転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 お久しぶりです。漸くサークルに提出する小説を書き終えたので、本日から投稿を再開します。今回から千年血戦篇ですね、これが本作の最終章になるかはまだ未定ですが、改めてよろしくお願いします。


千年血戦篇
第五十一話


 その時はある日突然訪れた。何が来てもいいように、自分の中で万全と言える準備をしていた。一護君が死神の力を取り戻してからは、より一層修行に力を入れていたし、新たな縛道だって開発していた。しかし、今回の敵はそんな僕の警戒を、意図も簡単にすり抜けて来たのだ。

 

 その時、砕蜂隊長との修行を終えた僕は隊舎に戻り、いつものように仕事に取り組んでいた。

 

「お疲れ、卯月君」

「ありがとう、ほたる」

 

 ほたるが淹れてくれたお茶とお菓子を受け取り、それらに口をつける。隊長になってからというもの、毎日のように彼女が淹れるお茶を飲んでいるけど、未だに飽きは感じなかった。目新しさこそはないけれど、ほたるが淹れたお茶を飲んで、彼女と談笑しながら休憩をするのが、僕の一日の内の小さな楽しみとなっているのだ。

 

 ――しかし、そんな日常は一瞬にして崩れ去った。

 

「……えっ!?」

「どうしたの卯月く――!?」

 

 突然僕が勢いよく椅子から立ち上がったことに驚いたほたるだったけど、次の瞬間には全く別の事に驚きを示していた。そして、それは僕が最初に驚いた事と同じモノだったはずだ。何故ならこの時、僕達の視線は完全に同じ方向を向いていたのだから。僕達の視線の先にあったのは――一番隊隊舎とその先に位置する黒陵門だった。一番隊隊舎でも戦いの規模はそう大きなものではないけど、黒陵門での戦闘は熾烈を極めており、僕とほたるがこうして驚いている内にも一人、また一人と犠牲者は増えていた。

 

「でも、こんなに霊圧が大きい敵を見逃すなんてっ――!?」

 

 そこまで言ったところで、ほたるは発言をやめた。そう、僕達は真央霊術院時代に居た頃、既に対峙したことがあるのだ。霊圧を完全に消すことができる巨大虚と。あれは恐らく、藍染が絡んでからこそ可能だったからと今は踏んでいるけれど、決して不可能ではないということを僕とほたるは身を以て体験しているのだ。そして、その時と同じようなことが、いま起こっている。

 つまり、今回の敵は僕達に気付かれないように、遮魂膜を通る、あるいはすり抜けて侵入する何らかの手段を持っている可能性が高かった。でないと、こうも簡単に総隊長が居る一番隊隊舎に、僕達護挺十三隊が侵入を許す筈がないのだから。

 

「とにかく、黒陵門へ急ごうっ!」

「うん!」

 

 状況は刻一刻を争っている。僕達隊長格なら、移動しながらでも、ある程度なら会話することは容易なので、今はいち早く戦場に赴くことが先決だろう。そう思って隊舎から外に出た僕達だったけど、遅かった。後手を取って敵を本丸である一番隊隊舎への侵入を許した。その時点で敵の方が一枚上手で、そこから僕達がどんな行動を起こそうとも、負けは確定していたのだ。

 

 ――隊舎を出てから数秒後、一番隊の副隊長である雀部副隊長の霊圧が消えた。

 

 僕達が一番隊隊舎に着いた時には、既に敵は姿を消していた。そこにあったのは甚大な被害を受けた一番隊隊舎周辺の区域とその隊士達――そして、今までに見たことがない程の憤怒を身に纏い、文字通り鬼の形相を浮かべる総隊長の姿だった。

 

 

***

 

 

 それから程なくして、雀部副隊長を始めとする亡くなった一番隊隊士の葬儀が執り行われ、その後に緊急の隊首会が開かれた。

 

「――以上が今回の賊軍侵入案件についての顛末報告全文です」

「ご苦労、阿近。下がって良いヨ」

「はい」

 

 技術開発局で観測していた情報を元に、今回の件の一連の流れが、十二番隊三席の阿近さんによって語られた。報告を終えた阿近さんは、同隊の隊長である涅隊長の指示によって、隊首室を後にした。

 それを確認した涅隊長は「さて」という言葉と共に口火を切る。

 

