新人提督と電の日々   作:七音

104 / 107
装甲空母、大鳳は見た

 

 

 

 唐突だが、航空母艦 大鳳は気疲れしていた。

 

 

(ふう……。提督が目を覚ましたのは吉報だけど、やっぱり昨日の歓迎会、一人で凌ぐのは骨が折れたわね……)

 

 

 時刻は○五一○。まだ人気のない桐林艦隊庁舎の廊下を、嘆息しつつ歩く。

 身体の前面を白い胴着で隠し、露出してしまう背中と腕を包む上着も純白。

 胴回りは黒いプロテクターで守られ、赤いミニスカートからスパッツの黒い裾が覗く。

 横髪の長いショートカットを揺らしながら、しかし静寂を保つ足並みは、太ももまでを覆う防護タイツとセットである、重厚なブーツのおかげか。

 

 

(正直なところ、提督のことが気掛かりで、あまり楽しめなかったのが残念ね。……まぁ、それ以外にも楽しめない理由はあったけど)

 

 

 彼女の意識が、統制人格として覚醒してまだ一日ほど。その割に、内容は濃密だったように思う。

 目の前で桐林が倒れ、大慌てで医務室へと運び、その後の対応を話し合って……。

 中でも、桐林の意識が戻らないのを秘密にしたまま、歓迎会で笑顔を浮かべなければならないというのが、精神的に堪えた。

 途中からザラとポーラ、リベッチオが席を外し、色んな意味で出来上がっていた舞鶴艦隊の皆をあしらうのは、非常に大変だったのである。

 葛城が「一緒にご飯食べようと思ってたのにー!」とヤケ酒したり、ビスマルクが同調して「せっかくドイツビールを取り寄せたのにっ!」と自分で消費しまくったり。

 例を挙げれば枚挙に暇がないので割愛するが、とにかく疲れたし、律儀に付き合ったせいで深酒してしまい、やけに早く起きてしまった。

 散歩でもしようと部屋を出たが、今後は彼女たちとの酒の席は避けようと、心に決める大鳳であった。

 

 

「あら?」

 

 

 そんな時、ふと前方に人影を見掛けた。

 庁舎外の敷地へと続く広大な一階ロビー。

 その一角にある、まるで高級ホテルを思わせるラウンジで、人目を避けるように顔を付き合わせる二人は、先の歓迎会でも挨拶を交わした、駆逐艦の統制人格だ。

 

 

「……どうしようか……」

 

「……どうしましょうか……」

 

 

 ソファで斜向かいに腰掛ける、水色のショートカットの少女と、長い茶髪を三つ編みにする少女。

 名をそれぞれ、睦月型駆逐艦六番艦、水無月。吹雪型駆逐艦十番艦、浦波という。

 水無月は青を基調とした長袖のセーラー服を、浦波は吹雪型の共通デザインのセーラー服を着ている。

 歓迎会ではよく笑顔を見せ、明るい人柄を伺わせてくれたのだが、今は難しい顔で俯き、ひどく悩ましげだ。

 声を掛けづらい雰囲気だったけれど、散歩を考えるくらいには暇だし、大鳳は声を掛けてみる事にした。

 より早く艦隊に溶け込むには、こういった努力が大切なのである。たぶん。

 

 

「貴方たちは確か、睦月型と吹雪型の……。どうかしたの? 二人で顔を突き合わせて。悩みごと?」

 

「えっ!? う、ううんっ、なんでもないよ!? 僕たち、悩んでなんかいないよっ?」

 

「そそ、そうですともっ。元気一杯、快眠快食です! ……そ、それでは、私たち用があるので……。失礼しますっ!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 

 ところが、二人は大鳳が声を掛けた途端、慌てた様子で立ち上がり、連れ立って外へ走り去ってしまう。

 何か、おかしい。明らかに何かを隠している。

 出会ったばかりの新人には話せない、個人的なこと?

