響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

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帰って来い、もうそれだけで良い

「これは?」

 目の前に差し出された小さな箱に、視線をやり、それからまた中将殿に視線を戻す。

「今回のお礼、だよ」

「でしたら、自分ではなく彼女たちに」

「彼女たちはキミの命令で動いてたんだ、だからキミに渡して間違っちゃいないさ、もし彼女たちを(ねぎら)いたいならキミ個人でやるべきだ」

 いいから受け取れ、と暗に伝えてくる中将殿を一瞥し、僅かに躊躇するが結局小箱を受け取る。

 開けてみても? そんな自身の視線に、中将殿がこくりと頷く。

 ぱかり、と小箱を開き…………そして中にあったものを見て硬直する。

「ちゅ、中将殿…………これは…………いや、けれど」

「確かちょうど条件を満たしていたはずだ、良いタイミングだったよ」

 苦笑しながら中将殿が帽子を目深(まぶか)に被り直す。

 帽子を両手で左右に動かしながら位置を直すと、くるりを振り返り。

「それじゃあ、そろそろ帰るとするよ」

 呟き、歩き出す。すぐにはっとなり、その背に口を開き。

 

「中将殿俺は――――」

「――――結論はキミが決めれば良い。退くも良し、現状維持でも良し、進むでも良し。どんな選択をしようと、私はキミを支持する。少なくとも、それだけのことをキミはこれまでにしてくれた」

 

 こちらの言葉を遮るように、中将殿が背を向けたまま告げる。

 

「最早一個の英雄を必要とする時代は終わったんだ。集団戦術と軍団戦略を持って、私はこの海を取り戻して見せる。それが私の約束」

 

 だから、と呟き、中将殿が振り返る。

 

「キミはキミの思うとおりにすれば良い」

 

 ――――後悔の無いように、ね?

 

 それだけ呟き、再び中将殿が歩き、部屋から出て行く。

 

「………………………………後悔の無いように、か」

 

 独りごち、手の中の小箱を弄ぶ。

 

 胸元から煙草を一本取り出し、咥える。

 胸ポケットのライターを取り出し、火をつけて…………。

 

「…………………………………………何だかなあ」

 

 一口も吸わず、そのまま灰皿に押し付けた。

 

 

 * * *

 

 

 こつん、こつん、と廊下を歩く自身の足音が響く。

 別にこの廊下が石畳で出来ている、だとか自身の靴が女性の履くような特別音が出やすいものだとかそう言うことは無い。

「静か…………だね」

 ただただ人気の無い鎮守府には静寂が広がる。

 自身が彼をこの鎮守府に着任させたとは言え、実際にこの鎮守府内をこうしてゆっくりと歩くのは初めてかもしれない。

「…………そっか、やっぱり違うんだねえ」

 違う、口に出したその言葉がやはり一番的確な気がする。

 自身の鎮守府とどこか違う。物寂しい雰囲気を感じるのは恐らく、抜本的に人が少ないせいもあるだろう。

 昼の人の多さも相まって、より一層静けさを感じてしまう。

 廊下を歩き、途中にある扉をノックする。

 数秒待ち、中から入りな、と声がしたのを確認して扉を開ける。

 

「…………アンタかい」

「…………やあ」

 

 そこにいたのは一人の老女。六十歳手前と言った風体。自身の覚えているソレより幾分か老けてはいるが、けれどその眼だけは変わらない。

 深い、深い、吸い込まれそうなほどに深く、真っ黒な瞳。その瞳からははっきりとした意思の強さだけが伝わってくる。

 自身の知る通りに、記憶の中の過去の姿と何ら変わり無く、瞳だけがギラギラと自己主張していた。

 十数年…………十七年にも及ぶ苦行の生活に、全身はすでにボロボロで。医者からは生きていること自体が奇跡だと言われるほどに蓄積した疲労とダメージは、最早この先軍人として生きていくことは出来ないとさえ言われた。

 声も枯れ果て、手は皺だらけになり、顔には深い苦労の跡だけが残り。

 

 それでも、眼だけは輝いているのだ。

 

「……………………変わらない、本当に、変わらないよ、母さん」

「……………………アンタは、随分と変わったね、火々(ほのか)

