転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 そう言えば、前回で千年血戦篇の話数が、破面篇の話数を超していましたね。
 原作では破面篇が最長の章ですが、拙作においては千年血戦篇が最長の章となりました。まあ、破面篇の前半部分と虚圏での話は殆どすっ飛ばしていたので、当たり前ですね。

 そして拙作も、原作で言えば残り十巻というところまで差し掛かりました。描写の取捨選択に悩んでばかりですが、なるべく早く完結できるように努めたいと思います(でないとそのうちエタってしまいそうなので……)。


第七十二話

 蓮沼卯月とキャンディス・キャットニップの戦いは、キャンディスが完聖体を発動したことにより、更なる局面へと移行していた。

 

 牽制で雷を帯びた神聖滅矢を放つと、キャンディスは卯月が矢を躱している間に一気に距離を詰める。雷を利用した高速移動は、完聖体に入って磨きがかかっていた。

 

 だが、卯月も負けていない。キャンディスが振るった雷の二刀を、瞬閧(回天傀儡)の霊力を纏った手でしっかりと弾く。

 

「やるじゃねぇか、初見でこの速さについてくるなんてよぉ」

「まあ、似たような動きをする人を知っているから、ね!」

 

 反撃しながら、卯月はキャンディスに言葉を返す。彼の言う『似たような動きをする人』とは、大師匠の四楓院夜一のことである。雷の瞬閧の使い手である夜一と、卯月は度々手合わせを繰り返してきた。白打のみの試合の為、勝率こそは高くないが、夜一程の実力者との戦いは、卯月にとって良い刺激となっていた。

 

 そんな夜一と同系統の能力を扱うキャンディスの立ち回りは、遠距離と近距離の差はあれど、重なる部分が多く存在していたのだ。そして卯月の見立てでは、キャンディスの実力は夜一より下だ。完聖体という未知なる力に対する不安はあるが、決して勝てない相手ではない。そう分析した。

 

「ふーん、じゃあこいつはどうだ?」

 

 卯月の拳を後ろに下がることで回避したキャンディスは、即座に次の攻撃の態勢を整え、再度卯月に接近する。

 

 その攻撃は、途中まで先程の攻撃となんら変わりはなかった。卯月は疑問に思いながらも、瞬閧によって強度を増した“排斥”で受け流す。数秒前では素手でやり過ごせた攻撃に対し、縛道を使用したのは、彼の警戒心の表れと言えるだろう。

 

「両手で足りんのか?」

「っ!?」

 

 しかし、変化が訪れたのは、その後だった。それまでは翼として機能していた、キャンディスの背中にある二対の雷が、突如として卯月に牙を向いたのだ。急ぎ結界を展開する卯月だったが、驚いたのがいけなかったのだろう。僅かに間に合わず、結界を通り過ぎた雷は卯月の身体に深々と突き刺さった。

 急所を外せたことと、遅れて展開した結界が追撃を阻んだことは不幸中の幸いだろう。その間に身体に刺さった雷を取り払い、回天傀儡による治療を済ませた卯月は構えをとり、次に備えた。

 

「だぁくそっ! そういえばてめぇには、それがあるんだったな。中々攻撃に当たらねぇくせして、折角与えた傷をそう簡単に治されちゃ、厄介なことこの上ねぇな」

「そうやって苛立たれると、頑張って修行して来た甲斐があるよ」

 

 悪態つくキャンディスに、卯月は気を良くする。厄介という言葉は、こと戦いにおいては強いと同じくらいの誉め言葉だ。敵の思い通りに戦況を動かされない厄介さは、敵にフラストレーションを蓄積させ、その動きに精彩を欠かせる。

 

「てことは、回復しきれねぇくらいのデカい一撃を喰らわせるしかねぇってことか」

 

 しかし、キャンディスは冷静に自身がすべきことを、頭の中で反芻させる。そう簡単に揺さぶられる程、星十字騎士団の座は甘くはないということなのだろう。

 

