転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 なんか筆が乗らなかったり、学校の課題に集中してたり、書いたり消したりを繰り返してたら、一ヵ月近く経ってました。

 済まぬ。

 恐らく次回の投稿も、サークルに提出する小説を書き上げなければならないので、遅くなると思います。

 ですがその分、今回の話は最近の本作では珍しいくらいに、テンポ良く話が進んだかと思います。

 それでは、どうぞ。


第七十五話

「素晴らしい霊圧だ……黒崎一護」

 

 

「霊王宮での出来事は、お前に大きな影響をもたらしたのだろう」

 

 

「そして今、私にもその恩恵がもたらされた。光の下へと、至ることができたのだ」

 

 

「お前には感謝せねばならんな、一護よ」

 

 

***

 

 

 ほたるがキャンディスを倒し終えた頃、他のバンビーズとの戦いも、着々と進んでいた。

 

 まずミニーニャと当たった一護は、霊王宮での修業で得た圧倒的なまでの霊圧を以て、終始彼女を完封している。単純な力だけではなく、瞬発力においても優れていることを、同じパワータイプの狛村との戦いで示したミニーニャだったが、膨大な霊圧からなる一護の身体能力はその上を行っていた。

 共にシンプルな能力をしている為、その差も如実に表れやすい。決着が着くのも時間の問題だろう。

 

 次にリルトットと修兵の戦いだが、こちらは見るに絶えない泥仕合が続いていた。卍解を発動できるような状況でない為、修兵が無理を通して始解で戦っていたのだ。普通ならば、完聖体状態の滅却師に対して、始解しか発動していない死神がまともに戦いを繰り広げられるはずもないのだが、修兵の斬魄刀にはある程度の傷ならば、一瞬にして治してしまうほどの不死性が秘められている。それを駆使して、修兵は捨て身の攻撃を断行していた。

 『死神にもジジが居る』というのは、修兵の戦いぶりを体感したリルトットの談である。

 

 そして、最も目まぐるしく戦況が動いたのは、ジゼルとの戦いだろう。バンビエッタの“爆撃”と、次々に襲い掛かってくるゾンビに対処できず、劣勢に立たされていた一角と弓親だったが、その劣勢は一人の死神の加勢で逆転することとなった。十二番隊隊長兼技術開発局局長、涅マユリである。二次侵攻の序盤では、準備が整っていないからと星十字騎士団との戦いを見送ったマユリであったが、ここに来て漸くその重い腰を上げた。マユリは、十刃の一人であったザエルアポロ・グランツが遺した破面の死体を、涅骸部隊として編成すると、拷問を活用することで、彼らに無理やり言うことを聞かせ、戦わせる。

 元より破面である為、虚の霊力を有していることと、能力対象外の死体であることで、ジゼルの天敵として立ちはだかった彼らは、次々にゾンビを駆逐していった。

 一言にゾンビと言っても、その元となった死神の殆どは十一番隊の一般隊士である。もしこれが隊長であったとしたなら、また対処の方法も難しさも変わって来たのだろうが、この場に限って言えば、予め破面の持つ斬魄刀に仕込んでおいた薬が強制的にゾンビ化を解除するだけなので、そのようなことは無かった。

 

 このように、バンビーズとの戦いは概ね順調であった。故にそこから状況が変わることがあるとするなら、それは外部からの邪魔が入った時だろう。

 

「なんだっ!?」

 

 誰が吐いたか分からないその言葉を皮切りに、その場に居た全員が一方向に視線を移す。そこでは青白い一条の光が天へと昇っており、光は一次侵攻の際に星十字騎士団が現れた際の火柱に酷似していた。

 そしてその光の下には、一人の男の姿が。

 

「――黒崎一護」

「っ!?」

「私の声が届いているだろう」

 

 その男、ユーハバッハは高所から戦場を見下ろしながら、一護への霊圧での会話を試みる。

 頭の中で声が響くような、不思議な感覚に味わった一護は、無駄だと心の中で分かっていながらもついつい耳を塞いでしまう。

 

「黒崎一護、我等を光の下へ導きし者よ。感謝しよう」

「……どういう意味だ?」

 

