転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 ネーミングに手こずって投稿が遅くなりました。


第七十四話

「へぇ、名前呼び……。いつの間にそんなに敵と仲良くなったの? 卯月君?」

「さあ? 向こうが勝手に呼び始めただけだし、元々フランクな性格なんじゃないの?」

 

 突然の乱入者に、緊張の糸が張り巡らされる。そんな中、ほたるが開口一番に発した言葉は、まさかの恋人として卯月とキャンディスの仲を疑うものだった。

 あまりに場違いなその発言で、戦場に何とも言えない空気が流れるが、卯月は恋人の質問に滞りなく答えてみせた。実際言葉の通りで、やましいことや、後ろめたいことはなにもない。

 

 卯月の表情や態度から、それある程度感じ取ったのだろう。ほたるがこれ以上そのことに言及することはなかった。あるいは、元々彼女に追及の意思は無く、緊張をほぐす為にこのような軽口を叩いたのかもしれない。

 

 そんなほたるの気持ちを察した卯月は、一度彼女を安心させるべく笑みを向け、その後一護に話しかけた。

 

「やあ、一護君。昨日ぶりだね。突然で悪いんだけど、その娘の相手、僕にやらせて貰っていいかい? 実はさっき、逃げられちゃってね。自分の落とし前は自分でつけたいんだ」

「――後ろだ!」

 

 そこまで卯月が話したところで、一護が声を荒げる。

 卯月とほたるはキャンディスを追って、この場に辿り着いた訳であるが、この場に居る滅却師はキャンディスだけではない。先程一人一護に先行する、キャンディスに後れを取ったリルトットとミニーニャが、それぞれ卯月とほたるに攻撃を仕掛けていた。

 特にリルトットは、卯月の背後に常時展開されている結界に阻まれぬよう、横から大口を開いている。

 

「それでどうかな? 一護君としても、戦わないといけない相手が一人減る訳だし、悪い話じゃないと思うけど」

「「っ!?」」

 

 しかし、卯月はそれを気にも留めず、話を続ける。迫る攻撃は卯月は通常の結界で、ほたるは白断結壁で完全に防いでいた。流石にほたるは、卯月のように視線すら向けずに防ぐといったことはしなかったが、それでも副隊長である彼女が、一人で星十字騎士団の攻撃を防いだことは称賛に値するだろう。

 

 その姿を見て、一護は少なくとも卯月が一方的にやられることはなさそうだと安心する。元々卯月は、二年前の藍染の乱の時点で、最後の月牙天衝を一護が習得するまでの間、殆ど一人で戦場を持たせる程の実力の持ち主である。故に心配は無用のものでしかないのだが、やはり実際に戦う姿を見るのとでは安心感が変わって来るのだ。

 

「分かった。じゃあ、任せるぜ」

「――その話ちょっと待ったぁ!!」

 

 そうして一護は、キャンディスの相手を卯月に任せようとするのだが、それに待ったをかける者が現れた。会話に割って入って来たその男は、背中に九の文字が刻まれた白い羽織をたなびかせている。

 

「檜佐木さん?」

「檜佐木君?」

「どうしたの、修兵?」

 

 上から一護、ほたる、卯月。三人は突然会話に入り込んで来た修兵に目を丸くしていた。ただ、長年好敵手として歩んで来たことはあるのだろう。この中で卯月だけはすぐに持ち直し、瞬時に発動した瞬閧での打撃でミニーニャとリルトットを殴り飛ばした。

 修兵と会話する時間を稼ぐためである。

 

 それに感謝しながら、修兵は話を切り出す。

 

「悪いな、突然。だが、卯月の力がどうしても必要なんだ」

「そうか……。ごめん、一護君。やっぱり今の話はナシで。それで修兵、僕はどこに向かえばいいの?」

「向かって欲しいのは雛森の所だが……いいのか?」

 

 用件すら訊かずに快諾する卯月に、修兵は戸惑う。勿論、話を受けてくれるに越したことはないのだが、もう少し説得が必要だと思っていた為、拍子抜けしたのだ。

 そんな修兵の心境を見透かしたのだろう、卯月は苦笑しながら口を開く。

 

「一体どれだけ一緒に過ごして来たと思ってるんだい? 顔を見れば、どれだけ真剣か一発で分かるよ。……一護君には悪いけどね」

「気にすんな。蓮沼さんの力が必要なら、蓮沼さんはそこに行くべきだ。こっちは俺に任せてくれ。元々一人で全員片付けるつもりだったしな」

 

