転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第四十九話

 ――よかった。

 

 銀城に向かって、圧倒的な立ち回りを見せた一護君に対して、僕が最初に抱いた感情は安堵だった。原作知識によって一護君の力が戻るということは知っていたけれど、具体的にどういう状況で死神の力を渡していたかという事は知らなかったので、こうして実際に死神の力を振るう彼の姿を見たことで得られる安堵は、一緒に現世へとやって来た隊長達とのそれと大差はないように思う。

 

 ――それにしても、あれが十七ヵ月戦闘から退いていた人間の動きか……。

 

 この戦いの以前から、完現術を習得する為の修行に励んでいたからだろうか。ブランクを全く感じさせないその動きに、僕は驚きを禁じ得なかった。

 そして、地面へと降り立った一護君は自らの力を確かめるように手を握ったり緩めたりを繰り返した。霊圧知覚が苦手な彼のことだ。恐らく戦闘を一段落終え、冷静になった今になって、如何にして自分が死神の力を譲渡された気付いたのだろう。

 

「感じるだろ?」

 

 そんな彼に続くように僕達も地面に降り立ち、僕と同じように一護君の考えを読み取った恋次が真っ先に言葉を掛けた。 

 

「人間への力の譲渡は重罪じゃなかったのかよ?」

「しょうがねぇんじゃねぇか、総隊長命令じゃあな」

 

 冗談半分に疑問を口にした一護君に対して、恋次は今回一護君に死神の力を渡すことになった経緯をざっくりと話していく。

 

「――総隊長もいいとこあんだろ?」

「馬鹿いうな。トップの判断としちゃマトモじゃねえ。かつての総隊長なら、絶対にこんな判断はしなかっただろう」

 

 総隊長を褒める言葉で話を締めくくった恋次に、日番谷隊長はそれを否定する意見を述べる。隊長なのにも関わらず、真っ先に掟を破って浦原さんに協力した僕が言うのもなんだけど、護廷十三隊の総隊長として見た時、今回の総隊長の判断は決して正解とは言えないものだろう。何故なら、今回総隊長は死神を統べる総隊長としてではなく、一人の死神、山本元柳斎として判断を下したのだから。

 

 そして、それを変えたのは――。

 

「――お前だ、黒崎。お前が受け取ったその力は、お前が今までの戦いで尸魂界を変え続けてきた結果だ。胸を張って受け取れ」

 

 朽木さんの極刑が決まった時は、尸魂界に乗り込み、自分よりも遥かに実力が上の敵と相対しながらも、最終的には卍解を習得し、朽木さんを奪還して見せた。

 藍染の乱では、藍染の配下として登場した破面と戦うために、自身の内なる虚を従え、虚圏に連れ去られた井上さんを連れ戻し、現世に戻ってきてからも、自身の死神の力の全てを代償に藍染に勝利した。

 

 相手との力の差に怯え、挫けそうになった時もあっただろう。だけど、一護君はその度に立ち上がり、逆境を跳ね除けて来た。そんな彼の姿に皆変えられたのだ。自分も負けられないと、これまで以上に修行に励む者もいた、彼と対峙することで、本当に大切な者は何か思い出した者もいた。斯く言う僕もその一人だ。僕は藍染の乱の終盤で、藍染という圧倒的な力の前に、一護君が来るまでの時間を稼ぐことしかできなかった。彼がそれで死神の力を失うと分かっていた筈なのに。加えて、僕はこの世界がBLEACHの世界だと認識してから、何れ藍染が裏切るであろうという事を知っていた。つまり、僕は誰よりも早く未来で藍染が手にするであろう力を知っていたのにも関わらず、足止めをすることしかできなかったのだ。

 だから一護君が力を失ったあの日、僕は誓った。もしこの先一護君が困難に陥るようなことがあったなら、僕にできることならなんでもしようと。この決意があったからこそ、僕はこの十七ヵ月間、以前以上に過酷な修行に耐えて来られたのだ。

 

 故に、これは決してただ貰い受けた力ではない、一護君自身が勝ち取った力なのだ。

 日番谷隊長の言葉に一護君が返答することはなかったけど、その顔つきを見ただけで、十分だった。というより、もうチンタラ話している場合じゃないのだ。――銀城空吾はまだ生きているのだから。

 

「何だっ!?」

 

 突如発せられた膨大な霊圧に驚いた一護君は、その霊圧が発せられた背後を振り向いた。天へと立ち上るその霊圧は、一護君の力が戻った時を彷彿とさせた。

 そして、再び現れた銀城を目に据えながら、日番谷隊長は再度一護君に語り掛ける。

 