 そして、自身の言葉が伝わっているかを確認したユーハバッハが次に発したのは、まさかの敵であるはずの一護への礼だった。

 当然、身に覚えのない一護は訊き返した。光の下という曖昧な表現を使っていることも、一護がユーハバッハの発言を理解することができなかった一つの原因だろう。

 

 それに対するユーハバッハの言い分はこうだ。

 

「お前のお陰で、私は霊王宮へと攻め入ることができる」

「っ!?」

 

 その言葉を聞いて、一護は思わず目を見開いた。

 

 まだその存在を知って、一日程度しか経過していない零番隊。その実力は折り紙つきであり、戦ってはいないものの、彼らの力の強大さを、霊王宮で修行をしていた一護はひしひしと感じ取っていた。

 しかし、そんな彼らは文字通り雲の上の存在であり、霊王宮に立ち入るには、王鍵が必要不可欠だ。かつては藍染が、重霊地である空座町を媒体として作りだそうとしたそれを、ユーハバッハは持っていない。故に、彼が霊王宮に侵入することは不可能だった。

 

 ――瀞霊廷に一護が降り立つまでは。

 

「お前が今纏っているその衣は、『王鍵』と呼ばれる零番隊の骨と髪で編まれている。霊王宮と瀞霊廷との間に存在する、七十二層に渡る障壁を突破させる為。そして何より、その際の摩擦からお前自身を守る為に、それ以外の素材では創り得なかったのだ。素晴らしい耐性、素晴らしい防御力だ。死神が手にできるものの中で、それに勝る衣はないだろう。――だが、その絶大な防御力ゆえ、お前の突破した七十二層の障壁は、その後六千秒の間閉ざすことができぬ!」

「っ!」

 

 光の下に至るとは、霊王宮への道の目に前に立つこと。皮肉にも、味方を助ける為に急いで瀞霊廷に戻って来た一護の行動が、ある意味で裏目に出てしまったのだ。

 一護が居なければ救えなかったかもしれない命があったことは、彼自身も理解している。しかし、そう簡単に割りきれる話ではないというのもまた事実だった。

 とは言え、ユーハバッハはまだ一護の視界の中に居る。この場で彼を討ち取ることができれば、今の話を全て無に帰すことができる。そこに考え至った一護は弾かれたようにユーハバッハの下へと動き出した。

 

 だが、それを一護と相対するミニーニャが許すのかと言えば、それはまた別の話である。

 

「余所見、禁止ですぅ!」

 

 瞬間、ミニーニャの拳が一護の頬を捉えた。ユーハバッハにばかり意識を向けていたせいで、ミニーニャの動きを見逃してしまったのだ。

 勢い良く地を蹴り、身体を浮かしていた一護は、ミニーニャの腕力によって、彼が目指していたユーハバッハが居る方向とは、全くの別方向に飛ばされてしまった。

 

「陛下を追うなら、私を倒してからにするんですね」

「チィっ!」

 

 こうなるなら、横着してミニーニャをほったらかすことはせずに、しっかりと片付けてから向かった方が早かったと、一護は歯噛みする。

 しかし、そんなものは所詮結果論だ。大切なのは、失敗をした後である。そう考えた一護は、宙に形成した霊力の足場に着地し――その反動で再度ユーハバッハの下へと接近を始めた。

 

「っ!? くどいですぅ!」

 

 性懲りもなく強硬突破を敢行しようとする一護に、ミニーニャは一瞬驚きながらも、追跡を始める。先程と違うのは、一護がしかとミニーニャのことを認識していることだろう。

 

「邪魔だ!」

「きゃっ!」

 

 元々実力面で大きくミニーニャを上回っている一護である。少しでも意識をそこに裂いていれば、彼女の攻撃に反応することは容易かった。

 進路に割り込むように拳を放ってきたミニーニャに対し、一護は月牙天衝で迎え撃つ。これまでの攻防で、既に大きく消耗していたミニーニャに、これを打開する手段は残されていなかった。最後に、ダメ押しでもう一度月牙をミニーニャに喰らわせた一護は、今度こそユーハバッハを見据える。これまで散々甘さを指摘され続けて来た彼が追撃を放ったのは、今なおバンビーズと戦う仲間のことを気遣ってのことだった。

