転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

80 / 82
第八十話

 リジェの相手を京楽に任せて、先に進むこと十分。護挺十三隊を中心とした一行は、真世界城の入り口に辿り着いていた。

 

 先程まではここを目指して走っていたが、よくよく考えてみれば、目の前の巨大な城の中にも、当然道は続いている。

 瀞霊廷の施設で言えば、懺罪宮がこの構造に似ているのではないだろうか。

 

「これより敵の本陣に入る。より一層気を引き締めよ!」

「「「はい!!」」」

 

 元柳斎の声によって、一行は再度気合いを入れ直す。京楽と別れてからと言うもの、まだ一度も接敵していないが、城の中に入ってしまえば、そうはいかないだろう。

 

 そして、先頭の元柳斎が入り口である階段に足をかけた時――、

 

「なんじゃっ!?」

 

 何者かが猛スピードで飛来して来た。

 それを目にした元柳斎が衝突しないように飛び退くと、彼が元居た場所にその者は、両足で地面を踏み締めるように着地する。瞬間、階段は砕かれ、土煙と共に、大小様々の無数の石が周囲に散らばった。

 

「また、随分な距離を跳んで来たっスねぇ……」

 

 それらを躱しながら、喜助は感心したような言葉を漏らす。

 実際に階段が割れてる以上、それ相応の衝撃が生まれたということであり。それを可能にするには、余程高いところから落下するか、高速で突っ込むなどする必要があった。喜助の霊圧感知によれば、その者は遠くからここまでひとっとびでやって来たらしい。

 

 やがて土煙が晴れると、そこには筋骨隆々な男の姿が。男は、階段の瓦礫の上で足場を整えると、死神達を前に、大きく息を吸った。

 

「侵入者達よ! よくぞここまで来た!!」

「いや、何待ち構えてたみたいなこと言ってんだ! てめぇ、今跳んで来たばっかじゃねぇか!」

 

 まるで、この場でずっと待っていたかのような物言いに恋次が突っ込む。確かに、ユーハバッハや真世界城を守護する親衛隊としての発言としては正しいのだろうが、どうも格好つかなかった。

 

「だが、それもここまで……。ここから先へ通りたくば、我、ジェラルド・ヴァルキリーを倒して行くがよい!!」

「駄目だコイツ……、全然話聞いてねぇ」

 

 しかし、どうやらジェラルドはマイペースな性格であるようで、恋次の指摘など意にも介さず、自分の話を進める。一言目が状況と噛み合っていなかったこともあり、まるで演技でもしているかのように映った。

 

「だが……コレには反応してくれんだろうな?」

 

 そう言った恋次は、一瞬にして解放した蛇尾丸をジュラルドに向けて伸長させる。

 思わず調子を崩されてしまったが、攻撃手段に出れば、ジェラルドもそれに反応せざるを得なくなる。そう恋次は判断したのだが、それは正しかった。

 

 迫り来る蛇腹剣から身を護るべく、ジェラルドは盾を装備している方の腕を差し出す。

 その反応を見て、恋次は蛇尾丸の軌道を攻撃から拘束へと転じさせ、伸びた状態の蛇尾丸をジェラルドの腕に巻き付けた。

 

 初手で怪我を負わせるには及ばなかったが、身動きを封じることはできたので、ここから戦闘を有利に進めるのは、そう難しくないはずだ。そう考えた元柳斎は、このままジェラルドの相手をする者と、先に進む者の二つに部隊を分けようとするのだが、それは叶わなかった。

 

「――誰が通っていいと言った?」

 

 元柳斎の命令を受けて先に進もうとした部隊の道を遮るように、ジェラルドのマントが横に大きく広がる。元の質量を大きく上回り、まるで手足のように動いたそれに突っ込めば、たちまち身体は絡み取られてしまうだろう。

 

「言ったであろう。ここから先を通りたければ、我を倒せと。全員でかかって来い!!」

「その心意気や良し。じゃがお主――拘束されておることを忘れておるぞ」

 