「総隊長がお前に戻した理由は二つある。一つ目は今話した通り、そして二つ目の理由があいつだ。お前が現れる遥か前に、死神代行として代行証を与えられ、そして自らその座を棄てて姿を消した男。それがあいつ――初代死神代行、銀城空吾だ」

 

 再び姿を現した銀城の姿は先程と大きく異なっており、身にはまるで骸骨のような鎧が纏われていた。霊圧の上がりようからして、あれが銀城の本気。即ち、今の一護君と同じように死神と完現術を融合させた力なのだろう。

 

「初代……死神代行!?」

 

 しかし、一護君にはそんな銀城の姿よりも、日番谷隊長の言葉が気になったようだ。衝撃の新事実に驚きを隠せない一護君だったけど、銀城がああして態勢を立て直した以上、そう悠長に長話している時間はない。故に日番谷隊長は最低限のことだけ伝えるべく、矢継ぎ早に次の言葉を述べた。

 

「ああ。死神代行ってのはあいつの為に作られた掟だ」

 

 取り戻した死神の力に、銀城空吾の過去。一護君は着々と死神代行という掟の真実に近づいて行っている。そして、確実に一護君は、この戦いでその真実を知ることになるだろう。その一護君の決断を見届ける為に、僕達は今ここに居るのだから。

 

 銀城と対峙して構えを取る一護君に合わせて、僕も彼の行く末を目に焼き付けるべく、神経を研ぎ澄ませた。

 

 

***

 

 

 おかしい。そう織姫が違和感を感じたのは、完現術を銀城に奪われた一護が涙を流しているのを目にした時だった。どういう訳か、織姫も涙が溢れて止まらなくなったのだ。確かに、月島に過去を改変された織姫にとって、仲間同士が争っているという今の状況は、望んではいない悲しい出来事であることには違いはないだろう。

 しかし、どうしてそれで自分が涙を流しているのか、織姫には分からなかったのだ。いつもの自分なら、泣く前に一護を本来の彼に戻そうと行動を起こしていた筈だ。だが、涙を流す一護の姿を見た時、悲しむ一護の姿を見た時、勝手に涙が溢れだした。苦しくなった。そして、死神の力を取り戻し、ルキア達と共に銀城に対峙する一護の姿を見た時は嬉しくなった。自分の感情が自分の意図しない所で勝手に揺れ動く。

 そして、それはチャドも同じ事で、今の状況は二人が現在の状況に疑念を抱くには、十分な条件だった。

 

「どうした、二人共?」

 

 すると、そんな二人に一人の男が歩み寄る。

 

「何か、過去に疑問があるのかい?」

「っつ――」

「月島さん!?」

 

 仲間であるはずの存在が、何故か今の二人には恐怖の対象のように映っていた。

 そんな二人の心境に目聡く気が付いた月島は、更なる過去を植え付けるべく、声を掛けていく。

 

「おかしいな、僕との思い出が信じられないかい? 君を両親から守って育ててあげたのは誰だ、織姫? チャド。君にそのペンダントを上げたのは誰だ? どちらもっ――!?」

 

 僕だ。月島がそう言おうとした時、悪寒を感じた。その感覚を信じた月島は地面の魂を呼び起こす事で、背後に緊急回避するのだが、その感覚は正しかったのだと、すぐに思い知ることになる。 

 

「……逃したか」

 

 そう斬魄刀を振り抜いた状態で呟いたのは、先ほどまで一護達と一緒にいた卯月だった。銀城が態勢を整える為に一時離脱してからも、周囲の状況に気を配っていた彼は、織姫とチャドのピンチに気付き、駆けつけていたのだ。

 

「だけど、井上さんと茶渡君は返して貰うよ」

 

 月島を攻撃する為に彼が振るった斬魄刀。目を凝らして見てみれば、刀身には三つの穴が空いており、そこからは煙が漂っていた。

 

「あれ? 蓮沼……」

 

 卯月の登場に気付くも、睡蓮の煙を吸った織姫とチャドはそう時間をかけることなく眠りへと誘われる。あわよくば、月島に一太刀入れることで、全対象への能力の解除を行いたかった卯月だったが、あくまで本命は織姫とチャドを眠らせることで、強制的に錯乱状態から解放することだ。

 想定通りに行動できたことと、敵である月島の動揺を誘う為に、卯月は不敵な笑みを浮かべた。

 

