二学期が終わりに差しかかり、冬休みが近づいてきた。クリスマスももうすぐだ。
クリスマスイヴの日は毎年俺と葵ちゃんと瞳子ちゃんの家族でクリスマス会をしていた。どの家でするかは順番であり、今年は瞳子ちゃんの家で行われることとなっていた。
「だっせー! お前まだサンタさん信じてんのかよー!」
仲間班の活動前の時間のこと、低学年の男の子の声に俺は肩を跳ねさせてしまう。見れば男の子達がサンタを信じているかいないかでもめているようだった。
小学生の子って他に信じている子がいたとしても、平気でそういう真実を言いふらしたりするよね。自然に理解していくものなんだからそっとしておいてあげればいいのにとも思う。
それに、信じていたものに裏切られて純真な心にショックを受けてしまわないかと心配になってしまうのだ。たとえば目の前でうつむいている品川ちゃんとか。
「きょ、今日は何をして遊ぶんだろうねー? 寒くなってきたし体を動かすことかもよ」
「……う、うん」
品川ちゃんに男の子達の声が聞こえないようにと話題を逸らそうとしてみる。あまり乗ってくる子でもないので俺はしゃべりっぱなしとなった。
品川ちゃんとサンタの話をしたことはなかった。というか葵ちゃんと瞳子ちゃんとでさえまともに話したことはない。
どこでボロが出てしまうかわからないからな。クリスマスの話題になってもサンタの話だけはできる限り逸らしてしまえと努めてきたのである。
「あんた達バッカねぇー。サンタの正体なんて決まってるじゃない。それは――もがっ!?」
仲裁に入ろうとしたのか小川さんがサンタのことでヒートアップしてきた男の子達の間に入った。「サンタの正体」のあたりで俺の顔が青ざめる。彼女が決定的な言葉を言ってしまう前にその口を塞がせてもらう。
小川さんの口を塞ぐ手に痛みが走った。噛まれたようで手を離してしまう。
「いってー! 何するんだよ小川さん!」
「それはこっちのセリフよ! 急に口塞がないでよ!」
俺と小川さんは睨み合った。品川ちゃんがオロオロしているのが見えてはいたがここは退けない。純真な心を守るためにも余計なことを言わせるわけにはいかないのだ。
「お前等何やってんだ! 四年生がくだらないことでケンカするな!」
野沢くんに叱られてしまった。俺もちょっと熱くなっていたらしい。とりあえずサンタの言及はされなかったので結果オーライにしておく。
※ ※ ※
「葵、クリスマスイヴの夜は早く寝るのよ。夜更かしなんてしてたらサンタさんがプレゼントを持ってこないんだからね」
それはクリスマス会の前日に起きた。終業式を終えて、いつものように俺と葵ちゃんと瞳子ちゃんの三人で下校していた時のことである。
瞳子ちゃんが前触れもなくサンタの話題を出したのだ。嬉しそうに言った彼女は純粋そのものだった。サンタの存在を欠片も疑っていなかったのだ。
これは……瞳子ちゃんはまだサンタを信じているタイプだったのか? いや、今まであえて話題を逸らしていたのは俺だ。もちろん瞳子ちゃんの両親のがんばりがあるのだろう。やってきた隠ぺいの成果とも言えた。
ここで葵ちゃんが元気良く「うん!」と頷いてくれれば俺だってスタンスを変えなかったろう。しかし、ここで葵ちゃんの表情が微妙に引きつったのを俺は見逃さなかったのである。
ま、まさかっ! 葵ちゃんはサンタの正体に気づいているとでも言うのか? 正直彼女は瞳子ちゃん以上に純粋だと思っていたからちょっと驚きだった。
クリスマス会でやるゲームの話をしながら瞳子ちゃんを家まで送り届けた。そこからは俺と葵ちゃんの二人だけとなる。
「……」
「……」
しばし沈黙のまま歩き続けた。葵ちゃんの考えていることが少しだけ予想できていた。
「瞳子ちゃんってさ……、まだサンタさんを信じてるんだね」
葵ちゃんがぽつりと呟いた。それは葵ちゃん自身はサンタを信じていないことの証でもあった。つまりはそういうことだ。
内心うろたえている俺がいた。声が震えるのを自覚しながらも最終確認をする。
「あ、葵ちゃんは信じていないの? その……サンタさんのこと」
「うん。お父さんが普通にプレゼントくれるから」
お父さぁぁぁぁぁん! もうちょっと隠す努力とかしようとか思わなかったんですか!!
心の中で葵ちゃんのお父さんにツッコんでいると、彼女が補足してくれた。
「お父さんもサンタさんの服着たり白いおヒゲをつけたりしてるけど、わかっちゃうもんね」
「あー……、一応変装はしてるんだ」
というか宮坂家ではサンタの格好をして直にプレゼントを渡しているようだ。俺のところは寝ている間に枕元に置いてくれてるからそういうもんだと思っていた。
葵ちゃんはくすくすと楽しげに笑う。正体を知ったからといってショックを受けた様子はなさそうだった。
「それにトシくんもサンタさんの話になるといっつも変になるんだもん。もしかしてお父さんと話を合わせるようにって言われてたの?」
「い、言われてないよっ」
どうやら俺の挙動がおかしくなるのもばれてしまった原因のようだった。不覚っ。
「でも、瞳子ちゃんはすごく信じてるみたいだったから。やっぱりこのまま黙ってた方がいいのかな?」
「う、うーん……」
ちょっと難しい問題である。「サンタさんの存在をいつまで信じてた?」ってのはよくある話題だけども、実際にはどこで知るのが正しいのだろうか?