 侵攻を止める為、自らが敵勢力全員に対する壁となろうとしたジェラルドの姿勢を元柳斎は認める。

 ただ、今回は状況が悪かった。幾らなんでも、数の差がありすぎたのだ。もし、この場に居た死神が席官程度の実力であったならば、どれどけの人数が集まろうと、ジェラルドはそう苦労することなく勝利することができただろう。だが、今この場に居るのは、全員が副隊長、または隊長格の実力を持っている。

 集まった精鋭に対して、ここからジェラルドができることは少なかった。

 

 まず、元柳斎の炎が彼の身体を炙る。ここで、焼き消えていない時点で、ジェラルドの並々ならぬタフネスが露になるが、それ以上の攻撃力が今の護挺十三隊にはある。

 元柳斎に続く形で、卯月と砕蜂が瞬閧の打撃を叩き込む。この際、卯月は始解状態での斬撃を当てようとしたが、ジェラルドもそれを喰らってしまえば終わってしまうということを理解しているのか、斬撃については既に拘束が解けていた腕に持つ盾で、確実に防いだ。

 二人の打撃で吹き飛ばされたジェラルドを次に襲ったのは、遠距離攻撃だ。鬼道、斬魄刀、虚閃、それらが一挙にジェラルドに向けて放たれた。

 

「舐めやがって……。こっちには護挺十三隊の隊長、副隊長何人揃ってると思ってんだ。おまけに破面まで居るってのに、てめえ一人で勝てる訳がねぇだろうが」

 

 攻撃を受け続け、最終的には瓦礫にもたれかかるようにして倒れたジェラルドに、吹き飛ばされた彼を追いかけて来た一人である恋次がそう告げる。

 元柳斎の攻撃はおろか、この場に居る戦力全員の攻撃を受けても身体が原型を保っていることに対しては、称賛を禁じ得ないが、敵の攻撃に耐えているだけでは、戦いに勝利することはできない。

 

「……勝てる訳がない……そう思うか? ならば、我が貴様等に勝てば、それは『奇跡』と言うことだ!」

「……なに言ってやがんだ?」

 

 ジェラルドの言うように、もしこの状況を覆して、彼が勝利を収めることができたのなら、それは奇跡と呼ぶ他ないだろう。

 だが、奇跡とは滅多なことでは起こらないからこそ奇跡なのだ。更に言えば、奇跡はそれが起こり得るだけの可能性が無ければ起こらない。

 満身創痍で、敵に向けて隙をさらけ出しているジェラルドでは、到底奇跡を呼び起こすことはできないだろう。

 

 それ故に、絶体絶命の状況で口に弧を描きながら、有りもしない希望を語るジェラルドは、恋次にとって奇怪に映った。

 

「流石は護挺十三隊隊長格……よくぞここまで我を痛め付けた……。『奇跡』とは危機に瀕してこそ『奇跡――!!」

「隊長っ!?」

「止めを刺す」

 

 そして、それは白哉にとっても同じだったようで、彼はジェラルドが話を終える前の時点で、手掌に千本桜景厳の無数の刃を操り、ジェラルドの顔を跡形もなく斬り刻んだ。

 

「……こ……ここまでしなくてもよかったんじゃ……」

「いや、さっきの発言を聞いた感じ、こいつはまだ何か隠し持ってやがった。相手に手の内を出させる前に倒せるなら、それに越したことはねぇよ。ですよね、朽木隊長?」

 

 頭部がジェラルドが被っていた兜の一部しか残っていないという絵は、中々にショッキングで、雛森は口に手を当てるのだが、彼女のその誤った認識を修兵が訂正する。

 続く問いかけに白哉が返答することはなかったが、その代わりに頭部が潰されたことで余った身体に更なる攻撃を見舞った。

 念には念を、ということだろう。

 

「行くぞ」

 

 ジェラルドの死を確認した元柳斎は、進軍の指示を出す。

 そして、全員がジェラルドから視線を逸らした時、背後から轟音が鳴り響いた。

 

「何だ!! こりゃ足か!?」

 

 突如として現れた巨大な物体に、冷静さを欠くが、よく観察してみれば、それは人間の足の形をしていることに気が付いた。

 そして、足があるならば胴体があり、顔がある。そうして、この巨体を持つ人物を判別するべく顔を上げた時、更なる衝撃が護廷十三隊を襲った。

 

「ど、どうなってんだ……!?」

 

