転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第五十話

「……誰も居ないな」

 

 何とか窮地を脱し、敵が創った空間から解放された僕は、卍解を解きながら霊圧探知も使用して、周囲の状況を見渡した。しかし、そこには先程まで僕も中に入っていたであろう、黒い立方体の結界があるだけだった。ここからは見えない場所にも、仲間や敵の霊圧は感じられず、どうやら、皆まだ敵と交戦中らしい。

 

「とりあえず、準備だけはしておこう」

 

 朽木隊長と更木隊長の二人を同時に相手している以上、能力を発動する為に敵に一太刀を入れる必要のある月島が、少なくとも大怪我以上の傷を負って帰ってくるだろう。その際は迅速に能力の解除を行えるよう、僕は始解をしながら、他の人達の戦いの終わりを待つことにした。

 そして、その時は思いの他早く訪れた。

 

「その様子じゃあ、そっちはやっぱ退屈だったみたいだな。こっちを選んで正解だったぜ」

「……更木隊長、それに朽木隊長も」

 

 周囲に四つ展開されていた黒い結界の内一つがホログラムと共にその形と効力を失い、その中から出て来た三人の中の一人、更木隊長がそんなことを宣った。彼の後ろには刀に突き刺されたまま背負われた月島と、「災難だったな」とでも言いたげな同情の視線をこちらに寄せる朽木隊長の姿があった。

 それに会釈を返しながらも、僕は自分の役目を果たすべく、言葉を切り出す。

 

「更木隊長、とりあえず井上さん達がかけられている過去改変を解除したいので、背負ってる月島をこっちに向けてくれませんか?」

「ん? おお、ほらよ」

 

 戦いも終わり、致命傷を負った今の月島には然したる興味や執着もないようで、特に反論することもなく、更木隊長は月島を斬魄刀から引き抜き、雑に地面へと放り投げた。致命傷に更なる衝撃が加わったことで、うめき声を上げる月島だけど、今回の件で一護君が心に負った傷はこの程度のものではないし、彼の人の心を弄ぶような行動は気に入らないので、かつては自分の事を護廷十三隊一の甘ちゃんと称した僕から見ても、いい気味としか思えなかった。なんなら一発くらい思いっきり殴ってやらないとこの衝動は収まりそうにないんだけど、それをすると風前の灯火である彼の命が本当に吹き飛んでしまいそうなので、ここは怒りを抑え込んだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ頼んだよ、睡蓮」

「……銀、城……」

 

 月島を眠らせることで過去改変の能力を解いた僕は、そのまま縛道で先程僕と戦った敵と一緒に拘束し直した。傷が傷なのでその痛みによって直ぐに目覚めると思うので、眠らせ続けられるように斬魄刀は解放したままにしておいた。

 

 月島が眠りにつく前に銀城の名を呼びながら掲げた手の先には、先程まで僕が入っていたものよりも一際大きい結界が展開されていた。その中では一護君と銀城が戦っていることだろう。

 既にこの戦いで僕にできることは殆ど終わった。後できることと言えば、負傷した仲間の治療をすることぐらいあろう。つまり、この戦いの行方は今も戦っている人達にかかっているのだ。既に、二人の隊長は月島が手を上げていた方向を見ながら静かに待機している。その眼差しには不安何て欠片もなく、こちらの勝利を信じて疑っていなかった。

 

 それから五分が経過したくらいだろうか、また一人此方の世界へと戻って来た。

 

「……何か知らねえが空間が解けたな」

 

 そう一人言葉を零したのは斑目三席だ。彼の傷が付いた顔や身体を見た限り、それなりに苦戦はしたのだろうけど、どうやら無事に勝てたようだ。

 

「おう、ようやく出てきたか」

「遅いよ、つるりん!」

「隊長、それに副隊長も! 早いっすね」

「バカ言え。オメーが遅えんだよ」

 

 そんな彼を迎えたのは同隊の隊長、副隊長である更木隊長と草鹿副隊長だ。因みに、つるりんというのは草鹿副隊長が名付けたあだ名で、他にも彼女は色んな人に対して独特なあだ名を付けている。

 因みに僕もハスハスというあだ名を付けられており、なんか興奮して落ち着かないヤバい人間みたいだから本当に止めて欲しいと思っていたりする。

 

