転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 予定よりも少し話が長くなってしまい、更新遅れてしまいました。すみません。

 今回から第三篇に入ります。第二篇と同様三~四話を予定にしています。

 それでは、どうぞ。


二番隊異動篇
第九話


 ジリジリジリジリ!! という目覚まし時計の音に驚くように飛び起きる。

 

「……そうか。今日から二番隊か」

 

 昨日まで朝御飯を準備してくれていた彼女の姿はなかった。

 朝の弱い僕にはとても朝御飯を作る気持ちにはなれず、軽く果物を口にして家を出た。

 

 上位席官に宛がわれる家はその住人が所属する隊舎に程近い場所に建てられているので、家を出てものの数分で二番隊隊舎に着いた。

 

「おはよう新人。今日からよろしくな」

「あっ、楠木さん。おはようございます」

 

 二番隊隊舎に入って一番最初に僕を迎えてくれたのは、僕が護廷十三隊に入隊する前から何かとお世話になっているのに加えて、僕の白打の師匠でもある楠木さんだった。

 壁に背中を預けてじっと立っているので、もしかしたら僕を待っていてくれたのかも知れない。

 

「なんだ? 動きが堅ぇぞ。……まあ、緊張するのも分かるが、気楽にやっていけよ。なんてったって俺が付いてるんだからよ」

「……そうですよね」

 

 因みに、楠木さんが『俺が付いてる』って言ったのはそのままの意味で、現在四席の楠木さんは今年から僕が率いる“檻理隊”の副隊長になったのだ。これも砕蜂隊長が色々と気を遣ってくれたお陰である。

 

「ほらっ、シャキっとしろ! シャキっと!!」

「痛ったっ!? いきなり何するんですか!?」

 

 何時まで経っても張り詰めた空気の僕に痺れを切らしたらしく、楠木さんは僕の背中を勢いよくど突いた。

 

「そんなに心配しなくても、二番隊に真面目に修行に取り組むお前を悪く言う奴は居ねぇよ。何せもう二十年以上の付き合いだからな」

「いえ、それは心配してないです。もし仮に二番隊の人達が僕を認めなくても、それを見返してやる位の勢いで僕が頑張ればいいだけの話です」

 

 このことはもう何年も前に五番隊で慣れた。だから問題はこのこととは別の所にある。

 

「お? 言うようになったじゃねぇか。……ん? じゃあ、何でそんなに緊張してるんだ?」

「いや、ただ単に分隊長として一つの隊を率いるのが不安で……」

 

 今までも席官として何人かを率いて任務に就いたことがあったけど、今度僕が率いて行かなければならないのは隠密機動第三分隊“檻理隊”という一つの集団だ。

 別に人前で何かをする事が得意という訳でもない僕がここまでの大人数を率いる事に不安を憶えるのは仕方のないことに思える。

 

「はっ、それこそ無駄な心配だろ。何の為に俺が居ると思ってんだ? 尻拭いは俺がしてやるから、お前はお前のやりたいようにやりゃあいいんだよ」

「……楠木さん」

 

 そう腕を組んでふんぞり返った楠木さんは今までにないくらい頼り甲斐のあるように見えた。

 立場こそは逆転したものの、やはりこの人は僕の尊敬する師匠のままなのだ。そう思うと少し気が楽になった気がした。

 

「じゃあ、そうと決まったら行ってこい!」

「なっ、ぐえっ!?」

 

 安心したのも束の間、突如楠木さんが一室の襖を開けながら僕の背中を蹴飛ばした。

 咄嗟のことに僕は床に両手をつく。

 

「痛ててててて。何するん――」

「――遅いぞ蓮沼。時間ギリギリではないか」

「……はい?」

 

 楠木さんに文句を言おうと立ち上がると、そこには砕蜂隊長が居た。

 それに時間ギリギリってどういうこと? 今日は二番隊への初出勤だったから三十分前には着くように家を出たはずだ。

 

「ご苦労だったな。楠木」

「ええ、此奴ときたら遅刻寸前なのにも関わらず急ぐ素振りも見せないから流石に驚きましたよ」

「え? 今日って八時三十分集合ではないんですか?」

 

 違和感を抱いた僕はすぐさまそれを伝えると、場に暫しの静寂が訪れる。

 

「……これはどういうことだ、大前田?」

 

 すると、どこか納得がいった様子の砕蜂隊長が副隊長である大前田さんに話しかけた。

 

「い、いや~何の事っスか? 俺は其奴にちゃんと八時に来るように伝えましたよ。其奴が勝手に時間を勘違いしただけじゃないんスかね?」

 

