空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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魔法の使い方

 

 

 

 ちょうど鉄橋を越えて最初の小川に差し掛かる所、踏みならされた本筋から外れた植物の生い茂るスペースにバブリシザースGは佇んでいた。

 それを物陰から見守る三人、その内の二人であるエリィとティオは、残る一人の言ったとおりにいる魔獣に少しの驚きと納得を感じていた。

「ね」

 エオリアがウインクして得意気に笑う。

 穏やかな、しかしティオといる時は茶目っ気たっぷりの彼女のまた別の一面は彼女をとても魅力的に表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東クロスベル街道、魔獣の位置を知らない場合は基本的に歩きながらしらみつぶしに探すのが普通だ。しかしエオリアは東通りを抜けた直後にこれから探すポイントを限定していた。

「バブリシザースはね、その特性状水場付近にしか生息できないの。それは彼らが乗っている泡が割れないようにするためね」

 鉄橋の周囲を見回しながら話す。その姿はまだ弛緩しており和やかな雰囲気だ。

「だから今回重点的に探すのは今いる鉄橋付近と途中の小川、それと三叉路を少し行った先にある抜け道ね」

「そんなところに抜け道があったんですか?」

「ええ、障害物があって簡単には通れないんだけど、その先には池があるから可能性としては十分ね」

 もちろん例外的にその近辺にいないこともあるだろう。しかしエオリアはそれなら逆に心配が減ると考えていた。

 水場を離れたバブリシザースは危険度が格段に下がる。それは彼らの性能が著しく低下する為である。

 遊撃士の知識に感心するエリィとティオ、しかしティオについてはデータバンクから既に今回の標的の情報を取得している。当然生息区域も見ていたので知っていたが、おそらくは経験で判断したであろうエオリアの場慣れにこそ感心していた。

 

 鉄橋を越え、先頭を歩いていたエオリアが魔獣たちの跋扈する地へ一歩踏み入れる。

 瞬間、今まで穏やかだったエオリアの空気が張り詰めた。一歩後ろを歩いていた二人がその変化に硬直し足が止まる。

 エオリアは静かに息を吐き全身の状態を把握、その性能を半分ほど高めた。彼女の実力はこの近辺の魔獣がかすり傷一つ負わせられないレベルに達している。当然それに伴い緩んでいてもいいはずだが、今の彼女を見てそんな軽口は言えなかった。

「ここからは真剣勝負、戦闘になれば命がけよ。準備はいい?」

「はい!」

「了解です!」

 その緊張感が伝わりいつになく顔が強張る二人、エオリアは苦笑してその頭を優しく撫でた。

「肩の力を抜いて、自分にできる最善を常に求めなさい。そうすれば今の全力が出せるわ」

 深呼吸、と言われて二人はそれを為す。一度、二度と繰り返し、そこでようやく自然体に戻れたような気がした。

 

 エオリアが笑う。

「その状態、いつになくいい感じじゃないかな? これなら私も楽ができそう」

 そして彼女らはエオリアの言うポイントまで自然体で歩く。二人はエオリアの歩く所作一つ一つに洗練された何かを感じ取り、時に周囲への警戒を忘れてしまっていた。

 

 

 そして現在、その丸い身体を赤く染めたバブリシザースGは六本の足で虹色の泡に乗り、二つの鋏をまごつかせて何か作業をしている。数は二体、その両者とも彼女らの接近には気づいていない。

「二人とも後衛よね。どっちかと言えばエリィちゃんのほうが前かな」

「そうですね、一応銃に合わせた体術も訓練しています」

「なら私が前衛、エリィちゃんが中央、ティオちゃんが後衛ね。ティオちゃん、渡しておいたものは大丈夫?」

「はい、ここに」

 ティオが懐より取り出すのは飴である。市販のミントドロップを更に改良し覚醒専用に凝縮したものだ。あまりのすっきりさに使用後しばらくは冷たいものが飲めなくなる。

 うん、と一つ頷いたエオリアは細い銀製のナイフを取り出した。外科手術で用いられるメス――これが彼女の基本武器だった。

 

