転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第七十七話

「来たか……。一護よ」

 

 瀞霊廷で喜助達が門を作成しているその頃、霊王宮――それも霊王の玉座の目の前では、一護達とユーハバッハが対峙していた。

 本来ならこの場に居なければならない零番隊の姿が見えないのは、彼らがユーハバッハを始めとする滅却師に敗北を喫したからであり、一護達が霊王宮に辿り着いた時点で、既に彼らは壊滅状態だった。

 

 とは言え零番隊は、その成り立ちも構成員も特殊な隊である。一護達がここに来るまでの道中、兵済部一兵衛は一護に自身の名前を呼ばせることで、霊力を分け与えて貰い、復活を果たした。他の者に関しても、零番離殿が全て落とされない限り、和尚が名前を呼ぶだけで再起することが可能である。

 しかし、それで戦えるまでに回復するのかどうかは、また別の話。故に現在、霊王宮にいる者の中で、まともな戦力として数えることができるのは、一護達四名のみだ。

 

「ユーハバッハ、あんたを止めに来た」

「ああ、全て視えていた。霊王を殺させぬ為に私を止めに来たのだろう?」

「視えていた? どういう意味だ?」

 

 だが一護は戦力の少なさなど関係ないと、堂々とした態度でユーハバッハと言葉を交わしていく。今彼の頭の中には、ユーハバッハを倒すことと、雨竜をぶん殴って連れ戻すこと。この二つしかなかった。

 

 そして会話の途中で、一護はユーハバッハの『視えていた』という言葉に違和感を覚えると、それに釣られるように、彼の眼球へと視線を移した。

 

「一護。あいつ、眼が……」

「ああ」

 

 すると、同じことに気が付いたであろうチャドが驚きを隠せない声音で、一護にその理由を伝えようとするのだが、一護はわざわざ確認する必要がないと、これを打ち切った。ユーハバッハの身に起きた変化は、それ程までに不気味かつ明瞭。

 

 なんとユーハバッハの眼の赤い瞳孔は、片目につき三つに数を増やしていたのだ。

 

「その眼は何だ? どうなってる?」

「この眼は全てを見通す眼。真の滅却師たる者の証。お前はここに来る前に和尚に会い、バラバラの和尚を蘇らせ、奴に言いくるめられてここに来た。全て視えていた。お前がここへ現れる事も、そして現れたお前が――既に手遅れである事も」

 

 零番隊との戦いの中で、真の力を解放したユーハバッハの眼は、この世のあらゆる未来をその視界に収めることができる。

 故に、今この場で起こっていることは、全て彼にとって既知のことだった。

 

 ユーハバッハが一歩横に動く。すると、今まで彼の身体で隠れていた霊王の姿が露わになった。結晶に埋め込まれた霊王であろう男の身体には、腕も脚も存在しない。普段なら何かしらの疑問を投げかけていただろうが、今の一護達にそれをする暇はなかった。

 

「っ!?」

 

 ――何故なら、霊王の身体にはユーハバッハの剣が深く突き刺さっていたのだから。

 

「霊王は死んだ。最早お前に為す術はない」

 

 霊王の姿を見た一護は、ユーハバッハに耳を貸さずに霊王の元へと駆けだす。その際に一護はユーハバッハの隣を通り過ぎたのだが、ユーハバッハがそれを止めることはなかった。霊王を殺すことが目的なら、一護を止めない理由はないだろうにだ。それとも、霊王が助かる可能性はもう皆無なのか。

 そのような思考が一護の頭の中を過るが、考えるなと強引に振り払う。とにかく今は霊王の身体に突き刺さる剣を抜くことだ。

 

「剣を抜いて霊王を救うか。抜くがいい。お前にならそれができよう」

 

 そのようなこと言われるまでもない。剣の柄を握った一護はそのまま慎重に剣を引き抜くのだが、次の瞬間、ある異変が一護の身体を襲った。

 

「その剣を抜き放ち――お前自身の手で尸魂界を滅ぼすがいい!」

「何だ? どうなってる!? 剣が……」

 

 剣を握る右手から、まるで血装を発動した時のような紋様が浮かび上がり、腕から下が自身の思い通りに動かせなくなる。

 嫌な予感を感じ取った一護は、慌てて剣を手放そうとするが、制御の効かなくなった腕は、力を抜くことさえも許してくれない。それどころか剣を握る力は強まるばかりだった。

 

 ――操られてる……!?

