元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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74.気づいて、変わる

 二日目の夜は奈良の宿に泊まることになっている。

 移動で疲れた体を休めるために指定された部屋へと向かう。京都の宿と違って三、四人で一部屋となっている。

 

「よお高木。遊びにきたぜ」

 

 部屋に入って荷物を置くと、すぐに本郷が訪ねてきた。数人の男子を引きつれてずかずかと入ってくる。

 

「飯の時間はすぐだぞ。部屋で荷物整理でもしてろよ」

「そんなこと言うなよ。また女子が部屋に来たら嫌だろ」

 

 本郷はげんなりとしていた。昨晩はお楽しみというわけでもなかったらしい。

 まだまだ異性といるよりも同性と遊ぶ方が楽しいようだ。まあ俺にとっても気晴らしになるか。夕食の時間まで男子連中で今日何をしたかなど話に花を咲かせた。

 

「な、なあ高木。明日は鹿を見に行くだろ? お前のグループといっしょに写真撮ってもいいか?」

 

 本郷が緊張した様子で聞いてくる。別にいっしょに写真を撮るくらいいいか。そんな安易な考えでの返事が他の奴等に火をつけた。

 

「じゃ、じゃあ俺もっ」

「だったら俺だって」

「宮坂さんと木之下さんと同じ写真に写れるならなんでもするぜ!」

「赤城も捨てがたいよな。あのクールな感じがたまらない……」

 

 俺も俺もと他の男子連中が言いだした。しまった。葵ちゃんと瞳子ちゃんの人気を考えればこうなることは自明の理だったか。何気に美穂ちゃん推しの奴もいるし。

 

「そういうことなら僕や高木くんには決められん話やで。木之下さんに許可を取らなあかんと思う」

 

 前のめりな男子連中を止めたのは佐藤の言葉だった。女子三人の中で瞳子ちゃんの名前を挙げたのが効果的だったのだろう。彼女ならはっきりと断りそうだしな。ナイス佐藤!

 相手が瞳子ちゃんだったからなのか、それとも女子と話をする度胸がなかったのか、男子連中はすごすごと引き下がった。

 

「俺、明日木之下に聞いてみるわ」

 

 ただ一人、本郷だけは引き下がらなかったが。こいつは怖いものなしなところがあるからな。

 写真くらいでとやかく言うもんじゃないか。それに、明日はできれば気持ち良く写真に写りたいものだ。

 夕食の時間がきたのでクラスごとで固まって大広間へと向かう。大勢での賑やかさのついでに食欲もそそられるのかよく食べる子が多かった。料理も美味かったからね。

 食事が終われば風呂である。昨晩は一組から順々に入っていたので、今晩は逆に五組から入浴することとなっている。そのため俺達四組の番が回ってくるのは早いのだ。

 俺は体を洗うのもそこそこにさっさと風呂を済ませてしまう。さて、そろそろ覚悟完了させないといけないな。

 他の男子が戻ってくる前に部屋を出る。先生達も入浴時間のおかげで手がいっぱいだろう。

 誰にも見られないように気をつけながら、俺は廊下の突き当たりにある非常階段へと出た。ドアを閉めれば居心地の悪い空間に取り残される。

 あんまり来るところではないからな。でも、ここくらいでしか二人きりで話をできる場所を思いつかなかった。

 そう、俺はここで美穂ちゃんと待ち合わせをしていた。こっそりと声をかけて、彼女もちゃんと頷いてくれた。

 瞳子ちゃんと葵ちゃんには美穂ちゃんを呼び出すことを伝えている。いないことを変に思われないように二人がなんとかしてくれるはずだ。

 しばらく待っていると、ギィと音を立てて非常階段のドアが開かれた。現れたのは美穂ちゃんだった。

 

「こんばんは美穂ちゃん」

「……こんばんは」

 

 緊張をほぐそうとあいさつをしてみたものの、むしろ心臓の鼓動が速くなった気がする。

 それは美穂ちゃんも同じだったようで、無表情のはずなのにその顔は強張っているように見えた。

 

「こんなところで悪いんだけど、えっと、とりあえずここに座って」

 

