転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第五十二話

 卯月達が向かった先、白道門周辺には既にその場に配置されていた隊士達と、敵との交戦が始まっていた。

 

「や、やめてくれぇ!」

 

 一人の隊士が声を上げる。切羽詰まったようなその声が孕んでいるのは、絶望や恐怖。それだけで現状、護挺十三隊側が不利なのが分かるような、そんな声だった。

 しかし、問題はそこではなかった。突如瀞霊廷内に出現した複数の青い火柱、それらから感じられた霊圧は、全て隊長格に匹敵していた。この時点で、その場に居た隊士達は自分が敵うような敵ではないということを理解していた。それでも退かなかったのは、瀞霊廷を守護するという護挺十三隊としての矜持だ。それは褒められはすれど、決して貶していいものではない。

 

 そう、問題は絶望と恐怖から声を上げたことではない。問題はその対象にある。

 

「――兕丹坊!!」

 

 声を上げた隊士の視線の先。そこには味方に向けてその身体に見合った巨大な斧を振るう、一貫坂兕丹坊の姿があった。

 白道門の門番の彼は、敵が出現すると真っ先にそこへ向かっていった。単純な力では敵わないかもしれないが、自分の巨体を生かせば、敵の攻撃から仲間を護ることくらいはできるかもしれない。そうしていれば、いずれ隊長達が駆けつけてくれるだろう。そんな判断だった。そして、その判断は間違っていなかった。その証拠に卯月達は全速力でこの場に向かっている。兕丹坊に誤算があったとするならば、それは弓を扱う滅却師にとって、大きい()ほど御しやすいモノはなかったという事だろう。

 そうして、敵が放ったハート型の霊力の塊は、意図も簡単に兕丹坊に命中し、次の瞬間、兕丹坊は正気を失った。

 

「お前ぇ達、何言ってるだ? やめるはずがねぇだ。――全てはぺぺ様の為に、だべ」

 

 隊士の声を聞き取っていた兕丹坊はそれに答える。兕丹坊が言っていたぺぺ、護挺十三隊には合わない名を持つその人物こそが、青い火柱の中から出現した敵の内の一人だ。

 今回の敵である滅却師。その頭領であるユーハバッハが率いる、見えざる帝国の精鋭部隊である星十字騎士団(シュテルンリッター)。その内の一人こそが、兕丹坊の正気を失わせた敵――ぺぺ・ワキャブラーダだ。

 星十字騎士団には、ユーハバッハが自らの力の一部を星十字騎士団一人一人の能力に合わせ、聖文字(シュリフト)というアルファベットが分け与えられている。そして、ぺぺにも『L』の聖文字が与えられており、能力の名は【(The Love)】という。その効果は、ぺぺが放つハート型の霊力の塊に接触した対象を魅了するという能力だ。その力がいかに強力かは、今もなお味方に斧を振るい続けている兕丹坊の姿を見れば、分かるだろう。

 そして、それを高みで見物していたペペは口を開く。

 

「はあ……哀しいヨネッ。戦いっていうのはいつだって哀しい。それはそこに愛があるからなんだヨネッ。戦いは信じる正義の食い違いで起こると思っているんでショ? 違うよ。戦いはすべて愛の為に起こっているんだヨネッ。妻への愛、子への愛、親への愛、友への愛、主君への愛、神への愛。信仰も愛、信念も愛、物に対する執着さへも愛だ。愛無き所に戦い無し! だからこそ、戦いは哀しく、だからこそ戦いは美しいんだヨネッ。――だから、キミの愛をミーに見せて欲しい」

「はい、ぺぺ様。――【万歳兕丹打祭(ばんざいじだんだまつり)】!!」

 

 そうして、兕丹坊は先程までとは比べ物にならない勢いで、斧を振り下ろす。その勢いは凄まじく、その衝撃だけで、周囲に居る死神達を吹き飛ばしてしまいかねない程のモノだった。斧の攻撃範囲に居た者は、来る衝撃と痛みに備えて目を瞑った。

 だが、その斧が最後まで振り下ろされることはなかった。振り下ろされた斧は突如、何かに阻まれるかのように弾かれたのだ。

 

 

「遅くなってごめんね。だけど、もう大丈夫だよ」

 

 いつまでも攻撃が来ないことを不思議に思った隊士達が目を開く。すると、そこには自分達が退くことしかできなかった兕丹坊に対し、誰よりも前に出る一人の男の姿があった。その男は白い羽織を着ており、その背中部分には五の文字が刻まれている。

 

 ――そして彼、卯月の周りには、既に解放されていた睡蓮の煙が漂っていた。

 

