空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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少女焦燥

 

 

 

 エリィとランディがイリアに現状を説明した際、イリアは渋るどころか楽しげな様子で言ってきた。

 彼女はリーシャも度々泊めているらしく、また元来派手好きなのもあって二人の願いも渡りに船のようである。しかしそんな彼女も流石にランディに対して完全に無防備になることはなく、要所での身辺警護はエリィに委ねられることとなった。

「弟君がいればセシルも呼んだのにー……」

 この一言がどれだけランディに重く圧し掛かったのかは定かではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天から降り注ぐは巨大な体躯、為すすべもなく呆然とそれを見上げた少女を救ったのは傍にいた青年の咄嗟の一撃だった。

「ティオッ!」

 横に突き飛ばしたおかげで直撃を免れたティオは地面を滑り、運動能力のせいもあって体勢を整えることはできなかった。それでも持ちうる最速でそれを為し、

「ロイドさんッ!?」

「く……っ」

 眼前で魔獣と対峙しているロイドに駆け寄る。

 情報のおかげで魔獣の識別に成功、姿かたちは以前戦ったメガロバットだが今回はその上位種である。

「メガロクイーンです!」

 メガロクイーンは身体に対して随分と小ぶりな翼をはためかせて威嚇している。どうやら侵入者である二人を快く思っていないようだ。恐怖心を想起させる野生の瞳がぎらつき、口元からは唾液を撒き散らしている。

 

 トンファーを構えたロイドはティオとともに距離を置いた。油断なく構えながら聞く。

「ティオ、戦法は前と同じでいいのか?」

「おそらくは。ですが手数が半分ですから近接のロイドさんに無理をさせてしまうかもしれません」

「そうか、よかった」

 その言葉に首を傾げるティオをそのままにロイドは気合を入れる。自分が無理をすればいいだけなのだから楽なものだと頬を緩め、しかし以前のように独りよがりにはならない。

「期待しているぞ、ティオ!」

「――――了解です!」

 それに頼もしく、嬉しそうに応えるティオ。

 二人だけの特務支援課、二人だけの戦闘。それは過去に旧市街でもあったことだが、今回はそれとは何かが異なっていた。

 

「ガアァァアア!」

 メガロクイーンが吼える。至近距離ならば三半規管に影響が出るほどの大音量だが距離を離している二人には顔を顰めるほどの影響力しかない。

 ティオがアナライザーで抵抗力を下げ、エニグマを駆動させる。瞬間ロイドは疾駆しメガロクイーンの左面を侵略する。その場を移動することなく向きを変えるだけの魔獣は向かってくるロイドに牙を剥き、先ほどより小さく跳躍、そのボリュームのある身体で彼の視界を占領した。

「はぁ!」

 ロイドは一転後退して攻撃をやり過ごすと一閃、頭部を狙う。大柄な身体を構成するものは筋肉と脂肪、効き目が薄いのは確認済みである。

 蝙蝠が物体を把握するのに大切な耳に衝撃を与え、

「クロノドライブ!」

 時の力の加護を得て、絶叫するメガロバットの上を飛び越えながら更に連打する。着地後そのまま距離を離してティオに合流した。

 

「ロイドさん、わたしはこれから上位アーツを撃ちます。その間無防備になるので」

「……ああ、任せろ!」

 ティオの前に立ち睥睨するロイド。ティオはその背中を見て、そして詠唱に入る。

 メガロクイーンは動かない。ただ羽を羽ばたかせるだけだ。それは以前のスペリオルヤ・カーに似た動きでロイドは嫌な予感を覚えた。

 刹那――

「ちぃ!」

 詠唱したままのティオを抱え前に飛び込んだ。受身を取れず滑る二人だが、その一瞬前にいた場所には新たな魔獣の姿がある。

「メガロバット……! あの時の声か――!」

 メガロクイーンの放った絶叫は援軍を呼ぶためのもの、その名称通り彼の魔獣は王であり、動かす側の存在なのだ。

 現れたメガロバットは二体、数での優位性は消えた。

 

 メガロバットは標的を発見すると同時に跳びかかってくる。ロイドはティオを抱えたままでは戦えず逃げに徹した。

 しかし雑念を持つ思考といくら小さくとも人間を抱えたままでは機動性は劣化する。クロノドライブの効力が消えると同時咄嗟にティオを放して迎撃、一体を受け止めるももう一体に吹き飛ばされた。