純真な心を守るためならある程度の年齢まで待ってもいいと思うのだが、瞳子ちゃんは十歳をすでに迎えている。そろそろサンタの正体を知ってもいいのではと思ってしまわないでもない。
でも、信じてるんだったら小学校を卒業するくらいまでは黙っててもいいのではないだろうか? 中学生になれば現実的に受け入れやすくはなるのではないだろうか。いや、むしろ大きくなってから知る方がショックだったりするのか? むむむ、何が正しいのかわからんぞ。
「トシくん、すごく真面目な顔してるね」
「うぇっ!? ま、まあ……」
考えに没頭していたせいで葵ちゃんの顔が間近にあることに気づかなかった。微笑んでいる彼女は、サンタの正体を知っていると思っただけでちょっぴり大人っぽく見えた。
「トシくんがそんなに考えちゃうことでもないと思うよ。瞳子ちゃんだったらサンタさんの正体を知っちゃったからって傷ついたりなんかしないよ」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。だから、トシくんは難しいこと考えないでクリスマス会を楽しめばいいの」
「そっか……」
葵ちゃんの家に辿り着いた。彼女と別れて俺は一人で家路に就く。
なんだか、俺の知らないところで大人になっていくんだなぁ……。いやまあ別に葵ちゃんの父親でもなんでもないんだけどさ。
※ ※ ※
三家族合同でのクリスマス会の日がやってきた。とはいえ俺たちは子供なのであまり遅い時間にはならない。
みんなで飾りつけをしたりケーキを作ったりした。調理実習では動きが硬かった瞳子ちゃんだけど、ケーキ作りはまったく問題がなかった。お母さんがいるというのも大きいのだろう。
今回は俺と葵ちゃんの父親は不参加である。仕事も忙しい時期だろうから仕方がない。その分瞳子ちゃんのお父さんが準備をがんばってくれているようだった。
「メリークリスマース!!」
俺達は子供用シャンパンで乾杯をした。大人はアルコールありだったりする。とはいえ飲むのは専ら父親勢なので今日は大人しいものだろう。
食卓にはローストビーフやフライドチキンなどが並ぶ。体の成長のためにも肉は欠かせない。俺はがつがつと思う存分食べた。
「そろそろパパが手品でもやってやろうかな」
瞳子ちゃんのお父さんが立ち上がった。今日のために練習していたらしい。
トランプを使った手品に大盛り上がりとなった。葵ちゃんと瞳子ちゃんも喜んでたし俺も何か一つくらい手品でも憶えてみようかな?
手品の後はその使ったトランプで大富豪をした。
「いくわよ! 革命!! これであたしの勝ちが決まったようなものね」
「甘いよ瞳子ちゃん。革命返し!! これでわからなくなったね」
にぱーと笑う葵ちゃんに開いた口が塞がらなかった。瞳子ちゃんなんかしばし放心していた。母親達はそれを見て笑っていた。瞳子ちゃんのお父さんはしてやられてしまった瞳子ちゃんに口パクで「がんばれ瞳子」と応援していたのを見てしまった。
「ケーキ食べるわよー。せっかくだから切ってみる?」
「私やりたーい」
「あたしもやるっ」
「じゃあ二人で切りましょうか」
手作りのクリスマスケーキは葵ちゃんと瞳子ちゃんで切り分けた。二人の共同作業である。
「トシくんどうぞ」
「はい俊成」
真っ先に葵ちゃんと瞳子ちゃんはいっしょに俺の分のケーキの皿を持ってきた。二人分の気持ちが込められているようだった。嬉し過ぎて鼻の奥がつーんとした。
「二人とも、ありがとうね」
ケーキはものすごくおいしかった。子供の時に食べるケーキってなんでこんなにもおいしいんだろうね。できれば大人になってもこのままの味覚でありたいものである。無理だってのは知ってるけども。
夜の七時にはお開きとなった。後片付けは瞳子ちゃんのお父さんがしてくれるとのことだ。お礼を言って家を出た。
そういえば瞳子ちゃんのお父さんは酒を飲んだ様子はなかった。けっこう飲める人なのに飲まなかったということは、娘が寝ている間にプレゼントを枕元に置くためなのだろう。気づかれないために夜遅くまで起きているつもりなんだろうな。
毎年そんな感じでばれないようにこっそりとプレゼントを渡してるんだろう。だからこそ賢い瞳子ちゃんでも気づかなかったのだ。これはもう父親としての誇りというか、意地なんだろうな。なんか尊敬する。
俺もいつかはサンタになる日がくるのだろうか。まだうまく想像できないけれど、その時がくるとしたらちゃんとサンタになりきってみたいと思った。