 なんと、そこには死亡したはずのジェラルドが、身体の大きさと霊圧を何倍にもさせて佇んでいたのだ。先程は兜を被っていた為、顔からの判別はできないが、服装は同じであるし、なにより霊圧が一致している。護廷十三隊の隊長格が、戦ったばかりの敵の霊圧を読み間違えるはずはなかった。

 間違いなく、ジェラルドは蘇ったのだ。

 

 大きく息を吸い込んだジェラルドは、口上を述べる。

 

「我が名はジェラルド・ヴァルキリー!! 聖文字は『M』、”奇跡”のジェラルド!! 我が力は傷を負ったものを神の尺度へと交換する!!」

 

 ジェラルド自身によって、彼の能力が明らかになる。

 要するに、ジェラルドは傷を負った自身の身体を巨大な神の尺度へと交換したのだ。霊圧が上昇したのも、それが神の力なのだとしたら頷けた。

 

「今一度言う。流石は護廷十三隊隊長格……よくぞあそこまで我を痛めつけた。交換でここまで巨大になれたのは初めてだ!!」

「下がってください!!」

 

 話の途中で手近な建物を圧し折り、投擲に姿勢に入ったジェラルドを見て、卯月が前に出る。そのまま即座に展開した結界に衝突したことによって、建物は粉々に砕けた。

 今のはジェラルドがほんの小手調べのような感覚で、手近にあった建物を武器とした為、建物は彼の投擲の威力に耐えることができずに自壊したが、もしこれが霊子によって作成された武器であったなら、こうも簡単に防ぐことは出来なかったと卯月は冷や汗をかく。

 

 それと同時に、卯月はジェラルドを倒す方法について思考を巡らせていた。一度殺したはずのジェラルドが蘇ったという状況と、彼自身が語った能力を照らし合わせるに、安易な攻撃はこちらにとってマイナスにしか働かない。

 もし彼に攻撃を仕掛けるならば、その攻撃が確実に彼を屠ると確信できる時のみだ。

 

 そこまで考えて、卯月はある結論に至った。

 

「皆さん、先に行って下さい。この敵は僕が相手します!」

「っ!?」

 

 現状、ジェラルドを倒すことができるのは自分しか居ないと。

 

 ジェラルドは一度傷を負わせると、それ以上の力を持って回復するが、睡蓮の能力ならば、それを無効化することができる。先程の攻防で、ジェラルドは睡蓮の斬撃だけは必死となって防いでいたので、それは確定だろう。

 

 一度ジェラルドを倒したことで彼を通り過ぎたので、今ならば卯月が食い止めることで、護廷十三隊はジェラルドを無視して先に進むことができた。

 

「蓮沼君……」

「ごめん、井上さん。あんな我が儘押し通しておいてなんだけど、僕はここに留まるよ」

 

 正直に言えば、今も卯月の中に織姫を最後まで送り届けたいという思いはある。

 だが、それは彼自身が言ったように我が儘だ。公私を混同してはいけない。そう卯月は自らを戒めた。

 

「行ってください!!」

 

 引かれる後ろ髪を断ち切るように、卯月は真っすぐ見据える。振り返れば、後悔がぶり返しそうだった。

 瞬閧を発動させた卯月は、軽く膝を曲げ、集中を高める。

 

「――いや、お前は先を行け。卯月」

「そうだな。ここは私達が相手をするとしよう」

 

 それ故に、背後から肩に手を置いて来た二人の存在に卯月は気が付かなかった。

 

「修兵……、砕蜂隊長……」

 

 先を進まず、あろうことが自分に並び立つ二人に卯月は驚愕する。

 

「どうしてって顔してんな。そりゃ、俺は知ってるからな。お前がこの二年間、どういう思いで過ごして来たのか。それを知ってて、お前を置いて行くなんてできるかよ」

「それにあのような顔をした者に、殿など任せられるか、情けない。もう少しマシな表情を浮かべられるようになってから務めるのだな」

 

 普段、卯月と時を共にすることが多い二人は、彼が藍染の乱での後悔をバネに修行に取り組んでいたことを知っている。

 それ故に、二人には現在卯月がどのような気持ちなのか、手に取るように分かっていた。

 

「でも修兵、それだと君が……」

 