「今回の旅禍、仮に賊軍と呼んでいるが、自らの勢力を“見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)”と呼称するこの賊軍の侵入と、近時の虚消失案件とは一つに繋がっている」

 

 涅隊長の言う虚消失案件とは、近頃現世、尸魂界、虚圏で共通して起こっていた、虚が何者かによって消滅させられる問題の事である。その数は十や二十では留まらず、現在数百にまで及んでいる。それが何故問題になっているのかと言えば、それは正と負の魂の均衡が崩れてしまうからに他ならない。

 この世界は主に現世、尸魂界、虚圏が絶妙なバランスで均衡していることによって成り立っており、それらの世界に生息する正と負の魂のバランスを調律することが死神の仕事だ。もし、このバランスが崩れてしまうと、世界もそれに釣られるように均衡を崩し、最悪世界が崩壊してしまうこともあり得るのだ。

 

 そして、涅隊長はこの問題と、今回の件が一つに繋がっていると言った。そして、それは僕も同意見だ。――何故なら、虚を完全に滅する事ができる種族など、一つしかないのだから。

 

「賢明な隊長諸兄には既に判断がついている事と思うが、賊軍の正体は――滅却師だ」

 

 そう告げられた時、驚くような素振りを見せる隊長は一人として居らず、皆何らかの方法で敵にあたりをつけていたことが察せられた。

 

「奴等がどうやって生き残り、勢力を拡大したのかは知る由も無いが、警戒すべきは奴等がどうやら遮魂膜を通過する方法を持っているという事と、雀部副隊長の遺言によれば、どうやら卍解を封じる、もしくは無力化する能力を持っ――」

「もうよい」

 

 続けて、敵の情報を整理しようとした涅隊長だったけど、その発言を総隊長が遮った。

 

「情報の共有はもう充分であろう。お主に求めるのはその先、奴らの根城は何処にあるのか」

「……残念ながら、それはまだ」

「そうか、ならば此方から攻め入る術も無し」

 

 確かに、今回の敵について現在知れることと言えば、総隊長が遮る前に涅隊長が言ったことぐらいだ。故にそれで以上話を聞く必要はないと断じた総隊長は地面に杖を一突き。

 

「全隊長に命ず、これより戦の準備にかかれ。賊軍の尖兵は開戦は五日後と告げたが、急襲をかける奸佞邪智(かんねいじゃち)の徒輩の言葉など、信ずるべくもなし。直ちに全身全霊で戦備を整えよ! 二度と奴らに先手など取らせてはならぬ!!」

 

 そう言って総隊長は、この場に居る全隊長に向けて指示を飛ばした。

 

 ――だけど、それでは駄目なことを僕は知っている。

 

 総隊長は決して敵に先手を取らせるなと言っていたけれど、このままじゃほぼ確実に僕達は後手に回ることになる。事実、今回は易々と敵の侵入を許し、並みの隊長格の実力を凌駕する雀部副隊長の命が奪われてしまった。

 そして、敵が持っている方は卍解を封じるモノでもなければ、無力化するモノでもない。卍解を奪うモノだ。このままただ開戦を待つだけでは、敵に侵入を許すという同じ事を繰り返すだけでは留まらず、卍解を奪われ、碌に戦うこともできずに負けてしまう可能性が高かった。

 確かに、共有できる情報もできることも少ないかもしれない。けど、だからこそある程度方針を固めておくことが重要なのだ。そうすることで、此方の被害を最小限に留めることができるかも知れないのだから。

 

「待ってください!!」

 

 意を決した僕は口を開いた。まさかこのタイミングで口を挟む人が居ると思わなかったのか、他の隊長達はギョッとした視線を僕に向けて来る。

 

「何じゃ?」

 

 もしも、敵襲に備える為の時間を奪ってみろ。その時はどうなるのか分かっているのだろうな。そんな考えを総隊長の鋭い視線から感じ取った。正直、威圧感で身体が竦んでしまいそうだけど、ここで引くわけにもいくまい。僕は誠意を伝えるべく、総隊長の瞳をまっすぐ見返した。

 

「敵の情報が少ない。だからこそ、最悪の場合を想定して動くべきだと僕は思います」

「何が言いたい?」

 

