転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
長かった。
決して長距離を走った訳でもなければ、多くの時間を要した訳でもない。だけど、ここに来て僕はそう思わずには居られなかった。
ここに来るまで色々なことがあった。周りを見てみれば、僕と共に敵本陣へと向かう皆の姿があるけど、その数は霊王宮に乗り込んだ当初と比べて、随分と減っていた。
修兵と砕蜂隊長に続いて、浦原さんと夕四郎君、それから破面の二人は夜一の加勢に向かったので、現状、護廷十三隊の隊長は、総隊長、僕、朽木隊長のたった三人となっている。元隊長が複数人居る仮面の軍勢も居るとは言え、これから最終決戦が始まることを考えると、少々不安も残るが、そうも言ってられない。
何故なら、霊王宮で遭遇した敵を少人数で請け負ってくれた彼らの存在がなければ、今この場には誰も立つことができなかったかもしれないのだから。
それだけではない。情報が何もない状態で敵に挑み、無念にも卍解が奪われたものの、次への布石となる情報を残した雀部副隊長。更木隊長の力を引き出すために、彼の修行相手を務めあげた卯ノ花隊長。世界の崩壊を食い止めるため、霊王の右腕の依代となることで時間を稼いだ浮竹隊長。その他にもこの戦いで命を散らした大勢の隊士達。この内誰が欠けても、この戦争をここまで戦い抜くことはできなかっただろう。
そんな数々の協力と犠牲の上に、僕達はここまで来ることができたのだ。
負ければ世界が崩壊するという状況故に、最早不安だとか戦力差だとかは関係ない。彼らの為にも、僕達は全力で戦い抜く義務があった。
そして、それは全員が同じ気持ちだろう。わざわざ声に出さずとも、場の戦意が充実していくのが分かった。
やがて、一護君が戦う敵本陣へと辿り着く。道中感じていた。ユーハバッハと衝突する一護君の凄まじい霊圧を。僕なんかが一生かけても至ることができない境地で戦うその背中。二年前の僕は、それを遠目に見て、心の中で感謝し、謝ることしかできなかった。
だから、今度こそは最後まで隣で支えてあげたいと思っていた。井上さんを無事に送り届けることができなかったこととは別の、僕のもう一つの後悔。それを晴らせる時が来たと思っていた。
そんな、勝利すること以外の願いを抱いていただろうか。目の前に広がる光景に、僕はショックを隠せなかった。
「なん……だと!?」
恋次の愕然とした声が聞こえる。正直言って、僕も同じ気持ちだ。
やっとのことで敵本陣に辿り着いた僕らが目にしたのは、折れた斬魄刀を手に、力なく地面に項垂れる一護君と、そんな彼に対し、無傷のままこの場を去ろうとするユーハバッハの姿だった。
おかしい。つい先程まで一護君は互角の戦いをユーハバッハと繰り広げていたはずなのだ。それがどうして僅か数分でここまでの差がついているのか、一瞬理解しかねたけど、すぐに答えは出た。
これこそがユーハバッハの未来改変の力なのだろうと。二人の霊圧はほぼ互角。互いの力が拮抗している時、勝敗を分ける要因は様々だけど、一番に挙げられるのは能力の相性差だ。
単純な戦闘力だけで言うならば、今の一護君と剣を交えられる者は片手で数えられるくらいしか居ないだろうが、その分彼は搦め手に弱い。同じくらいの霊圧でここまで差がついたのはそれが原因だろう。
しかし、それは今の僕達にとって些細な問題だった。
多少の傷を負おうとも、井上さんが居れば、短時間で癒すことができるし、僕などの回道使いが手伝えば、霊力の回復も素早く済ませることができるからだ。
そんなことより、もっと重大な問題が今の一護君にはあった。
