元おっさんの幼馴染育成計画   作:みずがめ

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素浪臼さんからいただいたイラストですぞー!!(喜)


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59.夏だ! 海だ! ……じゃなくてプールだ!!【挿絵あり】

 輝く太陽が地面をじりじりと焼いている。揺らめく景色を眺めていると、まるで砂漠に取り残されたような気分にさせられる。

 

「トシくん、はいあーん」

「あーん」

 

 まあ、オアシスはすぐ隣にいるんですけどね。

 葵ちゃんから一口サイズのチョコを食べさせてもらいながら、俺はバスに揺られていた。

 葵ちゃんと二人きり、というわけではない。もちろん瞳子ちゃんもいるし、他にも同級生といっしょにバスに乗っているのだ。

 夏休みに入ったので、五年生のメンバーでプールに遊びに行くこととなったのだ。品川ちゃんのいじめの件を協力して解決したのもあってか、みんなの団結力が増したようだった。

 

「なあ木之下。夏休みの宿題どれだけ進んだ?」

「んー、ドリルとか読書感想文とか、自由研究も終わらせたわね。絵日記なんかの宿題もないし、そろそろ全部終わらせられるかしら」

「えっ!? まだ八月もきてないのに早くねえか!?」

「毎日ちゃんとやってたらそんなに手間取るものでもないでしょ。そういう本郷はどこまで進んだのよ?」

「……ぴゅー」

「誤魔化せてないわよ」

 

 品川ちゃんのいじめの件から変わったことと言えば、瞳子ちゃんと本郷の関係もその一つである。

 俺と葵ちゃんが並んで座る座席の斜め前方に、瞳子ちゃんと本郷が隣り合って座っていた。

 別に席順に文句はない。元々みんなでバスに乗る前からじゃんけんでペアを決めていたのだ。そこに文句を挟もうとするほどに俺は子供じゃない。

 気になるのは二人の会話。いや、会話の内容そのものに興味があるわけではなく、そもそもこのペアでちゃんとおしゃべりできているのが今までと違うところなのだ。

 いつもは本郷に話しかけられても瞳子ちゃんは気のない返事をするか、眉を寄せるくらいの反応しかしなかった。けれど今は嫌な顔をすることなく普通に会話が成り立っている。

 この問題は俺だって気にしていた。していたのだが、いきなりこうあっさりと改善されてしまうと何があって解決したのかが気になってしまう。

 うーん……、元より瞳子ちゃんがなんで本郷を嫌っていたのかを俺は知らないんだよなぁ。だからそれを掘り返すようなマネはできない。

 ま、まあ、仲が悪いよりはいいからな。胸に湧き上がるようなもやもやを無視して隣の葵ちゃんの方に顔を戻す。

 

「むぅー」

 

 葵ちゃんが頬を膨らませていた。これははっきりと「怒ってます!」と主張している。彼女なりにアピールしている時の怒り方だ。

 瞬時になぜ怒っているかを悟って謝るポーズを取る。

 

「ご、ごめんね。ちょっとみんながちゃんと座れているかを確認してただけなんだよ」

「瞳子ちゃんの方をじっと見てたのに?」

 

 うっ……、視線の先は完全にばれていましたか。こうなったら素直に白状するしかないな。

 俺は瞳子ちゃんと本郷の仲が好転したという印象を持っていることを告げた。葵ちゃんは顎に人差し指を当てながら視線を上げる。

 

「言われてみればそうかも」

「だろ? 何かあったのかなって思ってさ」

「別にいいんじゃない? 瞳子ちゃんだってちゃんと聞いてほしいって思ったら私達に話してくれるよ」

「む……」

 

 いやまあ、そうなんだろうけどさ……。

 でも葵ちゃんの言う通り、あんまり気にし過ぎても仕方がないか。瞳子ちゃんには瞳子ちゃんの付き合いがあるんだしな。そこにとやかく口出しするのは、確かに違う気がする。

 ガタゴトとバスは揺れる。本日の目的地までもう少しだ。

 

