転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 ここ数日急な予定が入り、執筆の時間が取れなかった為更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。

 明後日からは暇な日が続くので、コロナにビビりながら家でおとなしく執筆してます。


第五十九話

「【城郭炎上】」

 

 刀身から出た炎が元柳斎とユーハバッハを囲う。

 全てを出させた上で潰すと言うだけあって、元柳斎も無策でユーハバッハと相対している訳ではない。炎の壁を張り巡らせることで、ユーハバッハの逃げ道を塞いでいた。これで、どちらかが死ぬまで勝負は終わらなくなったと言えるだろう。

 

「逃げ道は塞いだ。ここがお主の墓場じゃ」

「陛下!」

 

 戦いの場を整えると、元柳斎は刀の切っ先をユーハバッハの喉元に向ける。外からはハッシュヴァルトの声が聞こえて来るが、こうして高密度の霊力によって隔たれた以上、戦いに介入することはできまい。正真正銘、二人だけの殺し合いだ。

 

「よい、ハッシュヴァルト。寧ろこれは好機だ。山本重國、貴様をここで討つことで、尸魂界は破滅へと一歩近づくこととなる」

 

 だが、この状況にユーハバッハが怯む様子は全くない。これは大将戦、部下と誇りと目的を持った二人が真っ向から戦う。ピンチであると共にチャンス。ハイリスクハイリターンな賭け。何れにせよ、この戦いの結果で戦況が大きく傾くのだ。

 

「ぬかせ」

「本当にそうか?」

「……なに?」

 

 そんなポジティブなユーハバッハの考えを、元柳斎は有言実行の為に一蹴しようとするのだが、ユーハバッハはそれに待ったをかけた。

 

「貴様は言ったな。私の全てを出させた上で全て打ち砕くと。――なら、それに対する貴様はどうだ?」

 

 刹那、ユーハバッハが接近する。この戦いにおける初めてのユーハバッハからの攻撃を、元柳斎は炎を放つことで阻もうとするが、ユーハバッハはそれを動血装で強化された膂力を生かし、自らが進む道を切り開いた。その勢いのままにユーハバッハは斬りかかるが、元柳斎もこれを受け止めて見せる。

 鍔迫り合いの状態になったところで、ユーハバッハは話を続ける。

 

「卍解が使えないのだ。全力とは程遠い。そんな状態で私を倒せるなどと、勘違いも甚だしい」

 

 先程からの元柳斎の言動は、捉えようによっては、全力など出さずとも自分を討ち取れると言っているように聞き取れる。それがユーハバッハにとって腹立たしく――滑稽だった。

 

 距離を取ったユーハバッハは手を掲げる。すると、天に巨大な光の弓が出現した。

 

「【大聖弓(ザンクト・ボーゲン)】!」

 

 そして、そこから弓に準じた巨大な神聖滅矢が複数射られる。重力に従って真下に放たれた矢は、その巨大さも相まって絶大な威力を孕んでいることだろう。

 

 ――そして、攻撃はこれだけでは終わらない。

 

 弓を顕現させ終えたユーハバッハもまた、再度元柳斎に斬りかかっていた。上と前。違う方向からの同時攻撃。そのどちらも炎で焼き払えるようなやわな攻撃ではなく、当たれば大怪我は避けられないだろう。

 

 しかし、元柳斎は前を向いた。

 

「馬鹿め」

 

 元柳斎の対応を見たユーハバッハは彼を嘲りながら距離を詰め、剣を振るう。斬撃は元柳斎に受け止められるが、その上空から巨大な神聖滅矢が降りかかる。そして今にも矢が元柳斎に命中しようとしたその時、互いの剣の間に生まれた力を利用した元柳斎が、弾かれたように後ろに下がった。

 それからも針に糸を通すように、元柳斎は次々と降りかかって来る矢を躱していく。驚くべきなのは、この動きを一切上を見ずに行ったことだろう。一瞬でも視線を逸らせば、ユーハバッハは容赦なく元柳斎を殺しに接近していただろうが、元柳斎は一瞬たりとも隙を見せなかった。

 

