空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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壁を乗り越えるために

 

 

 

「主任、何の用事ですか?」

「ああティオ君! 元気そうで何よりだよっ!」

 IBCビルを訪れたティオはエプスタイン財団の支部を訪れた直後に嫌そうな顔をした。用事が何であるのかまだ聞いていないが、それでもロバーツのテンションにげんなりしたのである。

 そのまま何も言わずに踵を返したティオを引き止めたロバーツは咳払いを一つ、今回呼び出した内容を語り始めた。それは魔導杖にインプットされている機能の一つについてである。

「リカバーモード、もう使ったかい?」

「いえ、まだですが」

「そうか、よかったよ。あれは名前のとおりエネルギーを治療に用いる機能なんだけど、どうにも使い勝手が悪くてね、もし時間があるなら改良しようと思っていたんだよ」

 

 オーバルスタッフ『リカバーモード』で行える動作は一つ、導力を癒しの力に変換するエナジーサークルの精製のみである。

 エナジーサークルは導力魔法におけるティアを筆頭とした回復魔法と大差はないのだが、アーツにおける詠唱をスキップして瞬時に行えるために緊急時の発動が推奨されている。効果範囲も広げることが可能な一見すると便利な機能なのだが、そこにはそれに見合った落とし穴が存在している。

 まずリカバーモードに切り替えるときにエネルギーを消費すること、次に治療する者とティオとの相対距離が5アージュ以内であること。そして効果範囲と治療速度が反比例することである。

 本来アーツにおいてその治療範囲が距離によって減退することはない。使用者の魔法適正によって範囲こそ変わるが、それが使用時にまちまちになることはないために安定した効果が得られる。

 しかしエナジーサークルの場合、ある程度の範囲操作が可能なために本来の目的である治療に使用する導力が奪われてしまうのだ。そしてその効果範囲とは、ティオと対象者との距離も加算される。

 この条件を前提にして考えると、エナジーサークルが有用になる範囲がとても小さくなってしまう。具体的には、ティオとの距離は1アージュ以内、効果範囲は30リジュが限界なのである。

 こんな性能では実践で使用することは適わない、そのためロバーツはリカバーモードの改良を以前より考えていたのだ。

 

「というわけで、今時間あるかい?」

「ありません」

「そんなっ、だってティオ君今ここにいるんだよっ! 時間あるんじゃないの!?」

「主任、以前言ったことを忘れているのですか? 主任は今治療とは真反対の凍結系魔法の開発を行っているはずです。わたしとしては複数の開発に携わって双方が落ちるのは認められません」

 そう告げてティオは今度こそ扉を出ようとする。そんな彼女にため息を吐いたロバーツは説得を諦め、最後に現行の推奨使用状況を告げた。

 

 

 * * *

 

 

 既に鼓動が停止している心臓に集中するように左手を胸元に添えたティオは片手で魔導杖を掴んだまま目を閉じる。

 使えないはずのリカバーモード、しかし今はすぐにでも心臓を再稼動させなければならない。血の溢れる傷口の治療はエリィに任せ彼女はただそれのみに集中する。

 心臓が止まったことにより出血はそこまで酷くない、ただそれまでに出た量は多く、体中を巡る酸素の絶対量が足らなかった。

 ティオがイメージするのは水の流れ、少なくなった血液の循環を回復した心臓とともに行い、身体の壊死を阻害する。まずは心臓の復帰、そこから傷口の修復と血液循環。

 リカバーモードの効果はその範囲に反比例する。効果範囲を心臓のみに狭めることで本来以上の治癒を可能にする。魔導杖に淡い緑色が灯り、それがティオの腕を通してミレイユに流れ込んでいく。

 生物の命の瀬戸際で、ティオ・プラトーは自身を介するエネルギーに精一杯の意志を送った。それが理論的には何の意味もないことだとしても、そこにすがることをやめられなかった。

 

「戻ってきて、ミレイユさん――!」

 エリィがアーツを解放、その力がミレイユの身体に注がれる。

 水属性回復魔法、その最上級であるティアオルは理論上傷の完全回復が可能である。しかしそれは机上での話、実際は上級魔法であるティアラルの限界を越えはするものの、その回復は術者の精神力と被術者の意志に委ねられる。

 アーツによる回復は本来身体が持つ回復力を爆発的に高めるもの、使用し続ければそのゆれ戻しは必ず起こる。ティアもティアラもティアラルも、その回復力には一定の上限が存在している。

 それは込める力の限界でもあるが、ティアオルの場合無限に力を込めることができる。そのために回復量に限界がないのだが、言ったとおり元々の回復力を支援するのが本来だ。そのため被術者が持つ回復力が劣っていればその分回復量は減り、時間もかかる。

