空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

8 / 75
終わりの始まり

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時、街灯も少なく真実闇に彩られた旧市街に、その闇を纏ったようなスーツの男が現れた。

 全部で四人、いずれも顔が判別されないようにサングラスをかけている。その時点で彼らが只者ではないことが見て取れた。サングラスはゼムリア大陸では珍しい品であり、また太陽が消えた世界では必要のないものだからだ。

 いずれも派手な色をした髪の毛により差別化できるその少数は辺りを見回し、その静けさに訝る。

 数日前に彼らが行った所業によりこの地域は眠らない場所となったはずなのだ。それがこうして来てみればむしろ眠っていない者を探すほうが難しい状況である。

 彼らは密談を重ねた後、懐や腰など衣服で隠れている場所から物々しい武器を取り出した。それは釘つきの棍棒であったり、石などを飛ばすパチンコであったり。

 武器を隠そうともせず彼らは歩き、交換屋の角から奥を見やると地下から一人の青年が歩いてきた。青い装束を着た青年はおそらくテスタメンツのメンバーだろう。

 彼が歩く先を特定した彼らはちょうどドラム缶やその他の金属が置かれているスペースに入り込んだ。奥は扉になっており、そこからジオフロントのD区画に進むことができるがそれは今に関係のない話だ。

 

 彼らは息を潜め、青年が通り過ぎるのを待つ。

 果たして青年は進行方向を変えないままその場を過ぎ去り、黒服の一人が背後に躍り出たのを確認する間もなく棍棒によって昏倒した。

 脱力した青年を確認して残りの男も出てくる。彼らはニヤニヤと口元を歪めながら武器を手で弄んでいたが、初撃を与えた男のみが歯に物を挟んだような感覚を抱いていた。

 そしてその感覚のままに怖気が走る身体を無理やり背後に倒す。目の前を棒が通り抜けるのを見た。整髪料で纏め切れなかった前髪が数本中に舞い、男は間一髪で避けたことに安堵したまま、背後からの銃撃で意識を吹き飛ばした。

 

「な!?」

 驚いたのは残りの三人、交互に前と後ろを見る。前にいるのは昏倒したはずの青装束の青年ロイド・バニングスであり、後ろにいるのは銃を構えたエリィ・マクダエルである。

「クロスベル警察特務支援課のロイド・バニングスだ。大人しく投降しろ」

「同じくエリィ・マクダエル。気絶しただけだから安心して膝を着きなさい」

「警察だと!? どういうことだ!」

「どういうことも何も、そういうことだっつの」

 頭上から聞こえた声に見上げると、背負った建物の屋上からランディ・オルランドが俯瞰していた。その横には雄たけびを上げるスタンハルバードが意識を刈り取らんと待機している。

 

「ちぃ! なんでこんな所に警察が……!」

「とにかく状況が悪い、撤退するぞ!」

 手に持っていた得物を一斉に投げ出し、懐から本当の得物を取り出す。一人は更に丸型のオーブメントを取り出し字面に叩きつけた。

 瞬間闇を追い払う光が殺到し、三人は咄嗟に腕で目を庇う。

「閃光弾っ!?」

「ち、いいもん持ってんじゃねぇか!」

 三人が目の眩みから立ち直った時には既に男らはいない。あの隙に手近のロイドとエリィを狙わずに逃げたことが彼らにとってのボーダーラインを表している。

「ロイドっ」

「想定内だ、追うぞ!」

「がってん承知の介だ!」

 

 この場所から逃げるルートは二つ、だが旧市街を抜けるにはただ一つの道を行くしかない。結局のところそこさえ抑えれば勝ちなのである。

 そして既にそこはテスタメンツとサーベルバイパーの全人員が固めている。

「東ルートに二人、西に一人です!」

 ランディの横に隠れていたティオが逃走ルートを把握、三人に伝える。

「ランディは西、俺とエリィは東に行く! ティオはこいつを頼む!」

 頷く二人を見た後エリィに振り返り、目で同意を得て追走に入る。

 

 東ルートと西ルートでは広場を確認するタイミングが異なる。西では見た瞬間に諦めが入るが、東ではより遠方から確認できる為に別ルートに行く可能性が高かった。

 案の定西の一人は多勢に無勢を強制されて沈黙し、そして正規ルートを諦めた二人は立体的な逃走ルートを計ろうとガラクタの上をと登る。

「ふふ、ご苦労様」

 その頭上で、ワジ・ヘミスフィアが牙を砥いでいたのも知らず。

「ワジ・ヘミスフィア!?」

「遅いよ」

 慌てて銃を向けた一人の懐に流れるように侵入、銃に手を添えて銃口を外し、次の瞬間には既に男の背後に。蛇のような腕が首へと巻きついたかと思えばすぐにそれは外され、男の意識は闇に沈む。