 

  ※ ※ ※

 

 

 市民プールに到着すると、別ルートから来た子達が待っていた。

 合流すると総勢二十人ほどの集団となった。休日にこんな大人数で遊ぶのは初めてだ。ワイワイとした賑やかな空気にちょっとだけドキドキする。

 男女でそれぞれの更衣室に分かれて着替えをする。俺は佐藤と本郷の間のロッカーを使うことにした。

 

「俺は下履いてきたぜ」

「本郷くん頭ええなぁ。僕も履いてくればよかったわ」

 

 佐藤、別にそこは褒めるところじゃないぞ。

 よっぽど早く泳ぎたいのか、本郷は一番に更衣室を飛びだして行ってしまった。俺はさっさと水着に着替えてしまう。横を見れば佐藤がこっちに目を向けていた。

 

「高木くんもええ体しとるよね。僕もそんな風になりたいなぁ」

「ん、そうか?」

 

 佐藤に言われて腕の筋肉をムキっと出してみる。まだまだ細いものの、ちゃんと力こぶが表れていた。

 

「僕なんか全然やもん」

 

 佐藤も腕を曲げて力こぶを出そうとする。しかし出ない。まだまだ体が細いからそんなもんだろう。男子とはいえ筋肉がついてくるのはもう少し先の話だろうからな。

 成長期にあまり鍛え過ぎるのは、体の成長の妨げになると聞いたことはあるんだがどうなんだろうな。走り込みや水泳を続けているものの、筋トレはあまりしてなかったりする。運動は成長の促進になるのは間違いないのだが、背が伸びるまではやり過ぎないように控えている。

 

「これから先も体が大きくなっていくんだしさ、そしたら自然と筋肉もついてくるよ」

「それもそうやねー」

 

 のんびり口調で佐藤は頷いた。あまり気にしているというわけでもなかったらしい。

 当たり前だが着替えは男子の方が早かった。本郷のように早く遊びたい連中はすでにプールの中だ。俺と佐藤、あと数人の男子は女子を待っている。

 

「待たせたわね!」

 

 小川さんが走って登場した。赤色を基調としたシンプルなデザインの水着だった。彼女は背が高いというのもあって女子の中ではスタイルが良い方なのだ。

 

「走ったら危ないだろ」

「高木くんうるさーい。そんなのいちいち言われなくたってわかってるわよー」

 

 だったら走るなというのに。小川さんは俺を相手にするのが面倒だと思ったのだろう。佐藤に狙いを定めて突撃していた。

 

「佐藤くんは私の味方よね」

「わっ!? 小川さんくっつかんといてえな」

 

 小川さんは佐藤をいじりながら、彼をつれてプールの方へと行ってしまった。ああやって見ると、どっちが男子でどっちが女子なのかわからなくなるな。

 

「高木」

「おっ、赤城さん」

 

 小川さんと佐藤を見送っている間に他の女子も更衣室から出てきたようだった。気づけば赤城さんが俺の目の前まできていた。

 

「水着、似合う?」

 

 赤城さんがくるりと一回転して俺に水着を見せびらかしてくる。しばし返答に迷ってしまう。

 だって、赤城さんが着ているのってスクール水着なんだもの。紺色のポピュラーなもので、似合うも何も学校のプールの時間に何度も見ていたものだった。

 これはどう答えたものか。いつもの無表情なので本気かギャグなのか判別できない。

 

「いつも通り似合ってるよ」

 

 そんなわけで無難な返答になってしまった。だというのに、赤城さんはパチクリと目を瞬かせた後、滅多に見せない微笑みを見せてくれた。

 

「ありがとう」

「……どう、いたしまして」

 

 やばい……。ほんのちょっぴり、そうほんのちょっとのちょっとだけだけど、彼女にときめいてしまった。ただでさえ葵ちゃんと瞳子ちゃんを相手に悩んでいるというのに何やってんだよ俺。

