空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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落涙

 

 

 ベルガード門はエレボニア帝国との国境を守る門である。宗主国の一つである帝国は事ある毎にちょっかいをかけてくるので気の抜けない場所だ。

 門から窺える帝国はガレリア要塞唯一つ。そしてそのガレリア要塞に備わっているのが、クロスベルにとっては脅威の象徴である列車砲である。超長距離射撃を可能にした巨大な砲台は、まともに狙われればクロスベルが終わりかねない威力を誇っている。

 

 そのベルガード門の威容を眺めながら特務支援課の四人はバスを待っていた。本当ならば手配魔獣と戦った場所からなら分岐点にある停留所のほうが近いが、時間に余裕があったためにどうせならとベルガード門に来た次第である。

「ランディ、司令には挨拶したほうがいいのか?」

「ほっとけ、どうせいないから。でもそうだな、挨拶すんならちょうどいいやつがいるぜ」

 ランディは足取り軽く進んでいく。司令よりも相応しい人物がなんなのかわからない三人だったが、大人しくランディに追いていくことにした。

 門前の警備員と親しげに話した後、右手にある階段を上る。その脇には食堂があり、どうやら一般にも開かれているようだ。警備隊員の力の源が味わえるのだろう。

 

 二階に上がると、三階――つまり屋上へと続く階段の他、各隊員の部屋と司令官室がある。ランディは懐かしむように辺りを眺めながら淀みなく歩いていく。

 すると曲がり角手前の扉の前に立ち、ニヤリと笑った。それは悪戯好きな少年のようで、三人は目を瞬かせた。ノックもすることなく徐にドアノブに手をかけ開く。

「よっ、ミレイユ!」

「へ?」

 手を上げて話しかけるランディと、それを見て固まる女性警備隊員。腰近くまで伸ばした綺麗な金髪が揺れ、碧色の瞳が驚愕に満ちていた。

「ら、ランディ……?」

「おう、久しぶりだな」

「久しぶりって貴方……」

 ミレイユと呼ばれた女性は何か言おうとしたが、やがてゆっくりと息を吐いた。それを見ているランディも楽しそうである。

 

「――で? そちらの皆さんは新しい同僚?」

 ミレイユの視線がランディの後ろに向けられ、三人はようやく話に加わることができた。挨拶を交わすと改めて自己紹介してくれる。

 ベルガード門所属のミレイユ准尉は実質上仕事をしない警備隊司令の代わりにベルガード門を取りまとめているやり手だ。ちなみにランディが同僚であった頃は曹長だったらしく、最近昇格したそうだ。

「皆さん、このバカの相手は大変でしょうに」

 やれやれと言ってミレイユは首を振るが、心外だと言わんばかりにランディがおどける。

「バカとはなんだバカとは。俺様のダンディーかつミステリアスな雰囲気が多大な影響を与えているというのにっ」

 ちなみにランディにミステリアスさを感じたことはないが、そんなことは言わなくてもわかっているのか、ミレイユは苦笑してロイドらを見た。

「このバカはきっといつもこんな感じなんでしょうけど、見捨てないでくださいね」

 その言葉には親しい感情が含まれていて、ランディとの関係が気になる三人であった。

 

 

「ランディが言ってたのはミレイユ准尉のことだったのか」

 ベルガード門を出て、バスの時間まであと少しという状況でロイドは口を開く。ランディはあぁと相槌を打ち、ぼやいた。

「あいつは生真面目だからなぁ。働かない司令の尻拭いに奔走して、他の隊員をまとめて、おまけに俺みたいな面倒ごとにも気を配ってる。ほんと、貧乏くじ引かされてるよな……」

