あの女神は――スカアハ殿は凄まじく手強い。自分と、この黒歌だけでは現状一太刀浴びせることすら難しい」

 

 ケルト神話の女神にして魔女、アイルランドの光の御子クー・フーリンの師、影の国の女王スカアハ。修太郎に誓約を課し、縛った張本人だ。

 神代の時代より続けられた絶え間無い練武の末に、彼の女神が獲得した武力は桁違いの領域にある。地力では雷神トールやケルトの光明神ルーには及ばないだろうが、極まった技量と練り上げられた戦術、そして容赦の無さから生まれる圧倒的戦闘巧者としての実力はずば抜けている。要は「何としても勝利する方法」に長けているのだ。総合力で言えば十分に世界の強者十指へと食い込むだろう。

 

「ふむ、お主をしてそこまで言うほどか……。相分かった、紹介状を用意しよう。しかし、交渉はお主らの方で行うように。あと、手に入れた物を悪用してはならぬぞ。ドワーフの作る魔法の道具は強力だからのう」

 

「心得ております」

 

「うむ。それと黒歌よ、お主への報酬は既に用意してある。ほれ、受け取れい」

 

 オーディンが指を一振りすると黒歌の目の前に一冊の古びた本が転送された。

 

「北欧の主要な術式を収めた魔導書じゃ。流石に秘伝の魔術などは載っておらんが、上級魔術までなら網羅しておる。お主としては少し物足りんかもしれんがのう。本当は悪魔にこちらの知識を与えるなどやってはいかんことになっとるんじゃ、約束とは少し違うがこれで勘弁しとくれ」

 

「ふーん。まー、いいけどね。北欧の術式は私と相性微妙そうだし、秘伝の術なんて渡されても多分使えないわ。ダメ元で言ってみただけだから別に気にしないにゃ」

 

 そう言って魔導書を亜空間に収めた。それを見届けたオーディンは魔術で紙とペンを用意し、さらさらと紹介状を書き上げると封筒に収めて修太郎へ手渡す。

 

「ほれ、これをドワーフの誰かに渡せば即座に話が通るじゃろう。その後のことはお主しだいとなる。あやつら職人肌過ぎてわしの言うことすら碌に聞かんからのう」

 

 そうして一息ついて。

 

「しかし、その歳で禁欲を強制されるとはなんとも不憫じゃが、いったい全体どうしてそんなことになったんじゃ? またぞろ光の御子のような愛人関係を断りでもしたのかのう?」

 

 女神スカアハは光の御子クー・フーリンと愛人関係にあったことでも知られる。英雄級の実力を持つ修太郎であれば、もしやそう言うことなのではないかとオーディンは考えた。

 オーディンの勘繰りにしかし、修太郎は首を横に振る。

 

「そのような事実はありません。自分も意図はわかりませんが、おそらく彼女の都合でしょう」

 

「なんじゃい、相変わらずケルトの神が考えることはよくわからんのう」

 

「そんなのあの年増の嫌がらせに決まってるにゃん! 雰囲気最高潮の時に即ゲッシュなんて、いくら何でもタイミングが最悪よ!」

 

 急にぷりぷり怒り出した黒歌に、オーディンは事情を理解して隻眼を細め、可笑しげな雰囲気で指摘する。

 

「もしやお主ら、そこまでの仲にありながら未だ結ばれてはおらんのか?」

 

「うっさいにゃー!」

 

「クロ、いくら何でも失礼だぞ」

 

 やつあたりまで始めた黒歌を宥める修太郎。オーディンは笑ってそれを許した。

 

「ほっほっほ、よいよ。それは何とも、うむ、必死にもなろうて。さて……これからお主らはどうするのかのう?」

 

「あまり長居しても邪魔でしょうから、このまますぐに発とうと思います」

 

「そうか、わしとしてはもう少しいてくれても大丈夫なんじゃが……。確かにあまり悪魔を長居させるとロキあたりが何ぞ突っかかってきそうじゃからな。今はウートガルザ・ロキの尋問にかかりっきりじゃから、そんな暇はないと思うが」

 

 よし、と一つ手を打った主神は言葉を続ける。

 

「ドワーフの住処へは案内人を寄越そう。その上で一つ頼みごとがある。報酬は無いゆえ受けるも受けないもお主ら次第じゃが、話だけは聞いてほしい」

 

 主神の提案を断る理由は無い。

 修太郎は静かに首肯してそれを受け入れた。黒歌は怪訝な顔をしていたが、特に意見を出さなかったので話を聞くことになった。

 その話とは――――。

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

「改めまして、このたびグラズヘイムはヴァルハラ、ヴァルキリー部門所属・営業課に新規配属となりましたロスヴァイセです……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 場所は変わって神界アースガルズと人界を繋ぐ虹の橋ビフレスト。

