空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
許可をもらって控えていた赤レンガ亭の屋根上で閃光弾のピンを抜く。投げつける先は真下の、狙われている鉱員の真ん前。正確なスローイングで爆発までの時間計算も完璧なそれは確かに襲撃途中の黒い狼たちに損害を与えたようだ。
横たわりもがく様を確認し、落下する。既に仲間の三人は近くまで寄ってきている。司令塔であるロイドは鉱山前から町全体を俯瞰し、他三人はそれぞれ散らばっていたが、今回の襲撃はランディの直下で行われた。
「さぁて、と。ほいじゃまやるとしますか」
スタンハルバードを一閃、構える。
閃光弾の衝撃は致死ではないし直に起き上がってくるだろう。今止めを刺すのは簡単だが、まずは鉱員の安全確保が第一で、更にこの黒い狼たちには生きていてもらわなければならない。生かさず殺さず、安全に逃げ帰ってもらおう。
「楽じゃないね、全く」
ニヤリと笑いそう言う彼には反して余裕が見られる。その理由を仲間は知っているが、真面目な他三人はこちらを見もしない。
つまらん、だがそれがいい。
ランディはそう結論付け、前衛の役割を果たすため最前線へと足を運んだ。
空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない
先手は取った。そのまま混乱してくれていれば話は早いが、流石に訓練されてきた魔獣である。閃光弾の衝撃から立ち直るとすぐに体勢を低くし突進の構えをとってきた。
特務支援課の四人は襲われていた鉱員二人が階段を上り終えるまでそこを守っていたので、魔獣が二体と一体の構成になっているのは仕方がない。囲まれていないだけで十分だ。
「ティオ、退いてサポートを。エリィはティオの守り、ランディは俺と打って出る」
「了解!」
「アイサー」
「了解ですっ」
ティオは魔導杖を起動、エニグマのCPを消費させてアナライザーを開始する。離れていた一体に照準を合わせ、情報解析。耐性が下がるのを確認して、魔導杖に記された情報を読み取っていく。
「名称なし、属性弱点もありません! 牙爪ともに鋭いので注意をっ!」
アナライザーは既に発見され特徴が記録された魔獣に対しては詳細が得られるが、その記録がない魔獣に対してはそれほどの情報が得られない。
ルバーチェにおいてこの狼はドーベンカイザーと呼ばれているが、前述したとおり記録にないのでそれを知ることはできない。
またティオがアナライザーをクラフトとして登録しているのは、その解析は本来時間がかかり、かつ魔導杖の機能の大部分を消費しなければならないからだ。
クラフトはCPによりその難易度を強制的に零にすることができる。こと戦闘に関して情報を何より重視するティオはそれ故に解析に対しては労力を惜しまないし、短縮もできる限り行うのだ。
「ち、厄介だな」
ティオの情報にランディは舌打ちするが、それでも彼がすることに変わりがあるわけではない。
属性弱点などアーツを重視しないランディには無意味だ。ただ援護が期待できるかどうかの違いである。そして、ランディはその援護なしでもこの狼を打倒する自信と確信がある。
よって彼が手招きして挑発することにデメリットは存在しなかった。
ランディの行為を理解したドーベンカイザーは一斉に牙を剥く。その二体と一体、同時に別方向から跳びかかった彼らに対しランディは一体に狙いを定め二体に背を向けた。
そしてその背中と魔獣の間に存在するのはロイド・バニングスである。CPを消費し回転力を高めてアクセルラッシュを見舞う。腰の回転で左右二撃、更に一回転して吹き飛ばす。その打撃は確かに通ったがドーベンカイザーは空中で回転して着地した。狼特有のしなやかな筋肉はアクロバティックな行動も苦にしない。
更にその着地で足にかかる自重で地を踏みしめ駿足の突進を仕掛け、ロイドは技後硬直によりそれをまともに受ける。咄嗟にトンファーで牙をずらしたが脇腹に裂傷が走り、そこから全身に衝撃が食い込んでくる。
