空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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支える篭手の特別任務

 

 

 キーアがやってきて一週間、彼女の情報を遊撃士に依頼し、まずは当面の彼女の生活状況を整えようという結論に至っていた。

 何せ肝心の少女は一向に過去を思い出せない、ティオが電脳方面から調べても少女の足取りは杳として掴めなかった。ならばと大陸全土に渡って網をかけている遊撃士に任せたわけだが、その遊撃士を持ってしてもキーアに関して有力な情報は得られなかったのである。

 遊撃士が頭を悩ませ特務支援課が夜に会議を続ける中、日中のキーアと支援課の面々は不思議と充実した日々を送っていた。

 たった一人いるだけで変わるものだ、とセルゲイは煙草をふかす。そんな彼もキーアが傍にやってくると自然と煙草を消していた。

 ミイラ取りがミイラに、ということわざが適切かどうかはわからない。それでも部下が変わったという事象を離れて見ていた彼もまた、少女に変化を促された一人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院服のような淡い水色の一枚着でやってきた少女はいつの間にか溢れかえる服の山に目を丸くしていた。

 ミシュラムから戻った次の日、大慌てで空き部屋を改修するロイドとランディを置いてエリィとティオはキーアの服を選びに百貨店に来ていた。当然キーアも一緒だが、流石にあの服で外に出すのは可哀想だとエリィが実家から幼少時の服を持ってきて着せている。

 彼女の私服だけでいいんじゃないか、とランディは呟き、ロイドも頷こうとして二人にお叱りを受けた。曰く、本人に合う服を選ぶ必要がある、とか。

 お嬢の古着の中から似合うもん選ぶなら一緒だろ、と喉からでかかった言葉を飲み込むことができたのは偏に以前の恐ろしい彼女を想起したからに他ならない。和やかな日でも経験は生かされるのである。

 住宅街のマクダエル邸から使っていなかった家具を運びつつ掃除を施す重労働、今回は支援要請そっちのけで手早く終わらせようと考えていた。ちなみにガルシアに腕を折られたロイドはできる範囲での作業で実際はほぼランディが片付けている。

 当然そのしわ寄せは遊撃士へと向かうのだが、事情を知るエステルとヨシュアが快く引き受けてくれたのでありがたかった。

 

 部屋の用意と買い物が終わったのは正午前、特務支援課は午後から平常勤務に移行する。キーアのことも気になるがツァイトとセルゲイがいるので問題ない、惜しい気もするが仕事開始である。

「東クロスベル街道の手配魔獣に市庁舎からの捜索依頼。それとベルガード門のミレイユ准尉からも依頼が来ているな」

「じゃあランディは決まりね」

「ですね」

「なんでだよ……」

 ランディが苦笑する中、それ以外の三人の脳裏には嬉しさを隠そうと必死になるミレイユの顔が浮かんでいる。都合二、三度ほどしか会っていない彼女だが印象は最高である。

 

「となると三人で手配魔獣を倒して市庁舎に、ってルートかな」

「そうね、手配魔獣の情報によると手こずりそうだし……ってその前にあなた戦う気?」

 バブリシザースGは蟹型の魔獣だ。その特徴は、自身が作り上げた巨大な虹色の水泡に乗っているという異様さである。体重はそこまで重くはないがそれでも手配魔獣、その重さで乗っても壊れない未知の泡は密かに注目されている。

 それはさておきエリィがノリ突っ込みの要領で突っかかった。当の本人は不思議そうな顔をしている。流石に三人揃って呆れた。

「お前その腕でどう戦うってんだよ……」

「後方でアーツでもする気ですか? ダメですよ?」

「いや、確かに右腕はこんなだけど、ほら。備考欄に複数での対処を推奨って書いてあるじゃないか」

「私とティオちゃんの二人で複数でしょ」

「それなら三人でもいいじゃないか」

 

