転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 書こうと思ってたところまで書いてたら、思ったよりも長くなり、更新が遅れてしまいました。

※平子VSジゼルの描写を差し替えました。


第六十五話

「行くぞ!」

 

 流刃若火の炎を足裏から噴射させた元柳斎は、声を発すると共にハッシュヴァルトに斬りかかった。

 瞬歩に炎の勢いを加えたこの移動法は、かなりの瞬発力を誇っているのだが、一次侵攻で一護の天鎖斬月の速力にも余裕を持って対処したハッシュヴァルトは、この一撃も防いでみせる。

 

 刀と剣を打ち付け合った後も、元柳斎の持つ刀は炎によってその勢いが押し上げられるが、ハッシュヴァルトもそれを受け流すことで対応する。すかさず身体が流される形となった元柳斎に追撃を放つが、元柳斎も自分の攻撃がいなされたと判断するや、すぐに後退し体勢を立て直した。

 

「中々の剣裁きじゃ。……では、これはどうじゃ?」

 

 一次侵攻で見せた一太刀とこの一合で、少なくとも剣術においてハッシュヴァルトが只者ではないことを察した元柳斎は、より詳細に敵の実力を測るべく次の攻撃に出る。

 

「はあっ!」

 

 正眼にハッシュヴァルトを置いた元柳斎は、そのまま空中を一閃。刹那、流刃若火から放たれた炎がハッシュヴァルトの視界を埋め尽くした。

 圧倒的な面による攻撃。本来なら避けることすら許されない一撃だったが、ハッシュヴァルトはこれを斬撃の風圧だけで両断する。

 

 しかし次の瞬間、元柳斎はハッシュヴァルトの目の前に接近していた。

 

 元より元柳斎は、広範囲の炎でハッシュヴァルトに傷を与えるつもりはなかった。それができるに越したことはないが、今までに見たハッシュヴァルトの実力を考えると、それが不可能だということを元柳斎は分かっていたからだ。もし傷を負わせようとするのなら、元柳斎は面ではなく点で攻撃していただろう。

 

 ――そう、今のように。

 

 面による攻撃での狙いはハッシュヴァルトに接近する為の目くらまし。

 それが成功したなら、後は火力重視の攻撃を叩き込むだけだ。

 

「流刃若火!」

 

 この戦いが始まってから初めて呼ばれた斬魄刀の名。その言霊に呼応するように、流刃若火は先程よりも強い熱量を孕んだ炎を一点に放つ。

 

「くっ!」

 

 突然元柳斎が近づいて来たことに目を剥いたハッシュヴァルトだったが、それもほんの一瞬。すぐに冷静さを取り戻したハッシュヴァルトは、この不意討ちにも的確に剣を合わせてみせる。

 ただ、炎の威力が上がったことだけは誤算で、それによりハッシュヴァルトは頬に小さな火傷を負ってしまった。

 

「これも防ぐか。やりおるのう」

「陛下に命ぜられた以上、私はそれを完遂しなければならない。故にこれくらいは当然です。――それと、そろそろ天秤が傾き始める頃合いですよ」

 

 元柳斎が二回の攻防でハッシュヴァルトの実力を測っていたように、ハッシュヴァルトもまた元柳斎をよく観察していた。ハッシュヴァルトは元柳斎がロイド・ロイドと戦っていた時から彼の戦いを見ていたのだから、むしろ情報量という点においてはハッシュヴァルトの方に軍配があがる。

 

 それでハッシュヴァルトが感じ取ったことは、少なくとも現時点の元柳斎の動きは自分でも対処可能だということだ。

 ロイド・ロイドとの戦いで見せた炎熱地獄を応用した技も存在するが、その発動には予め炎を蓄積させておく必要があり、それにはある程度の時間を要する。

 

 しかし、それにかまけて悠長に戦っているようでは、元柳斎の強化を許してしまう事態になり兼ねない。ユーハバッハに命じられてこの場に立っている以上、その対抗策も有しているハッシュヴァルトだったが、それでも早く倒せるのなら、それに越したことはないだろう。

 

 結果、ハッシュヴァルトは彼独特の言い回しで、元柳斎に対してこれから戦況が自分の有利に傾くということを告げたのだが、彼には一つ誤算があった。

 

「それはどうかの? 儂も丁度身体が温まって来た所じゃ」

 