 実を言うと、卯月はもう一つジェラルドを倒すことができる方法を思いついていた。しかし、それには修兵の卍解の力がどうしても必要となる。

 彼の卍解、不死絞縄の能力は、自分と鎖で拘束した相手の霊力を、互いに傷を負った際の治癒の為に使用することで、霊力を均一化し、疑似的な不死状態へとなることができる能力だ。その利点は、格上が相手だとしても、必ず相打ちに持って行くことができることなのだが、治癒が行えると言っても、傷を負った際の痛みまで消える訳ではないということと、使用後は急所である鎖結と魄睡がボロボロになるという欠点を抱えていた。

 一次侵攻では、元柳斎の命を救う為だけに使用したので、修兵に負担がかかることがなかったのだが、もし修兵が卯月の考えと同様の作戦を決行しようとしているならば、彼には確実に負担を強いることになる。

 

 加えて、その作戦では最低でも二人以上の戦力を投じなければならなくなる為、今後のことを考えると、どう考えても卯月が残ることの方が合理的だった。

 

「気にすんな。どうせお前は、自分が残った方が賢いとでも思ってるんだろうが、俺から言わせれば、多少戦力が減ろうが、お前を最後まで温存する方が合理的だ。今回の敵は、訳の分からない能力持ちが多い。だから、絶対にお前の睡蓮の力が必要になる時がやって来る。他の奴がお前の役割を肩代わりできるなら、積極的に代わってやるべきなんだよ」

 

 しかし、修兵の言うことにも一理あった。所謂初見殺しのような能力を持っている者が多い星十字騎士団であるが、その中には、卯月の始解の能力だけで機能を停止してしまうという者も存在した。

 それを考えれば、今後卯月を温存することがどれだけ大切なのか想像できるだろう。

 

 自分の意見と修兵の意見。どちらがより護廷の利になるのか、卯月は考える。

 

「……分かった。ここは修兵と砕蜂隊長に任せるよ。……ありがとう」

 

 そして判断を下した。私情は一度捨てた。それでもなお、修兵の言うことの方がより正しいと考えたのだ。

 

「礼なんて要らねぇよ。俺達は瀞霊廷の為に考えて、行動を起こした。そうだろ?」

「ははっ、うん……そうだね」

 

 あくまでも護挺の為だと言い張る修兵に卯月は苦笑し、頷く。確かに、そうでなければ卯月が修兵と砕蜂の提案を飲むことは無かっただろう。

 故にここで述べるべきは感謝でないない。

 

「修兵、砕蜂隊長。頑張りましょう!」

「おう!」

「ああ!」

 

 卯月が突き出した両の拳に、修兵と砕蜂はそれぞれ拳を突き合わせる。

 

 そして次の瞬間、卯月は二人に背を向け走り出す。それ以上言葉を交わすことも、その姿を視界に収めることはない。だが、合わせた拳の感触は激励となって彼らの心にしかと刻まれるのだった。

 

 

***

 

 

「行ったか……」

「ご苦労だったな。檜佐木」

「本当ですよ。あいつを言いくるめるのがどれだけ大変か……」

 

 卯月達が先を進んだ後、肩を並べる修兵と砕蜂は軽口を交わす。その内容はたった今説得を終えた卯月に対するものだった。

 

 蓮沼卯月という人間は真面目である。それ故に、彼はこういった集団行動の場では極力私情は捨て、公の益となることを考えて行動に移す。

 つまり、こういった場合で彼は、正論を述べることが多いのである。

 正しさとは、討論における一種の武器であり、それを手にされた途端、導き出された結論を覆すことが難しくなる。

 

 しかし今回は、卯月の自身に対する評価が周りが思っているものよりも低いということもあり、説得することができた。もしそれがなければ、今も討論を続けていたかもしれない。

 

「んで、てめえはどうしてつっ立ってんだ? こっちとしてはありがたいが、さっき俺らの動きを食い止めた奴の行動とは思えねぇな」

 

