転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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今回もカット多めで話が進みます。


第七十六話

「さて、とりあえずこんなもんっスかねぇ」

 

 場所は十二番隊技術開発局前。杖で帽子の鍔を上げ、雨空を見上げながら浦原喜助は、そう独り言ちた。

 

 あれから、一護にチャド。そして後から合流した志波岩鷲と夜一の四名を霊王宮へと送り出した喜助は、一人瀞霊廷に残り、後続として護廷十三隊を霊王宮へ移動させる為の準備を進めていた。

 

 つい先程、一護達を霊王宮へ運ぶ為の足として使用したのは、技術開発局の地下にて、マユリが密かに作成していた志波家の砲台を模倣したものだ。これを喜助が調整することにより、一護達はそう時間を要さずに霊王宮へと旅立つことができた。

 だがそもそも、志波家の砲台とは、志波家秘伝の技術によって建造された一点もの。幾らマユリと言えども模倣することは簡単ではなく、使用は一回が限界だった。

 

 故に、後続の護廷十三隊を霊王宮へ送り出す為には、新たな移動手段を確立させる必要があったのである。

 

 そして、それに必要な作業を粗方終えた喜助は、休憩も兼ねて残りのピースが届くのを外で待っていた。杖の先で地面を弄りながら時間を潰していると、幾つかの霊圧が自分に接近して来る。

 

「なんやなんや、なに外でお絵かきしてんねん! 中でコツコツ準備してんねやなかったんかい!」

 

 声のする方に顔を上げると、目に飛び込んで来たのは、胸元に猿の字があしらわれた派手な赤いジャージ。猿柿ひよりは、後ろに矢胴丸リサ、鳳橋楼十郎、六車拳西、久南白、愛川羅武、有昭田鉢玄の六人を引き連れながら、砂弄りで遊んでいる喜助に悪態を吐いた。

 

「何言ってんスか。アナタ達を待つ間に準備してたんじゃないスか」

「はっ!」

 

 喜助もただ黙っている訳ではなく、反論を述べるのだが、ひよりはそれを鼻で笑うことで一蹴する。喜助がどれだけ言葉を並べても、胡散臭い彼のことを毛嫌いするひよりが、それを信じることはないだろう。

 

「ネコばばあはどこいってん?」

「夜一サンなら、先に上に」

「ハッハー、チクったろ。あのボケ、ネコばばあでスッと答えよったで」

「……」

 

 揚げ足を取られてしまい、思わず喜助は押し黙る。

 彼が夜一のことをばばあと思っているかと言われれば、そんなことはなく、単にひよりがネコと呼ぶ相手として想像できたのが夜一しか居なかった為、そう答えただけなのだが、そのような言い訳は通用しないだろう。

 夜一に殴られる未来を幻視しながらも、喜助はひより達仮面の軍勢を技術開発局の中へと案内するべく口を開いた。

 

「ささ、まあとりあえず中に……」

「待てや!」

 

 しかし、その呼びかけをひよりは強い語気で遮った。

 本題に進めたいので、挨拶代わりのジャブも程々にして欲しいのだが。そんなことを考えながら、喜助はひよりを見遣る。しかし、その表情は真剣そのもので、真面目な話なのだろうと察した。

 

「なんで先に行かしてん? ウチらと合流して、みんなで一気に行く算段やってんちゃうんか?」

 

 先に行かしたというのは、言うまでもなく一護達のことだろう。ひよりの言う通り、喜助はもし霊王宮を赴かねばならない状況になったのなら、その時は一護や護廷十三隊全員で向かうつもりでいた。実際、その話を受けてひより達は、霊王宮へ移動する際に必要となるものを集めて来たのだから、それは今更誤魔化しようのない事実だ。

 

「……事態が変わったんス」

 

 それを覆さなければならなくなったのは、ユーハバッハが霊王宮に侵攻した時点で、まだ隊長格の多くが戦闘中、あるいは戦闘での怪我が癒えていなかったからだ。故に喜助は、霊王宮から帰還して間もないことから、消耗も少ない一護やこの決戦で未だに交戦していないチャド、夜一を霊王宮へと送り出したのである。

 

「変わったから何やねん。あいつらだけで行かして死んだらどないすんねん。お前、敵の足止めになれば死んでもええ思て、一護や夜一行かしてんちゃうやろな……!」

 

