転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第七十八話

「一護、私はお前を思い通りにしようなどと、ただの一度も思った事はない。何故だか分かるか? そんな事を思う必要などないからだ。お前の意思は全て私の意思と繋がっている」

 

 一護が思い通りになるかどうかは、ユーハバッハの眼が決めること。

 そして、眼を有しているユーハバッハのみ、その未来を取捨選択することができるのだが、こと一護の行動については、その必要はなかったとユーハバッハは語った。

 

「どういう――」

「お前は私の為に戦って来たと言っているのだ」

 

 それを聞いた一護は当然困惑する。

 今まで彼は何かを護る為、自分の意思を貫いて戦って来た。そこに相手と自分の力量差など関係なく、そうするべきだと一護が自分自身の魂に誓って来たからだ。

 昨日出会ったばかりの相手に、そんな事を言われても納得することはできないだろう。

 

 しかしユーハバッハとて、そのことは重々承知している。故に話に説得力を持たせるべく、彼はこれまでの一護の戦いを振り返り始めた。

 

「死神として目覚めたお前の戦いは、お前自身の力を高める為にあった。高めたその力は藍染惣右介を倒す為に、そして藍染惣右介を倒し、失った力を再び取り戻したのは、私の眼前で霊王の命を断つ為だったのだ!」

「戯言じゃ一護、惑わされるな!」

 

 ユーハバッハは一護の力は霊王を殺す為だと言ったが、所詮そんなものは結果論でしかない。

 そう断じた夜一は結界を維持しつつ、一護に向けて声を張り上げた。

 

「何が戯言なものか! 私が何を思わずとも、私のこの眼にはお前が私の為に働く姿が映り続けている。お前が何を思おうとも、お前の振舞いその全てが私に利するようにできている。全ては一護、我等に同じ血が流れているからだ!」

 

 だが、夜一の言葉を聞いたユーハバッハの言葉は更に熱を持つ。

 確信があった。一護が何を思い、何を為そうとユーハバッハにとってそれはメリットでしかなく、それは一護が霊王に留めを刺したことで最大級のものとなったのだ。

 

「黙れ!」

 

 しかし、一護もこの程度の言葉では揺らがない。

 月牙纏った斬撃を放つことで、強引にユーハバッハの口を塞がんとした。

 

「滅却師の血なんか関係ねぇ! 俺はあんたを止めるって言ったろ」

 

 ユーハバッハが一護の行動から何を感じ取ろうと、これまで一護は自分の信念に基づいて行動して来た。そこに後悔など一つもない。

 

 もし、ユーハバッハがこれまでの自分の行動を『利』だというのなら、これからユーハバッハに敵対することで『害』になればいいだけの話だ。

 

 そう一護は声高々に宣言した。

 

「何故『止める』などと言う? 私はなんだ? お前の仇ではないのか? 母を殺した男に対して、そこで『殺す』と言えぬのがお前の弱さよ」

 

 対する月牙を纏う斬魄刀を素手で受け止めたユーハバッハは、それを弾きながら、一護の発言から彼の甘さを見い出す。

 

 強さの定義は色々ある。単純な戦闘力もそうだが、精神面での話をするなら、躊躇なく敵を殺す冷静かつ冷酷な心は強さだろうし、逆に敵であっても必要以上の殺生をせずに情けをかける優しさも、人によっては強さと捉えるだろう。

 

 勿論一護とて、今更ユーハバッハを殺すことを躊躇している訳ではない。これまでの様々な死線を潜り抜けて来た彼は、既に誰かの命を断つことも経験済みである。言葉にせず、積極的に殺そうとしていないだけであって、いざとなれば彼はユーハバッハの息の根を止めることも辞さないだろう。

 

 ただ母親の名前を出されたこと。それが一護の気を僅かに逸らし、その隙を縫うようにして放たれた第三者の矢が、結界を維持する夜一の肩に突き刺さった。

 

 矢が放たれた方角に、全員の視線が向く。

 

「……石田!?」

 

 戦いの中心を一護とユーハバッハとするなら、そこから少し離れた位置。そこで雨竜は弓を構えていた。

 

 そして次の瞬間、バキンという何かが割れた音が辺りに響き渡る。

 

「しまった! 霊王が――」

 