「二人とも、私の動きを良く見ていてね――――それじゃ、いくわよ」

 深呼吸を一つ、エオリアは飛び出した。その速度は彼我の距離20アージュを一瞬で踏破する。

 草を踏み抜く音に気づいたバブリシザースGはその口元から泡を出して威嚇、その後攻撃に転じた泡はエオリアの視界を埋め尽くさんとする。

 殺到する泡、それに対しエオリアは更に加速、滑り込むことで最小限の被害に。

「詠唱開始――ッ!」

 泡の群れの下を潜り抜けた彼女は魔獣の腹、赤い彼らの身体の中で唯一柔らかいことを示す白い場所にメスを一閃する。

 小さく脆いメス、しかしそれは日本刀のように正しく使いこなせば切れ味抜群の武器となる。ただの一閃はまるで切腹のようにバブリシザースGの一体を絶叫させた。

 その混乱が収まる時間を与えないままにエオリアは跳躍、その時には既に両手にメスを握っている。両腕を交互に振るい左の鋏を両断、そのまま空中で縦に回転し切断された鋏をオーバーヘッドで本体に蹴り込む。

 斬られた腹部に命中するのを見届けたエオリアは着地後再び跳躍。今度はバックステップである。

 

「解放――!」

 後退したエオリアの声に促されエリィとティオがアーツを解き放つ。エリィは雷の奔流、ティオは水の猛威。スパークダインとブルードロップである。

 ブルードロップが落ちてきた。文字通り水の剛球を落下させて押しつぶす魔法、しかしティオはこの魔法を、いや水属性の魔法を唱えるつもりはなかった。

 それは――――

 

「やっぱり効かないです……」

 

 ブルードロップは彼らには効かない。魔獣を包んだ大量の水はその落下の衝撃こそ与えたが、それも彼らにとってはシャワーでも浴びるかのよう。

 バブリシザースGの水属性耐久力は完璧だ、水を好む彼らに水の力は意味を成さない。体力が回復することはないが、それでも彼らの攻撃方法である泡の精製に力を与えてしまったことは確かである。

 

 ティオはエオリアの背中を見た。これを指示した彼女は魔獣の特性を知らなかったのだろうか。最初に指示された時に感じた疑念が再燃する。

 そして、そんなティオを余所にエオリアが攻撃しなかった一体を中心としてエリィの雷撃が降り注いだ。

 この魔獣の弱点属性は風、それを得意とするエリィにとっては御しやすい相手だ。それを見てティオはやはりエオリアが魔獣の属性耐性を理解していることに気づいた。

 なら何故自分に効かないアーツを撃たせたのか、それを――――

「え?」

 彼女は、無傷だったはずのもう一体の沈黙で理解する。

 

 エオリアが攻撃した一体はアーツ前には既にほぼ瀕死状態だった。しかしもう一体のほうは完全な無傷、まだ余力は残っているはず。いくら弱点属性でも、その上位アーツでも、一撃で戦闘不能にまで追い込む威力はないはずなのだ。

 とすれば、何らかの方法でその一撃が致命の一手になったのだ。ならばそれこそが彼女の感じた疑念の答えである。

「水の通電……」

 

「――ティオちゃんは、純水を知ってる?」

 不意に聞こえたエオリアの声、彼女は沈黙したバブリシザースGの下に立っていた。まだ息はあるのか消えておらず、しかし少しずつ空に融けている。もう何もしなくとも直に消えるだろう。そんな魔獣のあちこちを見て周りながらエオリアは続けた。

「純水は、というより水はそのものではあまり電気を通さない。水が含んでいる電解質が電気を通すだけで水自身にはそんな特徴はないから――――七耀の力で編まれた水は本来なら純水に限りなく近いの」

 それではおかしい。ブルードロップの水が伝導率を高めたのならばそれは純水ではない証明である。

 そう口を開こうとしたティオ、しかしそれを遮りエオリアは告げた。

「――それはね、あなたが本来の水のアーツを使えていないからなのよ」

「え…………」

 突然の通告に思考が固まる。アーツに恵まれた彼女の、さらに特性でもある水属性を使えていないとはどういうことなのか。そんなティオに対して視線を合わさずエオリアは淡々と語る。

 

「あなたがアーツで編む水はあなたのイメージを受け過ぎている。だからあなたの作る水は普段見慣れている飲料水に近くなるの。はっきり言えばアーツの設定が甘い。ただ水、と一口で言っても全然違うものもある」

