転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 三週間程前から、ウチの学校でも、オンライン授業が始まりました。学校に行く必要がないので、執筆が捗るかと思いきや、オンラインだからか、普通に学校に行くよりも、課題の量が多く、なんやかんやいつも通りの投稿頻度です。
 ……むしろオンラインの方がちゃんと勉強してるまである。


第六十三話

 暗く、閉ざされた場に一筋の光が灯る。光は一際強く発光すると、瞬く間に移動を始めた。流れるように自然な動きは、気を抜けば見逃してしまいそうで、僕はなるべく動きを読むようにしながら、最短距離でそれを追いかけた。

 

「【波弾】!」

 

 そして、動きを捉えたと思うと同時に腕を動かす。撃ちだした拳と共に放たれた霊力の弾は、僕の狙い通りに光を捉えんとした。

 しかし次の瞬間、今までの流れに逆らうように光が動きを翻した。その動きは自由そのもので、自然の力を手にする彼女らしいと思えるものだった。

 

「惜しかったな」

 

 攻撃後の僅かな隙を突いて、僕の右後ろに回った光――砕蜂隊長はそう言いながら、蹴りを放つ。対する僕は、今ようやく突き出した拳を戻しているところなので、この蹴りに対処することはできない。砕蜂隊長もそれが分かっていたから、わざわざ攻撃中に話しかけるような真似をしたのだろう。

 

 だけど、最初からそれが分かっていたのなら、話は別だ。

 

「っ!? 読んでいたか……」

「ええ」

 

 砕蜂隊長が僕の側頭部を目掛けて放った蹴り。僕はそれを左手でしかと受け止めていた。

 右に放った攻撃を左手で対処されるという、普通ならば間に合わない、非合理的な防御手段に砕蜂隊長は目を剥いた。

 

 しかし、読みさえ間違えていなければ、そんな非合理も合理的にすることが可能なのだ。

 先ず、砕蜂隊長が僕を相手にしたとき、攻撃を仕掛ける場所として、一番初めに排除されるのが背後だ。通常ならば、相手が人型である限り、一番対処が遅れる必殺の場所なのだが、それ故に僕は、自分の背後を常に不可視の結界で護っている。そして、その強度は藍染の乱で砕蜂隊長の神風雷公鞭を喰らっても死ななかったことから折り紙付きだ。当然、結界の強度は当時よりも上がっているので、僕を背後から倒すのは至難の業だろう。

 となれば、残りの攻撃場所は前、左右、上下しか残っていないのだが、この中で現在最も攻撃が決まりやすいのは右だ。何故なら、僕は防御に使わなければならない右腕を攻撃の為に前に突き出してしまったのだから。

 もし、仮に読みが外れたとしても、右以外ならば普通に防御することが可能だ。つまり、この攻防で砕蜂隊長が僕を倒すことは元より不可能だったのである。

 

 そして終わらないということは、次があるということと同義だ。

 僕は砕蜂隊長の足を掴んだ左手に力が込めやすいように、身体を彼女の方に向ける。

 

「【瞬閧・破天傀儡】!」

 

 先程から発動していた瞬閧を、回天から破天に切り替えると、つい一瞬前では比べ物にならない程の力が僕の身体に漲る。その膂力を以て、僕は思いきり砕蜂隊長を地面に叩きつけた。

 

「がぁっ!」

 

 頭から地面に激突した砕蜂隊長は、苦悶の声を漏らす。本来ならば、こうするよりも拳や蹴りで直接打撃を与えた方が手っ取り早くダメージを与えられるんだけど、この暗闇の――“黒獄”の高重力下ならば、これが一番効率がいい。

 一年半程前からずっと慣らして来た甲斐もあり、現在のこの結界内の重力は瞬閧状態の組手であるということも加味して普段の五十倍にまで引き上げられている。故に今のような上から下への攻撃は常に五十倍の威力になるのだ。

 

「それだけか?」

「っ!?」

 

 だけど、砕蜂隊長もこの程度では終わらない。一年半以上前から慣らして来たということは、砕蜂隊長も同じだけこの高重力に適応しているのだ。当然、今のような攻撃にも慣れている。

 

 いつもより力を込めた両腕で倒れた身体を起こした砕蜂隊長は、離脱することはせず、逆に僕の腕に脚を絡めて来た。

 

 ――不味いっ!?