 そして、斑目三席に続くように恋次も茂みの中から姿を現した。それに気づいた十一番隊の人達は彼に声をかけるのだが、その姿は斑目三席よりもボロボロで酷い怪我だった。

 

「阿散井」

「何だよボロボロじゃねえか、情けねえな!」

「いや、怪我してるのはあなたも同じでしょう……。ほら、恋次も治療するから、こっちにおいで」

「うす」

 

 僕の言うとおりこっちにやって来た恋次は斑目三席と共に僕の治療を受けながら、自分がどうしてここまでの傷を負ったのかを説明するべく、口を開く。

 

「すみません、随分前に爆発で空間からは出られたんすけど、しばらく動けなくて」

「ああ、やっぱあのデカい爆発音はオメーだったのか」

「やっぱ……?」

 

 まるで自分が爆発に巻き込まれたことを知っているかのような更木隊長の発言に、恋次は引っ掛かりを感じたようだ。更木隊長の霊圧探知能力の低さは、彼が毎回のように隊首会に遅刻するので有名になっている。そんな更木隊長が、見えない場所に居て、尚且つ消耗していた恋次の霊圧を感じられたのかと言えば、勿論そんなことはなく、あの爆発が起きた時点で朽木隊長と僕は恋次がそれに巻き込まれたことを察知しており、それを更木隊長に伝えていたのだ。

 

「ごめんね恋次、爆発が起きた時点で君がそれに巻き込まれたことには気づいてたんだけど、僕も彼らを見張っておく必要があったし、君なら大丈夫だと思ってそっちに向かわなかったんだ」

「いえ、俺ならこの通り大丈夫なんで、顔を上げて下さい」

 

 そのことについて詳しく説明した上で、僕は恋次に謝罪したんだけど、彼は快く許してくれた。

 

「それはそうと敵はやったのか?」

 

 僕と恋次の会話が終わったのを合図に斑目三席が問いを投げかける。

 

「死んだと思います……多分……」

「オメーこそどうなんだよ?」

「あ、いや……。それが、俺のとこの奴は説教したらどっか行っちまって……」

「説教だあ!? そんなことしてるから遅えんだろうが! チンタラしやがって」

 

 しかし、その問いは彼にとって自身の墓穴を掘るモノだったようで、最終的に斑目三席が更木隊長の叱責を受けることになった。

 

「なんで出てくるなり喧嘩してんだお前らは……?」

 

 そして、そんな二人に呆れ返りながらツッコミを入れたのは、たった今こちらに戻って来た日番谷隊長だった。

 

「ああ!? てめいにゃ関係無えことだ!」

「そうだな、分かった。気の済むまでやってろ」

 

 だけど、更木隊長はそれを聞き入れることなかった。きっと日番谷隊長は今『注意した俺が間違っていた』などと思っていることだろう。

 

「ねえ……」

 

 そんな日番谷隊長に声がかかった。声がした方に視線を向けてみれば、そこには日番谷隊長が結界の中から氷で拘束して連れて来た金髪の少年の姿があった。彼はこの結界を展開した術者なので、これで現在展開されている全ての結界を解除できるだろう。

 

「ちょっと、話が違うよ! 能力解いたら解放してくれるんじゃなかったの!?」

「全員の解放が確認できたらな。蓮沼」

「はい。とりあえず治療は終わりましたので……」

「ありがとうございます」

「あんがとよ」

 

 結界を解除すべく日番谷隊長に呼ばれた僕は、治療を終えたことを恋次と斑目三席に伝え、そのまま金髪の少年の方へ向かった。

 

「それはそうと、朽木と朽木が居ねえな」

「呼び分けて下さいよ、ややこしいんで」

「え? でも朽木隊長ならそこに……あれ?」

 

 かつて日番谷先遣隊として朽木さんとも現世に赴いたことがあり、朽木隊長と同じ隊長として日々働いているのにも関わらず、未だに二人の呼び名の区別をつけていない日番谷隊長に、斑目三席がツッコミをいれた。

 僕はこの二人のやり取りを聞いて、朽木隊長が居る場所を日番谷隊長に教えようとしたんだけど、僕が指した指の先には先程まで居た筈の朽木隊長の姿がなかった。一体どこに行ったのだろうと、僕は霊圧を探ることでそれを突き止めようとしたんだけど、その必要はなく、直ぐに朽木隊長は帰ってきた。