 そのお陰もあり、一護を妨害できる者はこの場にもう居ない。実際ユーハバッハも、一護の攻撃に対処できるように腰の剣に手をかけていた。

 

 ――彼の姿を目にするまでという、但し書きが付くが。

 

「ククッ、そうか……。お前はそれを選ぶか」

「何笑ってやがるっ!」

 

 クツクツと笑みを浮かべ、剣の柄を手放したユーハバッハに、一護は訝し気な表情で問い詰める。しかし、ユーハバッハがその問いに答えることはなかった。何故ならこの時、ユーハバッハは一護のことを注視していなかったのだから。

 

「ならば、射るがいい。例えそれが永劫の別れを告げるものだとしてもな。――雨竜よ」

「【光の雨】!」

「っ!?」

 

 刹那、無数の神聖滅矢が一護に襲い掛かった。

 まるで同時に放ったかのように、間隙なく迫ってくるその矢を一護は回避と防御を織り交ぜながら起用に対処していく。そして、最後の一塊を月牙にて払った一護は、信じられないといった表情で、矢が放たれた方向に目を遣った。

 

 ユーハバッハの発言を聞いた時、何かの聞き間違えだと思った。

 

 その霊圧を感じた時、自分の感覚がおかしくなったのだと思った。

 

 この時、一護が疑ったのは、全て自分自身だ。彼のことは、微塵も疑っていなかった。だってそうだろう。

 

「何でお前がここに居るんだよ……っ!」

 

 幾ら同じ滅却師とは言え、共に死線を掻い潜って来た戦友が敵として立ちはだかるなど、思えるはずもないのだから。

 

「――石田ァ!!」

 

 彼、石田雨竜は、星十字騎士団の白い軍服に身を包み、いつしかのように一護の敵として相対していた。

 

 

***

 

 

 ここで時は少し遡ることになる。

 

 二次侵攻の開始から、少し遅れて京楽の前へと姿を現した仮面の滅却師。その正体について、確信に近い推測を立てた京楽は、自身のその考えが正しいものであるのかを確認するべく、解放した花天狂骨の二刀を手に取った。

 

「さて、まずは仮面の中身を暴かせてもらうとしますかねぇ」

「……」

 

 京楽が何か言葉を発しても、滅却師は何一つ言葉を返さない。虚化でもない仮面を被っている以上、その人物に顔を隠したい何らかの理由があることは明白であり、声を出さないのもその一環だった。

 

 しかし容姿が分からずとも、霊圧によってその人物を判別することは可能であり、事実京楽は既に滅却師の正体についてあたりをつけていた。

 そしてそれは恐らく、滅却師とて承知のことであり、京楽が気になったのは、何故滅却師が大して意味を成さない仮面を身に着けて、自分の前に現れたのか、という部分だった。

 

 もし、滅却師が自分の意思でここに居るのなら、わざわざ仮面なんてつけずとも、堂々とこの場に現れればいい。それをしないということは、多少なりとも後ろめたい気持ちがあるのだろう、というのが京楽の考えだった。

 

「だんまりかい。じゃあこれには反応してくれるのかな?」

 

 現時点での問答は不可能。そう判断した京楽は、状況を進めるべく先に攻撃を仕掛ける。放った攻撃は、花天狂骨の能力の一つである“不精独楽”だ。周囲の空気を巻き込んで回転する風の刃が、滅却師に襲い掛かった。

 だが、問答をする気のない滅却師にとって、これは望んだ展開だったのだろう。飛び退くようにして“不精独楽”の攻撃範囲から逃れた滅却師は、そのまま身体を翻して神聖滅矢を放った。その数たるや、十指で足るようなものではなく、まるで雨のように京楽へと降り注ぐ。

 

 その際京楽が見た、手の左右の役割が逆である独特なフォームは、彼にとって見覚えがあるものだった。

 

「潜るよ七緒ちゃん」

「はい」

 