 その可能性もあるだろうが……。

 

 

「……怪しいわね。後を追ってみましょう」

 

 

 どうにも気になった大鳳は、怪しい二人組を尾行してみる事にした。

 本当に個人的な内容だったら聞かなかった事にすればいいし、ひょっとしたら仲良くなるきっかけになるかも知れない。

 そうなったら嬉しいな、と淡い期待を込め、足早に庁舎を出る。

 遠目に背中を確認できる距離を保ち、物陰に隠れつつ追ってしばらくすると、二人は鎮守府敷地内に点在する東屋へと入る素振りを見せた。

 周囲に人気は一切ない。

 大鳳は近くの茂みに身を潜ませて、徐々に声の聞こえる距離まで詰める。

 

 

「っはぁあぁぁ……。ビックリしたぁ……」

 

「まさか、大鳳さんの方から話しかけてくるなんて……。噂をすれば影、って本当なんですね……」

 

 

 どうやら二人は大鳳に気付かず、息を整えているようだ。

 しかし、噂をすればという事は、彼女たちは大鳳の話をしていたという事になる。

 だったらあの驚きようも納得だが、どんな話をしていたのだろう?

 気になるところである。

 

 

「で、本当にどうしようか……?」

 

「難しい問題ですよね……。水無月さんはどう思います?」

 

「僕? う~ん、そうだなぁ。声をかけたくはあるんだけど……」

 

「今の所、浦波と水無月さんの、二人だけですもんね……」

 

 

 口振りを考えると、内容は相談事らしい。

 声をかけたいという言い方から察するに、何かに誘うつもりなのかも知れない。

 遊び、集まり、お出かけ。

 少なからず嬉しく思う大鳳だったが、続く二人の言葉に身を硬くする。

 

 

「人数が増えれば、それだけ心強くなるけどさ。やっぱり、僕たちと気持ちを同じくしてくれる子じゃないと」

 

「……バレたら、今後に関わりますしね。慎重に事を運んだ方が良いんじゃないでしょうか。大鳳さんの周囲には、雲龍さんたちが居ますし」

 

 

 明らさまに潜められた声は、重大で、後ろ暗い秘密を予想させた。

 統制人格の、今後に関わる隠し事。

 最悪の可能性は──

 

 

(まさか、反乱か何かの計画を……!?)

 

 

 あり得ないと首を振る大鳳だが、希望的観測こそ、あってはならない。

 通常の統制人格にはできない事も、大鳳を始めとする桐林の統制人格なら可能。

 例えば、励起主を裏切り、害する事すら。

 桐林を快く思わない誰かに買収されたり、あるいは脅されたり……。

 信じたくはないけれど、疑惑を笑って流せるほど、彼女たちを知っている訳でもない。

 

 いや、いくらなんでも考え過ぎだろう。

 現在の待遇に不満があって、桐林に陳情しようとしているのかも知れない。

 それを通すために人数が必要だとすれば、唐突な反乱よりも納得がいく。

 けれど、もし万が一があったら。

 歓迎会で軽く耳にした舞鶴事変だって、普通なら絶対にあり得ないと断ずる事の連続だったらしいし。

 

 どう判断すればいいのか、どう動けば最善なのか。

 手に汗がにじむ。

 

 

「それじゃあ、決を採るよ」

 

「はい」

 

 

 考えあぐねている間に、水無月が場の空気を引き締める。

 葉の間から覗くと、浦波も背筋を伸ばしていた。

 同時に、大鳳にも緊張が走る。

 これから聞く内容によっては、秘書官である香取や、桐林にも話をしなければ。

 だがそうなったら、艦隊に加わったばかりの自分を信用してもらえるだろうか。

 ただ耳にしただけで、録音も何もない。

 不安が唾を飲み込ませ、腰を浮かせる。やがて、水無月は意を決したように口を開き……。

 

 

「とても残念だけど、大鳳さんは『舞鶴鎮守府に姉妹艦が居なくて心細いけど、励ましあって頑張ろうじゃない会』に、まだ誘わない事にします!」

 

「はい! 浦波は賛成いたします!」

 

 

 大鳳は思いっきりズッコケた。

 額から派手にダイブしてしまったが、幸い気付かれなかったようだ。

 それよりも、問題なのはこの集まりである。

 

 

(か、悲しい……っ。なんて悲しい集まりなの……!?)