「ここから先は、僕が引き受ける」

 

 その瞬間、つい先程まで暴れまわっていた兕丹坊が、力なく倒れ伏した。兕丹坊が眠ったのを確認した卯月は、兕丹坊を護るように、彼の前に出て敵と対峙する。

 

 強敵に臆することなく立ち向かうことで、仲間を鼓舞する。その姿は、隊士を護り、導く隊長としてのあるべき姿だった。

 

「ほたる。皆のこと、頼んだよ!」

「ええ!」

「涅隊長、始めます!」

「こっちはいつでも準備はできているヨ。確認などとっている暇があるのなら、さっさと始めたらどうだネ?」

 

 隊士達を護るように結界を展開しながら、卯月は遅れて到着したほたる達に声をかける。そして、マユリの解析の準備が整っているのを確認すると、構えを取り、戦闘態勢に入った。

 

「蓮沼卯月……これは厄介な敵に当たったようだネッ」

 

 自分の敵が誰なのかを確認すると、ペペはそう零した。

 滅却師の頭領であるユーハバッハは、自身の部下に敵である死神の情報(ダーテン)を渡していた。その中でも、卯月は多くの星十字騎士団から目をつけられていた。その理由は彼の斬魄刀の能力にある。

 卯月の斬魄刀睡蓮は、煙を体内に取り込ませた対象が発動していた能力を解除し、眠らせる能力と、自身が煙を体内に取り込んだ時、傷と病気以外の異常状態を回復できる能力を有している。

 そして、それらの能力は一部の星十字騎士団にとって、天敵と言えるような能力だった。例えばぺぺの能力は、彼が放つハート型の霊力の塊に接触した対象を魅了するという能力だが、この能力は卯月の斬魄刀の能力によって無効化することができる。このように、卯月の斬魄刀一つで能力を封殺されるような滅却師が星十字騎士団にはそれなりに居た。

 

「でも、勝てないという訳ではない」

 

 だが、そんな彼にも明確な弱点が存在する。

 

「果たして、キミはミーを傷つけることができるかナ~?」

 

 卯月の弱点、それは彼がサポートに秀でているが為に、彼自身の純粋な攻撃力は並みの隊長格程度しかないということだ。そして、その程度の攻撃ならば防げるだけの力を、星十字騎士団の者は総じて持っている。故にこの戦いは、ぺぺは動きの素早い卯月に如何に矢を命中させ、卯月は低い攻撃力で如何にしてペペに攻撃を通すのかが、それぞれの勝利の鍵になるとペペは考えていた。

 

「【卍解】!!」

「やっぱり、そうくるヨネッ」

 

 そして、そんな中で卯月がなんらかの手札を切って来るのは、ペペとしても十分に考えられたことだった。それが瞬閧なのか、卍解なのか、はたまた縛道なのかは終ぞ絞ることはできなかったが、卯月が切って来た手札はペペ達星十字騎士団にとって、最も対応が簡単な選択だった。

 死神側が取る手段が卍解ならば、星十字騎士団は、それぞれに与えられている円盤型の道具を起動させるだけで事足りるのだから。

 

 刹那、卯月の上昇しつつあった霊圧が消え失せた。否、これは消え失せたのではない。掠め取られたのだ。卍解を発動しようとしたことで、斬魄刀から発せられていた霊圧は全てペペの持つ円盤型の道具――メダリオンに吸収されていた。

 そして、それを確認した卯月は徐に口を開く。

 

「ほたる、伝令を頼んでいい? 今回の敵は、卍解を奪う。だから、涅隊長の解析が終えるまで、絶対に誰も卍解を使わないように、もう一度念を押して欲しい」

「……大丈夫なの?」

「うん。直ぐに取り返して見せるよ。それに、僕以外の人が、僕に僕の卍解を使ったところで、無意味だからね」

 

 そう言った卯月の視線の先には、奪った卍解がお眼鏡にかなうものではなかったのか、眉をひそめるぺぺの姿があった。

 

「むぅー。一体どんな能力かと思っていたけど、まさかこんな能力だったとはネッ。道理で今まで使ってこなかった訳だ」

 

 そして、卯月の卍解に対して愚痴を零すぺぺ見る限り、この先彼が卯月の卍解を使うとは思えなかった。

 

「ね、言ったでしょ?」

「確かにそうみたいね。分かったわ。――【天挺空羅】」

 

 ほたるによって、全隊長格にこのことが伝わる。原作知識で知っていた卯月や、最初から卍解を会得していない剣八とは違い、多くの隊長格は敵が卍解を奪う手段を持っているということに、少なからず動揺した。

 

