転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 とりあえず今回で一次侵攻分が終わりました。千年血戦篇に入って今回が十一話目の投稿ですが、これだけ投稿して原作の四巻分にしか満たなくて、あと十六巻分も残ってるってマ?
 


第六十一話

「檜佐木……っ!? お主、どうしてここにっ!?」

 

 “風死絞縄”の能力により、瀕死の状態を免れた元柳斎は、一度失いかけた思考を整理しながら修兵に問いかけた。

 混乱してしまうのも無理はない。何故なら、元柳斎はドリスコールを倒した後、ここへ来る際に修兵を置いてきたのだから。ついて来たと口で言うのは簡単だが、実際はそう易々と来ることはできなかったはずである。

 

 現在、尸魂界の気温はユーハバッハが解放した残火の太刀により、急激に上昇している。当然、その程度も術者であるユーハバッハに近づけば近づくほど強いものとなっており、生半可な霊圧の持ち主では、彼の近くに居るだけで灰になってしまうだろう。

 そんな中でも修兵がこうしてユーハバッハに近づくことができたのは、彼の斬魄刀の持つ不死性によるところが大きかった。

 しかし、幾ら強力な再生能力があるとは言っても、苦痛を感じないという訳ではない。故に、修兵はここに来る際に身が焼ける感覚を味わったはずなのだ。だが、そんな中でも彼はここに姿を現した。つまり、修兵にはそんな思いを味わってでもここに来る必要があったということになるのだ。

 

 ――例えば、元柳斎の死を察知していた、などの。

 

 そして元柳斎は気付いていないが、もう一つ、修兵には注目すべき点があった。よく目を凝らさないと判別できないが、普段彼が左頬から鼻筋にかけて張り付けている灰色のテープ、それが白い虚の仮面に代わっていたのだ。その理由はマユリが作った遮光薬によるものなのだが、おかしいとは思わないだろうか。

 現在マユリが作った遮光薬は二つのみ。内一つは元柳斎へと渡り、もう一つは卯月が使うといいとマユリに託されていた。

 そう、修兵がここに居る理由。それには少なからず卯月も関わっていたのだ。

 

 そもそも、マユリに薬を託された時、卯月にはそれを自分が使うという選択肢はなかった。それよりも、今なお星十字騎士団と戦っている誰かに渡す方が先決。そういう思考にシフトしていったのだ。

 そんな時、卯月の頭を過ったのは、元柳斎が死ぬというこの戦いに於ける数少ない原作知識であり、それは卍解を奪われた元柳斎が、それに対して動揺を隠せぬままに殺される、というものだった。卍解略奪の対策に関しては既にマユリが確立していたのだが、それで絶対に大丈夫とは卯月には思えなかった。

 何故なら、卯月の中で元柳斎は卍解を奪われた程度でそう簡単に死ぬような存在ではないからだ。始解で並みの卍解を上回る元柳斎の力は強力無比。そんな彼が卍解を奪われた程度で死んでしまうとは、どうしても思えなかったのだ。しかし事実として、元柳斎は原作で命を引き取っている。その事実はユーハバッハにそれだけの力があると、印象づけるには十分な要因だった。

 また、卯月の戦闘に対する姿勢は極めて慎重。石橋を何度も何度も叩いて漸く渡るような、そんな性格である。そんな彼にとって上記の不安は行動を起こすのに足る理由だった。護廷十三隊にとって山本元柳斎重國という存在はそれだけ大きいものなのだから。

 

 そして誰に薬を渡そうかと、瀞霊廷の霊圧を探った時、卯月は感じ取った。――一直線に元柳斎の元へと駆ける親友の霊圧を。

 

 修兵もまた、卯月とは違う理由で元柳斎に不安を感じていたのだ。

 賊軍全てをこの手で叩き斬る。憤怒を露わにしながらそう言って、ユーハバッハの元に向かう元柳斎を見た時、修兵は恐怖や頼もしさとは別に、危ういという印象を抱いた。自分如きが総隊長に向かってこんな思いを抱くのは烏滸がましいとも思った修兵だが、一度抱いた気持ちはそう簡単に覆るものではない。それに、根拠もあった。