 しかしそれは、見方を変えれば事を急いていると取ることもできた。元々大勢で挑む予定だったものを、僅か四人で遂行しようとしているのだ。ひよりのような穿った見方をしてしまうのも仕方のないことだろう。

 

 ひよりの喜助に対する不信感から、場に緊迫した空気が流れだす。仮面の軍勢の一員であるひよりには、喜助に多大なる恩があるのだが、それとこれとは話が別。付き合いがそれなりに長いだけに、ひよりは喜助にいざとなれば手段を選ばない冷酷な部分がある事を理解していた。

 かつてルキアに義骸を与えた際に、ルキアの霊力を崩玉封印の為の道連れにしようとしたことは、その筆頭だろう。

 

 だが、今のひよりの発言は喜助にとっては非常に心外なことだ。古くからの付き合いである夜一に、持ちつ持たれつの関係でやって来た一護。そんな彼らを捨て駒として扱えるはずもなかった。

 故に喜助は、いつもの飄々とした対応でひよりの言及を躱そうとしたのだが、それはある人物の登場によって妨げられることになる。

 

「えーっ!! ねえさま……もう行ってしまわれたんですか!? そんな……、せっかく久し振りに連絡があって、ねえさまの役に立つならと思って、無理して色々持って来たのに……」

 

 登場するや、そう泣き崩れた褐色肌の少年の名は、四楓院夕四郎。夜一の弟にして、四楓院家現当主たる人物だ。

 声変わりしきっていない高い声音や中性的な顔立ちからは、そんな威厳は一つも見られないが、天賜兵装番たる権力は紛れもなく本物だ。その証拠に彼が運んで来た布包みの中には、普通の死神では見ることさえ難しい宝具とも言うべき代物が納められていた。

 

「スイマセン。でも夜一サンを先に行かせたのは瀞霊廷の為なんス。わかって下さい」

 

 布包みを受け取りながら、喜助は夕四郎にそう語り掛ける。

 久し振りに肉親に会いたいという気持ちは理解できるし、こうも泣かれてしまっては良心の呵責に駆られるが、事態を鑑みれば仕方のないことなので分かって欲しかった。

 

「……はい」

「持ってきて頂いたものは必ずねえサマの役に立ちます。さ、中へ」

 

 涙を拭うことで押し留めながらも、納得してくれた夕四郎に一安心した喜助は、集まった者達を中へと促す。

 

「……思い出したわ」

 

 そんな喜助と夕四郎のやり取りを見ていたひよりは、喜助の隣を通過しながら徐に呟いた。

 

「ウチ、あんたのその『瀞霊廷のため』言うの大嫌いやってん」

 

 死神として、瀞霊廷の為に尽力するというのはごくごく普通のことである。かつてはひよりも護廷十三隊に所属していた為、そのことについて特に何かを思うことはない。

 しかし、それを不真面目さが目立つ喜助が言ったとなれば話が別だった。ひよりから見た喜助は瀞霊廷のことなんて捨て置き、自身の研究に没頭するような人物だ。

 

 そんな喜助の言う『瀞霊廷の為』は、普通の死神の言うそれとは、全く別の意味を孕んでいるような気がしてならなかったのだ。

 

「ん? お前は入らんのか?」

 

 嫌なことを思い出しながら歩いていると、ひよりは喜助が自分達の後ろをついて来ていないことに気がついた。てっきり、自分達が持って来たもので更に準備を進めると思っていたため、ひよりは問いかける。

 

「ええ。まだ一つ、届いていないものがあるので」

 

 未だ届いていない最後の一ピース。それは、かつて喜助がある死神から依頼を受け、作成したものだ。

 当時は何の為に使用するか分からなかっため、若干戸惑いながら完成させたのだが、まさかそれが一年半越しに作成者である喜助自身を助けることになるとは思わなかった。

 

 ――お願いしますよ、蓮沼サン。

 

 喜助の視線の方角。そこには、卯月が隊長を務める五番隊の隊舎が位置していた。

 

 

***

 

 

 ニャンゾル・ワイゾルを倒した後、卯月は雛森と共に修兵達と合流しようと、来た道を引き返していたのだが、道中喜助の鬼道による指示を受け、目的地を五番隊隊舎へと変更していた。

 

 その指示の内容は大きく分けて二つ。

 一つ目は護挺十三隊全隊長格とそれと同等の能力を持つ味方へと向けた、現在の戦闘を放棄してでも、至急技術開発局へ集まれという指示。

 そして二つ目が卯月一人へと向けた、霊圧増幅器を技術開発局へ持ってくるようにという指示だ。

 