 その言葉にハッシュヴァルトは聞き覚えがあった。確か元柳斎は、ユーハバッハに化けたロイド・ロイドと戦った時も似たような発言をしていた。

 

 そしてその時は、

 

「【炎熱二ノ地獄――炎魔・業火ノ執行人】」

 

 ――元柳斎がこの技を発動した時だ。

 

 瞬間、今までのものとは比較にならない量の炎が流刃若火から噴き出した。勢いよく顕現した炎は、元柳斎の下に集約し、彼の剣となり、鎧となる。

 

 予想よりもかなり早い技の発動にハッシュヴァルトは驚きを禁じ得ないが、そんな中で気づいたことが一つあった。発動速度だけではなく、威力も一次侵攻の時と比べて上がっていたのだ。

 それは、一次侵攻時でも元柳斎の戦闘を間近で見ていたハッシュヴァルトだからこそ気づけたことで、目の前で起こっている技の発動のロジックにも辿り着くことができた。

 

「……成程、この戦いが始まる前から既に霊力を溜めていましたか」

「名答」

 

 僅かな時間で見事答えを導き出したハッシュヴァルトに、元柳斎は正解を言い渡す。

 

 そう。彼の言う通り、元柳斎はこの二次侵攻が始まる前から、既に炎熱地獄を発動する為に必要な霊力を溜めていた。普通なら、膨大な霊力を押し留める負担が大きいので絶対に取らない手法であるが、今回に限って言えば、近いうちに滅却師が攻めて来るということが分かっていたので、発動の為の準備に踏み切ることができた。

 そして戦闘しながらではなく、霊力の蓄積のみに集中して溜めた霊力は、当然前者の質を凌駕する。そのような準備があって、元柳斎は今回の短時間かつ高度な技の発動を可能としていたのだ。

 

「確かに想定していたよりも早い発動ですが、問題はありません。あなたが発動を早めた分、戦いの終わりも早まるだけですから」

 

 先にも述べたように、ハッシュヴァルトは元柳斎の技に対する策を有している。元より、元柳斎が全力を出す前にくたばるような敵でないことは分かっていたので、ハッシュヴァルトにとって今の元柳斎の技の発動は、手札を切る時が早まったに過ぎなかった。

 

「口が減らんのう……。喋るのはこれを防いでからでも、遅くはなかろうて」

 

 三度、元柳斎はハッシュヴァルトに斬りかかる。

 炎の威力が増したことで、その速力も増し、元柳斎が接近するにつれて、凄まじい熱気がハッシュヴァルトの肌を撫でた。

 そして次の瞬間、獄炎がハッシュヴァルトを襲った。それにハッシュヴァルトは先程と同じく剣で対応しようとするのだが、威力を増した元柳斎の炎は、ハッシュヴァルトの剣技を以てしても斬ることができず、それどころか熱に負けた剣が焼き切れてしまった。

 剣による防御を突破した炎の斬撃は、そのままハッシュヴァルトの身体に到達し、彼の静血装をも突き破る。

 

 やがて炎が収まった時、元柳斎が視界に捉えたのは大火傷を負ったハッシュヴァルトの姿だった。元柳斎の放った斬撃の軌跡をそのまま写し取ったかのような火傷痕は、元柳斎の攻撃の凄まじさを物語っており、痛々しく映る。

 しかし、ハッシュヴァルトからすればその火傷痕は決して悪いものではなかった。

 

 ――何故なら、その傷は技を放った元柳斎の下へと返ってくるのだから。

 

「なん……じゃとっ!?」

 

 刹那、数秒前のハッシュヴァルトと同じように元柳斎の身が焦げた。認識すらできなかったその攻撃を、即座に元柳斎は敵の能力に依るものと判断し、その詳細を突き止めるべくハッシュヴァルトの方に目を遣るが、そこから元柳斎が得たものは更なる驚愕だった。

 

 ――なんと、ハッシュヴァルトの傷が治り始めていたのだ。

 

 いつの間にか左手に傷の入った盾を持ったハッシュヴァルトは、折れた剣を霊子によって直し、構えを取っていた。よく見てみれば、ハッシュヴァルトの傷が治るにつれて、彼の持つ盾の傷は広がっている。

 そこから、ハッシュヴァルトの持つ盾には、彼の傷を肩代わりする力があるのだろうと元柳斎は分析した。厄介なと思いつつも、打倒すべく思考を巡らす元柳斎だったが――悲劇は終わらなかった。

