空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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変革するもの

 

 

 

 特務支援課としてマインツ山道に向かうのは初めてだ。ロイドとエリィは大聖堂に通っていたのでそこまでの道のりで窺える景色には覚えがある。

 山道というだけあり、その多くが上り坂であるために歩行者は他の道よりも少ない。しかし山頂付近からの景色は正に絶景であり、それは導力バスの中からも見えるが、苦労して登った後に見るからこそいいのだという剛の者も存在する。

 本来の目的地はその山頂にある鉱山町マインツであるが、この山道のどこかに手配魔獣であるフォールワシが存在する。

 

「……つまりは歩いていかなければ、ということですね」

 午前中にロイドと魔獣駆除に向かったティオがげんなりして言う。アルモリカ村に行ったときにもばてていた彼女だ、山道はより厳しい。

「うーん、ティオさえよければバスで先回りしてくれてもいいんだけど、そういうの嫌だろ?」

「…………当然です」

「今考えただろティオすけ」

 いつもならロイドのこの特別扱いというか子ども扱いには過敏に毅然と反応し対応するティオだが、今回ばかりはその行動に淀みがあった。そこをすかさず突くランディもランディである。

「それに正直ティオちゃんがいたほうが魔獣に対して効率がいいのよね。鷹目と魔導杖の策敵、アナライザーによる解析。私たちにはできないことよね」

 

 一応魔獣の解析にはバトルスコープという使い捨ての道具により行うことが可能だが、いかんせんティオの能力がいいだけに他三人は怠りがちである。鷹目のクオーツも今のところ使いこなせるのがティオだけだ。

「何より私が一緒にいたいんだけどね」

 そう言って悪戯っぽく笑うエリィに対しティオは視線を逸らす。彼女はこういう素直な感情吐露に弱いところがあった。

「とにかく頑張って踏破しよう。一応目の保養とか悪いことばかりじゃないし、体力もつく。何より経験が積めるということを喜ぼう」

「ポジティブね」

「すげぇよなお前はよ」

「真似できません」

「いやそこで出鼻を挫かないでくれよ……」

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 

 マインツ山道を歩きながらキョロキョロと辺りを見回す。山の景色は天気によってガラリと姿を変えるが、本日は快晴、一番ありのままの状態である。

 山の天気は変わりやすいとは言うものの、この雲一つない空で果たしてその通説は適応されるのだろうか。

「うーん、いい天気だなぁ」

「いい天気過ぎて熱いわね」

 陽射しが強いためじんわりと汗を掻く。山登り、というかハイキング日和ではあるけれど、流石に少しは雲があってもいいかなと思うエリィである。

「日焼けは、流石にしないと思うけど……」

「甘いなお嬢。山に登れば太陽は近くなるんだぜ?」

「大丈夫ですよエリィさん、わたしが紫外線をカットします」

 ランディとティオからそれぞれ異なる回答をいただき、エリィはふうと一つ呼吸をした。

 傾斜がどのくらいかはわからない、しかし導力バスが走っていることを考えれば登山家が歩む道やハイキングコースよりは穏やかであるのだろう。

 そう思い、まだ始まったばかりの散歩を開始する。

 

 小橋を何度か跨ぎ、少し進むと右手には段々と連なる川があった。先の橋はその川を渡るものである。分かれ道を右へと進むとその川の前に出られるようだ。

 見ると川に突き出した台があり、そこで釣り人が趣味を行っている。涼しげなその光景と水しぶきにより若干周りより冷えたそこで一つ目の目の保養を行った。

 

 曲がりくねった道を登っていく。自然を加工したその通路には、その加工から逃れた周囲で生きている魔獣が度々目に付く。

 サーカス団所属よろしく丸い岩に乗り転がして歩く茶褐色のネズミ型魔獣ロックラッタ、六枚の羽を忙しく動かして空中を散歩する小型のワニ型魔獣ハミングゲーター。

 黄色いゼラチンエイルグミと、山肌と同色のアースドローメ。

 この四種を魔獣手帳のために一体ずつは撃破し、しかし体力温存のために適度に無視していく。

 どうやらこの山道の魔獣はあまり好戦的ではないらしく、彼らの領域を侵さない限りは襲ってこなかった。

 

