転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 今回過去最高に短いです。
 
 本当なら今回の話に加えて、冬獅郎VSバズビーと剣八サイドの繋ぎの描写を加えたくて、既に剣八サイドの描写は書き終わってるんですけど、冬獅郎VSバズビーの描写が間に合いませんでした。
 大体8000字くらいを想定していたんですが、余裕でそれ超えてますし……。

 なので、間に合わなかった話は次に回して、その後この話と結合したいと思います。

 8月28日
 結合しました。


第七十話

「先ずは、その盾をどうにかせねばならんのう」

 

 負傷した身体を叩き起こし、ハッシュヴァルトを正眼に置いた元柳斎は、これから自分がすべきことの整理を始めた。

 

 彼の言う通り、ハッシュヴァルトに勝利する為の第一条件として、盾の除去が挙げられるだろう。

 

 ハッシュヴァルトの“世界調和”の能力は、範囲世界に居る人物の不幸を彼の裁量で配分すること。そして彼自身が受ける不幸は彼が持つ身代わりの盾で肩代わりすることができる。

 つまり元柳斎は、ハッシュヴァルトが身代わりの盾を装備している限り、彼に傷を負わせることができないのである。

 

 故に元柳斎には最初に、ハッシュヴァルトにダメージを与えられる状況を整える必要があった。

 

「どうやらその傷で思考も儘ならなくなっているようだ。それを口に出すことで、私が警戒するとは思わなかったのですか?」

「ふっ。この程度のこと、口を滑らす内に入らんわい。貴様とて自身の能力のことぐらい、一番に理解しておろう? 仮に分かっておらんかったとしても、貴様ほどの実力者ならば、儂がどこを狙って攻撃しておるか、見破ることは容易い」

 

 しかし、ハッシュヴァルトとて自身の攻略方法くらい頭の中に入っている。特に盾は能力が付与されていなかったとしても、身を守る大切な防具だ。盾を狙って攻撃されても、それに気づけるだろうし、そう易々と手放さないだろう。

 その上、盾を手放させるにはハッシュヴァルトに対処できない程の衝撃を加える必要がある。生半可の攻撃では、受けられて倍返しに遭うからだ。

 

 元柳斎も、それを理解していたからわざわざ口に出して語ったのだろう。口に出すことで、より速く思考を整えたのだ。

 

「そこまで分かっていて、何故立ち上がるのですか? 卍解があるのならともかく、今のあなたでは私を倒すことはできない。それは今までの攻防から十分に理解できるはずです」

 

 炎熱地獄の業火を凝縮した一太刀でも、元柳斎はハッシュヴァルトの能力の返り討ちに遭った。それなのに、未だ元柳斎が刀を握る理由がハッシュヴァルトには分からなかった。

 

 無論、例え敵が格上であろうとも、決して引き下がれぬ護廷十三隊総隊長としての矜持があることは理解している。それを侮辱するつもりはない。

 

 ハッシュヴァルトが分からなかったのは、元柳斎の目だ。今一度見遣った彼の瞳には、未だ卍解の熱量に匹敵する闘志が宿っている。

 

 ――あれは、勝負を諦めた者の目ではない……!

 

 目は口ほどにモノを言うという言葉がある。もし、元柳斎が護廷十三隊総隊長としての意地でこの場に立っているのならば、そこにはある種の諦念があるはずだ。勝負には負けた。だがせめて仲間の為に時間を稼ぎ、一矢報いてやろう。そんな意思が。

 しかし、元柳斎の瞳にはそのような後ろ向きな思いは一切込められていない。

 

『勝つ』

 

 戦慄と共にハッシュヴァルトが感じたのは、それだけだった。

 

「貴様こそ、何を分かった気になっておる?」

「なに……?」

 

 ふと、元柳斎が質問を返す。

 その真意が分からなかったハッシュヴァルトは疑問の声を零すのだが、その答えが返って来るよりも先に、ハッシュヴァルトの身動きが封じられていた。

 

「ぐっ!?」

「【縛道の九十五“無量怨手(むりょうおんじゅ)”】」

 

 気付かずして全身を締め上げられたハッシュヴァルトは苦悶の声を上げる。

 手、足、胴、顔。ハッシュヴァルトの全身を抑えつける地面から生え出た無数の手は、どす黒く、禍々しい瘴気のようなものを発していた。

 

「今までの貴様が見てきた儂の力は一部に過ぎん。何時ぶりかの、こうして縛道を使うのは」

 