 

「ぬおっ!?」

 

 更にもう一撃、不可視の攻撃が元柳斎の身を更に深く焼き切ったのだ。同じ場所を二回攻撃されてしまったので、その痛みは大きくなり、傷もより深くなる。

 思わず元柳斎は膝をついてしまった。

 

「……貴様、何をしたっ!?」

「言ったでしょう。天秤が傾くと。あなたが私に傷を与えたという幸運が、そのまま不運となってあなたの下に返って来た。それだけの事です」

「……それがお主の力か?」

「その通りです。私の聖文字は『B』。“世界調和(The Balance)”。範囲世界に起こる不運を幸運な者に分け与えることで、世界の調和を保つ。そして我が身に起こる不運は全て、この“身代わりの盾(フロイントシルト)”で受ける事ができます」

 

 この能力を先程の状況に置き換えるのならこうなる。

 

 まず、傷を負うというハッシュヴァルトの不運が、彼に攻撃を与えた元柳斎に降りかかった。

 次に、“身代わりの盾”によってハッシュヴァルトの不運、即ち元柳斎の攻撃によってできた火傷痕が写し取られる。

 そして最後に、傷を移し替えられた“身代わりの盾”の不運を元柳斎が被った。

 

 本来は平等な世界を実現する“世界調和”だが、“身代わりの盾”の存在で発動者は無傷なのに対し、対象は自分が与えた二倍の傷を負うことになるという、理不尽極まりない能力へと変貌を遂げていた。

 

 ハッシュヴァルトの能力を把握した元柳斎は、斬魄刀を支えに立ち上がる。肩から腰にかけて抉られた傷は、痛々しさを通り越してグロテスクすら感じさせ、既に満身創痍とも言える彼だが、その目はまだ死んでいない。

 

 一度傾いた天秤を戻すため、元柳斎は再度構えをとった。

 

 

***

 

 

「やっちゃえ! バンビちゃん!」

 

 緊迫している筈の戦場に、気の抜けるような猫なで声が響き渡る。その声の主は星十字騎士団『Z』、ジゼル・ジュエル。その声音に違わない可愛らしい顔つきと、頭頂部に括られた二本の触角のようなアホ毛が特徴の滅却師だ。

 

 そんなジゼルの声に従い動く滅却師がもう一人。バンビちゃんと呼ばれたその少女は宙に立ち、無差別に攻撃を開始する。彼女が放った霊子は周囲の建物や地面に接触するや否や、爆発を生み出した。

 

「えらい不気味な娘、連れとるやんけ……っ!」

 

 その攻撃を隣に居るイヅルと躱しながら、平子は額に汗を滲ませる。その汗は単に爆発の熱気だけで出たものではなく、少女から不気味さと、現状に対する危機感を抱いた彼の冷や汗でもあった。

 

「え~、不気味? どこが~? よく見てよ! ちょ~可愛いじゃん?」

 

 一度爆撃を終えた少女に後ろから抱きつきながら、ジゼルはそう言ったが、平子が感じた悪寒は間違ったものではなかった。

 

 まず、平子がバンビちゃんと呼ばれた少女から不気味さを感じ取った理由だが、その要因は少女の容貌にあった。

 腐敗したかような浅黒い肌に、意思を感じさせない虚ろな瞳。霊圧は感じるにも関わらず、その少女はまるで死人のようだった。

 

 だが、それもそのはず。

 何故なら彼女、バンビちゃんことバンビエッタ・バスターバインは、一次侵攻の際にグリムジョーに敗北し、その命を失ったのだから。

 

 彼女が今、こうして動けているのは、ジゼルの能力のお陰だった。ジゼルの能力は“死者(The Zombie)”。血を浴びせた対象をゾンビに変え、自らの支配下に置くことができる能力だ。一次侵攻の後、バンビエッタはジゼルの血を浴びたことで、ジゼルの従順たる兵へと変えられていたのだ。

 尤も、死してなお他人の傀儡にされてしまったこの状況を『お陰』と表現していいのかは、甚だ疑問だが……。

 

 次に、平子が危機感を抱いた理由だが、これは前者に比べれば、単純なものだ。

 

 ――それは、能力の相性である。

 