 

 そう思った頃には、既に僕の左腕は折られていた。普通の瞬閧、あるいは回天傀儡の状態ならば、骨の一本や二本折られたところで瞬時に回復することが可能だが、この破天傀儡の時は話が別だ。破天傀儡の時は、瞬閧の時に膨れ上がる霊圧は全身から思いっきり放出している。これは、僕の瞬閧の属性である回道を筋力の活性化に余すことなく使っているからであり、その為破天傀儡の発動時は一切の回復能力を失ってしまうのだ。

 故にたった今折れてしまった腕を治すには、瞬閧を破天から回天にまた切り替える必要があるんだけど、今それをやると、筋力と共に硬さを失った僕の腕は簡単に引き千切られてしまうだろう。流石に模擬戦でそこまではやらないと思うけど、そういうケースを想定して戦うのが正しい模擬戦の取り組み方だ。

 

 故に、ここでの最適解は……。

 

「【衝波絶空拳】!」

 

 破天傀儡のまま、最大火力を近距離から浴びせることだ。

 大技を喰らうことは嫌った砕蜂隊長は、僕の霊力の変化を感じ取るや、瞬時に脚を解き後退。僕の大技は地面を抉るだけに終わった。

 

 しかし、元々砕蜂隊長の離脱を誘うことが目的で、それ自体は果たせたので別に驚いたりはしない。即座に瞬閧を回天に切り替えて傷を癒した僕は、いつ攻撃が来てもいいように構えを取る。

 そして、地面を抉ったことによる土煙が晴れ、互いに姿を捉えたところで……。

 

『ビビィィィーー!!』

 

 霊圧増幅器に取り付けていたブザーが音を響かせ、それと同時に結界が解けた。

 

「最終セット、終わりだな……」

「そう、ですね……。ありがとうございました」

 

 通常時を重力五倍で五セット、瞬閧状態を重力五十倍で五セット。一セットが十分なので、計百分の組手を終えた僕達は力尽き、互いに座り込んでしまう。

 この修行はレベルアップに合わせて重力も上げるので、終わる時はいつもこうだ。

 

 一護君が霊王宮に向かった後、速攻で瀞霊廷に戻った僕達は、次の戦いの為の行動に移っていた。疲労が大きかったり、負傷してしまった隊長達は安静にしているが、僕と砕蜂隊長は直ぐに修行を始めることができた。

 

 そして、今ここで修行しているのは僕達だけではない。

 

「「ぷはぁっ!!」」

 

 僕と砕蜂隊長が修行していた場所のすぐ近くに展開していた結界が解けると、まるで今まで呼吸ができなかった人が、漸く空気を吸えた時に発するような音が聞こえて来た。

 ここは先輩としてへばっている訳にはいかないな。そんなつまらない意地を張った僕は、重い身体を起こして地面に張り付く二人に歩み寄る。

 

「お疲れ。恋次、朽木さん」

「卯月さん……あんたずっとこんな修行やってたんですか?」

「百分間、立っているだけで精一杯でした……」

 

 息を絶え絶えにしながら二人は言った。本来ならばこの修行は、もう少し倍率を落とした上で徐々に慣らして行くのが正しいし、安全なんだけど、流石にそれでは次の戦いに間に合わない。なので二人には最初から重力三倍で始めて貰ったんだけど、やはりかなりキツかったらしい。結界を解いた時の声も、本当に息苦しかったから出たものなのだろう。

 しかし、これは二人が望んでやっていることなので、甘やかすつもりはない。修行メニューはこなせるギリギリの所を考えて組んでいるつもりだ。

 

「まあ、廷内警備の順番までは休憩時間だから、それまでにしっかり身体休めといてよ」

 

 そう言って、僕は視線を二人から別の場所に移す。そこには大勢の隊長、副隊長が顔を連ねていた。そう、今ここでは僕主導のブートキャンプのようなものが行われている。

 

