転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 久し振りに一万字超えた。
 
 


第六十二話

 滅却師が撤退した。

 

 修兵に遮光薬を渡してから僕は、突如として増えだした敵の雑兵の退治にあたっていた。雑兵と言っても、その一人一人の練度は高く、それに対する護廷十三隊の隊士は開戦からずっと戦場に居て疲弊していたということもあり、かなり苦しい立場に立たされていた。

 しかし、それはあくまで一般隊士から見た話で、僕から見れば格下の相手だ。今まではあまり機会がなかったけど、僕の斬魄刀は本来、こういう殲滅戦を最も得意としている。故に幾ら敵の雑兵が増えたところで、そう苦労はしなかった。

 卍解を制御する為の修行を経て、始解の状態でも眠らせる対象の選択ができるようになった僕の斬魄刀は、瞬く間に敵を眠らせていった。

 

 ――【睡蓮・粉煙(ふんえん)

 

 風の破道を用いることで、上空から広範囲に渡って睡蓮の煙を撒き散らす技だ。広範囲に行き渡らせるという性質上、その濃度は薄まってしまうが、雑兵を眠らせるには十分。後は下に要る隊士逹に任せるという寸法だ。

 

 そして滅却師が撤退した後も、護挺十三隊の動きは慌ただしかった。今回の侵攻で、護挺十三隊は主戦力を失うことはなかったものの、死者も負傷者もかなりの数を出してしまったからだ。

 

 死体処理は今はできないけど、戦いが終結した時の隊葬の為に保管し、負傷者は然るべき応急処置を施した後に四番隊隊舎へと運んだ。戦闘中は総隊長の指示で、隊舎に待機していた四番隊の人達だったけど、今はその分馬車馬のように働いている。……僕も含めて。

 自惚れでなければ、僕の回道の腕は尸魂界で十本の指には入る。この戦いで主だった負傷がなかった僕がこの状況で治療を手伝うのは、当然とも言える帰結だった。

 

「悪いなぁ、卯月」

 

 そう治療の最中に声をかけてくれたのは、藍染の乱の後、僕より少し遅れて三番隊隊長に就任した平子隊長だ。

 

 彼が戦った相手は、どうやら炎を使う能力を持った滅却師だったようで、その証拠に身体の至るところに痛々しい火傷が刻まれていた。

 話を聞く限り、平子隊長は開戦早々敵に殺されかけたイヅルを、彼の斬魄刀である逆撫の能力で敵の照準を狂わせることで助けた後も善戦していたらしいのだが、能力の相性が悪かったせいで、途中で離脱されたらしい。

 何でも、逆撫の能力は敵の視角を狂わせても、それをものともしないような範囲攻撃には弱いらしく、敵は平子隊長のそんな能力に対し、広範囲に炎による攻撃を放った後逃げてしまったようだ。

 

 平子隊長が僕に対して謝ったのは、自分は何もしていないのに、囮としての役目を果たし、敵も倒した僕に対する後ろめたさのようなものがあったからなのだろう。

 

「気にしないでください。それに平子隊長はイヅルを助けてくれたじゃないですか。大切な後輩を助けてくれてありがとうございました」

「アホ。隊長が部下を護るのは当然のことや。俺は俺にできることをやったに過ぎん。別に礼を言われるようなこととちゃうわ」

「それなら僕だって、僕にできることをやっているだけですよ」

 

 だから礼は要らない。そう伝えようとすると、平子隊長は「はぁー」と息を吐いた。

 

「自分、お人好しってよう言われんか? そんなんやと損するで」

「ブーメラン刺さってますよ。さっき気落ちしていた一護君に声をかけに行ったのはどこの誰でしたっけ?」

「……見とったんか」

「ええ、バッチリと」

 

 敵が撤退してからというもの、一護君はどこか浮かない表情を浮かべていた。敵の頭領をみすみす逃したんだし、聞いた話によれば、卍解した斬魄刀も折られてしまったのだから、当然と言えば当然だろう。

