空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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 続きを書くにあたって、前を思い出すために投稿します。零編完結済み。


知らない始まり
ロイド・バニングス


 

 

 永い夢から覚めたような感覚を覚えて、ロイド・バニングスは彼方にあった意識を引き戻した。

 眼前には人の良さそうな老夫婦が小さくゆっくりと会話を重ねている。

 右手を見やると景色が後方へと消えていき、ふと列車に乗っていたことを思い出した。

 

 閉ざされた瞼を開けた反動なのか視界はぼやけており、無意識のうちに視線を下げて開かれていた掌を見る。

 黒の指なし手袋が変わらず存在していたが、その内側にはじっとりと汗を掻いていた。

 眠っていたのだろうか、掌の感触から派生するように全身の感覚が蘇ってきてぶるりと身体を震わせる。全身で汗を掻いていた。

 

 暖かな気候になりつつあるこの地で、中天を目指す太陽の光は確かに温かい。

 しかしこれはそんな優しいものから生まれたのではないと漠然と思えた。

 それは先の、永い夢のようなおぼろげなイメージがそう思わせるのかもしれない。

 

「あら、起きたの?」

 声の主は向かいの席に座っている老婆だ。

 その視線は見ず知らずの他人に向けるようなものではなくて、故にロイドも他人行儀な態度を取ることはなかった。

「あぁ、はい。眠っていたんですね、俺」

 頷く老婆に伴侶の男性が目配せし、老婆は荷物から水筒を差し出した。

「喉が渇いているでしょう? どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 今更ながらに喉の渇きを覚えてロイドは水筒を受け取った。

 レモネードの酸味と甘さが喉を駆け抜け、身体の中心の乾燥地を潤す。美味しい、素直にそう思いつつ、まるで長くそんな感想を抱けなかったように懐かしく感じてしまった自分がいた。

 

 礼を言って返すロイドは老夫婦と他愛ない会話を交わし、荷物から一枚の写真を取り出した。

 写真には三人の人物が描かれている。

 左手には穏やかな表情を浮かべた女性が、右手には豪快な、それでいて心根の優しそうな青年が。

 そして中心に立つのは背の低い、茶色のくせ毛の少年。

 この写真から三年が経ち、この三人もすっかり変わってしまった。中心で笑う少年は三年の間に警察学校に通い捜査官試験を合格し、今ここで故郷行きの列車で過去を眺めている。

 

 ロイドは心の中で姉になるはずだったその女性に、憧れの女性を幸せにしてくれるはずだった兄に向けて呟く。

 何もできず、逃げ出すように離れた自分はやっと帰ってきたのだと。これから、真実を暴いてみせると。

 三年前から会っていない人に、もう会えない人に、今の自分の覚悟を呟いた。

 

 じんわりとした汗の嫌な感覚は消えており、窓は開いていないのに風が吹いた気がした。これから始まる新たな人生を歓迎するように、ロイドを乗せた列車は貿易都市へと入っていく。

 

 ふと、ロイドは覚醒以前に思いを馳せた。

 眠っていたのだから夢も見る。しかしその光景はまるで夢と思えないようなものだった。

 馬鹿馬鹿しい、いくら荒唐無稽な夢でも、夢を夢と自覚することのほうが稀なのだ。

 ロイドは一般論でその考えを振り払い、頭を振ることでそれを強調した。

 茶色の髪が左右に揺れ、やがて治まったが、その時ロイドは初めて胸に何かがあるのに気がついた。

 掌を見たときには気づかなかったそれは青と白のお気に入りの上着から見える黄色のタートルネックから窺える。

 

 

 ――それは、誰かの涙のような白い石だった。

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 クロスベル自治州。

 大陸西部にある黄金の軍馬『エレボニア帝国』と東部にある民主国『カルバード共和国』の二大国が宗主国となっているこの地は、大陸の貿易における要所である。

 全てが入り乱れたこの都市は常に人々の興味関心の対象であり、また世界の暗部にとっても同様な故に“魔都”と称されることもある。

 