 

「ルキア!」

 

 しかし、彼の腕には気を失った朽木さんが抱えられていた。そのことに気付いた恋次は真っ先に朽木さんの元へ駆け寄る。

 

「任せる」

「はい!」

 

 そして恋次に朽木さんを預けると、朽木隊長はこちらに戻って来きた。

 

「無事なのか?」

「命はある。傷も浅く、霊圧の乱れもない。――ただ、ルキアの倒れていた周りに敵の気配も死体もなかった」

 

 それは妙だな。僕の目から見ても、今の朽木さんの容態に異常は感じられない。となれば、戦いには朽木さんが勝ったと考えるのが妥当なんだろうけど、そこに敵が居た痕跡がないとなれば、それもいよいよ怪しくなってくる。

 

「……何か知ってる風な顔だな?」

「まさか」

 

 そう僕が思考を巡らせようとしていた時、日番谷隊長が金髪の少年に話しかけていた。

 

「リルカの能力なんかほとんど知らないよ。お互い手の内明かすのが嫌だったから、向こうも僕の能力何て、上っ面しか知らないはずだしね。死んだか逃げたか知らないけど、死んでくれた方がありがたいよ」

 

 ……確か朽木さんと戦っていたのはピンクの髪を二つに結んだ女の子だった。そういえば、彼女は銀城から一護君の力を譲渡してもらうときに、それを躊躇するような反応をしていた。これらを踏まえれば、実は彼女は味方で、朽木さんとの勝負には勝ったけどそれを見逃したとは考えられないだろうか……などという考えを抱いてしまうのは、僕が甘いと言われる所以なのだろう。何にせよ、その女の子はこの場には居ないし、そんなこと考えてもしかたないか……。

 

「ほら、もういいだろ! 早く氷溶かしてよ!」

「ああ、分かった。蓮沼」

「はい」

 

 訊きたいことは十分に訊けたようで、日番谷隊長は僕に金髪の少年を眠らすように再度指示を出した。返事をした僕は解放したままにしておいた斬魄刀で金髪の少年を眠らせる。すると、彼の身体に装着されていた電気機器は、全て彼が持つゲーム機へと集束していくではないか。

 完全に少年が眠ったのを確認した日番谷隊長は氷による拘束を解く。一応、結界が解ければ彼への拘束を解くという約束だったようなので、僕もそれを尊重し、眠った彼の身体を拘束せずに、月島の隣に並べるだけに留めておいた。

 

「結界が解けます!」

 

 睡蓮の能力が発動したことにより、少年が放った結界が解けるのを感じた僕は、皆にそれを知らせる。そして、急速に力が弱まった結界を突き破るように、中から霊圧が爆ぜた。

 

「……一護?」

 

 それを意識を失いながらも感じ取っていたのか、一護君の名を呟きながら、朽木さんが目を覚ますのは、それとほぼ同時の出来事だった。

 

 結界を突き破った霊力は、一護君の力が戻った時と同じように彼の周囲を渦巻き、風を巻き起こす。しかしその規模は結界を破ったのにも関わらず、先程よりも遥かに巨大なものだった。やがて、それらが収束した時にそこに居たのは、彼の卍解特有のロングコートを身に纏った一護君だった。

 

 そしてその姿を見た僕達は、一斉に上空に居る一護君から視線を外し、踵を返す。

 

「兄様……?」

 

 しかし、まだ目を覚ましたばかりで状況を完全に把握できていない朽木さんは、突然の皆の行動に戸惑を隠せなかった。

 

「目的は達した。尸魂界に帰還する」

「え……」

「忘れたか、ルキア。我等は黒崎一護の決断を見届けに来たのだ」

 

 今回僕達が総隊長から受けた命は大きく分けて二つ。一つ目は一護君に死神の力を譲渡すること。そして二つ目が銀城から告げられるであろう死神代行に関する真実を知ってからの一護君の行動を見極め、それに臨機応変に対応することだ。

 先程まで結界の中に居たのは一護君と石田君、そして銀城だ。もし、銀城が真実を話すとするならば、結界によって尸魂界の死神が関与できないというあの状況以上の機会なんてそうないだろう。そして、結界から出て来た一護君は斬魄刀を手に取り、銀城を見据えている。その姿さえ見ることができたのならば、最早言葉など不要だった。