 修兵から見た時、元柳斎が何かに対して恐怖している様子が感じ取れなかったのだ。

 恐怖、とは言ってもただ怯えるだけのものではない。何かに対して警戒や用心する、そんな生存する為に必要な恐怖すら、怒りに飲まれた元柳斎からは抜け落ちていたのだ。

 

 故に、修兵は元柳斎を追いかけた。向かったところで自分に何かできる訳ではない。それを理解していながらも、何かしなければという漠然とした衝動に駆られて修兵は走った。

 

 そんな時だ――親友からの通信がかかり、遮光薬を託されたのは。

 

 そこからは早かった。卍解を発動し、向かい来る熱波に抗い、焦土を駆け抜けた修兵は元柳斎の姿をその目に捉えるや否や鎖を巻きつけた。

 決して奇跡などではない。卯月と修兵、この二人が最善を尽くそうと行動を起こしていたからこそ、この状況は生み出されていた。同じ護挺に属する者である以上、その志は同じ。

 故に、答えは一つで十分だ。

 

「助太刀に参りました、総隊長っ!」

 

 共に瀞霊廷を護る為。それ以上の理由は必要なかった。

 

「檜佐木修兵か……。確かに、貴様の能力で山本重國は一命を取り留めた訳だが、貴様にこれ以上なにができる?」

 

 しかし、ユーハバッハは気丈に振る舞う修兵に現実を突きつける。彼の言うように、“風死絞縄”の能力のお陰で、元柳斎を生存させることには成功したが、これから先の戦いにおいて修兵は力不足と言わざるを得ない。

 

 “風死絞縄”の能力は、自分と鎖で巻きつけた対象の損傷を互いの霊力を以て即座に再生し、その後互いの霊圧を平均化するというものだ。本来の使い方であれば、修兵一人の犠牲で、格上相手でも倒すことのできる可能性を持っている卍解なのだが、味方の生存の為にこの鎖を繋げた時、能力の後半の部分が悪い方に作用してしまう。

 言うまでもなく、修兵と元柳斎の実力は元柳斎の方が圧倒的に上である。そんな格上に対し、一度であっても“風死絞縄”の霊圧の平均化が発動してしまえば、元柳斎は大きく弱体化してしまうことになるのだ。そしてここから先、ユーハバッハは元柳斎を攻撃せずとも、修兵を攻撃し続けていれば、元柳斎を殺すことが可能となる。

 味方の、それも総隊長である元柳斎を救った修兵には酷な話だが、この状況で彼は完全に足手纏いなのだ。

 

 だが、それは修兵とて理解していたことだ。もし、彼が足手纏いでなかったなら、ここに来る際に自分に何ができるかなどということで迷う必要はなかったのだから。しかし、卍解が使えるのであれば、話は別だ。

 

「総隊長、一度下がって貰えますか?」

「何を言うておる?」

 

 自分の隣に並んだ修兵が伝えて来た作戦に、元柳斎は思わず眉を顰める。

 それもそうだろう。確かに、“風死絞縄”の能力である程度生き永らえることは可能だろうが、それにも霊圧という明確な限界がある。そんな中、一人で前に出るというのは自殺行為に等しかった。

 

 しかし、総隊長である元柳斎に下がれと言うのは、それなりに勇気が要る行為だ。故に何か理由があるのだろうと、元柳斎は修兵の話を聞く姿勢をとった。

 

「私と総隊長とで、敵を討てる可能性のある策が一つあります。それは、“風死絞縄”の鎖の対象を総隊長から、敵に変えることです。しかし、それを行う際に、一つ問題があります。それは鎖を外した総隊長が無防備になってしまうということです。なので、総隊長には一度下がって頂き、敵が弱体化した後の最後の一撃をお願いしたいのです」

 

 あくまでも、修兵が足手纏いなのはこのまま鎖を元柳斎に巻き付けていた場合の話だ。もし、その対象がユーハバッハへと変わるのなら、その評価は百八十度ひっくり返る。鎖を巻き付けるだけで、ユーハバッハは破滅への道を歩むしかなくなるのだから。