 

 そう一護が気づいた時には、後の祭り。ユーハバッハの傀儡となった一護の右腕は、その手に持つ剣で霊王を結晶ごと斜めに斬り落とした。

 

「そうだ。視えていたぞ、一護。お前の中の滅却師の血は、決して霊王の存在を許さない」

 

 一護自身が霊王のことをどう思っていようが関係ない。彼の中に滅却師の祖たるユーハバッハの血が流れている。その事実さえあれば、ユーハバッハの力が込められた剣を握った一護の滅却師としての本能を呼び起こすことなど造作もないことだった。

 

 そして、霊王とは尸魂界、虚圏、現世の三界の均衡を保つ、謂わば楔のような存在である。その彼が討たれた時、訪れるのは世界の崩壊だ。

 

「さあ、一護よ。共に視よう、尸魂界の終焉を」

 

 自分のした行動に愕然とし、膝をつく一護の後ろから、ユーハバッハは静かにそう告げる。

 

 破滅へのカウントダウンが始まった。

 

 

***

 

 

 霊王が討たれたことによって起きた異変は、程なくして三界中に広まった。

 現世の人々を筆頭とする、現在行われている戦争から程遠い者達は、突如として起こった地響きを地震だと認識していたが、その本質は局所的な災害で済まされるような生温い話ではない。

 

 今もなお戦争に身を投じている者達。特に今から霊王宮に向かおうとしている卯月達は、その異変を色濃く感じ取っていた。

 

「何だ!? 屋根が砕けた……! 敵襲か!?」

「いえ、近くに滅却師の霊圧はありません。じゃあ、何が起こって……」

 

 最初こそは、自分達が密集している場所が潰されたことから敵襲かと勘違いした者も居たが、それは霊圧知覚に優れた卯月によって否定される。

 しかしそれならそれで、この地響きと建物の崩壊には歴とした理由があるはずなのだが、なかなかその答にたどり着くものは現れない。

 

 沈黙を破ったのは、喜助だった。

 

「……これは――霊王が死んだのか!?」

「「っ!?」」

 

 霊王宮が位置する上空を見上げながら零れた言葉には、周囲の空気を凍らせるに足る意味を含んでいた。

 何を冗談を……。そう思いたかったが、この世には言っていい冗談と悪い冗談がある。そして何より、言葉を発する喜助の表情は、普段の彼の態度からは想像できないほど驚愕に染まっており、それが事態が真実だと暗に伝えていた。

 

「な、なんでや! 零番隊は何してんねん! 一護はどないしてん!」

「……考えたくはないですが、零番隊は全滅し、黒崎サンは間に合わなかった……。そう考えるのが妥当でしょう」

 

 となれば気になるのは、霊王宮に常駐している零番隊と、先んじて霊王宮に向かった一護達の存在だ。彼らがそう易々と倒されるとは考えにくい。そう思った平子は彼らの安否を問うが、状況を鑑みるに喜助の言い分が妥当だろう。

 この時、喜助は言わなかったが最悪の場合も存在する。それは、間に合った零番隊が壊滅し、その後ユーハバッハに追い付いた一護達が全員殺されてしまった場合だ。

 

 だが、これらのことはあくまで憶測に過ぎない。現状、確証を持って言えることがあるとすれば――。

 

「確実なのは、このままでは瀞霊廷……いや、尸魂界も虚圏も現世までもが消滅するということっス」

 

 三界の破滅に他ならない。

 

「どうすりゃいいんだ! 何かやれることは無いのかよ!!」

 

 単純な戦闘力ではどうしようもないこの状況に、恋次は己の力不足を嘆く。声に出したのは彼だが、この場に居る者皆が同じ気持ちを抱いていた。

 