 

 

 舞鶴鎮守府に姉妹艦が居なくて心細いけど、励ましあって頑張ろうじゃない会。

 字面だけでも悲しいのに、構成員が二名しか居ないのが更に悲しい。

 その辺りは本人たちも自覚しているのか、水無月と浦波は深い、深ーい溜め息をつく。

 

 

「はぁ~あ……。なんというか、ぜんぜん仲間が増えないよねぇ……」

 

「ですねぇ……。大鯨さんには、なんだか誘いづらいリア充な雰囲気がありますし、秋津洲さんは『私には瑞穂ちゃんと大艇ちゃんが居るかもぉー!』って泣いて逃げちゃいましたし……」

 

「ツェッペリンさんからの返事もまだないし、困っちゃうよ」

 

「はい。いい返事が聞けると良いんですが……。アクィラさんにも、折りを見て声を掛けないと」

 

 

 大鯨と秋津洲。

 大鳳の記憶では、潜水母艦である大鯨の周囲には、いつも潜水艦の誰かが居た。本人の物腰も柔らかく、リア充と言われるのも頷ける。

 対する秋津洲は、歓迎会とほぼ同じタイミングで横須賀から帰還した統制人格だ。

 水上機母艦である彼女だが、当人曰く飛行艇母艦でもあるらしいので、水無月たちも声を掛けたのだろう。まぁ、逃げられてしまったようだけれども。

 海外空母であるグラーフ・ツェッペリンにまで話を持っていく所を見るに、二人の本気度は伝わってくるのだが、成果が出ていないのがやはり悲しい。

 

 

「みんな、特に姉妹艦とかの区別なく、普通に仲良くしてくれるから、それは嬉しいんだけどさ……」

 

「ふとした瞬間、気付くんですよね。夕雲型の皆さんや、陽炎型の皆さんの中に混じる、吹雪型の自分に……。考え過ぎだっていうのは分かっているんですけど……」

 

「こういうのは理屈じゃないよ。やっぱり僕、姉妹艦のみんなに会いたい。さっちんとか、もっちーとか、会って色んな話をしてみたいな」

 

「浦波もです。磯波姉さんに会いたいです。横須賀、行きたかったです……」

 

 

 悲嘆に暮れる……とまでは行かないが、水無月も浦波も、横須賀に居る姉妹艦の姿を思い浮かべ、残念そうに肩を落としている。

 大鳳としても、史実で姉妹艦が建造されなかった、大鳳型航空母艦の一番艦。姉妹が側に居て欲しい気持ちは、分からなくない。

 もし、まだ見ぬ装甲空母が、改大鳳型の空母が、新たに生まれたなら。釣られてそんな想像をしてしまう。

 

 

「でもさ、浦ちゃんはまだ可能性があるから良いよね? まだ三隻も未励起の子が居るし」

 

「何を言うんですか。水無月さんにだって、まだ夕月さんが残っているじゃありませんか! 希望を捨ててはダメですっ!」

 

 

 少しイジけるような言い方をする水無月を、浦波は強い言葉で叱咤する。

 吹雪型駆逐艦は、末妹である浦波を含めて十隻。対する睦月型は十二隻。

 大鳳が昨日のうちに確認した情報によると、吹雪型は東雲、薄雲、白雲の三隻。睦月型は夕月が未励起だったはず。

 まだ姉妹艦が呼ばれる可能性は捨てきれない。そう確かに言い切られ、水無月の顔にも希望が浮かぶ。

 

 

「そう、だよね……。僕、夢があるんだ。姉妹で同じ部屋で寝起きして、ときどき夜更かしとかしたり、同じベッドで寝たり……」

 

「あ、分かります、凄く分かります! 一緒にシーツに包まって、普段はしない恋バナとか、色んな話をするんですよね! 良いなぁ、憧れます……」

 

 

 東屋から離れ、明けた空を見上げつつ、瞳を輝かせる二人。

 あまりにも慎ましやかな願い事に、大鳳の眼には涙が浮かんでしまう。

 

 