 敵は遮魂膜を此方に気付かれずに通過できる、敵は卍解を封じる何らかの手を持っている。だからこそ、何時敵が来てもいいように全身全霊で準備に取り掛かるように指示を出した。碌に敵の情報がない状態で、これ以上何ができる? そう言いたげな総隊長だった。

 

「例えば敵の侵入方法ですが、本当に敵は門を通過して、瀞霊廷に入ったのですか? 僕は五番隊隊舎から、敵の霊圧を感じていましたが、黒陵門に出現した敵も居れば、一番隊舎内に突然出現した敵も居ました。そして、敵が去った時は突然その場から消え失せたように感じられました。霊圧を消して移動した、と考えるのは簡単です。ですが、もし敵が空間転移のような術を持っていたらどうでしょう? そうなれば、次に敵が瀞霊廷に侵入した時も、必ず後手に回る事になります。涅隊長、この可能性はあると思いますか?」

「ああ、十分に考えられるネ」

 

 僕は言葉を選びながら、今後起こり得る可能性について話を進めていく。敵の霊圧を観測していた十二番隊の隊長が賛同してくれたので、この話の信憑性は高まることだろう。

 

「だが、それはあくまで可能性の話だ。確かに心に留めておくことで、そうなった時の私達の対応速度も変わってくるが、そんなもの言いだしたらキリがない。蓮沼、お前が言いたいことはもっと別の事だろう?」

 

 そう言って僕の次の言葉を促してくれたのは、砕蜂隊長だった。流石に一緒に居た時間が長いだけあってか、彼女には僕がどういう形で話を進めていくかなどお見通しなのだろう。

 そう、砕蜂隊長の言う通り、僕が一番言いたいのはこのことではない。敵がどう攻めてくるかなど、敵が来るまでは分からないし、そもそも敵の居場所が分からない時点で、僕達が後手に回ることは確定しているのだ。そこはその場で臨機応変に対処するしかない。

 故に僕が話すのはもっと現実的な話だ。近い未来起こることが確定していること。

 

 ――つまり、原作知識の話だ。

 

 僕は細心の注意を払いながら、言葉を選び出す。

 

「先程の涅隊長の話からもあったように、今回の敵は、卍解を何らかの方法で封じる力を持っています。ですが、護廷十三隊の中でも総隊長に次ぐ程の実力者である雀部副隊長が討たれたということは、今回の敵は卍解なしで戦えるような甘い敵ではありません。故に、この戦いに勝つには、如何に早く敵の卍解を封じる力を解析し、それを破るかに懸かっていると、僕は考えます」

 

 ここまでのことは、この場に居る人達なら、全員が認識していることだろう。だから、僕はここからもっと突っ込んだ話をしなければならない。

 

「――僕が囮になって、卍解を発動します。涅隊長、戦いが始まったら、僕と同行して頂けますか?」

 

 原作では砕蜂隊長を含む四人の隊長が卍解を奪われ、それが面白いまでに同時に起こったことから、その四人は一部の界隈では四馬鹿と蔑まれた。だけど、それは敵を攻略する上で必要なこと。絶対に誰かが犠牲にならないといけないことなのだ。だけど、それには四人も必要ない。涅隊長ならば、一人の実験対象で、答えを導き出せるだろう。

 

 ――だから、馬鹿は僕一人で十分だ。

 

『ごめんよ、睡蓮』

『謝ることはありません。あなたがこうすることは分かっていたことですし、それにこのことは随分も前に双方納得したことではありませんか』

『まあそれはそうなんだけど、一応、ね……』

 

 しかし、それはあくまで僕の決断であって、睡蓮からすれば面白い話ではない。故に僕は、この考えを思い付いた時点で睡蓮に相談を持ち掛けていたのだ。斬魄刀は持ち主を映し出す鏡、つまり睡蓮は僕が元々この世界の住民じゃないという事は分かっているし、僕が知っている原作知識は全て彼女の頭の中に入っている。だからこそ、話し合いもスムーズに進み、無事決着もついたんだけど、それでも彼女を囮に使うという罪悪感は消えないものだ。

 そんな僕の心情を見抜いたのか、睡蓮は一つため息を吐いた。

 

