IS〔インフィニット・ストラトス〕 〜復讐か叛逆を選択する少女〜 作:アリヤ
「……突然なんですか?」
『デュノア社の一件がようやく落ち着きそうだから、そのことでちょっとだけやってほしいなーっておもってね』
ラウラ・ボーデヴィッヒの監視を行っていた一夏であるが、突然束から着信があったために、監視をしつつ電話に出ていた。
今の一夏の姿は制服姿で、一部の人間には正体がばれてしまっているが、普通に歩いていればIS学園の生徒だろうと思うだろう。とはいえ、その一部の人間に遭遇してしまったら面倒なことになるのだが、そこは遭遇しないことを祈るしかなかった。
「それで、やってほしいということは?」
『今夜、シャルロット・デュノアの寮室に行ってほしいな~』
「それは、束さんがやろうとしていることと関係があるのですか?」
『そんな感じだね。詳細はメールで送るから、その時間通りに行ってね。数十分早く行くのは構わないけど、遅れることだけはしないで』
「解りました」
『あ、ラウラ・ボーデヴィッヒの一件が終わったら、一度帰ってきて。そろそろいっちゃん成分をほ――』
束が何かを言い終える前に、一夏は通話を切った。ここから先にいうことはなんとなく推測できるし、そもそも生徒会長とのことで帰ったら悲惨な目に合うことはすでに解っていた。言ってしまえば、数日経ったから大丈夫だろうと思わせて、いろいろなことをやらされるだろうと。
通話も終えたので、一夏はラウラの監視を再開しようとするが、いつの間にかいなくなっていた。電話に出ていたことによってラウラへの意識が向いていなかったからだろうと思い、とりあえず階段を降りようと左に曲がろうとした。
しかし、突然ナイフのようなもので一夏の首筋に近づけられ、即座に足を止めた。よく見ると、ナイフを首筋に近づけたのは監視していたラウラのようで、気配は消していたつもりだったが、さすがに電話しながらだと声が聞こえてしまったかと思い、束のタイミングの悪さにちょっと恨んだ。
「貴様、何者だ? 先ほどまで気配はなかったが、通話の声で気付いたぞ」
「やっぱりそうなのね……」
「なぜ、私の背後を尾行していたか言えっ!!」
「……はぁ、めんどくさいけど、やるしかないか」
一夏はナイフを持っていた右腕をつかみ、そのまま壁に叩きつけた。もちろん、軍人相手にそのくらいでナイフを落とすなんて言う行為はしないと思っていた一夏は気絶させない程度に思いっきりラウラの腹を殴り、ラウラは膝をついてナイフも手から放した。
人体実験されていたことによって、生身での力は何かしらを鍛えている男性が殴る力以上なほどの威力で殴ることができる。相手が女性であれば気絶してしまうほどでもあるのだが、相手が軍人であるラウラという事もあって普段手加減する威力よりも少し強く殴っていた。
殴った後のラウラの姿をみて、相変わらず人間離れしているなと一夏は自分で思うが、力があるのであれば利用するほかなかった。
余談だが、束に救われた直後の一夏は、肉体強化されて確かに殴るなどの威力が強かったことには変わりがなかったが、防ぐなどの行為については別に鍛え上げられたわけでもないため、唯の素人でしかなかった。そのため、束の下で暮らすことになってから第一に守る訓練などを行い、教師としてラウラと同じドイツの元軍人で今は束の下で過ごしている女性に、生身での戦い方を学んでいた。そのおかげで先ほどの状況での対処法を教えてもらい、今では軍人並みの実力を持つほどの力を持っていたりする。
「き、貴様……」
「さすが、軍人ということかしら? だからこそ軍人が気絶しない程度に殴ったんだけど、当分は立てないでしょうね」
「な、何が…目的だ……」
「目的……ね。正直あなたに用事はないわ。あなたが邪魔をしなければ何もするつもりはないなら、これ以上の妨害はするつもりはないわ。個人的な用事ならあるけどね」
「個人的な……用事だと?」
ラウラは本来ならラウラにいうべきではない言葉だろうが、詳しいことを言わなければ辿り着くことはないだろうと推測し、意味深程度に伝えた。案の定ラウラは気になっていたようだが、一夏は別のことで驚いていた。
それは、気絶するかもしれない程度の威力で殴ったのにもかかわらず、ラウラは口調も落ち着き始め、さらには何とかして立ち上がろうとしていることだ。その様子を見て恐るべき回復力だなと一夏は感心してはいたが、さすがにこれ以上ここにいたとしてもラウラが動けるようになる可能性が考えられ、危険だと判断した一夏は最低限言っておくことを伝え、この場から去ろうと考えた。
「忠告だけしておくわ。今後私を見つけたとしても、気付かないようにしておくことね。それと、何かここで起こそうとするのであれば、ただでは済まさないから――」
「ま、まてっ!!」
ラウラの言葉を無視して、一夏は近くにあった窓から飛び降りた。すぐさま飛び降りた一夏の姿を窓から確認しようとラウラは動くが、すでに姿が見えなくなっており、窓から飛び降りて追いかけようとも考えたが、たとえ近くにいたとしても見つけられる可能性は低いだろうし、なにより一夏に受けたダメージがまだかなり残っているため、諦める選択をとった。
しかし、先ほど一夏が言った、目的とは別に個人的な用事があるという事に気になった。そもそもラウラが一夏の存在について知ったのもクラス対抗戦の時に情報が回ってきた時で、それ以前に何らかの接点があったわけでもない。もし彼女が自分の過去を知っていたとしても、あれほどの実力を持っているのにもかかわらず、興味を持つ理由が何度考えてもラウラの中では思いつかなかった。