 視線を右往左往させながら大前田副隊長は言った。はっきり言ってバレバレである。

 

「ふむ、そうか。それはそうと大前田、汗が凄いぞ。どれ、私が拭ってやろう」

「そ、そうっすか。それじゃあお願い――ぐふっ!?」

 

 手拭いを出した砕蜂隊長に大前田副隊長が顔を差し出すのだが、その瞬間、砕蜂隊長の裏拳が大前田副隊長に襲いかかった。

 それにより吹き飛ばされたされた大前田副隊長が襖を突き破らんとするのだが、これまた絶妙なタイミングで楠木さんが襖を開けた。

 

「ぐえっ!?」

 

 結果、大前田副隊長は勢いのまま庭まで飛ばされ、それを見届けるや否や襖が閉められた。

 

「では、紹介しよう。今日から二番隊三席兼隠密機動第三分隊“檻理隊”として働くことになった蓮沼卯月だ」

 

 ――えっ!? 切り替え早っ!?

 

 大前田副隊長を見届けた砕蜂隊長はまるで何もなかったかのように僕の紹介を始めたのだ。朝しか来ていなかった僕には分からないけど、先程の楠木さんの動きを見るに、二番隊ではこれが日常茶飯事なんだろうか?

 

 そう呆然としていると、楠木さんに肘で小突かれた。あ、自己紹介か。

 

「……あっ、この度この隊で働くことになりました。蓮沼卯月です。至らない所も多いと思いますがよろしくお願いします」

 

 こうして、僕の二番隊隊士としての生活が始まった。

 

 

***

 

 

 翌日、砕蜂隊長に呼び出された僕は彼女と一緒に二番隊隊舎の裏側を歩いていた。

 

「それで、話とは何でしょう? 砕蜂隊長」

「ああ……」

 

 歩きながら僕は前を行く砕蜂隊長に話しかけた。

 

「……二番隊と隠密機動の業務はやっていけそうか?」

「はい、流石に以前よりは量が増えたので苦戦しそうですが、頑張ります」

 

 僕は二番隊の三席と隠密機動第三分隊隊長の仕事を掛け持ちしている為、その量は五番隊に居たころの倍近くのものとなっている。

 今までは事務仕事に苦戦など一度もして来なかった僕だけど、流石に数の暴力には勝てそうにない。でもその分部下も増えたので上手くやればやって行けそうである。

 でも正直、仕事についてはやってみない事にはどうにも言えないので、今ごちゃごちゃ考えても仕方のない所がある。

 

「そうか」

 

 ぶっきらぼうに相槌を打った砕蜂隊長は再び前を向いて歩き出すと、会話が途切れた。

 

 だけど、これだけの為に砕蜂隊長が僕を呼び出したとは考えにくい。

 

「ところで、今どこに向かっているんですか?」

 

 なので、質問を変えてみることにした。

 

「なに、行けば分かる」

「……そうですか」

 

 どうやら今話す気はないらしい。恐らく、着いてからの方が説明し易いなどといった理由があるのだろう。

 

 僕は質問をすることを止め、大人しく引き下がった。

 

「着いたぞ」

 

 それから五分程歩いたところで、砕蜂隊長は足を止めた。

 

「……ここは?」

 

 そこで僕の目に映ったのは橋の向こうに隔たられた巨大な何かだった。

 

「ここは二番隊が管轄する地下特別檻理棟――通称“蛆虫(うじむし)の巣”だ」

 

 

***

 

 

 地下特別檻理棟。巨大な掘の奥に建てられたその施設の中は歩き易いように階段が削られているだけの洞窟だった。

 

 入口で砕蜂隊長の言う通りに門番に斬魄刀を預けた僕達はその階段を降りていた。何でも、この特別檻理棟の中では武器の持ち込みが禁じられているらしい。

 

「昨日説明した檻理隊の仕事の内容は覚えているか?」

 

 すると、砕蜂隊長が口火を切った。

 

「はい、勿論。瀞霊廷で犯罪を犯した人を捕らえ、投獄することですよね?」

 

 何度も言うけど、元々僕は普通の日本人。できるだけ人を殺めるような仕事はしたくない。だから、人を捕らえるだけに留められる檻理隊の仕事は僕の性に合っていると印象に残ったものだ。

 まあ、そんなものなくても仕事の内容位は覚えられるんだけどね。

 