『済んだ話を掘り返すのはみっともないですよ。卯月、今あなたが話すべき相手は私ですか? 違うでしょう。でしたら、今あなたが成すべきことをなさって下さい』

『睡蓮……ありがとう』

『礼には及びませんわ。……信じてますわよ。あなたなら、直ぐに私を取り返してくださると』

『うん、約束するよ』

 

 罪悪感が消えた訳ではない。だけど、睡蓮の覚悟を無駄にすることが何よりもいけない事だということは分かっているつもりだ。こんな時でも背中を押されて、我ながら情けないけど、もう大丈夫だ。

 

 一度は斬魄刀に向けていた意識を、再度話しかけていた涅隊長に戻すと、丁度彼は不気味な笑みを浮かべながら口を開いていた。

 

「面白い、君は私を毛嫌いしているものだと思っていたヨ。それが、まさか自ら被験体として立候補してくるとはネ」

「好きではありませんよ。だけど、今は私情でどうこう言っている場合ではありませんからね。――全ては瀞霊廷の為に、ですよね?」

「いいだろう。そこまで言うのなら、君を私の実験体として雇ってあげるヨ。なに、安心したまえ。何せ私は優しさが人の形を模したような存在だ。君には何不自由なく、私の実験体として過ごしてもらうヨ、蓮沼隊長」

 

 ――期間は敵の卍解を奪う能力を解くまでだし、それ以外の検証を受ける気はないんだけど、そこのところ分かっているのかな、この人……?

 

 話を総隊長に遮られ、心中穏やかではなかったことを利用して、涅隊長を味方にするように話を進めたんだけど、無駄に調子づかせてしまったことを後悔した。

 

「少し黙れ、涅」

「ふん」

 

 しかし、こんな状況でも砕蜂隊長は僕に助け舟を出してくれた。そして、涅隊長も本気で言った訳ではなかったのか、これ以上会話が熱を持つことはなかった。

 

「蓮沼卯月」

「……はい」

 

 再度、総隊長が僕に目を向けてくる。先程とは違うまるで値踏みをするかのような視線を、僕も負けじと見つめ返した。やってることこそはさっきと同じだけど、これは言わば最終試験のようなものだ。先程見せたものは誠意。そして、今見せるものは――覚悟だ。

 

 そして、数秒視線が交錯した後、総隊長が口を開く。

 

「相分かった。此度の戦い、賊軍の卍解を封じる能力の解明はお主ら二人に託す。じゃが、それはお主ら二人が究明せなんだ間、儂らは卍解を使えぬということ。それを努々忘れぬよう、心してかかれ!」

「はい!」

「仰せのままに」

 

 この選択が正しいのかは分からない。僕が原作知識として知っているのも、敵が卍解を奪う手段を持っているということだけで、それをどうやって攻略したのかまでは覚えていない。だから、この作戦が成功するという確証はどこにもないのだ。

 

 ――だけど、やれることはやって来た。

 

 藍染の乱での反省点を踏まえ、この十七ヵ月で僕の基礎能力は大幅に上昇した。二年にも満たない短期間で能力を向上させるには、それだけの過酷な修行を強いることになったけど、それを乗り越えたことは僕を勇気づける自信となっている。

 

 ――なら、後は仲間と自分を信じて、全力で事に当たるだけだ。

 

 失敗は許されない。もし、僕が失敗すれば、それは護廷十三隊が敗北する時だ。だけど、そんな追い込まれた状況に居るのにも関わらず、不思議といつも以上の恐怖や緊張は感じなかった。

 

 そして、隊首会は幕を閉じた。

 

***

 

 

「……卯月」

「何だい修兵?」

 

 一番隊隊首室から退室した後、僕は修兵に呼び止められた。そして、その隣には砕蜂隊長も居た。

 

「どうして自分一人が犠牲になるような真似をしたんだ、なんて野暮なことはこの際訊かねぇよ。お前の判断が最も効率的なことは、俺も十分に理解しているつもりだ。だから一つ訊かせてくれ――お前、本当にそれでいいんだな?」

「うん。さっきも言ったけど、この戦いで勝利する為の鍵は、此方が卍解を使える状態にすることだからね。それに、言い出しっぺの僕が人に任せる訳にもいかないでしょ」

「……そうか」

 