「さらばだ、一護。私には最早お前も、星十字騎士団も必要ない。そこで見ていろ。私に潰される尸魂界と現世の景色をな」
影を用いて、空間に裂け目を作りだしたユーハバッハは一護君に語りかける。
口振りからしてあの裂け目は、瀞霊廷か現世に繋がっており、今からユーハバッハはそれらを破壊しに行こうとしているのだろうが、一護君はその言葉にピクリとも動かない。
別に気を失っている訳でもなければ、勿論死んでいる訳でもない。ただただ、一護君は動かなかった。強大な力を持つユーハバッハに屈し、抗うことを止めてしまったのだ。
しかし、それは下手をすれば、力の差よりも深刻な問題だった。
今まで一護君は戦いの中で、恐怖をはね除けることで、大きく成長してきた。だけど、そんな彼が敵に屈することは、その成長の芽を自ら摘んでしまうことに他ならなかった。
「そして、護挺十三隊よ。しぶといことだ。よもやこれだけの数の死神が、この場に足を踏み入れることになるとは思わなかった。しかし無駄足だったな。今さらお前達が来たところで、私を止める術はない」
続けて、ユーハバッハは僕達に向けて話だした。
その発言、そして今になって漸くこちらに意識を向けたことから、侮っていることは明白だったけど、その認識は正しい。
あれだけの霊圧を保有していた一護君がこの状態なのだ。僕達がユーハバッハと戦ったとしてもできることはそう多くはないだろう。
もし、ここで僕達がユーハバッハと戦った時、一番の戦力は総隊長だけど、彼の卍解はユーハバッハに奪われたままだ。この時点で僕達はユーハバッハを殺す術を持っていないのだ。
それ故に、僕達はユーハバッハの発言を聞き流すことしかできなかった。
だけど、それと諦めるのとは話が違う。
抗えば苦しいだろう。痛いだろう。辛いだろう。絶望だって何度もするかもしれない。
でも、何もしなければ全てが終わる。であれば、足掻こうじゃないか。瀞霊廷を守護する護挺十三隊として。そしてなにより、僕達をここまで導いたくれた者達の仲間として。
そんな気持ちが全面に出ていたのだろう。僕達の表情を見たユーハバッハは、身体を翻しながら次の言葉を残した。
「だが、追いたくば追ってこい。この門は残しておく。追ってくれば、その気迫に免じて贅沢な死を与えてやる。これから先の未来、お前達が最も大きな幸福を感じた瞬間を選び抜いて殺してやるとしよう。お前達はこれから先、幸福を感じる度、私の言葉を思い出すだろう。そして今その度に、約束された死の恐怖を味わい続けるのだ。永遠に」
この絶望的な状況で、幸福を感じるとするならば、それはきっと僅かばかりの希望を見いだしたときだろう。
まるで天から垂らされた蜘蛛の糸のようにか細いそれを、ユーハバッハは切り落とすと、今この場で宣言したのだ。
絶望は絶望のまま。そして希望は絶望へと塗り替えられる。その言葉は僕達に重くのしかかった。
でも、僕達死神はその程度の脅しじゃ止まらない。
死の恐怖? そんなものは常に抱いている。でも、戦いにおいて、恐怖は決して悪じゃない。僕は修兵にそう教わった。
この場にいる全員が僕と同じような考えをしている訳ではないだろう。恐怖をはね除ける者れば、恐怖を受け入れる者もいる。そもそも恐怖など感じたこともない人だって居るかもしれない。
だけど、この場に居るのは死神として最高峰の力を持った人達だ。
――故に、恐怖との折り合いなど、とうに全員がつけている。
「待てい!」
総隊長の言葉を皮切りに、僕達は全員が動き出す。
斬魄刀に破道と、あらゆる遠距離攻撃でユーハバッハの動きを止めようとした。僕も、ユーハバッハの行く道の前に結界を張りつつ、波状弾を撃ったんだけど、それらはユーハバッハに辿り着く前に四散した。