 ミミハギ様の乱入に素早く判断を下し、それを行動に移した夜一だったが、霊王を新たな姿として再構築する術式には、当然時間も集中力も必要となる。

 一度結界が霊王を綺麗に覆った為、安定したように見えなくもないが、そんなものはあくまでハリボテに過ぎない。

 

 事実、一本の矢に集中力を乱されたことにより、結界は粉々に崩れ落ちてしまった。

 

「石田てめえ、何の真似だ!」

 

 その光景を見ていた一護は雨竜を非難する。

 敵対したことは、彼なりの考えがあるかも知れないので、百歩譲り一発ぶん殴ってまだ許せる。だが、何事にも限度というものがある。

 今の雨竜の攻撃は、それを逸脱する行為だ。

 

 そして、その動揺をユーハバッハは見逃さなかった。

 

「っ!? 待て!」

 

 一護を素通りせんとするユーハバッハ。その意図に気付いた一護は、慌ててそれを止めようとするが、もう遅い。ノールックでユーハバッハが放った衝撃波によって強制的に後退してしまう。

 

 そうして霊王の元にたどり着いたユーハバッハに――複数の球体が命中した。

 

「喰ろうたな。一の玉を受けた身体は、二の玉で微塵に溶けて失せる!」

 

 投擲者は夜一。それが喜助の発明品なのか、四楓院家の宝具なのかは謎であるが、まるで砕蜂の始解のような効果を有するその道具は、二撃目で真価を発揮する。

 

「――パルンカジャス」

 

 だが、肝心の二投目は、夜一の背後に現れたパルンカジャスと呼ばれる滅却師によって妨害された。

 それもただの妨害ではなかった。この時パルンカジャスは、夜一の関節を極めた訳でもなければ、攻撃を仕掛けた訳でもない。それどころか身体に触れてすらいないのにも関わらず――次の瞬間、夜一の左腕はまるで雑巾のように絞られていた。

 

「何じゃ、この力は……!?」

 

 一体何が起きたのか、速力に自信のある夜一でも見当がつかなかった。

 攻撃を仕掛けたであろうパルンカジャスはフードを深く被っており、その表情や様子は伺えない。攻撃の内容も含めて不気味な滅却師だった。

 

 そして片腕が潰された夜一を、ユーハバッハは一護が月牙によって破壊した壁から外へと吹き飛ばした。

 

「夜一さん!」

 

 そのまま落下する夜一に声を上げるチャド。パワーはともかく、速力に難がある彼では、目まぐるしく動く戦況について行くことは難しい。目で追うことが精一杯だった。

 

 だが、この間に一護は体勢を立て直してユーハバッハへの接近を始めていた。夜一への攻撃で一時的に無防備となったユーハバッハを見逃す訳にはいかないと理解していたからだ。

 ユーハバッハはこちらに視線を向けておらず、邪魔ができるような位置についている者も居ない。この攻撃は通る。そう思った。

 

 しかし――。

 

「よくやった、雨竜」

 

 正確無比な雨竜の矢が一護を阻害した。

 その瞬間一護は理解する。ユーハバッハは自分の攻撃に気づいていなかった訳ではない。気づいた上で、雨竜に任せたのだと。

 

 雨竜は、ユーハバッハと一護の間に立ちはだかる。

 

「陛下の邪魔をするな、黒崎」

「何の真似だって訊いてんだよ、石田ァ!!」

「全員動くな。その場から少しでも動けば撃つ」

 

 漸く雨竜が言葉を発したので、一護は先程の質問を繰り返すが、雨竜は答えない。それどころか、弓を構えた雨竜はこちらに警告を発して来た。

 

 とは言え、ここで大人しくしていられるような状況でもなければ、性格もしていない。故に一護は再度攻撃を仕掛けようとするのだが、その一歩目を踏み出そうとした彼に雨竜は矢を放っていた。

 

「撃つと言った」

 

 矢を防ぐこと自体はどうということはなかったが、冷徹な表情と声音からは、雨竜が本気で一護を殺そうとしていたことが察せられた。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ……! 俺らが何の為にここへ来たのか分かってんのかよ!」