「あ……」

 ティオが前方を見て声を出す。同様に三人も先を見て声を上げた。

「すごい……」

「絶景ね……」

 広がる世界に映える蒼銀の山々。その頭上には白い雲が棚引き、風の流れを感じさせる。

「街からさほど離れていないのに随分印象が変わるもんだな」

 急激に変化し続けているクロスベル市を離れれば原初のクロスベルがそこにある。しかし現在クロスベルに住む多くの人々にとっては馴染みの薄いものだ。

 現にロイドとエリィもクロスベルとは思えないクロスベルの景色だと認識している。

 

「……クロスベルは、どこか歪だ。わかっているさ」

「ええ、まるで世界に変化を義務付けられているように変化を続けている。この景色を故郷だと思えないほどの、恐ろしい変化……」

 転落防止用に張られた鎖がまるで世界を切り離しているかのようで、決して行くことが叶わない場所のようで、届かない羨望のようで。

「……でもわたしは、今のクロスベルが嫌いじゃありません」

「ティオ?」

「……ま、俺の発言でこんな空気になっちまったわけだが、そんなクロスベルだからこそバラバラの俺たちがこうしているんじゃねぇの?」

 エリィとロイドが清清しい景色と対極の雰囲気を醸し出しているので、ティオとランディがそれぞれの心中を言う。その言葉に二人は顔を見合わせ、そして笑った。

「ごめんなさい。楽しく行かないとね、ティオちゃん」

「ランディもポジティブだなぁ」

「誰かさんのがうつったんだろ」

 四人でもう一度彼方の景色を見て、内心で暫しの別れを告げた。

 

 

 ***

 

 

 辿り着いたのはバスの停留所がある山の中間地点。そのまま直進すると幅の広い滝が見え、それを越えると長いトンネル道に繋がる。

 そして、右に進むとどこに行くのか。

「……いや、俺も知らないな」

「ロイドも? じゃあ誰もわからないのね。行ってみる?」

「行くしかないんじゃないか? 手配魔獣がそっちにいたら先にマインツに着いちまう」

「ティオ、探査は?」

「待ってください……アクセス」

 魔導杖を探査モードに、水色の魔法陣と光に包まれたティオが目を閉じる。だが――

 

「――――――」

 

「なっ!」

「えっ?」

「…………」

 突然の声に三人は揃って右手の階段が続く先を振り向く。

 その声、いや絶叫は確かにそこから聞こえたのだ。

「…………皆さんの見る先に二つの反応を確認、しかし一つはもうロストしています」

 魔導杖を下げティオは言う。その瞳には困惑にも似た感情が含まれていた。

「――行こう。戦闘準備を怠らないように」

 

 

 途中行き止まりに捕まったが、その先の曲路を進んだ先で四人は目的のモノを見る。

 その道の突き当たりは少し高さを上げた広場、そしてその中心にソレはあった。

「…………どういうことだ」

 ランディは呟く。

 そこに広がっているのは無数の羽、そして切り飛ばされた茶色く大きな片翼。

「七耀の力が抜けてない、絶命する前に本体から切り離されたんだろう」

 

 魔獣の体は絶命すると七耀の力が霧散し元の動物へと戻るが、死ぬ前に切り離された部位は元に戻らずにそのままあり続ける。

 それらは魔獣系の食材と呼ばれるなど広く活用されているのだが。

「……これ、手配魔獣のフォールワシの……」

「――そのようです」

 アナライザーによりその持ち主はフォールワシであることがわかる。しかしわかったのはそれだけで、結局は謎が増えただけである。

 ロイドは地に落ちた翼の前にしゃがみ、断面を見た。

「鋭利な刃物、じゃないな。どちらかといえば強引に引きちぎったような感じだ」

「うーん、他の魔獣にやられたのかしら」

「でもそれだと手配魔獣に匹敵する魔獣が他にいることになりませんか?」

 他の魔獣の仕業ならばその魔獣は手配魔獣よりも強力な存在である。もしかしたら今頃端末に要請が来ているかもしれない。

 エリィはエニグマでセルゲイを呼び出したが、出なかった。

 