「ああ、そうだ。だが、檻理隊にはもう一つ――特別檻理と呼ばれる仕事がある」

「特別檻理……ですか」

「ああ。それは護廷十三隊に入隊した者の中からその思想や行動において他の死神に危険を及ぼす、または業務に支障を来す可能性があると判断された隊士を捕縛し、監視下に置くことだ」

「え? でもそれって……」

 

 おかしい。今の砕蜂隊長の言い方だと、――まるで罪のない人まで牢屋に入れるみたいな言い草じゃないか。

 

「その様子だと気づいたようだな。ああ、そうだ。この特別檻理の対象は罪を犯した死神ではない――無実の死神だ」

「っ!?」

 

 僕が驚いているのを節目に砕蜂隊長は更に言葉を続ける。

 

「護廷十三隊は高尚な組織。そこに一度合格した者の中から不適合者など出てはならない。中央四十六室の考えだ。ところで蓮沼、今までお前の同期で護廷十三隊を脱退した奴は何人いた?」

「えっと、確か一人だったと思います」

 

 よく覚えていないけど、確か一身上の都合か何かで下位席官の人が一人脱退していた気がする。

 

「そうか。だがな蓮沼――護廷十三隊に“脱退”という概念が存在しない」

「え?」

 

 なら脱退した隊士はどこに行ったんだ。という疑問が思い浮かんだ所で、砕蜂隊長の説明に入る。

 

「護廷十三隊では隊士自らの意志による脱退は認められていない。個人の事情でどうしても隊を離れなければならない場合は“休隊”。そしてそれが長期に渡り復隊の見込みが無くなった場合は“除籍”といった形になる」

「……ということは」

「護廷十三隊において“脱退”とは特別檻理化を意味する。脱退を宣告された隊士は全員強制的にここで監視される」

「…………」

 

 言葉が出なかった。いや、出せなかったと言った方が正確か。いくら危険だからって無実の人間を捕らえるのはあんまりだと思った。

 だけどそれを口に出すことはできなかった。いや、出したらいけないのだ。

 中央四十六室。それは瀞霊廷において最も権力を持った機関だ。故に中央四十六室の決定は絶対でありそれに逆らう者は最悪罰せられることもあるほどだ。

 つまり今僕は中央四十六室に対する不平や不満を一切口にできないのだ。

 

 そうしている内に僕達は階段を降りきり、一つの大きな扉の前で立ち止まった。

 

「何、案ずるな。さっきも言ったがここに居る奴らは別に罪を犯した訳ではない。ある程度の自由は利くようになっている。これがその証拠だ」

「え?」

 

 僕に説明をしつつ砕蜂隊長は扉をゆっくりと開けた。そして僕はそこから目に飛び込んできた光景に呆然とした。

 

 そこにあったのは洞窟の中ということと全員が白い着物を着ているということを無視すれば、ごく普通のものだった。何人かで楽しそうに談笑をしている人も居れば、将棋や麻雀などのボードゲームをしている人も居た。

 確かに、砕蜂隊長の言うようにある程度の自由は認められているらしい。

 

「とはいえ、行動が制限されているのには変わりはない。当然中には反感を持つ者も居る」

「つまり、それらを相手取るのが檻理隊隊長である僕の仕事というわけですか?」

「ああ、そうだ」

 

 そして、武器の持ち込みを禁じられているここではあれだけの人数を相手に斬魄刀なしで相手をしなければいけない。

 

 斬魄刀が使えたら眠らせるだけだし、本当に楽なんだけどな……。

 

「さて、大方説明も終えた事だし、そろそろ本題に入るとしよう」

「え、仕事の説明が本題じゃなかったんですか?」

「仕事の説明はもののついでだ。それだけならわざわざ私が出向く必要もない」

 

 言われてみると確かに納得がいった。別に仕事の説明ぐらいならそれこそ平隊士の人が説明しても問題はないのだ。

 

「私がここにお前を連れて来たのは、お前の実力を確かめる為だ」

「僕の……実力を?」

「ああ、そうだ。実はな蓮沼、私はお前にある技を伝授しようと思っている」

「っ、それは!?」

「恐らく、今お前が思い浮かべていることと変わらないだろう」

 

 僕が思い浮かべたこと。そんなの勿論一つしかない。

 

 ――瞬閧だ。

 

「これからお前にはここにいる特別檻理対象者と白打のみで戦ってもらう。中には中々の実力を持っている者も居るからな。見極めにはちょうどいい」

 

 そう言いながら砕蜂隊長は数歩前に歩み出した。

 

「聴け、蛆虫共!! 今日から檻理隊の隊長が此処に居る蓮沼卯月に代わった。そこで、だ。今から一時間以内に此奴を倒すことが出来たのなら、お前ら全員をここから出すと約束しよう!!」