 仲間との会話もそこそこに、修兵の視線が、こちらを見下すジェラルドへと注がれる。

 修兵と砕蜂を置いて先行した護挺十三隊を中心とした軍勢だったが、こうも上手く行くとは修兵は思っていなかった。何故なら、敵は一度別れて行動しようとした自分達を止めたジェラルドなのだから。それこそ修兵は自分と砕蜂が身体を張ってなおかつ先行する部隊の力も多少借りて、漸く逃がすことができると考えていたのだから。ラッキーだと思ったし、それに越したことはないのだが、拍子抜けだった。

 

「ふっ、これは一度貴様らに瀕死の傷を負わされた我自身に対する戒めだ。それに今の我ならば、貴様らを殺した後からでも追いつける」

「言ってくれるじゃねぇか……!」

 

 まるで二人を倒すことが当然だと思っているようなジェラルドの発言に、修兵は怒りを募らせる。

 だが、今現在のジェラルドの霊圧は、それを意図も簡単に成し遂げても何らおかしくない程に圧倒的だ。青筋を立てた修兵だったが、それと同時に目の前の敵に対する恐怖も抱え込んでいた。

 

 しかし、彼にとって恐怖は思考や動きを鈍らせたりするものではない。檜佐木修兵にとって恐怖は、慎重かつ冷静に戦いを進めるために必要不可欠なものだ。

 

「【風死】」

 

 己の心の中に闘志と恐怖を同居させた修兵は、斬魄刀を解放すると、それをすぐさまジェラルドの胴体に向かって投擲する。

 鋭い風切り音を発しながら、回転し、宙を進む鎌はそれだけで凄まじい切れ味を孕んでいることが分かった。

 

 だが、その攻撃を以てしても今のジェラルドを傷つけることは難しい。

 

 隔絶した霊圧の差を理解していたジェラルドは、迫りくる鎌を握りつぶさんとするのだが、その手は突如として止まることとなる。

 鎌と修兵を繋ぐ鎖の上。不安定なその足場を軽やかに駆ける者が居た。

 

「【無窮瞬閧・神戦風】」

 

 風をその身に纏った砕蜂は、滑るように鎖の上を移動する。投擲した鎖は、元々攻撃するためのものではなく、霊力の足場を作れない中、砕蜂をできるだけ上へと運ぶ為のものだったのだ。

 

 それを目にしたジェラルドは手の向かう先を鎌から砕蜂へと変更するが、砕蜂を跳躍でそれを躱し、今度はジェラルドの腕の上を駆けあがる。鎖とジェラルドの腕では、ジェラルドの腕の方が足場として安定し、元々速かった砕蜂の移動速度が更に上昇した。

 もう片方の手を駆使し、ジェラルドは何とか砕蜂の動きを止めようとするが、纏う風に身を任せる変則的な動きをジェラルドは捉えることができない。そうして砕蜂がジェラルドの手から逃れること五回、ついに砕蜂はジェラルドの顔前まで数秒というところまで辿り着いた。

 

「良くぞ不安定な足場の中ここまで来た! だが、貴様がどんな攻撃を放とうとも今の我には無意味だ!」

 

 さあ、どうする? ジェラルドは砕蜂にそう語り掛けた。

 

「ほう、であれば何故貴様は私に意識を向けている? 本当に私の攻撃が貴様に効かぬのなら、今の貴様にとって私の存在など羽虫のようなものだろうに」

 

 もし、ジェラルドが砕蜂のことを脅威だと思っていないのならば、砕蜂のことなど放っておけばいい。今彼が真に意識を向けなければならないのは、自身の身体を駆けあがる砕蜂ではなく、彼女の足掛かりとなった修兵の方なのだから。

 

 何せ修兵の“風死絞縄”は、霊圧の差を引っくり返せる可能性を秘めた、謂わば格上殺しの卍解だ。幾ら傷を負ったとしても、それを強化された状態で復活するジェラルドであろうと、修兵の前では折角巨大化した身体も縮小化する一方だった。

 

 しかし、それはそれとして、砕蜂の方も無視できない理由がある。

 

「雀蜂の弐撃決殺が心配か? ……沈黙は肯定と受け取るぞ。確かに、今の貴様に始解程度の生半可な攻撃では傷一つ付けることすら難しいが、何事にも万が一というものがある。加えて私には瞬閧もあるからな。その懸念は正しい」

 