 

「あ!? 馬鹿野郎! 俺は暇だから見に来たんだ! おめえらと一緒にするな!」

「そうか」

 

 ……まあ、人によって個人差はあるけどね。恐らく更木隊長は、もう自分が戦う敵が居ないのを確認して、帰るのを決めたのだろう。

 斯くいう僕も、ここに来るのに選ばれた理由の中に、もし予想外の事態が発生した時に幅広く動くことのできる人員として選ばれた訳だし。それが今回で言う完現術師達で、特に月島だったと言う訳だ。

 

「尸魂界では、次に死神代行が現れれば、遅かれ早かれ銀城がそいつに目をつけるであろうことは分かっていた。そして、そうなった時はその代行を銀城の居所を洗う餌として使い、然る後に両者ともに抹殺すべしという意見が隊長達の大勢だった」

 

 しかし、あくまで更木隊長のような理由でここに来る人は、はっきり言って特殊だ。故に朽木隊長に続いた日番谷隊長は、今回の件を振り返るように話を切り出した。

 

「だが、その代行に触れて尸魂界は変わった。殺すはずだった死神代行の為に力を分け与え、殺す為では無く、見届けさせる為に隊長達を派遣した。朽木、お前はあの時『黒崎一護の監視の為』と命を伝達されて反発したな。お前は正しかった。黒崎一護は真実を知り決断した。その決断は俺たちの知る黒崎一護の、そしてお前達の信じた黒崎一護の何も変わらない決断だった」

 

 恋次と朽木さん、そして僕を見据えながら、日番谷隊長は言った。

 今まで信頼していた人から、実は裏切られていた。それは信用を失うには十分すぎる理由で、実際に銀城もそれで尸魂界の敵に回っている。しかし、一護君は違った。彼は疑問を抱き、不信感に苛まれてながらも本質を読み取り、決断した。今も彼は誰かを護る為に戦っている。

 

 だから、もう彼は大丈夫だ。

 

「俺達の役目は終わった。ここから先はあいつが一人で片をつけるだろう。――銀城の次の死神代行があいつでよかった」

 

 最後に上空を見上げながら安堵の表情は浮かべた日番谷隊長は、そう話を締めくくった。彼につられるように朽木さんも一護君に視線を移す。……どうやらまだ帰るつもりはなさそうだね。感極まった表情を浮かべる朽木さんを見ながら僕はそう思った。

 

「ねえ、朽木さん。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるかな?」

「はい、なんでしょう。卯月殿?」

 

 そんなこの戦いを最後まで見届けることを決めた朽木さんに、一つ頼みごとを持ちかけることにした。僕は掌に霊力の塊を形成し、それを朽木さんに差し出す。

 

「これは……?」

「それは、あそこの敵を拘束している縛道を解くための鍵だよ。僕はもう尸魂界に帰るけど、だからと言って今拘束を解くわけにもいかないからね。だから朽木さんには、あとでそれを一護君に渡して欲しいんだよ」

「一護にですか?」

「うん、今回の騒動の首謀者は銀城とは言え、彼らがその片棒を担いでいたことには変わりはないからね。だけど、総隊長からの命に銀城以外の人に関する命はなかったし、だったらいっそのこと一護君に委ねてみようと思ってね。もし一護君が彼らを許すのなら、拘束を解けばいいし、許さないのなら朽木さんが尸魂界に連れてくればいい。もしそうなったら、五番隊が責任を持って彼らを預かるよ」

 

 死神は基本人間を護ることを本分としているけど、敵対したともならば、その話はまた別だ。当然そのような人間を裁く法は尸魂界に存在しているし、実際過去に一護君達が尸魂界に乗り込んで来た時は敵として対処している。だけど、今回総隊長は銀城に関する命は出したけど、その仲間が居た場合に対する命は出さなかった。それは即ち、僕達に判断を委ねたということだ。

 それ故に、今の敵の状態は少年のようにただ眠らされて居たり、月島のように死にかけだったりと、相対した人によって様々だ。

 

