空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

57 / 75
逢魔時につき、危険度大

 

 

 

「アリオス、今回の件をどう見る?」

 ミシェルはそう問いかけ、目を閉じ腕を組んで聞いていたアリオスはようやっとその瞳を現した。

「ルバーチェにしては見事なまでに迂闊な行為だな。そして逆に不自然すぎるというのも確かだ」

 再びの出張から帰ってきたアリオスを待っていたのは黒の競売会の事後処理に関する報告だった。

 特務支援課とヨシュアの非公式な行動により明るみに出た彼の問題と渦中にいる記憶喪失の少女。ルバーチェの資金源でありハルトマン議長の力の現れであったその競売会はただ一人の少女の存在によってあっけなく崩壊した。

 ハルトマン議長も場所が場所ならトカゲの尻尾きりのようにルバーチェを切り捨てていただろうが、生憎それは彼の私邸での出来事。一般市民に知れれば致命傷な出来事であり、故に彼もルバーチェの疑惑の解消に尽力していた。

 

「じゃああなたはルバーチェが誘拐・人身売買を企てていたわけではない、と?」

「俺の知るマルコーニ会長は確かに非道だが、それは自身の歩む道にある障害に関してという前提が付く。黙っていてもルバーチェが安泰な現在、そこまでのリスクを払ってまで何を欲するのか」

「……何も欲していない。つまり噛んでいないということね」

「だが、逆に言えばそこまでのリスクを犯してまで欲しかったものがあるかもしれないということだ。クロスベルの裏を取り仕切るルバーチェの代表が、我々遊撃士の介入の隙を生む危険性のあることをやってまで欲しかったもの」

「……検討が付かないわ。それならルバーチェは無実と考えたほうが美容にはいいわよね」

 小麦色の肌の乙女がそう呟き、しかしアリオスは動揺せずに続ける。

「競売会で大々的に少女を明け渡す、というのははっきり言って不可能だ。黒い品ばかりを出しているとは言え、流石に人間を競りに出せば衆人に触れるだけで旨みはない。秘密裏に渡すならそもそも競売品と一緒くたにしないだろう」

 人身売買の事実を知る者は少ないに越したことはない。もし競売会で少女を出せば参加者全員に触れ危険性は増す上に、最悪その場で通報されるかもしれないのだ。

 しかし競売に出さずに何者かに渡すならば、競売品と同じ場所に置くという間違いが起こりそうな場所に置いていけない。危機管理に優れたマルコーニなら当然だ。

 

「つまりこの状況、ルバーチェ側には少女がいない以上の旨みがない。ならばガルシアの言うように嵌められたと考えるほうが妥当、か。まぁそこまではヨシュアも似たようなこと言っていたし私も同意見なんだけどね」

 釈然としない様子のミシェル。

 ルバーチェを嵌められる相手はクロスベルには黒月ぐらいしかいない。その黒月に雇われている銀も目撃されているので妥当なところで銀が少女を入れたということになる。

 が――

 

「――だが、その少女が入っていたトランクこそが重要だ」

「え?」

 思考を中断させたミシェルはアリオスの言葉を反芻し、少女の入っていたトランクとは何なのかを思い出し、

「……まさか」

「そうだ。あの少女を、“生きているローゼンベルクドール”として出すことは不可能ではない」

 ローゼンベルクドールの素晴らしさは知るものならば知っている、確かにまるで生物のような人形を作ることも不可能ではないだろう。

 だがしかし、自律する――それも本当の人間のような人形を作れるかと言えば不可能だとはっきり言える。

「いくらなんでも無理よ、彼のローゼンベルク製でも……」

 騙せるはずがない。

「だが、そもそもその催しは異常の一言に尽きる。そんな常識が欠落した場において自信満々に人形だと紹介されれば参加者は信じるはずだ」

 そしてその少女は記憶喪失だ。余計なプロフィールは言えず、ただ名前とそれなりの知識しかない。つまり、人形と称して人身売買を行うつもりだった、という可能性もなくはないのだ。

 

「…………」

 ミシェルは絶句する。それは人を愚弄する人身売買の中でも特に酷い方法と言えた。

 人間として扱わずに売買するというのはその存在の否定に他ならず、そしてその方法のために少女が記憶を失ったとしたら――

「――本部に連絡しましょう。警察は議長の圧力で動かない。なら民間人の安全という我々の最大の目的を犯した彼らには相応の報いを齎さないといけない。支える篭手に懸けて、卑劣なる組織を壊滅しないと」