(駄目、泣いては駄目よ大鳳……っ。泣いたら彼女たちを侮辱する事に……ううっ)

 

 

 結局、堪えきれずに咽び泣く大鳳だが、自分があの二人の仲間だと数えられている事を、もはや忘れているようである。

 幸か不幸か、水無月たちはまだ大鳳に気付いておらず、朝日をシルエットに友情を深める。

 

 

「でもさ……。姉妹艦が舞鶴に来てくれるとしてもさ? 一緒のタイミングが、良いよね。そうしたら、お互い寂しい思いをしなくて済むし」

 

「ですね……。でも、水無月さん。例え東雲や薄雲、白雲が来たとしても。……二人の友情は、消えたりしません、よね?」

 

「当たり前じゃないか、浦ちゃん! 僕たちの友情は、永遠に不滅だよ!」

 

「水無月さん……!」

 

 

 ガッシリと手を握り合い、見つめ合う水無月と浦波。

 不憫ではあるが感動的な光景を目の当たりにし、大鳳は、自分の考えが杞憂であると確信した。

 

 

(そっとしておきましょう……。無闇に立ち入ってはいけないわ……)

 

 

 逆光に陰る二人を横目に、大鳳はその場を後にする。

 いつか彼女たちが、姉妹艦と共に過ごせる日々が来る事を、祈りながら。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 数時間後。

 太陽が中天を過ぎた頃、大鳳は桐林からの招致を受け、執務室へと向かっていた。

 

 

「正規空母、大鳳。参りました」

 

 

 両開きのドアをノックし、キビキビとした動作で入室する大鳳。

 執務室には桐林ともう一人。彼の背後に、第一秘書官である香取が立っていた。

 ひとまず執務机から数歩前に立ち、しっかりと敬礼。それを受け、桐林が口を開く。

 

 

「先日は、要らぬ気苦労をかけた。済まなかった」

 

「い、いいえ、滅相もありません。お加減もよろしいようで、安心しました」

 

 

 予想外の謝罪に、慌てて大鳳が謙る。

 桐林の顔色は良かった。少なくとも、歓迎会の後に様子を見に行った時よりは、遥かに。

 体調は戻ったようだ。

 

 

「細々とした些事が済んだら、君にも我が機動部隊の一翼を担ってもらう事になるだろう。

 近く出撃する予定はないので、それまでは艦載機配備などの補佐を行って貰うが、演習などで練度は確認するつもりだ。留意しておくように」

 

「はっ!」

 

 

 簡単な今後の予定から始まり、具体的な艦載機の運用、戦闘における行動指針の確認など、話の内容は多岐に渡った。

 しばらく濃密な時間が続き、そろそろ話し合いも終わりだろうかという時、大鳳の頭に、ふとした疑問が湧いた。

 桐林と対面で話す機会が、またあるとは限らない。この機会にと、大鳳は質問してみる事にする。

 

 

「あの、提督。差し出がましい事だと思うのですけれど、一つお訊ねしてもよろしいでしょうか」

 

「なんだ」

 

「え、ええとですね。……今後の、艦隊増強の計画などは、あるのでしょうか?」

 

 

 大鳳が気になったのは、やはり今朝の出来事。舞鶴鎮守府(中略)頑張ろうじゃない会の事である。

 もし、新たに駆逐艦を増やす計画があるのなら。その中に、睦月型や吹雪型が含まれているなら、水無月と浦波に知らせてあげたいと、そう思ったのだ。

 が、この問いに対し、今まで簡単な補佐に徹していた香取が反応した。

 

 

「大鳳さん? それは、現在の艦隊の陣容に不安がある、という意味ですか?」

 

「い、いえっ。違うんですっ! そうではなくて、えっと……。その……」

 

 

 考えていたのとは違う意図に取られてしまい、どうにか取り繕おうとするが、下手をすると、あの二人の悲しい集まりを知られてしまうやも。

 今はまだその時ではないのだろうと思い直し、大鳳は自らの言葉を取り消す。

 

 

「すみません、なんでもないんです。忘れて下さい」

 

「……そうか。話は以上だ。下がってくれ」

 

「はっ! 失礼致します!」

 

