響が可愛いと思ったから勢いだけで思わず書いちゃったような艦これ二次   作:水代

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好きなんだよ

「…………どうしよう」

 駆逐艦ヴェールヌイのその日の第一声はそれだった。

 ヴェールヌイに割り当てられた個室、最近は時折暁も泊まりに来るその部屋で、まだベッドの中で布団に包まれながらヴェールヌイが呟く。

 

 夢を見ていた。

 

 眠っている間ずっと。

 

 懐かしい夢。

 

 まだヴェールヌイが、響だった頃の…………この鎮守府に自分と司令官しかいなかった頃の夢。

 今でこそ、ここで働く職員の数もそれなりにいるが、自分がやってきた当初、本当にこの鎮守府には司令官しか居なかった。

 当時の自身に、それを気にする余裕すらなかったから何も言わなかったが、今になって思うと、相当に無茶な話である。

 

 あの頃はずっと海ばかり眺めていた。

 

 自身の身代わりとなった彼女の沈んだ、その海を…………ずっと、ずっと。

 朝から晩まで、日がな一日中。

 それでも問題無かったのは、この鎮守府だからでは、と言ったところか。

 本当に毎日毎日、海ばかり見て。けれどそこに何の意味があるのか、自分でも分からなかった。

 

 その意味を教えてくれたのは…………司令官だった。

 

 “お前、いつもここにいるな”

 

 あの頃から釣り好きだった司令官は、時折自身の隣に座って糸を垂らす。

 その日、司令官がやってきたのは夜だった…………ああ、よく覚えている。

 

 (わたし)が死んで、ヴェールヌイ(わたし)が生まれた日だから。

 

 海を見なくなったのは何時からだっただろう。

 鎮守府の小さな部屋の中で、押しつぶされそうな重さを感じなくなったのは…………何時からだろう。

 

 “命を大事にしないやつは嫌いだ”

 

 あの時、司令官はだからそう言ったのだろう。

 

 “自分から死ぬような真似をするやつは大嫌いだ”

 

 海に惹かれたのは、水底に共に落ちて生きたいと願ったからだろうか。

 

 “それでも”

 

 それとも。

 

 “命を賭けなければならない時があることを知っている”

 

 果たしたかったのだろうか。

 

 “命を投げ出したくなるほどの無常があることも知っている”

 

 今度こそ。

 

 “きっと…………お前に必要なのは重みなんだろうな”

 

 今度こそは、と。

 

 “だから…………響”

 

 

 くれてやるよ、俺の命を。

 

 

 あの日、あの時、あの場所で司令官はそう言った。

 

 

 * * *

 

 

「ぷろぽーず?」

 自身の部屋に集まり、昔をことを少しだけ話した暁の第一声がそれだった。

「…………いや、違うと思うけど」

「だって、俺の命をやる、なんてほとんどプロポーズだと思うんだけど」

 まあ言われてみるとそんな風に聞こえないことも無い。

 けれど司令官にそんなつもりが無かったのは分かっている。

「もういっそ響もプロポーズしちゃえば?」

「なにがいっそ…………なのか知らないけど、それが一足飛びどころの話じゃないのは理解できるよ」

 そんな暁の言葉に少し呆れたように返すと、雷が同調するように言葉を続ける。

「そうよ、それにやるなら指輪も用意しないと」

 訂正…………同調に見せかけた裏切り者だった。

「ならまずは指輪買わないとダメなのですよ」

 電までそんなことを言い出すので、ちょっと待った、と三人を止める。

「話が脱線しすぎだ」

「っと、そうね。司令官のお見合いをどうするかの話し合いだったわね」

「暁が昔の話聞きたいとか言うから脱線してたわね」

「でも、あの頃の響はそんな感じだったのですか」

 わいわい、がやがや。第一回姉妹会議と銘打たれたその騒がしい会合は、いつまで経っても本題へと入らないまま脱線を続ける。

 それを唐突に収束を迎えるのは雷の一言。

 

「まあそれも全部、司令官が響の気持ちに応えるのなら、だけどね」

 

「「……………………」」

「…………分かってるさ」

 ピタリ、と口を閉ざす二人とは対称的に、一つため息を零す。

 そもそも、まだ自覚したばかりのこの気持ちを伝えてすらないのだ、だから一足飛びどころか、まだ前提すら満たしていない状態だ。

「真面目な話、司令官は受け入れると思う?」

 むむむ、と少しだけ強張った表情で暁が他二人へと問う。

「…………どう、かしらね」

 難しい表情で右手を口元に当てて考え込むポーズをした雷がそう呟く。

 

 そう、実際問題。

 

 例え司令官にこの気持ちを伝えたとして。

 

 司令官が同じ気持ちを抱いているのか、そして自身を受け入れるのか。

 