 階段にハンカチを敷いて座るようにと促す。美穂ちゃんはおずおずといった感じで腰を下ろす。

 美穂ちゃんは宿で用意されていた浴衣を着ていた。髪はまだしっとりと濡れている。彼女も急いで来てくれたのだろう。

 

「その……今日は楽しかった?」

「え、うん……そこそこ?」

 

 いざとなると本題に入れないものだ。だからってこれはないだろうに……。俺は自分の発言に頭が痛くなる。

 こっそりと深呼吸。落ち着いたわけじゃないけれど、今は真っすぐ向き合うだけでいいんだ。

 そう、真っすぐ伝えるだけだ。瞳子ちゃんの言ったことを信じていないわけじゃないけれど、俺は美穂ちゃんから何も聞いてはいない。だから、これから俺が口にすることはとても勝手なことなのだ。

 

「……俺さ、美穂ちゃんとは仲良くなれたと思ってるんだ」

 

 美穂ちゃんの目を見つめる。彼女も見返してきてくれた。

 小学生になってから出会って、交流を重ねてきた。俺が自分から声をかけて、自分から仲良くなろうって思って行動した。

 そこには異性としての好意はなくて、それでも他の子とは違うひいきめいたものがあったのも事実だ。それを彼女がどう受け取るのか、それを俺は見落としていたのだろう。

 

「正直最初はそんなに仲良くなれないと思ってた。美穂ちゃんってばあんまり表情変えないからさ、楽しくしてくれてるのかなってわからなくなる時があるし。迷惑になってたらどうしようかって思った」

「そんなことないっ」

 

 小さい声だったけれど、俺は思わず口を閉じてしまった。

 

「あの時、高木から声をかけられてあたしは本当に嬉しかった。それからも気にかけてくれて嬉しかった。それは、信じてほしい」

 

 あの時、おそらく小一の頃の運動会のことだろう。美穂ちゃんとはその時からの付き合いだから。同じく、葵ちゃんと瞳子ちゃんも彼女との付き合いがその時からだったのだ。

 

「もちろん信じるよ。そう思っててくれて俺も嬉しい。美穂ちゃんと友達になれてとても嬉しい」

 

 そうだ、彼女と仲良くなれて嬉しい。それは俺の本心なのだ。

 美穂ちゃんに何かを求めたつもりはない。ただ放っておけなかった。最初はただそれだけだったんだ。

 

「いつも表情があまり変わらないけどさ、美穂ちゃんってけっこう笑ったり泣いたりするよね。そういうのがわかってくると楽しくってさ。なんか安心してた」

「そう?」

 

 美穂ちゃんは首をかしげる。あまり自覚がなかったのかもしれない。

 あまり感情を表に出さないからって何も感じていないなんてわけがない。美穂ちゃんは普通の女の子で、誰かを好きになるのは当たり前のことなんだ。

 そんな当たり前のことが、俺はちゃんとわかっていなかったんだろうな。

 

「でも、そう思っているのは俺だけじゃないんだよ」

 

 初めて出会った頃、確かに彼女は一人ぼっちに見えた。

 けれどそれはもう過去の話なんだ。今では彼女は自分の輪を作っている。美穂ちゃんを中心とした輪だ。他人から見れば小さなものかもしれないけど、彼女は一人ぼっちなんてことはないんだ。一人きりでお弁当を食べる女の子はもういない。

 

「葵ちゃんや瞳子ちゃん、佐藤や小川さんだっている。みんな美穂ちゃんが変わってきたってわかっているんだ」

「高木……」

 

 だから大丈夫、なんてことを言うのは無責任だろう。

 美穂ちゃんの想いが本物だとしたら、きっと悲しい思いをする。でも、俺は彼女に寄り添うなんてことはできない。それこそ無責任だ。

 だから責任を持って伝えなければならない。

 

「俺、葵ちゃんと瞳子ちゃんが好きなんだ。まだどっちが一番かって決められないんだけど、二人が大好きなんだ」

 

 言いきって胸が苦しくなった。自分で思っている以上に俺ってば勝手な奴だな。

 美穂ちゃんの唇が震えた。それを隠すように彼女はうつむく。

 しばらく無言になる。そんな時間を止めたのは美穂ちゃん自身だった。

 