 ――だからこそ、早く敵を倒して、解析に取りかかる必要がある。

 

 今回の戦いにおいて、卯月に課せられた一番の役割は、囮として卍解を発動して敵の出方を伺うこと。つまり彼にとって、ここからが本当の戦いだ。

 

「涅隊長、あの円盤型の道具、見えてましたか?」

「フン、どうやら冷静さは欠いていないようだネ……。無論だヨ、先程の敵の動きや、奪われた卍解の霊圧の流れを見るに、あの円盤型の道具に卍解を奪う効果があると考えて、間違いないだろうネ」

 

 これから自分の代わりに実験材料を調達してくる卯月が、卍解を奪われたことにより、焦りなどの感情を抱いていないことに安心したマユリは、遠目から見ていた自分の考えを卯月に告げた。

 

 ――最悪の場合を想定する。その言葉に間違いはなかったようだネ。

 

 隊首会で卯月が元柳斎に言い放った言葉を思い出しながら、マユリはそう思った。

 そして、マユリが思考を巡らせている内にも、卯月は次の行動に移っていた。隊長羽織りを脱ぎ捨てた卯月は、霊力を解放する。

 

「【瞬閧】!」

 

 瞬間、卯月の背中と肩口から、霊圧が噴き出した。

 

「卍解の次は瞬閧か……。だけど先に卍解を使ったということは、瞬閧は妥協策ということ。その程度の力でミーを倒せると思っているのなら、それは間違いだよ~ん」

 

 卯月の能力は、これまで碌に発動したことがなかった卍解以外は全て、情報として星十字騎士団の間で共有されている。故に卍解が奪われた卯月に対して警戒しなければならないのは、彼が新たに開発した縛道くらいのものだ。先程も言ったように、星十字騎士団は全員、卯月の瞬閧程度の攻撃なら、軽傷に抑えることのできる術を持っているのだから。

 

 故に、この戦いはぺぺが優勢で進んでいく――はずだった。

 

「それはどうかな?」

「へぶっ!?」

 

 しかし、蓋を開けてみれば、そこにあったのは卯月の動きに反応することができず、そのまま顔面に拳を喰らって、吹き飛ばされるぺぺの姿だった。

 

 

***

 

 

 また、それとほぼ同時刻。砕蜂とロボットの滅却師――BG9(ベー・ゲー・ノイン)の間でも同じようなことが起こっていた。

 

 卍解を制限された状況だが、砕蜂にはそれにも匹敵する技、瞬閧がある。故に砕蜂はBG9と対峙するや、すぐさま瞬閧を発動したのだが、それは護挺十三隊の情報を有しているBG9からすれば、簡単に読めた話だ。

 実際、BG9というロボットは砕蜂の瞬閧の発動を読み、それに対応する為の最適解を導き出した。しかし、砕蜂がその上を行っていた。

 

「その力はなんだ?」

 

 ロボットと言うものは、予め決められた動作を行うのには優れているが、咄嗟の応用力では人間に劣っている。

 そのようなこともあり、BG9は想定外の事態に驚きを隠せなかった。

 

「なんだ、だと? お前達は情報(ダーテン)とやらで、私達の情報を共有しているのではないのか? なら、私の姿を見ただけで、この力の正体が判るはずだろう?」

「その力の名は知っている。背と両肩に鬼道を背負って戦う最高白打戦闘術、瞬閧。それを独自に発展させた無窮瞬閧。それがその技の正体だ。だが、お前の無窮瞬閧にここまでの威力はなかった筈」

 

 砕蜂の言うように、星十字騎士団はユーハバッハからもたらされた情報によって、護廷十三隊の主要人物のデータを共有している。もし、その通りなら砕蜂にここまでの力はなかったはずなのだ。

 しかし、先にもあるように砕蜂の力はその情報の上を行っていた。それがBG9というロボットにとって何よりもの障害だった。

 

「その情報はいつのモノだ? 私達はいつ敵が出て来ても迅速に対処できるよう、日々努力し、成長している。情報だけが、戦いの全てではないぞ」

 

 そして、砕蜂から返された言葉は至極当然とも取れるものだった。

 隠密機動の総司令官でもある砕蜂は、戦いにおける情報の重要性など、言われずとも理解している。しかし、情報とは日々変化していくもの。それが生物ともなれば尚更だ。成長もそうだが、体調などの細かい要素によっても、そこから生み出されるパフォーマンスは変わって来る。