 

 桐林も深く追求はせず、大鳳は退室のために改めて敬礼。

 回れ右でドアへ向かい、それを閉めてから激しく後悔し始めた。

 

 

(ううう、失敗した……。失礼な女だって思われたわよね? どうしよう……っ)

 

 

 もっと違う質問の仕方があったのでは、もっと打ち解けてからの方が、そもそも聞かない方が……。

 終わってから色んな考えが頭に浮かび、心象が悪くなったのではないかと、顔が熱くなって。

 これからの鎮守府生活が思いやられ、若干気落ちしてしまう、真面目な大鳳であった。

 

 

「大鳳さんは、何が言いたかったのでしょう……?」

 

「分からない。自分が留守の間に、探りを入れておいてくれ。

 些細な行き違いでも、戦場での致命的な事態を引き起こしかねない」

 

「はい。心得ました。……ですが……」

 

 

 一方で、桐林も大鳳の言動を気に掛けており、香取に対応を求める。

 しかし、一旦は頷くものの、歯切れが悪い。

 大鳳の事より、他に気になる事があるような素振り。

 桐林には心当たりがあった。

 

 

「心配するな。単なる査問だ。上手く立ち回るさ」

 

「そうは仰いますが、桐谷中将を始め、そうそうたる面々が揃うとも聞きました。一筋縄では……」

 

「……だろうな。だからこそ、良い機会でもある」

 

 

 先の無断励起は、軍令部で大きな問題となっていた。

 ただでさえ問題児扱いをされていた所に、更なる規定違反が重なった結果、桐林は最高軍令機関の査問を受ける事になったのである。

 普通に考えれば、査問を受ける事自体が大問題であり、軍人としての未来も危ぶまれる状況なのだが、桐林はあえて普段通りの態度を貫く。

 

 

「今現在、実質的にこの国を動かしているのが、どんな人物なのか見極める。大丈夫だ、香取。君たちの未来を、閉ざさせはしない」

 

「……は、はい」

 

 

 査問委員会を構成する人員には、現海軍の実権を握る、海軍大将も含まれる。

 己に首輪を付けようとし、手綱を締めようとする人間を、自分の“眼”で確かめるために。

 桐林は、静かに闘志を滾らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、提督。ポーラさんとの一件なのですが」

 

 

 ビクゥッ。

 と、面白いほどに桐林の肩が跳ねた。

 一瞬で闘志も萎えたようである。

 

 

「なんども言っているが、あれは人工呼吸のようなもの。

 救護活動に一応の礼は言ったが、それでどうにかなるつもりも、どうこうするつもりも無いっ」

 

「それは理解していますから、別にどうでもよろしいのですが」

 

「え?」

 

 

 割りかし強い語気で、ポーラとの色恋沙汰を否定する桐林だが、香取は全く気にしていなかったらしく、肩透かしを食らう。

 

 

「私が言いたいのは鹿島の事です。……どうなさるおつもりですか?」

 

 

 鹿島。

 この場に居ておかしくないはずの、第二秘書官。

 彼女は今、使い物にならなくなっていた。

 より正確に言うと、仕事は出来るのだが、いちいち桐林の事を涙目で見つめて来て、非常にやり辛いのである。なので午後休を出した。

 原因はもちろん、ポーラが行ったワインの口移しだろう。

 

 

「やっぱり、自分がどうにかしなきゃダメなのか……」

 

「提督以外がどうにか出来る問題ではないかと存じます」

 

「……なんか君も怒ってない?」

 

「さぁ。なんの事やら」

 

 

 先程は気にしていない様子だったが、言葉の端々に険を感じ、桐林がまた怯む。

 同業者には強気になれても、やはり女性相手だと弱腰になってしまうようだ。

 ややあって、桐林はアロマ・シガレットをふかし、溜め息混じりに承諾する。

 

 

「はぁ……。後でちょっと、行ってくる」

 

「はい。お願い致します」

 

 

 煙を燻らせつつ、渋い顔をする桐林に、さも当然と澄まし顔の香取。

 その様はまるで、夫を尻に敷く妻のようでもあった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告