 そんな一護君に声をかけに行ったのが、平子隊長と朽木さんだった。その会話の内容こそは遠目で見ていただけなので分からなかったけれど、二人のお陰で一護君の面持ちが随分と柔らかくなったのは、僕にも見て取れた。

 

 そして今、一護君は技術開発局に斬魄刀のことについて聞きに行っているところだけど、残念ながら折られてしまった卍解は治らない。きっと彼はそれなりのショックを受けるだろう。

 

 ……ていうか、本当に一護君は大丈夫なんだろうか。僕はこの戦いで一護君が急激に成長することは知っているけど、その過程については全く知らない。

 それが卍解を折られてしまった今の状態で可能な事なのか、分からなかった。

 

 しかし、だ。一護君の力の事を僕が嘆いたところでどうにかなるものでもない。

 僕は今回の戦いで僕にできることは精一杯やっているつもりだ。そんな中、一護君に対してもっと僕にできることがあったのでは、などと思うのは傲慢だろう。

 所詮僕は一人の死神に過ぎないので、できることには限りがある。故に大切なのは仲間を頼ること。一護君の斬魄刀は彼と彼を救ってくれる誰かがなんとかしてくれる。そう信じる他ないのだ。

 

 だから、僕は僕にできることをやるしかない。

 

「よし、とりあえずこれで治療は終わりです」

 

 そんなことを考えていると、平子隊長の治療が終った。かなり思考が横道に逸れてしまったけど、元々そこまで酷い損傷ではなかったので、そう苦労せずに完治させることができた。

 

「おおきにな。ほな、先行ってるわ」

「はい、僕も後でそちらに向かいます」

 

 そう礼を言うと、平子隊長は立ち上がる。先に行くというのは、今から開かれる緊急の隊首会のことだ。

 当然、僕も隊長なので参加しないといけないんだけど、今回は特例として、卯ノ花隊長と治療の為に四番隊隊舎に残ることを許されたのだ。

 

 平子隊長が隊舎から出るのを見送った僕は、腕を捲り、次の負傷者を診るべく気合いを入れ直した。

 

 

***

 

 

『ご協力ありがとうございました、蓮沼隊長。後は私逹四番隊が治療を行いますので、蓮沼隊長は隊首会に向かって下さい』

 

 そう卯ノ花隊長から言われたのは、平子隊長が去ってから一時間が経過した頃だった。随分と早い終わりだったけど、それには歴とした訳がある。それは縛道と回道を合わせた回復結界の存在だ。

 先ほど僕は、自分の回道の腕を尸魂界で十本の指に入ると評したけれど、その順位を繰り上げ得る例外が二つだけある。

 

 一つ目は自分を対象とした回道だ。僕は長年、砕蜂隊長との修行の後に自分に回道をかけ続けた。これには、毎朝四番隊に行っているようでは、始業に間に合わなくなってしまうという訳があったんだけど、当然毎日それを繰り返していれば、自ずと腕は上がっていく。

 四番隊は後方支援という性質上、戦いで傷を負うことが少ないので、自分に対する回道ならば、卯ノ花隊長の次くらいにはできるのではないかと自負している。

 

 二つ目は回復結界だ。僕は鬼道の中で最も縛道を得意としており、その腕は今や全ての縛道を詠唱破棄で唱えられ、禁術まで使用できるまでになっている。

 回復結界は縛道と回道を掛け合わせるという性質上、二つの鬼道の総合力が重要となってくる。恐らく、四番隊に僕より縛道を扱える人間は居ないので、恐らく僕の回復結界の腕は、卯ノ花隊長並び立つ程ではないだろうか。

 

 そして、僕はその回復結界を負傷者の待機場所に常時展開しながら治療を行っていた。そのお陰で、重傷者はある程度回復した状態で治療が受けられ、軽傷者は本格的な治療を受けずとも、結界の中で少し過ごせば完治する、というサイクルが出来上がったのだ。

 これが、僕が僅か一時間で治療部隊から抜けることができた訳である。

 

 現在僕は一番隊隊への道を瞬歩で駆けていた。敵の攻撃によって大部分が焼けてしまった一番隊隊舎だったけど、どうやら隊首室は無事だったようだ。

 