「この件は改めて報告しましょう。それで、これからマインツに向かう?」

 目的の一つである手配魔獣は消えた。ならば最終目的地のマインツ鉱山町に向かってもいい。

「でもまだこっちの道が続いている。とりあえずここを進めるだけ進んでみないか?」

 この先此方の道を通らない保証はない。期せずして時間に余裕ができたのでその分を探索に使ってもいいだろう。

 四人はそうして右に抜ける道を進んだ。

 

 

 釜戸だろうか、長い煙突が延びていて目を惹きつける。

 そしてそれ以上に、それを脇に携えながらも存在感を失わない巨大な洋館は不思議な雰囲気を漂わせながら鎮座していた。

 青い屋根は静かな印象を抱かせ、いくつもの窓が正面からも窺えるが中は見えない。それは曇りガラスであるとかガラスの方に問題があるわけではない。単純に距離がありすぎるのだ。

 

 山をくり貫いたように広がったそこに荘厳に佇む洋館は、その裾野を広場で埋めながらもそこに侵入者を許さないように外壁が鉄柵を従えて覆っている。

 正面には重々しい鉄門があり、しっかりと錠がかけられていた。

「ローゼンベルグ工房。ここがそうだったのね……」

「知ってんのか?」

 門の脇にある看板を見たエリィが呟きランディが尋ねる。首肯して、知っている限りを話し出す。

「ローゼンベルグ人形っていうマニア垂涎の人形を作る人形師がいるの。クロスベルにいることは知っていたけれどこんな場所にいたのね」

 

 ローゼンベルグ製の人形はその魅力に数多の人間が虜にされ、その結果数百万ミラもの高値がつくこともある。その産みの親がこの洋館に住んでいる、というのは納得のいくものであった。

「狙われることもあるだろうし、これぐらいのほうがいいのかもしれないな」

「だな。しかし本人いるのかね?」

 目の上に手をやって遠くを見つめるランディ。しかし見えるのは大きな茶色の扉だけだ。

「何か知っているかもしれないし話を聞きたかったんだけど……」

 

「――ねぇ、どんな話?」

 

 全員が一斉に振り向く。四人の背後にはいつの間にか少女が立っていた。

 11、2歳ほどだろうか。薄い紫の髪にフリルのついた同色のドレス。頭には黒、胸元には赤いリボンをつけ、黒ウサギのぬいぐるみを抱えている。

「キミは――」

「ねぇ、おじいさんとどんな話をするつもりなの?」

「おじいさん? キミはローゼンベルグさんと知り合いなのか?」

 すると少女は頬を膨らませて言った。

「お兄さん、質問に質問で返しちゃダメよ。レンは大人だから答えてあげるけど」

「…………」

「そうよ、ちなみにおじいさんは留守」

 少女はそう言って歩き出し、門の前で立ち止まった。ただ歩いただけなのに不思議と視線を縫い付けられる。

 

「それで、どんな話をするつもりだったの?」

 クリッとした瞳で悪戯っぽく見つめてくる少女に戸惑うが、しかし少女――レン、というのだろうか――がここに住んでいるのなら、何か知っているかもしれない。

「そうね、最近狼の魔獣が出ているらしいの。それで何か知っているかなって」

「狼?」

 エリィが前に出て少女と目線を合わせるように中腰になって尋ねる。少女は顎に手を当て、んーっと唸りながら答えた。

「そういえば遠吠えみたいな声を最近聞いたけど……でも違うわね」

「え? ど、どうして?」

「だってその狼さんは頭が良さそうだったもの」

 そう言って破顔する少女。エリィは苦笑するも顔には出さず、そっかとだけ言った。

 

「ってことはお姉さんたちは警察の人か何かかしら?」

「えぇそうよ」

「これからどこかに行くの?」

「えぇ、マインツに」

「ふーん」

 少女はくすりと笑い、そしてクルッと回って背を向けた。両手も後ろに回されていて、気分は女優さんといった感じでほほえましい。

「じゃあレンもお姉さんたちに追いていこうかな」

 いきなりの発言に驚く四人を置いて、少女は続ける。

「狼さんとのかくれんぼなんて面白そうだし、家にいてもつまらないし、うん。そっちのが絶対面白いわ!」

 少女の中ではもう決定事項なんだろう、再び見せた顔には満面の笑みがあり、こちらを覗き込んでいる。

「い、いや、危ないからキミは家でジッとしていてくれないかな?」

 ロイドは頬に汗を掻きながら言うが少女は聞く耳を持たない。あれこれと独り言を呟き、長旅に備えているようだ。

 