「落ち着け。まだ話は終わっていない」

 通信機を手に取ったミシェルを制止しアリオスは口を開いた。

 

「仮に、そのような偽装を施して競売にかけたとする。しかしあの場には普段と異なる顔ぶれがいた。マリアベル・クロイスだ」

 マリアベルはローゼンベルクドールの愛好家だ。黒の競売会においても目的の品はそれだったのだから情熱は言うまでもない。

 そんな彼女を前にして生きている人形を競りに出すのは無理があった。もし少女を引き渡す相手がいたのならマリアベルは最大の障害なのである。

 IBCの総資産が後ろにある彼女に競りで勝つことはできない。マリアベルを誘ったのがルバーチェだということも踏まえればその方法には無理があった。

「そしてそもそも、どうして衆人環視の中少女を引き渡すのかという疑問が残る。この不自然さは見逃せない」

 人形に見せかけて渡すという方法は多くの人の目に付きすぎる。優越感を持って手に入れたいという理由は考えられなくもないが薄い。

「むしろ、少女を多くの人々に目撃させることが必要だったのかもしれない」

「それはどうして? 見せ付ける、なんて俗な理由では納得できないわ」

「これは仮説だが、少女の情報をルバーチェも知らないのではないか?」

「どういうこと?」

「どんな理由かは知らないが少女の身元を知りたいルバーチェは各国の有力貴族が集まる黒の競売会で少女に関する反応が見たかった。そこから手がかりを得たかったのかもしれない。もしくは、参加者の中に少女の親族がいたのか……」

「人質ね、そうすると人身売買はともかくとして誘拐は確実か。いえ、誘拐したのなら身元は判明しているはず。ならルバーチェも思わぬ経緯で少女を得た可能性が高くなる。なら問題は、どういった事情で少女を手に入れたのか……」

 

 考え込むミシェル、彼の脳内ではアリオスの発言で目まぐるしく思考が渦を巻いていた。

 そんな様子をアリオスは頼もしそうに見、しかしそれ以上を妨げるように一つ息を吐いた。

「ミシェル、どちらにしても情報が足りない。最有力が濡れ衣である可能性は高いんだ、現時点ではそこまで熱を入れない方がいい」

「でもねアリオス、あの子――キーアちゃんは記憶がないから親元に帰せない。ギルドの情報網でさえはっきりとしないの。ならあたしたちが僅かな可能性も考えなきゃいけないのは当然で……いえ、愚問だったわね」

 ミシェルは自身の発言を反省した。子を持つアリオスが、ちょうど娘と同年代の少女に対して何も思わないはずがないのだ。

 まだ会っていないが、少なくとも情報だけで娘と重ねるのは十分すぎる。親元を離れた、というのはシズクにも当てはまることなのだ。そして彼が過去に携わった事件のことも踏まえれば、彼がどんな思いでいるのかは想像に難くない。

 

「――どちらにしても少女がこの先狙われない可能性はない。運よく支援課が阻んでくれたがルバーチェが黙っているとは思えない。ハルトマン議長の後ろ盾もなくした今、彼らが打てる手はリスクが高いものしかないはずだ。今回の汚点を雪ぐのに十分すぎる、な」

 それはハルトマンの信頼を得る手なのか、それとも壊された資金源に関してなのか、はたまた黒月に対抗する新手なのか。そこまではアリオスにもわからないが、それでも警戒ランクが高くなったことは確かだ。

「今、支援課の強化を行っているわ。成果がどこまで出るかは未定だけど」

「腐敗した警察の中で信用に足る相手が多いのは喜ばしいことだ。実力が足らなくとも、その気概だけで何かが生まれることもある」

 アリオスは話を切り上げ踵を返した。今すぐにでも休みたいはずだがその背中には休息を欲しがっている様子が微塵もない。

「上で休んでいったら?」

「シズクが待っている」

「そう、いってらっしゃい」

 十分な休息を、とミシェルは消えていく背に語りかけた。

 これは彼が病院でキーアと会う直前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャグコミックじゃねんだからよ、もう少し加減してくれねぇ?」