 修兵の話を受けるその裏で、一護に対し、敵を引き受けると言った矢先にそれができなかったことを申し訳なく思う卯月だったが、一護はそれに理解を示した。

 これで卯月は、わだかまりを残さず、移動ができるようになった。

 

「助かる。だが、卯月の代わりは俺が務める。だから、黒崎は話の通り二人の滅却師の相手をしてくれ」

「いや、それには及ばないよ。いけるよね? ――ほたる」

 

 卯月が抜ける穴は、同じ隊長である自分が埋める。そう主張する修兵だったが、それを否定したのは、卯月だった。

 そして、卯月が自分の代わりを務める者として指定したのは、じっと一連の話を隣で聞いていたほたるだった。

 

 予想外の人選に、一護と修兵はギョッとした視線を卯月とほたるに行き来させる。修兵はともかくとして、一護はこれまで一度もほたるが戦う姿を見たことがないのだ。そう言った反応をしてしまうのは、仕方のないことだろう。

 

「ええ、勿論。隊長を支えることが、副隊長の仕事だもの。それに彼女には、個人的に頭に来たこともあった訳だし、丁度いいわ」

 

 しかし、当の本人であるほたるは、まるで卯月がそう言うのを分かっていたかのように、不敵な笑みを浮かべ、これに頷いた。否、彼女は待っていたのだ。自分が卯月を支えることができると、自分が卯月の隣に立つことができると証明することができる瞬間を。

 心の準備など、とっくの昔にできている。故にあとは、証明するだけだ。

 

(まだ名前呼び引きずってたのか……)

 

 先程は冗談だと思っていた卯月だったが、実際はそうでもなかったらしい。しかし、キャンディスが名前で呼んだ相手が卯月である以上、彼がそれを指摘するのは憚られるので、スルーした。

 

 話を進めたのは、修兵だった。

 

「ま。卯月が任せるって言うなら、大丈夫だろ。黒崎もそれでいいか?」

「ああ」 

 

 話を合わせると、一護と修兵はそれぞれミニーニャとリルトットが飛ばされた方向に身体を向けた。話は終わり。そういうことだろう。

 

「それじゃあほたる、頼んだよ」

「ええ。卯月君も気をつけて」

 

 最後に、ほたると言葉を交わした卯月は、雛森の下へ急行するべく、瞬歩でその姿を掻き消した。それを見送ったほたるは、自身が請け負った敵、キャンディスへと双眸を移す。

 完聖体を維持したままのキャンディスは、今か今かと雷をバチバチと迸らせていた。

 

「わざわざ待ってくれるなんて、親切ね」

「隙があったら、あたしだって遠慮なく攻撃してたさ。……まあ、何もしてなかった訳でもねぇけどな!」

 

 雷撃を受けても、ものともしない一護や、結界で防御してくる卯月が一ヵ所に固まっている状態では、キャンディスも、そう易々と攻撃できなかった。

 しかしその間、彼女は大技を放つのに必要な霊力を溜めていたのだ。全ては敵が一人になるこの瞬間、その敵を打倒する為に。その相手が四人の中で一番弱いであろう、ほたるになったのは僥倖だった。

 

 眼前で立てられたキャンディスの腕に、天地を迸る雷が宿る。技自体は、卯月に放ったものと同じと見ていいのだろうが、霊子を集めるのに時間をかけたからだろう。光量も熱量も、一度目を上回っていた。

 

「まずは一人だ。くたばれ! 【雷滅刑】!!」

 

 まるで鞭のようにしなったキャンディスの右腕から、雷が落とされる。雷速で放たれる大規模な攻撃には、回避している暇などない。

 故にほたるは迫り来る雷撃に両手を伸ばし、切り札の一つである白断結壁を展開した。

 

 結界は、まるで絶縁体のようにキャンディスの雷を弾き、発動者であるほたるを保護する。キャンディスは逃走した為見てはいなかったが、この状況は卯月とキャンディスが戦った時の焼き増しだった。――キャンディスの大技の威力が増した上でという、但し書きがつくが。

 

「なん……だとっ!?」

 

 まさか、自身よりも霊圧で劣る副隊長に防がれるとは思わなかったのだろう。キャンディスは驚愕に顔を染めた。

 

「準備してたのがあなただけだと思った? 残念、私もよ。流石に備えも無しにあなたに勝てると思う程、私は自惚れてないわ」

 