 そこには彼女に対する様々な思いが込められていて筆舌に尽くしがたい。

 ロイドはランディの警備隊時代を脳裏に想像した。追い出されたと言っていたが、聞いていた理由が疑問に思えるほどのいい映像だった。

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 

 導力バスが元来た道を走り、クロスベル市に戻ってくる。そこから住宅街、歓楽街、行政区、中央広場、東通りと移って、タングラム門までの導力バスを待つ予定だ。

 歓楽街を通った時、その名物であるアルカンシェルの劇場から発される異様な雰囲気を感じ取った。正確にはそこに集まる人々の熱気である。どうやらアルカンシェルの新作公演が間近であるらしく、既にチケットは完売で、それでもなんとかしようと集まっている人もいるようだ。

 ダフ屋の警戒か、警察官が一人劇場前に佇んでいる。

「雑誌で読んだけどよ、今回は主役級がもう一人いるんだぜ」

 ランディが興奮気味に話していたことがある。彼は決まってその後にニヤリと意地の悪そうな顔をするのだが、生憎ロイドにはその理由がわからなかった。

 

 東通りに入るとちょうど遊撃士協会の扉が開き、ティオが身構えた。しかし出てきたのは彼女の警戒した相手ではなくエステルとヨシュアの新人コンビである。

「あれ、ロイドくんたちじゃない」

「やぁ、久しぶりだね」

 二人は朗らかに挨拶してくるが、四人は少しぎこちない。それはある時セルゲイからもたらされた情報による。

 二人は以前リベール王国で起こった導力停止現象事件の解決に関わった遊撃士なのである。国家規模の事件を解決した優秀な遊撃士、しかもロイドとエリィとは同い年だ。自然と知らなかった時とは違う態度をとってしまう。

 

「これから市外に出るの?」

「あぁ、タングラム門から依頼があってさ」

「警備隊の訓練相手を務めることになってるんです」

 依頼を話すと、エステルは何かを思い出したようにあぁと呟き、ヨシュアも懐かしむように微笑んだ。

「私たちもやったことあるよー、それっ」

「といってもリベールの軍人相手だけどね」

「なかなか楽しいのよねっ」

 そう言って得物である棒を振る動作をするエステル。どうやら叩きのめしたようである。

「警備隊は精鋭揃いだと聞く。互いに実のある任務だと思うよ」

「あぁ、全力を尽くさせてもらうよ」

 ヨシュアの言葉にロイドは頷く。するとランディはエステルのそれを見て言った。

 

「エステルちゃん、今度俺と模擬戦しないかい? 俺も長物使ってるからよ」

「もっちろん! 私もランディさんのハルバードとはやってみたかったんだっ!」

 笑うエステルにランディは笑い返し、ロイドの肩を叩いた。

「ロイドも相手してもらえ。そっちのヨシュアは双剣使いだ、何かの参考にはなるだろうよ」

「え……まぁ、時間が合ったら相手してほしいけどさ」

「はは、僕でよかったら相手するよ、ロイド」

 良かったらも何もこれ以上の相手は早々いないはずだ。逆に遊撃士の二人の訓練にならない可能性が高い。口約束だが二人は約束を破らないタイプに見える。その時は胸を借りる思いで臨もう。

 そしてもっと訓練しようとロイドは誓った。

 二人はこれから一度家に戻るという。彼らの部屋はギルドの隣のアカシア荘であった。

 

 

 

 

 

 

 タングラム門はカルバード共和国との国境に位置する。ここを越えると広大な台地が広がるアルタイル市を踏むことになる。造りはほぼベルガード門と同じで、ただそれとは左右非対称に作られているようだ。

 警備中の隊員と挨拶を交わし、早々に副司令官室を目指す。中に入ると流石の貫禄で部屋の主が出迎えた。その脇にはノエル・シーカーが控えている。

「お疲れ様、今日はわざわざごめんなさいね」

「いえ、こちらとしても訓練はありがたいですし、副司令の依頼ですから」

「ふふ、にしては後回しにされた感があるけれど」

 詰まるロイドにソーニャは微笑み、まずはと移動を促した。向かう先は警備隊の訓練場である。

 訓練場とは言っても室内にそのスペースはないし、片面は共和国の領域だ。結果的にタングラム門の訓練場とは装甲車を停める格納庫付近にしかないのである。

 