 脚を交錯させながら、僕は思考を巡らせる。その内容は、この後の隊首会での、僕の立ち回りについてだ。

 さっきの戦いで総隊長は卍解を奪われてしまった。遠くからもその様子は感じ取れたし、四番隊に居た時に一護君からも話を聞いたので、間違いないだろう。

 と、なればだ。僕と涅隊長は謝罪しなければならない。囮となり敵の卍解奪略を解析することを名乗り出たのにも関わらず、護挺十三隊で一番強力な総隊長の卍解を奪われてしまったのだ。予想できなかった、では済まされないだろう。

 

 ……そう思っていたんだけど、僕が隊首室に着いた時、既に会議は終えていた。修兵の話を聞いた限りだと、総隊長の卍解を奪われた件については、僕も涅隊長もお咎め無しになったらしい。

 

『檜佐木の卍解が奪われなかったことで、既に涅の解析の成果は出ておる。ユーハバッハは例外じゃろう。それに、二人に敵の卍解奪略の解析を命じたのは儂じゃ』

 

 それが隊首会で総隊長が発した言葉だそうだ。僕は囮で、アレ以上の働きは出来なかっただろうから、ただただホッとしているけれど、涅隊長からすれば、これ以上に屈辱的なことは中々ないのではないだろうか。何故なら、これでは涅隊長が失敗したのは仕方がないと思われてしまったことに他ならないのだから。それは何かを追及する科学者にとって、敗北にも等しい事だろう。

 僕はこれを聞いた瞬間、不機嫌を露わにする涅隊長の姿がありありと浮かんだ。……ていうか現在進行形で機嫌が悪そうだった。

 

 触らぬ神に祟りなしとも言うし、次の話をしよう。

 先にも述べたように、既に隊首会は終えていたけれど、それで解散という訳ではないようだ。どうやら、これから隊長達全員である場所に向かうらしい。

 

「零番隊のお出ましだよ~」

 

 それが、説明もされずに皆に付き従って歩みを進める僕に対して、京楽隊長が発した言葉だった。

 

 王属特務、零番隊。

 瀞霊廷の遥か上空、霊王宮、牽いてはそこに居る霊王を守護する五人の精鋭。その出身は僕逹と同じ護挺十三隊で、瀞霊廷の歴史を塗り替える程の偉業を成し遂げた死神が入隊できるということを知識として知ってはいたけれど、それは前世で言えば歴史上の人物を知るような、そんな雲の上の存在だ。

 まさかお目にかかれる時が来るとは思いもしなかったので驚いているけど、それと同時に事態はそんな雲の上の存在が降りてくるまでに深刻なものになっているのだと再認識させられた。

 

 だけど、怖気づいている場合ではない。先に進むことでしか未来を護ることはできないと、僕はこの世界で身を以て学んだのだから。だから進もう。それが護廷の為に、未来を護ることになると信じて。

 

 

 既に、雨は晴れていた。

 

 

***

 

 

 そのまま総隊長を先頭に移動すること五分。僕達は瀞霊廷の外、流魂街にやって来ていた。歩いていたのは一番隊隊舎の中だけで、外に出てからは瞬歩で移動したので、そう時間は要さなかった。やはり、零番隊の人達が来るというのはすごく重要な事のようで、僕が去ってからも四番隊隊舎で治療に専念していた卯ノ花隊長や、浦原さんまでもがこの場に居合わせていた。

 今は全員瀞霊廷の外壁を見上げるような形で、バラバラに立っている。どうやらここに零番隊の人達がやって来るらしい。

 

「平子!」

 

 そうして待つこと数分、涅隊長に引き連れられる形で一護君がやって来た。一瞬、何故彼がと思ったけれど、涅隊長が連れて来たということはなんらかの意味があるのだろう。一護君は僕達の中でも比較的後ろの方に居た平子隊長に話しかけた。

 

「なんや一護、見物か? あんまりオススメせえへんで」

「零番隊ってのはどっちから来るんだ? ていうか瀞霊廷がこんなになるまで出てこないなんて、普段はどこに居るんだよ?」

 