 視界を埋め尽くすほどの矢の雨は、普通に回避するのには厳しいものがある。七緒が結界で防ぐという手もあるが、霊力の消耗はできるだけ抑えたい。そこで京楽は“影鬼”で影の中へと潜ることで、滅却師の反撃をやり過ごした。

 

 そして――。

 

「っ!」

「参ったな……。これを一発で対応するのかい」

 

 滅却師の後ろ五メートル程にできた影から襲い掛かった。

 しかし、不意を突いたはずの一閃は、すんでのところで躱されてしまう。“影鬼”の能力の性質上、影に潜る為には、その対象の影を一度踏む必要がある。この奇襲の理想は滅却師の影から攻撃を仕掛けることだったのだが、滅却師が神聖滅矢の光などを利用しながら、影を踏まれないように上手く立ち回っていたので、そうすることはできなかった。

 結果、京楽は少し遠くの瓦礫の影から攻撃を仕掛けざるを得なくなり、その僅かの差が滅却師が攻撃を回避するだけの猶予を生み出したのだ。

 

 だが、すんでのところで躱したということは、余裕のない状態ということである。一撃目を回避された京楽は、そのまま二撃目へと移行する。

 

「【斬華輪】!」

 

 刹那、空振った一刀に擦り合わせるように薙ぎ払われた二刀目から、霊力の斬撃が放出する。間隙なく放たれた七十番台の鬼道は、まともに当たりさえすれば、滅却師の命を刈り取るに値するものだった。

 

 しかし、滅却師はこれを弓で強引に受け止める。元来、弓は防御に使うような構造はしていないので、攻撃を受けた滅却師は腕もろとも大きく弾かれてしまうが、敢えて衝撃に身を任せることで、京楽との距離をとった。

 不意を突かれながらも、戦いの中で敵の攻撃を利用する冷静さに、思わず京楽は舌を巻く。また、褒めるべき点はそれだけではない。後退する間も牽制として神聖滅矢を絶やさなかったのも見事だった。

 

 牽制として射られた矢は、京楽に命中こそしないが、逆に京楽が滅却師に追撃を仕掛けることもない。この稼いだ時間で滅却師は着地し、態勢を立て直した。

 

 ――と、この時の滅却師は思っていた。

 

「【だ~るまさんがこ~ろんだ】」

「っ!?」

 

 次の瞬間、何時の間にか神聖滅矢の弾幕を抜け出していた京楽の斬撃が滅却師へと迫っていた。ただ、不意を突かれたという訳ではない。もし、牽制によって距離を取った京楽の動きを見逃すようなら、既に滅却師は先程の“影鬼”でやられていただろう。

 京楽が瞬間移動でもしたか、あるいは時間を止められたか。そんな感覚だった。

 

 最早、回避は間に合わない。よって、滅却師はせめて即死はすることだけは避けようと、身をよじった。

 

「?」

 

 だが、何時まで経っても京楽の刃が滅却師を斬り裂くことはなかった。故に死んでもなければ、痛みもない。先程と変わったことと言えば、開けた視界だけだった。

 

 ――仮面が斬られたのだ。

 

「っ!?」

「さあ、ご開帳だよ」

 

 そう。元より京楽の狙いは、仮面の下に隠された滅却師の顔を暴くこと。滅却師の正体を感づいている京楽は、戦況が苦しくならない限り、滅却師を傷つけるつもりはなかったのだ。

 

 真っ二つに斬られた仮面は、重力に逆らわずに剥がれ落ちる。そこから現れたのは、京楽も、七緒もよく知っている者の顔だった。

 

「やっぱり君だったかい。理由を教えてはくれないんだろうね。――石田君?」

 

 青みがかった黒髪に、眼鏡が特徴の少年。石田雨竜。現世で一護達と同じ高校に通う同級生であり、滅却師でもある男だ。

 雨竜は、俯かせた顔を一撫でして、仮面が取られたことを確認すると、口を開いた。

 

「ええ。ただ一つ言えることがあるとすれば、僕は他ならない僕の意思によって、この場に居るということです」

「なるほど。弱みを握られてたり、操られたりしているのかもしれないとも考えてたけど、どうやらそういう訳ではなさそうだね」

 