 

 実に恐ろしきはその早業を足場の不安定な場所で行ったことであるが、そんなことは男には関係がなかった。

 残る一人はワジの攻略が不可能と見るや飛び降り、追ってきたロイドとエリィに相対する。

「ラストはあげるよ」

 ワジの軽口に応えることもせず、二人は油断なく構えた。男の武器は長さ30リジュほどの小刀、切っ先をゆらゆらと漂わせて機会を窺っている。

 この時点で男が逃走を諦めていることがわかる。

 逃げたければ悠長に戦闘行為を行わない。仲間が捕獲された今、逃げ延びても彼に大した得はないのだ。ならば今の状況を作った者に一矢報いるほうがいいと考えたのだろう。

 

 揺れる切っ先から視線を外さずにロイドは後の先を狙う。

 ロイドの武装・武法は正にこのような場面を想定されたものであり、故にロイドは訓練を思い出しながら、適度な緊張感を抱いて臨んでいた。

 そしてエリィは自分の役割が後方支援であることを自覚しているので、銃を撃つ時はロイドに危険が迫ったときのみだと考えている。

 徒に撃っても邪魔になるだけだ。そうならない自信はあるが、今回はロイドに任せる所存である。それは特務支援課が初めて迎えた大きな事件であったからだ。

 戦闘ではなく、支援要請ではなく、クロスベルという魔都の闇の一つに触れた事件であるとエリィが感じているから。だからこそエリィはその節目をリーダーであるロイドに決めて欲しいと思っている。

 それが公私混同に近いこととわかっていても、だからこそエリィ・マクダエルはそう願わずにはいられなかった。

 

 遠くにあった喧騒が止んだ。一先ずは落ち着いたのだろう。残りはこの場のみ。

 観客はワジ・ヘミスフィアのみの、この日最後の壁。

 それはぶつかり合う金属音から始まった。

 

 小刀の長所はその俊敏さにある。一撃の重さではなく数の暴力で戦闘を制圧する。この狭まった場所においてはその得物は正解と言っていいだろう。

 しかし相手は二本一対の特殊警棒。数が倍である以上、小刀の手数は通用しない。加えてその形状は人間の構造を把握し動きを封じるに最適である。

 

 切り払いは千日手、故に男は主戦法を突きにする。点の攻撃は雨のように無数に放たれ、それをトンファーが点で防ぐのは難しい。

 故にロイドは放たれる腕を絡め取って軌道を変えることを選ぶ。しかし男も腕を取られないように注意しているので結果的には突きの軌跡を変えているだけに過ぎない。

 

 この攻防は果てがないような状況だが、しかしそれはノイズとともに生まれた。

 攻め続ける男と防ぎ続けるロイド。

 雑音は、ロイドの脳裏に現れた。導力通信が乱れたような音の後、聞き知った声が聴こえてくる。

 

「っ!?」

 突然のノイズに顔を歪めたロイドは手が遅れ、防壁を突破される。

 胸に吸い込まれるような軌道で襲い来る刺突が無音の中スローモーションのように感じられ、しかし音と共にその小刀は弾き飛ばされた。

「ぐっ!」

「ロイドッ!」

 いつの間にか移動していたエリィの銃撃を理解した刹那、

「ああああああああああああああああ!!」

 裂帛の気合とともに渾身の一撃を振るっていた。武器を取り落とした男にそれを防ぐ術はなく、鈍い音を生みながら後方の瓦礫に叩きつけられた。

 ガラガラと音を立てて沈む身体、浮かぶ砂煙。肩で息をしながらそれを見つめていたロイドは、肩に置かれた手で我に返った。

 隣でエリィが笑っている。釣られて笑みが零れた。

 

「結構危なかった?」

 拍手するワジが見下ろしてくる、ロイドは一つ息を吐いた。

「危なくなんてない。俺は一人じゃないんだから」

「………………アハハハハハハハハハ! やっぱりキミはいいよロイド! 最後を任せて正解だった! ハハハハハハハハ!」

「…………」

「……はぁ」

 

 

 

 ***

 

 

 数日前。

 

 