視覚でも霊覚でも何をしたか分からなかったことから、恐らく未来改変の能力なのだろうけど、全員の攻撃でも無傷となれば、一太刀浴びせるのに相当な苦労を強いることになるだろう。
影の中に消え行くユーハバッハの背中を見ながら、そう思ったのだった。
***
ユーハバッハが去った後、まず僕達が行ったのは、ユーハバッハを追うことではなく、この後の戦いに備えた情報収集だった。
僕には原作知識があるので、ユーハバッハが未来改変の能力を持っているということを知っているけど、他の皆はそうではない。故に実際にユーハバッハと剣を交えた一護君から情報を得ようとするのは、当然のことだった。
また、僕からしても原作知識との差異がないか、確認できるので丁度よかった。
「……何だ……その力は……! 未来を書き換えるだと? そんなもの手の打ちようがないではないか……!」
そして、一護君から全てを語られた時、僕達を支配したのは更なる絶望だった。
朽木さんの言葉が、この場に居る全ての人の気持ちを代弁していた。
「ごめん黒崎君。……天鎖斬月治せなかった」
「ここから先全ての未来で折られたものを、拒絶することはできぬというわけか……!」
一護君がユーハバッハについて語っている間、井上さんは折れた天鎖斬月に双天帰盾をかけていたんだけど、残念ながらその結果は芳しくなかった。
「……これじゃあ、戦えないね」
井上さんが諦念と、申し訳なさが入れ混じった声をこぼす。
一護君の戦いの根幹になっていたのはいつだって斬魄刀だ。死神の力を手にしてからたった二年しか経っていない彼は、僕達死神のように霊術院などで戦いについて学ぶ機会が少なかった。故に、斬魄刀がないなら鬼道で戦うといった多様性が彼にはないのだ。
加えて、虚と滅却師の力までもユーハバッハに奪われてしまったようなので、虚化して虚閃を撃つといったことも、今の彼にはできなかった。
けど、それは戦えないということと同義ではない。
「行くぞ」
恋次が一護君を強引に立たせる。恋次はただ一点、ユーハバッハが去った影を見つめていた。
彼はボロボロになった一護君を、ユーハバッハのもとに連れていこうとしているのだ。ここで諦めれば、きっと一護君が後悔することが分かっていて、例え斬魄刀は折られても、その闘志はまだ研ぎ澄ますことができるということを知っているから。
「恋次! 待て! どうするつもりだっ!?」
「決まってんだろ。あいつを追うんだよ」
「莫迦な……。せめて何か策を練ってから挑むべきだ」
「あんなバケモノ相手にそんなの思い浮かぶかよ」
「そ、それは……」
傷を負った一護君を強引に連れていこうとする恋次を止めようとした朽木さんだったけど、恋次の反論を聞いて言葉に詰まってしまう。
きっと、どちらが間違っているという訳ではないのだろう。本来は朽木さんの言うように、何か作戦を立ててから臨むべきなのだろうが、どんな作戦を立てても、未来が見え、更にはを改変する力を持ったユーハバッハはそれらを容易く潰してくるだろう。だから、恋次の半ばヤケクソのような考えが通ってしまうのだ。
だけど――、
「――策ならないこともないよ」
「「っ!?」」
僕の言葉を聞いて、この場に居る全員の視線が物凄い勢いでこちらに向く。それもそうだろう。この絶望的な状況で、今の僕の発言はまさに希望だ。誰もが一言一句聞き逃すまいと注目するだろう。
加えて僕は、この作戦――つまりは卍解をこの場に居る人では、ほたるにしか明かしていないのだから。
「確証はありませんが、僕の卍解を使えば、恐らくユーハバッハの未来視及びその改変を無力化できます」
ここまで語って、場の空気が少し明るいものに変わったのを感じた。