「聞いていた。陛下を止める為だろう。それをさせないと言っているんだ」

「知らねぇのか!? そいつ止めねぇと尸魂界も現世も虚圏も、みんな消えて無くなっちまうんだぞ!」

「それを知らずにここに居ると思っているのか?」

「っ!? ……知ってんのかよ。俺達が来た理由も知ってて、戦う理由も知ってて、それでなんでお前はそこに居るんだよ!?」

 

 この問答をするまで、一護は雨竜が世界が崩壊の危機に瀕していることを知らないのではないかと考えていた。自身と同じように現世で育ち、人間としての価値観を身につけて来た彼が、率先して世界を崩壊させようとしているとはとても思えなかったからだ。

 だが、それと同時に一護はこうも考えていた。

 

「分からないか? 僕が、滅却師だからだ」

 

 ――果たして雨竜は、そんなことも分からずに戦いに身を投じるような馬鹿だったかと。

 

 一護のその予感は的中していた。

 雨竜は、一護達の目的も、思いも、世界の危機も全て知ってこの場に立っていたのだ。

 

 そうして、一護が攻撃を仕掛けることができずにたたらを踏んでいると、新たに三人の滅却師が姿を現した。

 

 翼を宿した意匠の仮面をつけ、筋骨隆々な上半身を惜しみだした、剣と盾を持った男。ジェラルド・ヴァルキリー。

 

 ペイントが施された片目を閉じ、小銃を携帯した褐色肌の男。リジェ・バロ。

 

 一房だけ前に垂らしたオールバックと彫りの深い顔が特徴の男。アスキン・ナックルヴァール。

 

 先程現れたパルンカジャスを足して、親衛隊と呼ばれるユーハバッハの聖別を逃れた星十字騎士団の精鋭は、これまで戦闘に参加できていなかったチャドと岩鷲を囲む。

 囲まれた二人は広く対応できるように、背中を預け合うが、精鋭の中の精鋭である彼らにとって、二人が何をしようと無駄な足掻きにしかならない。

 

「何だ? 陛下を止めに来たなどと言うからどんな大軍勢かと思えば、とんだ雑兵共だ」

 

 その証拠に、二人を囲んだ三人の内の一人であるジュラルドは、彼らを卑下する言葉を零した。

 

「手出しは不要だ。親衛隊」

 

 しかし、雨竜はジェラルドと他の二人に向けて助けは必要ないと語る。

 何故なら、この時既に雨竜は自身の勝利を確信していたのだから。

 

 それを実証すべく、雨竜は矢を放つ。

 一度に複数放たれた矢は一護達の足元に突き刺さり、それだけで床は崩れ落ちた。一護の月牙を始めとする戦闘の余波で、建物が脆くなっていたのを雨竜は見逃さなかったのだ。

 

「こんな連中、落とせばそれまで」

 

 霊王宮は瀞霊廷の遥か上空に位置する。加えて霊子濃度も高いが故に、上手く足場を形成できなかった一護達は、真っ逆さまに落下を始めた。

 雨竜の言うように、ここから瀞霊廷へと落とされれば、まず生きては居られないだろう。例外として、一護だけは一度霊王宮から瞬歩で瀞霊廷へと帰還したが、それは修多羅千手丸の編んだ衣があったからこそ。度重なる戦闘によってそれを失った一護には不可能だった。

 

 しかし、何事にも万が一というものがある。

 それを危惧した親衛隊の一人であるリジェは、落下する一護達に向けて小銃の銃口を向けたのだが、彼が引き金を引くよりも先に、雨竜の矢が一護を射抜いていた。

 

 一護達が雨竜のかつての仲間ということもあり、殺さない甘さを指摘と気遣いがあったのだが、手出しは無用だったようだ。

 

「言いたいことは分かる。ここから落ちれば、生きてはいないだろう。仮に生きていたとしても、再び上がって来る手段も無いだろう。だが、落ちる前に殺せば、その仮定すらも必要なくなる。陛下の御為とは、そういうことだろう?」

 

 リジェの内心を感じ取った雨竜は、先んじてそのことについて言及する。

 

「ウワハハハハ! 上出来だ新入り! 我は貴様を認めるぞ!」

 

 そんな雨竜の言動を見聞きして、ジェラルドは雨竜のことを仲間と認めた。

 一護達の仲間だった過去や、真なる帝国に来て早々にユーハバッハの後継者として使命されたことがあり、多くの反感を買っていた雨竜だったが、ここに来て漸く働きが実ったようだ。