 平子の斬魄刀、“逆撫”の能力は、逆撫から発せられる匂いを感じ取った対象の視覚を錯覚させることだ。前後左右上下、そのオンオフまでも自在に操れる彼の能力は一度術中に嵌れば、抜け出すことは困難となるだろう。

 しかし、そんな彼の能力にも弱点はある。それは敵の位置を把握しなくても放てるような全方位攻撃に弱いということだ。実際、それで平子は一次侵攻で炎を操る能力を持つ、バズビーに苦戦を強いられ、取り逃がしていた。

 

 対するバンビエッタの能力である“爆撃”は彼女が放った霊子に接触したものを爆発させる能力であり、それはゾンビとなった今でも健在だった。当然、狛村やグリムジョーとの戦いでも見せていた広範囲の攻撃も可能である。

 

「ホンマ、ツイてへんなぁ……」

 

 一次侵攻のバズビーに、二次侵攻のバンビエッタ。平子は運の悪いことに、二度に渡って自分と相性が悪い相手と戦うことに戦うことになってしまった。

 そんな彼が己の不運を嘆くのも、仕方のない事なのだろう。

 

「ちょっと~、何勝手に沈んじゃってるのさ? こんな美少女二人とやり合えるんだよ? 寧ろご褒美でしょ?」

「戦争中じゃなかったら、喜んどったかもな!」

 

 刹那、平子が一瞬にしてバンビエッタとジゼルの背後に回った。

 

 バンビエッタの様子、そして彼女の中から微かに感じられるジゼルの霊圧から、平子は今のバンビエッタの状態はジゼルによって引き起こされたものだと推測していた。ジゼルがバンビエッタを操っているということもだ。

 

 またそういった能力では、術者を倒せば、能力も停止するという傾向があることを、平子はこれまでの戦闘で経験していた。確証がある訳でもないので、ここ一番に打つ手としては弱いだろうが、試してみる価値はある。

 

 ――そして、今がその時だ。

 

 現在、ジゼルはバンビエッタの背中に抱きついているので、敵二人はどちらも身動きの取りづらい体勢だ。それに、ジゼルのような能力者は、戦闘に参加せず、後ろで隠れている場合も多いので、仕掛けるなら、ジゼルが前に出ている今しかないだろう。

 

「後ろっ!」

 

 ただ、ジゼルはしっかりと平子の動きを目で追えていた。

 元々、平子の動きは想定の内だったのだろう。ジゼルが方向だけ告げると、バンビエッタは無造作に後ろに霊子の弾を連射した。

 雑な攻撃ではあるが、平子の実力を鑑みるとこれ以上ない選択だ。案の定爆発に阻まれ、前進することが不可能となった平子は、攻撃を中断してイヅルの隣に舞い戻った。

 

「大丈夫ですか、平子隊長?」

「ああ、大したことないわ」

 

 火傷を負ってしまった平子に、イヅルは声をかけるが、平子はそれを心配はないと手を振って答えた。実際、火傷と言っても顔を庇った手が僅かに爆発に触れた程度なので問題はない。

 

 問題は、この相性差をどう覆すかにある。

 

 正直、平子からすればやりたくない部類の相手ではあるのだが、それを理由に逃げているようでは、一つの隊を受け持つ長としてあまりにも情けない。平子としても、仮面の軍勢と別れ、護廷十三隊に復帰した以上、仲間に対して恥ずかしくない戦いをするつもりでいた。

 

 ――故に、平子はここで一つ決断を下した。

 

「はぁ……。あんま使いとうなかってんけどなぁ……」

 

 ため息交じりに平子は呟く。

 

 今から彼が使おうとしてる力は、死神としての彼の汚点とも言えるものだ。流石に百年も付き合っていれば、それは最早彼のアイデンティティの一つと言っても過言ではないが、やはり死神としての目線で見た時、この力は忌むべきものだろう。

 

 護廷十三隊に復帰してから今まで、平子がその力を使っていなかった理由もそれが原因だった。

 

 しかし、現実とはやはり思い通りに行かないものである。何せ僅か二年程度で、自分の意思を覆さざるを得ない状況になってしまったのだから。

 

「下がっとれイヅル、こっからは俺一人でやる。……巻き込んでもたら、かなわんからな」

「……使うんですか?」

「ああ。隊士達のこと、任せたで」

 

 一言平子が声をかけると、それだけでイヅルは彼が何をしようとしているのか悟った。伊達に二年も副官をやっていないということなのだろう。

 