 ――ただ一人を除いて。

 

「俺が……」

「浮竹隊長……?」

「浮竹サン、それは――!?」

 

 動揺で騒ぎ立つ場で、ただ一人が発した、確たる意思を持つ声。自然と意識はそちらに向き、次の瞬間驚愕する。

 

「俺が霊王の身代わりになろう」

 

 この場に居る全員の視線が向いた浮竹の背中には、単眼を描いた黒い何かが浮かび上がっていた。

 

「……そんな事が!?」

「説明は後だ」

 

 どうにかする手段があるのなら、それはこれ以上ない程に有難い話だ。しかし、それを霊王宮から離れたこの場からできるとは考えにくい。そう思った喜助は質問を投げかけてしまうが、状況は刻一刻を争う。ピシャリと一度話を打ち切った浮竹は、儀式の準備を始めた。

 

 死覇装をはだけさせ、蹲踞の姿勢を取った浮竹は、口上を唱える。

 

「【ミミハギ様ミミハギ様 御眼の力を開き給え 我が腑を埋めし御眼の力を 我が腑を見放し開き給え】」

 

「【ミミハギ様ミミハギ様 御眼の力を開き給え 我が腑を埋めし御眼の力を 我が腑を見放し開き給え】」

 

「「っ!?」」

「何だこれは……?」

 

 そうして口上を二回繰り返したその刹那、黒い単眼はその眼を見開くと、姿を更に巨大化させ、片手の異形へと変貌を遂げた。

 浮竹の背中で揺らいでいた黒い単眼は、今やその存在をこの世のものとして確立させている。

 

 これである程度の準備は整ったということなのだろう。一息つき、この一連の行動で乱れた息を整えた浮竹は説明を始めた。

 

「俺は三つの頃に重い肺病を患った。この白い髪はその時の後遺症だ。そのことは知っている者も居るかと思う。――そして、俺は本来なら、その三つの頃に死ぬはずだった」

 

 先ず浮竹が話したのは、自身の生い立ちだ。過去に大病を患ったという浮竹の談は、護廷十三隊の中では有名な話であるが、そこからどうやって今の状態までに回復させたのかについては聞いたことがなかった。

 つまり、そこにこの単眼異形が関わっているのだろう。

 

「……『ミミハギ様』というのを聞いたことがあるか?」

「名前だけは。東流魂街のはずれに伝わる土着神スね」

「東流魂街七十六地区の『逆骨』に伝わる単眼異形の土着神だ。自らの持つ眼以外の全てを捧げた者に加護をもたらすとされている。――そして、その神ははるか昔に天から落ちて来た、霊王の右腕を祀ったものだと伝えられている」

「っ!?」

 

 博識な喜助が相槌を打つことで、説明は滞ることなく進んでいく。

 そうして明らかになったのは、浮竹の背後のミミハギ様が、現在進行形で死にゆく霊王の一部である可能性だった。

 

 その不気味さから、尋常ではない雰囲気を漂わせていたが、もしも本当にミミハギ様が霊王の右腕ならば、この窮地もどうにかなるかもしれない。

 浮竹の話を聞いた者達は希望を抱き始める。

 

「俺の父母は迷信深い人でな。医者に見放された俺を、すぐにミミハギ様の祠へ運ぶと、俺の肺を捧げる祈祷を行った。お陰で俺は生き延びたよ。死神として、瀞霊廷の為に働けるまでになった……ごほっ!?」

「! 浮竹隊長!」

「騒ぐな!」

 

 話を終えると、そこで浮竹は吐血した。

 赤い血が台座に満たされた液体によって薄まっていく。まるで、それは浮竹の生命力が弱まっていくのを暗示しているようで、現在浮竹がどれだけの無理を自身の身体に強いているのかを、否が応でも理解させられた。

 

 だが、浮竹はそれで儀式を止めるつもりは毛頭なく、駆け寄ろうとしたルキアを拒絶する。

 