 頭を下げて自己紹介をしたヴァルキリーを修太郎たちは見る。彼女がドワーフの住む異界への案内人であるらしい。

 二人から見てもロスヴァイセは明らかに憔悴していた。目は真っ赤に充血し、薄く施された化粧程度では徹夜の名残であろう隈を隠せていない。美しかった銀髪は心なしか色褪せて、姿勢の良かった立ち姿はふらふらと危なげだった。

 

 昨今の英雄不足により現在縮小傾向にあるヴァルキリー部門だが、そこにかつて存在した課がある。それが所謂"営業課"。

 活動内容は戦場を飛び回り死せる勇者の魂をヴァルハラへと導くこと。死した勇猛な戦士たちはそこで仮初の肉体を得、来たるべき黄昏の時に備えて日々英気を養うこととなる。

 しかしながら昔は頻発していた戦争もここ最近ではあまり起こらず、且つ近代兵器が主な武装である現代の戦場ではヴァルハラの戦士足りえる者は中々いない。神々の用意する魔法の武器は剣や弓と言った前時代的な物が主なのだ。

 かつては戦乙女の花形とも言えた仕事であるが、今は絶えて久しいそこに新たに配属されたのがロスヴァイセだった。

 それは、つまり――――。

 

「左遷……か?」

 

「しいっ! シュウってばそれは言っちゃだめにゃん!」

 

「うぅ、うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――ぁん!!」

 

 空気を読まない修太郎の言葉に、感情が決壊した戦乙女が泣き崩れる。

 あまりの大声にビフレストの番をしている神、ヘイムダルが何事かとこちらを見つめてきたが、ロスヴァイセの姿を認めた途端に「なんだあの子か」と言った風な仕草で仕事に戻っていった。

 なんということだろう、ウートガルザ・ロキのせいでロスヴァイセは今やアースガルズに知らない者はいないほどの有名人なのだ。

 

「すまんロスヴァイセ、謝るから泣き止んでくれ」

 

「クビじゃないだけまだマシよ! 心を強く持って、きっとこれからいいことあるにゃん!」

 

「そうだ。まだチャンスはあるんだ、これから挽回すればいい。――原因は自業自得だが」

 

「わあぁあああああああ!! うわあぁああああああああああん!!」

 

「……シュウって本当にこの子に対して恩義感じてるにゃん?」

 

「……すまん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで一時間ほど。

 

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 何とか落ち着いたロスヴァイセは現在黒歌の胸に抱かれている。何がどうしてこうなった、と言いたげな表情の黒歌だが、流石姉は格が違った。優しく背中をさすってやるその姿には母性すら感じる。

 弟としての経験すら碌に持たない修太郎ではさらに倍以上の時間がかかったに違いない。

 剣鬼の余計な一言が原因となった事態だが、ともあれようやく話が続けられる。

 

「たっ大変っ、お、お見苦しいっ、と、ところをお見せしました、わっ、私はもう大丈夫ですっ……」

 

 なんだか昨日も見たなこういう光景、と思いつつ、もう迂闊なことは言わないと決めた修太郎は黙って頷く。

 

「ほら、涙を拭いて。せっかくの綺麗な顔が台無しよ? 化粧ももう落としちゃった方がいいにゃん」

 

「ありがとうございます……。悪魔の方って、意外と優しいんですね……」

 

 涙と鼻水でズルズルの顔をまずは魔術の水で洗い、ついでに化粧も落とし、ある程度乾かした後に黒歌が差し出したハンカチで残りをふき取る。こういう時まで無駄にマメだなと修太郎たちは思った。

 

「それで、今後のことだが……」

 

「はい……」

 

 修太郎たちがオーディンに頼まれたことは、彼女の仕事の手助け――つまりは勇者候補を紹介してやってほしいというものだった。

 確かに各地で魔物狩りを行っている修太郎には、それなりに戦闘能力の高い知り合いも多い。しかし――。

 

「何故俺たちなんだ。他の営業課のヴァルキリーに紹介してもらうことはできないのか?」

 

 主神の話は受けたものの、今になってそこが気になった。先輩がいるならその者から指南を受けた方が効率がいいはずだ。

 

「……いないんです」

 

「うん?」

 

「今現在、営業課は私一人しかいないんです……」

 

『は?』

 

 衝撃の事実に、修太郎も黒歌も声をそろえて固まる。

 

「……本来の所謂"営業課"とされる業務は私が生まれる前に廃止されています。今回復活したのは、その、今の時代に修太郎さんみたいな英雄クラスの戦士が他にいるのなら、あわよくば見つけ出して来い――みたいな感じで……」

 

 試験的なものなんです、と死んだような目を逸らしながら答えるロスヴァイセ。剣鬼と黒猫は互いに視線を交わす。

 

(シュウってばもう少し自重するにゃん!)