 その可能性は、決して高く無い。

 

 だって。

 

「…………私たちは、艦娘ですから」

 

 電の零した一言に、部屋の全員が沈黙した。

 

 

 * * *

 

 

「暁の見た限りだと、司令官だって決して嫌なわけじゃないと思うんだけどなあ」

 響の部屋を出て、電を自室に送り、そうして雷と二人で鎮守府の外へと出る。

 びゅう、と風が吹き、二人の髪を揺らす。当たり前だが海辺に面している以上、風が良く吹いている…………が、まあ今日はまだ穏やかなほうだろう。

 空を見上げればいつも鮮やかに夜空を彩っていた白く輝く月は、どうやら今日は雲に隠れて見えない。

 

 絶好の密談日和ね、なんて内心で呟きながら。

 

「そうね…………私も司令官と響が信頼し合っているのは感じてるわ…………ただねえ」

 

 そう、ただ、が付いてしまう。

 

 暁の見立てでも、雷の見立てでも、二人ともかなり深く信頼し合っている。絆が結ばれている、と言ってもいいだろうか。暁にとっての引退したかつての司令官のように、雷にとってのかつての中将のように、長く付き合えば付き合うほど、お互い深く、深く、繋がっていく。

 その信頼は確かに好意にも繋がる、例え表面上は事務的なやり取りしかできなくたって、内心ではお互いを重いあっている、なんてこといくらでもある。

 だがそれを恋愛に結びつくかと言われればそうではない。

 

 例えば、暁は自身の以前の司令官…………新垣提督のことを未だに好きでいる。それはきっと永劫変わらない事実だろう。長く秘書艦として付き合ってきたからこそ、その内面まで含めてよく知っているし、その人柄を好いてもいる。

 だがそれが恋愛感情かと言われると、全く持って違うと断言する。

 そもそもあの提督は妻子持ちだし、そう言う意味では、二人の表面上は艦娘を兵器としてみようとしていた新垣提督のこともあってあまり穏やかとは呼べるものではなかったが、その内心ではどこか親子のように思いあっていた部分がある。

 

 雷の場合もっと単純だ。好きだった、だがそれは恋愛的な意味ではなく、単純に信頼、そして友愛。

 単なる上司と部下の関係ではない、互いが心底信頼し合い、荷を任せあう、親友にも似た関係だった。

 

 このように提督と艦娘の関係性というのは、存外一つの枠には収まりきらない。

 だから逆接的に言えば、その関係の一つに恋愛関係、があっても確かにおかしくは無いのだが。

 

「内心は…………いまいち確信は持てないけど、それ以上に」

「司令官が受け入れるか、ってことね」

 

 暁も、雷も、元司令官たちとの関係性がすでに固定化されていた。だから安定していた、だからその関係性のままに真っ直ぐ進めば良かった。

 

「私、響に余計なこと言っちゃったのかな」

 

 けれど司令官も響も、その関係性にはっきりとした名前がついていない。

 

 親友? どこか違う。

 家族? 何か違う。

 上司と部下? 確かに合ってるけど、違和感がある。

 

 あやふやの関係のまま、それでもここまで続いたのは、最初は響が壊れそうだったから。関係を結ぶ以前の問題だったから、だからまずは響を元に戻すことから始めた。

 そして響の心が完全に戻るより先に、暁や電、雷と言った別の問題を抱えた艦娘たちが来てしまい、結局二人の関係に決着はつかない、あやふやの関係のままここまで引き伸ばしてきてしまった。

 きっと二人のままで、あと一年、ないし二年、時間があれば自然とその関係性に行き着くのであろうが…………どうにもあの司令官の周りは騒動が向こうからやってくるらしい。

 

 今回のお見合い話を良い機会だと言った暁の言葉に嘘は無い。

 だがここまで保たれてきた均衡が崩れるのではないかと危惧して焦った部分があるのも、また事実なのである。

 けれど、今思えばあのあやふやな関係のままでも、あれはあれで安定していたのだから、余計なことを言ってそのバランスを崩してしまったのかもしれない、とも思ってしまう。

 

 けれどそれを否定したのは、雷だった。

 

「…………多分、暁が何も言わなくても、いつかは同じことになってたわ」

 

 それくらい、今の二人は歪なのだ。

 折れた骨をろくに添え木もせずに治してしまったかのように。

 正常に戻る前に、その状態で固定されてしまった。

 

「確かに多少強引だったかもしれないけど…………それでも」

 

 二人の関係性を正常な形に戻そうと思うならば。

 

「いっそ、ショック療法でもしてみないとダメなのかもね」

 

 そう言って苦笑する雷に思わず暁もつられて笑う。

 

「まあでも」

「結局」

 

 ふう、とため息を吐き。

 

「「あの二人次第、なのよね」」

 