 そもそも、恋次や朽木さんがこの場に居るのは、隊長達からこの結界の存在が広められたからだ。

 どうやら存在自体は元々大前田副隊長を通じてかなり有名になっていたようで、今回の戦いで僕と砕蜂隊長が勝ち星をあげたり、零番隊に会った時に、砕蜂隊長が修行に僕の結界が必要だと言い、それについて問われたことで、その有用性が明らかになったのだ。

 

 そして、順番というのは重力トレーニングと休憩時間、それから廷内の警備とのサイクルのことである。僕の霊圧的に、一度に結界に入れることができる人数は四人までだ。霊圧増幅器があるのだから、どれだけ入れても大丈夫と思うかもしれないが、元々の鬼道が九十番台なので、発動の為に必要な霊圧の最低ラインも高く設定されている。それに対象の重力に対する反発に対処して術を制御する必要があるので、どうしてもこれが限界となってしまうのだ。

 ただ、重力トレーニングは負荷が多いので、そう長々と続けるような修行ではない。加えて、今のいつ敵が攻め込んで来るか分からない状況で、廷内の警備を疎かにする訳にはいかない。よって、修行、休息、警備の全てをバランスよく行う必要があり、その結果、特に一度に結界を使用できる人数の上限については、問題にならなかった。

 

「すみません、卯月殿。修行の時間を奪ってしまった挙句、疲弊した後に私達の修行の面倒まで見させてしまって……」

 

 次の順番へと回す為に霊圧増幅器の下へと移動を始めた僕に、朽木さんが顔を俯かせながらそう言った。その姿勢と声音だけで、彼女の申し訳ないという気持ちは十分に伝わって来る。

 

 ――これは、弱みは見せられないな。

 

 僕は笑みを作りながら口を開く。

 

「気にしなくていいよ。元々この修行は長時間に渡ってするものではないし、こうして九十番台の鬼道を発動し続けることも、十分修行になるしね」

 

 確かにしんどいけれど、これが皆を護ることに繋がるのなら、僕は喜んで手を貸す。

 この重力トレーニング以外にも僕がやりたい修行はあるんだけど、幸いそれらの修行はこうして鬼道を発動しながらでもできる修行なので問題ない。霊力に関しては睡蓮の能力で回復できるしね。

 

「では、次の四人お願いします!」

 

 僕の言葉で順番を待っていた次の四人(修兵、日番谷隊長、松本副隊長、イヅル)が結界の中に入っていくのを見て、増幅器を操作していく。大体同じくらいの実力を持った人とペアになるように順番を決めているので、このグループは修兵と日番谷隊長、松本副隊長とイヅルの二手に分かれることになる。

 

 正直、今は幾ら時間があっても足りない。何時もならば、その辛さ故に長く感じていた重力トレーニングが、今はその何倍にも短いものに感じられる。それを自覚する度に僕の内にある焦燥感が大きくなった。

 焦りは良くないことだと頭では分かっているんだけど、こればっかりは何かに没頭することでしか紛れない。

 

「それじゃあ、こっちも始めますか」

 

 そんなことを考えながら僕は、既に増幅器の周りに集まっていたほたると桃、それから伊勢副隊長に声を掛けた。彼女達はそれぞれ返事を返す。

 ほたると桃だけならば、いつもとあまり変わらないような面子だけど、そこに伊勢副隊長が加わったのは、彼女が桃と同じように鬼道のスペシャリストだからだ。

 

 これから僕達は、四人で対滅却師用の結界の開発に取り掛かる。とは言っても、僕は現在九十番台の鬼道二つを同時発動しているので、主に開発に取り組むのは桃と伊勢副隊長になる。なので、僕は二人が使う術を見て、助言するくらいに留まるだろう。

 ほたるも、別に鬼道が苦手という訳ではく、寧ろ斬拳走鬼全てが高水準にあるのだけれど、それでも達人とまで呼ばれる桃や、鬼道だけで副隊長にまで上り詰めた伊勢副隊長の才気には少し劣る。それでも彼女がここに居るのは、これから開発する術をいち早く習得してもらう為だ。