「分かりました。……ご武運を」

 

 平子の指示を聞き入れたイヅルは、最後に激励の言葉を送ってその場を去った。

 

「あれ~、いいの~? 二対一になるのに、仲間下げちゃって?」

「ええんや。仲間に怪我さしたらアカンからな」

「ふーん。でもそれって私達のこと嘗めてるってことだよね? ねぇ、バンビちゃん。もう様子見はやめて――殺っちゃおっか?」

 

 瞬間、ジゼルの声に弾かれるようにバンビエッタが動き出した。宙にて足場を形成し、周囲を見下ろせる位置に立った彼女は無数の霊子の球を地上に向かって落とした。

 その量は先程のものと比較にならず、場を離れようとしていたイヅルまでもをその射程の内側に入れる。

 

「どうっ!? これでもう逃げられないでしょ?」

 

 周囲がバンビエッタの霊力によって埋め尽くされんとするその状況に、ジゼルは得意気に言葉を言い放つ。

 彼女の言うように、あと数秒もすればこの地は何もない更地へと変えられてしまうのだろう。

 

「そいつはどうやろな?」

 

 ――何もしなければ、だが。

 

 平子はそう言うや、手で顔を覆い、撫で下ろした。

 

 顕現したのは、白い虚の仮面。顔から頭部まで覆い隠したそれは、虚特有の禍々しい霊圧を発していた。

 

 そして次の瞬間、平子の姿が掻き消えた。

 虚化によって身体能力を大幅に向上させた平子は、瞬く間に撤退するイヅルと、彼を狙う霊子の球の間に踊り出る。

 

「まずは試し撃ちや」

 

 ノイズがかかったかのような声と共に放たれたのは、虚弾。突き出した拳から放たれた無数のそれは、バンビエッタの霊子の球を次々と爆散させた。

 

 

***

 

 

「てめえ……嘗めてんのか!?」

 

 青筋を立てたキャンディスは、普段の彼女が発する声よりも数段低い声音で卯月に問いかける。

 彼女がここまで腹を立てているのは、卯月のとった行動に理由があった。

 

 開戦から、数度打ち合った二人は、戦いの膠着を早くも感じ取っていた。卯月が睡蓮の能力にキャンディスを嵌めようと動いても、それに対し最大限の注意を置いているキャンディスを眠らすことは叶わず、逆にキャンディスの攻撃も卯月の強固な結界を貫けないでいた。

 この膠着状態を解くには、どちらかが動かねばならず、実際卯月は行動を起こしたのだが、その内容がキャンディスの気を害したのだ。

 

 キャンディスの視線は卯月の腰に注がれている。帯に差された鞘。そこには一本の斬魄刀が納められていた。

 

 ――そう。あろうことか卯月は、強敵を目の前にしながら納刀したのだ。

 

 解放状態こそは維持しているものの、これではキャンディスが嘗められたと思うのも無理はなかった。

 

「そう思うなら、試してみるといいよ」

 

 しかし、卯月自身は真剣そのもの。白打の構えを取ると、彼は強気にキャンディスを挑発した。

 

「言われなくても、ぶっ殺してやんよ!!」

 

 そんな卯月の言葉は、憤りを抑えきれないキャンディスにとって、正に渡りに船。彼女は怒りをそのままに、卯月に突進した。

 

 一見浅慮に見える彼女の行動だが、状況を鑑みればそこまで間違った事はしていない。

 卯月が斬魄刀を仕舞っている以上、彼の短刀による斬撃を気にする必要はない。つまり今なら、思う存分近距離での戦いが行えるのだ。

 距離を置いての攻撃が結界を突破できない以上、できるだけ近い距離で攻撃を浴びせようというのは、極自然な立ち回りだった。

 

 ただ一つ、キャンディスが想像出来なかったのは――卯月がそこまで考えて斬魄刀を納めていたということだろう。

 

 次の瞬間、キャンディスは卯月を通り過ぎ、宙へと躍り出ていた。

 

「なにっ!?」

 

 それを受け流されたと判断した時には、もう遅かった。

 

「【瞬閧・破天傀儡】!」

 