「それを、なんであたしに言うかなぁ……」

「……ごめん」

 

 肩をパンチされた。軽いけど、驚きでのけ反ってしまう。

 

「そっか……、そうだったんだ……」

 

 小さい呟き。ぼそぼそとした小ささで、よくは聞こえない。そして彼女は顔を上げた。

 

「……あたしの初恋って、高木だったんだ」

 

 彼女は潤んだ目で、噛みしめるように言った。

 息を飲む。美穂ちゃんの表情があまりにも俺に感情を伝えてきていたから。こんな顔もするんだなって、初めて知った。

 

「高木、立って」

「え?」

「立って」

「は、はい」

 

 立ち上がった美穂ちゃんに言われて俺も立ち上がる。もしかして殴られるのかな?

 そんな心配をしたからか。襟をぐっと掴まれる。俺は覚悟を決めた。

 

「考える時間がほしいんだけど……、一言いい?」

「……どうぞ」

 

 ぐいっと襟を引っ張られる。俺の覚悟を裏切るようにぽすんと胸に美穂ちゃんの頭が当たった。

 そして、すーと息を吸った音が聞こえた。

 

「高木のアホーーッ!!」

 

 ビリビリと体が震えるほどの音量だった。襟をぱっと離されると美穂ちゃんが一歩身を退いた。

 聞いたことのない彼女の声の大きさに呆けてしまう。その間に美穂ちゃんはドアノブに手をかけていた。

 

「高木」

 

 顔を向けると美穂ちゃんがんべっと舌を出していた。

 

「女の子を泣かせちゃダメだよ」

「……心にとめとくよ」

 

 ドアを開け、美穂ちゃんは去って行った。

 息を吐く。深く深く、大きく息を吐いた。

 

「これでよかったのかな……」

 

 わからない。でも今の自分の気持ちは伝えた。

 誰かを傷つけないなんてことはできないのかもしれない。今になって大事なところでは一歩退いていたんだって気づかされた。

 これは美穂ちゃん相手だけの話じゃない。葵ちゃんか瞳子ちゃん。いつかはどちらかを傷つけなければならないのだろう。

 そう考えると、憂鬱だ。

 少し脱力してしまった体を引きずり、俺は部屋へと戻った。今日は眠れるだろうか。そんな不用な心配をしてしまう。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 三日目、俺は奈良の大仏を見上げていた。

 巨大な大仏を見れば俺の悩みなんてちっぽけなもの。なんて考えられたらいいのだろうが、あいにく俺自身がちっぽけな人間なのでそんな風には解釈できなかった。大きくなりたい。

 みんなは柱の穴をくぐっている。大仏の鼻の穴と同じ大きさらしい。くぐれば無病息災や祈願成就だったりのご利益があるのだとか。俺もくぐっとこうかな。

 今日はまだ美穂ちゃんとはしゃべっていない。もしかしたら今まで通りというわけにはいかないかもしれない。

 でも、それは俺が選んだことだ。だからそれを悲しく思うだなんてのは自分勝手だ。

 美穂ちゃんの方をこっそりと見る。葵ちゃんと瞳子ちゃんと仲良くしているし、佐藤とは普通に話していた。昨日みたいなギクシャクした雰囲気がなくて良かったと思える。

 次は鹿公園。ここではグループごとでの自由行動だ。

 

「木之下、ちょっといいか?」

 

 早速本郷が瞳子ちゃんに声をかけていた。昨晩言っていた通りいっしょに写真を撮ってもいいかと交渉するのだろう。

 鹿せんべい買わなきゃな。そう思って視線を巡らせると、誰かに後ろから襟首を引っ張られた。「ぐえっ」と変な声が漏れる。

 

「高木、ちょっといい?」

「み、美穂ちゃん?」

 

 咳き込みながら振り返ると美穂ちゃんがいた。表情だけなら変わりないように見える。

 本日初の会話である。昨晩のことがあっただけにギクシャクしてしまいそうになった。

 

「宮坂と木之下には話を通してある。ちょっとだけ話がしたいんだけど」

「え、ああ、いいよ」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんがいいと言っているのなら俺からは文句はない。みんなから離れて美穂ちゃんと二人きりになる。