 霊圧増幅器とは、今から一年半程前に、卯月が高位縛道を用いた超重力環境での長時間に渡る修行をするため、喜助に作成を依頼した代物である。

 

 大勢で霊王宮に移動する為には、莫大な霊力が必要だ。喜助の見立てでは、全隊長格の霊力を集めれば、なんとか足りる計算だが、その後に戦闘が控えている以上、なるべく消耗は避けるべきだ。

 つまり霊圧増幅器は、隊長格が込める霊力肩代わりとして使われることになる。

 

 絶対に必要という訳ではないが、あるか無いかで今後の戦況が大きく変わってくる可能性がある。故に卯月は真剣な面持ちで喜助の頼みを遂行していたのだが――。

 

「なんだ……あれは……!?」

 

 現在、彼と雛森は五番隊隊舎へと向かう足を止めていた。

 

 その理由は、至極明快。目の前に広がる光景に驚いたからだ。

 突如として天から降り注いで来た複数の極光は、彼らの足を止めさせるのに、十分な役割を果たしていた。

 

 研ぎ澄ました霊覚から感じ取れたことは、この光を降らせた主がユーハバッハであるということ、光が降り注ぐ先が星十字騎士団であるということ。

 

 ――そして、光を浴びた星十字騎士団の霊圧が弱まっているということだ。

 

「卯月さん、これって……」

「うん。自分は霊王宮に居るから、もう用済みって事なんだろうね。……なんだかやるせないな」

 

 これまでに卯月が戦ってきた星十字騎士団は、それぞれ性格や思惑はあれど、一貫してユーハバッハへの忠誠心は持ち合わせていた。

 であれば、霊王宮へと侵攻することができたユーハバッハは、最大限彼らに報いなければならないはずなのに、実際にあったのはこの仕打ちである。

 

 結果、敵である星十字騎士団の弱体化を喜ぶ気持ちと、同情の二つが卯月の中でせめぎあっていた。

 

「ま、そんなこと僕が気にしても仕方ないか。行くよ、桃。浦原さんが待ってる」

「はい!」

 

 しかし、この場に滅却師もユーハバッハも居ない以上、そんなことは考えても仕方のないことだ。

 幸い、ユーハバッハを打倒する機会は、きっと誰かに訪れる。蟠る鬱憤はそこで晴らせばいいだろう。

 

 その為にも気を引き締めた二人は、再度足を進めるのだった。

 

 

***

 

 

「いやー、急にお呼び建て申し訳ありません」

「御託はいい。事態がどれだけ深刻かは、私達とて理解している。貴様のことだ、当然打開する手立ても用意しているのだろう? 浦原喜助」

「おや? 今日は随分と聞き分けがいいっスね、砕蜂サン。……冗談っス。勿論用意してますよ」

 

 数十分後。喜助は、続々と技術開発局へと集まり出した護廷十三隊の面々に向けて、急に招集をかけた理由を話すべく口火を切った。

 その際、今までと比べて砕蜂との話がスムーズに進むことに驚いた喜助は、つい何時もの飄々とした態度で揶揄ってしまうが、彼女の鋭い眼光がそれを許さない。

 

 現状喜助の説明を聞いているのは、隊長が砕蜂、白哉、京楽、修兵。副隊長が大前田、ほたる、恋次、射場、七緒、雛森、乱菊、ルキア。それから夕四郎となっている。全隊長格に呼びかけたわりに集まりが悪いのは、重症を負った為治療を受けている者と、それを施している者が居るからだ。

 例外として、マユリとネムが行方不明であるが、瀞霊廷の存続が懸かっている以上、二人もそのうち姿を現すだろうと喜助は言及していた。

 

「これよりアタシ達は、黒崎サン達を追って霊王宮に突入します」

「「っ!?」」

「突入ってここに集めた隊長格全員でかい? そんなことできるもんなの?」

 

 そうして喜助から語られた今後の動きに、驚愕が走る。京楽が全員の気持ちを代弁する形で喜助に問いかけた。

 それもそうだろう。霊王宮とは、基本的には王鍵を持った零番隊の者しか立ち入れない場所だ。一護は二度に渡って霊王宮に向かったが、そのどちらとも少人数での移動だ。そのような場所に大所帯で突入できるとはとても思えなかった。