 キャンディスの背後で瞬閧を切り替え、霊圧を全身に迸られた卯月は、最小限の動きで延髄目掛けて肘打ちを放つ。

 無防備のまま急所に攻撃を喰らってしまったキャンディスは、空中で体勢を立て直すことも叶わず、白亜の柱に打ちつけられた。

 静血装を使用したとは言え、卯月の攻撃力重視の瞬閧による打撃の威力は馬鹿にならない。故に一本の柱ではその推進力を殺すには至らず、結果建物が一つ崩壊するまで、飛ばされたキャンディスが止まることはなかった。

 

「だあっ!! てめえ、今まで手ぇ抜いてやがったのか!? 急に動きが良くなりやがった!」

 

 電撃を行使して無理やり瓦礫から出てきたキャンディスは、先程よりもドスを効かせた声で卯月を問い質した。

 

 先程、キャンディスは卯月が斬魄刀を戻したのは自分を嘗めてのことだと思っていた。しかし、蓋を開けて見れば、斬魄刀を持っていた時よりも、そうでない時の方がよっぽど卯月はいい動きをしていた。

 となれば、今まで卯月は手を抜いてキャンディスと戦っていたことになる。それが屈辱的でキャンディスは許せなかったのだ。

 

「それは違うよ」

「あ? どう違うってんだよっ!?」

「僕はこの戦いが始まってから、ずっと本気だったよ。手を抜いたつもりはない」

「嘘つけ! じゃあ、急に動きが良くなったのはなんだ!?」

 

 だが、卯月はそれを認めない。それもそうだ。何故なら、彼は命を懸けた戦いで手加減ができるほど、強くも無ければ傲慢でもないのだから。

 

 しかしキャンディスの言うように、斬魄刀を収めてから卯月の動きが格段に良くなったということもまた事実である。そしてそれには、当然理由があった。

 

「僕は斬拳走鬼の中で、斬が群を抜いて苦手なんだ。斬魄刀の形状が短刀だったから、昔は『白打の延長線上でしょ』なんて考えてたんだけど、当然そんな訳なくてね。だから僕が刀を握った時は、敵を眠らせるという斬魄刀の能力に、どうしても頼りっきりになってしまうんだ。それでも強い能力に変わりないから頑張って使ってるんだけど、どうやら君には通用しないみたいだから、一度納刀させて貰ったよ」

 

 卯月は平和な前世の記憶が災いしてか、斬術、白打、破道などの攻撃系統の能力の才能に乏しかった。この内、白打のみは長年の修練によって、彼の武器と呼べるまでのものに昇華させることができたが、それ以外の二つは未だ手付かずだった。

 

 短刀術は白打の延長戦という考えも、今思えば甘かった。そもそも剣術と体術では、攻撃の基本となる腕の動きが、振り下ろしと突きとで異なるのだから当然である。

 今の卯月の短刀術は、瞬歩の速力にモノを言わせた、単なる斬りかかりに過ぎない。彼の動きについてこれない者ならそれで通じたかもしれないが、キャンディス相手にそれでは通用しなかった。

 

 故に卯月は、自身の動きの精細を欠かせる斬魄刀を一度仕舞ったのだ。

 

 ――最も強い状態でキャンディスと戦う為に。

 

「斬魄刀以外は大したことないとか思ってると、痛い目みるよ」

 

 扱い切れない刀に振り回されている卯月と、長年研鑽して来た白打と彼の最も得意とする縛道のみに集中した卯月。どちらも本気で戦っていることに違いはないが、ここから先の彼は、今までの彼とは最早別人だ。

 

「あはははははっ! 面白れぇじゃねぇか! ――ならこっちも、全力で相手しねぇ訳にはいかねぇなぁ!!」

 

 卯月の行動に納得がいったキャンディスは哄笑を上げ、それに呼応するように今までの比にならない電圧が彼女の身を奔った。

 

 そして次の瞬間卯月が目にしたのは、頭上に五芒星を宿し、背中に雷で形成された翼を生やしたキャンディスの姿だった。

 

「その姿は……」

「驚いたか? まあ一次侵攻の時は陛下の許可が下りなかったから仕方ねぇか。“滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)”。あたし達星十字騎士団の切り札。まあ、てめぇら死神で言う卍解みてぇなもんだ」

「卍解掠奪以外に、そんな力まで残してのか……。全く、手を抜いてたのはどっちなんだか」

 

 新たに発覚した敵の力に戦慄しつつ、先程自分がキレられたのが筋違いだと思わずには居られなかった。

 