「俺の肺にはミミハギ様の力が喰いついていた。その力を全身の臓腑へと広げる儀式を『神掛』と言う。今や俺の全ての臓腑はミミハギ様のもの。俺は全ての臓腑を捧げることで、ミミハギ様の依り代となった。――今の俺は霊王の右手そのものだ」

 

 二次侵攻が始まってから、浮竹は一人部屋に籠って、神掛をしていた。故に彼の護衛にあたっていた十三番隊隊士は皆、そのことを知っている。

 しかし何のための儀式かは知らされて居らず、副隊長のルキアですら戦闘力の強化か何かだろうと思っていたのだが、その実態は今この瞬間、世界を救うための儀式だった。

 

「浮竹隊長……。まさか最初からこのことを見越して神掛を……?」

「そうだ。俺は自分が生き延びた理由を知った時から、いずれ来るこの日のことを考えていた」

 

 恐る恐ると訊いたルキアに浮竹は即答する。

 

 果たして、自分が生きている理由を知った時から死ぬ時を考えなければならない。それは一体どのような気持ちなのだろうか。

 普通なら、世界の滅亡など信じず、ただ生きたことを喜び、拾った人生を謳歌しようとしてもおかしくはない。きっと、それで浮竹を恨む者も居ないだろう。

 

「――一度拾ったこの命、護挺の為に死なば本望」

「……浮竹」

「……十四郎」

 

 だが、浮竹は違った。

 拾った命を自分の私利私欲を満たすために使わず、死神として瀞霊廷の守護に尽力した。

 そして死に行く今も、彼は瀞霊廷を守護せんとする護挺の為に、自分の命を犠牲にしようとしている。

 

 そこに僅でも後悔や恐怖があったのなら、彼と付き合いの長い京楽や元柳斎は止めようとしていただろう。

 だが、止められない。決して三歳児が抱くことのできない感情で、何百年と瀞霊廷に尽くして来た浮竹は満たされていたのだから。

 

 やがて、儀式は終わりへと進んでいく。

 

「おおおおおおおおおおおお!!」

 

 今まで浮竹の背後に顕現していたミミハギ様が、まるで浮竹を乗っ取るかのように、彼の顔に覆い被さっていく。

 そして、黒が完全に浮竹を埋め尽くした時、ミミハギ様は上空へとその腕を伸ばした。

 

 それと共に響き渡る浮竹の絶叫。それが痛みによるものなのか、気合いを入れる為のものなのかは分からない。

 しかし、儀式の結果は如実に表れた。

 

「震動が……止まった……!」

 

 今の今まで、瀞霊廷どころか三界を揺らしていた崩壊の前兆。それがピタリと収まったのを、声を漏らした喜助を筆頭に感じ取った。

 

 崩壊する世界を繋ぎ止めるという、価千金程度では済まない活躍をしてくれた浮竹を労ろう。そう場に居たものは、視線をミミハギ様を追うべく向けていた上から戻すのだが、次の瞬間絶句した。

 

「っ!?」

「……隊長」

「浮竹隊長……!」

 

 儀式で己の身体を差し出した浮竹は、今もミミハギ様の黒で顔を覆われていたのだ。それどころか蹲踞の姿勢を崩し、大きく身体を後ろに傾かせる浮竹に最早力は残されていない。気絶していることが分かった。

 

 その姿を見て、神掛の詳細を知らなかった大半の者は自身の認識の甘さを悟る。浮竹は霊王の身代わりになることを望み、その為にミミハギ様に己の身体を供物として捧げた。であれば願いが遂行されている今、既に浮竹の身体は浮竹のものでは無くなっている。

 

 そしてその願いが叶うのも、浮竹の命が尽きるまでというごく短い間のことだ。

 

 闘病生活によって痩せ細ることを余儀なくされた浮竹。少し力を込めるだけで折れてしまいそうなその身体に、世界の運命が懸かっていた。

 

「……どのくらい持つ?」

 

 浮竹が戻って来ないことを悟り悲しむ者、見るに堪えないと目を逸らす者、浮竹の覚悟を目に焼き付ける者。色んな者が居た。

 そんな中、砕蜂は一人冷静な判断を下す。

 