「よっと。ありがとうございます、蓮沼サン。お陰様で二人を楽に解放することができました」

「……おい、お前ちょっとズルくねぇか?」

 

 そして、眠ったことで地面へと崩れ落ちようとする織姫とチャドを、卯月と共にこの場に駆けつけていた喜助と一心が受け止めた。喜助は美少女である織姫を支えているのに、自分はデカい図体をしているチャドを背負っているという状況に釈然としない一心は苦言を呈するのだが、喜助はそれに対して何か反応を示すことなく、月島へ次の言葉を言い放つ。

 

「さてと、これで井上サンと茶渡サンは戦線離脱。これ以上苦しまないで済みます」

「とは言っても、まだ君の術中から逃れられていない人は沢山いるからね、全員解放するまでは逃がすつもりはないよ」

 

 喜助に続いて卯月も月島に話しかける。彼の斬魄刀、睡蓮は煙を体内に取り込んだ対象を眠らせつつ、その対象が発動している能力を解除することができるので、殺したからと言って、月島の能力が解除されるか分からない今の状況に於いて、彼は最も月島の相手に相応しいと言えるだろう。

 

 そうして卯月が構えを取った時、新たな人物達が乱入して来る。

 

「銀城!!」

 

 上空を見上げながら、声を発したのは、月島に記憶を戻されるまで銀城と対峙していたXCUTIONのメンバーだ。

 

「狡いじゃありませんか、銀城さんだけ一護さんの力を手に入れるなんて!」

「そうだよ! みんなで分けるって約束だっただろ!」

 

 そう言って銀城の行動を否定したのは、右目に眼帯をした中年の男性――沓澤(くつざわ)ギリコと、XCUTIONの中でも最年少の美少年――雪緒(ゆきお)・ハンス・フォラルルベルナだった。

 彼らの中で、一護から奪った力は皆で共有するという話だったので、抜け駆けをした銀城が気に入らなかったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよあんた達! あたし別に一護の力なんか要らな――」

「――ちっ、うるっせえなあ」

 

 しかし、彼らの中でも唯一桃色の髪をツインテールに結い、動物の耳を連想する白い帽子を被った少女――毒ヶ峰(どくがみね)リルカだけは一護の力を貰うことに対して気が進まなかったようで、抗議の声を上げるのだが、銀城にとって死神と対峙しているこの状況で、仲間内で揉められるのは邪魔でしかなかった。故に銀城は言葉よりも先に行動を起こし、一瞬の間で仲間に剣を突き刺していく。突然の事にXCUTIONのメンバーは目を剥くが、何も銀城は彼らを裏切った訳ではない。

 力を奪い取るのに剣を突き刺したのなら、渡す時にもその動作が必要なだけの事だった。

 

「言われなくても、てめえら全員に一護の力は分けてやるよ」

 

 そう銀城が言い放った次の瞬間、XCUTIONのメンバーに変化が訪れる。霊圧が上昇すると共に、それまでは普通の服装をしていた彼らが能力者然とした装備を身に纏っていたのだ。

 

「素晴らしいっ! これが一護さんの完現術の力……! まるで身体の内から若さが溢れ出てくるようだ!」

「感想が完全に爺さんだよ、ギリコ」

 

 新たな力を手にしたことで、歓喜に打ち震える沓澤にツッコミを入れる一方で、雪緒も内心その感想に同意を示していた。

 

「さあ、行きますよ一護さん! 私達が手にした力の素晴らしさを、貴方はその身を以て知りなさい」

 

 そして沓澤は上空に居る一護に向かって言い放った。

 

「おー、おー。調子に乗りやがっ――」

 

 敵から奪った力でつけあがるその態度が癇に障ったのか、一角が前に出ようとするのだが、一護はそれよりも早く彼の前に出て、彼を制止する。

 

「あいつらの力が上がったのは俺の責任だ。俺が行く」

 

 そう言った一護は単身沓澤達の背後に舞い降りた。

 

「ん? おい、どういうことですか? まさか貴方一人で我々全員と――」

 

 戦うつもりですか? そう訊こうとした沓澤だったが、その問いは一護によって遮られる。沓澤の言葉に対して聞く耳を持たずに斬魄刀を振りかぶった一護は、そのまま一閃。たった一撃で銀城と月島を除くXCUTIONの面々を蹴散らした。

 

「……加減はした。死んじゃいねぇはずだ」

『はぁー! 死んじゃいねぇはずだって!? 何かっこつけてんのさ、ウケる! 気付かなかったの? 敵を倒したんじゃなくて、しかし躱されてしまったんだよ』

 

 峰打ちとは言え、敵を行動不能にした一護は再び銀城の元に向かおうとするのだが、一歩を踏み出した時、どこからか声がした。そして、一護はその声の主に聞き覚えがあった。男ではあるのだが、まだ完全には声変わりはしていない幼い声音、相手を見下したような口調、そしてゲームの戦闘シーンなどで出て来そうな文句。間違いない、この声の主は雪緒だ。

 しかし、その雪緒は一護の一撃を喰らって地面に倒れ伏している。

 

 ――どういうことだ……?