 しかし、鎖を巻き付けたままでは、何れユーハバッハだけではなく修兵も破滅への道も辿ることになる。それを回避する為には、命を失う前に卍解を解く必要があり、最後の一撃を信頼できる味方に託す必要があった。修兵はその最後の一撃を元柳斎に託そうとしているのだ。

 

 しかし、元柳斎はそれを一歩前に出ることで拒絶した。

 

「総隊長……?」

「確かにお主の能力ならば、ユーハバッハを討てる可能性はあるじゃろう。じゃが、お主一人でユーハバッハの相手をした時、鎖で奴を鎖で捕らえることのできる可能性は皆無じゃ」

 

 修兵が立てた作戦には、一つ大きな穴があった。それは修兵は自分がユーハバッハを捕らえた後の事しか考えていないということだ。いや、この場合はその前の事を考えないようにしていたと言う方が正しいのかもしれない。

 “風死絞縄”の能力は、所謂概念的な能力だ。故に、一度捕らえてしまえば、ほぼ確実にユーハバッハを仕留めることができるだろう。そう、捕らえることが出来るのなら。鎖で捕らえてしまえば、対象も術者も絶対の概念に閉じ込めることができるが、それまでは極めて物理的。当然、鎖による拘束を回避することだって可能だ。

 

 そして、元柳斎は修兵にはそれができないと踏んでおり、修兵もまたそれを理解していた。ユーハバッハだけでもこれなのだ。もし、今も彼の後ろで控えているハッシュヴァルトまで参戦した時、状況が絶望的なものに逆戻りしてしまうことは想像に難くなかった。

 それでも彼が元柳斎に下がるように言ったのは、鎖を解けば元柳斎が無防備な状態になってしまうと思ったからで、元柳斎もその意図を読み取っていたのだが、はっきり言って余計なお世話だ。

 確かに、命は助けて貰った。しかしだからと言って、その後もおんぶ抱っこされるつもりは毛頭なかった。

 

「元よりお主に拾われた命じゃ。ならば精々お主の足枷とならぬよう尽力するとしよう」

「総隊長……。はい!」

 

 返事をすると、修兵は元柳斎に巻き付けていた鎖を解いた。

 

「話し合いは済んだか?」

 

 二人が、自分の方を向いて構えを取ったのを見て、ユーハバッハは声をかける。二人に話し合いを許したのは、強者故の余裕だろう。

 何故なら、ユーハバッハにとって今の弱体化した元柳斎や修兵は最早敵ではないのだから。

 

「では、行くとしよう」

 

 そう言ってユーハバッハが勝負を決めるべく足を踏み出したその時――空から何かが飛来した。

 

「っ!?」

 

 咄嗟にユーハバッハが飛びのくと、そこには一本の黒刀が突き刺さっていた。波を打った刃に、卍の形をした鍔、そして柄の先端からは刀と同色の鎖が垂れている。

 

「黒崎、一護か……」

 

 次の瞬間には、その持ち主は斬魄刀の元に降り立っていた。

 

「間に合ったみてーだな」

 

 後ろの元柳斎と修兵の姿を見た一護は安堵の表情を浮かべる。ここへ来る途中、行動を共にしていた恋次を置いて先行して来た一護だったが、その判断は正しかったようだ。

 視線を前に戻した一護はユーハバッハに問いかける。

 

「あんたが敵のリーダーだな?」

「敵か……。そうだとも、そうでないとも言える」

 

 その声音こそは静かだが、一護が怒りを煮えたぎらせているのは明白、だがそれに対するユーハバッハの答えははぐらかす様なものだった。その答えはユーハバッハにとっては何かの意味を持ったものなのかも知れないが、それで一護の怒りは決壊する。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ……。尸魂界をめちゃくちゃにしたのは、てめえかって訊いてんだよ!!」

「その通りだ」

 

 先程の意味深な答えは何だったのか、今度は殊の外あっさりと肯定した。

 

「そうか……。檜佐木サン、総隊長のジイさん。俺も戦うぜ」

「ああ! 頼む」

 

 霊圧を滾らせた一護は後ろに居る二人に共闘を提案する。頼もしい増援に檜佐木は力強く返事し、当初は現世の者を巻き込みたくはなかった元柳斎も、こうなっては致し方なしと頷いた。

 