 やれやれ、と肩を竦めた。

 

 

 * * *

 

「いよいよ明日か」

 

 夢、そう夢だ。

 

 夢を見ていた。

 

 昨日の晩の夢。

 

「準備はもう良いのかい?」

 

 司令官への気持ちを自覚して、初めて二人きりで過ごす。

 その事実に対して、想像以上に自身の心臓が鼓動を激しく刻んでいる。

 

 とくんとくん、とくんとくん

 

「準備つってもなあ…………正直、着ていく服くらいしか用意する物無いしな」

「そうなのかい? 正直、お見合いに行く人なんて初めて見るから、勝手が分からないや」

「俺だってこんなの初めてだよ」

 

 いつも通りの風で話せているだろうか、表情にこの思いが漏れ出ていないだろうか、そんな風にぐるぐると思考を回しながら。

 

「……………………………………………………一つ聞いてもいいかい?」

 

 ふと、一つ、疑念が過ぎった。

 理性はそれを、危険だと咎める。

 けれど、心はそれを抑えきれない。

 

「ん? どうかしたか?」

 

 司令官が何てことないような顔で、尋ねてきて。

 

 だから、余計に胸が苦しくなる。

「司令官は」

 余計に辛くなる。

「明日逢う相手と」

 こんなに苦しいのが恋だと言うのか。

「…………その」

 こんなに痛いのが。

「結婚、してしまうのかい?」

 恋だと言うのか。

 

 まだ結婚なんて早い。

 もしかすると、そんな言葉を期待していたのだろうか。

 そもそもお見合いに参加するだけで、別に結婚まで決めてしまうわけではない。

 そんな淡い期待は、けれど。

 

「……………………ああ、そのつもりだよ」

 

 そんな司令官の言葉にあっさりと打ち砕かれる。

 

「…………どうして?! だって相手の顔も知らないんじゃ」

「…………………………………………」

 

 そんな自身の問いに、けれど司令官は答えない。

 

「……………………分からない、分からないよ、司令官」

「……………………ヴェル?」

 

 きゅっと、その裾を掴む。そんな自身の様子がおかしいことに気付いたのか、司令官が訝しげな表情をし。

 

「好きなんだ」

 

 呟いた言葉に、伸ばされた手が止まった。

 

「ずきずきと胸が痛い。痛いくらいに、司令官が好きなんだ」

 

 その表情が凍りつくのにも構わず。

 

「もうわけが分からないよ、思いが、想いが、ぐちゃぐちゃになって、滅茶苦茶に混ざって。苦しくて、辛くて、痛くて、悲しくて、好きで、好きで、好きで、もう止められないんだ、溢れ出して来る。気持ちが、思いが、溢れ出して来る」

 

 ぐっと、裾を握った手に力が篭る。

 

「私はどうすればいいんだい、分からないよ、司令官。こんな気持ち、初めてだから、分からない」

「……………………………………………………」

 

 司令官は答えない、司令官は応えない、司令官は…………。

 

「知るか」

 

 ぱしん、と裾を握った手を払いのける。

 

「………………お前、もう今日は寝ろ」

 

 そう告げ、自身を部屋の外に追い立て、がちゃん、とそのまま部屋の鍵を閉める。

 

「………………………………………………………………」

 

 何も言えない、何も言わない。

 自分の中でもまだ整理が付き切れていないだけに。

 

 ただ一つだけ分かったことがある。

 

 自身は司令官に拒絶されたのだ。

 

 そのことに気付いた瞬間、扉に背を預け、そのままずるずると崩れ落ちる。

 

「…………………………………………っは、はは…………分かってた…………分かってたのに…………なあ」

 

 こんな結末、分かりきっていたのに。

 

 感情に歯止めが利かなくて、吐き出してしまった本心。

 

 分かっていたのに。

 

 こんなこと。

 

 分かっていたのに。

 

「………………………………………………っ………………ぅ…………ぁ…………」

 

 声を押し殺す。扉越しに聞こえてしまわないように。

 

 拭っても拭っても溢れ出た涙が熱かった。

 

 何より。

 

 胸の痛みは、いつまでも治まりそうになかった。

 

 

 * * *

 

 

 思い出す、昨晩の出来事を。

 

「どうしよう」

 

 本当に、あんなこと言ってしまって。

 今日から一体、どんな顔をして司令官と会えばいいのだろうか。

 

 言うべきでは無かった、そんなことは理解していた。

 

 それでも。

 

「…………好きなんだ」

 

 漏れた声は、心から溢れた想いそのものだった。

 

「司令官」

 

 悲しくて、辛くて、苦しくて、痛くて。

 

 それでも。

 

「好きだよ」

 

 諦めることなんて出来そうに無かった。

 

「好きなんだよ」

 

 


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