 それでも治したいのなら術者に負担がくるわけだ。

 

 そして現在、ミレイユの回復力はすずめの涙ほどしかない。心臓が既に停止しているために身体は死ぬ一方だ、そんな彼女の傷を治すにはアーツの行使者であるエリィの尽力がなくてはならない。

 アーツ適正が高い彼女でも汗が吹き出ることは防げず、しかしそんな彼女だからこそその程度で済んでいた。そして何よりティオが心臓の代わりをしてくれている。それこそが切れようとしている命の綱を何とか繋ぎとめていた。

「――ティオちゃん、ランディを許せる?」

 集中を殺ぎかねない言葉、それに対し目を閉じたままティオは返す。

「許せません。許せませんけど――」

 できることなら許したい。そのためには、この命をなくすわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い世界の主戦場、ランディはスタンハルバードに絶えず導力を込め、その破壊力を最大にしていく。疾走は空気を切り裂かんばかりに、しかしそれは同時に己の肉体を締め上げていく。

 それでも構わない、いや、むしろそのほうが都合がよかった。精神的な痛みを緩和させてくれる肉体の警告はこれからの行動を制限することはなかったのである。

 

 相手との距離が加速度的に縮まっていく中オルランドの咆哮をその身に宿し、さながら死神のようにすれ違う隊員を仕留めていく。そこには一切の容赦はなく、彼との交錯を終えた隊員は皆血溜まりに沈んでいく運命を辿っていた。

 いつかの過去のように猟兵として存在している今の彼は、しかし同時に冷静な状況判断も行っていた。それは彼の背後に沈む隊員、その全てが死していないことに由来する。

 

 確かにランディの一撃は容赦のないものだった、しかしそれは彼の長い経験と少なくない時間を過ごした元同僚への評価によって絶命するぎりぎりの傷を与えているのである。

 ヨアヒムの言ったように特務支援課は警備隊員を殺さないように無力化し、結果としてそこをヨアヒムに突かれてしまった。ランディも非情な見方をすれば実に合理的な手だと感心もした。

 だからこそランディは、露呈してしまった弱点を拭うのが自分だけしかいないと理解してしまった。殺せないから突かれた弱点は、殺してさえしまえば消えてなくなる。たった一つの事実でその他多くの例外を捨て去れる。

 故にランディは殺したという事実を見せ付け、それからの攻撃にも容赦を与えないことでこれ以上の被害を防ごうとしたのだ。

 事実、虫の息の隊員は傍から見れば死んでいるように見える。これにより警備隊員が人質になり得ないという錯覚を与えるのである。しかしそのためには誰かを殺さなければならなかった。

 そして、人殺しなどという存在を特務支援課に残しておけるはずもなかった。

 

 あの時近くにいたのがミレイユだったことをランディはむしろ幸運だと思っていた。普通の同僚以上に面倒を見てくれた彼女なら、万が一にも自分を許すなんてことにはならない。

 恩を仇で返すどころではない行為、それを一生忘れないためにも、ランディは手にかけたのがミレイユでよかったと思っていた。

 

 ――そして同時に、それが彼女だったことが僥倖だったと後に感じる仲間が存在していたことを青年が理解するのは、今より少し先の未来だった。

 

 故に彼が今感じる思いは、不意に追いついた予想外の存在に対する激情だけである。

「……お前、何しに来たッ!」

 ランディが速度を落とさざるを得なかったのは警備隊員との交錯時だ。急所を正確に狙い、かつ僅かに外さなければならないために集中する必要があったのだから仕方がない。

 それでも一人ひとりに対するタイムロスはコンマ数秒の出来事、一直線に向かってきたであろう彼と、隊員の行動を制限するために小さくないステップを続けた彼の距離を零にするのは時間の問題だったがそれでも速過ぎた。

 

「何しにだってっ、ランディを連れ戻す以外に目的があると思うのか!?」

 肩で息をしながらロイドはトンファーを振るう。警備隊員の射撃を銃口から予測し下に回避、そのまま起き上がりざまに振り上げ顎を撃ち抜く。そんな彼に対しランディは怒りがこみ上げた。