「行くぜっ!」

 

 一番初めに動き出したのは一護だった。

 上段の構えを取りながら、滾らせた霊圧を刀に伝播させ、赤黒い霊力を纏ったところで一気に振り下ろす。

 

「月牙天衝!!」

 

 彼の刀から放たれる三日月型の飛ぶ斬撃。牽制としては十分で、即座に追撃に移れるように、月牙を放った一護の両横を修兵と元柳斎が走り抜ける。

 月牙が着弾したことで、砂埃が舞い、ユーハバッハの姿は伺えないが、霊圧さえ感じることができていれば、位置の特定は可能だ。

 修兵はそこを目掛けて、“風死絞縄”の鎖を向かわせる。しかし、感じた手ごたえはユーハバッハを捕らえたものではなく、何かに弾かれたようなものだった。

 視界が晴れるとユーハバッハは半球体の結界に覆われていた。

 

「チッ!」

「【外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)】。静血装を体外にまで拡大したものだ」

 

 修兵の斬魄刀の攻撃力は鎌に由来しており、鎖自体には殺傷能力は殆どない。故に、こうして結界などで鎖の進行を塞いでしまえば、如何に複雑な動きをしようとも、食い止めることは容易だった。

 

「【流刃若火】!」

 

 ならば、強い攻撃を叩き込めばいい。そう元柳斎は炎を放つのだが、その結果は芳しくなく、外殻静血装に罅を入れた程度だった。これが炎熱地獄を纏った状態であったのなら話は別だったのだろうが、一度死にかけた元柳斎の始解は、当然解けてしまっていた。

 であれば仕切り直すしかないのだが、先程発動した時と違い、今の戦況には余裕がない。故にもうこの戦いで炎熱地獄を発動することはできないだろう。

 

「俺が行く!」

 

 しかし、それでも戦況は刻一刻と変化していく。自分が行くと言いながら、再び前に出た一護の声は、まるで機械で加工をかけたような不気味な物に変わっており、前の二人の隣を抜ける際にチラっと見えた顔は虚の仮面で覆われていた。

 

「月牙……っ!?」

 

 そうして一護は、ユーハバッハが展開した結界を打ち破るべく、大きく斬魄刀を振りかぶりながら霊力を溜めていくのだが――それが仇となった。

 

 まるでそれを見計らっていたかのように、外殻静血装を解いたユーハバッハが突如一護に急接近したのだ。大技を撃とうとすれば、それにはそれ相応の溜めが必要となり、当然それは大きな隙となる。

 結果、意図も簡単に懐への侵入を許した一護は、そのままの勢いで地面に組み伏せられた。刀を持つ手も抑えられ、もう一護が攻撃することが不可能と思われたところで、ユーハバッハは首に剣を突きつけるべく振りかぶる。そして、振り下ろそうとした時、一護の左手刀がユーハバッハの眼球目掛けて放たれる。武器こそはないものの、虚化したことにより強化された身体から放たれる手刀はそれなりの攻撃力を孕んでいる。それが人体の弱点の一つである眼球に突き刺されば、そのまま殺し切ることも可能だろう。

 また、剣を振り上げ、下すのと手刀を突きさすのと、どちらが早いのかは自明の理だ。故に、一護の刀を持つ手を抑えるのと、剣を持つのとで両手が塞がったユーハバッハに、これを防ぐ手はないと思われたのだが、ユーハバッハは咄嗟に剣の軌道を変更し、一護の左手に突き刺した。

 

「ぐっ!」

「黒崎っ!」

 

 剣が左手を切り裂いたことにより、苦悶の表情を浮かべる一護に修兵の援護が入る。

 まるで草木のように地面から這い出た鎖が、ユーハバッハを拘束せんと襲い掛かったのだ。これには、ユーハバッハも回避に移らざるを得なくなり、宙へと跳んだ。

 更にそこに元柳斎の流刃若火の炎が追撃として放たれるが、これもユーハバッハは一護に矢を放ちながら避けてみせる。

 

 そして、一護も放たれた矢を素手で弾いて見せるのだが、この時ユーハバッハは一護のある異変を感じ取った。

 矢を弾いた一護の手に、突如枝分かれする系統樹のような紋章が浮かんだのだ。

 