 アーツは七耀脈のエネルギーを変換して起こすものだ。専用の戦術オーブメントにセットされた七耀石の結晶回路(クオーツ)から必要な属性値を揃え形にする。その過程で使われる自分のイメージとは規模と座標である。

 ティオはアーツに恵まれた体質、その規模の変化も多種多様だし座標指定も事細かにできる。しかしそんな彼女もそれ以外の設定を変えたことはなかった。

 使えるのだからそれが正解なのだと思い込んでいたし、そんな設定ができることすら知らなかった。

「あなたが本来の純水に近いアーツを使えたなら私はアーツの順番を逆にしたわ、体内から電気を逃さないための絶縁体としてね。でもそうじゃないからこうなった…………ティオちゃん、導力魔法はね、ただ使えるままに使っただけじゃダメなのよ。その本質を理解し、多様化していかなければいけない――――見本、見せてあげるわ」

 

 不意にエオリアが振り返った。その先は小規模の崖であり、川である。彼女の行動のままに視線を向けた二人。そこでようやくティオの鷹目が、エリィの視覚がそれを捉えた。

 その急斜面から巨体が生える。山羊のように歪曲した二本角に灰色の体毛、かつてバスを襲撃したゴーディアン――――ではない。

 その上位種である灰色の魔獣、ゴーディオッサー。彼の魔獣はゴーディアンを凌駕する膂力と俊敏性、知能。そして何より凶暴性を持っていた。

 濡れた体毛をそのままに、理性を思わせない獣の瞳が三人を睨んでいた。理由はわからないが機嫌が相当らしい。

 

 向かってくる魔獣に二人が武器を構え、いざ戦闘に移ろうとして。

「え」

 それをエオリアの手が制止した。二人が目を瞬かせる中、そんな彼女は魔獣から片時も視線を外すことなく、そして微塵の不安をも感じずに行動を開始した。

 

 エオリアは疾駆、真っ直ぐに突き進んで跳躍、空中でエニグマを起動させ一気に解放した。

 大地から吹き上がる風の螺旋、風の魔法エアリアル。それを魔獣の足止めと、彼女自身が高く舞い上がる為の揚力とする。

 遥か頭上を取った彼女は四本のメスを風に苛まれている魔獣の四隅に投擲、地に突き刺す。更に一本、掲げた左腕に持ち、風の壁に身動きを封じられたまま見上げる魔獣の両眼を見つめる彼女はその身体に光に纏う。

「銀の意志よ――!」

 四方に刺さった銀が同色の光を放ちゴーディオッサーを包み込む。共鳴するように輝きが強くなる中、エオリアは止めの一撃を魔獣の眉間目掛けて投げつけた。

 空を射抜くメスは天と地の光を吸収するように光の中で更に強い光を放ち肥大、レーザーのような直射上の光の杭となって魔獣の全身を貫いた。

 

「――――」

 空中から帰還した彼女は振り返り、背後を見る。彼女の目には呆然とするエリィとティオ、間にいたはずのゴーディオッサー既には光に消えていた。

 速すぎる撃退、それも今の二人が到底敵わない相手である。残滓の風を心地良さそうに受けた白銀の髪が揺れる。

「可能性は広く持たないといけない。決められた道の中でしか動けないのなら、それこそ生きている意味がないわ」

 張り詰めていた気を戻し、エオリア・フォーリアはそう言った。彼女自身、その思いに囚われているからこそ今の自分があると思っている。彼女の経験そのものという言葉なのだ。

 

「エオリアさん……」

 エリィが銃を持ったまま呟いた。先のティオへの提言、それは彼女のエアリアルを見ただけで納得がいく。

 風の刃で吹き荒れる空間を切り刻むこの魔法、それを揚力として利用するにはエオリアが受ける風とゴーディオッサーが受ける風が同一にして同一でない必要がある。魔獣には風の刃を、自身には風の援護を、というのは螺旋状の風に対しては無理難題と言う他ない。結局同じ風なのだ、エオリアを押し上げる風は次の瞬間には刃となっていなくてはならない。