「あら、ちゃんと手加減したわよ。戦闘に支障はきたしていないでしょう?」

「そもそもランディさんがアホなこと言うからです」

「俺は厄日だな……」

「あはは……」

 そして、何気ない会話を始めた五人――ランディの気遣いに感謝しつつノエルは苦笑し、そして直線の通路を踏破し――

「…………」

 その、許されない場所へと辿り着いた。

 

「これは……」

 広がるは儀式の間、光が差さないために灰色に見えていた一階礼拝堂とは趣を違え魔物の血のような濃い紫色が基調となっている。

 正面には階段があり、おそらく鐘楼に辿り着くのだろう。前にあるのは階段へ導くように立っている左右三つずつの燭台、これもまた炎を纏って存在している。

 そして部屋の中心部には何もない。

 わけではなく、床に紋様のように描かれた大きな瞳が天蓋を睨んでいた。

「広間か、何かやってたのかね」

 辺りを見回し呟く。

 全員が同じ行動をする中、ティオだけは沈黙し感覚を研ぎ澄ませている。異空間と化している僧院において彼女の感覚は最大の策敵となる。それ故に彼女は自身の役目としてまずそれを行うことにしていた。

 ティオがそれを行う中、一向は周囲に異常なしと判断し、やがてその瞳に辿り着く。四人の視線と向かい合った瞳はしかし彼らを見ずに虚空を眺めるままだ。

 

「なんだ、この不気味な絵は?」

「ここが崇拝する像は一階にあったけど、これは初めてね。入り口前に描かれていたものとは違うようだけど」

 黄色の、いや空属性の色と言えるのか。その瞳には棘のようにうねる睫毛が数本描かれており、幾何学的な紋様で描いた曲線でその周囲を囲んでいる。月の僧院という敬虔な場所に相応しくない、しかし部屋の雰囲気には合っている怖気の奔る図である。

「…………」

 ふと、ティオが厳しい表情を浮かべて跪いた。眼を描く黒はやはり紫色に見えるが、それは灯る炎によるものなのか。

 果たしてその色は、少女がよく見た色に似ていた。

「ティオ?」

「ここは、醜悪な儀式の間だったのかもしれません。部屋を覆うこの色は、おそらく血液です」

「血液? じゃ、じゃあ儀式って――」

 

「――それは、人のものですか?」

 エリィの言葉を切ってノエルが訪ねる。ティオはわかりません、と首を振った。

「そうですか」

「……なぜこんな場所があるのかはわからないけど、まずは鐘を止めよう。話はそれからだ」

 ロイドが停滞する空気を裂き、目的を完遂せんと動いた。それを褒めるように鐘が鳴り響く。近いからか、その音は大きく脳を揺さぶるかのような音色だ。

 重苦しく建物内部に反響し空間自体を震わせるかのような錯覚さえ抱かせるそれは、間違いなく過去数多の信奉者を跪かせたのだろう。

 そんな神にも等しき奏で、しかし今のそれは彼らに向けられたものではなく、生物に反応して召喚される存在への合図に他ならなかった。

 

「離れてください――ッ」

 悲鳴にも似た叫びを契機に全員がその場を跳び退いた。すぐさま戦闘態勢を取り前方を睨む。

 スカルヘッドは空間を揺らしながら現れたが今度は違う。瞳を覆うように描かれた円が瘴気のような紫煙を噴き上げ周囲を照らし、螺旋を描いたそれはやがて一体の異形を解き放つ。

 銀と赤、その二色で構成されたソレは自身の調子を確かめるように身体を揺すり歓喜の産声を上げた。

 想像だにしない生物の誕生に後ずさった五人はしかし、もう逃げられないことを感覚的に知っていた。

「悪魔……」

「凄まじい霊圧、気をつけてください!」

「おいおい、こいつは洒落になんねーぞ!」

「皆さんに謝らなければいけませんね……っ」

「来るぞ、散開!」

 鐘が鳴る。今度はきっと、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 蜘蛛が巨大化した、と言えば伝わりやすいのだろうか。アークデーモンは二腕二足で人間のそれに近いが、その多すぎる突起が蜘蛛のようにも見えた。