「バブリシザースの精製する泡には睡眠誘導の効果があるみたいです。だからこそ複数人で当たらなければならない魔獣なんだと思います」

 食い下がるロイドにティオが備考の理由を述べる。戦闘中に眠ってしまったら終わりだ、その為にも単独で立ち向かうのではなく、万一眠っても起こせる仲間が必要なのだろう。

「ほら、二人で当たって眠っちゃったら大変じゃないか」

「む……でも正直、あなたが後ろでじっとしていられる気がしないんだけど……」

 エリィの不安は正解である。この男が戦っている二人の後ろで暢気にしていられるはずはない。アーツの詠唱は片手でもできるがその間は他の動作ができない。無防備を晒されてもはっきり言って迷惑だ。

「ロイドには市庁舎に行ってもらったほうが……」

「だな。つーか俺と代わるか?」

「ランディさん少しは考えてください」

「いや考えているからこそだろうがよ」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める特務支援課、仲がいいのは良いことだが、それでも時間の浪費は頂けない。

 するとそれを諭すように気の抜けた通信音が聞こえてきた。いや、気の抜けたというのは言い過ぎだが、どちらにしても通信である。

 しかしそれはロイドではなくエリィでもなくランディでもなく、ティオのエニグマにかかっていた。

 

「…………」

「ティオちゃん、切れちゃうわよ?」

 エリィが催促する。

 ティオは恐る恐るエニグマをとった。嫌な予感しかしなかった。

「……もしもし」

「あ、ティオちゃん? 私よ私っ」

「………………エオリアさん」

「そっ、エオリアお姉さんよ! 今どこにいるの? ちょっと相談したいんだけど、できたらハンズフリーにしてくれる?」

 エニグマをテーブルに置く。ヨナのときと同じ、燃費は悪いが音が大きくなる仕様だ。

「支援課ビルですが、どうしたんですか?」

「手配魔獣の要請あるでしょ? 人手が足りないんじゃないかなって思ったから一緒に行こうと思ったのよ」

 

 何でもヴェンツェルが市庁舎に所用で行った際、特務支援課宛の挑戦状のようなものが送られたということを知ったそうだ。

 そんな挑発的な物を残したのだから支援課が受けて然るべきだろうと判断、しかしその他の依頼も疎かにできないのでここは助太刀を打診してみたとのことである。

「リンさんと一緒に行けば十分なんじゃないんですか?」

「それでもいいけど、言っちゃ悪いけどあなた達よわっちいじゃない。少しでも戦闘経験積んだ方がいいと思うの。あなた達が励めばそれだけ私たちも助かるし、クロスベルも平和になるしね。あ、もちろんティオちゃんは別よっ?」

「はは……」

 ロイドが苦笑する。相変わらず遠慮のない物言いだ。

「お気遣いありがとうございます。でもわたしもよわっちい支援課のメンバーですから、そこは分けないでいただけたらと」

「……うん、そうね、ごめん。じゃあリーダー君、この相談の返事をくれるかな?」

 

 ティオは徐に視線を上げ、

「……どうしたんですか?」

 何故か三人が嬉しそうな表情を浮かべているのに気づいた。首を傾げるティオに喜びを噛み締め目を閉じているランディが言う。

「そりゃティオすけ、ありゃ普通に嬉しいだろう」

「……よくわかりませんが、よかったですね」

「ああ、気合入りまくりだぜっ!」

 わしゃわしゃとティオの頭を撫でるランディ、ティオは釈然としない顔でそれを受け入れていた。

「リーダーのロイド・バニングスくーん、気持ちは非常によくわかるけど、返事」

「わ、わかりました。少し待っていていただけますか?」

 

 編成を組む。

 ランディはエオリアとの共闘にやる気満々だったが三人に押し切られてベルガード門に。残る三人だが、エリィとティオがエオリアと共に向かい、ロイドが市庁舎を担当することになった。

 実際は全員がエオリアと魔獣退治に行きたがったが、エリィがロイドに反論させることなく言い包めたためにこうなってしまった。彼の提唱した三人なら安心理論はエオリアの加入で彼の参加を否定する要素になっていた。