 老夫婦と別れたロイドは三年ぶりの故郷の変化に目を瞬かせた。

 記憶にない巨大な建物に囲まれたクロスベル名物の鐘楼が懐かしい。

 人通りは激しく、時折高級品である導力車が過ぎ去っていく。

 中央広場はクロスベル駅から最初に通る文字通りクロスベルの顔である。

 

 警察学校を卒業したロイドの最初の目的地は勿論クロスベル警察本部である。

 中央広場一の集客率を誇る百貨店と、記憶とは違いモダンな雰囲気となったオーバルストアの間を通り、噴水のある行政区へと進む。

 

 行政区には大きな建物が三つ。

 右手に見えるのが図書館であり、ロイドが懇意にしていた一家の一人がここで働いている。

 正面に見えるのは市庁舎。丸い帽子を被った中央棟から左右対称に二棟が伸び、W字状になっている。

 そして噴水を越えて見える建物が目的の警察本部であった。

 

 市庁舎の前を通り向かうロイドはふと警察署と市庁舎の間の道が封鎖されているのを確認した。

 一目で工事中とわかるそれを見て、近々新しい名所が完成すると新聞に書いてあったのを思い出した。

 こんな僅かな距離でもクロスベルを離れた時間の長さを思わせる。

 少し影を落としたロイドはしかし新たな始まりのために叱咤し、警察本部へと入っていった。

 

 

 受付にいたツーテールの少女フラン・シーカーに同業だと告げ、ロイドは改めて本題を口にする。

「配属先は特務支援課なんだけど……」

「特務支援課、ですか? 聞き覚えがないですけど、ちょっと待っててくださいね」

 カタカタと横手のキーボードを叩く。おそらく検索を行っているのだろう。

 まともにキーを打ったこともないロイドはそれを感心しながら見ていたが、やがてあげられる困惑の声に嫌な予感を覚えた。

 フランはおずおずと結果を口にする。

「あの、特務支援課って部署はないんですけど……」

「そんなっ、だって俺はそこへの辞令を受けて――」

 わけがわからないと二の句を告げないロイドと対応に困るフランだが、左から聞こえためんどくさそうな声が状況を打開する。

 

「おお、すまんな。そいつは俺ントコだ」

「え? あ、セルゲイ警部。そっか、警部のところの新部署だったんですね」

「そういうことだ。ロイド・バニングスだな、ついて来い」

「へ? あ、はい!」

 するりと入ってきた中年の男はフランとの会話を早々に切り上げてロイドを顎で呼びつける。

 一瞬思考が停止したロイドだが、会話内容を反芻して自身の上司だと気づいて挨拶をしようとするも、それを見越したように後にしろと遮られた。

 

 特徴のない灰色の通路を猫背の後姿を見ながら歩くロイドは今までの流れのせいか、不安と疑問が溢れていた。

「あの……」

「ここだ」

 しかしこれも質問するタイミングで遮られ、少々煮え切らない形で先に消えていく後ろを見つめる。扉の先にあるのは当然の如く部屋だ。

 一つ深い息を吐いて、ロイドは違う世界に歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 長机に収まる椅子はそれなりの量であったが、役目を果たしていたのは僅かに三席のみ。

 枯れ木も山の賑わいとは言うが、今回に限りそれは当てはまらなかった。

「これで全員だな。おい、自己紹介しろ」

 水を向けられたロイドは改めて三席の主を見やる。

 最初に目に入ったのは純白の髪の女性。優しい雰囲気ながらその目には凛々しさもあり、まるでお嬢様のようだった。

 綺麗な女性(ひと)だと、そう思った。

 次に見たのは赤毛の派手な男。オレンジのコートはそれに拍車をかけて陽気さを醸し出している。

 僅かに細められた瞳はこちらを見定めているようだった。

 