 見事キャンディスの雷撃を防ぎ切ったほたるは、してやったりという風に笑みを深める。時間とは、有限であり、平等である。卯月達が会話している時間を利用して、キャンディスが霊子を集めていたように、ほたるが白断結壁を展開するのに必要な準備を進めていたとしても、何ら不思議ではないだろう。

 

「でも、卯月君みたく無傷とは行かなかったけどね……」

 

 自嘲気味にそう呟くほたるの死覇装は、所々が焼け焦げていた。白断結壁で技の直撃は防いだものの、周囲に拡散した“雷滅刑”の余波が、ほたるに当たっていたのだ。卯月ならば、高密度に霊力を圧縮した瞬閧で身体を覆っている為、攻撃の余波程度で傷つくようなことは無かったが、ほたるは違う。

 単純な霊圧の差。それがこの一回の攻防で如実に表れていた。

 

「はっ、卯月のオマケだと思ってたが、結構やるじゃねぇか! だが、てめえはポンポンとその結界が出せるわけじゃねぇんだろ? だったら手数で押すだけだ」

 

 てっきりほたるのことを、卯月の金魚の糞だと思っていたキャンディスは、その評価を改める。

 確かに、“雷滅刑”を防がれたことは驚いたが、それはほたるに準備をする時間があったからこそ、できたことである。

 

 つまり一撃の威力よりも、攻撃回数を意識すれば、ほたるはキャンディスの速力について来れない。

 

 自分が勝つビジョンが明確に思い浮かんだキャンディスは、勝ち気な笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうよ。私は卯月君ほど早く結界を出すことはできないし、あなたの速さにもついていけない。霊圧だって遠く及ばないわ。だから、最初から全力でいかせて貰うわよ」

 

 キャンディスの指摘を肯定したほたるは、斬魄刀を鞘ごと腰から引き抜き、まるで杖でもついているかのように、地面へと突き立てる。

 霊圧を滾らせたほたるは、その四文字を呟いた。

 

「――【卍解】!」

 

 

***

 

 

「なるほどね。通りで僕の力が必要だった訳だよ」

 

 修兵に言われた通りに雛森の下へと向かい、無事に敵を倒し終えた卯月は、合点がいったようにそう言った。

 

 現場に着いた彼が目にしたのは、立方体に展開した白断結壁を、額に汗を滲ませながら維持する雛森と、その中に閉じ込められた一人の滅却師の姿だった。

 

 真剣な顔をした修兵が言ったことで、迅速な行動が優先されるだろうと判断した為、碌な情報を訊いていなかった卯月はそこで初めて詳細な情報を教えられることなる。

 

 結界の中に閉じ込められていた、男の滅却師――ニャンゾル・ワイゾルの能力の名は“紆余曲折(The Wind)”。本能で認識した敵を捻じ曲げる力を持っている。その対象には、敵が放った攻撃も含まれており、生き残りに特化した能力となっていた。故に、修兵の攻撃も雛森の攻撃も、彼を捉えることができなかったのだ。

 幸いだったのは、雛森が白断結壁を使えたことだろう。滅却師の霊力を遮断するこの結界で囲ってしまえば、ニャンゾルは身動きが取れなくなる。もし白断結壁がなければ、九番隊に被害がでていてもおかしくはなかったのだ。

 

 とは言え白断結壁は、難易度の高い結界だ。習得してから一日しか経っていない為、練度も高くはない。それを立方体、つまり六面で展開しているのだ。滅却師が霊子の隷属化を用いることもあり、雛森の限界が来るのは時間の問題だった。

 

 そんな中修兵と雛森が思い付いた、ニャンゾルを倒すことのできる数少ない存在の一人こそが卯月である。

 

 卯月ならば、雛森よりも白断結壁を維持することが可能だ。そして、結界の中を睡蓮の煙で満たしてしまえば、いずれニャンゾルは煙を曲げきれなくなり、煙を吸うか息を止めるかの二択しか取れなくなる。どちらにしても、卯月の勝利は揺るがなかった。

 

「助かりました……卯月さん」

「礼には及ばないよ。代わりに修兵が向こうで戦ってくれているしね」

 

 霊力の消耗が激しかったのだろう。息を乱しながら礼を言って来た雛森に、卯月はそう答えた。実際、隊長一人と隊長一人の交代なので、戦力の釣り合いは取れている。

 

「……ほたるさん、大丈夫でしょうか?」

 