「ぐぅ……ッ!」

 なんとか姿勢を制御しエニグマを発動、ティオに向かう魔獣にスタンブレイクを放つ。焼け焦げる音と絶叫が木霊し、しかしもう一体はロイドの背後を急襲する。剥かれた牙はそのまま彼の背中に突き刺さり鋭い痛みが走った。

「づうぅぅ……! ああぁぁぁああッ!」

 異物が体内に侵入する怖気と痛みに耐えてロイドは更にエニグマを起動、アクセルラッシュで両の魔獣を振り払う。体勢を崩していた前の一体は転がすことに成功、後ろの一体は牙を抜かせて頭部を打った。

「ギィィィィ!」

 一瞬の隙、ロイドはティオを抱えて距離を取る。素早い魔獣ではないことが救いだが、背中の怪我は無視できない。しかしティオを守るためには自身が詠唱を開始するわけにはいかなかった。

 

 しかし、

「――ありがとうございます」

 ここでようやくティオの詠唱は完成する。青の光に包まれた彼女はその凍えるエネルギーを解き放った。

「ダイアモンドダスト――!」

 竜巻のように渦を巻いた冷気が空間を引き絞る。それは空間の中心に集まるように螺旋を描き、そこに巨大な氷柱を形成する。凝結した空気はメガロクイーンとメガロバットの両者を固定し、そして祀られていた氷の鉄槌は振り下ろされた。

 砕ける音とともに魔獣の甲高い声が響く。周囲の熱を根こそぎ奪うように落ちてきたそれは魔獣の身体を瞬時に凍らせ衝撃で破砕する。事実メガロバット一体は粉々になり光に解け、メガロクイーンはその右半身を失った。

 

 しかしこのダイアモンドダスト、欠点と言えるのはその範囲である。いくら巨大な氷を作ろうとも空間を埋め尽くすほどではないために今回も全滅を幻に変えていた。

 故に難を逃れたメガロバット一体は詠唱後のティオを狙い跳躍している。冷え切った空気を切り裂いた体当たりは間に入ったロイドごと彼女を弾き飛ばす。メガロクイーンも咆哮を交えた。増援を呼ぶつもりである。

「ロイドさんっ!」

「――ッ! はぁはぁ……」

 背中の傷も癒えていないロイドはティオを庇うので精一杯、そして時間をかけるほどに状況は悪化していく。メガロクイーンの咆哮を止めるしか勝機はなかった。

 

「ガンナーモード起動――」

 魔導杖にアクセス、収束砲の準備にかかる。エーテルバスターは魔力放出の直射砲、メガロバットとメガロクイーン、両名が直線状に並ぶ今しかチャンスはない。

 杖から砲身へと姿を変えた魔導杖を両手で持ち構えるティオ。しかしその砲身にもう一つの手が重ねられた。

「ロイドさん……!」

「ティオ、まだだ……」

「しかし今しか――!」

「もう遅い」

 次の言葉を紡ぐ暇もなくその言葉通り新たなメガロバットが降りてくる。それはティオの目指す直線とは離れた場所、今放っても危機は免れない。

 三体の魔獣はそんな二人を視界に映しつつ、しかし行動しようとはいなかった。

 

 これは以前にもあった魔獣の性質、彼らは自身が圧倒的優位に立った場合その行動速度が遅れる傾向にある。それは野生動物にとっては致命傷な性質だが、もとより七耀の力によって狂わされている魔獣はそんな当たり前の本能すらなくしているのかもしれない。

 故にティオはガンナーモードを取り消し再び詠唱する。ロイドに光が降りかかり、背中の出血が止まった。

 ゆっくりと立ち上がるロイドはティオを見やる。その瞳には大きな感情が込められていた。

「――ティオ、君が何故無茶をやるのかはよくわかるけど――」

「え……」

「ならやっぱり俺を頼ってくれ。そんなこと、ティオには似合わない」

 ティオは押し黙る。自分が今抱えているそれを理解しているというロイドの言葉が嘘ではないと、何より彼女自身の能力が訴えている。その理由も彼女にはわかっていた。

 