 これには、今まで仏頂面で居ることが多かった雨竜も微笑を浮かべた。

 

 一護達という共通の敵を撃退したことで、仲を深める雨竜と親衛隊。

 

 一方、その頃ユーハバッハは霊王の右腕と対峙していた。彼にとって霊王の右腕の登場には疑問が多く、それに加えて一護達の対処にあたっていたため、思考を巡らせる余裕もなかった。

 これで漸く腰を落ち着かせられるというものだろう。

 

「霊王の右腕よ。子である私を取り込まんとするか!」

 

 しかし、霊王の右腕にはそんな気は更々ないようで、近づいて来たユーハバッハを自らの糧にせんと、その手を伸ばした。

 

「未来は見通せても、力の差は見通せぬか」

 

 迫り来る手を払い退けたユーハバッハは、憐れむように呟く。

 払い退ける為に動かしたユーハバッハの腕には、大した力は込められていない。ユーハバッハの言うように力の差を理解していないのか、それともそれが些末になるほど世界が危機に瀕しているのか。

 どちらにせよ、確実に言えることは、霊王の右腕がユーハバッハの力を奪うことは不可能ということであり――、

 

「貴様は、今の私に遥か劣る。右腕よ、その力貰い受けるぞ!」

 

 それどころか逆に力を奪われてしまうということだった。

 引っ掻くようにして、霊王の右腕を霊王から剥ぎ取ったユーハバッハはそのまま霊王の右腕を自らに取り込む。するとユーハバッハの身体を徐々に黒が占めていく。それと共に、霊圧も今までないほどに上昇していた。

 霊王の右腕が霊王に巻き付いていた時と違うのは、既に右腕としての形が無くなっているということと、その意思がユーハバッハにあるということだろう。

 

「決めたぞ、私は霊王の全てを奪おう。その間瀞霊廷には蓋でもしておこう。私が霊王を奪い、取り込み、喰らいつくすまで。どんな邪魔も入らぬように」

 

 そう言ったユーハバッハは指先から、瀞霊廷に向けて黒い霊圧を放出する。

 瀞霊廷を黒の帳が閉ざすのは、それからすぐのことだった。

 

***

 

 

 その時瀞霊廷の技術開発局地下では、霊王へ向かう為の門の構築を進めていた。あれから行方を眩ませていたマユリとネムも合流し、仮面の軍勢の更衣も終わり、門の完成まであと僅かというところまで来ていたのだが、そこでまた異変が生じた。

 

「何だ!? 止まっていた震動がまた……!」

「何が起きているんだ……!」

 

 浮竹が霊王の右腕の依代となったことで止まった筈の世界の震動が、また始まったのだ。

 

 一度目の震動の時の状況と照らし合わせるに、考えられることは一つ。

 

 ――霊王の右腕も死んでしまったということだ。

 

 そしてその影響は震動以外にも現れることになる。

 

「浮竹隊長っ!?」

 

 それまで浮竹の顔に張り付いていた霊王の右腕が、突如として破裂したのだ。霊王の右腕に生気を吸われ、既にこと切れていた浮竹は破裂の衝撃のままに弾き飛ばされるが、それを小椿が受け止める。

 

「隊長!」

「隊長っ!?」

 

 浮竹の決死の一手が、ものの数分で破られたことで場の空気は一気に暗くなる。

 そんな時、喜助は一人破裂した霊王の右腕の行方を追っていた。

 

「これは――!? 霊王の右腕が消えていく……! いや、これはまるで吸い取られているような」

 

 彼が目にしたのは、上空へと姿を消していく霊王の右腕の姿。その様を彼は吸い取られているようなと形容したが、それは的中していた。

 何故なら、この時霊王の右腕はユーハバッハに吸収されていたのだから。

 

 そして、完全に霊王の右腕の姿が見えなくなった次の瞬間――瀞霊廷に黒い霊圧の塊が降り注いだ。黒い霊圧は遮魂膜の外を覆うように広がり、最終的には黒い天蓋を形成する。

 

 こうして蓋がされた以上、門で霊王宮へと渡ることはできなくなる。ユーハバッハの妨害は、これから霊王宮に侵攻しようとする者達にとって、これ以上ないほどに有効だった。

 