 

「できます。できるはずです。夕四郎サンが持ってきてくれた天賜兵装と、涅隊長が作ったこの台座。それから集結させた隊長格の膨大な霊力を、蓮沼サンに頼んだ霊圧増幅器で増幅させることができたなら」

 

 しかし、喜助は確信を持っているようで、それを持つに至った要素を一つ一つ挙げていく。続けて詳細を述べようとしたところで、カタンという音が部屋の中に響き渡った。

 

「……詳しい話は全員が揃ってからにしましょうか」

 

 そう言って喜助が向けた視線の先では、先ほどまで『治療室』と表記されていた部屋が通常仕様の『解剖室』へと切り替わろうとしていた。

 負傷した者達への治療が終了したのだ。

 

「治療が完了したぞ! 皆を労ってやってくれ!」

 

 程なくして開いた扉から出て来るや、そう治療した者を気遣うよう呼び掛けたのは、十三番隊隊長である浮竹十四郎だ。病弱であり、度々寝込むことがある彼は治療への造詣が深い。加えて今回の二次侵攻では、あることをする為に戦闘には出ていなかった為、積極的に治療に参加していた。

 そんな彼の後ろに付くように姿を見せたのは、卯月、イヅル、勇音、花太郎、清音、小椿、織姫の七人である。しかし、感激している十三番隊の二人以外は、当たり前のことをしたという認識しかない為か、浮竹の言葉にどこか遠慮がちだった。

 

「いえ……! そんな」

「浮竹隊長の的確な指示がなかったら……」

 

 中でも、謙遜の言葉を発したのは、花田郎と勇音だった。

 一つの隊を率いてるだけあって、治療の際の浮竹の指示は迅速かつ的確。自分達は言われるがまま治療しただけであり、一番に労わられるべきは浮竹であると思考していた。

 

「何を言う。短時間であれだけの負傷者を治療できたんだ。これは皆のお陰だよ」

 

 霊力の回復を優先する回道と、傷の回帰を優先する織姫の“盾舜六花”。このどちらが欠けても治療は成し遂げられなかった。浮竹の言うように、これは治療に携わった者、皆の成果だ。

 

「そうだぜ」

「隊長っ!」

 

 すると、浮竹の意見に賛同する者が遅れて治療室の中から姿を現した。

 冬獅郎は、声をかけて来た乱菊に一度視線を配ってから言葉を続ける。

 

「相手してた滅却師はなんとか倒せたんだがな……。如何せん消耗が激しくて、あのままじゃこの先の戦いじゃ使い物にならなかった。ありがとう」

「アホ言え。そんなん言ったら俺なんて、敵さんにボコられて死にかけとったんやぞ。この戦い始まってから、負けてばっかで良いとこ無しやしな。だから、治してくれてあんがとさん。助かったで」

 

 そうして平子が冬獅郎に続いた時、治療室から続々と治療を受けた隊長達が姿を見せる。

 二人に加え、元柳斎、狛村、剣八、一角、弓親、青鹿、グリムジョー、ネリエル。中には、生死の狭間を行き来するほどの重症を負った者もいるが、皆戦うことができる程に回復していた。

 

「……やちるはどこだ?」

 

 そんな中で、剣八は一人視線を巡らせる。彼が戦闘不能になってからそれなりの時間が経過したが、未だやちるは行方を眩ませているようだった。いつどんな時でも共に過ごしていたが為に、普段より少しだけ軽い肩がやけに気持ち悪かった。

 

「十一番隊の皆サンが探してくれてます。心配しないでここで待ってて下さい」

「……ふん」

 

 喜助曰く、現在も十一番隊が捜索にあたっているらしいが、これだけ時間が経っても見つけられないなら、彼らのやちる発見は望み薄だろう。一時は隊士達に任せたものの、やはりここは自分が行くしかない。そう考えた剣八は、喜助の言葉を無視して外に出ようと扉に手を掛けるのだが――。

 

「あ! ダメっスよ! ここで待ってて下サイって!」

「っ!?」

 

 突如として現れた鬼道の柵が、剣八の退室を妨害した。

 

「……何の真似だ?」

「手荒でスイマセン。今出て行かれちゃ困るんスよ。我慢して下さい」

「てめえ……」

 

 不機嫌を露わにした剣八が、鋭い眼光で喜助を射止める。まさに一触即発。もしここで喜助が言葉を誤れば、襲いかねない。そんな雰囲気だった。

 