「どうした? そんなに一撃防がれたのが不思議かよ?」

「……いや、ただお前に生粋の滅却師を充てたのは失敗だったと思ってな。お前は虚圏でキルゲを倒した後、ここへ来て星十字騎士団との戦闘を重ねた。そのお陰でこんなにも早く、お前の霊圧の中の記憶を呼び起こしてしまうとは」

 

 全くの想定外という風にユーハバッハは話した。

 

「……どういうことだ?」

 

 先程からユーハバッハという男はどうにも掴めない。時折意味深な発言が見られるが、嘘を言っているという訳ではないのは、何となく一護も感じ取っていた。何か自分の知らないことを知っているのであろうとうこともだ。

 

 そんな一護の反応を見て、ユーハバッハは決定的な言葉を言い放つ。

 

「そうか、お前は自分の事を知らぬのだな。――自身の母の事さえも」

「っ!?」

 

 一護の母、黒崎真咲は一護が幼い頃に他界している。

 それは当時、人間と霊の区別もつかなかった一護が人間に化けた虚の罠に釣られてしまったところを真咲が庇ったのが原因とされている。

 

 そんな到に死んだ人間の話をユーハバッハは知っていると宣ったのだ。

 普通なら、あり得ないと思うだろう。だが一護はそうは思わなかった。過去にも、藍染が自分のことを生まれた時から知っていると言ったように、似たような経験があったからだ。

 

 そして何よりユーハバッハは似ているのだ――今も一護の精神世界でボロマントをはためかせて、静かに佇む斬月の姿に。

 

「……何を」

「連れ帰ってゆっくりと再教育してやるつもりだったが、そう悠長に構えては居られなくなった。力づくで屈服させて、連れて帰るとしよう」

「何を言ってんだって訊いてんだよ!!」

「見えざる帝国で聞かせてやる」

 

 自分は知らなくてはならない。そんな焦燥感に駆られた一護は口調を荒げながら訊き返すのだが、その問いかけにユーハバッハが答えることはなかった。

 力づくでという言葉に嘘偽りはなく、ユーハバッハは一瞬で一護との距離を詰め、剣を振るった。一護もまた、反応に遅れるものの、それに対応してみせるが、その遅れはやがて、致命的なものになっていく。

 

「しっかりせい、黒崎一護!」

 

 しかし、一護は一人で戦っている訳ではない。元柳斎はユーハバッハの発言に動揺を隠せていない一護を一喝すると、炎を放つ。当然ユーハバッハはそれを回避して後ろに跳ぶのだが、それこそが元柳斎の狙いだった。ユーハバッハが回避を試みたその先、そこには修兵が展開した鎖が今にもユーハバッハを絡めとらんと待ち構えていた。

 前門の炎、後門の鎖と、ユーハバッハはどちらに行くにしてもそれなりの覚悟を持って対処する必要があるのだが、彼の決断は早かった。

 

「なにっ!?」

 

 ユーハバッハの行動に真っ先に驚いたのは修兵。即ち、ユーハバッハが選択したのは後門の方だった。しかし、もし修兵の鎖に拘束されてしまえば、それだけで勝負が決まりかねない。故にユーハバッハのこの選択は明らかに間違っているかのように思えたのだが、その次の瞬間にはその選択の正しさを思い知らされることになる。

 

「クソっ、何で拘束できねぇんだ……!」

 

 ユーハバッハが鎖を張り巡らせた地帯に入って数秒が経過しても、鎖がユーハバッハを捕らえる気配が感じ取れなかったのだ。修兵によって完全に制御された鎖は彼の意識の思うがままに複雑な動きを作り出す。その複雑さは始解の頃から見られた特徴なので、今更それに修兵が振り回されるなんてことはあり得ない。だが、ユーハバッハはそれを涼しげな顔で、何の事でもないかのように躱し続けていた。

 

 そう、ユーハバッハの選択は間違っていなかったのだ。何故なら、辺り一面に隙間なく燃え上がる元柳斎の炎よりも、修兵の鎖の方が回避できる可能性が残っているのだから。そして、ユーハバッハの表情を見る限り、それは百パーセント可能なことだったのだろう。

