転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
帰刃。それは破面における刀剣解放である。斬魄刀に封じている破面の虚としての力を解放することで、一時的に本来の力を取り戻すことができる。本来の力を取り戻した破面は強力無比の一言で、過去に藍染の乱で何人もの死神達を苦しめて来た。
そんな帰刃だが、今は死神がこの窮地を脱する為の重要な鍵となっていた。一護達は尸魂界に来る前、虚圏で戦闘していたのだが、その際に現在の虚圏の王であるハリベルの従属官の、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンと共闘していており、その過程で滅却師は帰刃は奪わない、あるいは奪えないということが発覚した。
一護、グリムジョー、ネリエルが分かれて戦っているのは、今の状況で滅却師と互角以上に渡り合える人材を分散させるという喜助の指示があった為だ。
そんな訳で、帰刃したグリムジョーは、虚弾でバンビエッタの爆撃を確実に撃ち落としていた。虚閃と比べると攻撃範囲や威力で劣る虚弾だが、速度という一点においては虚閃を大きく上回っている。まさに爆撃の数で圧倒して来たバンビエッタを相手取るのに最適な技と言えるだろう。しかし、一遍に複数を放つことができるバンビエッタの爆撃と、発動の度に拳を突き出す必要のあるグリムジョーの虚弾とではどうしても手数に差が出てくる。故にグリムジョーが撃ち落とす爆撃は最低限。自分に当たりそうなものだけ撃ち落とし、狛村達に向かって放たれたものは全てスルーしていた。元より、グリムジョーがバンビエッタと相対する理由は一護と戦うまでの前座だ。狛村達の安否などはどうでもよく、お守をするつもりは毛頭なかった。
また、狛村達にも誇りがある。グリムジョーの考えは重々承知しており、自分の身は自分で護りつつ、攻撃が分散したことによりできた余裕を生かし、徐々に攻勢に出始めていた。
「【
そして、それはグリムジョーも同じことだ。腕を覆う装甲の隙間から棘状の弾が飛び出し、宙を縦横無尽に駆けながらバンビエッタに襲いかかる。
「さっきからチマチマチマチマ……鬱陶しいのよっ!」
バンビエッタの感情の高ぶりに呼応するように、“爆撃”がグリムジョーの放った棘を爆発させる。
グリムジョーが来てからというもの、火力が分散させられた所為で一度も攻撃を当てることがでいていない。それどころか反撃の余裕すら与えてしまう始末だ。先程までとは違い、自分の思い通りに戦いを進められなくなり、フラストレーションが溜まっていた。
「決めたわ! 先にネコちゃんを潰す、ワンちゃんはその後よ!」
そこで、バンビエッタは一つ決断をした。それは狛村を一度放置し、先に
バンビエッタの発言に、射場を始めとする七番隊の面々は憤りを露わにするのだが、それを冷ますかのように、青が戦場を駆けた。そう、バンビエッタが如何に護廷十三隊を貶すような発言をしようと、この男、グリムジョーには関係ない。ただ、自分の獲物を狩る為にバンビエッタが話している間も淡々とその爪を研ぎ澄ましていた。
「ふん、馬鹿ね!」
しかし、それでグリムジョーの動きを見逃すようなバンビエッタではない。寧ろ敵から近づいて来たのなら好都合。先程まで狛村に放っていた分の霊子も全てグリムジョーに集約させた。今までのグリムジョーの爆撃への対応を鑑みるに、この距離でこの数を防げる術をグリムジョーは持っていない。故に、この攻撃は決まるとバンビエッタは確信していたのだが、グリムジョーの顔を見た時、そんな自信は消え失せ、代わりに身がよだつような悪寒を感じた。この数の霊子を目の前にしてなお、グリムジョーは笑みを浮かべていたのだ。その笑みは心から戦いを楽しむ笑み、獲物を狩る肉食動物の凶悪な笑みだった。
自分の直感を信じたバンビエッタはすかさず距離を取る。
「【王虚の閃光】!!」
刹那、視界が光で埋め尽くされた。戦いを始めた時よりも強力なものとなった二人の攻撃は、互いにぶつかり、大規模な爆発を引き起こす。二人共直接爆発を喰らうことはなかったが、強烈な余波によって身体の自由を奪われ、強制的に距離を大きく離された。なまじ爆発の規模が大きかったこともあり、余波だけとは言え無傷とはいかず、互いに何ヶ所かのやけどを負ってしまった。