 

 母だ、間違いなく、疑いようも無く、疑念の余地すら無く。

 

「本当に生きてたんだね」

「当たり前だよ…………私が死ぬはずないだろ?」

 

 過剰なくらいに自信に溢れていて。

 

「十七年だよ? それだけ音信不通なら誰でも死んだと思うよ」

「それでもアンタは探してくれてたんだろう?」

 

 不思議なくらい察しが良くて。

 

「約束したさね、帰ってくるって、私が一度でも約束破ったかい?」

 

 凄く、凄く、格好良い――――――――

 

「全く…………遅すぎるよ」

 

 ――――――――私の憧れていた人。

 

「すまんさね…………だがまあ、お陰で戻ってこれた」

 

 ぽすん、とその皺だらけのやせ細った腕が自身の体を包む。

 ぎゅっと抱きしめられたその腕は、その見た目よりもずっと力強くて、場違いながら少しだけ驚いてしまう。

 

「良くやった、本当に…………良く頑張ったよ」

 

 呟かれた言葉に、すとん、と足の力が…………否、全身の力が抜けた。

 

「…………本当に……………………帰ってくるのが遅すぎるよ」

 

 両手を伸ばし、義母を抱きとめる。その暖かさに安堵すると共に、ようやくソレが現実味を持ち始める。

 

 つまり――――――――

 

「おかえりなさい、母さん」

「ああ、ただいま、火々」

 

 あの日から十七年、ようやく母が帰ってきてくれたのだと、火野江火々はこの時になってようやく実感し。

 

「……………………これで、全部取り戻したよ」

 

 誰に聞かせるでもなく、呟いた。

 

 

 * * *

 

 

 左遷された。

 

 それがこの鎮守府にやってきた当初の俺の心境であった。

 仕官学院もいよいよ卒業、と言った頃のことだ。

 火野江中将から声をかけてもらったことがある。

 

 曰く、うちの鎮守府にやってきて働かないか、とのこと。

 

 その時は学校経由で話が来たので中将とは直接会わなかったのだが、父親や瑞鶴の件もあって名前くらいは聞いていたので俺も興味を持って話だけでも、と言う向こうの話乗って中将と会う機会を得た。

 

 得た…………のだが。

 

 結果だけ言うと、思いっきりすっぽかした。中将殿を待ち合わせ場所で二時間も待たせた挙句、である。

 

 まあ色々と理由はあったのだが、その一件もあり、中将殿からの話はそれで流れた…………と思っていた矢先にこの人事である。

 孤島、しかも本土から離れた場所にあり、さらに言えば中将殿の鎮守府の隣。

 よく言えば左遷、悪く言えば一発で追い詰められた。

 

 その時のことについては未だに何度となく中将殿に謝るし、中将殿も今となっては気にしてはいないと言ってはくれているのだが、当時は少しばかりいらっとしていたのは事実らしい。

 けれどそんな私情は抜きにして、こちらに色々言ってきていたのは当初の予定通りだったらしい。

 

 実際、あの撤退支援作戦…………俺が自身の鎮守府を守るために、中将殿から島風と借り、ヴェールヌイと二人で行ったあの作戦が切欠となり、中将殿がこちらを頼ってくるまで、ほとんど用事らしい用事も言われたことは無かった、それこそ時折来る深海棲艦の相手など海域の防衛を担当する鎮守府として当然のこと程度である。

 最近になるまで気付けなかったが、確かに言うほど無茶は言われていない。

 

 と、まあそれはさておき。

 

 そんな頃だったのである、ヴェル…………響と出合ったのは。

 

「駆逐艦響、今日からこの鎮守府に来ることになったよ」

 

 それが始まり。

 

 響は良く無茶をするやつだった。

 それは当時から響が抱えていた自壊衝動にも似た何かが響を突き動かしていたせいだろう。

 

 最初に与えたのは重し。

 

 “くれてやるよ…………俺の命を”

 

 そして次に与えたのが――――

 

 

 * * *

 

 