 回顧するように、元柳斎は語りかける。

 今まで彼が縛道を使って来なかったのは、それをする必要がなかったからだ。元柳斎は千年もの間、総隊長を続けて来た死神だ。その理由について、彼は千年自分よりも強い死神が現れなかったからと言及している。そんな彼が、格下相手にわざわざ縛道という搦め手重視の術を使用する必要はなかった。何故なら、そんな事をするよりも斬魄刀の炎で焼き払った方が早いからだ。

 だが、今回ハッシュヴァルトと相対して久し振りにその機会に恵まれた。故にここからの元柳斎は、ハッシュヴァルトの知らない元柳斎だ。

 

 そして元柳斎が発言したこの間、ハッシュヴァルトは一切の身動きが取れていない。

 一般的に、九十番台の鬼道の威力は卍解に匹敵すると言われており、同じ鬼道でも死神の個々の能力によって、その威力は大きく変わる。つまり、ハッシュヴァルトは元柳斎の卍解に相当する鬼道に抗うだけの力を有していないのだ。

 

「さて、行くぞ」

 

 そう言った元柳斎は、拘束されてなおハッシュヴァルトが強く握っている盾に向かって一歩を踏みだすのだが、それ以上歩みを進めることはできなかった。

 ハッシュヴァルトと同じように、元柳斎にも触手が絡み付いたのだ。

 

「なるほど、返せるのは傷だけではないということか……。じゃが、少なくとも盾の能力は使えぬのであろう?」

「……」

 

 元柳斎の問いかけにハッシュヴァルトは黙りこくる。肯定という事なのだろう。

 身代わりの盾の能力はハッシュヴァルトが負った傷を肩代わりすること。対して元柳斎が打った手は攻撃ではなく、拘束だ。これでは、倍にして返すことはできない。

 

 そして――。

 

「っ!?」

「そう驚くようなことではない。自分で放った縛道じゃ。であれば解けて当然であろう?」

 

 この程度の拘束であれば、元柳斎は自力で抜け出ることができる。元柳斎を縛り上げた触手は数秒もしない内に、元柳斎が身に纏う炎によって焼き切れた。

 

 歩みを再開した元柳斎は、また一歩一歩ハッシュヴァルトへと近づいていく。ゆったりとしたその歩みは、元柳斎にも余裕がないという証左なのだろうが、それが逆にハッシュヴァルトの不安を煽った。

 その間ハッシュヴァルトは何度も何度も能力を行使する。それは継続的に不幸が振りかかる縛道に対してだからこそ打てる手なのだろうが、元柳斎はそれを意にも介さない。倍にして返すことができれば、また話は別だったのだろうが、身代わりの盾が機能しない以上、それは不可能だ。

 あるいは能力を重ね掛けすることで実質的に倍以上にして返すという手もあるが、元柳斎の縛道を打ち消す速度がハッシュヴァルトの能力の発動速度を上回っているため、それも不可能である。

 

 故に元柳斎がハッシュヴァルトの目の前に辿り着くのに、そう時間はかからなかった。

 

 ハッシュヴァルトの持つ盾を目標に据えた元柳斎は、一度斬魄刀を腰に戻し、居合の姿勢をとる。

 

「【炎熱三ノ地獄(えんねつさんのじごく)――終炎の太刀(しゅうえんのたち)】」

 

 通常の炎熱地獄。その炎を身と刀身に宿らせる二ノ地獄。それに続く三ノ地獄はその名の通り、全てを終わらせるに値する、始解最強の一撃だ。

 

 技の名を発した元柳斎。その彼の声に呼応するように、彼が身に纏っていた炎がうねりを上げる。今まで元柳斎の身を護っていた炎が、まるで吸い寄せられるかのように刀身へと移動を始めたのだ。みるみるうちに肥大化していく斬魄刀。それを元柳斎は、盾だけに攻撃できるように圧縮していく。

 今までにないほどの熱量と光を発する炎は、まるでその窮屈さに反発しているようで、それがどれだけの威力を孕んでいるのか、ハッシュヴァルトには想像もつかない。

 だってありえないだろう。始解の炎が――昨日に見た卍解と同等のものに感じるなんて。恐るべき霊圧と制御能力だった。

 

「……一体何のつもりですか? 攻撃の威力を上げればそれは、自分の死期を早めることになり兼ねませんよ」

 

 だが、それと同時にハッシュヴァルトは思った。一体元柳斎は、何をするつもりなのだろうと。どれだけ攻撃の威力を上げたところで、身代わりの盾の前には意味がない。寧ろその努力は、自らの首を絞める行為に他ならないのだから。

 しかしそれは、元柳斎とて分かっているはずなのだ。今までの会話からもそれは見て取れる。何をして来るのか分からない。疑念は不安へと繋がった。

 