「お前が今いるのは戦場だッ、ただの捜査官がいる場所じゃねぇッ! 引っ込んでろ!」

「捜査官だからじゃないッ、支援課のリーダーとして来てるんだ!」

「――ッ!」

 足の止まった二人に対し、横たわる仲間を省みない警備隊員が殺到する。それは日頃の行いか、知らず二人は背中合わせに立っていた。

「勝手な脱退は許さない、抜けたいなら正規の手続きを取っていけ」

「馬鹿野郎、そんなこと言ってる場合か! 警備隊員を抑えられるのは俺だけだッ、お前はすっこんでろ!」

 ランディの背後からハルバードが迫る。しかしそれはロイドにとっての正面、冷静にそれを受け止め、跳ね除けた。

「お前こそ黙れ! 背中は任せる!」

「ちぃ……!」

 逆にロイドの背後を狙ったハルバードをランディは打ち払い、予想外の事態に顔を歪ませた。

 完全に立ち止まってしまった二人を囲みこむ警備隊員、武装も完全で隊列も整っていた。それもそのはず、ヨアヒムは一人の隊員の指揮を完全に制御して足りない要素を補っていたのだ。

 

「くそっ、なんでこんなことにッ……!」

「馬鹿な仲間がいるからだよ!」

「そうかよ! 俺も馬鹿なリーダーがいて大迷惑だッ!」

 罵り合いをしつつも二人は目を切らない。どんな感情があるかなど関係なく、今は協力して窮地を脱しなければならなかった。

 しかし囲まれた二人では無理がある。

「――というわけで、助太刀させてもらうよ」

「な……」

 そうして、警備隊の背後を取ったワジ・ヘミスフィアは当然のように一人を無力化した。涼しい顔で腕を振り子のように振り、その意志を伝えてくる。

 遅れてアッバスとテスタメンツのメンバーが、そしてヴァルド・ヴァレスが現れた。

「ち、警備隊の連中が相手かよ……」

「怖いなら下がっていろ」

「誰が怖がってんだよハゲがッ! このヴァルド様がこんな奴らに負けるかよ! ……こっちにだって都合があるんだよ……!」

 ヴァルドらしからぬ表情にはこの事件に巻き込まれた舎弟に対する感情が見えていた。それを見たかどうかはわからないが、この暗闇でもサングラスを外さないアッバスは微笑し、指示を飛ばす。

 各々が得物を持ち、いつの間にかIBC前は各勢力が入り浸る大混戦に変貌してしまった。

 

「ほら、ボケッとしてないで働いてよ。もともと君らの喧嘩だろう?」

 一蹴するワジが発破をかけ、ロイドとランディも忘我から脱出してそこに加わる。

 物量という最大の利点を失ったヨアヒムは事ここに至ってまともな指示を出せずにいた。それもそのはず、元々研究者であった彼にはこんなときの部隊運用などわからないのである。

 つまりは警備隊も完全にこの集団と化し、結果的に質で劣る旧市街の不良と互角の戦いを繰り広げるまでになってしまった。

 しかし、そんな有利な状況においてもロイドの焦燥は消えなかった。このまま警備隊員が全滅するまで戦うことは現実的でないが、それでもそうすれば教団の有する勢力は激減し、クロスベルは解放される。

 しかし同時にそれはヨアヒムに多大な時間を与えることになり、次の一手を打たれてしまうことを意味するのだ。

 遊撃士がロッジを特定し踏み込んだとしても、まだルバーチェ構成員が残っている。後手後手の状況で、これ以上時間をかけるわけにはいかない。そのためにはまず通信手段の確保が必要だった。

 

 依然として攻防は続く。警備隊員は痛覚がないのか生半可な攻撃では止まってはくれない。ランディも無理が祟ったのか明らかに行動に鈍りが生じていた。

 エリィ・ティオはミレイユの治療に成功したのか、すぐ近くにいる仲間の状況さえわからない。歯噛みしたロイドの腕には人体を破壊した感触が根強く残り、それが彼の精神を蝕んでいく。

 クロスベルの明暗も彼の状態も、これ以上戦闘が長引くことは避けたかった。

 

 刹那――

 

「固まれ――!」

 ワジが聴いたこともない大声で叫び、瞬時に反応したロイドとランディ、アッバスが跳ぶ。ヴァルドは何故かあまりワジから離れていなかった。

「散開!」

 アッバスが指示し、テスタメンツが戦闘を中断する。ワジはそのままアーツの詠唱に入り、その力を解き放つ。

 

 その一瞬後、雷の鉄槌が空間を支配した。

 

「な」

 驚く声は反射、そのまま次の音を発する間もなく周囲が轟音に包まれる。目を閉じていてもダメージが残る強烈な閃光に全員がひるみ、次いで衝撃が全員を襲う。

 バチバチと自身直前の壁がそれを弾いてくれている感覚、しかしそれも次第に弱くなり身体に到達していく。僅かな痛みが触れたと思ったらそれが全身を駆け巡り、さながら雷に打たれたかのようだ。