「そう易々と大技を撃てると思う? ――【睡蓮・珠砲】」

 

 鞘から漏れ出す睡蓮の煙を幾つかの結界の中に閉じ込めた卯月は、それをキャンディスの元へと飛ばす。中に眠りを促す煙がある以上、雷で相殺するなどという安直な手段はとれない。仕方なく、キャンディスは回避する。

 だがその先には、卯月が待ち構えていた。

 

 凄まじい勢いで放たれる白打の連撃を、キャンディスは背中の翼も用いながら迎撃していくが、今度は卯月も押し負けていない。翼による攻撃を結界で防ぎながら、攻撃を重ねていく。時には甘く入った攻撃を敢えて受け、瞬時に回復しながら攻撃を当てた。

 同程度の実力を持つ者と比べて、一撃の威力に欠ける傾向がある卯月であるが、終始小さく纏まった彼の攻撃には、隙を作らないという利点がある。そして、隙がないということは、大技を放つ暇がないということだ。長年の努力の成果だろう。卯月の戦闘スタイルは、彼の能力と非常に相性が良かった。

 

 徐々に、キャンディスの被弾が多くなっていく。多少の傷を無視しながら放つ、捨て身の攻撃が少しずつキャンディスを追い詰めていたのだ。

 

「【瞬閧・破天傀儡】、【衝波絶空拳】!」

「がはっ!」

 

 そして卯月最大の一撃が、キャンディスの頬を捉えた。衝撃を殺し切れなかったキャンディスは、そのまま後方へと飛ばされるが、回天へと瞬閧を切り替えた卯月の結界がその後退を阻む。

 後ろに飛ばされるということは、敵との距離をとれる状況にあるということだ。その間に態勢を整え、大技の準備をされでもしたら、今までの攻防が全て水の泡になりかねない。それを見過ごす卯月ではなかった。

 

 突然結界にぶつかり、身体の制御を失ったキャンディスに、卯月は再度距離を詰める。

 

「っ!? 【ガルヴァノジャベリン】!!」

 

 しかし身体は動かせずとも、霊子の操作は可能だ。手に形成し、それを投擲しなければならなかった完聖体前とは違い、宙に無数の雷の刃を浮かべたキャンディスは、それを一斉に卯月に向かって放つことで時間稼ぎを図った。人を通す隙間もないその雷撃を躱すことは不可能だった。

 

「【縛道の八十三“穹窿”】!」

 

 よって、この攻撃をやり過ごすには受け止めるしかない。ドーム型で半透明の結界を宙に浮かべた卯月は、それを自らの盾としながら、一直線にキャンディスの下へ近づく。あわよくば、結界と結界で挟撃しようという魂胆もあった。

 

 しかし、卯月が縛道を唱える僅かな時間が、キャンディスに身体の制御を取り戻させた。翼を羽ばたかせたキャンディスは、迷うことなく空中への飛行を開始する。挟撃とは言っても、平坦な結界とドーム型な結界である。少し動けば回避することは難しくなかった。

 

 その勢いのまま、キャンディスは上空へと舞い上がる。翼がある以上、空中での戦闘はキャンディスの方が有利だ。一度追い詰められたキャンディスとしては、その有利を十全に生かし、なんとか戦況を巻き返したかった。

 

「来いよ、卯月!」

「……行くしかないか」

 

 そして敵に時間を与える訳にはいかない卯月も、渋々これに乗り、霊力で足場を形成して空中へと移動する。

 

「かかったな?」

「っ!?」

 

 だが、それはキャンディスが張り巡らせた罠だった。キャンディスが宙に移動したことで、否が応にもそこへと視線を向けさせられた卯月の背後に、無数の雷の刃が襲い掛かった。

 

 ――これはさっきの……!?