 ごつ、ごつ、と波の音に混じってアスファルトを叩く二つの靴音。

 真冬の空は煌々と照らす月と星々の明かりで照らされていながらなお暗い。

 ぼっと、闇を切り裂くように灯された明かりはライターの物。

 煙草に火をつけ、消されると同時に再び辺りは暗闇に包まれる。

 

 すぅ、と一つ吸って。

 はぁ、と一つ吐く。

 

「なんだい司令官…………急に呼び出して」

 そんな自身の沈黙に耐え切れなくなったのか、ヴェルが尋ねる。

 そんなヴェルの問いに答えず、一つ吸って、一つ吐く。

 それを数度繰り返し、火の付いた煙草を足元に落とし、靴で踏みにじる。

 

「一つ、試してみようと思ってな」

 

 大きく息を吸い、そして吐く。真冬の夜の冷たい空気が肺腑を冷やしていくのが心地よかった。

 

「試す? 何をだい」

 

 そんなヴェルの呟き、自身は苦笑して答える。

 

「信頼を、だ」

 

 呟きと共に右拳を放つ。真下から、弧を描くように振り上げ、そしてそのまま振り抜く。

 

「っな…………?!」

 

 驚きの表情と共に、咄嗟に突き出した手で、ヴェルが拳を払う。

 さすがに反応、だがそれで片手は動かせなくなり…………。

 即座、右手を戻す勢いを反動に左の掌底を突き出す。

 拳を払った片手は弾かれ、すぐには動かせない。かと言って片手では掌底を防ぐのも難しいだろう。

 故に――――

 

「避けるしかねえよな」

 

 仰け反り、攻撃を避ける。

 余りにも予想通りに。

 

「だから、こうする」

 

 仰け反った上半身を支えるために不安定になっているその両の足の…………手前側を真横に蹴る。

 ばん、と弾かれたような音と共にヴェルの片足が真横に流れていく。そしてその勢いのままに体が崩れ落ちようとして…………。

 ばん、と体勢を崩しながらも片手を突いて転ぶのを止めるのと、右足を一歩前に出し拳を振り上げるのが同時だった。

 

 

 何もかもが余りにも唐突だった。

 突然連れ出されたかと思えば、突然の拳である。

 さしものヴェールヌイも混乱してしまうのも無理は無い話である。

 まるで操り人形か何かのように、司令官の思うがままの対応をさせられている。

 そのことにヴェールヌイは気付いていた。

 片足を掬われた時点で、体勢を崩したところで拳が振り下ろされるところまで気付いていた、否理解していた。

 そう言うパターン教えたのは、他ならぬ司令官なのだから。

 

 だから、その返し方もまた、知っている。

 

 “眼を反らすな”…………それが彼の教えだった。

 

Ура(ウラー)!」

 

 地面に突いた手を思い切り突く。その反動を利用しながらさらに身を深く沈め、一気にその懐にまで潜り込む。

 

 “体格差を利用しろ、大きければ良いこともあるし、逆に小さければ有利になることだってある”

 

 さらに足を開き、司令官に背を向けるような体勢になると。

 

 その伸ばされた腕、そして襟元を掴み…………投げた。

 

 背負い投げ。柔道によくある技の一つ。元々柔道にそれほど力は要らない。柔道と言うのは極論、重心(バランス)さえ崩してしまえば後は掴んだ体が落ちないよう支える程度の力だけあれば、後は体の動きだけ、力の流れだけで投げることが出来る。

 

 司令官の体が弧を描くように(くう)を流れ…………。

 

 そして空中で体を捻りながら、すたっ、と足から着地した。

 

「……………………は?」

 

 今かなり人間的に有り得ないような動きをしたような気がしたのだが…………気のせいだろうか。

 投げられたことにより、自身と司令官の間の距離が少しだけ開く。

 まだ来るか、とも思ったが、ふう、と一つため息を吐き、司令官がその場に座り込む。

 どうやら終わりらしい、と様子を見ているとぽんぽん、と自身の隣を叩いてくる、どうやら来いと言うことらしい。

 司令官の隣に座ると、びゅうと風が吹く。

「冬だね」

「ああ…………そうだな」

 風が冷たい、けれど決して乾燥した風ではない。海辺と言うこともあるからだろうか。

 空を見上げれば星が綺麗だ。月も明るい。

 そんな空の下、司令官と二人きりだと思うと、少しだけ動悸がした。

 