 修兵が卯月を探しに行ったことで、そちらに感知能力を向けていたのだろう。キャンディスと戦うほたるの霊力を目聡く感じ取っていた雛森は、心配する声を零した。

 

 恋人が霊力差のある強敵と戦っているのだ。卯月だって気を揉んでいるだろう。そう思った雛森は卯月の顔を覗いたのだが、その顔には不安や心配は一切映されていなかった。

 顔に書かれているとはこういうことを言うのだろう。ほたるの居る方向を見つめる卯月の顔は、自信と信頼に満ち溢れていた。

 

 雛森の心配にキョトンとした顔を浮かべた卯月は、彼女を安心させるべく、へにゃっと笑いかける。

 

「そんな顔しなくても、ほたるなら大丈夫だよ。確かに単純な霊圧は負けているけど、四人で編み出した結界があるし、能力の相性もすこぶるいいからね」

 

 瞬間、卯月の言葉を証明せんとするかのように、ほたるの霊圧が急上昇した。

 

 今までにはなかった彼女の霊圧に、雛森はまさかと言わんばかりの顔で卯月を見遣る。

 それに卯月はコクリと頷いてみせた。

 

「そうだよ。――既にほたるは卍解に至ってる」

 

 

***

 

 

「――【卍解“流転朽草(るてんのくちくさ)”】!」

 

 ほたるが卍解を唱えると、光が彼女を包み込んだ。しかし、その光には目を焼くような眩しさは一切なく、どこか暖かみを感じさせられる。

 やがて光が細かく粒子状の粒となって四散したとき、杖を持つ彼女の周囲には極小の水晶が無数に浮かび上がっていた。

 

「へぇ、驚いたぜ。まさかてめえに卍解ができたなんてな。……でも、霊圧は大したことねぇなぁ。正直この程度なら、してもしなくても関係ないね!」

 

 確かに、ほたるの霊圧は卍解をして大きく上昇した。だが、それは今までのほたるを基準としたものに過ぎない。キャンディスから見れば、ほたるの霊圧はまだまだ彼女に及んでいなかった。

 

「なら、試してみればいいじゃない?」

「言われなくても、殺してやんよ!」

 

 そんな中で発せられたほたるの返答は、まさかの挑発。短気なキャンディスは、まるで火に油を注いだかのように、その闘志を剥き出しにして、ほたるに襲い掛かった。

 その手に持つのは、雷で生み出された双剣。完聖体なので、卯月の戦いでも使用した六刀での攻撃が可能……な筈だった。

 

「なにっ!?」

 

 剣を振りかぶって振り落とす途中、キャンディスは突如として無くなった手の中の物体の重みに、驚愕の声をあげる。それだけではない。完聖体を発動してから常時展開されていた頭上の五芒星や背中の翼も、外側からどこかへ流れていくかのように、霊子の結合が解かれていった。

 キャンディスは解かれた霊子の流れに沿うように視線を動かす。欠けた霊子の行き先は、ほたるの周囲に浮かぶ極小の水晶だった。キャンディスの攻撃を通して、霊子を取り込んだ水晶は、その約二割が暖かい光を照らしながら、ほたるの周りを飛び交う。その様は、まるで川に集う蛍のようだった。

 

 慌てたキャンディスは、霊子の結合が解かれる範囲外まで、大きく飛び退く。

 

「どうなってんだ? これじゃあまるで……!」

 

 ――滅却師の霊子の隷属化じゃねぇか。

 

 周囲の霊子を吸収し、自らに使役する。たった今ほたるがやったことは、まさに滅却師の十八番だった。

 しかし、純粋な滅却師であるキャンディスとて、敵の攻撃を一瞬にして奪い取るなんて芸当は不可能だ。霊子の隷属化に限って言えば、ほたるの卍解は滅却師のそれを凌駕している。キャンディスはそう思った。

 

「いいえ、私の卍解の能力はあなた達の霊子の隷属化とは少し違うわ。私の“流転朽草”は敵の霊力による攻撃しか吸収することができないの。つまり、滅却師のように大気中の霊子などから霊力を得ることは不可能よ。その分、吸収できる対象には、避雷針の如く力を発揮してくれるけどね」

 

 途中で途切れたキャンディスの言葉の先を読み取っていたほたるは、そう説明を締め括った。

 

 やや卑下するように、ほたるは自身の能力について語ったが、吸収できる対象が限定されていても余りある吸収力に、キャンディスは思わず絶句する。それもそうだろう。何故ならキャンディスにとって、ほたるは相性最悪の相手だったのだから。