「というわけでエリィとティオが行きます。ギルドでよろしいですか?」

「もちろん、じゃあ待ってるわね」

 通信が切れる。思わぬ展開だったがブライト姉弟以外の優秀な遊撃士の生の戦いが見られるのはありがたい。

 

「よし、それじゃ」

 再度気合を入れて始動、というところでまたしても鳴る通信音。今度はロイドである。

「…………はい」

 ワジの何でもない暇つぶしだった。彼は静かに通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 通信を切る。腰にある所定の位置にそれを仕舞ったエオリアは、

「これでオッケイ、と」

「ありがとうございます、エオリアさん」

 傍に控えていたヨシュアに礼をもらっていた。ここは遊撃士協会クロスベル支部、現在アリオスとスコットを除く全員が集合している。

「ありがとうエオリアさん、リンさんも」

「いいってことよ。エオリアが言った助かるってのは遊撃士全体の話でもあるんだから」

 エステルとリンが談笑する。

 豪快な体育会系な二人はこの支部の中でも特に仲がいい。エステルが彼女の兄弟子であるジン・ヴァセックを知っているということも大きいのかもしれない。

 

「さて、準備もできたしこれより秘密任務を開始するわよ」

 ミシェルが注目を促し、今回の趣旨を再度話し始める。

「黒の競売会の失敗によってルバーチェは後ろ盾をなくしたと言ってもいいわ。逆に言えばこれからの彼らの行動は過去に当てはまらないことをする可能性もある。クロスベルの裏の支配者だからその影響は計り知れないわ。正直、日々忙殺されているあなたたち遊撃士の手に余るかもしれない」

 人身売買及び魔獣による民間人襲撃未遂事件に関するルバーチェへの取調べは空振りに終わった。それは警察に対するルバーチェの打診に由来する。

 彼らはロイドらの潜入捜査を不問にする代わりに情報規制を行ったのだ。つまり、警察は潜入していないので人身売買の疑いはそもそもない、ということになったのである。

 しかし警察は納得しても遊撃士協会は納得しない。後日協会はルバーチェを訪れ簡易の調査を行った。その打診のせいで奥深くまでは調べることは叶わなかったが、それでも彼らの内部に踏み込んだ事実は残っていた。

 緊急性の高い危険物があったわけではないのですぐに行動を起こすとは思えない。しかしもし彼らが行動した場合、それが慮外の出来事である可能性は高かった。

「そこで、私たちは密かに特務支援課の強化を推進する。もちろん手取り足取りというわけじゃない、可能ならばともに現場に赴くという程度よ。それで彼らが何も得ないなら芽がないと判断して切るし、それで実力が上がるなら願ってもないわ」

 

 特務支援課は警察上層部の圧力が意味をなさない上に遊撃士と仕事が被る貴重な人材である。そんな彼らが今まで以上に仕事をこなしてくれれば遊撃士の手も空き、不測の事態に対応できる可能性を上げる。

 これは黒の競売会に潜入しぶち壊した彼らへの報酬であり責任追及でもある。

「ルバーチェが何をするかわからない以上、私たちとは視点の異なる彼らが有能であるに越したことはないわ。あなたたちには普段と異なる展開になって負担がかかるかもしれないけど、これは未来のクロスベルを護る為だと思ってちょうだい」

「大丈夫よミシェルさん、ロイド君たちは期待に応えてくれるわ。だって仲間だもの」

「そうだね、彼らは友人であり仲間です。彼らのための行動が負担になることはありませんよ」

 事の発端であるエステルとヨシュアはやる気満々である。レンに関して多大な借りと感謝がある二人には何の不安もない。

 

「私もティオちゃんと触れ合えるし願ったり叶ったりだわ」

「エオリア……あんた目的わかってるのかい?」

「当然よっ、ティオちゃんに私の雄姿を見せればいいのよねっ」

「……ま、いいか。私も平気だよミシェルさん、泰斗の真髄ってほど高みにはいってないけどそれでも参考になるものは見せられるし、先輩として後輩の面倒は見ないとね」

 リンも否やはなく、残るはヴェンツェルだけである。ミシェルも彼が一番の問題であると考えていた。

「ヴェンツェル、あなたはどう?」

「……支部の決定に異を唱えるつもりはない。あいつらが自己の鍛錬を怠らず常に上を目指すというのなら俺もその一助となろう。ただし、依頼に支障を来たすならば俺は抜けさせてもらう。あくまで依頼が最優先だ」