グリムジョーにとっては敵の僅かな隙を突いて手に入れた近接戦闘の機会。折角自分の土俵に引きずり込んだのに、ここで勝負を決められなかったことはかなりの痛手だった。だが、棒に振ったという訳では決してない。ちゃんと、得たものはあった。
「分かったぜ、てめえを殺す方法がなぁ!」
「ふん、何を言うのかと思えば……。そんな訳ないでしょう。私の“爆撃”は防御不可能。だからネコちゃんが私を殺すことも不可能よ」
威勢よく言い放ったグリムジョーをバンビエッタは軽くあしらう。今までの攻防で狛村もグリムジョーも、バンビエッタの能力を防ぐ明確な術を持たないことは明らかだった。もし、持っていたとするならば、この戦いは既に終わっていただろう。
自分の能力に対して絶対の自信がバンビエッタにはあった。
「――誰が防御するなんて言った?」
「えっ?」
予想の斜め上を行くグリムジョーの返答に、バンビエッタは戸惑いの声を漏らした。グリムジョーはそんなバンビエッタの動揺する様子には目もくれず、瞬く間に空高くへと跳び上がる。
霊力を爪に溜めたグリムジョーは手を合わせ、指先をバンビエッタに向けた。攻撃の準備を終えたグリムジョーは、先程の会話の続きを言い放つ。
「要はてめえの爆発を上回る攻撃をぶち込み続けりゃいいんだろ?」
こうではないかという予想自体は最初の方からあった。だが、今の攻防が確信した。グリムジョーがこの戦闘に加わった時、彼は虚閃で七番隊の死神が鬼道で撃ち漏らした残りの霊子を相殺した。そして、今グリムジョーは王虚の閃光で最初と同じように複数の霊子を一撃で相殺することに成功した。
つまり、バンビエッタの“爆撃”は、必ずしも一塊の霊子で完全にモノを飲み込めるという訳ではないのだ。
例を挙げるとするならば、虚閃のような攻撃が分かり易いだろう。虚閃は術者がやろうと思えば、霊力が尽きるまで永遠に放ち続けることができる。これにバンビエッタが“爆撃”の霊子を当てたところで、爆発するのは虚閃のほんの一部。その爆発の威力を上回る虚閃を放出し続けていれば、“爆撃”を破ることは可能だ。
ただ、攻撃を続けるだけ。実にグリムジョーらしい結論だった。
「【
本来は爪に溜めた巨大な霊力を放つグリムジョーの最大とも言える遠距離技だが、今回は違う。爪に巨大な霊力を溜めたグリムジョーはそれを放つことはせず、まるでドリルのように高速回転しながらバンビエッタへと接近した。
ただ、放つだけではバンビエッタの爆撃に打ち勝てない。故に、グリムジョーは爪に霊力を注ぐ為に、この攻撃方法をとったのだ。勿論、“豹王の爪”はグリムジョーの最大の技なので、必要となる霊力は大きく、これに霊力を注ぎ続けるとなれば、消耗は激しいものとなる。だが、このまま出し惜しみしていても埒が明かないというのも事実だ。グリムジョーはこの一撃に全てを込めることを決めていた。
そして、バンビエッタは接近してくるグリムジョーに、今までと同じように“爆撃”の霊子を放つのだが……。
「何でっ!?」
爆発を起こした霊子は瞬く間にグリムジョーの霊力に飲み込まれた。能力による迎撃が通用しないと判明するや否や、バンビエッタは回避行動に移るのだが、爪から霊力を放っていない以上、グリムジョーはすぐさまバンビエッタを追うことが可能だ。
そして、バンビエッタと帰刃をしたグリムジョーでは、身体能力の差は歴然。如何にバンビエッタが飛廉脚で距離を取ろうとも、グリムジョーは響転でそれ以上に距離を詰める。
どう策を講じようとも、距離を詰めてくる青い獣。逃げるバンビエッタの顔からは先程までの勝気な笑みは消え失せ、ただ恐怖だけが映っていた。
「い、いや……ああああああああ!!」
最後の悪あがきで、バンビエッタは出せる限りの霊子をグリムジョーに向かって放つが、当然グリムジョーは止まらない。
やがて、グリムジョーの爪はバンビエッタの胴を貫いた。
***
帰刃したネリエルの姿は先程までとは大きく異なっていた。
上半身は肩や手首に防具がついた程度。だが、下半身は人型のそれではなくなっていた。力強さを感じる羚羊の健脚、まるで神話のケンタウロスを彷彿とさせるような姿をしていた。