 ほたるの斬魄刀――御霊蛍の能力は、相手の霊力による攻撃や術を吸収し、自分のものとすることができるので、例え習得していない術でも疑似的に発動することができる。そして、その感覚は発動後も彼女の中に残るので、ある程度高位な術でも、習得速度を早めることが可能になるのだ。こうして結界を習得することは、五番隊の部下だけではなく、彼女自身の身を護ることに繋がるので、是非とも頑張って貰いたいものである。

 

 現在桃と伊勢副隊長が考案している結界は二種類。一つ目は単純に滅却師の霊力を通さない結界。そして二つ目は予めカプセルに閉じ込めた虚の霊力を罠として忍び込ませた結界だ。普通ならば、前者の結界だけでも十分なんだけど、滅却師は周囲の霊子を自らのものとして隷属化する能力を持っているので、一つ目のような単純な結界は一時的に防ぐことは可能でも、長時間滅却師の行く手を阻むことはできない。

 そこで役に立って来るのが二つ目の結界だ。この結界に忍び込ませる予定の虚の霊力は、霊子を取り込もうとした滅却師にとっての毒になる。涅隊長が滅却師の弱点を解明してくれたから、考えることのできた結界だ。幸い、虚の霊力の供給源には、元仮面の軍勢の平子隊長が居るので困ることはないだろう。

 

「まだ結界に注ぐ霊力が足りてないですね。それですと、虚の霊力が隠しきれません」

「……そのようですね、すぐに修正します」

 

 すると、早速問題点が見つかった。開発中の結界が二つなので桃が一つ目、伊勢副隊長が二つ目の結界の開発をそれぞれが担っている。僕とほたるはそれを補助する役割だ。特に、伊勢副隊長が担当する虚の霊力を用いた結界は、相手にそれを悟られないように展開する必要があるので、多くの霊力を繊細に扱う必要性が出てくる。

 少しの霊力の量や操作の差で、術に大きな変化が現れることがあるのが、鬼道の難しさであり奥深さだ。それがオリジナル鬼道なら尚更だろう。

 

 しかし、そこは流石伊勢副隊長だ。宣言通りに問題点を修正して見せた。無数の六角形を虚の霊力で繋い合わせることで完成した結界は見事なものだった。これから繰り返し練習していくことで、さらに洗練されていくことだろう。

 

 ただ……。

 

「何か、気になる点でも……?」

 

 恐らく顔にでも出ていたのだろう。僕の思考を読み取った伊勢副隊長が不安そうな表情を浮かべながら質問して来た。

 

「いえ、伊勢副隊長に問題がある訳ではないんです。しかし、思ったより脆い結界だな、と」

「脆い……ですか?」

 

 元よりこの結界は滅却師の霊子の隷属化を利用した罠の側面が強いので、あまり気に留めて居なかったのだろう。伊勢副隊長は首を傾げた。

 

「ええ。確かにこの結界は罠を目的に置いているので、もう一つの結界のような強固さは必要ありません。ですが、このままでは相手が強引にこの結界を破ろうとした時に対処できないでしょう」

 

 僕は結界を開発する二人を見ながら、実戦でどう使うのか、頭の中で考えていた。

 

 まず、一つ目の滅却師の霊力を通さない結界を展開する。この強固な結界であれば、滅却師の霊子の隷属化にある程度抗うことも可能なので、ある程度時間を稼ぐことが可能だろう。

 

 そして、滅却師の霊子の隷属化をしている間に僕達はこの罠の結界を用意する。もし、ここで滅却師が狙い通りに霊子の隷属化を始め、誤って虚の霊力を取り込んでくれたらいいけど、この結界自体の強度は大したことない。もし、普通に攻撃されたら、意図も簡単に破壊されてしまうことだろう。

 

「しかし、この結界は六角形を繋ぎ合わせたものなので、元の防御力はそう高くありません。それを今から変更しようとすると、術の練度を上げる時間が無くなってしまいます」

 

 そう僕は、術の問題点を述べたのだけど、流石に今から術の基盤を覆すほどの、大きな変更は認められないようだ。

 

 だけど、解決策は既に僕の頭の中にある。――何も僕は、結界の防御力を上げろとは一言も言っていないのだから。

 

「こういうのはどうでしょう? 今の罠に加えてもう一つ、ある一定以上の力が結界に加わった際に、あえて虚の霊圧を暴発させるというのは?」

「つまり、罠を二重にするということですか?」

 