斬魄刀の能力は千差万別。その卍解ともなれば、ユーハバッハに対抗できるような能力があってもおかしくない。そう考えたのだろう。
だけど、この作戦は完璧ではない。
――何せ、卍解を無事発動できるかどうか分からないし、もし発動できたとしても、その時点で勝ちが確定する訳ではないのだから。
「だけど、問題が二つあります。まず一つ目は、一護君を見れば分かるように、ユーハバッハは未来で斬魄刀を折ることで、こちらの力を削いできます。多分、それ自体は睡蓮の能力でなんとかなると思いますが、それで卍解を発動できるかどうかは話が別です。きっとユーハバッハは全力で阻止してくるでしょう」
僕の見立てでは、睡蓮の能力で未来で斬魄刀が折られるということにはならない筈だ。だけど、それはユーハバッハの未来視まで防げるという訳ではない。
もし、僕がユーハバッハだったなら、不確定要素である僕を真っ先に殺すので、きっとユーハバッハもそうしてくるだろう。
「次に僕の卍解ができるのは、あくまでユーハバッハの未来視と未来改変を無力化するまでです。そこからユーハバッハを殺す術を僕は持っていません」
例え未来視、未来改変の能力がなくても、ユーハバッハはその基本能力だけで十二分に脅威だ。
恐らく、それを打倒できるのは、この場にただ一人。
「だから、一護君。ユーハバッハにトドメ刺す役目を君に任せたい。その為に、暫くは回復に務めて貰うよ。霊力は僕の結界で回復できるから、井上さん、怪我の治療をお願いできるかな?」
「はい!」
「ま、待ってくれ蓮沼さん! 俺はユーハバッハに卍解を折られて、力も奪われたんだ。今の俺にあいつと戦う力は残ってねぇ……」
まるで僕がそう指示するのを分かっていたかのように、大きく返事をする井上さんに対し、一護君は戸惑いを隠せず、自身の力不足を主張する。
「うん、分かってる。だから、君の回復は卍解を治して、奪われた力を取り戻すまでだ」
「っ! 何か手があるのか!」
「あるよ。成功するかどうかは分からないけどね」
一護君の目に光が灯る。一護君が諦めてしまったのは、ユーハバッハの力が隔絶しているのもそうだけど、最たる原因は戦う術を無くしてしまったからだ。
だけどもし、戦う術を取り戻し、僕の卍解でユーハバッハの能力を封じることができたのなら、いけるかもしれない。そう感じたのだろう。
……一護君の力を元に戻す手はあるにはある。僕が何かをするわけではない。恐らく、それを行うことが可能な人物がどういう訳かこの場にやって来ているのだ。
その人物の接近を感じ取っていた僕は、一旦一護君から視線をそちらに移す。
「どういう風の吹き回しで君達がこの場に来ているのかは分からない。正直、君の力を借りるのは癪だけど、力を貸して欲しい。――月島秀九郞」
「「っ!?」」
そこにいたのは、かつて一護君達の心を弄んだ月島秀九郎や、一護君の力を奪った銀城空吾を始めとするXCUTIONの面々だった。
「何の真似だ銀城、月島……!」
僕の言葉で初めて彼らの存在に気がついた一護君は語気を強める。
僕でさえ、彼らの参上には複雑な心境なのだ。一護君がそうなるのも当然のことだろう。
だけど、恐らく今の僕達には月島秀九郎の力を借りる他に道はない。僕の見立てが正しければ、彼の過去改変の能力ならば、ユーハバッハの未来改変に対抗できる筈だった。
とは言え月島や銀城は僕達の敵である。故にこの交渉が、ここから先の命運を分けることになるのだ。
「何の真似って言われてもね……。銀城が君の味方しろって言うから、仕方なくしてるだけなのに」
「味方……だと……?」
「馬鹿野郎。味方しろとは言ってねぇだろ。俺はお前に義理を返せって言ったんだ」
しかし、僕のそんな想定は皮算用だったようで、彼らは自ら力を貸すと言ってくれた。