 汗が頬を伝って滴り落ちる。それが暑さから来るものなのか、不安などから来るものなのか、ハッシュヴァルトには分からなかった。

 

「果たして、それはどうかの?」

 

 そんな中でも、状況は刻一刻と進んでいく。元柳斎の攻撃の準備が完全に整ったのだ。

 今まで彼が身に纏っていた炎が消えたことで、ハッシュヴァルトはもう一度元柳斎の拘束を試みたのだが、腰に携えた灼熱の刃がそれを寄せ付けなかった。

 

「【流刃若火一ツ目裏ノ段(りゅうじんじゃっかひとつめうらのだん)峰撫(みねなで)】!」

 

 そして遂に、刃が解き放たれる。

 

 始解で一番の威力を誇るその刃は、ハッシュヴァルトが力強く握り締めていた盾を勢いよく弾き飛ばした。しかし、それだけの威力が込められていたのだ。当然、盾の損傷だって激しいはずである。

 未だ触手に囚われながらも、攻撃に転じるべくハッシュヴァルトは後ろへと飛ばされた身代わりの盾へと意識を向けるのだが、そこで驚くべきことが起きた。

 

「なん……だとっ!?」

 

 なんと、あれだけの威力の攻撃を直接受けたのにも関わらず、盾には傷一つ付いていなかったのだ。斬撃の傷も、炎で焼き切れた痕跡も、そこには何一つ残されていなかった。

 

「峰撫は敵を斬らぬ不殺の剣。熱も刃も、あの盾には届いておらん。届いたのは衝撃だけじゃ」

 

 刀身に注ぎ込まれた炎。あれは単に熱量や威力を上げる為のものではない。刃を包み込み、斬れ味を無くす役割も含まれていたのだ。

 その準備が済めば、後は熱を感じさせぬほどの元柳斎の神速の一太刀だ。

 

 霊力量とその操作、そして斬術。正に元柳斎の死神としての力を結集させたかのような一撃だった。

 

「そんなことが……!」

「できる。儂を誰と心得て居る?」

 

 ――護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國ぞ。

 

 炎で暑いはずなのに、鳥肌が浮き出る。卍解を奪われても変わらない、山本元柳斎の威厳がその言葉には込められていた。

 

「だけど、ここからどうします? 確かに盾は奪われました。だが、あなたが私を傷つければそれはあなたに帰ってくる。それは依然として変わっていません」

 

 そう。ハッシュヴァルトの言うように、状況はまだ逆転していない。ここまで来て、漸く五分といったところだろう。

 身代わりの盾を手放したと言っても、世界調和の能力は失われていない。このままでは、相打ちがいいところである。

 

「いや、既に状況は変わっておる。盾は封じた。貴様は身動きが取れん。これで詰めろじゃ」

「……どういうことですか?」

 

 しかし、元柳斎はそれを否定した。

 

「それは貴様自身が理解しておろう?」

「……」

 

 そうハッシュヴァルトに言いながら、元柳斎は床に斬魄刀を突き刺す。すると刀身に込められた炎は、床を伝って、ハッシュヴァルトの足元に円を描きだす。

 

 そして、ハッシュヴァルトは元柳斎の言葉に返答することができなかった。彼自身も気付いていた。自分が負ける可能性が高いことを。元柳斎がそのことに気付いていることを。

 

 詰めろとは、将棋用語で次手に何も受けの手をしなければ、そのまま詰みになる状態のことを指す。そして、現在ハッシュヴァルトは一切の身動きがとれない状態だ。

 

 ――故にもう、詰みである。

 

「範囲世界。自身の能力を語る時、貴様はそう言っておったな? つまりそれは、能力が及ぶ領域が限定されておるということじゃ。では、ここから離れたところから攻撃を仕掛ければ、貴様はどうなる?」

 

 ハッシュヴァルトの隣を通り過ぎ、床に落ちた盾を手にしながら元柳斎は、ハッシュヴァルトの能力に対する回答を口にした。

 

「どうやら口を滑らせたのは、貴様の方だったようじゃの」

 

 最後にそう言い残した元柳斎は、盾を担いだままこの場を後にした。盾を持って行ったのは、効果範囲を疑ってのことだろう。折角、留めを刺したのにそれが全て盾に吸収されては、目も当てられまい。

 

 天地を火柱が穿ったのは、それから直ぐの事だった。

 

「……申し訳ありません、陛下」

 

 一人残されたハッシュヴァルトの、その言葉を聞いた者は誰一人としていなかった。

 

 

***

 

 