 

 

 陽の光が表舞台から消え、静けさを伝えるべく夜の闇が世界を覆う。

 人々の営みの証である音が内側に身を隠したことで聞こえる彼方の音響は世界の広さを伝えてくれる。ことその感覚に関しては昼よりも夜のほうが優れている。

 

 すぐそばを帝国の導力鉄道が走る、駅前通りのジオフロントA区画入り口。

 そこに向けて階段を下ったヴァルド・ヴァレスはその鉄扉の前で佇むシルエットに気づき、その瞬間には人物の特定が完了していた。

「てめぇ、そういうことかよ」

「…………」

「サツの野郎からの呼び出しと見せかけるってのはてめぇらしくもねぇが、いいぜ、タイマンで決着といこうじゃねぇかッ!」

「……ヴァルド、僕も呼ばれただけさ」

「あン?」

 

「――こんばんは、わざわざ済まないな」

 ワジ・ヘミスフィアの言葉に訝るヴァルドの背から二人に言葉をかけたのが今回の主催者である特務支援課である。

 支援課の四人が眼前に並ぶのと同時にワジは笑った。

「それで、何か面白いことでもわかったのかな?」

 その言葉はくだらない話であった場合の覚悟を問うていた。

 ヴァルドは自身の得物を肩に担ぎ沈黙している。彼は感情のままに動くので、一度それが空回りすると行動が遅れる節があった。

「そうだな。キミ達にとってはなかなか興味深い話だとは思うよ」

「……おい、どういうことだ」

「今は話を聞こうよヴァルド。それ次第じゃ何してもいいって言うし」

 言ってないとは四人は言えず、鼻を鳴らしたヴァルドに少しの呆れを覚えながらロイドは話し始める。

 

「――五日前に起こった二つの闇討ち事件、それに関わっているだろう勢力を見つけた」

「なに?」

「へぇ」

「そもそも二人には闇討ちなんていう卑劣なことはしないだけの不思議な信頼があるはずだ。それに加えて同日同時間帯に起こることも二つのチームだけじゃ難しい。だからそこには第三の勢力がいるはずなんだ」

「そして私たちはそうと思しき勢力を見つけた。それがルバーチェ」

 ルバーチェという単語にヴァルドは驚き、ワジは納得の表情をした。

「ルバーチェの実態は二人も知っているだろう? そのルバーチェの構成員が最近になって旧市街で見かけられることが多くなったらしい」

 

 ヴァルドとワジは沈黙し、やがてワジが言った。それはこの第三勢力を決定付ける言葉である。

「……ルバーチェね。そういえば来てたな、彼ら」

「ルバーチェが直接来たのかっ?」

「あのいけすかねぇ奴らか、てめぇらンとこにも来てたのかよ」

 どうやらルバーチェはテスタメンツとサーベルバイパー、両チームと接触していたらしい。この話が聞けていればもっと早く到達したかもしれない。

 捜査が甘かったことに歯噛みしたが、その前に話を進めようと決めた。

「それで彼らは何を言ってきたの?」

 エリィが尋ねると、二人の回答は同一であった。

 傘下に加われ、である。

 つまり特務支援課が出した答えと同じである。四人は顔を合わせて頷き、ロイドは今までの捜査から導き出した結果を述べた。

 

「仮にルバーチェが闇討ちの犯人だとして、真っ先に考えるべきなのはその目的だ。旧市街の不良チームを壊滅に追い込んで、一体ルバーチェに何の得があるのか。それは最近になって現れた黒月という組織が関係している。黒月にクロスベルの覇権を奪われたくない以上ルバーチェは抗争を行うはずだ。そこで必要なのは人員。これは二人の証言通りだな。しかし二人はそれを是としなかったし、メンバーもそうじゃなかったはずだ。これではルバーチェは人員を確保できない。そこでルバーチェは両チームの絶対的な存在であるヴァルド・ヴァレスとワジ・ヘミスフィアの両名を潰そうと考えたんだろう。そうして頭がいなくなったところで残りのメンバーを吸収する。そういう計算をしたんだ。だから普段のような小競り合いではない徹底的な対立が必要だった。そしてルバーチェは、互いに犯人だと思わせる証拠を残しながら闇討ちを行った」

 

 互いが犯人だと断定せしめたのは犯行に使われた凶器である。逆に言えば証拠はそれだけであり、同時にそれが両者の無罪証拠でもある。

 不良でありながら一本筋の通っているサーベルバイパーと知性派で売っているらしいテスタメンツだからこそありえない状況なのだ。

 