「ぐぅ!」
ドーベンカイザーを筆頭に狼型の魔獣が使う『空牙』と呼ばれる突進技。持ち前の速度を更に一段階上げ、牙による刺突に突進の衝撃力を加えたものだ。これはランディのパワースマッシュのように衝撃により対象の身体速度を低下させる。
暫時身体が痺れるというのは細かなフットワークを駆使するドーベンカイザーを相手にするには不利に過ぎる。故にロイドは痺れが取れるまでを防御に集中した。
数の優位があるために彼は無理をする必要はない。不都合が生じれば一旦退がり、その間はエリィの銃撃が中距離を支配する。
ティオは魔導杖の魔法弾の数をいつもより多く発生させている。威力は下がるが、素早い相手には数で勝負したほうがいい。ティオとエリィの数の暴力はドーベンカイザーを近づけさせないが、しかし彼らには空牙がある。あれは本来の射程距離を超越する代物だ。
ロイドは狼の足を注視しながら機を待ち、そして一体が空牙の姿勢をとるのとロイドの痺れが取れるのは同時であった。
「エリィ退がれっ!」
「っ! ロイド!!」
反射的に道を譲ったエリィは思わず叫んでしまうが、ロイドは常より姿勢を低くし後ろに体重を傾けた。両足の爆発により弾丸となったドーベンカイザーにロイドは真っ向から立ち向かう。
右手のトンファーと牙がぶつかる瞬間に後方に跳び、空中で突進を受けた。地を離れたために方向転換はできない。しかしロイドは左手のトンファーを地に突き刺す。地面を抉って土を飛ばしながら強引に停止して左足を着地、
「はぁっ!」
右足を蹴り上げ腹に叩き込む。
唾を吐き散らすドーベンカイザーをその蹴りのままに地に叩きつけようと支点の左手に力を込めるが、怖気を感じて咄嗟に手を放した。そのまま解放された右手のトンファーを前方に振り、突っ込んできたもう一体を迎撃する。
しかしそのもう一体の突進も空牙である。故にロイドはそれを受けきれず後方に吹き飛ばされ、背中を強かに打ちつけた。
「くぅ……ッ」
そのロイドにまたがるようにして止まったドーベンカイザーはロイドの首を噛み千切らんと大口を開け、その口内に魔法弾を受けた。
「ロイドさんっ!」
ティオがロイドに駆け寄った。
エリィはロイドに一撃もらったもう一体と交戦している。ロイドの一撃が堪えたのか、その動きは鈍い。その的に対して一発の撃ち漏らしもなく追い詰めるエリィはおそらく問題ないだろう。
ロイドはティオの一撃でもがく狼を一瞥し、ティオとともに距離を離した。
この二体はもう十分だろう。
そこで今度はランディを見やる。ロイドはそれなりに苦戦した相手だが思ったとおりと言うべきか、一対一の状況でランディは既にドーベンカイザーを地に伏せさせていた。
「…………」
それを見下ろすランディには傷一つない。速度で勝る相手に一撃も喰らわないとは、改めてランディの戦闘力の高さを思い知らされる。
つまり、状況は整ったのだ。
「よし、一度退こう!」
三人も同意し、四人は大きく距離をおいて構える。
すぐに攻撃が飛んでこないことを理解したドーベンカイザーは互いの身を思いやり、しかしまだ健在な相手に対して情けない声を上げる。望んだとおり三体の狼は鳴きながら逃げ去っていった。顔を見合わせ頷き、四人はそれを追っていく。
第二幕の開始である。
ルバーチェの構成員の黒服の二人、ケインとレギルスは以前と同じ場所ではなくマインツの一歩手前にある旧鉱山の麓に導力車を待機させていた。
彼らの思惑では今頃狼たちが外に出ていた哀れな町民に手を掛けている頃だろう。ルバーチェの目的であるドーベンカイザーの完全掌握は既に完了している。魔獣が襲った獲物を仕留めずに去っていくことがその理由だ。
故にルバーチェとしてはもう狼を使う必要はない。