 だが、星十字騎士団達も馬鹿ではない。情報も瀞霊廷やこれまでの戦いの場に忍び込ませた道具によって、常に最新のものへと更新されているし、更にそこから敵がどう成長して来るのか、予測した上で戦場に立っている。その証拠に、他の隊長達と遭遇した星十字騎士団は一部を除き、順調に戦いを進めていた。つまり、砕蜂は今回そんな敵の予測をも超えて、成長した上でこの戦場に立っているのだ。そして、それはペペと戦う卯月も同じ事だった。

 

「尤も、決まった動きしかできぬ機械に私が何かを言ったところで、全くの無駄だろうがな」

 

 そう話を締めくくると、砕蜂は更に瞬閧の出力を上げた。今まで彼女の周りを循環していた風はより強く、速いものへと変化していく。

 

「【無窮瞬閧・神戦風(じんせんぷう)】」

 

 刹那、砕蜂が動き出す。自ら生み出した風によって射出された彼女の身体は、弾丸の如く勢いでBG9へと接近していく。それに対してBG9は身体に装備されているミサイルなどを駆使して、直線的に接近してくる砕蜂を迎え撃とうとするのだが、ここでBG9はあり得ないものを目にした。

 

 砕蜂が、全く速度を衰えさせることなくBG9の攻撃を躱したのだ。

 

「ありえんっ……!?」

 

 普通、直線的に移動していた者が前からの攻撃を躱そうとした時、多少なりとも速度を緩めることが必要だ。しかし、砕蜂にそのような動きは見られなかった。それどころか人体の構造では不可能な動きでBG9への接近を続けた。

 その流動的な動きはまさに風。自身の身に纏う風を完全に使役した砕蜂は、風の動きに乗ることにより、本来の彼女には不可能な変幻自在な動きを可能としていた。

 

 そして、BG9の攻撃を悉く回避した砕蜂の拳がBG9に炸裂する。吹き荒れる嵐のような威力を孕んだその拳は、いとも簡単にBG9を吹き飛ばした。

 後方に吹き飛ばされながらも、BG9は追撃を防ぐために身体から伸縮性に優れた槍のような武器を何本も砕蜂に放つが、その全てを回避する。

 

「速すぎる……!?」

 

 攻撃を放ってもその悉くが砕蜂の速力に追い付いていない。今の砕蜂の速度は完全にBG9の処理速度を上回っていた。

 だが、これでBG9の勝ちの目が消えた訳ではない。確かに、槍などの攻撃範囲が狭い武器では今の砕蜂を捉えることは難しいが、それよりも遥かに攻撃範囲が広い武器がBG9の身体には仕込まれている。ミサイル、ロケットランチャー、様々な武器を駆使して、BG9は砕蜂を打ち落としにかかる。狙うのは爆撃、爆撃ならば、多少照準がずれていたとしても、敵にダメージを与えることが可能だ。爆撃によって砕蜂の動きが鈍ったところを一気に叩く。それがBG9の策だった。

 放たれた無数の砲撃は、一直線に砕蜂に向かって行く。先程までと同じように砕蜂は回避を続けていくが、四方八方に放たれた爆撃が徐々に砕蜂の行動範囲を狭めていく。やがて爆撃は完全に砕蜂の逃げ道を塞いだ。

 

「くっ!?」

「終わりだ」

 

 幾ら速く動けても、その行動自体を妨害してしまえば、そこに残るのは格好の的だ。周囲の爆発によって動きが止まってしまった砕蜂にトドメを刺すべく、BG9は身体に備え付けられた様々な武器を何ふり構わず放出していく。この攻撃で勝負を決めようとしていることは明らかだった。

 そして、動きを止められた砕蜂にこの攻撃をやり過ごす術は残されていない――筈だった。

 

「避けられないと思ったか?」

「っ!?」

 

 ――無窮瞬閧・神護風(じんごふう)

 

 刹那、風向きが変わった。先程までは打撃の威力を向上する為に四肢を螺旋状に循環していた風が、今は術者である砕蜂を護るように球状に回転していた。

 そして、BG9が放った武器は全て砕蜂を避けるように彼女の周りを通過していく。砕蜂の近くで爆発するように調整されたミサイルもあったのだが、その爆風すらも、砕蜂の風の勢いには及ばなかった。

 

 ――しかし、それだけでは終わらない。

 

「それ、お返しだ」

「何だと……!?」

 

 BG9が放った武器の内のほんの一部、それらが砕蜂の展開する球状の風を一周し、BG9へととんぼ返りを始めた。ただの武器と侮ることなかれ、BG9の元へと返された武器は全て無窮瞬閧の風を纏っている。その威力は以前砕蜂が放った卍解と瞬閧の合わせ技――神風雷公鞭には及ばないものの、それぞれが馬鹿にならない威力を秘めている。寧ろ数が多い分、捉え方によってはこちらの方が悪質とも取れるだろう。