「その程度の小細工で儂を倒せると思うてか? 霊圧を読み取れていれば、避けることは容易い」

 

 元柳斎が前を向いた理由は。そこから来る対象に意識が宿っているか否かだ。人であるユーハバッハと、射抜いた後のただ降りかかって来るだけの矢。どちらが脅威かなど、考えるまでもない。

 そして霊なる者が攻撃を感知する時、主に用いる感覚は視覚ではなく霊覚だ。それさえ読み切れていれば、単調な矢による攻撃を躱すことはそう難しいことではなかった。

 

「やるな。では、これはどうだ?」

 

 上空の弓に、また新たな神聖滅矢がつがえられる。十分な数が装填されたところで放つと、それと同時にユーハバッハは元柳斎に接近する。先程と同じ動き。故に元柳斎は警戒を強める。ユーハバッハが二度も同じ手を繰り返すとは思えなかったからだ。

 

 そして、変化は起こった。

 

 元柳斎が矢に当たらないように、移動を開始する。そこまでは変わらない。このままでは先程の焼き増しだろう、そう思っていた時――矢が曲がった。

 

「っ!?」

「逃がさんぞ」

 

 咄嗟に進路を変更した元柳斎だったが、そこにユーハバッハが剣を合わせる。やむを得なく元柳斎は迎え撃つが、その時矢は既に元柳斎の直ぐ頭上まで来ていた。先程とは違い、後退している暇はない。故にやり過ごすことは不可能だった。

 

「甘いわ!」

「なにっ!?」

 

 だが、その分析は覆された。元柳斎の一喝と共に刀から放たれた爆炎は、顕現するや直ぐに彼の頭上に昇り、迫りくる矢を焼き払った。

 

「火力が上がっているのか……!?」

 

 間違いなく、流刃若火の威力が先程までと変わっていなかったのなら、今の攻撃で確実に元柳斎は沈んでいた。それを見誤る程ユーハバッハの目は節穴ではない。

 故に流刃若火の出力が上がったとしか考えられないのだが、今なお怒りを募らせている元柳斎が、手を抜くような真似をするとは考えにくかった。

 

「不思議かの?」

 

 そんなユーハバッハの思考を読み取ってか、元柳斎は口を開いた。

 

「無論、手加減などはしておらん。それはお主も分かっておろう。――ただ漸く炎が温まって来た、それだけのことじゃ」

「これは……っ!?」

 

 刹那、城郭炎上の外で何本もの火柱が天へと燃え上がった。その霊圧も熱量も先程まで元柳斎が発していた炎とは比較にならず、その一本一本にユーハバッハを殺し切る程の力が込められている。

 

「炎熱地獄か……!」

「名答」

 

 その光景を見て、ユーハバッハが出した答えを元柳斎が肯定する。

 炎熱地獄。かつて藍染の乱で元柳斎が使用した技で、発動に多くの時間を必要とする代わりに、絶大な破壊力を得る技だ。その威力たるや、卯月の空間転移の力を借りたとは言え、崩玉藍染をあと一歩のところまで追い詰めた程である。それも卯月は命中の面でのサポートだったので、技の威力は全て元柳斎のものだ。

 

 そして、今回発動までにかかった時間は前回より短い。その為には、攻撃に使う霊力をある程度炎熱地獄に回す必要があった。つまり、流刃若火の威力が上がった訳ではなく、炎熱地獄が完成したことで元の威力に戻ったのである。

 

「此度の戦い、儂らはお主らの卍解を奪う能力を究明せなんだ間、卍解を使うことはできん。じゃが、ただの始解ではお主を倒し切ることはできんということも理解しておる。故に、卍解に代わる一手が必要じゃった」

 

 元柳斎の始解は並みの卍解を上回る規格外の威力を持っているが、規格外の実力を持つという意味では滅却師の長であるユーハバッハも同じこと。その彼を倒すには、通常の爆炎以上の威力を持つ一手が必要だった。その点炎熱地獄ならば、炎を溜めることさえできれば、その条件を満たすことができる。

 

「貴様……死ぬつもりかっ!?」

 