 顔が暴かれたことによって、声を隠す意味も無くなったのだろう。雨竜はここに来て漸く話し出した。それに対して京楽も、雨竜の口から発せられた僅かな情報から、これまでの自分の思考との擦り合わせを行っていく。

 

 そしてその間、雨竜は先程の京楽の攻撃について思考を巡らせていた。

 京楽の花天狂骨は二刀一対であったり、複数の能力を有していたりと、珍しい部分が多い斬魄刀であるが、その能力は子供の遊びになぞらえられているという規則性がある。であれば、先程の京楽の不可解な動きの名称は、その直前に彼が口にしていた『だるまさんがころんだ』ということになるのだろう。

 

 だるまさんがころんだ。鬼は参加者から距離を取り、背を向けながら「だるまさんがころんだ」と呟く。その間に、参加者は鬼に接近する。言い終えた鬼は後ろを振り向く。参加者は鬼が振り向いている間、身動きを取ってはいけない。もし、動いていたことが確認されたなら、その参加者は失格となる。

 

 それを先程の状況に置き換えるなら――。

 

「僕が鬼で、京楽さんが参加者。僕は攻撃を受けるまでに、京楽さんを視界に収めなければならない。というところか……」

「あれ、もう分かっちゃったの? それじゃあ、答え合わせついでに補足するよ。“だるまさんがころんだ”を始めると、僕は鬼の放った攻撃が必ず見えるようになり、その軌道上を最短距離で移動できるようになる。そして、鬼に触れる前に見つかると、僕は死ぬ」

 

 京楽は雨竜の理解の早さに驚くも、それならそれで説明の手間が省けると言わんばかりに、自身の能力について簡潔に語って行く。

 一見、自分の首を絞めているだけに映るこの行動だが、京楽に限って言えば、それは違う。何故なら遊びは、互いにルールを知っていて初めて成立するものだから。

 

 そのことが分かっていた雨竜は、他のことについて言及する。

 

「本当にそれだけですか? だとしたら、僕があなたを見失ったことに説明がつかない。あの瞬間、あなたは何をしたんですか?」

「別にそんな大したことはしてないよ。移動する直前、ギュッと固めた霊圧を置いて来たのさ。それを君が僕だと見間違えただけだよ」

「そんなことがっ!?」

 

 できるはずがない、そう思った。だが、京楽は護廷十三隊の隊長の中でも古参の実力者だ。それを十数年しか生きていない雨竜の物差しで測るのは、短慮が過ぎるだろう。

 

 深呼吸して心を落ち着けた雨竜は、一度頭の中で状況を整理してから、京楽を見据えた。

 

「お、やるのかい?」

「いえ、どうやらその必要はなくなったみたいです」

「っ!?」

 

 刹那、京楽の遥か後方に位置する建物の屋上から発せられた光が、天を貫いた。同刻に一護達も確認した、ユーハバッハが霊王宮へと侵攻する為の光だ。

 説明はされていないものの、それがどんなものかある程度察しをつけた京楽は、雨竜と光の間に位置するように、立ちはだかる。

 

「行かせるとでも?」

「思いませんよ。ですが、行かせてもらいます」

 

 進行を阻止しようとする京楽に、啖呵を切った雨竜。

 そして次の瞬間――。

 

「「……え?」」

 

 京楽と七緒が漏らした微かな声が重なった。

 その理由は、それぞれが突然起きた目の前の出来事に驚愕したからで。

 京楽は視界から、雨竜が消えたことに驚き、七緒は目の前に居たはずの京楽が消え、その代わりに雨竜が現れたことに驚く。

 

 京楽と雨竜が入れ替わったと理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

「七緒ちゃんっ!」

 

 京楽の張り上げた声が響き渡る。

 

 戦闘が始まってから、京楽は常に七緒を自分の後ろに置いておくように心がけていた。それは、京楽が雨竜の攻撃から彼女を護る為であり、逆に京楽が対処しきれない規模の攻撃を、彼女が結界にて護る為でもあった。 

 しかし、その想定は常に雨竜が二人の前方に位置する状況でのみ適用するものだ。それが一瞬にして瓦解した現在の状況は、ピンチという他なかった。

 