 縦に長い頭部には二本の赤い角、両肩にも槍のような同色の棘を持っている。青みがかった銀の体躯は巨大でブレードファングに匹敵し、しかし異なるのは特化した箇所であろう。

 ブレードファングは牙・顎を主力としたがこの悪魔は両腕がそれを為す。頭よりも大きく太い腕には三本の鉤爪が凶刃の如く存在し、ただでさえ圧殺されかねない腕を更に凶器足らしめている。

 また腕ほどではないが巨大な尾にもモーニングスターのように棘があり、受ければひとたまりもないだろう。

 背中にあるのは翼か、あるいは筋肉の固まりか。実質上アークデーモンが巨大を為すのはその両腕と発達したそれによる。

 僅かに宙に浮いているのは魔力による行為であって翼ではないので何かしらの器官だとも考えられた。

 

 悪魔は天使と異なり人間に災禍を招く存在だ。それは彼らの眼前にいる存在そのものであり、人に救いを与える僧院で悪魔と戦うという皮肉に嘲笑する余裕もなかった。

 

「――――」

 アークデーモンは当然の如くデータバンクには存在しない。故に情報・天眼のクオーツから読み取れるのはそれを構成する属性耐性だけである。

「四属性はダメですっ、空を使います!」

 ティオが威圧を避けるように更に後退、指示の後に詠唱を開始する。エリィとノエルは中衛として銃を身構え、先手とばかりにノエルが引き金を引いた。短い銃撃音に連なるようにアークデーモンの外殻に命中した銃弾が弾かれる音がする。

「効果は期待薄ですか――っ」

 スカルヘッドのように通過はしないものの目に見えて強固なそれを貫通することは難しい。ノエルはサブマシンガンを控えスタンハルバードを構えようとしたが思い直し、そのままエリィの一歩前に出た。中腰の姿勢のまま構える。

 ノエルの現装備は二挺のサブマシンガンとスタンハルバード、そして懐にある催眠弾と電磁ネットの構成クオーツである。本来ならその二つは専用の銃に装填して使用するのだが、銃自体が大きく探索任務に持って行きづらい。

 そのため彼女はその弾だけを持ち、いざとなればそれを破裂させて使用しようと考えていた。

 現況、前衛にはノエル以外に二人いる。相手が大柄だとしても二人の連携の阻害の危険性がある彼女は前には出ず、その時々の状況に応じた対処をするべきだと判断した。

 

「ランディ!」

「がってん!」

 彼女の判断どおり、ロイドとランディは散開後タイミングを合わせて挟撃に入る。相手が一体の場合、出方を見るために二人が好む基本動作である。

 スタンハルバードとトンファーが同時にアークデーモンに迫り、しかし悪魔は動かない。

「ッラァ!」

「はッ!」

 警戒していた両腕も動かず、二人は同時に側頭部を撃ち抜いた。鈍い音とともに襲う衝撃はその箇所も相まって通常の魔獣ならば卒倒するはずだ。二人も確かな感触を得、無抵抗の悪魔に連撃を試みる。

 ランディは振り下ろしたハルバードをそのままの勢いで一回転、身体の捻りを加えて更に攻撃力を高める。ロイドは膝を屈め両腕を引き跳躍、突進力を加えた両撃を狙う。そしてそれは確かに命中した。

 アークデーモンのその、赤い両角に。

 

「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 咆哮は、逼迫するものではない。鐘に導かれた悪魔が、本当に自身が対処すべき相手を見つけたことによる宣誓である。

「離れて!」

 エリィが顔面を狙い撃つ。彼女の銃弾は七耀の力、ノエルのものとは異なる魔法攻撃である。

 ベクトルの異なる銃撃、しかしそれも悪魔の中には入れない。まるで水が弾かれるように散り消滅する銃弾。それを認識していないのか、アークデーモンは音の暴力に虚を突かれた眼前の二人に腕を振り下ろした。

「く……」

「跳べ――ッ!」

 身構えるロイドにランディが叫び、咄嗟に後方に飛び退く。その眼前を風を纏って振り下ろされる悪魔の腕は僧院の床を容易に破壊する。砕かれた礫が身体を襲う中、その痛覚よりも空気を裂く膂力に驚愕する。

 