「…………強くなったなあ、お前」

 

 そして始まりはそんな一言だった。

「正直、もう俺じゃ勝てんなあ」

「さっき途中まで一方的だったと思うけど?」

「不意打ちして追い詰めきれないんだ、正面からやって勝てる気がしねえわ」

 そんな彼の本音を、弱音を、少しだけ珍しいと思った。

 意地っ張りで、負けず嫌いな司令官がそんな風に言うなんて。

「なあヴェル」

「なんだい?」

 少しだけ、彼が躊躇ったかのように、黙す。

 けれどそれを急かしたりはせず、こちらも黙して待つ。

 躊躇いはしても、それでもきっと話してくれると思っているから。

 だから。

 

「本音を言うけどさ…………俺は怖いんだよ」

 

 唐突なその言葉の意味を、理解することが出来なかった。

「…………怖いって…………何が?」

「…………お前の感情が」

 とくん、と仕舞っていた感情を呼び起こされ、心臓が跳ねる。

「お前に好きと言われるたびに怖くなる、どうすればいいのか、なんて俺が聞きたい」

 吐き出される言葉(ことのは)は猛毒となって自身の胸を侵して行く。

 ふと気付く、司令官のその体が震えていることに。

「ああ言うさ、今だけは言うよ。俺は…………お前が好きだよ。お前に好きと言われるたびにどんどん好きになっていく。どんどんお前を意識する。どんどんお前に惹かれて行く」

 震える、どんどんと、大きく。

「その度に怖くなる。好きが大きくなるたびに、怖くなる。お前を受け入れたとして、お前を好きになったとして――――――――」

 

 ――――――――お前を失ったら、俺はもう生きていけなくなる。

 

「――――――――――――」

 告げられた言葉に、絶句した。

 

「言ったよな? 前に確かに言ったよな? 艦娘である以上、戦う以上、いつか必ず沈む日は来る。例えどれだけ強かろうが、一瞬の不注意で簡単に沈む。もう帰ってこない。戦ってるお前らが一番わかってるはずだ、そして提督ってのはそれを覚悟しながら生きてるやつらだ」

 

 だからこそ、怖い。

 

「今ならまだ一線引けるんだ。そのいつかを許容できる、お前は俺の大切なパートナーではあるが、秘書艦ではあるが、それでも俺の部下で、俺の戦友で、俺の――――家族だ」

 

 だからこそ、いつか自身の手から離れていくことを許容できる。

 

「けれどもし、お前を受け入れたなら、俺はもうそれを許容できはしない」

 

 醜いほどに執着し。

 

 浅ましいほどに渇望する。

 

「なあヴェールヌイ」

 

 司令官の口が、弧を描く。

 笑っているように見えて、けれどその実泣いているようにしか見えないその笑みが、どうしてか痛かった。

 

「暁も、雷も、電も捨てて俺と一緒に退役するか?」

 

 もしそれを選択したなら、この先一生彼が隣にいてくれるのだろう。

 なんて魅力的な選択だろうか。

 

 だから。

 

Нереально(ニルェンノァ)(有り得ない)」

 

 そんな選択肢は有り得ない。

 姉妹たちを見捨てるだなんて、そんな選択肢が有り得るはずが無い。

 そんなことは司令官も分かっていると頷き。

 

「だから…………試してみたんだよ」

 

 試す、先ほどの一連のやり取りのことだろうか。

 

「結果は…………まあ少なくとも俺じゃもう敵わないってことは分かっただけだったけどな」

 

 それを成とするか否とするのか。

 結局のところ、それは。

 

「……………………なあ、ヴェル」

 

 司令官が、自身を。

 

「俺にお前を」

 

 ――――信じれるかどうか。

「――――信じさせてくれ」

 

 何度目になるか分からない口付け。

 

 けれど今度のキスは司令官からしてくれたもので。

 

 ――――なんだかいつもより甘い気がした。

 

「帰って来い、もうそれだけで良い」

 

 




ちょっと無理矢理まとめた。尺が足りないので(
これ以上だらだら続けても仕方ないですしね。

と言うわけで次が最終話。

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