 

 後ろの雷を霊覚によって感じ取った卯月の脳裏を、つい先程やり過ごしたガルヴァノジャベリンが過る。接近する際の視界を確保する為、受け止めるよりも受け流すことに優れた縛道を選択したのだが、それが仇となったようだ。

 一度放った攻撃の軌道を変更する。滅却師だからこそできた芸当だろう。

 

 無論、攻撃自体は卯月が常時展開している結界があるので、問題なく防ぐことができる。ただ、卯月はキャンディスの罠を判別する為、動きを止めてしまった。

 

 それこそがキャンディスの狙いだった。

 

 空中に浮かぶキャンディスと、未だ地上に居る卯月。その距離を詰めるには、それ相応の時間を要するだろう。そしてそれだけの時間があれば、キャンディスは大技を放つのに必要な霊子を集束させることができる。

 

「【波状弾】!」

 

 近づいている暇はない。そう判断した卯月は、彼の持つ数少ない遠距離攻撃を放つが、キャンディス程の手練れに対して、それは苦し紛れの一撃に過ぎなかった。

 

「嘗めてんのか? その程度の攻撃で止められる訳ねぇだろっ!」

 

 迫りくる霊力の弾に対し、キャンディスが防御を固めることは無い。攻撃の片手間に、消し去る算段だった。

 顔前で、キャンディスは腕を九十度に立てて構える。すると、彼女の腕には天地を貫く極大の雷が宿った。その規模たるや、今までの雷撃の比ではない。これから放たれる攻撃からすれば、先程までのキャンディスの攻撃は、ほんのお遊び程度にしかならないだろう。

 それをキャンディスは、投擲の要領で大きく振りかぶる。

 

「【電滅刑(エレクトロキューション)】!!」

 

 弓の様に捻じられた身体から放たれたのは、天罰とも形容すべき落雷。それが卯月に降り注いだ。まるで点と点を繋ぐように迫るその攻撃は、最早回避が間に合うような代物ではない。

 卯月の下に到達した雷は、そこから行き場を無くしたかのように、そのエネルギーを無差別に拡散させると、周囲を眩い光で包み込んだ。

 

 ここで、漸く轟音が鳴り響く。

 

 音を置き去りにしていたことを証左するその現象は、如何にキャンディスの攻撃が強力であったかを物語っていた。

 

 光ったのはほんの一瞬。世界に色が戻った時、雷が落ちた場所は窪みができると共に黒く変色し、辺りに焦げ臭い匂いが円満していた。

 

 そして、窪みの中心にポツンと人影が一つ。黒の中に立つ白い羽織りを着た一人の存在は、これ以上ない程に強調されていた。

 

 その人物――卯月は、はぁっと一つ大きな息を吐く。

 

「危なかった……。普通の結界じゃ無傷では居られなかったかもしれないな」

 

 あれだけの攻撃を卯月は無傷で凌いでいた。

 その秘訣は、彼が今の今まで展開していた結界にある。彼が展開した結界は、普通の縛道ではない特別な物だ。

 

 ――その名は【白断結壁(はくだんけっぺき)】。

 

 卯月、ほたる、雛森、七緒の四名が僅か一夜にして完成させた二つの結界の片割れである。

 

 その効果は、滅却師の霊圧を完全に遮断すること。この結界を、卯月はドーム型に展開することで、キャンディスの一撃を防いでいたのだ。

 

 光を浴びた目に、視界が戻って来た卯月は、あることを確める為に上空を見上げる。

 

 おかしいことがあった。攻撃を防がれたとは言え、卯月は一時的に視界を失っていた。にも関わらず、キャンディスは追撃を行っていないのだ。

 それどころか、声一つ聞こえない。この戦いで見てきた彼女を考えれば、無傷の卯月を見て、何か物を言ってもおかしくはないだろうに。

 

「やっぱり、逃げられちゃったか……」

 

 案の定と言うべきか、キャンディスは、その姿を消していた。

 

 既に、霊圧が消えたことを感知していたので、目で見たのは確認の意味合いが強い。

 