しかし今回ドーベンカイザーの教育を任されたこの二人は、その過程で生じた思わぬ利益に目が眩んでいる。棚から牡丹餅とはこのことだと彼らは喜んでいるが、その牡丹餅には毒が入っていることを知らなかった。
果たして喉奥にまで嚥下したその甘味が内部の劇物を解き放つ時が来た。それを彼らは狼の敗走によって気づかされたのである。
「お、おいっ」
「な!」
二人の前に駆け寄ってきた三体の狼は飼い主の姿を確認するとへたり込んで静かに服従の姿勢をとった。魔獣被害事件の全てを取り仕切っていた彼らは、事件直後に見たこともない姿を曝す魔獣に困惑を隠せない。
疲弊し、かつ怯えているような様子に彼らは何の特効薬も持ち合わせていない。人語を理解しているとは思えない存在にひたすら状況把握の言葉をかけ、その度に聞こえる弱弱しい声に思考がすっ飛んでいく。
「ん――? な!?」
畢竟彼らの混乱に終止符を打ったのが追ってきた彼らの敵であることは皮肉でしかない。
「お、お前らは!」
「旧市街の件をぶち壊した警察のガキどもか……ッ!」
四人は乱れている息を隠しながら、ゆっくりと構えを取る。
ロイドは捜査手帳を掲げた。
「クロスベル警察特務支援課だ。この状況、言い逃れできないぞ」
「大人しく武器を捨てなさい」
エリィが標準をケインに向ける。舌打ちするもこの状況下でできることは少ない。
二人は懐に手を伸ばし、銃を取り出す。
それをゆっくりと顔の前を経由して上に掲げ、甲高い音が聞こえた。
「しまっ――」
エリィは抵抗の意志ありと判断、引き金を引く。しかしそれはケインに当たる前に伏せていたドーベンカイザーに身を挺して防がれた。
「く、制圧するぞ!」
ロイドは叫び、ランディとともに突進する。だがまたしても伏せていた狼が飛び上がり、慌てて回避。後退したその時には三体の狼はもう余力などなく、そのまま気絶したようだった。
「ひどいです……」
魔獣とはいえ犬笛に操られているという状況にティオは顔を歪める。しかし今度はその感覚に引っかかった気配に驚愕した。
「車内に反応が――!」
言い切る前に状況が変化する。黒服の二人は魔獣の稼いだ時間を利用して後退、導力車に近づいていた。後方扉が開き、そこから四体のドーベンカイザーが躍り出る。
「まだいたのか……ッ!」
「ち、往生際の悪い……」
「フン、こちらもここで捕まるわけにはいかないんでな。お前達には魔獣の餌になってもらおう」
レギルスは銃口を向けて笑う。表情が形勢逆転だと物語っていた。
「―――ふ、くく」
不意に漏れた笑い声が響く。
それはレギルスの眼前のハルバードの青年、ランディ・オルランドの口から零れたものだった。
「何が可笑しい。絶望してイカれたか?」
「いやぁ、なに。大したことじゃねぇさ…………ただ、うちのリーダーはすげぇと思ってよ」
「何……?」
訝るケインの声が尚更触れたのか、ランディは大声で笑い出す。
「ランディ、不謹慎よ」
「つってもお嬢、お前さんも口が曲がってるぜ」
「否定はしないわ」
「お前ら、一体なんだってんだッ!」
レギルスが痺れを切らして叫び、犬笛を口にくわえる。それを見越してか、ランディは言った。
「簡単なことだ。お前らの行動、増援の存在、全部お見通しってことだよッ!」
ランディは懐から数個の黒球を取り出し、投げつけた。二人が理解する前に地に落ちた衝撃でそれは炸裂する。
「ギャンッ!」
「ぐぅ……!」
衝撃と粉塵が同時に襲った。サングラスをしていてもその小さな粒子から逃れることはできない。同様にドーベンカイザーもそれを両の眼球に受け、倒れはしないものの体勢を崩している。
「よし、行くぞッ!」
後退していたことで被害を免れた四人は余韻冷めやらぬままに突貫、速攻で勝負をつけるつもりだ。衝撃により聴覚が麻痺したドーベンカイザーは接近にも気づけず殴り倒される。
それでも攻撃のあったほうに噛み付いてくるあたり相当の訓練をこなしているようだが、その牙はエリィとティオの射撃に阻まれ、途中で力尽きる。
「くそがぁ!」