 赤城さんはプールの方へと走って行ってしまった。「プールサイドは走らないように」と注意する間もない。というかそんな余裕もなかった。

 顔を逸らして「いい天気だなー」なんて呟いてしまう。動揺を隠し切れていないけれど、男子達の「おおっ!」という声に上手く隠れられた。

 

「トシくんお待たせ」

「ごめんね俊成。ちょっと手間取っちゃって」

 

 満を持して登場したのはもちろん葵ちゃんと瞳子ちゃんだった。男子達の視線は二人に集中している。

 葵ちゃんの水着はフリルのついた水玉模様のワンピースだ。かわいらしさを前面に出していながらも、小学生らしからぬ豊かな曲線がそれをアンバランスなものへと変えていた。しかし、だからこそ目が離せない。

 瞳子ちゃんの水着は青色を基調とした花柄のワンピースだ。すっきりとしたデザインで夏らしさをその身に包み込んでいる。水泳で鍛えられた体は芸術的なラインを作り出していた。これは見惚れずにはいられない。

 二人は呆けている俺の手を取るとそのまま歩き出す。しばらく歩いてからはっと我に返った。

 

「う~、やっぱりプールはあんまり他の男子ときたくなかったな」

「同感ね。じろじろ見過ぎなのよ」

「す、すんません……」

「なんで俊成が謝るのよ?」

「そうだよ。私トシくんにならいくら見られたっていいんだよ」

 

 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなってしまう。なんかもう二人には敵う気がしないよ。

 準備体操をして、さあこれからプールに入るぞ! というところで葵ちゃんに止められた。

 

「待ってトシくん。これ、お願いできるかな?」

「これは、浮輪?」

 

 手渡されたのはへなへなになっている浮輪だった。

 

「がんばったんだけど上手く膨らまなくって。トシくん膨らませてくれない?」

「わかったよ。ちょっと待っててね」

 

 そういえば家族ぐるみで海に行った時なんかは必ず浮輪を持ってたっけ。たぶんいつもは葵ちゃんのお父さんが膨らませてくれていたのだろう。

 葵ちゃんは運動が苦手だ。それは水泳も例外じゃない。そんな彼女は泳ぐよりも浮かんでいる方が好きなようだ。

 葵ちゃん、体は浮きそうなのにな。いや、深い意味はないぞ。うん……ないったらないぞっ。

 空気入れがないので口をつけて息を送り込む。息を入れるだけなのにけっこう疲れる。これも肺活量のトレーニングだと思ってなんとかやり遂げた。

 

「トシくんありがとう。ふふっ」

 

 ニコニコ笑顔で葵ちゃんはプールへと入って行った。俺は少し休憩をもらって酸素を補給する。

 

「俊成、ちょっといい?」

「んー? どうしたの瞳子ちゃん」

 

 シートを敷いて休憩していると、プールから上がってきた瞳子ちゃんが話しかけてくる。彼女の髪や肌から水滴がぽたぽたと落ちる。

 

「その、日焼け止めクリームを塗ってほしくって」

「あれ、葵ちゃんに塗ってもらったんじゃないの?」

「これ水ですぐ落ちちゃうタイプだから、こまめに塗り直さないとダメなのよ」

「そうなんだ。わかった、じゃあ横になってよ」

「うん」

 

 今日は同級生がたくさんいるからと、前もって葵ちゃんに塗ってもらうって言ってたんだけども。まあこまめに塗らなきゃいけないのなら手早くやってあげた方がいいだろう。

 瞳子ちゃんはシートの上でうつ伏せになる。その間に俺は日焼け止めクリームを出して手で温めた。

 

「じゃあ塗るよー」

 

 一声かけてから彼女の白い背中に触れた。我ながら慣れたものでスムーズな動きで塗り込んでいく。

 