 バスの防衛というゴーディアンとの戦闘、そして星見の塔での銀。この両方に共通するのがティオの脱落だ。

 遡ればアルモリカ村への道程にまで辿り着くが今ではそんなへまはしない。しかしこの二つにおいて、彼女は戦闘中に意識を失ってしまった。足手まといになってしまった。

 特務支援課の中で最年少のティオはそれ故に他の三人から子ども扱いされることが間々ある。なのでそんな過去の結果にも文句一つ言うことはないし蒸し返すこともされないが、だからこそティオはそれを返上する結果が欲しい。

 身体能力で劣る彼女が役立つのは策敵等の補助及び電子面での事務仕事。しかしそれは戦闘に直結する役割とは言いがたい。情報を甘く見ないティオだが、それ故にそちらにばかりかまけていてはいけないのだ。

 

 ランディやロイド、エリィのように直接戦闘において行動して成果を出したい。だからこそ彼女は普段はリスクが高い為に使おうとしない上位アーツを使い、またSクラフトで殲滅を試みた。普段の彼女がしない行動である。

 

 そしてロイドはその根幹が焦りにあるためにそれに気づいていた。積極的に前に出るティオの背中に自身の過去を重ねていた。

 そして今、彼はそれを否定する。仲間がいるという状況を今一度理解させる。その為には、今目の前にいる魔獣を二人で打ち払わなければならない。

「ティオ――――コンビクラフト、できるか?」

「え…………?」

 唐突の否定の後、彼は言う。その言葉にティオは反応できない。

 呆ける彼女に向けてメガロバットが跳躍する。ロイドは再びティオを抱えて退避、相手が着地する瞬間に地から離れることも忘れない。

 ロイドに抱えられたティオは彼の言葉を反芻し、そして――

 

 

 

 

 

 

「……ティオ、いけるな?」

「――――はい、大丈夫です」

 二人は並び、三体の魔獣を見た。ティオは目を閉じ、青い光に包まれる。ヘッドギアが赤く明滅し、魔導杖が高速処理の声を上げる。幾何学模様の刻まれた小さな魔法陣が足元に浮かび、くるくると魔導杖を回したティオが命令を出す。

「目標捕捉――」

 瞬間、三体の魔獣は一つの同色の球体に包まれた。表面には白く微細な文字がびっしりと書き込まれている。突然の事態に魔獣は驚愕の声を上げた。

「衝撃加速、重力制御、魔力障壁の展開――」

 ロイドの身体が魔力に包まれ、彼は姿勢を低くする。彼は弾丸、発射される瞬間を今か今かと待つ終結の使者である。

「魔力纏身――」

 ロイドは地を蹴った。補助により初速から最高速、空気の壁を超越して速度を落とさずに突進する。

 

「オメガ――」

 トンファーを前に、クロスさせて牙を為し――

「ストライク!」

 ――二人の声の重なりが巨大な球体を貫通した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 イリアの部屋で行われるはずだった酒宴は果たして中止となり、故に家主は顔を顰めた。何故なら飲むのがイリア一人だけ、リーシャは未成年? のために飲めず、エリィとランディも警備のために飲むことはできなかったからだ。

 残念そうなイリアとそれを励ますリーシャを置き、エリィとランディは一足先にイリア宅へと戻ることにする。歩き始めた二人は雑談を交えていたが、目的地が近づくに連れて話題は今回の依頼へと及んだ。

「――率直に言って、犯人は来ると思う?」

「来る、と言いたい所だが、さてな。目的がわからないんじゃあその予測も立てられねぇ」

 目的。その言葉をエリィは考える。

 侵入された部屋には荒らされたどころか触れられた形跡も見つけられなかった。見落としている可能性はあるがそれでも犯人がいたという明確な証拠はない。ピッキングの痕は残っていても、その先に犯人はいないのだ。

 ならばイリア本人が目的かと問われるとノーである。イリアが練習熱心なのは有名であるため彼女が部屋にいる時間は自ずと特定される。犯人は間違いなくイリアのいない時間を選んでいるのである。

 

「……もし。もし犯人が何もしなかったんだとしたら」

「あん?」

 エリィの呟きにランディは訝る。しかし何も言わずに先を促した。

「何もしなかったのなら、もう一度現れる可能性はあるわよね? それも長い時を待たずに……」

「……つまり、何らかの目的こそあったが一度目はそれができず、だからこそもう一度、それもすぐに来るってことか」

 なるほどな、と顎に手をやるランディ。彼は暫し考えていたが何も意見せず足を速めた。エリィの考えどおりならこの瞬間にも犯人が来ているかもしれないのだ。

 エリィは置いていかれないよう小走りに彼を追う。

 