 なら、僕も今回の騒動の中心にいた一護君の裁量に任せてもいいのではないかと思ったのだ。……というのは建前で、本当は朽木さんがこの場に残る為の口実を作ってあげたかっただけだったりする。

 

「卯月殿……ありがとうございます」

 

 そんな僕の考えは朽木さんにしっかりと見抜かれていたようで、別に恩を着せるつもりはなかったんだけど、頭を下げられてしまった。

 

「いいよ別に。頼んだよ」

「はい!」

 

 この会話を最後に、僕達は朽木さんを残して尸魂界へと帰還した。

 

 

***

 

 

 穿界門を潜り抜けた僕達は、今回の事の顛末を総隊長に報告すべく、一番隊隊舎への道を歩いていた。しかし、歩いて移動するのがじれったかった更木隊長と彼の肩に乗る草鹿副隊長、そして彼らに連れられた斑目三席は走って先行した。……相変わらず、全く違う道を行っているけれど。

 

「なにやってんだあいつらは……」

 

 そんな彼らの霊圧を感じた日番谷隊長と朽木隊長は、呆れたような表情を浮かべる。それに対して僕と恋次はただ苦笑することしかできなかった。

 

「そういえば、卯月さんは大丈夫だったんですか?」

「大丈夫って何が?」

 

 そのまま二人の隊長の後ろをついて歩いていると、徐に恋次が口を開いた。しかし、彼が投げかけて来た質問の意図が分からなかった僕は、彼に訊き返すこととなった。

 

「いや、あの雪緒とかいう奴が作った空間。アレってどっちかの霊圧が尽きるまで解除されなくて、トドメを刺さずに放っておくと、空間ごと爆発されるらしいんすけど、卯月さんは敵にトドメを刺していなかったので、大丈夫だったのかなって……」

 

 へえ、あの結界はそういう仕組みだったのか。なら、あの時僕は卍解を使わずとも、白伏などで敵の霊圧を一時的に無にすれば、それで十分だったという訳か。まあ、あの場ではそんなことに気付きようがなかったし、卍解も使ったところで減るものじゃないから別にいいんだけどね。

 

「なるほど、じゃあ恋次が暫く動けなかったっていうのもそれが影響か」

「……いや、俺が動けなかったのは、また別の理由です」

「そうなんだ」

 

 この時、僕の言葉に答えた恋次の表情に僅かな影が差した。今思えば、敵を殺したのかどうか斑目三席に訊かれた時も、恋次の返答はどこか歯切れが悪かったので、結界の中で敵と何かひと悶着あったことは間違いないのだろう。

 それを感じ取った僕は追及はしないことに決め、話を進める。

 

「ああ、それと確かに僕は空間の爆発に遭ったけど、卍解を使って防いだから大丈夫だったよ」

「へぇ、そういえば卯月さんの卍解ってあまり知られてませんよね。隊長達は知ってるんですか?」

 

 僕が卍解を使ったと聞いた恋次は珍しそうに反応した。でも、確かに僕は藍染の乱でも卍解を使わなかったし、それ以前は卍解を使う規模の戦いは起きなかった。故に僕の卍解の能力を知っているのは修兵と砕蜂隊長ぐらいだ。

 つまり、そんな発動の機会に恵まれなかった僕の卍解を朽木隊長と日番谷隊長が知っている筈がなく、恋次の質問に二人が頷くことはなかった。

 

「まあ、卍解なんて使わないに越したことはないからね。卍解を使うってことは、そうでもしないと対処ができない戦いが起こっているって事だし」

「そうっすね」

 

 別にここで卍解の能力をひけらかすつもりのなかった僕は、そう話を締めくくった。それに恋次も同意してくれたんだけど、そうもいかないのが現実だ。

 

 ――まだ、BLEACHの最終章にして、最大の戦いが残っているのだから。

 

 原作知識の観点から見れば、今回の件は一護君に死神の力を取り戻させ、最終章で存分に戦えるようにするため準備期間のようなものなのだ。

 これまで僕は、前世の友人が教えてくれた主要キャラと好きなキャラの設定と、その軌跡を中心にBLEACHという作品のあらすじを頭に入れていたんだけど、最終章の戦いはこれまでの戦いの中で最も複雑だった所為で、友人もそこまで上手く説明することができなかったのだ。