 キャンディスの主な攻撃方法は、雷による遠距離攻撃と、滅却師としての神聖滅矢だ。時には雷の剣を用いて近接戦も行うが、どれもほたるの卍解の餌食となることには変わりはなかった。

 

「……上等じゃねぇか!」

 

 だがそんな逆境の中で、キャンディスはそれに反発するが如く頬を吊り上げた。この時、戦いづらい敵ならば、他のバンビーズのメンバーと交代するという手段が取れたのだが、今のキャンディスの頭の中は、目の前の敵であるほたるを殺すことでいっぱいだった。

 

 溢れ出る殺気を隠そうともせず、キャンディスは雷速での移動を開始する。勢いをつける為の一瞬だけならば、ほたるの卍解に阻まれることなく接近することができた。

 

 故に普段と異なるのはここからだ。

 

 雷の剣が握れない為、いつもよりも深くほたるの懐へと飛び込んだキャンディスは、拳を引き絞る。動血装を使用した滅却師の打撃は、相当な威力を誇るのだが、言い換えればそれだけだった。

 

「甘いわ」

「なっ!?」

 

 攻撃を受け流され、そのままほたるの後ろへと身体を流されたキャンディスは言葉を失う。確かにほたるのそれは彼には遠く及ばない。しかし、今のほたるの動きは、卯月の白打と酷似していた。

 

 あの時、卯月は受け流された次の瞬間に手痛い反撃を放って来た。であれば、それと同じ動きをしたほたるも、何かしらの反撃を放って然るべきだ。

 

「っ!?」

 

 そこまで考え至ったキャンディスは、崩された態勢を強引に立て直し、即刻離脱する。

 

「【蛍火】!」

 

 その判断が功を奏したのだろう。身体能力を向上させたほたるの杖を用いた突きは、キャンディスの脚を掠めるだけに留まった。

 

「そんな力任せの一撃で殺せる程、私は柔じゃないわよ。何せ私は五番隊副隊長で、卯月君の副官なんだから」

 

 距離を取ったキャンディスに向けて、ほたるはそう言い放った。斬魄刀の能力もあり、ほたるの力は鬼道方面に優れていると考えがちだが、元々彼女は真央霊術院時代から、斬拳走鬼の全てが満遍なく鍛えられていた。

 特に卯月の副官になってからは、縛道と白打の成長が著しく、それらは、ここまで霊圧で劣るほたるが、キャンディスと互角以上に渡り合えている秘訣でもあった。

 

「雷撃はダメ、神聖滅矢もダメ、んでもって体術もダメ、か……。なら、あたしが取れる手は一つしかねぇな。――零距離から雷で焼き殺す。あたしが勝つにはそれしかねぇ!」

 

 攻撃を掠めた脚の感覚を確かめながら、キャンディスは一度冷静に立ち返り、今までの攻防を分析する。

 霊力を用いた攻撃は、全てほたるの卍解の餌になり、体術では身体能力はキャンディスの方が優れているものの、技術でそれを引っくり返されている。これだけ聞けば、キャンディスに勝ち目は無く、お手上げな状況に思えるかもしれないが、あと一つだけキャンディスに取れる手段があった。

 ほたるが卍解を発動してからも、キャンディスは移動の一瞬だけならば、霊子を操ることができた。それを攻撃の際に活用することができれば、この戦いでキャンディスが勝利を収める事が可能だろう。

 

「それを私に言ってどうするのよ……。まあ、私だって自分の負け筋くらい把握しているけれど」

「だったら、問題ないじゃん! それに、こういう真っ向勝負に情報なんて関係ねぇよ! やるかやらねぇか、それだけだ!」

 

 行くぜ、そう話を打ち切ったキャンディスは宙を縦横無尽に駆けていく。その速力は、蛍火で身体能力を上げたほたるを上回っており、彼女からすれば、目で追うのがやっとだった。

 攻撃に反応できるように、決してキャンディスの動きを見逃すまいと、ほたるは目を凝らす。

 

 ――それが、キャンディスの狙いであると知らずに。

 

「【ガルヴァノブライト】!!」

「しまっ……!?」

 

 刹那、キャンディスの雷から発せられた眩い光が、辺りを包み込む。それまで、キャンディスのことを注視していたほたるは、もろに光を目に浴びてしまった。

 ガルヴァノブライト。キャンディスの操る霊子を攻撃の威力ではなく、光量にだけ注ぎ込む、目くらまし専用の技だ。無論、拡散させた雷は全て”流転朽草”へと吸収されてしまうが、それまでの僅かな間でも、キャンディスの狙いは果たされた。