「はっ、卍解も出せずに死んだか。案外大したことなかったな」

 

 自身の炎で貫いた氷壁と、力なく倒れる冬獅郎を見て、バズビーは嘲った。

 副隊長の力を借りていたとは言え、始解状態であれだけ戦えていたのだ。きっと卍解状態の冬獅郎と戦えば、もっと面白くなると思っていたのだが、拍子抜けだ。不完全燃焼もいいところである。

 

「んじゃ、あんま気が向かねぇけど、残りの死神も殺すとすっか」

 

 渦巻く面倒くささを打ち消すように、後頭部をガシガシと搔く。正直冬獅郎以外に、十番隊でこの鬱憤を晴らせそうな死神は見当たらないのでやる気が湧かないのだが、これも任務である。

 しゃあねぇな。そう歩みを進めようとしたその瞬間――寒気を感じた。

 

「――誰が大したことなかったって?」

「っ!?」

 

 即座に気持ちを切り替えたバズビーは、声のした背後とは逆方向に飛び退く。振り向けばそこには、先程胸を貫かれたはずの冬獅郎が氷の竜を身体に纏い、佇んでいた。大紅蓮氷輪丸。日番谷冬獅郎の卍解形態である。

 

「へぇ、生きてやがったのか」

「子供騙しの小細工だがな……。この戦いじゃもう使えねえよ」

 

 冬獅郎の言葉に合わせるように、綾陣氷壁が解け、種明かしが行われる。胸を炎で貫かれ、倒れたはずの冬獅郎は色素が抜け、氷の人形となったところで崩壊した。

 斬氷人形。死覇装の皺までも精巧に再現する氷の身代わりが、バズビーの目を欺いたのだ。

 

「じゃあ、こっからが本番だって捉えていいんだよな?」

「勝手にしろ」

「ああ、勝手に試させてもらうぜ。【バーナーフィンガー・1】!」

 

 先ずは力量を図る為の小手調べ。先程冬獅郎が防御することができなかった技を、バズビーはもう一度叩きつける。差された指から放たれた銃弾の如き炎が、一直線に冬獅郎へと襲い掛かった。

 

「【氷竜旋尾】!」

 

 それに対し、冬獅郎は氷の斬撃で迎え撃つ。始解の時ではバズビーの指を使った技に成す術がなかったが、卍解することで余裕が出て来た。

 氷の斬撃は炎を打ち消すと共に砕け散り、それらが無数の氷柱となって一斉にバズビーへと向かって行く。

 

「【群鳥氷柱】!」

「ふっ!」

 

 防御と同時に攻撃も行うことができるようになったのは、先程と比べて大きな進歩だろうが、如何せん威力が足りていない。

 迫りくる氷柱をバズビーは炎を纏った手を無造作に払っただけで打ち消してみせた。

 

 二度に渡る炎と氷の衝突により、辺りを水蒸気が包み混む。それを斬るようにして、冬獅郎はバズビーとの距離を一気に詰める。

 

「【竜霰架】!!」

「っ!? 【バーナーフィンガー・2】!!」

 

 接近する勢いのまま、冷気を纏った刺突を放つ冬獅郎に対し、バズビーは人差し指と中指から噴出させた、鉤爪状の炎で迎え撃つ。

 

 結果は、またもや相殺だった。双方向に水蒸気が巻き起こる。

 互いにダメージを負った訳ではないのに、高湿度によって尋常でないほどの汗をかいていた。

 

「二本にもついて来れんのか、やるじゃねぇか!」

「そいつはどうも。だが、俺の攻撃はこれで終わりじゃねぇぜ」

 

 冬獅郎は先程から、その準備を進めていた。威力の弱い群鳥氷柱を放ったのは、広範囲に攻撃を巻き散らす為。そして、水蒸気で視界が悪い中わざわざ突進したのは、バズビーをその場に釘付けにしつつ、最後の仕上げをする為だ。

 

「いくぜ。【六衣氷結陣】」

 

 刹那、バズビーの足元が眩く輝きだす。予め冬獅郎が用意していた支点となる六点が互いに結び付き、青白い光は正六角形を描いた。

 そして、光は氷へと変換される。異変を感じて即座に脱出を図ったバズビーも、足が地面と縫い付けられたことによって、移動することができない。

 

「チっ!」

 

 足が使えないなら、手で打ち消すまで。そう舌を打ったバズビーは、人差し指、中指、薬指の計三本の指を立てるのだが、彼が炎を出すよりも、氷結速度の方が速かった。

 地面で光る六角形の光が天へと昇る六角柱の氷へと姿を変え、バズビーはその中に閉じ込められてしまう。

 