 最初こそは、あまり一護君がこの場に立ち会うことを良く思っていなかった平子隊長だったけど、どうやら彼はここに来る前に涅隊長からある程度話を聞いていたらしい。

 僕と同じようになんらかの意図を感じ取ったのだろう。平子隊長はそれ以上何も言わなかった。

 

「霊王宮だよ」

 

 そして、平子隊長の代わりに話を続けたのは京楽隊長だった。

 

「京楽さん、霊王宮って……? それって瀞霊廷の中にはないのか?」

「君達が最初に瀞霊廷に来た時、瀞霊廷の壁が降って来たのを覚えているかい? この瀞霊廷壁は、ここしばらく瀞霊廷が騒がしいから、常にここを取り囲んでいるが、本来は緊急時に瀞霊廷を取り囲んで護るものだ」

 

 京楽隊長の言うように、ここ最近の瀞霊廷は非常に慌ただしい。一護君達が瀞霊廷に足を踏み入れてからというもの、藍染が謀反を起こしたり、無間に投獄されていた痣城剣八が脱獄したり、初代死神代行の銀城空吾が久しぶりに姿を現したと思ったら反乱を起こしたりと、それ以前からは考えられない程に忙しくなった。

 やはりこれは一護君こそがBLEACHという物語の主人公で、彼を中心にこの世界は回っているということなのだろう。

 

「それじゃあ、緊急時に瀞霊廷を護るなら、その壁は普段、どこを護ってる?」

 

 そして、この瀞霊廷壁もまた、一護君に振り回されたこの世界を構成する要素の一つなのだ。

 

「ほら、来るよ」

 

 そう言って、京楽隊長は空に向かって指を差す。すると、まるでそれに呼応するかのように何かが飛来して来た。

 瀞霊廷の遥か上空から落ちて来ただけあって、その速度はギリギリ目で追えるくらい。気が付いたら、巨大で如何にも高級そうな装飾の施された柱が、轟音と砂埃を立てて地面に着地をしていた。予め霊圧を感じ取れていなかったら、僕は心底驚いていたのではないだろうか。

 

「これは……」

天柱輦(てんちゅうれん)。零番隊の、移動用の乗り物さ。あの中に零番隊が全員入ってる」

「全員!? あのせまい中に……!?」

 

 零番隊が到着してからも続けられる京楽隊長の説明に、一護君は驚きを示す。だけど、それも仕方のないことなのだろう。恐らく、一護君は零番隊の構成人数を知らないのだから。

 

「零番隊に隊士はいない。全構成人員五人は全員が隊長」

 

 ギイっと鉄が擦れる音を立てながら、天柱輦の扉が開く。一枚隔てていたものがなくなっただけで、感じられる霊圧はより濃密なものになった。

 僕程度では例え逆立ちしても追いつけない。そんな格の違いを思い知らされた。

 

「そして、その五人の総力は、十三隊全軍以上だ」

 

 そう一護君に話す京楽隊長の面持ちは、普段の彼からは想像できないほど真剣なもので……。

 

「よっしゃアアアー!!」

 

 それに対し、天柱輦から足を踏み出した零番隊の面々は、そんなシリアスな雰囲気からは考えられないほど騒がしかった。

 具体的に言えば、雄叫びの他にも、褐色でサングラスをした、いかにもチャラい容貌をした男が、謎のポーズを決めながら歩みを進めたり、一番後ろで静かに佇む女性が何本もの義手を操作し、旗を立てたり、何種類もの楽器を鳴らしていた。……ていうかその女性以外は殆ど何もしていなかった。

 

 そんな空回りした盛り上がりに、一瞬場は凍りつく。

 

「来たぜ来たぜ、いよいよ来たぜ! 零番隊サマのお通りだぜー!! 久しぶりだなぁー、護挺十三隊のヒヨっ子ども! ちゃんメシ食って、よく寝て元気してたかぁ!?」

 

 再度空気を盛り上げたのは、先程声を上げていたのと同じ男だった。強面からはリーゼントが伸び、口には長い楊枝……ていうか竹串? を咥えている。

 そんな男に続くように、後ろの女性も楽器を鳴らす。

 