やけっぱちか、ろくな視界もない上で銃を撃つケインとレギルス。しかしそれが四人に当たることはない。それどころか配下である魔獣に当たり、ただ状況を悪化させるだけだ。
遂には至近距離で殴打され、無様に倒れる。手元の銃を飛ばされ、首元にロイドとランディの得物が宛がわれた。
「終わりだ!」
「へ、ルバーチェにしては鍛えが足りねぇんじゃねーの?」
「お前ら、どうして……」
なおも理解できないケインに、ロイドは落ち着いて話し出す。
「黒月との戦闘員として狼を使うなら、それぞれの事件で使われた狼は全て別物、目撃した数の総数はいると想定ぐらいするさ」
「さらに戦闘は一度ではないと判断して俺の切り札は使わない。その結果として今のあんたらがいるわけだ」
ランディの放った黒球、それはクラッシュボムと呼ばれる視界を侵す爆弾である。
特定の目潰し攻撃を行う魔獣の成分を利用したこの爆弾はその粉末が眼球に入ると一定時間その明度が著しく低下する。手配魔獣であったフォールワシもその魔獣の一種だ。
そしてその範囲内に入らないように不自然なく距離を開ける必要があった。
「役者さながらだったろ」
ランディは歯を見せ笑うがロイドの顔に笑顔はなく、彼は思考の渦の中にいた。
確かに狼は想定どおり増援がいた。しかしその総数は果たしてあっているのだろうか。
黒い狼たちを見た、という証言は鉱員のマックスと研修医のリットンから得られている。彼らが狼“たち”と言った以上、その数は三体以上であるだろう。
二人が目撃した計六体と、それにアルモリカ村とその他のマインツの被害がその狼と異なるならば――
「伏せて!」
エリィの言葉に反射的に二人は屈み、その上を銃弾が飛ぶ。その先にいるのは三体のドーベンカイザー、二人に襲い掛かろうとしてエリィに阻まれたということだろう。
瞬間、下からの圧力が増して姿勢を崩し、寸でで踏み留まる。しかし倒れていたケインとレギルスは二人から逃れていた。
「くく、惜しかったな」
「確かに小僧の考えは合っている。間違っていたのは、援軍が二つに分けられていたことだ!」
ロイドは歯噛みし、叫んだ。
「抵抗は無駄だっ、武器もないんだぞ!」
「五月蠅いやつだ、武器ならすぐ傍にあるだろう」
そう言ってドーベンカイザーを指すレギルス。指された魔獣は静かに姿勢を維持している。
「最低ね……」
「お前達だって犬を使ってるじゃねーか、一緒だよそれと!」
「違うッ! 警察犬は俺たち警察のパートナーだ、道具扱いするお前達と一緒にするな!」
激昂するロイドだが、それで彼らが改心することはない。彼らにとって狼たちはそういうものなのだ。
ケインは犬笛をくわえた。
「お前ら、時間稼げよ! その隙に――」
「――――――!」
太い、雄雄しい声が響く。
瞬間、ドーベンカイザーはその頭を地にめり込むように擦りつけて大人しくなった。
「なんだ!?」
「いったい……」
ルバーチェと支援課の声は同様の感情に支配されている。しかしティオとランディはいち早くその存在に気づいた。
「上ですっ!」
全員が見上げるは、旧鉱山。
そこに扇状に連なる白き獣、狼である。どれもドーベンカイザーを凌駕する大きさだ。
「あ――」
そしてその中央に一際巨大な、青みがかった白の体毛で君臨する王者がいる。四人は同時にその狼と目が合わさった気がした。
再び大きな咆哮が響く。それは聴いている者の奥底を震え上がらせる音の暴力だ。しかし特務支援課にはその叫びが心地良いもののように感じられた。
二度目の暴音にドーベンカイザーは立ち上がる気力を殺がれて気絶する。
残ったケインとレギルスはその光景を呆然と眺め、いつの間にか膝を着いていた。
狼が動く。軽やかなステップで一気に下山、特務支援課の前までやってきた。改めて見るとその巨大さは圧巻である。
「白い狼――」
「ノエル曹長の見た、神狼――」
ランディでさえも見下ろされているような視線に彼らは釘付けになる。