 氷の中で身動き一つ取れなくなったバズビー。それを見ても、冬獅郎が警戒を解くことはない。冬獅郎の脳裏を過るのは、真空の刃を自らの炎でやり過ごしたバズビーの姿だ。アレを見て、油断などできるはずもなかった。

 寧ろ氷を砕くことで、自身の勝利を揺るぎないものにしよう。そう歩み寄ったその時だった。

 

「ぐっ!?」

 

 また、氷が光り出した。不意に発せられた光に、冬獅郎は思わず目を瞑る。その色自体は、六衣氷結陣の発動時のものとさほど変わりはない。だが、その青白い光は滅却師が使役した霊子の色でもあるのだ。

 氷が光を出鱈目に乱反射させるので分かりづらいが、この光の大元は間違いなくバズビーだった。

 

「なん……だとっ!?」

 

 目を開いた時、冬獅郎は顔を驚愕に染める。

 先程まで、敵と互角の勝負を繰り広げていた自身の氷が、天を昇るほどの質量を持った状態で、一瞬にして蒸発させられていた。

 

 それと同時に理解させられる。バズビーは未だに本気を出していなかったのだと。その容貌も、感じる霊圧も、数秒前とは比べ物にならない程に変化している。

 頭上に宿る五芒星やバーナーから噴き出す火のように直線を描く翼は、まるで天使のようで、生物としての格が底上げされたかのように感じられた。

 

 滅却師完聖体。ユーハバッハに聖文字を与えられた星十字騎士団としての切り札を、バズビーはここに来て初めて切った。

 

「それがお前の本気か?」

「ああ、誇っていいぜ。何せ俺は、指一本でお前を倒すつもりだった。それを奥の手まで引き出したんだからなぁ!」

 

 そう冬獅郎を讃えたバズビーは、人差し指を立て、指先の照準を冬獅郎へと合わす。その動作は今までの戦いで見て来た“バーナーフィンガー・1”となんら変わらないものだ。

 しかし、この状態で放つバズビーの技は、きっと今までのものとは比べものにならないのだろう。

 

「っ!?」

 

 そう考えた冬獅郎は、即座に回避の為の行動を起こした。氷の翼を扇ぎ、飛行を開始すると、彼はバズビーに照準を合わせられないように、ジグザグに空を移動する。

 

 本来死神は、翼など用いなくても、霊力で足場を固めることにより空中移動を可能としている。しかし、それはあくまで地上で行う縦横の動きが基本だ。翼を用いた移動では、普通の死神にはできない上下も加えた立体的かつ流動的な移動が可能になる。

 

「せいぜい上手く逃げるんだな。【バーナーフィンガー・1】!!」

 

 そして再度、炎の銃弾が冬獅郎に襲い掛かる。間隙なく放たれるその銃弾を、冬獅郎は飛行技術、氷結能力、建物などの障害物を上手く利用してやり過ごしていくが、逃げ場が無くなるのにそう時間は要さなかった。

 何故なら、追いかける側であるバズビーも翼を持っているのだから。冬獅郎がどれだけ鮮やかに滑空しようが、バズビーはそれについて行ける。辺りの建物を破壊し尽くした時が、冬獅郎が追い詰められた瞬間だった。

 

「くっ!?」

 

 そして遂に、銃弾が冬獅郎の翼を捉えた。翼と言っても、氷で出来たものなので修復することは容易いが、今はそんな場合ではない。

 攻撃を受けた衝撃でバランスを崩した。それが何よりも致命的だった。

 

「止めだ。【バーナーフィンガー・1】」

 

 そして、その隙を見逃すバズビーではない。姿勢を乱した冬獅郎の胸を目掛けて、止めの一撃を放つ。未だバランスを取り戻す素振りを見せない冬獅郎を見て、バズビーはこの攻撃が決まったことを確信する。

 

 一方で、冬獅郎は自分の胸を穿たんとする銃弾をしっかりと目で捕らえていた。身体の自由が利かないので、飛行を再開することは勿論、刀を振るって氷を産み出すことも間に合わないだろう。

 しかし、そんな中でも出来ることはある。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

「なにっ!?」

 

 現れた結界は、銃弾の威力に耐え兼ね砕け散りながらも、僅かに軌道を逸らす。結果、冬獅郎は左肩に損傷を負いながらも、致命傷を避けることに成功した。

 

「【氷竜旋尾・絶空】!」

 

 なんとかバズビーの猛攻をやり過ごした冬獅郎は、牽制の為の攻撃を放った後、一度地に身体を降ろす。この間に翼の修復と傷を凍らせることで応急処置は済ませた。

 これで、とりあえずは態勢は立て直したと言えるだろう。

 