「総員、整列!」

 ノエルの掛け声がかかり、警備隊の新人四人と特務支援課の四人が対峙する。スタンハルバードを持つ近接装備とライフルを持つ遠隔装備の隊員が二人ずつという構成だ。

 訓練の趣旨の説明時彼らは新人らしく小声で何か反応していたがノエルとソーニャに叱責されて気を引き締める。どうやらランディ・オルランドは名が知れ渡っているらしく、彼らはランディをしきりに気にしていた。

 礼の後、彼らはハの字状に展開した。基本的な陣形である。

 支援課も同様に展開し、相対する。

 

「始めっ!」

 ハルバードの隊員とロイド・ランディが同時に動き、互いに鍔迫り合う。ランディは同じ得物であるが、ロイドはトンファーであるためリーチでは負けている。その代わりの機動力で攻める考えだ。

 

 警備隊が使用する導力ライフルは強力であるため、まずは撃たせないことが重要である。ランディは相手をうまく射線上に誘導しながら狙いを定まらせず、ロイド側の相手は後方のエリィが連射重視の射撃でライフルの精度を下げていた。

 結果的に二人を引き取ったランディによって空いたティオはアーツの詠唱に入る。それに気づいた一人がランディからティオに狙いを代えると、瞬間ランディは相手取っていた隊員を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたハルバード使いはそのまま射撃主に当たり、そのままランディを見つめて顔を空に向ける。

 

 既に跳びかかっていたランディはCPを起動、スタンハルバードは振動し、それを二人目掛けて振り下ろす。咄嗟に隊員もハルバードで防いだもののその振動は二人同時に身体の自由を奪っていく。

 振動が収まると同時にランディは退き、ティオの射線上には折り重なった二人の隊員のみがいる。

 七曜の力で形成された水が回転を伴い一直線に飛んでいく。水弾は痺れの取れない隊員に直撃し、ノエルはその時点で二人の戦闘不能を判断した。

 

 一方ロイドは大振りなハルバードを片手で防ぎいなし、体勢の崩れたところにコンパクトな振りでじわじわとダメージを与えていた。

 そのうち堪えきれなくなったのか、今までで最大の振りで仕留めようとし、逆に一気に距離を詰めたロイドはその手からハルバードを落とさせた。

 

 ライフル使いの隊員はエリィが常に足元を狙うために満足な姿勢で引き金を引けずにいる。彼は止まることを許されず、重いライフルを構えながらとび跳ね続けた結果既に息が切れている。

 エリィはそんな隊員に対し、更に左腰のホルスターからもう一挺の銃を取り出した。隊員の血の気が引き、エリィは容赦なく相手を沈黙させた。

 

「そこまでっ!」

 ノエルの声が響く。そこには苦渋に満ちた顔の警備隊員四人と、ホッとしたような特務支援課の四人がいた。

「ふむ、まぁまぁね」

 ソーニャが呟くが、何を指しているのかはわからない。そのままノエルを見やり、評した。

「まだ扱きが甘いようね、曹長」

「は、申し訳ありません!」

「まだ鼻っ柱を折っていなかったなんて、彼らが図太いのか訓練が甘いのか、どちらにしろ見通しが甘いわよ」

「返す言葉もありません!」

「罰として、次は貴女も加わりなさい」

「イエス、マム!」

 一連のやり取りが聞こえた支援課は予想外の事態に動揺を隠せない。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。まだあるんですか?」

「あら、一度だけなんて言ってないわよ?」

 涼しい顔で言ってのけるソーニャ、尚も口を開こうとしたロイドの肩をランディは掴んで止めた。

「よせ、前に言ったろうが、副司令はそういう人だって。それにヨシュアにだって言われただろ?」

「あ……」

 ここに来る前に言われた言葉、それを思い出したロイドは三人を見やり、所定の位置についた。

 