「暗い。まるで夜だ。何が起こったんだ?」

「何がも糞も無い。滅却師共の仕業に決まっている。見ろ、遮魂膜が一部欠けている。瀞霊壁の一部が崩れたことで穴が空いたのだろう。先程の霊王の右腕は、あの穴を通って霊王宮に向かったが、この状態では、あの穴は敵方の格好の標的となる」

 

 天蓋をそう表現し、困惑する修兵に対し、砕蜂は粗方の考えを述べつつ、思考を次へと切り替える。彼女の言うように、遮魂膜が破れている以上霊王宮から瀞霊廷を遮るものはなく、現にユーハバッハはこの状況を利用して天蓋を形成した。

 であれば、次の攻撃が来たとしても何ら不思議ではなく、それを回避するには一刻も早く天蓋をどうにかして、霊王宮に乗り込むしかない。

 

「あ! 隊長どこ行くんすか!?」

「どこにだと? 貴様このまま手をこまねいているいるつもりか? あの忌々しき天蓋を破壊するに決まっているだろう。――【卍解“雀蜂――っ!?」

 

 開いた天井から屋根に出た砕蜂に、大前田がその理由を訊き出すが、その理由は至極単純な破壊だった。外に出たのは、皆と作成中の門に余波による影響を与えない為である。

 

 そうして卍解を発動し、照準を上へと向けた砕蜂だったが、次なる異変が彼女を襲った。

 

「?」

 

 空に視線を集中させていた為、砕蜂はいち早くその異変に気付いた。彼女が目にしたのは、空から降ってくる黒い単眼異形の群体だった。単眼異形と言っても、霊王の右腕のように腕の形はしておらず、まるで目に黒い手足だけを生やしたかのような姿をしていた。

 

 群体は覆いかぶさるようにして、一番近くに居た砕蜂との距離を詰めていく。一方の砕蜂もあとは撃つだけというところまで卍解の発動を終えていたのだが、広範囲に散らばりながら自分との距離を縮めて来る群体に的を絞り切ることができず、そのまま纏わりつかれてしまう。

 

「【無窮瞬閧・神護風】!」

 

 しかし、それならそれで手法を変えればいいだけの話である。元々卍解は天蓋を破壊するために発動したモノだったので、今なお空から落ちてくる群体を殺すのには向いていない。

 

 故に砕蜂は瞬閧の風を以て、一度に群体を薙ぎ払った。防御用であったのにも関わらず、砕蜂に纏わりついていた群体は散々になって消えてしまう。

 

「何だ、こいつらは……?」

「隊長っ!? 大丈夫っすか?」

 

 見た目のおぞましさと強さのギャップから、砕蜂が何とも言えない余韻に浸っていると、大前田が駆け寄ってくる。

 

「煩い、そして鈍い」

「へぶっ!? そ、そんなぁ……」

 

 それによって意識を切り替えた砕蜂は、いつものように彼に辛辣な言葉と裏拳を浴びせた。

 

「俺達も行くぞ! 【刈れ"風死"】」

「【鬼灯丸】!」

「【裂け"藤孔雀"】」

「【千本桜】」

 

 砕蜂の行動によって、自分達の行動が有効であると判断した死神達は、門の作成に必要な人数を残しつつ、屋根の上に繰り出し、群体への攻撃を開始する。

 その際には始解も使用したのだが、その内直接攻撃系に含まれる斬魄刀では群体を一掃するのに適して居らず、得られた結果は乏しかった。

 

「……下がっておれ、儂が行く」

 

 しかし逆に、砕蜂や白夜の攻撃から範囲に優れた攻撃が有効であることは自明の理である。故に、炎熱によってこの場に居る誰よりも広範囲に及ぶ攻撃が可能である元柳斎が、自ら出ることを決めた。

 

 攻撃に巻き込まれないよう、既に屋根に出ていた隊士を下がらせつつ、群体の前に一人立ち塞がった元柳斎は斬魄刀を解放する。

 

「【万象一切灰塵と成せ"流刃若火"】!」

 

 解号と共に刃から発せられた炎が元柳斎の周囲に広がる。炎に触れた群体は、勿論焼失するのだが、驚くべきは炎に接触していない群体までもが消え失せていることだろう。

 