 まずい――

 ロイドが想起するのはブレードファング、その尾である。あれすら受けきれない身でそれ以上の威力を誇るアークデーモンの一撃は防げない。全撃回避、それしか道はないのかもしれない。

「クロノドライブ!」

 ティオの詠唱が完了し、二人の時が加速する。アークデーモンは追撃を試み、それを二人は加速した世界の中で回避した。

 先とは異なる速度、しかし悪魔は動じない。そのまま懐に飛び込んだ二人に対し頭の角を差し出した。まるで打ち据えろとでも言うかのような挙動、しかし瞬間怖気の走った二人は跳躍しようとした両足を無理やりに畳みこんで身を屈めた。

「――――っあ」

 刹那、頭部を掠めて床を穿つ赤い槍。それは間違いなく頭部の角だった。

 

「ロイド下がれ!」

 ランディが溜まった脚力のまま飛び上がり伸びた角をかち上げる。当然それに伴い上がった頭、空いた顎を痛打する。

 人体の急所の一つでもある顎、その衝撃は脳天を通過して揺さぶり運動神経を麻痺させる。そんな好機をしかしランディは避難に使う。

「先輩!」

 赤いレーザーが上がった顎に狙いを定め、次の瞬間には二挺から放たれる銃弾が一点集中してアークデーモンを襲う。その隙にランディも離れ、ノエルも攻撃をやめた。

「シルフィード!」

 エリィが風の加護を降り注ぐ。ちょうど後退したロイドを中心に全員に満遍なく撒かれ、五人は走力の上昇を得る。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 悪魔が吼える。その隆起した赤い筋肉が更に膨らみ、役割を放棄した翼が更に広がる。

 ティオは感じ取れる霊圧が更に増したことに冷や汗を浮かべ、呼吸がうまくいかない口を無理やりに閉じた。

 

「お嬢っ、ティオすけ! 上位魔法いけるのかッ!?」

「っ、大丈夫です! いけます!」

「タイミングは任せて! こっちは気にしないでいいから! ティオちゃんはダークマターお願い!」

「了解です!」

 二人は詠唱を開始、ランディは唇を舐め悪魔を見た。相手は異形、自分も出し惜しみはできないとして共鳴するように咆哮する。

「オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア!」

 戦士の嘶き。赤紫の光が彼を包み、僅かに細められた眼は同色の霊圧を放つ悪魔を見下ろす。

 ノエルは彼の変貌に驚きを含めた視線を向けるも、すぐに自身のミスを叱責して悪魔を見た。

 見るべきは相手の弱点、アーツを得手としないノエルはやはり武器が通る場所を見つけなければならない。生物に共通の眼球はもちろんだが、それ以外の関節などに隙がないかを見定める必要があった。

 それとは別に他の人員が作った隙を見逃さずに連携を決めなければならない。彼女はおそらく、今一番神経を張り詰めている存在だった。

 

「ランディ!」

「お前もやれ、できなきゃ死ぬぞ」

「――ッ」

 ランディから乾いた言葉が漏れ、ロイドは唇を噛み締めた。彼が言うのはおそらくブレードファングの時のロイド、それができればあの悪魔に対抗できるということだろう。

 ロイドは自問する。自身がかつて得た感覚を思い出すように、その時の心境を反芻する。

 それは単純に死の意識、生への執着だったはずだ。はずなのだが、それよりも、もっと大事なものを想起したのではなかったか――

 

「来るぞ!」

 ランディが吼えたことで覚醒したロイドはしかし前と変わりない状態。歯噛みし、仕方なくトンファーを構えた。

 アークデーモンは同種の気配を漂わせるランディを危険視したのか彼にその巨腕を振り上げる。鋭利な爪が伸び凶暴性を増し、そこにはより一層の瘴気が纏われた。その鉄槌を、ランディ・オルランドは真っ向から受け止める。

「ぐぅ――」

 衝撃が走る中、ランディは両腕で以って受け止める。スタンハルバードはその圧力に負けないようにと導力を迸らせ輝きを放ち、しかしその持ち主の立つ地には蜘蛛の巣状の皹が生み出される。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 アークデーモンは叩き付けた右腕をそのままに雄たけびを上げ獲物を押しつぶさんと更に膂力を込める。