「……なんやえらいイメージと違うんが出てきよったな」

 

 だが、結局それも空回りには変わりなく、護廷十三隊の隊長の中でも比較的社交性の高い平子隊長も絡みづらそうにしていた。――何者かが、平子隊長の側頭部を引っ叩くまでは。

 

「痛あ! 何すんねんコラァ!」

 

 それがきっかけとなったのか、平子隊長は軽快にツッコミを入れて見せた。平子隊長を叩いたのは、恰幅のいいおばさんだった。桃色の髪を、しゃもじを簪のようにして括っているのが、何とも奇抜な印象を受ける。

 

「久しぶりだねぇ真子! ひよ里ちゃんは一緒じゃないのかい? 珍しい!」

「久しぶりて、誰やねんお前! ……って、ひよ里ちゃん?」

 

 そのおばさんはまるで平子隊長を旧知の存在のように扱い、心当たりのない平子隊長はそれに一度ツッコミを入れたのだが、何かが引っ掛かったようだ。

 ひよ里ちゃん。二人の会話に出て来たこの人物は、仮面の軍勢の猿柿ひよ里さんと見て間違いないだろう。護廷十三隊に入ってからも、平子隊長は時折かかって来る電話を取ってはひよ里がひよ里がとグチグチ言っていたので、おばさんのいつも一緒という話とも一致する。

 

「何言ってんだい、忘れちまったのかい!? アタシだよ、桐生(きりお)!!」

「あ……あんた桐生サンか!? 変わっ……ええ!? 変わったどころの騒ぎやないで! 誰やねん!?」

「嫌だよぉ真子ったら。そんなに変わっちゃいないだろぉ! あー腹へった」

 

 平子隊長の反応を見る限り、どうやら彼が桐生というおばさんの正体に気づけなかったのは、桐生さんの姿が以前と大きく変わってしまっていたかららしい。

 

「おう、久し振りだなぁ、卯ノ花。どうだぁ、おれが教えた治療の技はキッチリやってんだろうなぁ?」

「勿論です」

 

 次に先程叫んでいたリーゼントの男が卯ノ花隊長に話しかけた。その口振りから察するに、彼は卯ノ花隊長の回道の師匠なのだろう。

 卯ノ花隊長以上の回道の使い手が居るなんて、正直想像もつかなかったけれど、やはり上には上が居るというのは、どの世界においても同じなようだ。

 

 男の脅すような声音に反し、卯ノ花隊長は淡々と答えた。

 

「ホントかぁ!? それにしちゃあ今回、随分と死人が出たみてぇじゃねぇか! どうなってんだよぉ!」

 

 しかし、数字というものは嘘を吐かない。男は今回の戦いで出してしまった死亡者の数に言及した。

 今回の戦いで護廷十三隊の主戦力とも言える人達が死ぬことはなかったけれど、一般隊士や下位席官の人達はかなりの数亡くなってしまった。

 そしてそれは恐らく卯ノ花隊長が触れて欲しくなかったところだ。確かに、卯ノ花隊長は全力を尽くして治療にあたった。だが、それでも彼女一人で救える命には限りがある。ましてや、今回の戦いで四番隊には隊舎での待機命令が下っていたのだ。負傷してから治療までの時間が長引けば、助かる命も少なくなるというのは、想像に難くないことだった。

 

「まあまあ! 久方ぶりの再会じゃ。つもる話もあろうが後にせい!!」

「……チッ」

 

 そんな卯ノ花隊長の発する雰囲気を察してか、初老ぐらいの濃い髭と眉毛を蓄えた男が、カツカツと下駄を踏み鳴らしながら、リーゼントの肩に腕をかけた。

 登場時も、零番隊の一番前を歩いていたので、恐らくこの人が零番隊で一番位が高いひとなのだろう。その証拠に、腕をかけられたリーゼントの男は、この人の一声で大人しく引き下がった。

 

 一度場が収まったところで、総隊長が初老の男に話しかける。

 

「相変わらずじゃのう。……して、此度は何の用じゃ?」

「おんしは変わったな、重國。……そして、おんしが黒崎一護か?」

 