 京楽は急いで雨竜との距離を詰めようとするも、それは到底間に合うような距離ではない。逆に雨竜と七緒の距離は、目と鼻の先だった。

 

「っ!」

 

 京楽には頼れない。そう判断した七緒は、意識を目の前の雨竜にだけ集中させ、身構える。斬魄刀を持たない為、近接戦が苦手な彼女であるが、それは弓を武器とする雨竜とて同じ事。

 指先を雨竜へと向けた七緒は、構成する時間を比較的要さない下位の鬼道を放とうとするのだが、それは杞憂に終わった。

 

 ――雨竜が、七緒の横を駆け抜けたのだ。

 

 元より、彼に七緒を攻撃するつもりはなかった。京楽との場所を入れ替えたのは、自身の道を遮る障害を移動させる為。それが達成された今、攻撃をする時間は雨竜にとって無駄にしかならないのだ。

 

 七緒を避けた雨竜は、そのまま一目散にユーハバッハの下へと駆けて行く。唯一場に残った割れた仮面は、彼と現世組及び護廷十三隊との決別を象徴しているかのようだった。

 

 

***

 

 

 そして、時は現在へと至る。

 

「石田、何でお前が……っ!?」

「帰れ、黒崎。お前には陛下を止める事はできない」

「何言ってんだよ……石田……!」

「帰れ。命を無駄にしないうちに」

 

 仲間であったはずの雨竜。彼の突然の敵対に一護は、驚愕を隠せない。そんな一護に対し、雨竜は冷徹な視線を浴びせながら、『帰れ』。そう繰り返した。

 そこには、かつての仲間に対する情のようなものが見え隠れしていたが、今一護が聞きたいのは、そんな言葉ではない。

 

「なんでお前がそこに居るんだって訊いてんだよ!!」

「【光の雨】」

 

 しかし、一護のその問いに雨竜が答えることはなかった。代わりに返って来たのは、二度目となる神聖滅矢の雨。一度はやり過ごせたはずのそれを、動揺する一護は躱し切ることができなかった。

 一撃を喰らい、回避のリズムを崩した一護に二本目、三本目の矢が一護に突き刺さる。

 

 それを見届け、ユーハバッハの居る屋上へと上がった雨竜を、ユーハバッハは迎えた。

 

「別れは済ませたか?」

「はい」

「永劫の別れになるぞ」

「承知の上です」

 

 矢継ぎ早なユーハバッハの問いかけに、雨竜は淀みなく答えていく。それは単純な受け答えに見えて、雨竜にとっては自身の意思の反芻でもあった。

 覚悟は決めた。仲間を捨てた。そうでもしなければ、果たせない目的が彼にはあったから。

 

「そうか。では、行くぞ。雨竜――ハッシュバルト」

 

 迷いのない雨竜の受け答えに満足したユーハバッハは、彼と――後ろに控えていたハッシュバルトに声をかけた。二人は返答することなく、ユーハバッハに追従する。光に包まれた三人は、天に召されるように浮かび上がった。

 

「待てよ! どういう事なんだよ! まだお前何も答えてねえぞ! 何とか言えよ! 石田! 石田ァ!!」

 

 矢が命中した衝撃で、地上へと墜落していく一護。そんな中でも声は届くと、彼は雨竜の背中に向けて声を張り上げ続けるが、依然として雨竜はそれに答えない。

 

 やがて三人を包んだ光は、曇天に風穴を開けながら、勢いよく空へと姿を消した。

 

 すぐさまそれを追おうとする一護だったが、三人が超速で上昇したことによって発生した、置き土産の如く衝撃波がそれを許さない。

 上へ行こうとする気持ちに反比例するように、身体は地へと近づいて行く。

 

 手を伸ばしてみても、それが届くはずはなく。

 

 一次侵攻に続いてこの二次侵攻でも、一護はユーハバッハを取り逃がしたのだった。今度は石田雨竜という、戦友も失って。

 

 

***

 

 