「犯人、手段、目的、結果。入る手段が巧妙なら目的もそれなりの理由があると考えるのは不自然かしら」

「いや、むしろ自然なもんだ。――――俺は侵入経路っぽい裏口を張る。お嬢は普通に入っていってくれ」

 一度立ち止まってそう言い、エリィの頷きを以ってランディは先を急いだ。

 別行動しても問題はないと彼は考えている。いくら身体能力が高いストーカーでもエリィには敵わないし、それに直接害するほどの度胸があるとも思えない。ならば先に経路を潰すべきだと彼は判断する。それが正解なのはエリィの肯定で歴然だ。

 

 そして二人は西通り前で別行動を取る。先にランディが中に入り、そしてエリィは部屋に向かった。鍵を取り出し、鍵穴を見る。記憶にある限りでは疵に変化はない。

 部屋に入る。変わらない室内、軽く見渡した。

 流石にこの短時間じゃ来ないわよね……

 そう思いエニグマを取り出してランディに通信をかける。

「ランディ、そっちはどう?」

「変わらないな、そっちもか?」

「ええ、流石に一時間程度じゃね」

「そうだな。それでどうする? 支援課に戻るか? 俺がいればとりあえず侵入はされないが……」

 暫し考え、エリィは、いえ、と首を振り、

「ランディが戻って。犯人にはむしろ今来てくれたほうがいいから」

「確かにな。それで、俺にしてほしいことは何だ?」

 ランディの言葉に苦笑する。こんなに意思疎通が容易かっただろうか。

「そうね、とりあえず――」

 紅茶でも買ってきてくれない、と微笑んだ。

 

 

 

 

 侵入は容易い。帽子を目深に被れば表情は窺えないし、西通りに観光客が来ることもないので人通りも定期的なものでしかない。

 ゆっくりと歩きながら視線を巡らす。西クロスベル街道から入り、ヴィラ・レザンの前を通り過ぎることなく中に入った。ロビーでは備え付けのソファーに座った老婆が舟を漕いでいる。

 以前と同じ状況に微笑みと呆れが出るが自分には関係のないことだと決め付け、掃除を行っていた使用人がいないのを確認して階段を上った。この時間は掃除をしないことは確認済みである。

 そのまま三階まで行き、目当ての部屋に辿り着いた。針金を出して鍵穴の攻略に入る。始めは手間取ったそれももう慣れたもので簡単に錠は外れた。

 

「…………なんで」

 扉を潜った先に広がるのはやはりかつてと同じ惨状、アルカンシェルのトップスターの部屋はそれとはかけ離れた状態にあった。

「なんでこんなにだらしないんだ……」

 晩酌の名残、慌てた朝の名残、使用頻度の少なさを窺わせるシンク。それは以前見た圧倒されるほどの舞台を繰り広げる者の家ではない。

 ギリ、と奥歯を噛み締めた。

 

「――振り向かないで」

 瞬間聞こえた声に全身が硬直する。その命令の内容を理解することもなく振り向いた。その瞳に移るのはパールグレーの髪をした女性、その手には純白の導力銃が握られている。

「な……」

「振り向かないでって言ったのに、仕方ないわね」

 手を上げて、という言葉に今度こそ従った。エリィは目の前のストーカーを見やる。

「手荒なことはしたくないから動かないでね。警察の者です、不法侵入の現行犯として拘束します」

 

 一瞬の思考、それはこの状況を打開する方法だった。エリィはベッド脇にあるタンスの前にいる、出口を阻まれてはいない。銃を掲げているが撃ってくるとは思わない、そして自身の身体能力ならばたとえ撃とうとも銃口は外せるはずだ。

 電撃的な速さで定まった結論に従って動き出したのは、その常識外の動体視力がエリィの瞬きを捉えた時だ。猫のように跳び出して一気に出口に向かう。

「な……っ」

 その動きに呆然とするエリィを置き去りに駆け、最速で階段を駆け下りていく。途中使用人とすれ違ったが関係ない。警察が張り込んでいた以上もうここには来られないのだ。

 正面玄関を目前にして、しかし階段下の裏口へと抜ける。建物の隙間を縫って西クロスベル街道へ――

 そう思った矢先、あるはずのない障害物にぶつかった。

「さって、鬼ごっこは終わりだ」

「な、なんで……」

 二度目の驚愕が襲う。そして障害物であるランディ・オルランドは両肩を掴んで拘束した。

「警察なめんな、計算のうちだっつの」

 ランディは繋いだままだったエニグマの通信を切った。

 