 しかし、この状況で広範囲攻撃である炎熱地獄を放つと、高確率で術者である元柳斎も、炎に飲み込まれて死んでしまう。実際、藍染の乱で元柳斎がこの技を発動した時は、一時的にワンダーワイスがその身に炎を封印したことで免れたが、それまで元柳斎は藍染を道連れに自らの命を絶つつもりだった。

 今まで集めていた情報から、その過去を思い出したユーハバッハはそれに言及するのだが、元柳斎は首を横に振った。

 

「否、お主に命をくれてやるつもりは毛頭ない。確かに二年前までの儂であったならば、ここで自らの命を切り捨てる他、道はなかったじゃろう。じゃが、今の儂は違う。今から使う技、炎熱地獄であることには変わりないが、お主が知っているものとは全く別のものと思え!」

 

 元柳斎が斬魄刀を持っている手を掲げると、その変化は起こった。城郭炎上の外に散りばめられた火柱から炎が漏れ出し始めたのだ。漏れ出した炎は全て流刃若火へと還元されていく。やがて集まった炎は刀身を伝って柄に、最終的には身体全体へと広がっていった。

 

 二年前の藍染の乱を経て、多くの隊士が意識を変えた。特に戦いに参戦した者はそれが顕著で、皆自主的に修行時間を増やし、研鑽に励んだ。次に藍染と同等かそれ以上の敵が来ても戦えるように、そして自分達の手で尸魂界を護れるように。そのような思いを内に秘めながら。

 そんな中、護廷十三隊の長たる総隊長が何もしていないはずがあるまい。彼にも反省があった。何故なら、彼は藍染以上の力を持っているにも関わらず、藍染を討つことができなかったのだから。

 

 故に技を改良した。藍染惣右介という人物一人を殺すのに、広範囲を一度に焼き尽くす炎熱地獄は適していなかったのだ。

 今までの炎熱地獄を殲滅力に優れた技だとするならば、この炎熱地獄は火柱の炎を全て元柳斎一人に結集し、一撃の威力を極限まで高める技だ。

 

 全ての炎が結集した時、ソレは完成した。ソレを見たユーハバッハは思う。

 

 ――まるで、千年前に見た卍解のようだと。

 

「【炎熱二ノ地獄(えんねつにのじごく)――炎魔・業火ノ執行人(えんま・ごうかのしっこうにん)】」

 

 発せられる熱量は今までと比較にならない。静血装を解けば、それだけで火傷してしまいそうだった。

 

 獄炎を纏った元柳斎は、ジェット機のように炎を噴射しながらユーハバッハとの距離を詰める。急に上がった速度に驚きながらも、ユーハバッハは元柳斎の斬撃の軌道に剣を挟み込むが、次の瞬間予想外のことが起きた。

 

「なに……!?」

 

 ――元柳斎の斬撃を受けた部分から、剣が溶けたのだ。

 

 咄嗟に剣を放すことで、斬撃が身体に到達することを免れたが、後退する自分を即座に追ってこなかった元柳斎を見てユーハバッハは確信した。自分は遊ばれているのだと。ここから自分は誇りも自尊心も、全てを打ち砕かれた上で殺されるのだと。

 

 そんな認めたくない現実に抗うように、ユーハバッハは霊子で形成した弓に矢をつがえる。一本に霊力を凝縮させた神聖滅矢は、先程ユーハバッハが攻撃に用いていた大聖弓を大きく超えているだろう。

 

「そうじゃろう。剣を折られたんじゃ、お主にはもう矢しか残っておらんわなぁ」

 

 しかし、元柳斎は迫りくる矢をいとも簡単に焼き尽くした。

 

「さて、あとは何が残っておる?」

 

 こんなところで絶望してもらっては困る。ユーハバッハを焚きつけるように、元柳斎は挑発することばを投げかけた。

 

「嘗めるなぁ!」

 

 元柳斎の挑発もあってか、ユーハバッハはまだ折れない。懐から銀筒を取り出したユーハバッハは詠唱を唱える

 

「【聖唱(キルヒエンリート)聖域礼賛(ザンクトツヴィンガー)”】!!」

 