 きっと今の攻撃が、キャンディスの中で最も強力な一撃だったのだろう。故に、それで卯月を殺し切ることができなかったのなら、キャンディスの負けが確定する。

 であれば、卯月に攻撃を命中させた時点でキャンディスがこの場に居残り続ける必要はない。卯月を殺せたとしても、そうでなかったとしても、キャンディスがその次にとる行動に変わりはないのだから。

 

 卯月はキャンディスが逃走した方角に目を遣る。逃げられた瞬間こそは、目で追えなかったものの、霊圧を捕捉することは容易かった。

 

「不味いな……」

 

 キャンディスが逃走した方向。その先には十一番隊の霊圧が感じられる。しかし、その隊長である更木剣八の霊圧は酷く弱々しかった。

 もし、剣八の霊圧が普段通りであったなら、ここまで焦ることはなかっただろう。だが、今の剣八はグレミィとの死闘を終えたばかりで、かなり消耗していた。

 

 更に、彼らに近づく霊圧はキャンディス一人だけではない。

 

 ――五人。

 

 それが、今から剣八達十一番隊が迎え撃たねばならない敵の数だ。

 先の戦いの霊圧を感じていれば分かるように、剣八の戦闘力はまるで天井知らずだ。そんな恐るべき存在を弱っている時に潰そうという敵の判断は、合理的なものだった。

 

「卯月君!」

「……ほたる」

 

 そう卯月が状況を整理していると、ほたるが酷く焦燥した様子で駆け寄って来た。

 

「凄い攻撃だったけれど、大丈夫!? 怪我はない?」

「あー、心配かけちゃったね……。大丈夫。見ての通り無傷だよ。新しい結界のお陰でね」

「そう、良かった……」

 

 卯月が両腕を広げながら無事を伝えると、漸く安心したのかほたるは胸を撫で下ろす。

 

「だけど、不味い状況になった」

「ええ、霊圧は感じてたわ。追うんでしょ? なら直ぐに向かうわよ。隊士達は楠木さんに預けて来たわ」

「……残りの敵幹部の殆どは一ヵ所に集中しているし、離れても大丈夫か。うん、ありがとうほたる。じゃあ、急ぐよ」

 

 ほたるの報告を聞いた卯月は、顎に手を当てて冷静な判断を素早く下す。それにほたるはコクリと頷くのだった。

 

 

***

 

 

 破面ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクと、星十字騎士団『G』リルトット・ランパードの戦いは、終始ネリエルが不利な状況に立たされていた。

 一次侵攻の際には帰刃を以て、星十字騎士団『I』蒼都を打倒したネリエルだったが、その勝利はある条件が揃っていたからこそもたらされたものだった。その条件は二つある。

 

 先ず一つ目は、蒼都が滅却師完聖体を使用しなかったことにある。滅却師完聖体は、ユーハバッハが聖文字を与えた星十字騎士団だけが持つ、滅却師の強化形態だ。例外を除きアルファベット二十六文字、つまり二十六人しか持たないその力は強力無比の一言。使用した際の力の上昇率は、死神の卍解にだって匹敵するだろう。

 

 しかし、完聖体にはメダリオンで卍解を掠奪した状態では使えないという欠点があった。否、この場合はメダリオンに欠点があると考えた方がいいだろう。

 そしてその欠点を踏まえたユーハバッハは、掠奪した卍解でその持ち主を倒すよう命令していた。つまり、実質的に死神と戦っていた滅却師が完聖体を発動することはできなかったのだ。

 

 そして、ここで二つ目の条件で浮き彫りになってくる。それは、ネリエルが冬獅郎達の援軍として駆けつけ、尚且つ彼らと共闘して戦ったことだ。主砲をネリエルに据え、冬獅郎と乱菊はそのサポートという形で行われた戦闘であったが、実は冬獅郎は、本人の与り知らぬ内に、蒼都に完聖体を出させない為の枷となっていたのである。