 流石に総隊長もの人となれば、零番隊の人とも対等な会話が可能なのだろう。軽く挨拶を交わした後本題に入る。和尚と呼ばれた男の視線は、今は無き総隊長の左腕から、列の後ろの方に居る一護君へと注がれた。

 

「今回は霊王の御意思で護廷十三隊を立て直しに来た。そこで黒崎一護、おんしを霊王宮に連れて行く」

 

 反応は様々だった。何故霊王宮にと驚く者、やはりかといった風に頷く者、一護君が心配なのか彼を見やる者。斯くいう僕は驚くに該当した。

 

「……砕蜂隊長、どこへ?」

 

 そして、一番早く行動を起こしたのは砕蜂隊長だった。砕蜂隊長は、一護君を連れて行くという和尚さんの話を聞くと、もうここに用はないと言わんばかりに踵を返した。

 

「隊舎に戻る。どうやらこれ以上私がここに居る必要はなさそうだからな」

「え、でも……」

 

 それは幾ら何でも自分勝手過ぎやしないだろうか。

 そう話そうとしたのだが、砕蜂隊長は言葉を被せて来た。

 

「……零番隊がどれだけ偉いか知らぬが、瀞霊廷の守護は我々護廷十三隊の役目だ。それを今になってのうのうと出て来るような連中に任せてはおけまい」

 

 言い草は少々、いや、かなり不遜なものだったが、一理ある。

 砕蜂隊長の言うように、瀞霊廷を護るのは僕達護廷十三隊の領分だ。それを誇りだとか、絶対に僕達が成せばならないとまで言う資格は、まだ隊長としての経験が浅い僕には無いけれど、それでも最初から他人任せで居るようではいけないだろう。

 

 こちらに視線を向けて、砕蜂隊長は続ける。

 

「お前も来い、蓮沼。短期間で仕上げるには、お前の結界が必要だ」

 

 結界というのは、『縛道の九十“黒獄”』のことだろう。確かにあれならば、短期間でもある程度の成長は見込めるので、この状況で最も効率のいい修行法と言える。

 しかし、それとこれとは話が別だ。生憎僕は、この場で啖呵を切った砕蜂隊長について行けるほど怖いもの知らずではないのだから。砕蜂隊長と場の空気との板挟み状態である。

 

 僕はどっちの味方をすればいいのだと、思考を巡らせながらあたふたしていたその時だった。

 

 ――砕蜂隊長に向けていた僕の身体の隣を、後ろから何者かが通過した。

 

 何かが向かう先には砕蜂隊長しか居ない。よって、僕は反射的に手を差し出したんだけど、特に力を込めてなかったので、簡単に弾かれてしまった。

 そして次の瞬間、僕の隣を通過した誰かは砕蜂隊長の背後に到達し、そのまま彼女の腕を押さえようとしたのだが、砕蜂隊長は即座に身体を翻してそれを回避。そのまま後ろに下がって距離を取った。

 

「なんだよ、口先だけの奴かと思ったら案外やるじゃねぇか、まさか俺の動きについて来れるとはな」

 

 そう上から目線で評価を下したのは、リーゼントの男だった。その口振りから、今の行動は砕蜂隊長を試すものだったということが察せられる。

 先程の砕蜂隊長の言動は些か失礼だったので、試されたことについては何の文句も言えないのだが、それにしても今の男の動きは速かった。

 恐らくは、何の変哲もない普通の瞬歩。だけどその速力は、僕の瞬閧状態のそれと同等だった。

 

「それにお前も、後ろ向いてたのに咄嗟に反応したな? そこの女といい、お前とい――痛てぇなチクショー!!」

 

 そして次に男は、僕に視線を移して話を続けようとしたのだけれど、全てを言い切る前に和尚さんに拳骨を落とされた。

 

「……後にせいと言ったじゃろうが。こっちの用件を済ませるのが先じゃ」

 

 呆れ、窘めるように和尚さんは言うが、当のリーゼントの男は泡を吹いて倒れている。それを見て砕蜂隊長も、今下手に行動を起こすのは得策じゃないと悟ったのか、大人しく話を聞く姿勢を取った。