「そりゃお互い様だろうが!」

「ははっ、違いない」

 

 先程の二人は、全力は出していなかったものの、本気で戦っていた。

 それは、互いに形態を変えた今も変わらない。

 

「行くぞ、卯月っ!」

「っ!? 来い!」

 

 それが彼女なりの敬意の示し方なのだろう。この戦いが始まって初めて卯月を名前で呼んだキャンディスは、今までのような怒りではなく喜びをもって、攻撃を開始した。

 

 そして卯月も、そんなキャンディスの変化に驚きつつ、応戦するのだった。

 

 

***

 

 

「隊長! 隊士達の退避完了しました!」

「ああ」

 

 無事隊士を下がらせたという乱菊の報告を聞いて、冬獅郎は内心息をついた。

 

 既に戦いは始まっており、これまでに冬獅郎は何度もバズビーと打ち合っているのだが、その内冬獅郎から攻撃を仕掛けたことは一度もなかった。

 それは今の今まで冬獅郎は護り――即ち隊士達の安全を第一に立ち回って居たからだ。

 

 二人の戦いによる余波は凄まじいもので、もし冬獅郎が今までなりふり構わず戦っていたのなら、既に隊士達の何人かは犠牲になっていたことだろう。

 既に瀞霊廷は乗っ取られてしまったが、それでも護らなければならないものが彼にはあった。

 

 しかしその耐え忍ぶ時も、たった今終わりを告げた。これで漸く本気でやり合えるというものだ。

 

 冬獅郎はこの後の立ち回りを示す為、乱菊に声を掛ける。

 

「何度か打ち合ったが、やはり一人じゃコントロールが難しい。予定通り二人で行くぞ」

 

 一次侵攻から一日。卯月の下で重力トレーニングに励んでいた二人は、その傍らでコンビネーションを考案していた。

 既に隊長格は皆、マユリの遮光薬を服用しているので、卍解を奪われる心配はないのだが、そんな中で冬獅郎が乱菊と共に戦う道を編み出したのには訳があった。

 

 それは、彼の卍解……と言うよりも冬獅郎の弱点に起因している。

 

 日番谷冬獅郎はまごう事無き天才だ。それは真央霊術院を僅か二年で卒業したことや、若くして隊長に就任したことなどの彼の経歴が証明している。

 また、隊長の中でも古株である京楽春水が、あと百年すれば抜かされると過去に発言したことからも、それは伺えることだろう。

 

 ――そう。百年すれば、である。

 

 つまり冬獅郎はまだまだ発展途上。言い換えれば未熟ということに他ならない。

 

 彼の卍解である“大紅蓮氷輪丸”には、発動時間の経過と共に散り行く花弁が咲き、付き纏っている。それが彼がまだ未熟であることの証だった。

 全ての花弁が散れば卍解が解除されるという訳ではないが、それでも発動時間が僅かな時間であるということには変わりない。

 

 故に冬獅郎には、この戦争で戦い続けられるだけの持久力が必要だったのだ。敵は目の前のバズビーだけではないのだから。

 

 そして無事コンビネーションは完成し、当初の打ち合わせ通り共に戦うことを告げたのだが、その言葉を受けた乱菊は、何やら含みのある視線を冬獅郎にぶつけていた。

 

「……なんだ?」

「いいえーっ♪ ただ、あたしの事頼って来る隊長、可愛いいなって♪」

 

 ……尤もその理由は、この場には相応しくない、良く言えば彼女らしいものだったが。

 

「なっ!? 松本ォ!!」

「はいはーい、いきまーっす! ――【唸れ“灰猫”】」

 

 先程までの気楽な感じとは一転。真剣な表情を浮かべた乱菊は斬魄刀を解放し、刀身を微粒子レベルまで分解する。

 

「行くわよー! ミルフィーユ大作戦!!」

「……そんな作戦名にした覚えはねぇ!」

 

 と、思えばまた一転。即興で考えた作戦名は、どうやら冬獅郎のお眼鏡に適わなかったようだ。

 

 しかし、そんなやり取りの間にも技は形成されていく。そうして出来上がったのは――一枚の氷壁だった。

 

「なんだぁ? 結局ただの氷の壁じゃねぇか!」

「……そう思うか?」

「ああん?」

「だったら、試してみろよ」

 