 僕の言葉を聞いて、踏ん切りがついたのか、修兵は徐に拳を突き出して来た。……そう言えば、久しくやっていなかったね。

 

「なら、俺から言うことはもうなにもねぇ。頑張ろうぜ」

「うん」

 

 コツン、と拳を突き合わせる。それだけで頑張ろうと思えるのだから、不思議なものである。

 そして、修兵と入れ替わるように砕蜂隊長が話しかけてくる。

 

「分かっているな、蓮沼。今回の戦い、卍解を使えない序盤は、瞬閧という斬魄刀とは異なる攻撃手段を持った私達が主戦力となるだろう。それに加えて、お前は賊軍の卍解封じを解く任を任せれているが、それとこれとは話が別だ。抜かるなよ」

「はい、分かってます」

 

 そう、あくまでも今回の敵の卍解奪取の解析は、僕が勝手に立候補したこと。それを言い訳に、隊長としての本来の使命を疎かにしてはいけない。そして隊長としての使命とは、隊士を護り、尸魂界を護ることだ。

 砕蜂隊長の言葉の意味を読み取った僕は、力強く頷いた。

 

「なら、いい」

「あ、砕蜂隊長」

「なんだ?」

「隊首会の時は色々フォローしてくれて、ありがとうございました。お陰でスムーズに話を進めることができました」

「気にするな。私が口を出さずとも、お前はあのまま話を進められていたはずだ」

 

 確かに、砕蜂隊長の発言がなくても、僕はあのまま話を進めようとしただろう。しかし、砕蜂隊長が僕のフォローに回ってくれたという事実は、あの場の僕にとっては何よりもの励みになったのだ。

 

「それでもですよ。あの時砕蜂隊長は僕を思って発言してくれたんですから、そこに何も感謝を述べない訳にはいきません」

「……約束、忘れるなよ」

 

 最後に無理やり話を変えながら、そう告げた砕蜂隊長は、瞬歩を用いて足早にこの場を去った。

 

 ――はい、必ず。

 

 砕蜂隊長が去っていた方を見ながら、僕は心の中で彼女の言葉に答えた。そして、場に残されたのは僕と修兵――そして、今一番隊隊舎から出て来たもう一人。

 

「修兵、どうやら修兵は僕が一人自分を犠牲にしたと思っているようだけど、そんなことはないよ」

 

 それを訊くのは野暮と、質問する事こそはしなかった修兵だけど、口に出した以上、少なからずそのような考えを持っているのは誤魔化しようのない事実だ。

 でも、これは決して自己犠牲などではない。

 

「だって僕には仲間が居るからね。解析をしている間は涅隊長が僕についてくれるし、そしてなにより――今の僕には誰よりも頼りになる副隊長がついている」

「……ふっ、そうだったな」

 

 僕の視線に釣られて後ろを振り向いた修兵は、僕の言わんとしたことに納得したのか、微笑を浮かべた。

 

「お疲れ、ほたる」

「ええ、二人もお疲れ様」

 

 僕の言葉に答えながら、ほたるはこちらに歩みを進めて来る。今回は隊長が隊首室で隊首会に参加している間、それと同時に副隊長も別室で会議を開いていた。ほたるがここに来たということは、それが終わったということなのだろう。じきに他の隊の副隊長も、一番隊隊舎から出て来るはずだ。

 そして、やがてほたるは僕の真正面に仁王立ちして立ち止まった。その距離約三十センチ。

 

「……ほたる?」

 

 僕が話かけても、ほたるが反応を示すことはなかった。それどころか、僅かに顔を俯かせている所為でどのような表情を浮かべているのかも検討がつかない。状況について行けず、修兵に視線で助けを呼びかけるも、首を横に振られてしまう。

 どうしたものかと頭を悩ましていると、何の前触れもなく、ほたるの身体が動きだした。僅かに振りかぶった右手を僕の頬目掛けて横向きに放ってくる。つまるところ、ビンタである。

 

 ――そして、僕はそれを甘んじて受け入れた。

 

「痛いっ!」

 

 だけど、痛いものは痛いので、僕は身体を仰け反らせながら頬を抑える。先程も言ったように、僕は自分を犠牲にしたつもりじゃなかったんだけど、確かにほたるからしてみれば、僕が勝手に囮になるという状況は面白くないだろう。