「「うおおおおおおおおお!!」」

「えっ……えええええええ!?」

 

 そんな莫迦な。これじゃあ、絶対に負けられなくなったじゃないか。もしこれで僕が負けて彼らがここから出るようなことになれば間違いなくその責任で僕の首は飛ぶ。

 

 だけど、そんな僕の懸念を嘲笑うかのように、ここの住民達は先程とは比べ物にならない程に目をギラつかせて、霊圧を解放している。

 

「では、始め!!」

「「おおおおおおおお!!」」

 

 砕蜂隊長が掛け声を上げるのと同時に大勢の人が僕に向かって瞬歩で急接近して来る。

 その中には砕蜂隊長の言う通りかなりの実力を持った人も居た。その人は真っ先に僕に向かって近づいて来ている。

 

 ――でも、今の状況では寧ろその方がありがたかった。

 

「ふっ!」

「ぐおっ!?」

 

 僕はその人にカウンターを決め、その後も正確に相手が接近して来るタイミングを見極め、カウンターを決めていく。もしこれが全員同じタイミングで僕に接近して来たのならこう上手くは行かなかった。

 

 因みに攻撃がカウンターばかりなのは、単純にそれが僕の戦闘スタイルだからだ。女顔と称されることもある僕の身体つきは華奢な方だ。基本的にこの世界の力の上下関係は霊力に左右されるけど、同格以上の相手と戦う際にはやはりある程度の技術が必要になって来る。

 そんな時僕が目をつけたのがカウンターだ。カウンターはしっかりとタイミングを見極めれば、相手の力をも利用して戦う事ができるので、攻撃力が高められるのに加え、非常に効率がいいのだ。

 

「ほう」

 

 僕の動きを見た砕蜂隊長は感嘆の声を漏らした。どうやら、及第点には達していたようで、ひとまず安心だ。

 

 そして、十分が経った頃には僕と砕蜂隊長以外でこの場に立っている人は居なくなっていた。

 

 

***

 

 

 あれから人目のつかない森の中へと場所を移した僕と砕蜂隊長はお互いに向き合い、構えていた。

 

「察しはついているだろうから先に言っておくが、これから私がお前に伝授する技は以前お前が楠木との模擬戦で見せてくれた白打と鬼道の融合の発展系だ。とは言えお前もこの二十年何もして来なかった訳ではないのだろう? 先ずはそれを見せてみろ」

「はい、分かりました」

 

 そう。僕だってこの二十年間何もして来なかった訳ではないのだ。白打の練度がまだまだ未熟だったから瞬閧に至ることはできなかったけど、幾つかの技を生み出す事ができた。

 

「僕がこの二十年間でできるようになった事は主に三つです。先ず一つ目は“衝破閃”を足や頭など攻撃を行うすべての器官から発動できるようになりました」

 

 僕は説明しながら身体の様々な所を使って素振りをする。白打が上達したからか、以前よりも技の出が早くなったし、威力もかなり上昇した。

 

 砕蜂隊長は頷くことで次を促した。それを見た僕は説明を再開する。

 

「次に二つ目です。これは説明するよりも先に見てもらった方が早いでしょう。【波弾(はだん)】!」

「ほう」

 

 僕が拳を突き出したのに合わせて、丁度拳位の大きさの霊力の塊が射出され、それは辺りの木々を瞬く間に貫いて行く。

 

「これは圧縮した霊力を拳を突き出す勢いに乗せて、一気に放出する技です」

「それだけではないだろう。拳を突き出す際に捻りを入れることで弾の貫通力を上げているな」

 

 流石は砕蜂隊長と言うべきか、一度見ただけで技を完全に見切っている。

 

「その通りです。現世にある銃という武器の構造を参考にしました」

 

 これは現世ではよく知られている話だけど、銃は射出する際に回転をかけられる構造にすることによりその貫通力を底上げしている。

 その他の細かい構造は知らないけど、この知識を生かしたのがこの技と言うわけだ。

 

「そして最後に三つ目ですね」

 

 とは言っても二つ目とあまり変わらないんだけどね。

 僕は腰を少し落とし、今の僕にできる最速の蹴りを放つ。

 

「【波斬(はざん)】!」

「なっ……!?」

 

 だけど、砕蜂隊長は驚愕を露わにした。まあ、確かにこれは普通の蹴りではできないことが起きているからね。

 

 そう思いながら僕は――切り倒された辺りの木々を眺めた。

 