 そしてロイドは目を見張る。

 最後の人物は、少女。薄い青の髪と全身黒の衣装も目を惹きつけるが、何よりもその小柄さは座っているにも拘らずわかるほどだった。

 あまりにも場違いな少女に思考が渦を巻き、言われたことも忘れてしまった。

「どうした。名前と出身だけでいい」

 自己紹介をしろと言われていたことを思い出して慌ててロイドは改まった。

「ロイド・バニングス、出身はクロスベルです。警察学校を卒業したばかりで若輩者ですがよろしくお願いします」

 ふぅと息を吐いたところで次という声が聞こえ、立ち上がったのは白の女性だった。

 

「初めまして、エリィ・マクダエルです。出身はクロスベル、どうかよろしくお願いします」

 佇まいも優雅で、これは本当に良いところの出かもしれないと名前を反芻しながら思う。

「ランディ・オルランドだ。元は警備隊にいたんだが、まぁ今はいいだろ。よろしく頼むぜ」

「ティオ・プラトーです。よろしく」

 名前と顔を確認しながらロイドは隣の上司を見る。

「そして俺がこの課の責任者のセルゲイ・ロウだ。くく、よくもまぁ集まったもんだ」

 セルゲイは不敵に笑って締め、早速仕事だと早々に出て行く。

 残された四人は置いてきぼりにされる中、不安という感情を共有した。

 

 

 

 

 クロスベル駅の前は一本の道しかない。中央広場へと続く側と、空港や病院へと続くウルスラ間道方向だ。

 その一本道から外れるようにある階段を下っていくセルゲイを少し離れて追うロイドら四人。

 乱雑に置かれた箱の山を行き止まりとして、セルゲイはその手前にある扉の鍵を開けた。

「セルゲイ課長、ここは――」

「ジオフロント。そのA区画ですね」

 ロイドの問いを先回りするようにティオが答える。ロイドはその答えにあぁと思い出し、呟く。

「確かクロスベルの地下にある広大なスペースだったか」

 「…………」

 その多くは使われていない無駄な場所。エリィはそれを思い、やりきれない気持ちになった。

 

「そうだ。そして今回の任務は、まぁ軽い試験だな」

「試験?」

 辞令が届いたのに試験とは、一体どういうことなのだろう。

「難しく考えなくていい。ジオフロントには魔獣もいてな、ちょうどお前たちの能力の確認にもってこいってわけだ。奥まで行って来い」

 そう言いながらセルゲイは鍵を放り投げ、ロイドは慌てて受け止める。

 と思ったら次々と別なものが放られ、反応できないロイドの代わりにランディが受け取った。

 

「エニグマは持っているな?」

『エニグマ』は戦術オーブメントと呼ばれる導力器だ。

 見た目は懐中時計のように平べったい球形で、内部にはスロットと呼ばれる四角い穴が七つ開いている。

 エニグマはその戦術オーブメントの第五世代である。

「そのクオーツは支給品だ。それぞれ付けておけ」

 ロイドはランディの受け取ったバゲットカットの物体を見る。

 それぞれ琥耀石・水耀石・紅耀石・風耀石の欠片を凝縮してできたものだ。このクオーツをエニグマのスロットに嵌めることで七耀の加護を得ることができる。

 

 五十年前、エプスタイン博士が導力というエネルギーを発見してから時代は急激な変化を見た。

 大地に遍く巡っている七耀脈の力を使用可能にしたこの発見で、人々は導力を欠かせない存在にしてしまった。

 七耀脈には七つのベクトルがあり、それぞれが地水火風、そして上位属性である時・空・幻と呼ばれている。

 クオーツとして使われるのは、その属性エネルギーの結晶の欠片である。

 

「ああ、あとこれな」

 セルゲイは思い出したように手帳を二冊よこし、エリィが受け取る。

「捜査手帳と魔獣手帳だ。こまめに記録しろよ」

「はい」

「じゃ、あとは任せた。エニグマについてわからなかったらティオに聞け」

 煙草のケースを取り出しながら去っていくセルゲイははたと止まり、置き土産を置いていった。

「リーダーはロイドな。捜査官資格持っているのお前だけだから」

「へ?」

 唖然とするロイドを振り返りもせずにセルゲイは去っていく。

 その頭上には薄い煙が立ち込めていた。完全なる歩き煙草である。

 