 

 

 

「――――で、この子が犯人?」

 イリアは自室で不法侵入の犯人と対面した。とはいってもその犯人は俯いていて視線を合わせようとしない。えい、と顎を持って顔を上向けた。

「な、なにすんだにょっ!」

「子どもじゃない」

「まぁ、そういうことだったみたいですね」

 リーシャも含めた四人に囲まれているのは日曜学校に通っているほどの年齢の子どもだった。ティオよりも濃い青い髪を乱雑に短くしており中性的な相貌をしている。大きめな同色のハーフパンツに茶色のブーツ、緑のベストを着ているが、そのどれもが薄汚れていて相当着こんでいたことがわかる。

「で、なんでこんなことしたの?」

 イリアの問いに再び俯き、そして呟くように話し出した。

 

「……単に嫌がらせしようとしただけだ。こんないい部屋に住んで、毎日うまいもん食って……そんな奴らに」

 そして、声を震わせた。辺境に住んでいた時の悲惨な生活とクロスベルで安穏としている人々の生活との落差、そんな連中が絶賛していたアルカンシェルで見たイリア。それに対して怒りと不満が抑えられなかった。

「オレが一生働いてもチケット一つ買えないっ。そんな中にいるあんたは大嫌いだ! オレには絶対に届かない綺麗な場所で輝いているあんたがっ!」

 その慟哭にエリィは顔を逸らす。彼女自身思い当たることがあるのだろう。ランディもまた事情を聞いて納得の表情をしていた。

「確かにイリアさんのステージは素晴らしいから。だからこそこんな思いを抱かせることもあると思います。クロスベルは、華やか過ぎる時もありますから」

 リーシャの言葉にランディも頷く。クロスベル出身でないからこそ至る考えだ。

 ゼムリア大陸における地域間の貧富の差は激しい。クロスベルのような発展著しい場所もあれば、かのノーザンブリアのようにスラムを極めるかのような場所すらある。

 

「…………」

 イリアは黙って聞いていた。目を瞑り、言葉そのままに受け止めるようにそうした後、彼女はこの事件の結末を話し出した。

「あたしはイリア・プラティエ。あんたは?」

「………………シュリ。シュリ・アトレイド」

「そう――――シュリ、あんたは償わなければならない。だから暫く劇団で下働きをしてもらうわ。もちろん選択権はないわよ」

「へ?」

「イリアさん、いいんですか?」

 エリィとランディは呆けるも、イリアは謝罪と預かる旨を言ってくる。不法侵入の現行犯だが、入られた本人がいいのなら逮捕する必要はないだろう。

 イリアは徐にシュリの身体のあちこちを触りだす。突然の挙動に驚くシュリにアーティストの才能があると伝えた。驚くシュリに納得する支援課の二人。イリアはシュリを抱きすくめて強引にスキンシップを取っていた。

 

 

 良かった……

 それを傍観するリーシャは内心で呟く。彼女に似た入団の仕方に親近感を覚えつつ、同時にシュリの境遇に深く思うところがあった。

 辺境の子どもたちがどう食いつないでいるのか。それは同じ故郷を持つ成熟した大人が猟兵団となって養っている、というのが最も多い方法である。その日をどう生き抜くかという思考を絶えず行ってきた彼らは総じて身体能力が高くなり、そうした道に行っても成功する。そして自分たちのために他者を害するのだ。

 シュリは幸運だ、イリアに見初められ舞台への道が生まれたのだから。おそらくこの出会いがなければ猟兵団の道ではなくとも裏の道に進んだことだろう。

 まだ引き返せる場所にいるのなら引き返したほうがいい。リーシャはそう思った。

 

 そう、引き返せるのなら……

 

 そんな場所を当の昔に通り過ぎてしまっている自分とは違う。だからこそ目の前の彼女の姿が自分の事のように嬉しかった。

「筋肉が足りないわねー、あと発育?」

「う、うるさいっ」

「リーシャくらいになるかしら?」

「い、イリアさん……?」

 

 

 


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