「よろしい、ノエル」

「はっ!」

 それを見たソーニャは僅かに微笑み、ノエルは新人四人の中心に位置取った後自らの得物を構えた。

「ダブルマシンガン、なるほどな……」

「よろしくお願いします、皆さん――――総員、戦闘配備ッ!」

「い、イエスマム!」

 ノエルの掛け声に隊員は立ち上がって再び武器を構える。彼らの瞳には再び意志が見て取れた。

 そこにあるのはノエルに対する絶対の信頼、ノエル・シーカーという存在が彼らに活力を与えている。ロイドはそれに負けないよう声を張り上げた。

「先のダメージはないと思え、行くぞっ!」

 それに応える声を聴きながら、ロイドはノエルに意を注ぐ。

 ピンクブラウンの髪と凛々しい顔つき、黒を基調とした警備隊の制服はそこに確かな覚悟を纏わせて警備隊員ノエル・シーカーを形作る。両手に持つのは30リジュほどの短機関銃、連射速度は折り紙つきだ。

 曹長の位と副司令の補佐を任される彼女の力、それを確かめ、乗り越えるためにロイドは一層の集中を身に宿した。

 

「始めっ!」

「ハルバード部隊は二人一組で後方部隊を狙えっ! 突撃銃は先輩、私は指揮官を抑えるっ!」

「エリィとティオは曹長、ランディは遊撃を頼むっ!」

 互いのリーダーが指示を飛ばし、それぞれが行動を開始する。警備隊員は二人一組でそれぞれ指示された相手を狙った。

 エリィとティオはノエルに照準を合わせたが、二人がかりで飛び込んでくる隊員を見て変更を余儀なくされる。

 

 ランディはハルバードの一人を抑えたが、背後を取ろうとするライフル組に気を取られて攻めきれない。

 ランディを避わした隊員はまずエリィに攻撃を仕掛ける。上段からの振り下ろしをエリィは後方に跳んで避け、銃口を向けた。しかし隊員は無理に攻めようとはせずに、しかし隙があれば即座に攻められる距離を維持していた。

 ティオはハルバードの襲撃を回避した後、三対一の状況のランディを援護すべくライフル持ちを狙って魔力弾を撃つ。それに気づいた隊員は避け、ランディを諦めてティオに狙いを定めた。

 

 初期の戦闘配置では警備隊が勝利、しかし結果は最後までわからない。ロイドはノエルの一挙手一投足に全神経を集中させていた。

 ノエルの右手が動く。瞬間ロイドは加速し、右手のトンファーを振るった。左手の銃で受け止めたノエルは、右手の銃をロイドではなく平行に撃つ。

 

「なっ!」

 その先にいるのはランディだ。流石に気づいて避けたものの、ハルバードとライフルに囲まれたまま抜け出せなくなる。

「くっ」

 右手を戻し左手を振るう。ノエルはスウェーバックで避け、そのまま倒れこんで姿勢を下げ地に手を突き、地面からの回し蹴りを見舞う。

 寸でのところで跳んで避けたロイドに今度こそ銃口が向けられ、レーザーサイトが腹部を捉えた瞬間、高速の射撃音が響き渡る。

「―――ッ!」

 空中での回避運動は不可能だ、ロイドはそれを腹に受けて空気を吐き出す。訓練用の弾丸でなければ致命の一撃である。

 そのまま背中から落ちればそれこそ終わりだが、生憎ロイドはすぐに終わるつもりはない。なんとか両足で残り地を蹴って距離を開き、腹部の痛みを堪えながら構えた。

 

 ノエルは一瞬動きを止めていたが、ロイドが構えると同時に疾駆する。その間に銃を撃つことをしなかったのは、期せずしてロイドの背後にエリィと対峙している隊員がいたからに他ならない。

 ロイドは速度を纏って迫るノエルに、しかし攻撃はできずに受けの姿勢で臨む。

 銃による打撃はライフルではない小型のものだからこそできる芸当である。ノエルはそれをコンパクトに打ち込んでくる。トンファーでなんとか防げるもののその間隙を狙って攻撃することはできない。