 二人で協力したは良いものの、先程と見た目が変わらない氷壁にバズビーは落胆する。

 これくらいならば、溶かすのは容易い。そう判断したバズビーは、本当にこれでいいのかという確認の意味を込めて声を荒げたのだが、それに対して冬獅郎は、やれるものならやってみろと言わんばかりに挑発を返した。

 

「はっ、上等じゃねぇか!」

 

 やけに自信あり気な冬獅郎の発言から、きっと氷壁には見た目には現れない何かがあるのだろうと察することはできるが、結局バズビーがやることは変わらない。

 

 ――ただ、自分の前に立ちはだかる敵を焼き尽くすだけだ。

 

 故に、バズビーは敢えて冬獅郎の挑発に乗った。

 霊圧から氷壁の強度を計算し、それを溶かすのに見合った量の炎を繰り出す。

 こと霊圧感知において、滅却師の右に出る者は居ない。そのため、バズビーが出した炎は目の前の氷壁を溶かすのに最適な威力なのだろう。

 

「灰猫! ハウス!」

 

 そして、炎が氷に当たる寸前、乱菊がまるで愛犬の躾をするかのように自分の斬魄刀に命令を下したのだが、何も起こらない。

 

 ――そう。何も起こらなかった。

 

「溶かせねぇ……だと!?」

 

 ブラフか失敗かと思ったバズビーは、乱菊の行動を特に気に留めることなく攻撃を当てたのだが、蓋を開けてみれば、今も彼の前には氷壁が聳え立っていた。

 

 先程までの冬獅郎との攻防でも、見た目に反して溶かしにくい氷だとは感じていたが、その時でも相殺することはできていた。

 しかし、今はそれすらも満足に出来ない。先程と今の攻防での違いは乱菊の存在だ。故にバズビーは、自分の炎が防がれた原因は乱菊にあると踏んで、彼女と氷壁を観察する。

 すると、あることに気がついた。

 

「……表面は、溶けてるな。こりゃ、どういうことだ?」

 

 氷壁が残っていたことが衝撃的で気がつかなかったが、よく見てみれば僅かに氷は溶けていた。

 

「真空多層氷壁だ」

 

 思考を巡らせるバズビーに、冬獅郎は氷壁の向こう側から答えを告げた。

 冬獅郎は続ける。

 

「灰猫の灰で作った多層の壁の表面を薄い壁で覆い、灰猫だけを刀に戻す。そうすることで、多重の真空の層を持つ氷の刃が生まれる」

 

 真空とは、空気がない、あるいは通常よりも極端に空気が薄い空間のことを指す。そして、空気が薄いということは、炎が燃える為に必要な酸素も比例して薄いということだ。そんな真空の層を多重に有した氷壁にぶつかったバズビーの炎は、満足に溶かすことができずに消火されたという訳だ。

 

「俺の弱点は卍解の持続時間が短いことだ。そして、俺の斬魄刀は始解と卍解の結びつきが強い為に、始解で生み出せる氷が圧倒的に少ない。だから、長時間戦闘できるように始解の状態でも戦えるよう鍛錬したんだが、お前程度の炎を防ぐには、これぐらいで丁度よかったらしいな」

「ッ!? てめえ!!」

 

 煽るような冬獅郎の発言に、バズビーは怒りのままに炎を放つのだが、こうして会話している間も補強していた氷壁は破れない。

 

「通れねぇって言ったろ? お前の炎は真空氷壁を通過できねぇ。――さあ、真空の氷の刃で斬り裂かれろ」

 

 言葉と力。その両方において、バズビーの炎が自分に通じないということを思い知らせた冬獅郎は、ここで漸く反撃に出る。

 氷壁に斬魄刀の刀身が通る程の小さな穴を空けた冬獅郎は、まるで城壁の狭間から発砲するかのように、穴に斬魄刀を通し、そこから氷の刃を解き放った。

 

 迫り来る真空の氷の刃。まともに当てれば致命傷に至るだろうその攻撃を、バズビーは溶かすことができない。次の瞬間、氷の刃はバズビーに突き刺さった。




 ジゼルの描写が難しかった。
 地の文でいきなり男の娘っていうのも、なんか違う気がしたので、性別をぼかしつつ、彼の事を知らない人が読んだら、女性だと思うように書いてみたんですが、それだと彼、彼女といった代名詞が使えなくなるので、難儀しました。
 

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