「へぇ、お前さん捜査官の資格を持ってんのか」

 背後から感心したような言葉が聞こえてロイドは我に返り、出会ったばかりの仲間を見た。

 先の言葉は赤毛の男、ランディ・オルランドである。

「あ、ああ。つい最近とったばかりだけど」

「でもその年齢で捜査官だなんて。改めてよろしくお願いしますね、ロイドさん」

 白い髪を揺らして言うエリィになんだか気恥ずかしくなってしまったロイドは、しかしそれを表に出さないように努める。

「ああ、呼び捨てでいいよ。見たところ同い年くらいだし」

「そう、じゃああなたは?」

「俺は21だが一緒で構わねぇ。なんつってもこれからは同僚だしな」

 気さくに答えるランディによろしくと言いつつ、ロイドはティオを見た。

 

「それで、キミは――」

「わたしは14ですが、問題ありますか?」

「そっか14か……って、14歳じゃ警察官にはなれないだろっ!?」

 驚くロイドにティオはめんどくさそうにため息を吐いた。

「……わたしは正確には警察官ではなく、エプスタインからの出向です」

 エプスタイン。

 正確にはエプスタイン財団と呼ばれるそれは、導力を発見したエプスタイン博士を創始者とするオーブメント製造の大組織である。

 本部はクロスベルではなくレマン自治州にあるので、少女もその出身だと思われた。

「あ、だからセルゲイ課長が言っていたのね」

「ええ、よろしければエニグマについて説明しますが?」

 首肯する三人を見やり、ティオは説明を始める。

 

 エニグマは従来の戦術オーブメントと基本的な性能に差はない。

 クオーツをスロットにセットすることでそのクオーツが引き出す加護と属性値を得られるが、属性値については同じライン上に並んでいる値の合計が記される。

 中央のスロットから繋がるラインは千差万別であり、ラインの数が少ないものが属性値で以って優位になる。そしてその属性値によって決まるのが導力魔法(アーツ)である。

 

 クオーツより引き出される七耀脈のエネルギーを外部に放出する導力魔法は、その属性値を満たした場合に使用することができる。

 つまりは一本のライン上にどれだけ属性値を集められるかが重要なのだ。

 またエニグマには通信機能が備わっており、クロスベルで行われている導力通信の試験試行と合わさって市内であるならば自由に会話が可能である。 隠し機能としてエニグマは常に微弱な導力波を放っているが、それが有用とされることはないだろう。

 

「――と、ここまでで何か問題はありますか?」

「いや、十分だ。ありがとうティオ」

「流石に詳しいわね、ティオちゃん」

「…………どうも」

「さて、お次はそれぞれの戦闘スタイルを確認しねぇか?」

 仕切りなおしのようにランディはエニグマ講座を打ち切り、背中に持っていた得物を取り出す。

「これは……」

「警備隊の奴らは皆持ってるスタンハルバードだ。導力で振動を起こして衝撃を上げられる。見た目どおりの接近戦用のもんだ」

 お前は、という視線に応えてロイドが腰のホルダーから引き抜く。

「警察で導入されている特殊警棒、東方のトンファーを参考にしている。防御・制圧に長けたものだよ」

 男二人は奇しくも同じ近接戦闘用の得物であり、ランディはロイドを見て笑った。

 

 次にエリィが白い導力銃を取り出すが、ロイドは目を瞬かせた。

「これは、戦闘用とは思えない装飾だけど――」

「ええ、これは競技用の導力銃よ。でも私はずっとこれを使っていたし、特別に改良してもらったから戦闘にも耐えられる。

 精度も期待してくれていいわ」

 両手で銃を掲げて笑うエリィの横で、ティオが長物を用意していた。

「わたしのは今回の派遣の目的でもある魔導杖です」

魔導杖(オーバルスタッフ)? 聞いたことないな」

「当然です。これはエプスタインで最近開発されたもので、試験運用段階ですから」

「おいおい、誤作動なんてしないだろうな」

 ランディの言葉にティオは目を細めて睨む。

「その為のわたしです」

 ランディは一瞬きょとんとしたが、やがて大笑いしながら謝った。

「それにしてもバランスが良くて助かったな。早速クオーツをセットして入ろう」

 相談の結果ロイドには防御1、エリィに回避1、ランディに攻撃1、ティオにHP1が付けられ、四人は初仕事の場に赴いた。

 