また、先程の重奏虚閃で傷ついてしまった体内も、帰刃をすることで完全に回復していた。
帰刃することにより、ランスへと形を変えた斬魄刀を手になじませるように回転させ、構えをとる。
「なるほど、それが破面の帰刃か。確かに、それを見ればさっきの技が必要ないと言ったのにも頷ける。早急に排除しないといけないな」
そう言った蒼都もまた、手の甲に取り付けられた爪を構える。
先に動いたのは、またもやネリエルの方だった。
「【虚閃】」
蒼都に向けられたランスの先から、虚閃が撃ちだされる。蒼都はこれを回避するが、あくまでこの虚閃は牽制。次の瞬間には四本となり強化された脚力を生かし、蒼都の移動先に先回りしていた。
突進の勢いのまま繰り出された脚が蒼都を捉える。
「くっ!」
ダメージこそは防いだものの、勢いそのものには抗えなかった蒼都は後方へと吹き飛ばされる。そして、そんな無防備の敵を逃すネリエルではない。
「【
“
しかし、この技にはある欠点があった。それは投擲するという技の性質上、攻撃した後は武器を持たない無防備な状態になってしまうということだ。ネリエルほどの実力者となれば、斬魄刀が無くてもある程度は戦えるだろうが、それでは流石に心もとない。
そこで、その欠点を改良した技こそがこの“虚閃射槍”だ。投擲する武器を虚閃で形成することで、翠の射槍での弱点を克服。威力こそは少し劣るものの連発することが可能になった。
桃色の槍が蒼都へと襲いかかる。それも一本だけではない。二本、三本。この好機を逃さない為にネリエルは次々と虚閃の槍を投擲していく。攻撃は蒼都が建物に当たり、瓦礫に埋まって見失ってしまうまで続いた。
攻撃が止むと場を静寂が包み込む。皆が蒼都の埋まった瓦礫に注目する。
――そして瓦礫の一部がピクリと不自然に動いた。
「っ、【虚閃】」
僅かな動きを見逃さなかったネリエルはそこに容赦なく虚閃を撃ち込む。瓦礫は塵となり、宙を舞う。だが、その塵は瞬く間に三つに分かたれた。
「この程度か。これなら、さっきの虚閃の方がよかったんじゃないか?」
そう言った蒼都は服についた塵を軽く払いながら姿を現す。先程より傷は増えているものの、その深さは攻撃の派手さに全くと言っていいほど釣り合っていなかった。
「その割には、されるがままだったみたいだけど」
「避けるまでもなかったまでだ。――次はこっちから行くぞ」
今度は蒼都から攻撃を仕掛ける。先程の一合で遠距離戦では分が悪いと判断した蒼都は接近戦での勝負を挑んだ。帰刃をすることで、ネリエルは四足となっている。確かに人型と比べて単純な脚力は上がっただろうが、その分小回りの良さは無くなっている。それこそがつけ入る隙だと蒼都は考えた。
初撃、接近する蒼都にネリエルはランスで迎え撃つ。射程の都合上、爪よりも槍の方が攻撃が早いのは自明の理。予測していた蒼都は余裕を持ってこれを避けた。
続いて接近する蒼都に今度は前足での蹴りが襲い掛かる。野生の健脚には馬鹿にならない力が秘められていることだろう。だが、この攻撃は既に身を以て知っている。懐に飛び込んだ以上、当然蒼都もこれを警戒しており、これも避けることができた。その流れのまま蒼都はネリエルの身体側方に踊り出る。
そして、この場所こそが帰刃をしたネリエルの弱点。前は論外だが、後ろでは蹴りがある。だが、側方か上からの攻撃ならば、今のネリエルの体構造だと、どうしても反応が遅れるかつ、攻撃を繰り出しにくい。加えて今のネリエルは二回連続で攻撃を外した直後。
――故にこの攻撃は確実に通る。
蒼都は両手を合わし、爪の先をネリエルの身体に向ける。一回目にこの技を放った時は小手調べの感覚で撃ってしたまったが為に、手痛い反撃を喰らってしまったが今度は違う。手加減無しの全力の一撃だ。
「【蛇勁……チッ」
そうして、蒼都は戦いを終わらせるべく技を放とうとするのだが、技を放つ寸前、悪寒を感じた蒼都は攻撃をネリエルの胴を引っ掻くだけに留め、即座に離脱した。すると、その直後につい先程まで蒼都が居た場所に桃色の閃光が走った。
虚閃である。
ネリエルの武器であるランスは前と後ろ両方に刃があり、持ち手は真ん中にある。先程ネリエルはこのランスの先から虚閃を放っていたのだが、今回は逆方向から放っていた。結果、無防備であった側面への攻撃を可能としたのだ。