 現在砕蜂の右腕では、黄色と黒の警戒色がその存在を主張している。“奇跡”の能力によって霊圧を数倍化させたジェラルドの身体を突き刺し、蜂紋華を刻むことは至難の業ではあるが、瞬閧の力を加味すれば、それを不可能だと断じるのは余りにも愚かだった。

 

 そして、ジェラルドは愚かではない。ユーハバッハから齎された情報には一通り目を通しているし、そこから得たものをこうして実戦へと反映させている。

 故に言うなれば、これは不運。俗っぽい言い方をすれば、幸運と悪運は平等に巡ってくるということなのだろう。

 

 何せ、この場にはジェラルドを殺し得る数少ない存在が二人も揃っているのだから。

 

「だが、私の方とてそのような博打をするつもりはない。こいつの出番はもう少し後だ」

 

 そこまで語られたことでジェラルドは理解した。修兵が投擲した風死の鎖を足場に砕蜂が接近し、攻撃を与える作戦なのだと思ったがそれは違う。

 

「っ!」

「【無窮破道“天嵐”】!!」

 

 ――寧ろ、この場における陽動役は砕蜂の方だ。

 

 刹那、瞬閧によって威力が底上げされた鬼道の暴風がジェラルドの顔面を襲った。常人であれば、一瞬にして何百メートルと吹き飛ばされ、致命に至ったであろう一撃だったが、今のジェラルドにとっては、視界と耳を一時的に塞ぐただの強風に過ぎない。

 

 しかし、その一撃がこの戦いの流れを変える起点となった。

 

「【卍解“風死絞縄”】」

 

 ジェラルドの頭の位置とそう変わらぬ高さに、無数の鎖を固めた黒い太陽が出現し、地中より這い出た鎖が修兵とジェラルドを絡めとる。視覚と聴覚を阻害されていたとは言え、その霊圧をしかと感じ取っていたジェラルドだったが、強風によって回避する為の初動が遅れてしまった。

 

 卍解の発動は成功し、これによってジェラルドの能力を無力化に成功した訳であるが、まだ一つ問題が残っている。

 それは修兵の卍解が生存能力に特化している為、ジェラルドを傷つけることができないということだ。風死絞縄の霊圧の均一化は、互いの傷を治癒すると同時に起こる処理なので、卍解の発動に成功したとしても、どちらかが傷を負わなければ始まらないし、終わらない。それをジェラルドも理解しているのか、彼は風死絞縄の対象となってから、一度も修兵に攻撃しようとはしなかった。

 

 だが、この状況の打開は容易だ。

 

「すまん、檜佐木」

「いいんですよ、砕蜂隊長。これくらい覚悟の上です」

 

 卍解の発動を確認し、地上へと降りて来た砕蜂が修兵に謝罪する。予め決めており、修兵も了承していたことであるが、やはり心苦しいことであることには変わりはない。

 

「さて、根比べと行こうじゃねぇか」

「まさかっ!?」

 

 そして修兵は――自分に巻き付く刃付きの鎖をまるでチェーンソーのように動かした。

 

「ぐ、ぐおおおおおおお!!」

 

 辺りに血を巻き散らしながら、修兵は苦悶の表情を浮かべる。

 そう。この場における容易な打開策とは、修兵が自滅することだ。風死絞縄の霊圧の均一化は、どちらが傷ついても、どちらの霊力が消費されても行われる。それを成すのが誰であるかは関係ない。

 

 修兵が自傷と再生を繰り返す内に、彼の霊圧はみるみると小さくなり、それと同時にジェラルドの身体と霊圧も元の状態へと戻っていく。“奇跡”が受けた傷分身体と霊圧を強化する能力なのだから、風死絞縄によって霊圧が弱まれば、それと共にジェラルドの身体が縮んで行くのは自明の理だった。

 

「良くやった檜佐木。もう十分だ」

「は、はい……。後はお願いします」

「ああ、任せろ」

 

 そしてある程度までジェラルドが縮んだところで、砕蜂が修兵を止めた。

 卍解の能力によって、身体には傷一つついていないものの、激痛と急激な霊圧の減少によって、修兵の息はたどたどしい。顔色も悪く、限界が近いことは火を見るよりも明らかだった。

 

 修兵が卍解を解くと、砕蜂はジェラルドを正面に見据える。

 