 

 今の状態のBG9ではどう足掻いても出せない威力の攻撃。抗える筈もなかった。機械である身体は大きく損傷し、爆撃の熱に耐えられずに溶解する。とても正常に作動できる状態ではなかった。だが、そんなBG9に接近する影が一つ。纏う風によって爆風を掻き分けながら、砕蜂は一直線にBG9との距離を詰めていた。

 

「【神戦風・鎌鼬(かまいたち)】」

 

 そして、また風向きが変わった。球状に旋回していた風は再び、四肢を中心に螺旋を描く。しかし今回はそれだけではなく、風がまるで鋭利な刃物のように研ぎ澄まされたものへと変化していく。並の硬さのものでは切り刻まれることは、火を見るより明らかだった。

 そんな斬撃とも取れる拳撃をBG9はまともに喰らってしまう。風に紛れた無数の刃が何度も何度もBG9の身体を切り裂いていく。次の瞬間、そこにあったのはもとの面影など何一つない、粉々に刻まれた鉄屑の山だった。

 

「やりましたね、隊長! 卍解を使わずに敵を倒すなんて流石は隊ちょ――へぶっ!?」

 

 勝負が決したのを遠くから見ていた大前田が、戦いを終えた砕蜂を労うべく、声をかけながら近づくのだが、そんな彼を待っていたのは、いつもとなんら変わらない砕蜂の拳だった。

 殴られた顔面を抑える大前田を見た砕蜂が一言。

 

「浮かれるな。この戦いも、滅却師との戦争のほんの一部に過ぎん。戦いはまだ始まったばかりだ」

 

 そう、確かに敵の幹部である星十字騎士団を下したことに変わりはないが、それに護廷十三隊隊長よりも多い敵幹部の内の一人という言葉を付け加えるだけで、現在の状況の深刻さが容易に理解できる。砕蜂の言う通り、決して気を抜けるような状況ではないのだ。

 瞬閧という卍解にも匹敵する攻撃手段を有している砕蜂は敵に打ち勝つことができたが、そうでない他隊の隊長は苦戦を強いられていた。

 

 ――やはり卍解無しでは、勝つことは難しいか……。

 

 となれば、やはり勝負の鍵は、如何に早く護廷十三隊側が卍解を使えるようになれるかという所にあり、その鍵は囮として既に卍解を奪われた卯月に委ねられている。

 そして、卯月が瞬閧を発動したのを、戦いが終わったことで霊圧知覚の範囲を広げた砕蜂は感じ取っていた。それを認識した砕蜂は一つ微笑を浮かべると、すぐさま真剣な表情に戻り、大前田に声を掛ける。

 

「何時までそうしているのだ、他隊の加勢に向かうぞ」

「はいっス。蓮沼の所に向かうんですよね?」

「その必要はない」

「……はい?」

 

 先にも述べたように、この戦争の鍵は卯月が握っている。故に大前田は卯月に加勢することで、作戦をより確実なものにしようと考えていたのだが、砕蜂は違ったようだ。

 

「今やあいつの白打の実力は瞬閧を含めても私と同等。元よりあいつが得意とする縛道なども加われば、まず負けることはないだろう。それにあの場には蓮沼以外にも涅が居る。ただでさえ隊長の数が敵の幹部に足りていない状況で、一ヶ所に隊長が三人も集まるのは愚策以外のなにものでもない」

 

 状況を冷静に把握した上で砕蜂は言った。大前田もこの砕蜂の意見には異論がなく、方針を決めた二人は他隊に合流すべく移動を始める。

 

 その道中、ふと大前田がこんなことを訊いた。

 

「そういえば隊長達、ここ最近ずっと黒い結界の中に入って修行してましたよね? 一体何してたんすか、アレ?」

 

 ここで言う隊長達というのは、砕蜂と卯月のことを言うのだが、ここ最近二人は早朝の修行の際に何やら黒い結界を展開し、その中で修行をしていた。実を言うと、滅却師に二人の急激なパワーアップが知られていなかったのは、この結界の中で修行していたからなのだが、そんな事情を知る由もない大前田は純粋に疑問を投げかけた。

 

「五月蠅い、黙れ」

「へぶっ!?」

 

 だが、そんな大前田に返って来たのは質問に対する答えではなく、拳だった。

 

「二度とその話を私にするな」

 

 不機嫌を露わにしながら、砕蜂は言った。

 何故この質問でここまで気分を害したのか、その訳を話すには、一年半程遡る必要がある。




 次回の投稿は、1月9日の予定です。

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