「く……」
しかし、蒼都の攻撃はしっかりとネリエルの胴を捉えており、それは決して無視できるような傷ではなかった。羚羊の毛並みが傷口を中心に赤く染まっていく。攻撃をしたのが滅却師ということもあるのだろう。ネリエルは額に汗を滲ませながら、苦悶の表情を浮かべた。これではもう長時間に渡っての戦闘はできまい。そう思ったその時だった。
「……氷?」
――ネリエルの傷が氷によって塞がれた。手荒ではあるが応急処置としては十分。そして、氷を操る人物など、この場には一人しかいない。
「勘違いするんじゃねぇぞ。てめえの味方になった訳じゃねぇ。俺達はあいつの敵、それだけだ」
そう言った冬獅郎はネリエルの横に並ぶ。責任感だけで刃を振るうのが隊長、かつて冬獅郎は藍染にこう言ったことがあった。そんな彼にとって、破面と共闘するというのは認め難いものがあったのだろう。だが冬獅郎とて、今までの攻防でネリエルが少なくとも滅却師に立ちはだかる者であることは十分に理解できていた。自分達に敵意がないこともだ。
そんな一人の死神と隊長がせめぎ合った答えが、今の肯定とも否定ともとれない言葉だったのだろう。
「あれれー? 隊長照れてるんですかー?」
しかし、そんな冬獅郎の葛藤も知らずに茶々を入れる者も居る。副隊長の松本乱菊だ。乱菊は笑いを隠すように口に手を当てながら、冬獅郎を揶揄い始めた。……まあ、隠しきれていないのだが。否、隠す気もないのだろう。長年同じ隊で連れ添ってきた二人にとって、これは一種のスキンシップだった。
「黙れ松本、いいから前見てろ」
「は~い」
故にそれが分かっていた冬獅郎も乱菊を軽くあしらい、注意も最小限に留め、自分も集中力を高めていく。また、乱菊も冬獅郎の言葉に素直に従った。
「助かるわ」
氷輪丸の氷により出血は収まったものの、長時間の戦闘が望ましくないという状況に変わりはない。自分が破面である以上、加勢には期待しないようにしていたネリエルだったが、向こうから来てくれるなら話は別。ありがたく共闘を受けいれた。
「行くわよ」
自分の隣に居る二人に目配せをすると、ネリエルは先陣を切った。この先陣の意味は牽制。先に攻撃をしかけることで、戦闘の主導権を握る。次の一手の為の一手だ。だが、牽制というものは相手が警戒してこそ初めて意味を持つ。蒼都の圧倒的防御力に対して、卍解が使えない冬獅郎や、そもそも始解しか習得していない乱菊ではあまりにも火力不足だ。つまり、この先陣の役割を担えるのは、ネリエルしか居なかった。
蒼都の元へ駆けながら、ネリエルはランスを振りかぶる。
「なに……?」
しかし、ネリエルのその動作は早すぎた。幾らネリエルの脚力が優れていると言っても、この距離では『どうぞ防御して下さい』と言っているようなものだ。一瞬投擲かと蒼都は疑ったが、ネリエルが今持っているランスは虚閃のものではなく、斬魄刀だ。奇をてらったと言ったらそれまでだが、この段階で斬魄刀を手放すとは考えにくかった。
「【
蒼都がそんな思考を巡らせている間にも、ネリエルの動作は進んで行く。通常の刺突のように放たれた攻撃はリーチの限界に達した途端――伸びた。
「なっ!?」
ランスの先端。そこから霊力が噴き出し、瞬く間に刃を形成していく。虚閃をランスの形に固定することができるネリエルだからこその芸当だ。目標に向かってどこまでも伸びていくその攻撃は市丸ギンの神鎗を彷彿とさせた。
元々ネリエルの行動を不審と疑っていた蒼都はこの攻撃を躱してみせるが、攻撃はまだ終わらない。刺突による攻撃が不発に終わったことを確認するや否や、ネリエルは伸ばした槍をそのままに横に薙いだ。ランスでの攻撃は刺突が主であるが、伸ばした刃は全て霊力で形成されている。それによって刺突以外の攻撃でも斬撃を放つことが可能となり、ネリエルの槍術にバリエーションを与えたのだ。
今までなかった攻撃に、動揺してしまった蒼都は対応が遅れる。ダメージは負わなかったものの、回避はギリギリで体勢も無理なものとなってしまった。だからだろう、蒼都は次の攻撃にまで気が回らなかった。
そして、まんまと術中に嵌ってしまった蒼都は体勢を崩し、転んでしまう。
「これは……!?」