 ハルバードであるならば付け込む隙はあるのだが今回のノエルはハルバードを所持していなかった。

 

 ボクシングのような突きが刺さる。それでもなんとか頭を捻りトンファーで防ぎ、凌ぎ続ける。

「――」

 埒が明かないと見たのかノエルは距離を取り、銃口を向けた。ロイドは横っ飛びを敢行し、その一瞬後元いた場所に連射が突き刺さる。体勢を整えるが腹が痛み、苦痛に顔を歪めて思わず患部を見た。

 

 しかしその僅かな乱れはノエルの速度の前では致命的である。しまったと思う間もなくロイドの眼前にはノエルの姿があり、膝立ちだったロイドは逃げることもできない。

「し―――」

 咄嗟に動いたのは利き手である右、しかしノエルの打撃を浴びたのは左手で、そのままトンファーは弾き飛ばされた。防ぐ為に前に出した残りのトンファーはしかしいつの間にか銃を放していた左手に捕まれ退けられる。

 露わになったロイドの顔に左の銃が突きつけられた。白の宝石が弾みで揺れる。

 

 

 また、彼女に銃口を向けられた(・・・・・・・・・・・・・・)

 雷雨の中で、彼女は泣いているようだった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“――――どうして、ですか……っ”

 

“私はっ、こんなことの為にここにいるんじゃないっ!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「―――惜しかったですね」

 ノエルは言い、そして銃を除けてそのままロイドを引っ張って立ち上がらせた。

 困惑するロイドだがすぐに気づく。いつの間にかノエルの背後にはエリィがいる。そしてその向こうからやってきたのはランディとティオだった。

「なんとか一人、と思ったんですが……間に合いませんでしたか」

 ノエルはそう言い残して伸びている警備隊員を回って活を入れる。そのまま最初の位置にまで戻り、支援課が止まっているのを見て不思議そうな顔をした。

「皆さん、どうしたんですか?」

 四人は顔を見合わせて、ゆっくりとその向かいに戻った。

 

 

 

 

 

 

 副司令室に戻ってソーニャと話した後、ノエルに送られて四人は導力バスを待っている。

 その折に神狼ツァイトについてノエルに話すと、休日に見に行きたいということだった。彼女の中ではこの話は公私混同にはならないようである。

 

 導力バスはすぐに来て、四人はノエルと再会の約束をしてバスに乗り込んだ。

「………………」

 ロイドは沈黙し、無意識なのか腹部に手を添えている。

「ロイドさん、大丈夫ですか?」

 ティオが声をかけるが生返事しか返ってこない。ランディは言った。

「ノエルに負けたのがショックなんだろうよ」

「でもノエルさんは負けを認めていましたよ?」

「俺たちが勝ったのはチームとしての話だ。指揮官として勝利に導けなかったんだからそりゃノエルは負けを認める。だがあいつ本人はロイドを圧倒していたからな。初期配置でも先手を取られ、直接対決でも圧倒され、でも勝った。つまりは仲間の俺たちの差で勝ったと、そういうことだ」

 

 確かにロイドは負けた。そのことにショックを覚えているのも確かである。しかしランディの言うように、仲間の力で勝ったことが落ち込む理由になるかといえばそうではない。

 一人じゃないという自覚のあるロイドにとって仲間のおかげで勝ったというのは誇れることであって、更に仲間の足を引っ張らないようにと精進の意識を高める材料にもなる。

 だから今、ロイドが呆けているのは別の理由なのである。

 

 ロイドの目に焼きついたのは銃を向けるノエル・シーカー。その顔、その姿を前にも見たような気がする。これこそデジャビュに他ならないが、それでも、あの時のノエルの悲しみと激情に満ちた表情が頭から離れない。

 妄想だと断じても、それを奥底で否定し続ける自分がいた。

 

 バスに揺られ、ロイドは揺れる。しかしその思考が長続きすることはない。

 後の彼にとって大きな意味合いを持つことになる依頼が彼を待っているのだから。

 

 

 

 


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