 ――それはつまり、元柳斎の発する霊圧だけで、群体の生命が絶たれていることに他ならないのだから。

 

 始解の解放だけで全ての群体を消滅させた元柳斎の視線は、次なる標的が居る上空へと向けられる。

 彼の視界には、瀞霊廷を塞ぐ黒い天蓋が映っていた。

 

 狙いを定めた元柳斎は、溜めた霊力を斬魄刀の一突と共に放出する。

 

「【流刃若火・二ツ目"焔突(えんとつ)"】!」

 

 上方向に向けた放たれた突き。その刃の先端から、レーザーの如く熱線が放たれる。重力をものともしないその軌跡は、速度も相まって流刃若火と天蓋を一直線に繋ぐ線のように見えた。

 

 そのまま熱線はいとも容易く天蓋を貫き、次の瞬間、天蓋はボロボロに崩れ去った。

 

「すげぇ……」

 

 誰から漏れ出たのかも分からない感嘆の言葉だったが、それに異を唱える者は誰もいない。

 この場に居る誰もが、たった一撃で群体と天蓋を片付けた元柳斎を称賛していた。

 

「……何を呆けておる。急ぎ、門を構築せよ。行くぞ、霊王宮へ!」

「「「はい!!」」」

 

 そんな部下達に向けて、元柳斎は喝を飛ばす。

 自身の命を捨てて時間を稼いだ浮竹に、先んじて霊王宮に向かった一護達。彼らに報いる為にも、無駄にしていい時間など一秒たりともなかった。

 

「――待てよ」

 

 しかし、それに待ったをかける者が居た。

 

「お前らは――っ!?」

 

 元柳斎の言動によって士気が上がったこの流れを止めるような者は、護廷十三隊には居ない。だからと言って、仮面の軍勢や破面が声の主という訳でもない。彼らはそれぞれ思うところがあるとは言え、現在は護廷十三隊の味方だ。元柳斎の言動によって上がる士気は護廷十三隊の者ほどではないが、それを止める理由はなかった。

 

 故に声の主は新たにこの場に姿を現した者――滅却師だ。

 

 開かれた天井からは、リルトット、ミニーニャ、ジゼルの三人が顔を覗かせていた。何れも先の戦いから生き延びた滅却師である。

 

 この場に居る死神達は、喜助の現在の戦いを放棄してもいいという名目の下、集まったので、滅却師に生き残りが居ることは仕方ないことなのだが、それでも殆ど全ての隊長格が終結したこの場にたった三人で姿を現すことは無謀としか言えず、それ故に誰にも予想できない事態だった。

 

「おーい、滅却師さんたち。今戦えば返り討ちに遭うだけっていうのは分かってると思うんだけど。……もしかしてボクらに協力しに来てくれたのかな?」

「ああ、そうだ」

「え……? ホントにかい?」

 

 多勢に無勢の状況なのにも関わらず、この場に姿を現したのだから何か思惑があるはずだ。そう思った京楽は希望的観測と冗談の意を込めて、質問を投げかけたのだが、まさか肯定されるとは思わず驚いてしまう。

 

 驚いたのは京楽だけではなく、この場に居た滅却師以外の者は全員同様だ。「信じられるわけがない」、「本当の目的はなんだ?」。そうリルトットの言葉を切って捨てた者もいた。

 協力を申し出たリルトット達にとっても、その意見は尤もだ。護廷十三隊がここですんなりと提案を受け入れるような腑抜けの集まりだったのなら、少なくとも瀞霊廷で生きている滅却師がたった三名などということにはならなかっただろう。

 

「こんな敵に囲まれた状況で嘘吐けるかよ。オレ達は、オレ達の力を奪って見捨てたユーハバッハをぶっ殺してえ。だから門を創るのを手伝う代わりに、オレ達も霊王宮に連れてっていて欲しい」

「なるほどねぇ」

 

 笠の先に手を遣りながら、京楽は思考を巡らせる。

 

 ユーハバッハに殺意を抱くに至った理由に不自然なところはない。リルトットが嘘を吐いていないとするならば、滅却師である彼女達の加勢は有難かった。何せ、現在霊王宮を牛耳っているのは、滅却師の王であるユーハバッハ。これから霊王宮に乗り込み、ユーハバッハに接近する上で、同じ滅却師である彼女達の知識や力が必要になる場面が出て来てもおかしくはないだろう。