「三つ目は蹴りと共に斬撃を放つ技です。最初は“波弾”を足でも放てるようにと思ってたんですが、何故かこうなりました」

「いや、それはおかしくないか……?」

 

 うん。僕もそう思う。だけど仕方ないじゃないか。

 それにこれはこれで便利だし、僕的にはいいと思うだけど。

 

「まあ、別にいいじゃないですか。損している訳でもないんですし」

「……それもそうだな」

 

 さて、これで僕の技の紹介も終わったことだし、そろそろ二十年越しの僕の計画が達成される時が来たんじゃないかな。

 

「では、次は此方の番だな。蓮沼、少し離れていろ。実はこの技はつい先日完成したばかりでな。まだ名前も付けていなければ制御も完全にはできていない」

「分かりました」

 

 僕が下がるのを確認した砕蜂隊長は隊長羽織を脱ぐと、霊力を練り上げ上昇させていく。その度合いは始解のそれを大きく上回っており、生前の友達が極めれば卍解にも匹敵すると表現したのにも頷ける。

 

「行くぞ! はああっ!!」

「っ!?」

 

 砕蜂隊長の声と同時に肩から大量の霊子で構成された風が吹き荒れる。その風は辺りの砂を巻き上げ、土煙を生み出した。

 

 そして十秒後、砕蜂隊長が技を解くと次第に土煙は収まっていった。

 たった十秒間の出来事だったけど、その十秒は僕にとってはこの上なく濃密な十秒となった。

 

「何か気付いたことはあったか?」

 

 値踏みをするような視線で砕蜂隊長は僕に問いかけた。

 恐らく、僕を試しているのだろう。これは僕も経験したことだけど、人に何か物を教える時は一から十まで教えているようでは駄目だ。

 本人に考えさせ、工夫するよう促すのが本当の指導だ。

 

 そして、僕がこの十秒間で得たものは実際にあった。

 僕は「はい」と、返事をしてから口火を切った。

 

「僕が気付いたことは僕と砕蜂隊長では霊力を練り上げるタイミングが違うということです」

「ほう。続けてみろ」

「はい、例えば僕の“衝破閃”は白打に合わせて鬼道を放つというイメージなんですが、先程砕蜂隊長が使っていた技は先ず始めにしっかりと白打と鬼道を練り合わせてから発動に移っていました。それにより、霊力操作の難易度は上がりますが、それを差し引いても余りある破壊力を得ていました」

「やはり気付くか……。そうだ、この技はお前が使っていた技とは霊力操作が根本的に異なる。先ずは体内で鬼道と白打を融合し、それを肩と背中から一気に放出し、拳や足に纏わせて戦う技だ」

 

 説明を終えた砕蜂隊長は「ほれ」と言いながら何やら黒い布状の物を放ってきた。

 

「これは……服?」

 

 しかしよく見て見ればそれは今砕蜂隊長が着ている死覇装のように背中に当たる部分の布と肩の布がばっさりと切り取られていた。

 

「それは隠密機動が死覇装の下に着ている服を改造したものだ。先程見せたようにあの技は肩と背中から霊力を放出するという性質上、技の発動と同時にそこの布が弾け飛ぶ。明日から毎朝ここで修行するから必ず着てくるようにしておけ」

 

 そう言って砕蜂隊長は先程脱ぎ捨てた隊長羽織を着直した。

 

「……え? 毎日修行? 僕と砕蜂隊長がですか?」

「そう言ったが、文句でもあるのか?」

 

 ギロリと眼光を鋭くさせながら砕蜂隊長は訊いてきた。

 

「い、いえ! ただ、僕なんかが砕蜂隊長に修行を見てもらえるなんて恐れ多くて!」

 

 砕蜂隊長も忙しいだろうし、僕としては時々アドバイスを貰いながら後は自分で完成させていく予定だったんだけど予想外だった。

 

「ふっ、そう畏まるな。私はお前の実力を見込んで五番隊から引き込み、こうして技を教えているのだ」

「……砕蜂隊長。はい、よろしくお願いします!」

「ああ。ところで蓮沼。一つ頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」

「はい? まあ、僕は教わる身ですし、僕にできることならなんでもしますけど……」

 

 この時、僕は思いもしなかった。次の瞬間、砕蜂隊長が特大の爆弾を落とすことを。

 

 

「――お前にこの技の名前を考えて欲しい」

 

 

「……はい?」

 

 真っ直ぐと僕を見つめて頼みごとをして来た砕蜂隊長に対し、僕はそんな間抜けな声しか返すことができなかった。

 




 

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