「もちろんよ、あなたは望むままに行動してくれていい。一応希望を聞くけど、あなたは誰と組みたいとかある?」

 ヴェンツェルは目を閉じて黙考した。彼の得物である剣を使用する者はいない。それが彼にとっての一番の判断材料だったがそれに該当するものがいないならば、必然的に一人に絞られる。

「おーけー、それじゃ依頼に合わせて調整するとしますか」

「お願いね、ミシェルさん」

「それが私の仕事なんだから大船に乗ったつもりでいなさい。さてそろそろ第一弾の開始かしら」

 

 ミシェルが時計を確認したと同時、扉を叩く音とともにティオとエリィがやってきた。二人は何故か人口密度が常より多いそこに少し驚いている。

「さ、お仕事よみんな!」

 手を叩いて催促するミシェル、遊撃士たちはそれぞれの依頼のために消えていく。やがてそこにはミシェルとエオリアしかいなくなった。

「すみません、会議中でしたか?」

「いいのよ、邪魔されたくないなら入っていいなんて言わないから。さて、共闘は初めてかしら」

「そうですね、以前エオリアさんとやったのは違う案件ですし初めてです」

「ならまずはお互いの戦闘スタイルを理解することからかしらね。エオリア、わかってるわね?」

「もちろん。それじゃ行きましょうか、バスは使わないから歩きながら話しましょ」

 エオリアを先頭に三人が消えていく。ミシェルは暫くそのまま見つめていたが、徐に通信機を手に取り何処かに連絡を入れた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ベルガード門にやってきたランディはハルバードを担ぎ直して門兵をからかった後ミレイユの私室を訪ねた。

「来てやったぞミレイユ、それよりあの支援要請の中身は本当なのかよ?」

「開口一番それとは流石ねばかランディ、誇りある警備隊員である私が嘘を吐くとでも?」

「全く思わないな。だがそれでもそう言いたくなる気持ちはわかるだろうよ」

 なぁ、と同意を求めるランディに肩を竦めるミレイユ。彼女も表には出さないが心情は同じのようだった。

「聞くまでもないんだが、その問題を起こした警備隊司令官殿は今どこにいるんだ?」

「愚問ね、いつもの接待よ」

「接待か。もう警備隊司令なんて肩書き捨てて接待マシーンとかにしちまえばいいんじゃねぇの?」

「それはいいわね、なんて言えないわよ? あれでも上司だもの、命令には逆らえない」

 

 ミレイユもランディとの会話で少し気が緩んでいるのか、常ならないスレスレの発言をかましている。

 ランディもなんだかんだで彼女のストレス発散、普段できない息抜きができる少ない機会だと気づいているのか仕事内容から少しずつ話題を外していく。

「いっそお前が司令だったなぁ、こんな苦労もないんだが」

「よしてよもう、私は今の位でさえ力不足を感じているのに。それに司令ならソーニャ副司令が妥当だし、タングラムのノエル曹長だってきっと私の上に行ける人材よ」

「ノエルか、確かにあいつも結構なやつだけどよ。俺としてはお前のほうがよく知ってるし、その心配性とか過保護とかの苦労性体質を除けば理想の上司像だと思うがね」

 ランディの意見に一瞬嬉しい親しみが込められていて発言を噛み締めようとしたミレイユだが、そこには彼女をからかう描写も含まれている。聡明な彼女はすぐにそれに気づいて頬を膨らませた。

 