 

 

 

 ジオフロント内部は銅色の壁と大小様々なゴムホースで着飾った空間だった。通路は狭いが、それでも四人が横一列に並んでもなお余裕がある。

 魔獣と遭遇しても十分対応可能だった。

「捜査手帳と魔獣手帳は全員が具に書き記すこと。これは鉄則だ。とは言っても捜査手帳は捜査官しか持てないから、皆は代わりのものを用意することになるけど」

「ふふ、了解」

「かぁー、警察でもこんな面倒なことするのかよ」

「むしろ警察だからでは?」

 

 四人はそれぞれ適度な緊張感を抱いて初期の確認をする。

 警備隊・エプスタイン・一般と特務支援課に配属する前が様々なので、ロイドは警察学校で教わった基本的なことを話していた。

「お嬢、任せた」

「任されません。というかお嬢って……」

 ランディとエリィの会話を聞きながらロイドは少し後ろを歩くティオを横目で見る。

 14歳という成人に達していない少女がこの場にいることを、ロイドはあまり納得していない。もしものことがあったら真っ先に守る必要がある。

 そんなことを思って、いやと頭を振った。

 

 全員を守るのが当たり前だろ。しっかりしろ、ロイド・バニングス……!

 

「…………」

 そんなロイドを観察する少女の意図は表情からは窺えない。

 

 

 

 魔獣に最初に気づいたのはへらへらと会話を楽しんでいたランディ・オルランドだった。

「来るぞ」

 彼の見つめる先から現れたのは巨大なねずみ。通常の五倍はあろうかというもので、意味も無くジグザグに走りながら近づいてくる。

「気を引き締めていくぞっ」

 ロイドの声が空間に反響し、四人は一斉に行動を開始した。

 ロイドとランディが二手に分かれ、左右からの挟撃を狙う。

 魔獣はランディのほうに狙いを定めて飛び掛るも、空中でその身体を硬直させた。

 エリィの射撃がピンポイントで魔獣を貫いたのだ。それを確認して、ランディはハルバードを上段から振り下ろして跳ね飛ばす。

 地をバウンドして離れた魔獣は起き上がろうとして、しかし横薙ぎに振るわれた杖を見た。

 瞬間電撃を喰らったかのように全身を激しく痙攣させ、そのまま絶命する。

 琥珀色の湯気のような物体が身体から吹き上がり、残ったのは大きく身体を小さくしたねずみだった。

 

 ランディはハルバードを肩に背負って言う。

「ま、こんなところか。お嬢、別に援護はいらなかったぜ?」

「ふふ、私だけ何もしないのは気が引けたのよ」

 ロイドはその言葉にぎくりとして二人の視界に入らないように移動しようとしたが、ティオにはばっちり見られていた。

「ロイドさんは何もしていませんが」

「あ、あはは……」

 別に守る必要はないのかとロイドは意識を修正した。

 仲間とは協力して事を為すパートナーだ、一方的に守ることじゃない。

 当たり前のことなのにどうしてか忘れていた自分が恥ずかしかった。

 

 一瞬頭の中に黒い靄が浮かんだ気がした。

 しかしそんな感覚はすぐに消え去ってしまった。

「おいおいしっかりしてくれよリーダー、つってな」

 ランディの言葉にティオとエリィが微笑む。ロイドはまぁいいかと一緒になって笑ったが、今度は別のことが頭を過ぎる。

 さっきの魔獣への疾走、自分の予想以上に速度が出てしまって挟撃にならなかった。

 また魔獣の細かな所作に目がいっていた。こんなことは今までになかった。

 

 気のせいかな……

 

 歩き出した三人に追いつこうとロイドは小走りになる。胸元では白い石が踊っていた。

 

 

 


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