 そう、実際、その猛威は雷の体現だった。

 ホワイトアウトした視界がだんだんと戻り情報を取り込めるようになる。ロイドがその時見た光景は、一瞬前に見たそれとはかけ離れていた。

 

「…………」

 巨大な穴、クレーターが石畳をくりぬいて存在していた。その直径は10アージュはあるだろうか、しかしその襲撃範囲はそれ以上、周囲にいた人間を軒並み飲み込んだそれは坂を挟んでいた建築物にその波紋を残している。

 そして、それらに叩きつけられた全ての警備隊員は動くことはなかった。

「く……っ」

 急いで駆け寄り心臓の鼓動を確認する。しかしそれは感じられない、同様に駆け寄ったランディやワジも首を振っていた。

 ワジのアーツに守られた彼ら、間一髪範囲から逃れたその仲間たち。それ以外の人間は、残らず活動を停止していた。

「ど、どうなってやがる……」

 ヴァルドが呆然と呟き、その光景を表現する。何が起こったのかわからない、ただそこには未知の事実が存在していた。

 

「……ワジ、何があった…………」

 ロイドは動かない隊員に目を向けたまま尋ね、ワジも緊張を隠さずに言う。

「……上空からものすごい気配を感じてね、咄嗟に魔法反射のアーツを使ったんだ。巨大な雷の球体、おそらく――いや、間違いなく人為的なものだろう。なんとかアーツが間に合ったけど」

 流石にその他を守る余裕はなかった。そう告げるワジにそうか、とだけ言い、ロイドは立ち上がる。

 感知したワジはその術者の存在を捉えていない、それはこの場にいる全員が捕捉不可能だという事実に他ならない。

「協力、感謝する」

「いいよ、僕も楽しかったからね。ただまぁ、この展開は予想外だけどさ」

「ランディ」

「話の続きは後、なんだろ……わかってるさ」

 沈痛な空気が漂う。死屍累々の状況は未来を安息たるものにするはずがない。この先事件を解決したとして、この犠牲が報われることもない。だがそれでも、この事件を解決する以外彼らにできることはなかった。

 

 通信音が聞こえる。それはつまり、通信妨害が解除された証明である。

 解除に成功したのはヨナ・セイクリッド、これで遊撃士と連絡を取り合うことができる。

 ロイドはダドリーに通信を入れる。すると彼はすぐに出て状況を把握、セルゲイとともにIBCに向かうと告げてきた。奇しくも遊撃士が市内に到着し各区域の制圧に乗り出しているらしい。IBCに投入した戦力を考えてもそう難しいことではないだろう。

 通信を終えたロイドはランディを連れてIBCに戻る。ワジとヴァルドはまだ暴れたりないのか、他の区域に足を運ぶようだ。こんな時は彼らの存在が純粋にありがたかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ミレイユさんは、何とか…………ですが」

 息も絶え絶えなティオはミレイユの容態が安定したことを告げる。止血も終わり、なんとか命の危機からは脱せられたようだ。しかしその後に言葉は続かない。そんな彼女を慮ってか少女の両肩に手を置いて抱き寄せたエリィが継ぐ。

「……正直、どこまで後遺症が残るかわからないわ。脳が酸欠状態になった時間は極めて短いと思う。でも私たちは医者じゃないから」

 最悪、四肢の神経が死んでしまった可能性もある。当然今後は入院が必要だが、もしかしたら警備隊に復帰することは叶わないかもしれなかった。

 ランディは目を閉じてそれを聴いていた。彼の中には彼女が生きていることによる安堵と恐怖、そして殺しきれなかった理由の追求が渦を巻いていた。

 そんなランディに対しエリィもティオも何も言わない。彼の行動に目を疑ったのは確かだ、しかしこれからのことを考えれば先送りにしてもいいと思えた。直近の出来事よりもそれまで過ごした中で生まれた信頼のほうが大きかった。

 

「ランディ、これは私とティオちゃんの結論よ」

「…………」

 しかし、これだけは言わなければならない。この先彼と行動を共にするために必要だった。

「私たちは貴方を許したい。だからこそ、許さない」

 それが何を指しているのかわからない。しかしその抽象的な答えは今の彼の心情によって変化する正答だった。

「…………すまねぇな」

 短い謝罪、それにふうと息を吐いたエリィはロイドに目線を送って先を促した。

 