 

 蒼都は素の状態で冬獅郎の卍解を引き出しつつ、帰刃をしたネリエルを倒さねばならなかった。だからこそネリエルは蒼都を倒すことができたのだ。もし、蒼都が完聖体を使用していたのなら、少なくともネリエルは実際に起こったこと以上の苦戦を強いられていたことだろう。

 また、これは七番隊の援軍としてバンビエッタに勝利したグリムジョーにも同じことが言えた。

 

「おいおい……。もう限界か? オレが完聖体を使ってから、手も足も出てねぇじゃねーか」

「はあ……はあ……」

 

 そして一日の時間が過ぎた二次侵攻。帰刃を発動したネリエルは、完聖体を使用したリルトットに全く歯が立たなかった。

 

 ここまで、二人は互いの手札を一枚ずつ切りながら、戦いを進めていた。

 

 素の状態のリルトットに劣性に立たされたネリエルは、帰刃を解放し逆転。それに対して完聖体を発動させたリルトットが、もう一度戦況をひっくり返す……といった具合にだ。

 

 これまでの流れで言えば、ここでネリエルが優位に立つには、もう一枚手札を切る必要があるのだが、残念ながら、彼女にはこれ以上の手札は残されていなかった。

 

 虚閃は神聖滅矢に打ち消され、血を媒体とした王虚の閃光、牽いてはそれで形成された槍は回避されてしまう。当たりさえすれば手傷を負わせることは可能だろうが、身体能力の差がそれを許さなかった。

 

「まだ……よ」

 

 上がった息を整えながら、ネリエルは王虚の閃光で形成した槍を手に持つ。今までの攻防で、これを投擲しても意味がないことをネリエルは悟っていた。であれば、近距離から攻撃を当てるしかないだろう。そう結論を下したネリエルは、左手に斬魄刀、右手に王虚の閃光の槍を携えた。

 

「【虚閃】」

 

 斬魄刀の先から牽制で虚閃を撃ったネリエルは、そのままリルトットに向かって駆けだした。帰刃することでまるで人馬のような出で立ちとなったネリエルの速力は、直線においての移動に限り、完聖体のリルトットにも匹敵する。

 

「甘ぇーよ」

「っ!?」

 

 だが、渡り合えるのはそれだけだ。虚閃に対して迎撃ではなく回避を選んだリルトットは、宙を滑空し、ネリエルの頭上へと踊り出る。牽制によって接近する時間を稼ぐのがネリエルの目的だったのだろうが、回避と反撃の為の移動を同時に行えば、リルトットの時間のロスは限りなく短くなる。

 

 頭上に向かってネリエルは槍を振るうが、リルトットはそれを回避。そのまま二人はすれ違うが、リルトットはそこで逆さまになり、ネリエルの背中に向かって神聖滅矢を放った。帰刃を解放し、人馬のような姿となったことで、直線移動においてはその速力を大きく向上させたネリエルだが、その代償として小回りは利きづらくなっていた。特に、人と羚羊の部分が繋がった背中は大きな弱点の一つだろう。反転して槍で弾こうにも、限界があった。

 

 故に、ネリエルはここで回避に専念した。決して後ろには振り向かず、探査回路で矢の位置と数を探り、一番自信がある脚力での回避を試みる。

 

「チ、ちょこまかとめんどくせーな」

 

 小回りが苦手なネリエルの帰刃形態であるが、それでも斜めへの移動ならば、十分に可能である。リルトットはネリエルが駆け抜ける方向を予測しながら矢を放つが、ネリエルは時には減速も用いながら躱していく。矢が胴体を掠めることもあったが、鋼皮のお陰もあってか傷は最小限に抑えられていた。

 

 やがて、距離が離されたことでリルトットが矢を射るのをやめると、それを感じ取ったネリエルは、身体を翻して静止した。

 