「止めい!」

 

 しかし元柳斎の一喝が、場に静寂を与えた。皆の視線を一身に浴びた元柳斎は、言葉を続ける。

 

「仲間内でいがみ合うてる場合か。状況は刻一刻を争う。更木、それはお主とて理解しているはずであろう? 浦原喜助が言うたように、お主の部下はお主の帰りを待つため、草鹿を探しておる。であればその隊を預かる長として、今お主がするべきことは何じゃ?」

「……ちっ、わーったよ。ジイさん」

 

 元柳斎の一声で、剣八は渋々という様子であったが引き下がった。

 大人しく適当な場所に移動した剣八を確認して、元柳斎は喜助に視線で合図を寄こす。始めろ、ということだろう。

 それを察した喜助は、場を収めた元柳斎に感謝しつつ、口を開いた。

 

「さてと。それじゃ、更木隊長の気が変わらない内に始めちゃいましょうか。これから珠を配りますので、皆サンは台座の円の内側に立って、それに霊圧を込めて下さい。その際、霊王宮との道を繋ぐ為に天井を開けますが、濡れるのは勘弁して下さいね」

 

 説明をする喜助が立つ台座には、杭と紐で描かれた囲いがある。それは夕四郎が運んで来た天賜兵装によって作成されたものであり、よく見てみればそこには、人が跨ぐことができるほどの高さしかない結界が囲いに沿って展開されていた。

 

 喜助の指示に従った隊長格は、それぞれ珠を受け取り、囲いの中へと足を踏み入れて行く。

 そうして、霊圧を込めようとしたところで――解剖室とも外に繋がるものとも異なる扉が開いた。

 

「よォーし! 準備はええか? 死神どもォ!」

「ひよ里!? お前らなんでここにおんねん!?」

 

 巨大な急須のような物体を高々と掲げながら、そう言ったのは護廷十三隊の誰よりも早くこの場所に到着していたひよりだった。

 彼女の後ろには他の仮面の軍勢達の姿もあり、それに驚いた平子は思わず声を上げる。

 

「はあ!? あんたが浦原の手先ンなって、ウチらに面倒事押し付けてきよったから、ここに居んねやろ! ハゲたこと言うてんなよハゲが!!」

「ハゲじゃないから覚えてませーん!」

「ハイハイハイハイ、隊長のクセしてええとこなしの、やかましいオカッパは無視しまーす!」

「無視されるらしいで砕蜂」

「私は隊長としての責務は果たしているし、ついでに言えばオカッパでもない。呆けたことを言っていると、殺すぞ」

 

 そこからは怒涛のマシンガントーク。最早その場のノリと勢いだけで進んでいるような会話は、砕蜂に飛び火したところで終わりを告げた。

 

「いくでー!!」

 

 話を止め、台座に近づいたひよりは急須を傾け、囲いの中に透明な液体を注ぎ込んだ。液体は、結界のお陰で零れることなく溜まっていく。先程跨いだ時は、なんのための結界か分からなかったが、この光景を見れば、それが明確に分かった。

 そして膝下の辺りまで液体が溜まった時、違和感を感じた。

 

「……液体に見えるのに、濡れた感触がない」

 

 そう水面を見下ろしながら声を零したのは、ルキアだった。足を動かせば、波紋を立てる。バシャっという音も鳴る。しかしどれだけ足を浸からせても、死覇装が濡れることだけはなかった。

 

「はい、これは尸魂界と断界と現世の歪みに発生していた物質で、霊王宮へ向かう移動エネルギーの元になります。先程夜一サンには、緊急で少量用意してもらいましたが、ひよ里サン達には、残る大部分を更に生成してもらっていました。これを皆サンの霊圧と融合させます」

 

 その歪みの名は叫谷。

 一護以外の者は記憶を無くしてしまったが、かつてある少女を助けるべく、足を踏み入れた空間だ。

 

「さて。羅武サン、リサさん、ハッチさん、拳西サン、白サン、ローズさん、ひよ里サン。解剖室の右手奥の棚に死覇装があります。着替えてこちらに参加して下さい」

「なっ――!?」

「分かった」

 