 ビルの中で今後の対策を練る。既に市内の奪還はほぼ終了したが、それでも無力化した警備隊員がいつ復帰するかはわからない。

 現実的に、彼らを拘束しきるのは不可能だ。元凶であるヨアヒムを探し出して確保すればいいのだがそれも手がかりが一切ない。

 そうして行き詰った彼らだが、そこにアリオス・マクレインが戻ってきたことでようやく反撃に出ることができる。星見の塔から戻ってきたアリオスは市内の制圧を行い、生き延びていたミシェルの連絡によりIBCを訪れた。そしてロッジの存在について説明したのである。

 

「つまり、ヨアヒム先生がいるのは太陽の砦だと」

「そうだ。エステルとヨシュアには既に向かってもらっている、先行して追い詰めているはずだ」

「――なら、後は自分たちが行けばいいわけですね」

「な、何を言っているんだ!」

 ロイドの言葉にアリオスは沈黙し、代わりにダドリーが食って掛かる。しかし予想していたのか、ロイドは涼しい顔でそれを流した。

「教団の狙いがキーアだというなら、キーアさえ守りきればいいんです。そしてその役割はアリオスさんに任せるのが一番だと思います。そしてダドリー捜査官は市内の警察をまとめる必要がある。そして今回の事件、ただ遊撃士に任せるわけにはいきません。俺たち警察の不甲斐なさがここまでの状況を作り出した。なら警察は動くべきだし、動けるのは俺たちだけです。違いますか?」

「ぐ……っ」

 その言葉に反論が咄嗟に思いつかないのかダドリーは呻き、アリオスはそれに静かに頷いた。

 

「確かにそうだが、市内の勢力が減退している今ならお前たちだけでもキーアを守れるはずだ。それなら俺がロッジに赴きヨアヒム・ギュンターを捕らえるほうが時間はかからない」

「…………」

「だが、お前たちはそう思わない。そうだな?」

 アリオスの言葉は確かで、そしてその理由も合っていた。今話しているのはリーダーであるロイドだが、彼の言葉に異議のある仲間はいなかった。

 その勘のような不思議な理由も全員が抱いていたものだった。

 

「――そうよ、この事件、お兄さんたちが行かなければ意味がないわ」

 

 そして、そんな彼らを擁護するように一人の存在が空から降ってきた。パテル=マテルを降下させてやってきたレン・ヘイワースは地に降り立ち、全員を睥睨する。

 闇夜の中、スポットライトが当たったかのように輝く少女は神秘的で、この世のものとは思えない不気味さも兼ね備えていた。

「執行者の殲滅天使か……」

「執行者、だと……?」

 結社の存在こそ知っているがレンのことは知らないダドリーが驚く中、レンは支援課が行かなければならないと言ってくる。

「それは何故だ?」

「勘よ、レンがそう思うんだからそうなの」

 そんな理論など丸投げな答えにダドリーが怒り、しかしアリオスはそうか、とだけ言って少女から目を切った。ロイドらを見る。

 

「いけるのか?」

 それは砦にまでたどり着けるのかという意味ではない、そしてそんなことは誰よりもわかっていた。

「大丈夫です!」

「優秀な方の背中を見続けてきましたから」

「ガイさんのためにも、わたしは行きます」

「……やるさ、それ以上に大事なことはねぇ」

 少しの不安を感じるそれぞれの言葉、しかしアリオスはそれに対して否とは言わなかった。

「ここは任せろ」

「マクレイン! 貴様何を――」

「この少女はクロスベルに仇なすことはしない。そしてロッジの捜索には数もいる、そう考えれば彼らに任せても悪くはない」

「そうよ、レンはクロスベルをめちゃくちゃにさせるわけにはいかないの。風の剣聖は怖いし、それに……」

 大事な人たちがいる。

 想起した家族を守るための行動に迷いはない。故にレンは、この言葉には絶対の自信を持っている。

 

「レンが送ってあげるわ、乗って」

 パテル=マテルが膝を着き、手のひらを差し出した。その巨体に僅かに気が引けたが、四人は目配せして飛び乗る。次いでレンが肩口に乗り、お辞儀をした。

「ここは任せるわ。キーアによろしく伝えてちょうだい」

「承った」

 スラスターを噴射させて一気に上昇する。結社の誇る人形兵器はそうして市内上空を翔けていく。

 その余波に目を瞑ったダドリーは呆然とし、アリオス・マクレインは星となる彼らをただ見つめていた。

 

「セルゲイさん」

 アリオスは煙草をふかしているセルゲイを呼ぶ。彼は煙草を持ち、煙を吐き出した。

「……羨ましくなったか?」

「…………いえ」

「そうか……」

 アリオスは剣を持ち、それを掲げた。

 光り輝く太刀、それに己の意志と覚悟を込め、約束の絶対遂行を確定させた。

 その行為に足る結果を出してくれるだろうことを祈って――――

 

 

 


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