「ん……っ」

 

 彼女の水着をずらしながら背中を塗り終える。瞳子ちゃんは肌が敏感なようなので塗り残しがあってはいけない。入念に足の方まで手を滑らせた。

 

「後ろはできたよ。あとは自分でできる?」

「あ……うん、ありがとね俊成」

 

 瞳子ちゃんに日焼け止めクリームを返すと、彼女は残った部位を塗ってすぐにプールへと戻って行ってしまった。

 そろそろ俺もプールに入るか、と思ったところで見知った人物を見つけてしまう。

 

「野沢くん?」

「高木か? お前なんでこんなところにいるんだよ」

 

 今年の三月に小学校を卒業した野沢くんがいた。中学生になった彼は、まだ半年も経っていないのに少し大人っぽくなっているように見えた。

 小学生から中学生へ。大人から見れば多少の変化だろうが、子供目線からだと本当に成長しているのだと感じさせる。ほら、身長差が離されちゃってるし。やはり中学生時代の成長期はバカにできないらしい。

 ふむふむと頷きつつ、小学生の頃の野沢くんを思い出しながら今の彼と比べていると、当の本人に呆れ顔を向けられているのに気づいた。

 

「何ぼけっとしてんだ。一人でいるわけじゃないんだろ?」

「あ、うん。今日は同級生の友達と来てるんだ」

「ふーん……。じゃあ、宮坂もいるのか?」

「もちろん葵ちゃんもいるけど」

 

 野沢くんは「そうか」と呟いてどこか別の場所に顔を向けた。もしかして葵ちゃんを捜しているのだろうか。

 

「おーい野沢ー。何やってんだよ」

 

 遠くから声をかけられる。三人ほどの男子が固まってこっちに近づいてきていた。

 背丈は野沢くんとそう変わらないほどの男の子達だ。たぶん野沢くんの同級生なのだろうな。

 

「こんにちは。野沢くんの友達ですか? 俺は高木俊成っていいます」

「なんだこいつ、礼儀正しいな。野沢の後輩か?」

 

 ぺこりと頭を下げるとこいつ呼ばわりされてしまった。見下されたとかそんなんじゃなくて、単純に言葉遣いがなってない子のようだ。まあ悪意がないのなら流してやろうではないか。と、心の中だけで上から目線になってみる。

 

「ああ。同じ小学校の奴だよ。二つ下だから今は五年生だ」

「へぇー。じゃあ俺達が三年になる頃に後輩になってくれるんだな」

 

 出身校の違う男子三人組は中学になってから野沢くんと友達になったようだった。早速別の小学校出身の子と仲良くなるなんて野沢くんもすごいんだな。前世の俺は人見知りしてたのか、違う小学校から来た人にはなかなか話しかけられなかったと思う。

 

「トシくーん? 何してるの。早くいっしょに泳ごうよ」

 

 俺がプールに入ってこないから心配になったのだろう。葵ちゃんが迎えにきてくれたみたいだ。

 水に濡れてより一層艶やかになった黒髪が葵ちゃんの肌に張り付いている。豊かな曲線に沿って水滴が流れて落ちていく。小学生にあるまじき色気がこの美少女にはあった。

 

「おぉー! 何この子! おっぱいすげーでけぇ!!」

「んなっ!?」

 

 何興奮してんだこの中学生どもはっ!? 自重しろ!

 

「お前等! こんなところで何口走ってんだ! 公共の場だぞ!」

 

 野沢くんに怒られて中学生どもは口々に「やべっ」と言って口を押さえた。手遅れだ。

 

「トシくん行こ」

「あっ、宮坂――」

 

 俺は葵ちゃんに引っ張られてみんなの元へと向かった。後ろから野沢くんの声が聞こえた気がしたけど、振り返る暇はなかった。

 葵ちゃんがとても苦しそうな表情をしていたから。そればかりが気になって、他に意識が向かなかったのだ。

 

 


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