 ルキアの問いに答えた喜助は、任務を果たした仮面の軍勢に次なる指示を出す。それは、百年以上現世を隠れ蓑として生きて来た仮面の軍勢にとって、屈辱的なものだった。

 無論、藍染の乱を終えて誤解は解け、堂々と暮らせるようにはなった。中でも平子は護廷十三隊に復帰して、仮面の軍勢との懸け橋となっているが、彼らの中にはまだ割り切れていない者も居る。その筆頭がひよ里だった。

 

 増してや喜助は、百年自分達を同じ思いを味わって来た人物だ。そんな彼の口から、このような屈辱を強いる言葉が出るとは思わず、腹を立てたひよ里だったが、彼女が発しようとした文句は、隣に居た羅武によって抑えられた。

 羅武はそのままひよ里を肩に担ぐと、喜助に指定された解剖室へと足を進める。

 

「あ……、コラァ! ウチまだ何も言うてへんぞ! 離せ羅武!」

「ゴチャゴチャ言うんじゃねーよ。シンジが命張って戦ってる中で、どのツラ下げてこのまま帰るってんだオメーは」

 

 何故死覇装を着る必要があるのか、喜助は一切語っていない。しかし、意味もなくそんなことを指示する人物でないことは羅武は分かっているし、ひよ里だって分かっている。それでも反論しようとしたのは、それだけ仮面の軍勢に対する思いが強いからだ。

 故に、死にかけるまで敵と戦った平子の名前を挙げられては、押し黙るしかなかった。

 

「……で、どうすんだこれで? 霊圧込めたら全員で上にスッ飛んでいくのか?」

 

 そのまま仮面の軍勢が解剖室に入った後、剣八は喜助に疑問を投げかける。先程喜助が説明したのは、珠に込めた霊圧が足元の液体と融合するというところまで。融合した霊圧がどうなるのかは語っていなかった。

 

「いいえ。これから創るのは『門』です。ここと霊王宮を直接繋ぐ『門』を創ります」

 

 喜助の言葉に呼応するように、アルファベットの『U』を逆さまにした霊子の枠が現れる。これが後々門の枠になるのだ。

 

「黒崎サンが障壁を破ってくれた今しか使えない方法です。戻る方法は……無いかも知れません」

 

 ここまで来れば、あとは枠の内側に門が形成されるのを待つだけ。だが、喜助には一つ懸念があった。言おうか言うまいか迷っていたが、結局口からその言葉が出たのは出発を目前とした今この時だった。

 

「貴様と言う奴は、今頃それを言うか……!」

「スイマセン、怒らないで下さいよ……」

 

 突然のカミングアウトに、喜助を睨みながら責める砕蜂。

 頭を下げながら、喜助はやはりもっと早い段階で伝えるべきだったかと後悔する。

 

「そうでは無い!」

 

 尤も、それを気にする者は、彼以外居なかったが。

 

「言えば我等が怯むやも知れぬと思った、貴様のその侮りに腹を立てているのだ! 貴様もかつては十三隊の端くれだったならば、護廷十三隊を嘗めるな!」

 

 世界の危機だ。最早帰り道のことなど気にしている暇もない。もし、仮に帰れなかったとしても、そのことを考えるのは全てが終わってからで十分。

 この場に居る者全員、その程度の覚悟は出来ていた。

 

「皆同じだってことさ。護挺を背負う気持ちはね」

 

 砕蜂の言葉を浮竹が補足する。

 

「はっ。嘗めるだの背負うだの、戻れるだの戻れねぇだの、知ったことかよ。俺は、連中をぶちのめせりゃそれでいい。ボヤボヤしてんなよ。とっとと行こうぜ」

 

 剣八がそれまでの会話の流れを一蹴し、闘志を滾らせる。

 

 和を重んじる浮竹らしく、好戦的な剣八らしい言葉に、喜助は思わず頬を緩ませる。仲間を見くびっていたことが恥ずかしく、自身の甘い考えを切り捨てられたことが嬉しくもあった。

 

 一人一人、思いや志は違えど、同じ方向を向いている。

 

「……そうっスね。とっとと行きましょ。――皆で」

 

 それはきっと、隣の部屋にいる彼女達も同じなのだろう。

 

 認識を改めながら、漠然と喜助はそう思った。

 




Qなんで平子生きてるの?

破面に虚化を教わったことで、鋼皮を身に付けることができたから。

Qなんでネリエル生きてるの?

あえて子供の姿になることで、なんとかリルトットの攻撃をやり過ごしたから。

次回は更新ペースを早められるよう頑張ります。

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