「ハア……ハア……ハアッ……」

「どうやら、そろそろ限界みてぇだな」

 

 だが、冬獅郎の体力は大きく消耗していた。バズビーが完聖体になってからというもの、終始防戦を強いられていた彼である。元々持久戦を苦手としていることもあり、既に氷の華は最後の一輪に差し掛かっていた。

 残りの花弁は二枚。戦いの終焉はそう遠くないだろう。

 

「ああ、そうみたいだ。――だから、次で決める」

 

 故に、ここで冬獅郎は勝負に出た。

 

 二人は今まで戦って来て、何度も何度も氷と炎をぶつけ合った。そして、その度に互いが繰り出した技は打ち消し合い、蒸発した。現在この場はかなり湿度が上がっている。

 本来わざわざ場の水気など気にせずとも、強力な氷結能力を発揮することができる冬獅郎だが、それでも現在のこの場のコンディションは、彼にとって絶好と言えるものとなっていた。

 

 ふと、バズビーの肌に冷たい何かが触れる。天を見上げれば、曇り空から雪が降ってきていた。

 天相従臨。氷結系最強の斬魄刀である氷輪丸の、最も基本にして強大な能力である。

 

「まさかっ!?」

 

 そしてバズビーは、この能力から始動する技を知っていた。

 

 かつては、それまで膠着状態が続いていた第三十刃、ティア・ハリベルとの戦いにて終止符を打った技――。

 

「【氷天百華葬】」

 

 降り頻る雪は、バズビーの身体に接触すると一輪の百合を咲かせる。それが二輪、三輪と瞬く間に数を増やし、バズビーの身体を埋め尽くさんとした。

 

 恐らくは冬獅郎が持つ中でも、強力な方に位置する技。

 

「甘ぇ! 【バーナーフィンガー・3】!」

「なっ!?」

 

 その技をバズビーはたった三本の指で凪払った。三本の指から払われるようにして出でた炎は、旗のように広い波を描き、今にも地面から発生しようとしていた氷の花の山を蒸発させた。

 それと同時にバズビーの身体に纏わりついていた百合も無くなったようだ。

 

「今のは悪くなかったぜ。だが、俺の火力の方が上みたいだったようだな」

「ああ、そうだな。――現時点では、だが……」

「あん? どういう意味だ」

 

 決めると言った冬獅郎の技を破ったバズビーは、自身の勝ちを疑わず、戦いを締めようと話しかけたのだが、どうも冬獅郎の返答は煮え切らない。

 

 ここで冬獅郎は、はぁ、と一つ溜め息を吐く。

 

「……本当はこんな序盤で使うつもりはなかったんだがな……。とは言え、時間が来たなら仕方ねぇ」

 

 仕方がないと、重い腰を上げるように、冬獅郎は呟いた。

 

「時間だと?」

 

 ああ、とバズビーに言葉を返した冬獅郎は、斬魄刀で自身の背後の華を指す。遂に花弁は最後の一枚が消え失せようようとしていた。

 

「卍解と共に俺の後ろに咲く氷の華、何を示していると思う?」

「あん? 卍解の制限時間じゃねぇのかよ」

 

 卍解状態の冬獅郎が時間と言って、まず一番に思い浮かぶのはこの氷の華だろう。卍解を発動してから徐々に散り行く花弁は、間違いなく時間と関係していると言っていいだろう。

 

 実際、過去に冬獅郎が敵の破面と似たような会話を繰り広げていたことを、バズビーは情報によって知っていた。

 

「確かに、そんなこと言ってた奴も居たな。――だが、俺自身は氷の華が散り尽くしたら終わりだなんて、一度も言った覚えはねぇぞ」

 

 そこまで聞いてバズビーは理解する。きっと冬獅郎はまだ何かを隠していると。

 氷天百花葬で、戦いを終わらせる気でいたのは本気だったのだろう。だが、冬獅郎はそれとは別に奥の手を一つ隠し持っていたのだ。

 

 そして、最後の花弁が散った。

 

 瞬間、凄まじい勢いを持った冷気が冬獅郎を包み込む。中で何が起こっているのか、その詳細はバズビーに分からない。だが、冬獅郎の持つ霊圧が何倍にも膨れ上がるのを肌で感じとっていた。

 それと心なしか辺りの気温が下がったような気もする。

 

 そして、再び冬獅郎の姿が見えた時、バズビーは驚愕を露にした。力が大幅に上昇したことは、姿が見えずとも感じていたので、今更驚くことはない。そう思っていた。しかし、冷気の中から出てきたのは、先程までそこに居た冬獅郎とは違う別の誰かだった。