神狼は首を曲げ、ロイドを見た。真紅の瞳が探るように見つめてくる。
「な、なんだ……?」
困惑するロイド、しかし次の瞬間には天を仰いでいた。
「な……!」
「え……?」
神狼の奇襲に驚くエリィとランディだが、ティオが制止した。
「待って、敵意はありませんっ!」
仰がされたロイドは覗き込むその瞳を見た。胸にかかる圧力は苦しいが、しかしそれも忘れさせる目だった。
「――ガウ」
やがてそのまま何もせず、神狼は離れていく。一気に跳び上がり、仲間の待つ場所へと戻っていった。最後に一度視線を彼方に向け、山の奥へと消えていく。
わけのわからない四人はしかし、まだ残っている仕事に意識を引き戻した。
「……縛るか」
ランディの言葉に頷き、身柄を確保した。
「――あら、ばれちゃったみたい」
少女は風に揺られながら楽しそうに微笑む。
彼女がいる場所はちょうどトンネル道の上の切り立った場所だ。そして神狼が一度目を向けた場所でもある。
「あれが神狼、やっぱり頭がいいみたい。お姉さんたちも助けちゃったし」
「――助けなかった場合、飛び出していたか?」
不意に聞こえた声に振り返ることも驚くこともなく、少女は合いの手を入れる。
「まさか。レンには関係のないことだもの」
紫髪の少女レンは昼間と同じようにそこにいる。
それが予想通りなのかどうなのか、問いかけた方の表情からは読み取れない。
「そうか? もしかしたらそうではないかもしれないぞ」
「……レンはもしもの話は嫌いよ」
「そうか……」
風が、紫の髪を撫でる。風が、漆黒の長髪を躍らせた。
「――クロスベルに何の用で滞在している。『
アリオス・マクレインは問う。この地の守護者として、相容れない組織の一員に対して。
そしてそう呼ばれて殲滅天使は振り返り――
「レンはここでお茶会を開く気はないわ。ここにいるのは、ただの気まぐれだもの」
目を伏せて、そう言う。
アリオスは沈黙し、踵を返した。
「――いつまでも逃げられると思うな、彼らは手強いぞ」
「っ!?」
レンという少女に痛みを与え、風の剣聖は立ち去った。
彼の残した風に吹かれ、レンはその身を掻き抱く。
「エステル、ヨシュア…………」
少女を守る者は、ここにはいない。
* * *
一夜明けて、四人は連絡しておいた警備隊に拘束した二人を引き渡す。そこにはソーニャ・ベルツ副司令とノエル・シーカー曹長がいた。
挨拶をすませた後ロイドは厳しい表情で伺う。
「今回逮捕した彼らですが、やはり……?」
ソーニャとノエルはそれを聞いて眉間にしわを寄せる。それだけで物語っていたが、ソーニャは事実確認のために口を開いた。
「そうね、長くて一週間ってところかしら」
「そうですか……」
ルバーチェが裏社会を牛耳りクロスベルの上層部に金を握らせている限り、彼らは逮捕されてもすぐに釈放されてしまう。
今回魔獣事件の黒幕として逮捕された二人もすぐに自由の身になるだろう。彼らは逆に戻った後のほうが大変だが、それはロイドたちには関係がない。
「圧力、ですか……?」
エリィは問う。ノエルは頷き、悔しそうに言った。
「司令の命令は私たちにとっては絶対です。いくらクロスベルを守ろうとも、上の判断でいとも容易く見逃されてしまっては……」
それは歯軋りが聞こえるかのような声だった。ソーニャはそんな部下を労うように言う。
「私たちが腐ってしまったらそれこそクロスベルはダメになる。あなた達のような若者がいるなら、いつかきっとクロスベルは良い方向に行けるでしょう」
ノエルの肩を叩き、二人は敬礼した。
「此度の協力、誠に感謝します。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
今回の任務の後味は、最後の最後で甘味になった。
余談ではあるが、この時分室ビルにいたセルゲイは突然の来訪者にくわえていた煙草を落とした。
その内心は困惑と、あいつらまたやりやがった、という楽しさが半々である。