 

(いや、俺か? 俺のせいなのか?)

 

 しかし、課のメンバーが一人、と言うことはもしかして。

 

「なら、営業課の責任者は……?」

 

「……私です」

 

「それってつまり――――」

 

「ロスヴァイセ……課長…………?」

 

「はい……私、これでも昇進したんです」

 

『oh……』

 

 齢17、彼氏いない歴=年齢の戦乙女は、この歳で中間管理職に就任していた。しかも部下一人いないという超絶不遇な環境で。意味がわからない。

 思わずそろって天を仰ぐ年長者二人だった。

 

「いくら何でもそれは無いだろう……オーディン殿……」

 

 確かに宮殿を破壊したのは完全に彼女の落ち度だが、いくら能力はあると言ってもこれは明らかに年端もいかない少女に課すべき役割ではない。修太郎の中でオーディンの株がストップ安になった。

 

「ブラックってどころじゃないにゃ……それ……。と言うかあの爺、ここまでするにゃん? 普通」

 

 対する黒歌には主神の意図がわかった。

 あの神、有象無象の戦士よりもむしろ修太郎をヴァルハラに招こうとロスヴァイセを送り込んできたのだ。

 北欧の神々は終末の黄昏にて滅ぶことが運命づけられているが、出来ることならばその未来は避けたいだろう。ならば一人でも強力な戦士が欲しいに違いなく、その点を言えば修太郎は破格の実力者だ。何しろ勇者(エインフェリア)として強化を施せば、並の神々なら歯牙にもかけないほどの力を即座に獲得できる逸材なのだから。

 

 営業課として活動し戦士を増やせればそれでよし、本命は修太郎。あの主神は黒歌が修太郎と結ばれていないと聞いて、内心喝采を上げていたに違いない。そう思えば『梵天偽装』でヴァーラスキャールヴを消し飛ばしたくなる。

 

 オーディンの思惑通りに行動するのは業腹だが、こんな話を聞かされたとなるとロスヴァイセの仕事が軌道に乗るまでは協力しなければなるまい。

 少なくとも修太郎はそのつもりだろう。黒歌が進言すれば、おそらくロスヴァイセに関わらない選択も考えるだろうが、当の黒歌が彼女を放っておけないと感じてしまっていた。

 

(こんなはずじゃなかったんだけどにゃー……)

 

 主神から話を聞いた時点ではあまり深く関わるつもりは無かったのだが、この戦乙女があまりにも不憫なものだから保護欲が湧いてしまっている。

 以前にも同様のことをやって痛い目を見たと言うのに、姉属性の業はここまで凄まじいものか。自分はここまでお人好しではなかった気がするのだが。

 

(白音……)

 

 遠く日本にいるらしい妹を想う。

 風の噂によるとあの後、悪魔の名門グレモリー公爵家に眷族として受け入れられたようだが、元気でやっているだろうか? なんにせよ、いずれ会って謝らなければならないだろう。

 

「どうした、クロ?」

 

 横を見上げれば男の顔が見える。相変わらずの無表情で、目つきは殺し屋か何かと思ってしまうほど凶悪だが、今ではむしろそこに見えなければ落ち着かない。

 彼がいなかった七日間は、異様に長く感じたものだ。いつからか、そこにあって当たり前だと感じるようになっていたから。

 

「なんでもないにゃん。それよりロスヴァイセ、私たちも協力してあげるから元気を出すのよ? いっぱい契約をとって、オーディンの爺を見返してやるにゃん!」

 

「はい……ありがとうございます……!」

 

「これも何かの縁だろう。大船に乗ったつもりで……とまではいかないだろうが、困ったときは遠慮なく頼ってくれ。俺も、あの島ではキミにずいぶん助けられたからな」

 

「はい……! はい……!」

 

 感激の涙を流すロスヴァイセを二人して慰めて、三人並んで虹の架け橋を渡る。

 修太郎たち一行は、こうしてアースガルズを後にした。

 

 

 

 

 

 

 余談。

 遠くなる三人の背中を眺めていたヘイムダルが誰にも知られずに一言。

 

「頑張れよ……、ロスヴァイセちゃん……!」

 

 神界の門番は、彼女のファンだった。

 

 

 

 




ロスヴァイセ課長、爆誕。
いや、北欧に課長なんて役職あるかは知りませんが。どうしてこうなった。
巨人王のライブ中継を受けて、アースガルズでは一部の神および人にアイドル扱いされてるようです。

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