 霊子で出来た、五芒星があしらわれた杭が、ユーハバッハを囲うように何本も地面に突き刺さる。神々しく輝くその様は正に聖域。何人たりとも通さない不可侵領域だ。

 

「滅却師の攻防一体の極大防御呪法だ! 滅却師の戦術が滅却十字と神聖滅矢だけだと思うなよ!」

 

 滅却師の基本戦術には、弓以外にも銀筒という滅却師の霊子によって作り出された道具を用いたものがある。これは嘗て石田雨竜も使っていた戦術で、詠唱をすることで、銀筒に封じられている技を繰り出すことができるのだ。

 そして、ユーハバッハが今回使用したのは、その中でも最高峰の代物だ。攻防一体のこの結界は、術者以外の侵入を完全に防ぐ。無理に入ろうとすれば、たちまちその者には聖なる鉄槌が下されることだろう。

 

「なにっ!?」

 

 しかし元柳斎は、そんなことは関係ないと言わんばかりに悠々とした足取りで聖域へと近づいて行く。最初こそは元柳斎の行動に驚愕を露わにしていたユーハバッハだったが、直ぐにその顔に嘲笑を貼りつける。

 

「フハハハ! 血迷ったか、山本重國!」

 

 戦闘中ということを鑑みても、あまり褒められた行動ではないが、ユーハバッハが嘲るのも納得がいく。攻防一体と言われた結界に、何も対策を施すことすらなく足を踏み入れようとしているのだから。

 

「終わりじゃ、ユーハバッハ」

「終わりだと……? ああ、そうだ。終わりだ。山本重國、貴様の負けでな」

 

 唐突な発言に、一瞬何をと思ったユーハバッハだが、現在の状況を見た時に、その言葉の意味を理解することはそう難しくはなかった。

 対して、自分の負けだと告げられた元柳斎は何を言うでもなく、静かに結界の前に近づき、立ち止まる。そして、居合をするように斬魄刀を腰に構えた。

 

 元柳斎が何をしようと、この結界の前では無駄だとユーハバッハは分かっている。故に自信を持って結界の中で佇んでいたのだが、元柳斎の双眸がユーハバッハを捉えた時、それは言葉に表しがたい不安に変わった。

 

 突破されるっ!? そう思った時には、もう遅かった。

 

「【流刃若火一ツ目・撫斬】」

 

 元柳斎が横に斬魄刀を薙ぎ払うと、極大の呪法であるはずの結界に、すうっと刃が通った。

 

「何を驚いておる? 既にお主の戦術は尽きていた、何もない道に儂が立ち止まるはずなかろう」

「なんだと……!?」

 

 結界を破ったはずの元柳斎は、あたかもそれがなかったかのように振る舞う。あまりの屈辱にユーハバッハは肩を震わせるが、元柳斎からすれば、それは当然の帰結だった。

 

「先の呪法、攻防一体と言っておったな。では、儂が何もせずに立ち止まっていたらどうするつもりじゃった?」

 

 もし、元柳斎が何も行動を起こさなかったらどうするか。そんなことは考えるまでもない。“聖域礼賛”は結界外からの侵入を完全に絶つ技だ。もしそこに元柳斎が向かってこないのなら、結界を解くしかない。そうしなければ、自分も結界の外に出られないのだから。

 

 そしてその次はどう立ち回るか。そこまで考えて、ユーハバッハは理解した。――自分が攻め手を失っていたことを。

 

 “聖域礼賛”は単なる時間の引き延ばしに過ぎない。ユーハバッハは知らず知らずのうちに受け手に回る事しかできなくなっていたのだ。そして、元柳斎からすれば攻撃をしてこないなど障害でもなんでもない。故に元柳斎は結界がなかったかのように振る舞ったのだ。ユーハバッハの攻撃も、心根も真っ向から否定する為に。

 

「力及ばすか……。完敗だ」

 

 それを理解したユーハバッハは負けを認める。彼にはもう、元柳斎に抗うだけの力が残されていなかった。

 

 今まで二人を囲っていた城郭炎上が解ける。行き場を失った炎は、元柳斎の持つ斬魄刀の刀身へと集まった。

 