それにしても義理、か……。ここで言う義理とは、恐らく一護君が銀城の遺体を現世に持って帰ったことを指して居るのだろう。銀城にとって、敵である死神が居る瀞霊廷で遺体を管理されるというのは、酷く屈辱的だった筈だ。
しかし、一護君は自身を騙した銀城の遺体を彼が死神代行、つまりは人間だからという理由で現世に持って帰った。そのことに、銀城は感謝しているのだろう。
また、一護君はその他のXCUTIONのメンバーも見逃している。銀城はこれらのことを総じて義理と言っているのだ。
情けは人の為ならず。正にその言葉の通りだった。過去の彼の行いは、この世界崩壊の土壇場となって帰って来たのだ。
「月島の過去改変の能力があれば、君の力は戻るはずだよ。これで戦えそうかな、一護君?」
回復の目処が立ったところで、僕は改めて一護君に問いかける。……正直、このやり取りにあまり意味はないと思うけどね。
「ああ!」
そう頷く一護君の瞳には、既に恐怖も諦念もない。
――自分が護る。
そう言外に語っていた。
「あい分かった。黒崎一護が回復に務め、その間儂らが戦況を持たせる。それで良いな?」
「「「はい!」」」
「ちょっと待てよ。面白そうな話してんじゃねぇか」
最後に作戦の確認をとった総隊長に、ほぼ全員が頷く中、一人違う返事をした者がいた。
「――剣八! それに一角に弓親、青鹿さんも!」
「一護が回復する時間を稼ぐだ? そんなまどろっこしいことせずとも、さっさと倒しちまえばいいだろうが」
もうすぐで出立するというギリギリのところで、こちらに追いついた更木隊長達は、さぞ愉快そうな笑みを浮かべながら、話に混ざって来る。
敵との実力隔絶したこの状況で、それすらも心から楽しめる十一番隊の存在は非常に頼もしかった。
「勿論です。手加減をして勝てる相手はないですからね」
僕の言葉に更木隊長は満足気に頷く。
彼の言うように、一護君の回復が終わるまでに、ユーハバッハを倒すことができるのなら、それに越したことはなかった。
その後朽木隊長の、集団からはぐれてしまった更木隊長に対する苦言から、何時ものやり取りが始まったものの、それぞれ突入の準備を整えていくのであった。
***
「なあ、蓮沼さん。ちょっといいか?」
「なんだい一護君? 結界なら今から張るから、もう少し待ってくれるかな?」
「そうじゃねぇ。訊きたいことがあるんだ」
出立前、一護君が僕に話かけて来た。
まだ、回復の結界を張ってなかったので、そのことだろうと思っていたんだけど、どうやら違ったらしい。
「訊きたいこと? まあ、結界を張りながらでもいいなら大丈夫だけど……」
そして、僕に問いかけようとする一護君の顔が真剣だった。時間的猶予がないことは彼も分かっているはずなので、きっと今じゃなければダメな話なのだろう。
すると、一護君はどこか気まずそうに頭を掻きながら、おずおずと口を開いた。
「あのさ、どうしてアンタはそんなに俺を信じてくれるんだ?」
……なるほど。
「藍染の時は、断界で修行してた俺が来ると信じて、場を持たせてくれた。そして、今もアンタは俺を信じてくれた。だけど、アンタは俺と付き合いが長い訳でもなければ、ルキアや恋次みたいにずっと一緒に戦って来た訳でもねぇ。なのに、どうしてアンタは俺を信じてくれるんだ?」
確かに一護君にとって、僕が彼に置く大幅な信頼は、不自然なものだったのだろう。
僕が彼に信頼を置く理由。始めは彼がBLEACHという漫画の主人公だったからだった。主人公、それもジャンプ主人公ともなれば、その人物は勇気があり、優しくて、強い存在であるというのが僕の認識だ。
だけど、実際に彼の戦う姿を見て、それは変わった。
「それはね一護君、君が不屈じゃないからだよ」