 

「これで、チャラだから」

「……え?」

 

 きっと相当怒っているだろうと踏んで、次の衝撃に備えていたんだけど、ほたるの口から出たのは、僕を許す言葉だった。間の抜けた声を発する僕に、呆れるようにほたるは一つため息をつく。

 

「何ボーっとしてるのよ。これから戦いに備えるんでしょ? ただでさえ卯月君は他の人より危ない橋を渡るんだから、こんな所で油売ってる暇はないはずよ。ほら、早く隊舎に戻るわよ」

 

 そう言って、ほたるは隊舎へと歩みを進める。

 

 ――ほんと、敵わないな。

 

 その頼もしい後ろ姿を見て、そう思った。

 

「何というか、随分と逞しくなったな。蟹沢は」

「え、そう? 割と昔からあんな感じじゃなかったっけ?」

 

 修兵はまるで最近ほたるが成長したような口ぶりで言ったけど、僕はかなり昔からほたるに支えられて来ていた。確かに、僕が隊長になってからは自然と副隊長となったほたると接する時間が増えたので、そう見えるのも頷けなくはないけど、僕にとってはたるは昔から修兵と同じく頼りになり、敵わないと思える存在だった。

 

「いーや、確かにあいつは変わったぞ」

「うーん、そうかな?」

「ああ、そうだ」

 

 だけど、修兵はそんな僕の意見を真っ向から否定してきた。思えば修兵はずっと僕達の仲を見守ってくれていた。そんな彼だからこそ気付けたこともあるのだろう。自分の意見が正しいと疑っていなかった僕だったけど、頑なな修兵を見ると、何故かそう思えた。

 

「何してるの二人とも、早く行くわよ」

「うん、今行くよ!」

 

 そんな会話を繰り広げていると、再度ほたるから声がかかった。それに返事をしながら僕はふと思った。

 

 ――別にほたるが変わっても変わってなくても、どっちでもいいじゃないかと。

 

 ほたるは昔から、僕を支えてくれていた。そして、僕はそれに感謝している。その事実さえあれば十分だ。別にこれはほたるに限った訳じゃない。修兵に青鹿君に砕蜂隊長に楠さんに恋次達、色んな人達に支えて来て貰ったからこそ、今の僕があるんだ。

 

 ――だから、今を護りたいと思える。

 

 今だって戦いは嫌いだ。だけど、このかけがえのないものを護る為なら、僕は戦える。

 

「修兵、絶対に勝とうね」

「当たり前だ」

 

 そんな決意を身に宿しながら、僕はほたるの背中を追いかけた。

 

 

***

 

 

 それから、再度戦いが始まるのには、一日を要さなかった。前回、敵は五日後に攻めてくると宣言していたようだったけど、それを大幅に早めた上で攻めて来たのだ。しかし、それはこちらとて予想していたことだ。総隊長が下した命によって既に各隊配置についているし、僕達五番隊も十二番隊と合同で瀞霊廷内に散らばっていた。

 

 だけど、敵はその更に上を行っていた。何と、敵は僕が隊首会で進言した通り、何の前触れもなく、遮魂膜の内側に出現したのだ。既に可能性は考慮していたので、行動を執ること自体にはそう時間はかからないだろうけど、それが成功するかどうかは話が別だった。

 

 ――何故なら、突然の侵攻を許した時点で既に僕達は敵より一歩遅れているのだから。

 

 敵が卍解を封じると言う手段を持っている以上、そのスタートダッシュで開いた差を縮めるには相当な苦労を要するだろう。

 

 天に昇る青い火柱を纏いながら出現した敵の数はザっと数えて二十近い。そしてそれら全員が――隊長格に匹敵する程の霊圧を有していた。数ではこちらが有利だろうけど、質に於いては敵の方が卍解を奪う手段を有していることを考えれば分があった。

 

 ――だけど、そんな状況でこそ隊士を引っ張って行くのが隊長だ。

 

「行くよ、ほたる」

「ええ!」

 

 勢いよく駆け出した僕達に涅隊長、涅副隊長が併走して来る。目標は勿論青い火柱。僕達が居たところから最も近かったのは、白道門の周辺に位置していた。

 

 戦いが始まったのだ。

 




 次回の投稿は12月30日の予定です。

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