 それなのに彼女は無傷でそれを為した。つまり、アーツの操作というただ一点だけで実力差を証明したのである。

 その証明のために現れた魔獣が二人の勝てないレベルの相手だったのは偶然だが、しかしそれは強烈なインパクトを残した結果に繋がった。魔獣にとっては不運だったが、この三人にとっては幸運だった。

 

「――さて、ティオちゃんをいじめるのはこれくらいにして、次はエリィちゃんね」

 エリィが身体を震わせた。エオリアから探るような視線を感じる彼女は恐る恐るといった風に言葉を待っている。

「今回は事前にアーツの種類・タイミングを指定させてもらったけど、仮にそこが自由だったら何を選択してどのタイミングで撃った?」

「そうですね、まずスパークダインはそのままです。交戦してすぐに詠唱を始め、やはりエオリアさんが離れた時に撃ちます」

「そう。じゃあ前衛が私ではなく、いつものメンバーだったらどう?」

「……ロイドとランディが前衛だったら……それでも同じ選択をしたと思います」

 エリィの答えになるほど、と呟き思案するエオリア。その間はエリィにとってはとても長く、心臓の鼓動が少しずつ大きく速くなるのを感じる。

 やがて顔を上げたエオリアは、

 

「とりあえず戻りましょうか」

 

 そう纏めて歩き出した。

「え、エオリアさん?」

「ここで話してて魔獣に襲われたら敵わないし、仕事詰まってるし、歩きながらでいいでしょ」

 突然の切り替えに二人は顔を見合わせ、しかし遅れないように小走りで駆け寄った。追いついた二人を確認してエオリアが話し出す。

 

「まず、第一条件としてタイミングが違うわ」

「え……」

「バブリシザースGは動きが鈍く、またこちらには気づいていない状況だった。その場合、近接の前衛が駆け寄って奇襲を行うよりも、視認される前にアーツを放ったほうがいいわね」

 距離を詰める間に気づかれる危険性を踏まずに先手を打つにはアーツのほうがいい。詠唱し七曜の力が高まってくると気づく魔獣もいるだろうが、それでも詠唱完了のほうが速い。属性弱点もつけるし状況を有利に運べるのだ。

「またアーツ選択もベターだけどベストじゃない。スパークダインは確かに弱点属性かつ強力だけどその範囲もそれなりに広いわ。前衛が私一人の時と二人の時とでは味方が範囲外に逃れるのを待つ時間が違ってくる。私は自分のタイミングで下がれるように自分でアーツを指示したけど、事前の打ち合わせがない場合は範囲アーツでなく単一アーツにすべきね。これも初手ならば関係ないからそれでいいんだけど、今回はタイミングと選択の噛み合わせを少し悪くさせてもらったわ。まぁその悪さも改善できることは証明したけどね」

「……勉強になります」

 エオリアの言を厳粛に受け止めたエリィは考えを巡らせる。

 今まで自分は後衛の立場から後手後手に行動していた。アーツはどうしても詠唱時間があるのでエンカウントした後では足止めの役割が必要になってくるが、その詠唱時間をエンカウント前――戦闘準備として始めることは今まで考えたこともなかった。

 戦う前から戦いは始まっている、というのが妙な言い方であるが正しい。後衛という周りをサポートする立場だからこそ、戦闘以前の状況を完璧に調えなければならない。

 それが仲間を、自分を救うことになる。

 

「あなたはリーダー君とは違う視点の参謀役だと思うから、今後も広い範囲で考えを巡らせてほしい。ティオちゃんがアーツの質なら、エリィちゃんはそれの有効活用が課題というわけね」

 もちろん私も日々精進、とエオリアは最後に付け加える。

 二人の遥か上のレベルであるエオリア・フォーリアも未だ発展途上だ。本来後衛であるはずの彼女でさえ近接戦闘でもロイドやランディを凌ぐだろう。クロスベルの遊撃士は選ばれた人材、得意分野こそあれど苦手な分野はないのである。

 それでも彼女らに妥協はない。日々任務をこなす中で自分の未熟さを痛感しないことはないのだ。逆に言えばその事実に逃げずに立ち向かえるからこそ今の彼女らがいる。それこそがクロスベルで、支える籠手の下で胸を張れる一番の素養なのかもしれない。

 