 内一つは、ほたるの視界を奪うこと。そして、もう一つは周囲を自身の操る霊子で満たすことで、接近する際にほたるの霊圧探知から掻い潜ることだ。

 

 ガルヴァノブライトを使ったキャンディスは、その次の瞬間には移動を開始し、何者にも邪魔される事無く、ほたるの懐へと到達した。

 この手の奇襲に二度目はない。キャンディスは手で刀の形を作り、一瞬で最大火力を出せるよう、極限まで神経を集中させる。

 

 そして――。

 

「なん……だ!?」

 

 突然力が抜けたかのように、地面へと膝をついた。最初は何が起こったのか分からなかったが、キャンディスは状況を理解するやこの好機を逃す訳には行かないと、崩れた膝に力を入れようとする。だが、彼女の意思に反して、膝に力が加わることは無く、逆に身体中のあらゆる所から力が抜けていった。やがて、座ることすらできなくなったキャンディスは前から地面に倒れ伏した。

 この時にはもう、既に彼女の頭から立ち上がろうという気概は剥がれ落ち、代わりにこの流れに身を任せようという気持ちが湧き上がっていた。

 

 ――端的に言えば、眠たかったのだ。

 

「てめぇ……、なに……を」

 

 それでも、これだけは訊いておかねばならない気がして、キャンディスは半ば無意識で言葉を紡いでいた。

 

「さっきにも言ったように、敵の霊力による攻撃を取り込み、自分の霊力にするのが私の斬魄刀の能力だけど、実は取り込んだ攻撃をそのまま私が使うこともできるの。今あなたがそうしてるのは、このもう一つの能力のお陰よ」

「ま、さか……」

「ええ。今私が使ったのは、卯月君の斬魄刀”睡蓮”の能力よ」

 

 二種類の結界に卍解。それらに続くほたるの最後の切り札こそが、予め“御霊蛍”の杖の水晶に仕込んでおいた、睡蓮の煙であった。

 卯月との戦闘の際には、リルトットにしつこく教えられた、彼の斬魄刀の能力に細心の注意を払っていたキャンディでだったが、元々彼女は与えられた情報全てに目を通すような殊勝な人間ではない。そんな彼女にとって、ほたるが卯月の能力を使ったことは、警戒などできるはずもない出来事だった。

 

「とは言え、所詮は借り物の能力だから、本来の術者ほど上手くは扱えないけどね。未だにあなたが眠っていないのがその証拠ね。もしこの場に居たのが卯月君だったなら、こうはならないわ」

「……」

「本当なら、この能力も使うつもりはなかったの。でも結局は、卯月君の力に頼らざるを得ない状況に持ち込まれてしまった。私もまだまだね……」

 

 ほたるが卯月の力を使うつもりがなかったのは、それが借り物の力だからだ。キャンディスとの戦いを、ほたるは単なる瀞霊廷の防衛としてだけではなく、自身の力を卯月に示す為の場として見ていた。そんな中、卯月の力を借りてしまったのだ。前者はともかく、後者の目標は失敗と言えるだろう。

 

 そして、恐らく卯月はこのことでほたるのことを叱ったりなどしない。寧ろ、格上に対して良くやったと笑顔ながらに誉めるだろう。

 故に、蟹沢ほたるだけは、ほたるに対して厳しくあらばければならない。そうしなければ、きっとほたるは停滞してしまうだろうから。

 

 彼女が自嘲したその呟きを聞いた者は、誰一人としていなかった。

 




 本文で書ききれなかった部分があるので、ここでほたるの卍解の説明をば。

 まずネーミング。始解と全然違うじゃねぇか! と思われた方も居るかも知れませんが、「朽草」というのは蛍の別名です。私もこのネーミングで悩んでいた時に初めて知りました。

 次に能力。「流転朽草」の能力は、敵の霊力での攻撃を吸収することで、それを自らの霊力とすることができる能力です。この時、吸収した攻撃をそのままほたるが放つことも可能です。
 一見無敵に見えますが、欠点もちゃんとあります。それは本文でも言っていたように、霊力を用いた攻撃からしか吸収できないということと、霊子結合の強い対象からは吸収できないことです。この時の霊子結合が強いものとは、霊圧が大きかったり、身体や斬魄刀そのもののことですね。流石にそれらまで吸収できたらチートですし。

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