 ポツポツと、雨が降り注ぐ。昨日一頻り降って、止んだはずの雨は、再び瀞霊廷を濡らしていた。敵を逃がし、落ち込んでいる心を反映したかのような雨。奇しくも昨日の焼き増しのようになったことが、天が自分を嘲笑っているようで。一人、瓦礫に腰を下ろす一護は嫌気がさした。

 

 思考の海に沈んでみても、行きつく先はなく。ただ、悶々とした感情が一護の中をわだかまった。

 

 分かってはいるのだ。雨竜が何も答えなかった以上、思考を巡らせても無駄だということくらい。そうしている暇があるなら、今なお戦っている仲間の加勢に行くべきだと。そう、頭では分かっている。

 

 しかし、先程までの軽快さが嘘のように重くなった腰は、持ち上がってはくれず。それどころか『今の自分が行ったところで足手纏いになるだけでは』などという言い訳ばかりが頭を過る。

 それが恥ずかしくて、一護は今度は自分に嫌気がさした。

 

 完全なる負のスパイラルだ。

 

「一護」

 

 そうして一人苦悶していると、一人の男が一護に声を掛けた。野太いバリトンボイスだ。

 顔を上げずとも、誰だか分かる。その男は互いの為に拳を握ると、約束し合った相手だから。

 

「チャド。それに、浦原さん……」

 

 顔を上げてみれば、チャドの後ろには喜助の姿もあった。

 

 一護は知らないが、喜助とチャドは二次侵攻の間、ある目的を果たす為に一時現世へと帰還していた。彼らが瀞霊廷へと戻って来たのは、無事その目的を完遂することができたからだ。

 

 だが、一護はそんな二人から視線を逸らす。今の自分の姿を見られることが、恥ずかしかった。

 

 この普段の一護らしくない機微から、彼の落ち込みようを感じ取ったのだろう。長年の付き合いであるチャドは、迷いなく一護に近づき――。

 

「うおおおおおおおおおっ!?」

 

 そのまま近くの建物へと投げ飛ばした。

 

「何すんだチャド!!」

「何してるんだ、一護!」

「!」

 

 当然、一護はチャドに文句を言うが、普段あまり大きな発声をしないチャドが声を荒げたことで、押し黙った。

 

 チャドは続ける。

 

「石田があそこに居てショックなのは、俺も同じだ! だが、その事をお前が悩んで何になる? 石田のことだ。あちら側につくからには、相当な覚悟と考えがあっての事だろう。だから何だ! 例えそうでも、俺達のやる事は決まってるんじゃないのか!?」

「……そうだな」

 

 一人で座っていた時点で、悩んでも無駄だということは分かっていたことだ。

 それでも喝を入れられたことで、一護の心の中の雨雲は取り払われた。

 

「あいつの意固地な性格じゃ、どうせ説得したってダメだろうな」

「ああ!」

「だったらせめて追っかけて、理由だけでも聞いてやる! そんで理由に納得が行かなきゃ、ぶん殴って連れ戻す!」

「理由を聞いて納得したら?」

「それはそれとしてぶん殴って連れ戻す!」

「フっ……そうだな」

 

 自分に言い聞かせるように、一護は意気込みを吐き、相槌を打つチャドは、それに笑みを浮かべる。

 

 ――それでこそ、一護だ。

 

 そう言わんばかりに。

 

「話は纏まったみたいっスねぇ。どうしましょ? 霊王宮への旅行券、手配しましょうか? 少し時間はかかるかも知れないっスけど」

 

 するとそれまで沈黙を貫いていた喜助が、ここで初めて口を開いた。

 普段は胡散臭く飄々としている彼だが、気を遣ってくれたのだろう。

 

 そんな喜助にも心の中で感謝しつつ、一護は一言こう返した。

 

「頼む」

 

 斯くして、一護は再び霊王宮へと足を踏み入れることとなった。

 

 




Q.何でハッシュポテト生きてんの?

A.山ジイの炎で焼かれる寸前に、ユーハが助けたから。

 彼が居ないと能力を交換することができないので、仕方ないね。
 しかし、元柳斎の攻撃が全くの無駄になったということはありません。それは次回以降の話で明らかになる……予定です。

 

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