 

「本当に鹿がいるんだ……」

 

 公園を我が物顔で歩いている鹿を見て美穂ちゃんがぽつりと言った。そのセリフには「触りたい」というニュアンスを多分に含んでいるように聞こえた。

 

「あとで鹿せんべいあげようね。人懐っこいからすぐに寄ってきてくれるよ」

「うん」

 

 普通に会話できていることにほっとする。話してみるとギクシャクした感じはなかった。意識していたのは俺だけだったかな。

 前を歩いていた美穂ちゃんがピタリと止まる。俺も足を止めた。背を向けたまま彼女は口を開く。

 

「あれからね、宮坂と木之下といろいろ話をしたんだ」

「そうなんだ」

 

 いろいろ、か。たぶん男の俺には話せないようなことなのだろう。

 

「二人から高木の話を聞いて、あたしも高木の話を二人にした。良いところの話をしたり、悪口を言って盛り上がったりもしたりね」

「え、俺悪口言われてんの?」

 

 それはさすがに初耳なんですが……。葵ちゃんと瞳子ちゃんに悪口言われてたら泣く自信があるぞ。

 美穂ちゃんが振り向く。少しだけ柔らかくなった表情がそこにはあった。

 

「高木ってひどいよね。あたし告白もしてないのに振ってくるんだもん」

「それはまあ……その」

 

 確かに本人から気持ちを伝えられていないのにな。反論できない。

 

「でも、おかげであたしの初恋に気づけた」

「……そっか」

 

 美穂ちゃんの表情からはつらいとか悲しいなんて感情はなかった。ふっ切れたのだろうか。それとも隠しているだけなのか。確かめる術はないし、確かめてはいけない気がした。

 

「あたし、高木を好きになったこと後悔なんてしてない。昨日はあれから泣いたりもしたけど、高木と出会って良かったって、やっぱり思っちゃうから」

 

 ほんのちょっぴり明るい声で言われて、なんだか胸がせつなくなる。

 

「ねえ高木。昨日は女の子を傷つけちゃダメって言ったけど、いつかは宮坂か木之下を傷つけるんだよね」

「……うん」

 

 どちらかを選ぶということは、どちらかを傷つけるということだ。曖昧模糊とした態度をやめるのなら、傷つける覚悟を決めなければならない。

 傷ついた顔を見たくない。それも自分勝手なのかもしれない。全部を掴み取ろうなんて、それこそ傲慢だ。

 美穂ちゃんは俺を見つめる。強い眼差しではない。時折葵ちゃんや瞳子ちゃんが向けてくるような、柔らかな優しさが込められているように感じられた。

 

「たぶん誰かを傷つけないなんて無理なんだろうけどさ。後悔だけはさせないであげてね」

「……うん。心にとめとくよ」

「よろしい」

 

 美穂ちゃんは手を差し出してきた。握手を求めているようで、それが終わりの合図なのだと悟る。

 俺も手を出して彼女と握手をする。そこからいきなり手を引っ張られてバランスを崩してしまう。なんとか踏みとどまると、狙ったかのようなタイミングで頬に柔らかい感触がした。

 

「うん。これで勘弁してやろう」

 

 美穂ちゃんはそう言うとみんながいる方向へと走って行ってしまった。俺はしばし立ち尽くしてしまう。

 傷ついていないわけがない。それでもああやって振る舞うのは彼女の強さなのだろう。少なくとも俺はそう思った。

 

「……俺が考えることでもないか」

 

 みんながみんな思い通りにはいかない。思い通りにはならない人生を知っているからこそ、俺はがんばろうと決めたのだ。

 俺もみんなの元へと戻る。

 

「ちょっ! 鹿さんお願いだからやめてっ!」

「へ、変態! 離しなさいよ!」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんの切羽詰まったような声が耳に届く。聞いた瞬間に俺は駆け出していた。

 その光景を見て俺は目を見開いた。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんのスカートを咥え込んだ鹿の姿があったのだ。あろうことか咥え込むだけに飽き足らず引っ張っていやがる。そのせいで二人の白く美しい太ももが露わになってしまっていた。もう少しで大事な部分が見えそうになっている。

 周りの男子連中は思わぬハプニングに固まっている。いや、あれは眼福とでも思ってやがるな。唯一なんとかしようとしている佐藤は他の鹿から角を向けられて助けに入れないようだった。

 

「このエロ鹿どもがぁぁぁぁぁぁーー!!」

 

 俺は強引に鹿どもに囲まれた葵ちゃんと瞳子ちゃんの元へと割り込んでいく。角で小突かれたが構ってられない。

 鹿って草食動物じゃなかったのかよ。ある意味肉食系じゃねえか!