「これで浮竹が完全に霊王の代わりになるとは思えぬ。この安定も、浮竹の命が尽きるまでのものだろう。それはいつまでだ?」

「!」

「ちょっ! 隊長!」

「事実だ! そうだろう浦原!」

 

 その明け透けな物言いに小椿は腹を立て、それを見た大前田は言い過ぎだと止めようとするが、今必要なのはオブラートに包んだ遠回しな言葉ではない。

 それが分かっていた砕蜂は喜助に問いかけた。

 

「……分かりません。この神掛というもの自体、アタシ自身見聞きするのも初めてです。どのくらい持つかなんて見当もつかない。ただ、確かなのは、浮竹サンが霊王の身代わりとなってくれている間に、尸魂界を安定させる方法を方法を見つけなければいけないという事……。急ぎましょう、門を創って霊王宮へ!」

「「はい!」」

 

 この時、例え砕蜂が浮竹と付き合いが長い京楽や元柳斎に訊いていたとしても、はっきりとした答えは返って来なかっただろう。

 確かに彼らは喜助と違い、神掛についての知識は持っていたが、実際に使用したのは今回が初めてのことだ。持続時間など見当もつかない。

 

 ただ一つ確実に言えることがあるとすれば、それは、今すべきことは嘆くことでも、目を逸らすことでもないということ。

 

 いち早く門を作成し、霊王宮に乗り込む。それが自身の命を犠牲にしてまで世界を繋ぎとめてくれた浮竹に報いる唯一の方法だ。

 

 喜助の言葉に従った面々は浮竹の分まで、珠に霊力を注ぎ込んでいく。

 

 彼らが霊王宮に到着するまで、そう遠くはない。

 

 

***

 

 

「……どういう事だ? 何だ……あれは……!?」

 

 一方霊王宮では、ユーハバッハが突如として止まった世界の崩壊に動揺を示していた。和尚との戦いで真の力を取り戻し、未来を見通せるようになったのにも関わらず、自分の知らない出来事が起こったことで驚いたのだ。

 

 異常の正体を確かめるべく、ユーハバッハは既に事切れているはずの霊王を見遣る。するとそこには、単眼を宿した黒い手が霊王を護るように巻き付き、蠢いていた。浮竹が儀式によって顕現させたミミハギ様だ。

 ミミハギ様の単眼は、手の動きに合わせてその形を変える。ユーハバッハにはそれがまるで笑っているかのように見えた。

 

 そしてユーハバッハは、自身の未来視で視ることができなかったという状況と、目の前の単眼異形の姿から、今何が起こっているのか判断を下す。

 

「そうか、この私の眼に映らぬということは、貴様霊王自身か!!」

 

 万能に思えるユーハバッハの未来視であるが、それが及ばない例外が存在する。それが霊王だった。

 霊王とは、結晶の中に安置された四肢のない男のことを指すが、霊王とて元々は五体満足の人間であり、彼の四肢を始めとする身体は尸魂界創生の為の礎として、バラバラに刻まれた上で下界へとばら撒かれていた。

 故に時折尸魂界や現世には、霊王の身体の一部がそのまま一つの生命として確立したモノや、霊王の身体の一部を宿した者が現れる。これらの特性を宿した者達にはユーハバッハの未来視は通用しないのだが、もしミミハギ様を霊王の右腕と定義した時、どうしても解せないことがユーハバッハにはあった。

 

「何故だ!? 何故霊王自身の右腕が邪魔をする! 護って来た尸魂界に愛着でも湧いたか!? 答えよ霊王!!」

 

 前述の通り、霊王は尸魂界を創生するために身体をバラバラに刻まれている。それは霊王の力を恐れた四大貴族(当時は五大貴族)の思惑があったのだが、そんな目に遭わされた霊王の身体の一部が果たして尸魂界を護りたいと思うだろうか。

 

 とは言え、現在霊王に巻き付いている右腕は、浮竹の身体を代償に彼の願いを聞き入れたミミハギ様だ。そこに霊王本来の意思が介在しなくてもなんら不思議ではないだろう。

 