 そこでエリィはあっと気づき、口を開く。

「ね! 私はエリィっていうんだけど、あなたの名前は?」

 すると少女はエリィを見て言う。

「そういえば、レンともあろう者が名乗っていなかったわね――――レンよ。よろしくね、エリィお姉さん」

「そう、よろしくねレンちゃん。それでね、レンちゃんにお願いしたいことがあるんだけどいいかしら?」

 お願いと聞いて少女は首を傾げる。内心うまくいったと思ったエリィだが、またしても顔に出さずに続けた。

「さっきも言ったように、最近魔獣が出てきて危ないの。だからレンちゃんには、外が危ないっておじいさんに伝えてほしいの」

 できる、とエリィは首を傾げてレンを見た。

 エリィはその時のレンの瞳をネコのようだと感じた。

 

「……………………そうね、ここはお姉さんの言うとおりに家でおとなしくするわ」

 趨勢を見守っていた三人が一息吐く。エリィは柔らかく微笑んだ。

「うん、ありがとうレンちゃん。見てて、すぐに魔獣はやっつけてきちゃうからっ」

「――えぇ、期待しているわ」

 レンは門に一歩近づく。するとどういう仕組みか、ひとりでに門は開きだす。

 唖然とする四人に見つめられる中レンは足を踏み入れ門の奥へ。

 

「――またね。特務支援課のお姉さん」

「え?」

 門が閉まる音とともにレンの姿が消えていく。

 完全に閉まった頃には少女の姿はそこにはなかった。

「…………ティオ、近づいてきたこと、気づいていたか?」

「……いいえ、全く」

「ランディ、俺たちは特務支援課とは名乗っていないよな?」

「……あぁ、まぁな」

「…………そういえば、レンちゃんも紫色の髪だったわね」

 昨日のエステルの言葉が蘇る。彼女が探しているのは、もしかしたらあのレンなのかもしれない。

 

 もしかしたら、少し大人ぶった可愛らしい少女という印象しか抱かなかったかもしれない少女。しかし今はどう考えてもそう思うことはできなかった。

 ローゼンベルグ工房の主との邂逅は果たせず、代わりに謎の少女との縁が生まれた。それを偶然だと思うことができないロイドがいた。

 

 

 

 

 三叉路に戻った特務支援課は金属製の架け橋を渡り、トンネル道へと辿り着いた。

 その内部は導力灯で照らされてはいるが薄暗い。この暗い空間で魔獣と戦うのは避けたかったのでティオに逐一策敵をしてもらいながら慎重に歩みを進めた。

 すると再び三叉路、いや少々歪だが十字路と言って言い場所に到達する。

 正面の道を行けばマインツへと辿り着くことはわかっているが、上り坂になっている右の道と、下り坂になっている左の道は行き着く場所がわからない。

 四人は話し合いを簡潔にまとめ、今は先に進むことを選択する。最大の理由はこの視界の悪さであった。

 トンネル道への対応を考えることを頭にしまい、彼らは先を急いだ。

 

 トンネル道を無事に抜けた四人が眩んだ目を戻すと、作りかけのトンネルのような通路があった。

 基本骨子のみのそれは放っておかれてから随分経つようで全体が錆び付いている。

 その無骨なアーチを潜り抜けるとまた分かれ道。だが今度は右手の道にマインツを示す看板があった。もう一方の道は上り坂になっており、その終着点を見ると頑丈に封鎖された扉がある。もうしばらく開け放っていないようだった。

 看板に従い右の道を進む。既に山の景色に白い煙が混じっていた。

 

 これでマインツ山道は終了。

 魔獣事件最後の町、鉱山町マインツへと舞台を移した特務支援課は、そこで事件の到達点を目撃することになる。

 

 

 


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