「へぇ、思ったよりもまだ動けるじゃねーか」

「……あまり嘗めないで欲しいわね」

「元々嘗めてなんかねーよ。オレ達滅却師が、おめーら破面を侮れる訳ねーだろ」

 

 戦況とリルトットの発言を鑑みて、侮られていると感じたネリエルだったが、それを他でもないリルトットが否定した。

 確かに、状況こそはリルトット優勢であるが、滅却師にとって破面の霊圧は毒である。まともに一撃喰らえばどうなるか予測もつかないし、更に言えば完聖体をする前に受けた攻撃のダメージがリルトットには蓄積している。油断などできる筈もなかった。

 

 そして、優勢に立っているリルトットが気を緩めないとなれば、ネリエルが勝つ可能性は限りなく低くなる。

 

「――だから、さっさと終わらせるぞ」

 

 変に戦いを長引かせれば、それだけネリエルに逆転の機会を与えてしまう。そう考えたリルトットは、会話を打ち切り動き出した。

 

 矢を番えたリルトットは、ネリエルとの距離を詰めながら放っていく。静止して放つ時と比べれば精度は落ちてしまうが、それも誤差の範囲だ。そもそも、リルトットはこれらの矢をネリエルを仕留めるつもりで放っていない。彼女の狙いは、ネリエルとの距離を出来る限り縮めることにあった。

 

 矢を避ける為の動作を加えながら駆けるネリエルと、真っすぐ彼女との距離を詰めるリルトット。両者が殆ど同じ速力であるとしたなら、どうなるかなど言うまでもないだろう。

 

「今度は避けられると思うなよ」

 

 再びネリエルの頭上に躍り出たリルトットは矢を射る。しかし、射られた矢はただの神聖滅矢ではなかった。

 元々、鏃の部分が鋭利な牙を宿した口の形をしていたリルトットの神聖滅矢。それが大口を開けてネリエルを呑み込まんとしていた。

 

「くっ……。【翠王の射槍】!!」

 

 大口の範囲からして、避けることは不可能。そう判断したネリエルは、右手の王虚の閃光の槍を投擲する。十刃にだけ放つことを許された虚閃を圧縮した槍なだけあって、その威力は絶大だ。それに加え、種族上の相性もあるのだろう。ネリエルが投げた槍は大口に呑まれたものの、次の瞬間にはその規模を大きく縮小させた。

 

 だが、まだ足りない。

 

「うああああああ!!!」

 

 となれば、残るは己の身と斬魄刀のみ。ネリエルは斬魄刀を縦に構え、上下の牙の間に挟みこむことで、つっかえ棒のような状態を作り出し、噛み千切られることを断固として拒否する。

 ギギギと、まるで万力で限界まで挟まれたかのような斬魄刀の音が、ネリエルの精神を煽った。このままでは斬魄刀が砕けるのは時間の問題だろう。

 

 そう判断したネリエルはここで賭けに出た。

 

 自身に迫る大口に対抗するように、力いっぱい開かれたネリエルの口から放たれたのは虚閃だ。重唱虚閃で口から呑み込んだ敵の攻撃を跳ね返すネリエルにとって、この両手が塞がった状態で口から虚閃を放つことは造作もない事だった。

 そんなネリエルの狙いは虚閃を大口に当てることによって、その進行方向を逸らすことだ。それと同時に斬魄刀を振り回せば、更なる効果が望めることだろう。

 

「惜しかったな」

「なっ!?」

 

 結果から言えば、そのネリエルの狙いは半分は上手く行った。彼女に誤算があったとすれば、自身の虚閃が大口に当てた衝撃によって、つっかえ棒の役割を果たしていた斬魄刀が外れてしまったことだ。

 

「約束だからな。食うのはやめておいてやるよ」

 

 最後にそう言葉を発したリルトットの視線の先に居たのは、右肩から身体を大きく抉られたネリエルの姿だった。

 

 

***

 

 

 そして時は、現在へと針を進める――。

 


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