 故に僕が最終章の話で知っていることもそう多くはない。僕が最終章に関して知っていることは主に五つだ。

 一つ目は今度の敵が石田君と同じ滅却師であるということ。

 二つ目は敵は此方の卍解を奪い取る手段を有していること。斬魄刀を主戦術として取り入れている僕達死神にとって、これはかなりのディスアドバンテージだ。そのあまりの理不尽さに、僕はこの世界に来てから何度もBLEACHの原作者を殴りたくなった。幸いにも、僕は縛道や白打だったりと、例え卍解を使えなくともある程度戦えるように修行してきたので、死ぬことはないと信じたい。

 三つ目は総隊長を初めとする多くの死神が死んでしまうということ。藍染の乱では奇跡的に誰も死亡してしまうことはなかったけど、最終章はそんなに甘くはないようで、味方キャラが次々死んで行くらしい。その最たる人物が総隊長で、彼は戦いの序盤に敵の大将であるユーハバッハに討ち取られてしまうのだ。

 四つ目は一護君が死神と滅却師と虚の混血であることが判明し、新たな力を獲得するということ。藍染の乱でも虚化することで、更なる力を手にしていた彼だけど、実は彼は滅却師の母親から生まれた子供のようで、最終章にて自身のルーツを知った彼は更なるパワーアップを果たすらしい。

 そして五つ目は、敵の大将であるユーハバッハは未来改変の能力を持っているということだ。それは、敵の斬魄刀を予め未来で折っておくことで無力化するなんて芸当ができるほど無茶苦茶なチート能力のようで、友人から聞いた時は、そんな敵にどうやって勝てばいいんだと思った。藍染ですら、崩玉を取り込んだ後は一護君か総隊長くらいしか勝ち目がなかったのに、それ以上の敵なんて一体どう対処すればいいのだろうか。ていうか、何気にBLEACHのボスキャラって完全催眠による現在の書き換えと、新たな記憶を植え付けることによる過去改変に、未来改変とチートキャラばっかりだよね。無駄に統一感があるのが、これまた転生した僕に対する嫌がらせのようだ。

 

 つまり何が言いたいのかと言えば、今回の件で一段落ついたとは言っても、そう気を抜いていられる時間はないということだ。最終章がいつ始まるかなんてことは僕には分からない。今までも手を抜いて来たつもりはないけれど、これからはより一層修行に励む必要があるだろう。

 

「どうやら、一護君も戦いを終えたみたいだね」

 

 僕がかけた縛道が解けるのを感じ、戦いの終わりを悟った。僕は先程朽木さんを通して一護君に縛道を解除する為の鍵を託していたので、それが解かれたということは、つまりそういうことなのだろう。

 僕もそうだから、あまり人の事を言えないけれど、彼も随分甘ちゃんのようだ。

 

「相変わらずだな、あいつは」

 

 そう言いながら、日番谷隊長が穏やかな笑みを浮かべる。字面だけ見れば、呆れ返るようなその言葉だったけど、彼が一護君らしい行動に安堵していたのは明白だった。

 

「そうですね」

 

 その言葉に僕は同意を示した。そして、そうこうしている内に一番隊隊舎が見えて来る。……勿論更木隊長達は来ていない。

 

 こうして、総隊長への報告を終えた僕達は各々の業務に戻るべく、それぞれの隊へと戻ったんだけど、一護君の行動はこれで終わることはなかった。

 何と彼は後日瀞霊廷へと足を運び、尸魂界へ運ばれた銀城の遺体を現世に持って帰ってもいいように直談判しに来たのだ。

 正直この彼の行動には、その場に居合わせた僕も含む全隊長が驚きを禁じ得なかった。銀城が大罪人だからというのもあるけど、それよりも自分の仲間や家族を、月島と共に無茶苦茶にした銀城の卑劣な行いを許すような行動が信じられなかったのだ。

 

 そんな僕達の気持ちを代弁するように、この前新たに三番隊隊長に就任した平子隊長が一護君に問いかけたんだけど、一護君の意見が変わることはなかった。自分がどんな目に遭ったなどは関係ない。そしてあくまでも銀城は死神代行。そう言い張ったのだ。

 

 結果、総隊長の許可を得た一護君は、銀城の遺体と共に現世へと帰還していった。




リルカ「……出るタイミング失った」

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