蒼都の視線の先には不自然に掘られた穴があった。自分はこれに躓いてしまったのだろうと瞬時に理解した蒼都だったが、それと同時に疑問が浮かんだ。あまりにもタイミングが良すぎたのだ。蒼都がネリエルの攻撃を避ける方向を予測し、穴を掘るのは先ず不可能。もし、そんな予知染みたことができるのなら既にこの勝負は決している。
では、何故……? そう思った蒼都の目の前を大量の砂のようなものが横切った。それは自然と考えるには不自然な人為的の動きで、移動していく。やがてそれは一人の女性の元に纏わりついた。
「ありがとう、灰猫」
派手な金髪を肩に届かない程度に切りそろえたその女性、乱菊はそれ――灰猫に礼を告げた。
元々始解しかできない副隊長の乱菊は、自分の攻撃では蒼都に傷を与えることができないのは分かっていた。しかし、だからと言って何もできない訳ではない。能力の使い方次第では、味方をサポートすることも可能なのだ。
この攻防で乱菊がしたことは、ネリエルの攻撃を避けた蒼都に会わせて、素早く落とし穴を作ることだ。それもただ作る訳ではない、蒼都に気づかれないように作らなければならなかった。そんな中、刀身を微粒子レベルにまで分解することができる灰猫は適任だったという訳だ。
結果、乱菊は見事蒼都を嵌めることに成功していた。
そして、攻撃はまだ終わっていない。
「氷輪丸っ!」
冬獅郞が斬魄刀で宙を凪ぐと、瞬時に氷が転んだままの蒼都に纏わりついた。無論、冬獅郞も卍解が使えないので、この拘束も強度が足りない。故に蒼都も動血装を使えば、今すぐにでもこの拘束から抜け出せるだろう。
――使えればだが。
カツカツと、蹄が地に着く音が蒼都に近づいて来る。その人物は蒼都の前で立ち止まり、手に持っていたランスを持ち直した。
「終わりよ」
蒼都を見下したネリエルは、淡々と戦いの終わりを告げた。両者の姿勢も相まって、今の蒼都にはネリエルの目線がかなり高いものに感じられるだろう。
もし、蒼都が動血装を使えばそこをネリエルのランスが穿つ。先程までの蒼都の鉄壁とも言える防御力は静血装と鋼鉄の能力を併用して初めて可能となるものだ。そのどちらかが欠けてしまえば、たちまち蒼都にネリエルの攻撃を防ぎ切ることはできないだろう。
故に、蒼都は防御を固め、自分の持ち味を信じることに決めた。この攻撃を防ぎ切ることができたならば、その威力で氷の拘束も解け、また戦えるようになると踏んだからだ。
「言ったでしょう。終わりだって」
しかし、それこそが一番の悪手だった。蒼都が防御を固めるということは、それ即ちネリエルが攻撃を準備する時間を与えるということなのだから。
ネリエルはランスを左手に持ち変えると、そのまま己の右手に傷をつけた。溢れ出す血に霊力が溜まり出す。
「【
十刃のみに許された、自らの血を媒介とすることで放つことができる高威力の虚閃――
次の瞬間、槍の形に押し固められていた王虚の閃光が大爆発を引き起こす。胸を穿たれ、内から身体を破壊された蒼都がそこから動くことは二度となかった。
「援護ありがとう、助かったわ」
帰刃を解いたネリエルは、蒼都から振り向きながら冬獅郎と乱菊に礼を述べた。
「いいのいいの、寧ろ助けてもらったのはあたし達の方だし、一護の味方なら、あたし達の味方だし。ね、隊長? ……隊長?」
別の勢力と共闘することは初めてじゃなかったので、ネリエルの礼に気安く答えた乱菊は、隣に居る冬獅郎に話を振るのだが、彼女の言葉に冬獅郎が反応することはなかった。
冬獅郎を見ると、彼は乱菊でもネリエルでもない。全くの別方向に身体を向けていた。彼の視線の先にあるのは――一番隊隊舎だ。
「氷輪丸が……震えている」
冬獅郎の言葉に釣られて、彼の手に握られている斬魄刀に目を向けるが、震えているような様子はない。だが、これまで彼の斬魄刀から感じられていた存在感のようなものが何時もより小さく感じられた。恐らく、冬獅郎が言っているのは物理的なことではなく、彼の精神世界にいる氷輪丸のことなのだろう。
しかし、氷輪丸は氷雪系最強と名高い斬魄刀だ。そんな彼の斬魄刀が怯える対象なんて一つしかない。氷雪系最強とは対極に位置する――炎熱系最強の斬魄刀だ。
最初は護廷十三隊側が不利であった戦況が、加勢によって傾いて来たこの状況で、総隊長である山本元柳斎重國が満を持して動こうとしていた。