 なんとか鹿の角攻撃をかいくぐり、葵ちゃんと瞳子ちゃんの元へと辿り着いた。

 

「二人とも大丈夫か?」

「ト、トシくん。助けて……」

「助けにきてくれたのね俊成」

 

 割り込んできた俺に驚いたのか、葵ちゃんと瞳子ちゃんのスカートを咥えていた鹿が口を離した。その隙に二人の肩を抱いて距離を取る。

 だが他の鹿どもが俺達を囲んでいる。こいつら徒党を組んで何やってんだよ。鹿に女の子のスカートめくりをする習性なんてあったか?

 どうする? 周りを囲まれてしまうくらいには数が多い。さすがに二人を抱えて強行突破なんてできないぞ。

 その時、離れた位置から助けがやってきた。

 

「へいへいこっち見ろよ鹿さんよー」

 

 ものすごい棒読みだな。声の方向を見れば、美穂ちゃんが鹿せんべいをアピールするように掲げていた。

 鹿せんべいを目にして吸い寄せられるように美穂ちゃんの元へと向かっていく鹿ども。美穂ちゃんは囲まれる前に鹿せんべいを遠くへと投げた。食欲優先なのか鹿共はそれを追いかけて行ってしまった。

 危機が去って俺達は力が抜けたように寄り添った。

 

「トシくん怖かったよ~……」

 

 葵ちゃんがベソをかいて抱きついてくる。まさか鹿に襲われると思っていなかったのだろう。俺だって想ってなかった。

 

「うぅ……、あんなことしてくるだなんて……」

 

 瞳子ちゃんは真っ赤な顔でスカートを押さえている。よほど恥ずかしかったのだろう。そりゃあ人前で鹿にスカートめくりされるなんてどんな羞恥プレイだよと言いたくもなる。

 

「宮坂、木之下。大丈夫?」

「美穂ちゃん助けてくれてありがと~」

「本当に助かったわ……。ありがとう美穂」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんは美穂ちゃんに感謝を述べる。呼び方が変わっているのは、きっと昨晩悪口を言い合ったからなのだろう。関係が改善されたのなら悪口だろうがなんでもいいや。

 美穂ちゃんはぐっと親指を立ててどや顔をした。

 

「気にしないで。二人はあたしの親友だから」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんは笑った。三人の間にはしこりなんてもうないようだ。

 

「おーい! 高木探してたんだぞ」

 

 ほのぼのと女子三人を眺めていると、本郷が駆け寄ってきた。

 

「あれ? 本郷お前どこ行ってたんだよ」

「高木を探してたんだ。木之下が高木といっしょなら写真撮ってもいいって言うからさ」

 

 そう言って本郷はにかっと笑った。この笑顔を見るにさっきの鹿事件を知らないな。だからこんなことを言ってしまう。

 

「せっかくだから鹿といっしょに写真撮ろうぜ」

 

 そんな本郷の提案に、葵ちゃんと瞳子ちゃんは睨みつける攻撃。本郷はたじろいだ。

 

「「絶対に嫌!」」

「は、はい……」

 

 葵ちゃんと瞳子ちゃんの同時攻撃にさすがの本郷もたじたじである。うん、まあ……タイミングが悪いよ。

 それから、みんなで写真を撮って、思い出が残る。俺はこの修学旅行を忘れないだろう。

 気づいてしまったこと、変わってしまったもの、そんなきっかけをこの修学旅行に求めていたわけじゃない。これが良かったか悪かったかもわからない。

 それでもいつかは答えが出るのだろう。そのために俺は気づいて、変わっていかなければならないのかもしれない。前よりもマシな人間になっているだなんて、慢心してはいけないのだ。

 

 


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