「もうじき戦も終わる。部下も直ぐにお主を追うじゃろう。先に敗北を噛みしめ待っておれ」

 

 最後の一閃は驚くほど簡単にユーハバッハの身体を通った。力も心も、全て折られた彼には僅かな抵抗力も残されていなかったからだ。

 

 胴を横に斬り離されたユーハバッハは力なく地面に横たわる。視界が霞み、身体の感覚が無くなっていく中、彼は天に手を伸ばしながら、静かに呟いた。

 

「……申し訳ありません――ユーハバッハ様」

「っ!?」

 

 その呟きを聞いて、さっさと次の場所に向かおうとしていた元柳斎はバッと振り返る。聞き間違いではない。確かに自分の目の前のユーハバッハ――を装った謎の人物は、ユーハバッハへの謝罪を述べていた。

 

「貴様一体何者じゃ!!」

 

 得体のしれない人物の正体を暴くべく、元柳斎は声を荒げる。しかし、既に目の前の人物に話すような力は残っておらず、次に元柳斎の耳に届いた音は、自分の背の方向にあった一番隊隊舎が破壊される音だった。

 

「なんじゃとっ!?」

 

 何の前触れもなかった突然の出来事に驚いた元柳斎は、そちらに視線を向ける。先程まで自分の後ろにそびえ立っていた一番隊隊舎は、天高く昇る光の柱の餌食となっていた。

 すると、元柳斎の視線の動きと交差するように、何かが彼の隣をすれ違った。

 

 再度振り返った時、そこには黒いボロマントをはためかせるユーハバッハの姿があった。危うく反応し損ないそうになった速力を見て、今度こそ本物だと元柳斎は断じる。

 

「よくやった。星十字騎士団Y、“貴方自身(The Yourself)”。『R』のロイド・ロイド」

 

 元柳斎に背を向けているユーハバッハが弔いの言葉をかけながら見下す先には、変身が解けた敵の正体、ロイド・ロイドの姿があった。

 

 星十字騎士団にロイド・ロイドは二人いる。一人は戦いが始まって早々剣八に殺された『L』のロイド・ロイド。もう一人はたった今、元柳斎に敗れた『R』のロイド・ロイドだ。彼らは少し生い立ちが特殊な、双子で共に“Y”の字と同じ名の能力を持つ滅却師である。

 短髪に切りそろえられた髪に、額の第三の眼と身体的特徴が全て同じである二人の相違点は僅かな能力の違いのみ。『L』のロイド・ロイドは相手の姿形以外に技や力をトレースするのに対し、『R』のロイド・ロイドは相手の姿形以外に記憶や経験をトレースすることができる。

 

 そして、今回ユーハバッハが『R』のロイド・ロイドに命じていた内容は、自分がある目的を果たしている間、ユーハバッハとして行動することだ。単純な強さだけを求めるのならば、『L』のロイド・ロイドの方に軍配が上がるが、ユーハバッハを演じるという一点に焦点を当てるのなら、『R』のロイド・ロイドの方が適任だった。

 結果、『R』のロイド・ロイドは元柳斎を相手にしながらも、見事その役目を果たしたのである。

 

「私を……よくやった……と。……光栄……」

 

 元柳斎の問いかけには応じなかったロイド・ロイドだが、忠誠を誓うユーハバッハに労われたのがそうさせたのか、掠れながらも声を発して見せる。

 そんな、ロイド・ロイドに対しユーハバッハは――五芒星に輝く光でトドメを刺した。

 

「……外道が」

 

 正に鬼畜の所業。自らに忠義を示す部下の命を、何とも思わないようなその行動に、元柳斎は嫌悪感を露わにしながら言葉を吐き捨てる。ユーハバッハからしてみれば、弔うような慈悲の側面を持った行動なのかもしれないが、元柳斎にとっては許容できるようなものではなかった。

 

「貴様今まで何をしていた?」

「……一番隊舎地下には何がある?」

 

 部下を犠牲にしていたその間、何をしていたのかと元柳斎は問いかけるのだが、それに対しユーハバッハは元柳斎の思考を促すように、質問で返した。

 