別にまた向こうから近づいてくる可能性もあるだろうとラウラは考え、数分の時間が経過していたこともあって動けるまで回復したので、とりあえず保健室を借りて少し休む事にしようと移動することにした。用事があるというのであれば、向こうから会いに来るだろうから、その時に問いただせば良いだけと思ったため、今は彼女について考えることをやめて今は休息を優先することにした――
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「まったく……タイミング悪く電話をかけてくるんだから……」
ラウラがいる所からかなり離れたあたり、一夏は束さんに対して愚痴を零していた。ラウラに監視が見つけられてしまったおかげで、背後から監視するような行為が出来なくなったにも等しく、遠くから監視するしか方法がなくなってしまったからだ。
だが束の連絡を無視したとすれば、とんでもない仕打ち――というか自分が壊れかねない可能性があったがために仕方なく出るしかなかった。前回に連絡を一度無視していることも考慮として考えれば、とてつもなく恐ろしいものが待っていただろうと想像し、思わず鳥肌がたってしまうほどだった。
そのおかげで手段が絞られてしまった一夏ではあったが、ラウラに近づいて監視が行えなくなっただけしか影響がなく、それ以外の事――特にこれから行おうとしている事に関しては一つも問題がなくなった。ラウラと会話している際に束から待っていたメールが届いており、ここに来るまでに一通り読み通していた。
「それにしても、面白いこと考えているなんてね…… 私たち以外にも興味を持つことには驚いたけど」
メールの内容を思い出していた一夏は思わずにやけていた。こんなにも面白そうなことをしようとしているならば、束の協力をしない理由が一つもないほどで、楽しみで仕方がなかった。
そのためにも一夏はさっそくその準備に取り掛かろうと考えていたが、その前にさっきから後ろをついてきている彼女をどうにかしなければならかった。
「で、何でさっきから笑みを浮かべながらこちらを見ているのですか?」
「あら、さっきまでにやけていたあなたには言われたくない言葉ね」
IS学園の生徒会長であり、ラウラとの一件の後から付いてきていた楯無に、一夏はようやく声をかけた。無視して行こうとも考えたが、無視していたらこのまま付いてくるだろうと思い、楯無から離れるために話しかけることにした。
一番会って面倒なのが楯無ではあるのだが、IS学園に潜入するとどうしても彼女に会っているような気がする。何かしらのエスパーでもあるのだろうかと思わず思ってしまうが、監視カメラなどがあることからして、生徒会長権限などで閲覧することが可能であろうと考えた。そうなると毎回来るたびに面倒な対処をしなければならないのだが、対処方法を調べるのには逆に手っ取り早いと、逆にポジティブとして考えていた。
「それで、今度は何を行おうとしているのかしら? クラス対抗戦みたいな行為をするのであれば、今すぐあなたを止めないといけないのだけど」
「あら、そのおかげで無人機を対処したのは私よ? ここの生徒会長様は恩人に手を出すのかしら?」
「侵入者であることには変わりがないでしょ? それに先ほど、IS学園の生徒に手を出しているというのに見逃すとでも?」
やっぱりどこかで見ていたのかと一夏は思うが、見ていたのであれば好都合だった。見ていたという事は一夏の実力を知り、生身で戦えば勝ち目がないという事は理解しているはずだ。
しかし気になるのが、勝ち目がないと解っているはずなのに余裕の笑みを浮かべていることだ。何を考えているのか解らない一夏は、楯無に探りを入れてみることにしてみた。
「なら、私の実力は知っているでしょ? 生徒会長を簡単に倒せるくらいなんて」
「確かにそうね。だけどあなた、人を殺すつもりなんてないのでしょ? 何度も私とあっているけど逃げる行為しかしてこないし、先ほど生徒に殴ったようだけども殺すまでにはいっていない。ここの生徒を殺すつもりなんてないのはなんとなく推測できるわ」
「それでその余裕ね……だけどこんなに近づいて、気絶させられるとは思わないのかしら?」
「無暗に殴ったり武器を使って攻撃を仕掛けたりしないことも推測済みよ。ラウラ・ボーデヴィッヒには殴ったようだけど、あれは状況が悪かったから仕方なく殴ったように見えたわ」
「……本当にめんどくさいわね」
完全に読まれている――と一夏は思った。さすが更識家当主というべきなのだろうかとも思うが、とりあえずどうやってこの場からいなくなる方法を模索した。
楯無を殴るという手段もあるが、楯無が言うとおり正直したくない。この状況最善なのが逃げる方法ではあるが、現在いるのは廊下で、他の生徒もちらほらと歩いている。窓ガラスを割るような逃げ方はよろしい状況ではなく、たとえて窓が開いていたとしても、誰かに見られる可能性は考えられた。
これらのことを考えれば、一夏がとる行動はたった一つしかなかった――
「それで、今度は何を企んで――」
「それじゃあ、また今度っ!!」
「って、待ちなさい!!」
普通に走って逃げる――その選択肢しか一夏は取るしか方法がなかった――