「ちょっとランディっ、何よその苦労性体質って」

「そのままだろ。ベルガード門の隊員は皆言ってるぜ、准尉は背負わなくてもいい苦労を背負い込んでいる、俺たちがその負担を減らさないと、ってさ」

「う……少し嬉しいけど、でも私そんなに不幸っぽく見えるのかしら」

 自身の頬を手でむにむにと撫でる。凛とした彼女に似つかない少女のような行動だった。

「お前は優秀だから一人で何でもできちまう。だから人より仕事が多くなって負担が大きいように見えるんだろうよ。俺もそこは同意だな」

「…………ん、そっか。まぁそれでも私ができることをやるのは変わらないのよね。前より誰かさんのおかげで苦労も減ったし今ぐらいがちょうどいいのかもしれないわ」

 そう言ってジト目でランディを見る。反論の余地はないランディはまいった、と両手を上げた。

「だからこそ今回は来てやったんだろうが。以前の問題児が准尉殿の苦労を減らしてやるよ」

 そこでようやく話が元に戻る。

 ミレイユも話しすぎた自覚があるのか咳払いを一つし、普段の真面目な彼女に戻って事の詳細を話し始めた。

 

 

 

 

 ロイドは市庁舎で慌てている男性を発見、事の詳細を伺った。

 何でもクロスベル自治州成立の際に記念として作られた銅像が消えてしまったのだという。そしてそれがなくなった場所に鎮座していたのが綺麗な装飾で存在をアピールしていた挑戦状である。

 その送り主の名前が銀じゃないことを願いつつ封を解き、彼は驚愕に声を詰まらせた。

「か、怪盗B……」

 

 怪盗Bはゼムリア大陸全土に渡ってあらゆる物を盗んでいく筋金入りの犯罪者である。その被害に遭うのは単純に現存する物体だけでなく人のイメージであったり記憶であったり、果ては人自身であったりと彼は本当に節操がない。

 いくつもの都市で犯行を行っているにもかかわらず依然として捕まえられないことから、極僅かではあるが怪盗Bは架空の存在ではないかと疑われてすらいる。

 しかし現実、警察学校では教材に載るほどの有名人であり、実際にその姿を目撃した者も存在するのでその噂は却下される。それでもそんな噂が流れるのは、彼が偶にあくどい人物から盗んだ戦利品を貧しい人々に恵んでいるからかもしれない。

 義賊と言えば聞こえはいいが、警察関係者にとっては頭の痛い人物である。

 

 驚きつつもその文面に目を通す。内容は要約すれば指定する三つのポイントに辿り着けば銅像を返還するというものだ。そして第一のポイントに関する文が綴られている。しかし直接的な描写はなくまるでなぞなぞのようだった。

「なるほど、これが挑戦ってわけか……」

 犯罪者相手だが不思議と嫌悪感が沸かないのは歴然とした悪意や敵意のようなものを感じないからだろう。

 ゲーム感覚で試されているのだが、被害に遭った人々のためにも真面目に取り組まなければならない。ロイドは文から導き出される場所を探しに動き始めた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「かちょーもほんぶに行っちゃったし、二人だね、ツァイト」

「バウ」

 宛がわれた自室のベッドに座りながらツァイトに話しかけるキーア。ツァイトも少女を慮ってか外出する気はないらしく、丸まって静かに佇んでいる。

 

「ねぇツァイト。本当に、キーアはこれでよかったのかなぁ……」

 少女の疑問。それは今ここにいるという現状への問いかけだ。自分で納得してここにいるが、それが本当に正しかったのかがわからない。

 キーアはその小さな掌を見つめ、静かに影を落とした。そうすれば自身の手が普段より黒く見える。

 明るい、幸せな色だけで自分が包まれているわけじゃないと再確認できる。

 

「あ、コッペ」

 僅かに開いていたドアの隙間から黒猫がやってきた。雨の日以外は屋上で日向ぼっこをしている彼女には珍しいことである。そのまま顔を上げたツァイトの前を通りキーアの膝の上に座った。

「コッペ、キーアはこれでよかったと思う?」

「にゃ~お」

「そっか……」

 優しく背中を撫でるとくすぐったそうな声を出し丸くなった。キーアはそんなコッペの温もりを感じながらゆっくりと瞳を閉じていった。

 

 

 

 


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