「……は?」
信頼するには、まるで逆な理由を言った僕に、一護君はポカンと口を開ける。言い間違えかもしれないと思っているかもしれないけど、間違いなくこれが彼を信頼する理由だ。
「繰り返すけど一護君、君は決して不屈じゃない。今までの戦いで、何度も絶望してきた筈だ。でも君はそれを何度も乗り越えて来た。何故だか分かるかい?」
ここまで聞いて、一護君も僕が冗談を言っている訳ではないと分かったのだろう。思考を巡らし始めたんだけど、時間がないから、答えは言わせて貰うよ。
「それはね、君には力を貸してあげたいって思ってくれる仲間が大勢居て、君がその人達を護りたいと思ってあげられるからだよ」
今まで一護君は何度も絶望を乗り越えて、恐怖をはね除けて来た。だけど、それは決して一護君一人の力だけでやってこれた事ではない。
「月並みな言葉だけど、人は一人じゃ生きていけない。一人の力にはどうしたって限界がある。でも、君には仲間が居る。それも自ら君に力を貸してあげたいって思ってくれる仲間がね。僕だってその一人のつもりだよ」
最初は、現世の友達だけだった仲間が、数々の戦いを経て、死神、仮面の軍勢、破面と増えていった。
そして、今度はXCUTIONまでもが一護君に力を貸してくれた。
これは他でもない、一護君のこれまでの行動によって得たものだ。
「そして、君はそんな仲間を決して見捨てない。護ってあげたい、そう思ってあげられる男だよ。僕の知る黒崎一護は」
仮に一護君が更木隊長のような戦闘狂だったとしよう。その場合、一度一護君の気持ちが折れてしまえば、もう立ち上がることはできない。
だけど、護りたいという気持ちは、その対象が居て、始めて成り立つ。故に、一護君は何度だって立ち上がることができるのだ。
「これじゃあ、説明不足かな?」
「いや、十分だ。――すぐに追いつく。だから、その間ユーハバッハを頼む」
また、一護君の顔つきが変わった。僕との会話で、再度護るべき存在を認識したのだろう。
それでこそ黒崎一護だ。そんな顔つきをしていた。
そして、そのまま一護君は僕に頭を下げた。頼って貰えたのだ。二年前、藍染と戦って、死神の力を失う彼を、ただ見送ることだけしかできなかった僕が。
「ふふっ、誰に向かって言っているんだい? 僕はあの藍染を相手に一時間近く持たせた男だよ? それに今度は皆も居るんだから、ゆっくり完快を待てばいいさ」
だから、つい嬉しくなって、調子に乗ったことを言ってしまった。
彼も冗談だと思ったのだろう。クスッと小さく笑った後、ああ、頼むと言ってくれた。
一護君に結界を施した後、皆が並ぶユーハバッハが残した影の前に立つ。
「良かったわね、卯月君」
「うん、これで少しは二年前の汚名は返上できたかな?」
「だから誰も汚名だなんて思ってないって言ってるのに……」
僕の隣に立つほたるが、僕と一護君のやり取りを見て、そう微笑んだ。
彼女は二年前の僕の後悔を知っているので、気を遣ってくれたのだろう。
「ありがとう、ほたる。だけど、肝心な本番はこれからだよ」
「……そうね」
僕の言葉で、ほたるの顔が引き締まる。
そう、まだ何も終わってなんか居ない。確かに、井上さんを無事ここまで連れて来ることができたことは嬉しかったし、一護君に頼られたことも嬉しかった。
だけど、この勝負に勝たないことには、それらを噛み締める時間もない。
「勝とう、絶対に!」
「ええ!」
ついに始まるのだ、最終決戦が。
「行くぞ!!」
「「「はい!」」」
そうして、僕達は影の中へと突入した。
という訳で次回から最終決戦です。
更新はゆっくりですが、その分しっかりと内容を吟味したいと思っていますので、あと数話お付き合いお願いします。