 伊勢副隊長の反応に僕も頷き返す。

 この罠を二重に張るという案なら、僅かな調整で実現することは可能だし、状況次第では結界を突破しようとしてくる滅却師に負傷を負わせることができる。

 

「そうですね……。こんな感じでどうでしょう?」

 

 そう言って僕は伊勢副隊長の結界を見てから、密かに頭の中で描いていた結界を顕現させる。今は“黒獄”を二重に発動しているので、小規模なものしか出せないけれど、これでも十分なヒントになると思う。

 

「いつの間にここまで……。いえ、それでやってみます」

 

 最初こそは、僕の習得の早さに驚いていた伊勢副隊長だったけど、直ぐに我に返り、霊力を練り始めた。

 

 無論、僕とてこの一回で術を習得した訳ではない。そんなことができるなら、僕は既にこの結界を披露していただろう。『対滅却師に特化した結界』、その考案自体はこの戦いが始まるよりも前からあったのだ。実際それで練習もしていたんだけど、今までに滅却師との戦闘経験がなかった為に、終ぞ完成には至らなかった。それが、今回滅却師との戦闘を経たことで一歩前進した。それだけの話である。

 

 これで、伊勢副隊長の方は大丈夫だろう。そう思って、今度は桃の方に視線を移したんだけど、こちらも小規模ながら、ある程度完成させていた。僕が伊勢副隊長に着いている間、ほたるが桃に付いて上手くやったのだろう。

 

「卯月さん、できました!」

 

 すると、僕の視線に気づいた桃が満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。その姿が昔と少し重なった。僕が護廷十三隊に入隊して五年が経過した頃、真央霊術院の特別講師として招かれたことがあった。その時に初めて僕は桃に鬼道を教えたのだけど、術を成功させた桃の反応が今とほとんど同じだったのだ。

 

 ――あの時僕は、先ずは小規模の鬼道で発動させてみることを教えたんだっけ。

 

 その教えを今になっても実践してくれるというのは、先輩として嬉しく、誇らしく、どこかむずがゆかった。

 

「うん、おめでとう。先ずは第一関門突破だね」

 

 そうやって過去に思いを馳せていたからだろうか、ついあの時と同じ言葉を返してしまったんだけど、桃はしっかりと成長していた。

 恐らくは、桃も思い出したのだろう。クスッと一笑すると、こう言ったのだ。

 

「はい、ありがとうございます! ですが、まだまだこれからです」

「そうだね。その調子で頑張れ。……ほたるもね」

「ええ、私も副隊長として隊の皆を護れるよう頑張るわ」

 

 喜びはすれど、決して浮かれはせず、桃は次を見据えていた。

 故にこれ以上の会話は邪魔になり兼ねないと判断し、桃と彼女の後ろに居たほたるを激励するだけに留めておいた。

 

 こうして、時間は刻々と過ぎ去って行く。

 未だ敵がどこに居て、どういう移動方法を有しているか分かっていない以上、次の戦いもこちらが応戦する形になるだろう。

 

 ――だからこそ、今の自分にできることを。

 

 桃だけではない。死神も、破面も、人間も。今尸魂界に居る戦闘員全員が次の戦いに備え、動き出していた。

 

 そこに、忍び寄る影があることに気付かずに……。

 

 

***

 

 

 隊毎に警備を交代交代しながら夜を明かした次の日、それは起こった。

 

 この日は、午前中の内に重力トレーニングを終え、各隊長、副隊長は自分達の隊舎付近で思い思いの時間を過ごしていた。修行を続ける者、廷内の警備にあたる者、隊舎で身体を休める者、それは様々だ。斯く言う僕は身体を休める者に該当していた。

 今の状況では、十分な休養がとることができない場合が多い。ましてや僕は重力トレーニングで九十番台の鬼道を長時間発動続けているのだ。休める時に休んでおかないと、何れ破綻してしまう。

 

 今思えば、それは不幸中の幸いだったのだろう。もし、敵が重力トレーニング中に攻めて来ていれば、僕は誰よりも消耗した状態で敵と戦わなければならなかった。そうなれば、五番隊は他のどの隊よりも危険に晒されていただろう。