「見事だ。貴様がこれから先、斬魄刀でしか攻撃しないのならば、最早我に打てる手はない。良くぞ我の奇跡を乗り越えた。あれだけの霊圧差を覆したのだ、きっと貴様らにも……」

「――奇跡が起きた、とでも言うつもりか? 違うな、これは断じて奇跡などではない。状況に応じて用意されていた内から、最善の手を打った結果に過ぎん。そもそも、奇跡とは死力を尽くした先にある一筋の光明だ。そう簡単に起こり得るようなものではないからこそ、我々はそのような不確定要素になど期待せず、研鑽を積む」

 

 奇跡とは、滅多に起こらないからこそ奇跡と呼ぶのだ。

 そして、滅多に起こらないからこそ、人々はそれに頼らなくていいように努力し、全力を尽くす。

 

「故に、最初から奇跡に縋り、敗北した理由まで奇跡と宣う貴様ごときに勝てない私達ではない!」

 

 発言を終えた瞬間、砕蜂は勢いよく地面を蹴った。

 その速力はこの戦いで最速。ここで仕留めるため、砕蜂は修兵が卍解をしている間も準備を怠っていなかった。

 一方のジェラルドは、砕蜂を目で追うことが精一杯だ。巨大化した状態、あるいは護廷十三隊と接敵する前の彼であったならば、手で身体ごと薙ぎ払うなり、盾で防ぐなりできたのだろうが、修兵によって限界の一歩手前まで霊圧を削られたジェラルドに、戦う力は残されていなかった。

 

 先ずは一撃。

 

 この刹那の間にジェラルドの後ろに回り込んだ砕蜂によって蜂紋華が刻まれる。

 

 そして――、

 

「【弐撃決殺】」

 

 終わりを告げる弐撃目が、蜂紋華の上からジェラルドに突き刺さった。

 

 蜂紋華としてジェラルドの身体に埋め込まれた術式が、この弐撃目を以て起動する。ジェラルドの身体を包んだ赤い霊力は、これから彼の身に起こる破滅を象徴していた。

 

 雀蜂の弐撃目が命中した以上、そこにあるのは傷ではなく概念的な死のみだ。唯一、雀蜂の刺し傷があるが、それは砕蜂自身が弐撃目を終えると同時に治療している。

 

 よって、今のジェラルドの身体には、巨大化する為の触媒となる傷は存在していなかった。

 

「ふはははは! 素晴らしかったぞ、護廷十三隊!!」

 

 消えゆく寸前、ジェラルドが発した言葉は恨みつらみでもなければ、先程の砕蜂の言葉に対する返答でもない。

 再三となる、敵である護廷十三隊への賛辞だった。

 

「全く……、最後まで会話が成立しない奴だったな」

「そうっすね」

 

 ジェラルドが居た場所へ向けて、砕蜂は呆れ混じりに呟く。

 

「気分はどうだ?」

「最悪です。ですけど、不思議とこの先の戦いに関しての憂いはありません」

 

 体調を気遣う砕蜂に答えた修兵の顔色は相変わらず優れないが、青い顔にはどことなく晴れやかさがあった。

 

「奇遇だな、私もだ」

 

 修兵のその言葉に、砕蜂は微笑を浮かべる。

 憂いがないのも彼女も同じで、その理由も見当がついていた。

 

 ――信じているから。

 

 自分達が信じる相手に思いを託した。だからその相手も、目的を果たすために尽力し、最終的には勝利を収める。そう信じていた。

 

 霊圧を感じれば、既に一護はユーハバッハとの戦いを始めており、そこには間もなく護廷十三隊も到着しようとしている。

 

 果たして、信頼は通じるのか。それはこれから少し先の彼らのみが知ることである。

 




 一応、これが巨大化したジェラルドを倒せる方法だと思ってます。

 因みにこの間、喜助と夕四郎とグリムジョーとネリエルは夜一さんに加勢してます。よってアスキン戦もカットです。
 滅却師の中では彼が一番好きなキャラなんですが、もう色々書きすぎてグダるのは嫌だ。

 いやー、カットしまくった甲斐あってか、次回にはVSユーハバッハが始められそうです。
 漸く完結が見えて来ました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。