 その一切の無駄がない流れるような回避に、修兵はユーハバッハに鎖がかすりもしないことが、まるで世界の理であるかのような錯覚に陥った。

 

 気付けば、ユーハバッハは鎖の地帯を抜け、態勢を整え終えていた。

 

「次で終わりだ」

 

 そして、再び突撃せんとユーハバッハが脚に力を込めたその時、あれだけ策を弄しても止まらなかった彼の動きが、ピタリと止まった。

 見てみれば、彼の足元からは黒い物質が広がっている。それが彼の動きを止めていることは明らかだった

 

「……これは」

「お時間です、陛下。影の領域圏外での活動限界です。見えざる帝国へお戻りください」

 

 目を見開くユーハバッハに、これだけの戦闘が行われても介入しなかったハッシュヴァルトが歩み寄る。

 聞きなれない単語が含まれていたが、一護達も戦いが終結するということは感じ取っていた。

 

「馬鹿な、まだ時間は――っ!?」

 

 しかしだ。活動限界があるならあるで、尸魂界を落とすことを目的としているユーハバッハなら、それを考慮した上で行動を執るだろう。終始全力でそれに努めていたのならまだ分かる。だが、今までのユーハバッハの行動には少なからず慢心が見え隠れしており、悠長と言わざるを得ない立ち回りだった。

 そしてユーハバッハもまた、活動限界を視野に入れても尚、余裕のある立ち回りを意識していたのだが、こんなにも早くそれがやって来るとは予想外。必ず何か理由があるはずだと、思考を巡らせる。

 

「……そうか。藍染惣右介、奴の小細工か。接触した数分間に私の感覚を僅かに狂わせたな」

 

 合点がいったという風に、ユーハバッハは考察を語った。対象の五感と霊圧知覚を錯覚させる鏡花水月ならば、この程度の小細工は造作もないことなのだろう。

 ユーハバッハは僅かにと言ったが、彼の目的が尸魂界の殲滅である以上、それ相応の時間感覚を狂わせていたであろうことが察せられる。

 

「ハッシュヴァルト、貴様気付いて黙っておったな?」

「お止めしても、無駄かと思いまして」

「……まあ、良い。行くぞ」

 

 ユーハバッハの追及に、ハッシュヴァルトは特に悪びれもせず淡々と事実を述べる。それもそうかと思ったユーハバッハは、特にこれ以上叱責することはせずに踵を返した。

 ハッシュヴァルトもまたそれに追従する。

 

「逃がすか!」

 

 しかし、それをみすみすと見逃す訳もない。ユーハバッハが戦えないのなら、今こそ好機だ。そう判断した一護は誰よりも早く突っ込んだ。

 

 だが、次の瞬間――刀が折れた。

 

 剣を鞘に戻す音が聞こえる。視線を向けてみれば、いつの間にかこちらに向き直っていたハッシュヴァルトが居た。ユーハバッハが戦えないという状況的にも、この男が動いたと見るべきなのだろうが、動きが見えなかった。

 不意を突かれたとは言え、まだ敵にはここまでの実力者が居たのかと、一護は戦慄した。

 

 そんな一護に、ユーハバッハは背を向けたまま語りかける。

 

「さらばだ黒崎一護。いずれまた迎えに来る。傷を癒して待つがいい」

 

 ――闇に生まれし、我が息子よ。

 

 そう言うと、ユーハバッハとハッシュヴァルトはあれからさらに広がった黒へと姿を消した。

 

 最後の言葉が嫌に耳に残った一護は、それを振り払うように顔を横に振った後、天を見上げる。気付けば、雨が降っていた。

 “残火の太刀”の解放が終わったことによって引き起こされたその雨は、戦いによって火照った身体を冷ましてくれる。しかし、それと同時に一護が戦いの最中から考えないようにしていた事から、目を逸らすなと言わんばかりに意識を明瞭なものにしてくる。

 

 結果だけ見れば、敵幹部を何人も討ち取り、こちらの主戦力を失わずに済んだのだから、そう悪いものではない。ただ、ユーハバッハを逃がしたこの戦場には、勝利とはかけ離れた余韻が確かに残っていた。

 


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