 否、感じる霊圧の質は変わっていないし、顔立ちを見るに、その男は間違いなく冬獅郎なのだろう。だが、冬獅郎とは異なる部分が一つだけあった。

 

 ――なんと、その冬獅郎は成長した大人の姿だったのだ。

 

 伸びた身長。シャープになった輪郭。卍解で彼を覆っていた氷の竜は居なくなり、変わりに身体の所々が、ライトアーマーのような氷に守られている。

 もし、彼が自身を冬獅郎の兄だと言ったら信じたかもしれない、将来冬獅郎が手にするであろう容姿を、あろうことか現在の冬獅郎が有していた。

 

 そんなバズビーの驚愕を感じ取ったのだろう。冬獅郎は徐に口を開く。

 

「氷の華が散り尽くして、漸く大紅蓮氷輪丸は完成する。……氷輪丸を十二分に使いこなすには、俺はまだまだ力不足だ。だからなのか知らねぇが、大紅蓮氷輪丸が完成すると、俺は――少し老ける。この姿はあまり好きじゃねぇんだけどな」

「はぁ?」

 

 日番谷冬獅郎という死神は、その見た目からも分かるように、まだまだ発展途上だ。そんな彼にとって卍解時の氷の華は、所謂制御装置のようなものだったのだろう。

 

 そして、氷の華が無くなった時、大紅蓮氷輪丸は初めて制御から解き放たれ、冬獅郎の器を無理やり上げることで、真の力を発揮することができる。

 

 最後の方で色々台無しのような気もするが、そういうことだ。

 

「だから、さっさと終わらせるぜ」

 

 しかし、冬獅郎は自分の言葉の可笑しさに一切気づくこと無く戦いを再開する。

 

「……な、に?」

 

 斬魄刀を一振り。

 

 それが、冬獅郎が卍解の真の力を解放してから、バズビーを殺すに至った内容だった。

 

 冬獅郎が卍解を解いた後、彼の目の前に在ったのは、身体を凍らせながら両断されたバズビーの死体と、それを起点として天高く駆け昇る氷の斬擊の軌跡だった。

 

 

***

 

 

 戦いでボロボロになった身体を労わるように、更木剣八はゆっくりと地上に降り立った。そんな彼を待ち構えていたのは、戦いに負け、先に落下して来たグレミィ・トゥミューだ。

 

 自身の血だまりの上で仰向けに倒れるグレミィは、最後の力を振り絞って口を開く。

 

「違うよ、更木剣八」

「あん、何がだ?」

 

 急に剣八を否定したグレミィだが、当の本人からしてみれば何のことを言っているのか分からない。そんな剣八に力なく苦笑すると、グレミィは説明を始める。

 

「ほら。君はさっき、僕は自分の想像力に殺されたって言ってたでしょ。だけどそれは違う。僕の想像力は正しかった。正し過ぎたくらいさ。僕は君の力の全てを正しく想像できていたんだ」

 

 グレミィは、剣八の力を理解してはいなかったものの、その力量自体は正確に把握していた。故に彼は、単純に自分の想像力に負けた訳ではないと主張していた。

 

 ただ、と逆説を置いたグレミィは身体を起こし、話を続ける。

 

「君に負けたのは、僕の想像力じゃなく、僕のこの身体さ。……いや、言い訳だね。それだって僕の想像力が負けたことに違いはない」

「……?」

 

 しかし、その次には主張が逆転。何が言いたいのか分からない剣八は怪訝な表情を浮かべる。

 

 それもそうだろう。グレミィが言いたかったことは、抱いている感情はこんなモノではないのだから。

 

 勝ちたかった。だけど負けた。

 

 ――それ故に、悔しかった。

 

「ああ……ちくしょう。勝ちたかったなあ……!」

「っ!?」

 

 悔いを口にしたその刹那、グレミィの身体を構成する霊子がちりぢりになって四散を始めた。光を発しながら天に昇ろうとするその様は神秘的で、どこか儚げだった。

 すると、彼の頭中からボトリと何かが落下する。目を遣れば、そこには半球のカプセルのようなものに入れられた脳があった。

 

「何だこりゃあ……?」

「言ったろ、指一本使わず、君を殺して見せようってね。僕のこの身体も、全ては僕の想像の産物。言葉通り確かに、僕は君に指一本だって使っちゃいない。まあ、死んだのは僕なんだけどさ」

 