「ランディ!?」

「来るなっ、足手まといだ!」

「……ッ!」

 ロイドが走り出すのをランディは制止した。

 今の彼をこの悪魔は障害と見なさない。ただ己の前にいる赤毛の青年こそを敵とし、最優先に屠ろうとしている。悪魔の攻撃を緩める術は今の彼にはない。

 

「フォルテ!」

 その時、ロイドの身体に火の加護が宿った。驚く彼が振り向く先には詠唱を終えたノエルの姿がある。

「助かる!」

 ロイドは制止を振り切り疾駆、更に戦技を発動してアークデーモンの右腕にスタンブレイクを放った。

 導力の波動は確かに伝わる。同時に、今まで傷一つつけられなかった外殻が焦げるのを見た。

「ッ、アアアアアアアア――ッ!」

 一瞬の好機、ランディは全身の筋肉を叱咤し悪魔の腕を跳ね返す。上体が仰いだアークデーモンに対し、彼はそのままハルバードを回し――

「――――終わりだ」

 死神の螺旋を解き放った。

 駆け抜けるオルランドの意志、それはアークデーモンの左を通過しその過程で左腕を斬り飛ばす。赤紫の道が光を放ち、悪魔は絶叫した。

 

「やった!」

「まだだッ!」

 損傷に歓喜の声を上げるロイドを一喝し、ランディは更に追撃をかける。

 赤の火龍が穂先に宿り、離断した悪魔の腕を焼き尽くす。本体から離れた腕にはそれまでの耐久力はなく、そのまま炎に融けて消えていく。

「ギアアアアアアアアアアアッ!」

 アークデーモンは自身の後背にいる敵に対し咆哮、その尾を伸ばして串刺しにせんと迫る。攻撃対象外のロイドは当然避け、そしてランディも落ち着いて跳び退る。

 

 そして、

「ティオちゃん!」

「はぁああ!」

 その距離をエリィは見逃さない。

 ティオの持つ唯一の空属性攻撃魔法ダークマター、指定した地点を中心に小規模の重力球を作り出す空間攻撃である。範囲攻撃であるので当然味方が近くにいれば使えない。逆に言えば、味方が離れた時に使用すればダメージと空間固定を同時に行えるのだ。

 そして彼女の想定における初撃の達成は、考えうる最大効率の連携の成功に他ならない。

「ノエル曹長!」

「エニグマ駆動! ブラストストームβ、いきます――ッ!」

 ノエルの身体を光が包む。電磁ネット弾を投下、発動しアークデーモンを更に封じ込め、

「はああああああああああ!」

 レーザーポイントで両の眼球を捕捉、サブマシンガンの一斉掃射を放つ。その全てが正確に急所を射抜き体内に銃弾を残していく。

 役目を終えたサブマシンガンを放し、スタンハルバードを構え――

「止めぇ――!」

 衝撃力を増したスタンハルバードを振り下ろし衝撃波を見舞った。アークデーモンの全身を衝撃が貫くが、それでもこの悪魔は止まらない。

 

 ダークマターが消え、電磁ネットの拘束も直に解けるだろう。だがその前に決着をつける。

「ロイド!」

「ああ!」

 ランディとロイドのエニグマが発動、二人を包む光はアークデーモンを挟撃し、無防備な悪魔を乱打する。

「バーニングレイジ!」

 交差した二人の最後の一撃は電磁ネットもろとも右腕を斬り離す。

「グオオオオオオオオオオオオオ!」

「これで――!」

 十分な距離を取った二人を見て、エリィが自身の力を解放する。これが彼女の持つ最大の攻撃魔法、悪魔を打倒しうる最後の一撃である。

 天に掲げられた右腕、その先には漆黒の剣がある。時の力を十全に溜め込んだ、いや、時そのものを凝縮した剣だ。その特性は加速ではなく減速、未来への進行でなく過去への逆行である。

 ビリビリとした反動に耐える彼女の頬には汗が浮かんでいる。それほどまでのリスクを犯さなければこの悪魔は打倒できず、しかし今の彼女にはそれができた。

「シャドーアポクリフ!」

 腕が振り下ろされるとともに停滞した時間を切り裂いて時の剣が地に落ちる。指し示された先にいるアークデーモンは空を仰いで咆哮し、絶命に足る剣の一撃でその咽喉を貫かれた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。