「ああそうだ、はいこれ」

 エオリアは不意にバッグの中から瓶を取り出した。エリィは受け取り首を傾げる。

「リーダー君骨折しているんでしょ? もし痛みがひどくなったらそれ飲んで」

「そうか、エオリアさんは医師免許を持っていましたね」

「そうよー、だからティオちゃんが怪我したら真っ先に駆けつけてあげる」

「ありがとうございます。でもいいんですか? 薬もただじゃないですし……」

 エリィが心配するがエオリアは気にしないで、と手を振り顔を綻ばせた。彼女にもちゃんと益はあるのである。

「私は私で実はさっき報酬を頂いちゃってるのよねぇ」

 彼女の報酬、それは先のバブリシザースGの体液である。

 強力な睡眠効果を持つそれは医療における重要なものである。戦闘中の興奮状態でさえ容易に沈ませるそれは貴重な物質、エオリアは無期限の依頼として採取した際にはウルスラ病院に届けていた。彼女はその時に自分の医療技術に最適な物資をもらっているので得々な関係である。

 

「確か医師の試験は難関ですよね、どうして遊撃士になったんですか?」

「ん、それは両親の関係ね。母は遊撃士で父は医者だった、それだけのことよ」

 少しの嘘を混ぜた真実を述べた彼女は風に流されそうになる帽子を押さえ、眩しい陽光に目を細めた。

 背中越しに聞く答えに含まれた感情をティオは窺えなかった。

 

 

 

 

 

 

 ギルドに戻ると既にロイドが待っていた。二階にいた彼はヴェンツェルと真面目な会話をしている。

「ロイド、早かったのね」

「ああ、簡単ななぞなぞだったからね」

 なぞなぞ、と疑問を覚える二人に微笑みながらエオリアが報告を終えて上がってくる。ヴェンツェルを見て意外そうな顔をした。

「ヴェンツェルさん休憩ですか?」

「ああ、だが少し取りすぎたようだ」

「ヴェンツェルさん、お時間すみませんでした」

「気にするな、これを明日に繋げてくれればいい」

 頭を下げるロイドを一瞥し、ヴェンツェルは一階に消えていく。

 

「ロイドさん、何を話していたんですか?」

「ん? そうだな、戦闘というか全てに対する心構え、かな」

 ますます疑問符を浮かべるティオに苦笑し、ロイドは席を立った。

 エリィを加え依頼に関して三人で話し始めたのでエオリアは静かに下りていく。次の依頼に赴こうと掲示板を確認していると、扉が開いてスコットとアリオスが帰ってきた。

「おかえりなさい、二人とも」

「ただいま。エオリア、無事に終わったのか?」

 笑って頷くエオリアにスコットが安心したように息を吐いた。彼女に少し失礼な想像をしていた彼の肩の荷が下りたのは内緒である。

「エオリア、手配魔獣に変化はなかったか?」

「特には。お二人は何か?」

 首を振って否定するアリオスに釈然としないエオリアだが、流石に時間を食いすぎたようで急ぎ外に飛び出した。

 

 扉の閉まる大きい音を背後に二人はミシェルに報告する。

「どうだったの?」

「太陽の砦内部には別段変化はなかった。だが――」

「ブレードファングの生息の跡が少しありました。絶対数は少なそうですが、どこかに住処があるかもしれません」

「彼らが通れるスペースは探したが根城はない。どこからか移動したのか、それともまだ調べていない場所があるのか……」

 アリオスが沈黙し、ミシェルとスコットも黙り込んだ。調査は進展したはずだが、それでも疑念は消え去らない。

 今のところ人の入り込まない範囲なのが救いだった。人の生活圏にまで広がらなければ放っておいてもそれは別の世界の話ということになる。人間だけが生きているわけではないのだ。

 しかしそれでも、今回の件はそう簡単に割り切れない。

 

「――共和国への出張はいつだったか」

 ふとアリオスが呟いた。ミシェルは目を細め、声を低くして言う。

「共和国が入れてくれるの? いえ、そもそもあそこにまた行くなんて……」

「手がかりが欲しい。駄目で元々だ」

 アリオスの言葉に受付が深くため息を吐く。スコットはそんなやりとりをただ眺めていた。

 

 

 


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