 消えゆく自分の身体を見下ろしながら、グレミィはそう自嘲した。

 確かに、グレミィの言うことが本当ならば、彼は指一本も使っていない。身体を動かしていたのも、溶岩を産み出していたのも、隕石を落としたのも、全てはカプセル入りの脳によって引き起こされたものなのだから。

 

「ああ、そろそろ僕の創造力も限界だ。寂しくなるよ。この先の何も想像できない世界を想像するとさ」

 

 最後にそう嘆いたグレミィは、完全にその姿を消した。

 

「手前えで作った舞台も血だまりも、残さず消えちまったか……」

 

 それだけではない。戦いの際に創り出した石の塔も、先程までグレミィが横たわっていた血潮も完全に消え失せていた。

 残ったのはカプセルに入れられた脳だけ。グレミィが最後に残した言葉も相まって、剣八にはそれがやけに虚しいものに映った。

 

「っ!? がはっ! げほっ! ごほっ!」

 

 しかし、そんな戦いの余韻に浸るのも束の間、今まで抑えつけていたダメージが一気にぶり返してくる。

 血反吐を吐いた剣八は、堪らず斬魄刀を杖の様にして自身の身体を支えた。

 

「ちっ、どっかで内臓がやられたみてえだな。爆発の所為で耳も碌に聞こえねぇし、まいったぜ」

「隊長っ!」

 

 中々調子を取り戻さない耳をガンガン叩きながらそう一人ごちていると、自分を呼ぶ大声が聞こえて来た。

 

 流石に誰か判別できる耳の状態ではない為後ろに振り向くと、一角、弓親、青鹿の三人が駆け寄って来ている。

 勝ったのにも関わらず、彼らの表情は焦燥に駆られており、それが剣八に嫌な予感を抱かせた。戦いに関することなら、それを愉悦に変換する彼であるが、この場に居るべき人物が居ないことが、その予感を加速させた。

 

 口火を切ったのは、一角だった。

 

「大変です、隊長!」

「あん? どうした?」

「副隊長が……居なくなりました!!」

「なに……?」

 

 やちるがこの場に現れなかったことで、その予想はしていたが、この状況が彼女が行方をくらませる理由が分からず、剣八は困惑する。

 

 一瞬何故見逃したと怒鳴り散らしそうになったが、青鹿が持つやちるの死覇装を見て、尋常でない何かが起こったのではと思い、踏みとどまった。

 

「何があった?」

 

 先ずは状況の把握だ。叱責するのはそれからでも遅くはない。

 剣八の視線は死覇装を抱える青鹿へと注がれていた。

 

「舞台から降りた後副隊長の治療を終え、それから隊長の戦いを見ていたんですが、隕石の爆発で目を瞑っていた時に、居なくなっていました……」

「……そうか」

 

 普通なら、目を離した隙に何処かへ行ったと考えるのが妥当なのだろう。しかし、それではわざわざ死覇装を脱ぎ捨てる理由が分からない。

 付け加えるのなら、死覇装の脱ぎ方も変である。死覇装の状態は着つけた状態そのまま。まるでやちるがすっぽり抜けたかのような印象を抱かせた。

 

 やはり、普通ではない。怒る気は起らなかった。

 

「既に捜索は命じていますが、近くに霊圧は感じませんし、見つかるかどうか……」

「ああ……分かった」

 

 報告を終えた青鹿に、剣八は最低限の言葉だけ紡ぐ。

 

 自由奔放なやちるではあるが、戦いの時は剣八の近くに居ることが常であった。彼が戦闘中の時でさえ、彼の肩に乗っていることが多かったのだから、それは筋金入りである。

 嫌な予感は拭えず、肥大化するばかりであった。

 

 だが、状況はそうやって心配することでさえも許してくれない。

 

「っ!?」

 

 刹那、この場に残っていた隊士達に対して、雷光が降り注いだ。

 

「ラッキ~~☆ 馬鹿が一か所に集まってくれたら、一網打尽じゃね?」

 

 声がした方向を見上げる。いつの間にかそこには、四人の滅却師が滞空していた。

 

 キャンディス・キャットニップ。リルトット・ランパード。ミニーニャ・マカロン。ジゼル・ジュエルとバンビエッタ・バスターバイン。通称バンビーズ。いずれも別の場所で戦っていた滅却師である。

 

 あれだけ愉しい戦いが、今は少し億劫に感じた。

 




 今回オリジナル技三つくらい出したけど、ネーミングどうでした?

 久し振りだったので、あまり自信がない。

 それと次回の投稿ですが、前書きに有るように既に半分は書き上がってるので早めに投稿できると思います。

 よって、次の投稿は8月21日にしたいと思います。

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