「よもや貴様自身に妨げられるとは思わなかった。解せぬ、千切れた腕には最早霊王の意思は宿ってはおらぬということか……。ならば! その腕ごと貴様を消し飛ばしてやろう!」

 

 だが、ユーハバッハはそのことを知らない。故に強硬手段に出ようとするのだが――。

 

「どけ、一護」

 

 それをみすみす見逃す一護ではなかった。

 どういう経緯で世界の崩壊が止まったのか、彼には分からなかったがそんなことはどうでもいい。先程の失態を挽回するべく、一護は霊王に貫手を放とうとするユーハバッハの腕を掴みとった。

 

 そのまま取っ組み合っていると、彼らの隣を夜一が通り過ぎる。

 

「よく止めた、一護!」

 

 そのまま霊王の目の前までやって来た夜一は、一言一護を褒めると、そのまま術式の起動に取り掛かった。

 

「この得体の知れぬ黒いものは、其奴が言うには霊王の腕! 此奴が霊王の死体にしがみつくことで、どうやら尸魂界は安定した。ならば、この姿のまま新しい霊王として留め置く!」

 

 術式の内容は、“霊王に巻き付いた霊王の右腕”をそのまま霊王として奉ること。

 両手で地面に紋様を描き、印を結ぶ。すると次の瞬間、新たな霊王を安定させる為の結界が“霊王に巻き付いた霊王の右腕”を包み込んだ。

 

 それを一瞥しながら後からでも間に合う。そう判断したユーハバッハは、先に一つの疑問を解消することにした。

 

「一護、何故お前は私を止める? 霊王を斬ったのは、お前だ。お前の中の滅却師の血は、霊王の存在を許せぬはずだ。そのお前に私を止める理由などあるのか!?」

 

 ユーハバッハの疑問は、一護が己に滅却師の血が流れていることを知り、一度はその本能の赴くままに動いてなお自分を止めようとしていることだ。

 

「……俺は、あんたを止めにここに来たんだ。あんたを止めて、尸魂界も、現世も、虚圏も全部護る為にここへ来たんだ」

 

 だが、一護からすればそれはここに来る前から決めていたことだ。

 滅却師としての本能が霊王の存在を許さなくとも、十八年この世で生きて来た、黒崎一護という一人の男の理性は世界を護ると誓ったのだから。

 

「全て護るか、傲慢だな! 自分以外には、それができぬとでも思っているのか!」

「俺以外の誰かにできたとしても、俺がやらずに逃げていい理由には、ならねぇんだよ!!」

 

 一人の少年が抱くにはあまりに壮大な志にユーハバッハは嘲るが、誰に何を言われようと一護の考えは変わらない。

 

「【月牙天衝】!!」

 

 自分の意思で行動している。それを証明するかのような月牙は、部屋の壁を突き破り、そのまま天を駆けて行った。

 

 この程度でユーハバッハが死なないことを、一護は分かっている。だから、これはほんの挨拶代わりだ。滅却師としての自分を自覚しても、黒崎一護がユーハバッハに敵対するという意味の。

 

「……ユーハバッハ。俺があんたの血を引いている事は聞いた。――それが何だ? そんな事で俺はあんたの思い通りにならねぇ」

 

 滅却師というのは、あくまで黒崎一護という一人の人間を構成する一要素しかない。

 血の話をすれば、彼には滅却師の他に死神と虚の血が流れているし、経験の話をすれば、彼には幽霊が見えるただの人間として過ごして来た十五年と、死神代行になって以降、数多の試練を乗り越えて来た三年がある。

 

 そんな数々の要素があって、一護は自身を黒崎一護たらしめるアイデンティティを獲得して来たのだ。それは、そう簡単に揺らぐものではない。

 

「思い通りにならぬか……笑わせる。思い通りになるかどうかは、私のこの眼が決めることだ」

 

 しかしその言葉を受けても尚、ユーハバッハは嘲笑する。

 何故なら、ユーハバッハ以外の者は、自身の目の前で起こることを、ただ観測することしか許されないのだから。

 

 


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