 

「必要無い。既に天鎖斬月は此処にある。後は黒崎一護、そちだけじゃ」

 

 すると、それを見計らっていたかのように、何時の間にか姿を消していた義手の女性が球体の物体を抱えて帰って来た。目を凝らして見てみれば、球体の中には一護君の斬魄刀である天鎖斬月が納められている。

 女性は大量にある義手の内、一本で一護君を指さした。

 

 それはそうと、一護君の天鎖斬月は、今回の戦いで折れた後、技術開発局に運ばれたはずだ。それにも関わらず、今天鎖斬月は女性の手中に収まっている。ということは……。

 

「研究室に侵入したのか、相変わらず嘗めた真似してくれるネ」

「オヤ、誰かと思えばマユリかえ? 其方こそ侵入などと大袈裟な。妾が扉に手を添えたら、するりと開いただけの事。ただ、妾の居った頃よりも、随分と鍵は緩かったのう」

 

 この女性は、技術開発局のセキュリティーを掻い潜る程の技術を持っているということになる。感じた霊圧や、歴史を塗り変える程の偉業を成し遂げたという話から分かりきっていたことだけれど、僕の瞬閧状態並みの歩法を披露したリーゼントの男といい、この女性といい、どうやら零番隊は規格外の集まりらしい。

 何のことでもないかのような女性の物言いに、涅隊長は眉を顰める。隊首会でも機嫌を悪くしていたので、今の涅隊長には近づかない方がいいだろう。

 

「……ハゲのおっさん」

「おう! 儂か!」

 

 そんな一幕を終えると、先程から置いてきぼりを喰らっていた一護君が和尚さんに話かけた。総隊長に対する『総隊長のジイさん』呼びもそうだけど、圧倒的な存在感を発する相手に委縮しないのは、流石と言うべきだろう。

 

「その霊王宮ってところに行けば、俺の天鎖斬月を直せるか?」

「……そいつは無理だ、治すことはできん。だが、霊王宮には宮廷内にしか存在しない超霊術がある。その業を用いて、元の刀に近い状態へと打ち直す事はできる」

 

 一度折れてしまった卍解を治すことはできない。狛村隊長の“黒縄天譴明王”などの例外はあるけれど、それは純然たる事実だ。

 故に僕も、今回の戦いで一護君の卍解が折れてしまったと聞いた時は、どうなることかと思っていたんだけど、どうやら何とかなるようだ。

 

 また、その言葉を聞いて誰よりも安心したのは、天鎖斬月の持ち主である一護君自身だろう。だから、決断も早かった。

 

「わかった。連れて行ってくれ、霊王宮へ!」

 

 道が示されたからだろうか、少なくとも今の一護君の顔から迷いは消え失せていた。

 

 そして、前に進むのは僕らとて同じ事。残された時間はそう多くないけれど、やれる事は全部やろう。数十分後、志波空鶴さんの家から、一護君と零番隊を乗せて打ち上げられた天柱輦を見上げ、僕はそう心に決めた。

 




 最近BLEACHの二次小説が増えてきましたね。ランキングの上位でよく見かけるようになりました。この界隈はここ最近活発じゃなくて寂しかったので、嬉しい限りです。

 そして、それらの作品を読んでいると、どのような作品が高評価を貰えるのか見えて来る気がします。具体的に言うとテンポが早かったり、コメディ調であったり、所謂勘違い系のようなものが最近のトレンドみたいですね(あくまで個人の意見です)。

 それらに比べてこの作品は、話が進むにつれてテンポが悪くなり、シリアスばっかりでギャグなど一切なく、主人公も自分の力を正確に把握しているので勘違いなどあるはずなく、トレンドの逆を地で行っている気がします……。
 何なら、この作品を始めた当初の文章の方が、トレンドに近かったのではないでしょうか。

 まあ、今更戻しても仕方ないし、私自身は今の方がしっかりと描写できている気がして好きなので、ここまま連載終了までに評価バーを赤く染められるよう頑張ります。
 

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