 その言葉を受けて元柳斎は考えを巡らせる。

 ユーハバッハの口ぶりからして、彼の目的は一番隊隊舎の襲撃ではなく、その地下にあったということになるのだろう。そして、一番隊隊舎の地下に存在するのは、尸魂界の罪人に刑を与える為の牢獄――真央地下大牢獄だ。卯月が管轄する蛆虫の巣とはまた違うその牢獄には、尸魂界の長い歴史の中でも悪名高い大罪人も収容されている。

 それを踏まえた上で先程まで一番隊隊舎に居たユーハバッハが取り得た行動を考える。賊軍の頭領である彼が、尸魂界に仇をなした人物の巣窟である真央地下大牢獄に足を運んだというだけでも最悪の状況なのだが、中でも最悪なのは……。

 

「藍染惣右介に会って来た」

「っ!?」

 

 ――無間に足を運んでいた場合だろう。

 

 無間に居るのは、極刑にしようとしても殺しきれない。そんな規格外の人物達だ。そんな者達が、万が一敵の軍門に下ったら。考えただけで恐ろしかった。

 

 そんな元柳斎の反応を見て、一通り満足がいったのか、ユーハバッハは肩をすくめる。

 

「特記戦力の一つとして我が麾下に入るように言ったが、案の定断りよった」

 

 藍染もまた、ユーハバッハが定めた特記戦力の一人だ。崩玉と融合した超越者として、今なお力を高め続ける彼が警戒されるのは、当然とも言える帰結だった。

 しかし、そんな藍染もまた、嘗て尸魂界に反旗を翻した人物である。故に、味方として利用できる可能性も、僅かではあるが有ると踏んだユーハバッハは藍染に会いに行ったのだが、その結果は振るわなかったようだ。

 それもそうだろう。藍染惣右介という男は誰かの軍門に下るような器ではないのだから。

 

「良いことだ。何にしろ時間は永久にある」

 

 そしてユーハバッハもまた、そのことを理解しており、むしろ活きの良いままで良かったと、今回の出来事をポジティブに捉えていた。

 藍染のことは首を長くして待っていればいい。今するべきことは――尸魂界を落とすことだ。

 

「さて、偽物との戦いで力を使い果たしたか、山本重國?」

「ほざけ。身体も炎も、漸く温まって来たところじゃわい」

 

 振り向き剣に手を伸ばしたユーハバッハに合わせて、元柳斎も一度は収めていた炎熱地獄の炎を身に纏う。

 

 最初の一合は一瞬で終わった。

 

 すれ違い様、横凪に一閃。最速の一撃を互いに叩き込む。この一合を制したのは、ユーハバッハだった。

 

「なん……じゃと!?」

 

 血の滴る横腹を抑えながら、元柳斎は驚愕を露わにした。

 

「そんなに、私が貴様の力を上回っていたことが不思議か?」

 

 思わず膝をつく元柳斎を見て、ユーハバッハは得意げに語り始める。

 

「確かに、始解のまま、以前の卍解と同等の威力を出す貴様のその技は、驚くべきものだ。そこは素直に称賛しよう。だが、私とて千年前と同じではない。千年前の貴様など、軽く超えて見せよう」

 

 大胆に、そして不遜にユーハバッハは言い放った。だが、ユーハバッハの言い分は正しい。幾ら元柳斎が、千年前の卍解と同等の威力の炎を始解のまま出そうとも、それはあくまで千年前のものに過ぎないのだ。先程は、相手をしていたのがロイド・ロイドであったが為に十二分に通用していたが、ユーハバッハが相手ではそう上手くはいくまい。

 

 故にここから元柳斎が勝利を収めるには、卍解を発動するしかないのだが、今卍解を使ったところで、その瞬間ユーハバッハに奪われてしまうだろう。

 

 万策尽きたか……。そう思いつつも諦める訳にはいかないと立ち上がったその時だった。

 

『皆さん、お待たせしました! たった今、涅隊長の解析が終わりました!』

 

 脳内に、この戦いの鍵を託していた人物からの声が鳴り響いたのは。その声は、恐らく護廷十三隊の誰もが望んでいたものだった。

 

 まだ、炎は消え切らない。

 


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