 

 そんな最悪な状態にならなかったことに安堵しながら僕は――今この瞬間も敵のものへと変わりゆく瀞霊廷を眺めていた。目に飛び込む江戸時代のような景観も、踏みしめる木の床も、全てが白い石を基調としたものへと変わっていく。

 

 隊舎の中や、周辺の警備をしている隊士達は慌てふためいている様子だったけれど、僕としてはこれで合点がいった。

 どうして今まで滅却師達は護廷十三隊の誰にも気づかれずに、瀞霊廷内に侵入し、誰にも追われずに姿を消すことができたのか。それが地の利を失って、初めて理解できた。正に灯台下暗し。どういう原理かは分からないけど、敵は最初から瀞霊廷の中に居たのだ。

 

「卯月君っ!」

 

 霊覚を研ぎ澄ませ、状況を把握していると、ほたるが焦った様子で隊首室に入って来た。振り返った僕は、彼女を不安にさせないように、冷静で居ることに努めながら、即座に指示を出す。

 

「ほたる、すぐに皆を集めて」

「既に楠木さんが向かっているわ。あと数分もしない内に出陣できるはずよ」

 

 しかし、どうやら楠木さんが行動を起こした後だったようだ。ほたるがここに来たのも、その事後報告を兼ねたものだったのだろう。

 僕としても、元隠密機動の楠木さんなら、指示の伝達も速やかに行えるだろうし、異存はない。

 

 だけど、僕が隊士を集めようようとする理由は別にあった。

 

 僕は首を横に振りながら、ほたるに言葉を返す。

 

「いや、その必要はなさそうだよ」

「……っ!? どうやら、そうみたいね」

 

 瀞霊廷が姿を変えてから、一直線にこちらに向かって来る霊圧があった。

 距離の関係で、霊覚が及ばなかったほたるも感じ取れたようだ。

 

 霊圧の感じからして、間違いなく滅却師だ。

 

 そう敵の接近を認識した次の瞬間――雷が五番隊隊舎だったこの場所に降り注いだ。

 霊力の流れを感じ取っていた僕は、早い段階で結界を展開していたので、傷を負うことはなかったけれど、今の一撃で屋根が消し飛んだ。そのお陰で、敵の姿が明らかになる。

 

 単身でここへ来た女性の滅却師は、勝気な表情を浮かべながら、堂々とした態度で僕達を見下していた。

 絵に描いた雷のようなギザギザした金髪が映える、西洋の目鼻立ちがクッキリとした顔立ちに、濃いまつ毛と吊り目の影響か、威圧感のある眼つき。それは大きく気崩された、露出の多い恰好も相まって、ヤンキーやギャルのような印象を僕に抱かせた。

 

 滅却師は、そんな僕の第一印象を裏切らない荒い言葉遣いで話しかけてくる。

 

「てめえが蓮沼卯月だな?」

 

 その一言で、僕はこれからの戦いが一筋縄では行かなそうだと実感する。

 前回の侵攻では、僕達が近場の大きい霊圧、即ちは敵幹部が居る場所に向かったけど、今この滅却師は、ここに僕が居ると分かった上で一直線に向かって来た。

 であれば、この滅却師は僕に対して有利な能力を持っている可能性が高い。少なくとも今までのように、攻撃の合間を縫い、敵に睡蓮の煙を吸い込ませて、はいおしまいといった戦いにはならないだろう。

 

 しかし、それで僕の立ち居振る舞いが変わる訳でもない。その覚悟は、この隊を預かると決めた時から、とっくにできているのだから。

 だから僕は、上空に居る滅却師に倣った堂々とした足取りでほたるの前に出て、口を開いた。

 

「その通り、僕が蓮沼卯月だよ」

「そうか。なら悪いがてめえには、ここで死んで貰うよ!」

 

 そう声高らかに言い放った滅却師は、僕目掛けて急下降して来る。

 

 それに対し僕も、素早く睡蓮の解放を済ませるのだった。




 本当はもうちょっと進むつもりだったけど、思ったより修行パートが長くなってしまったので、今回はこれでおしまいです。

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