 加えて、門の作成には莫大な霊力を必要とする。これから戦いに赴く以上、消耗を少ないに越したことは無い。

 

 悪を以て悪を征することを悪だとは思わない。そんな信条を持つ京楽は、もし自分が総隊長だったなら、霊王宮に乗り込んでから敵に回るリスクを冒してでも、彼女達を招いていただろうが、そんな仮定は無駄だとかぶりを振る。

 

 

 何故なら、護廷十三隊の総隊長は京楽ではなく山本元柳斎重國であり、彼の意見を覆せるほどの手札を京楽は持っていないのだから。

 

 結論を下した京楽は、元柳斎に視線を遣る。きっと数秒の内に彼の口から拒絶の言葉が出る事だろう。

 

「なら――」

「まあ、僕はいいと思いますけどね」

 

 そう思っていたのだが、場に響き渡ったのは元柳斎の否定ではなく、それに被せる形で発せられた卯月の肯定だった。

 

 それはこの場においては少数派である京楽と同じ意見だったが、卯月と京楽ではそこに考え至るまでの過程がまるで違う。悪を打倒する為に悪を利用しようとしている京楽に対し、卯月は敵の敵は味方程度の認識でしかない。

 藍染の乱においては、同様の思考で仮面の軍勢と協力することができたが、それは彼らが元は同じ護挺十三番隊に仲間であったという過去と、その場で藍染に敵対を示した行動があったからできたことである。

 つまり、今の卯月の発言は彼らしい甘い思考から導き出されたものとしか思えなかった。

 

 だが、彼が甘いのと同時に、慎重な人物でもあるというのは周知の事実である。故に、きっと何か考えがあるのだろうと、周囲の視線が卯月に集中する。

 

「要は彼女達が裏切る可能性を無くす、あるいは裏切ったとしても、即座に無力化することができればいいんですよね? それでしたら、僕に一つ考えがあります」

 

 そう言って、卯月が懐から取り出したのは、薄紫色の丸薬だった。それを全員に見せるように掌に乗せ、卯月は話を続ける。

 

「これは睡蓮の煙で作った丸薬です。これを飲んだ対象は、何時でも僕の意思で眠らせることができます」

「なるほどな。つまりそれを飲めば、オレ達がおめーらを裏切っても無力化できるって訳だ。……だけどよ、それって薬を飲んだオレ達をすぐに眠らせることもできるってことだよな?」

「……あ」

 

 完全に失念していた。そのことを隠し切ることができずに、卯月は間の抜けた声を漏らす。それと同時に羞恥心がこみあげて来るのを感じた。元柳斎の言葉を遮ってまで出した案がこれでは、道化もいいところだった。

 

 しかし、その羞恥心はリルトットの吹き飛ばすような笑い声によって掻き消させることになる。

 

「くくっ、考えもしてなかって顔だな。いいぜ、飲んでやるよその薬」

「え? いいのかい?」

「まあ、何の代償も無しに信じて貰えるとは思ってなかったからな。霊王宮に乗り込める可能性があるってだけでも上等だ。おめーらもそれでいいだろ?」

 

 そう言ってリルトットはジゼルとミニーニャに振り返る。二人から返って来たのも肯定。それも渋々といった感じではなく、強い意志を感じ取れた。

 三人のユーハバッハを討ち取る為の覚悟はそこまでに固いということなのだろう。

 

「そうか……。ありがとう」

「はっ、なんでおめーが礼を言うんだよ」

 

 元々の敵に向かって何故か礼を言う卯月に呆れながらも、リルトットは彼の手から三つの丸薬を受け取った。

 それを自分を含め三人で分け、飲み終えると、喜助から珠を受け取り、門の作成に取り掛かる。

 

 これによって、死神、破面、滅却師の決して交わることのないはずの三陣営が、共に手を取り合うという状況が出来上がったのだった。

 

 彼ら、志は違えど目的は同じ。

 

 最終決戦の時は近い。




 やっとこれで次から霊王宮に侵攻できます。
 ここから先は大幅カットの予定なので、かなり進みが早くなると思います。

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