「これが俺たちの掴んだ真実だ」

 区切りをつけたロイドは大きく息を吐いた。それは虚空に消えていく中、真実を教えられた二人の表情を目撃する。

 一方は目を閉じ腕を組み、自身の思考の中に溶け込んでいる。

 一方は木刀を掴んだ手が音を立てながら震えており、それに同期して顔面の血行が良くなっている。目はカッと見開き、軋む音を立てて顎が閉じていた。

「ハハハハハハハッ!! 上等だ! コケにしやがってぇ!」

 ヴァルドは激情に身を委ねて去ろうとするがワジに止められる。ルバーチェはマフィアだ、たかだか不良チームの頭では相手にもならない。そう諭すワジも冷静に見えるが、その奥には怒りがチラついていた。

「――さてと、それじゃあ作戦を練ろうじゃないか」

「え?」

「何驚いた顔してるんだい? ここまでやられて黙るわけないじゃないか。キミ達にも協力してもらうよ」

 ワジの底冷えのする笑みに四人は苦笑いを返すことしかできなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 作戦が成功し、事態はここから急転する。

 旧市街に現れたルバーチェの構成員、その全員を縛り上げるが男たちはその状況で脅しをかける。クロスベルにおいてルバーチェに逆らうことの恐ろしさを訥々と話す彼らにヴァルドは更に怒り散らすが、それは残念ながら事実である。

 しかし同時に、そのルバーチェの構成員がたかが一区画の不良に敗れたという事実が許されるはずはないのだ。つまり、この件がルバーチェの幹部に伝わることはないのである。これはテスタメンツとサーベルバイパーにとってはいい結果である。

 

 しかし当の本人たちが納得するはずはない。近いうちに報復するべく現れるだろう。

 そのことを危惧するロイドらの前に現れたのは、ルバーチェというピースを与えてくれたグレイスである。そして彼女の一言がこの事件を終結に導いた。

 

“アリオスさんがこの件に手を出すつもりだった”

 

 風の剣聖アリオス・マクレイン。敵に回してはいけない遊撃士協会の中で、尤も相手にしてはならない存在である。

 その威風は下っ端の彼らにも伝わっており、その名前だけで旧市街を舞台にした闇討ち事件を解決してしまった。これには特務支援課も、不良たちですら唖然とする最後であった。

 

 

 とにかくも両チームによる殲滅戦は回避され、彼らは今までの喧嘩仲間としての関係に戻り、ロイドらはその両ヘッドと関わりを持つことになった。

 釈然としない終わり方で心にしこりが残ったロイドたち特務支援課だが、後に発行されたクロスベルタイムズにて少しの達成感を得る。

 

 酷評された初出動、それからちょうど十日経ったその日。

 一つの壁を乗り切って、先にある大きな壁を見つけ、そして目指すべき背中の大きさを再確認したその日。

 

「……ランディさんが何もしていません」

「おいおいティオすけ、俺もちゃんと追っただろうが」

「でもやったのはサーベルバイパーとテスタメンツです」

「ふふ、ティオちゃんはちゃんとやってくれたものね」

「じゃあ働かなかったランディは酒抜きだな」

「ちょっ、そりゃないぜリーダー……」

「……働いたわたしが飲めないんですからランディさんも抜きです」

「いやティオすけ未成年……」

「だから、全員お酒はなしなのよ」

「さぁ、親睦会を始めよう」

 

 四人は軽い宴を開いた。

 仲間とのこれからが無事に過ぎ去ることを祈念して。

 

 

 

 

 

 

「――まさか代わりに解決してくれるとはな」

「なんだか嬉しそうね、アリオス。まぁあたしも負担が減ってくれるなら願ってもないことだわ。特に海外出張の多いあなたの、ね」

「リンやヴェンツェルに迷惑をかけていたからな、望ましい結果だ。更なる精進を期待することにしよう」

「そうね。数日中にはあの子らが来るし、彼らの発奮材料には最適じゃない?」

「少なくとも折れなければいいさ。折れさえしなければ、良い結果が得られる」

「あら、自信ありそうね」

「…………さてな」

 

 アリオス・マクレインは空を眺む。そこには人を見下す月がいた。

 せめてもの慈悲にと光を送るその舞台装置を、アリオスは酒の肴にはしない。自身の言葉を反芻し、ただ自嘲した。

 

 

 




一章終了

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。