 

 そう一護が思った時、突如周囲の景色がホログラムの出現と共に入れ替わった。

 

「……これは?」

 

 一護が倒した筈の敵は姿を消し、その代わりに出現したのは無傷の敵だった。上手く出し抜くことに成功した雪緒は得意げに語りだす。

 

「【画面外の侵略者】。見てたろ? 僕達は君の完現術を貰ったんだよ。――能力を身に纏い、外へと放出する完現術をね。君のお陰で僕の【インヴェイダーズ・マスト・ダイ】は画面の外にまで侵略地を拡大出来たのさ」

 

 雪緒の能力は画面内でしか効果が適用されなかった。彼の完現術の為の媒体はゲーム機。その性質上、中への干渉力は無敵に近いものがあったのだが、その反面外には何の効力も発揮することはなかった。しかし、一護の完現術が加わったことにより、その唯一とも言える弱点を克服したのだ。

 そして、雪緒はこのままの勢いのまま反撃に出ようとするのだが、彼が動き出す前に、何者かの刃が彼の胸を突き抜けた。

 

「甘めえんだよ、一護。この期に及んで峰打ちで戦いを終わらせようとしてんじゃねえぞ。キッチリ殺せ、それが戦いを始めたこいつらへの義理だ」

 

 そう一護を諭したのは一角だった。先程は一護が彼の言葉を聞かずに飛び出したので、言葉を返す暇もなかったが、元々一角は一護の単身での突撃を了承した覚えはない。故に一角は容赦なく、一撃を放った。

 

 ――それを回避する力が今の敵には備わっていると気づかずに。

 

「っ!?」

 

 刹那、雪緒の身体が先程と同じように消滅し、一角の背後をホログラムで出来た刃が襲った。雪緒の下半身の一部が不自然にブレたことで異変を感じ取った一角だったが、最早それで間に合うようなタイミングではなかった。

 しかしその刃が一角に届くことはなく、一護に話していた雪緒の能力を聞いてから、こうなる可能性に思い当っていた冬獅郎が迅速に対処した。

 

「気を抜くな、斑目!」

「……すみません」

 

 一角に一言注意を促した冬獅郎は攻撃を放った雪緒に向き直る。

 

「やるね、ボーナスポイントあげようか?」

「いらねぇよ」

 

 二度に渡って敵を出し抜くことに成功した雪緒は自身の進化した能力を把握し、余裕の表情を浮かべる。

 そして、この二人が対峙したのを合図に、完現術師と死神は一斉に動き出した。一角とヤンキーのような風貌をした男――獅子河原萌笑、剣八と沓澤、恋次とバイクのパーツのような装備を身に纏った黒人の女性――ジャッキー・トリスタン、ルキアとリルカ、月島と卯月と白哉がそれぞれ対峙した後、臨戦態勢に移った。

 

「どうやら、皆上手い具合に分かれたみたいだね。それじゃ、部屋分けしてみよっか」

 

 周囲を見渡した雪緒は、そう言いながら自身の腕に装備されていた電子機器に手を伸ばす。

 すると次の瞬間、対峙したそれぞれを仕切るように黒い膜が地面から突如現れた。雪緒の仲間であるXCUTIONのメンバーや獅子河原は勿論、あまり現世に悪影響を及ぼしたくない死神たちにとってもこの状況は決して悪い事ばかりではなく、故にこの状況を甘んじて受け入れようとするのだが、この男更木剣八だけは違った。

 

「おい、待てよ朽木、蓮沼。そいつの方が強そうだ。代われ!」

「え? ちょ、まっ!?」

 

 生粋の戦闘狂である剣八だけは、この状況でも戦いを楽しむ為に行動を起こした。彼は黒い膜に遮られる前に近くに居た卯月を引っ張り出し、強引に自分との場所を入れ替えたのだ。流石の彼でも、卯月に加えて白哉の相手を入れ替えるのには時間が足りなかったが、兎にも角にもこれで月島対白哉と剣八、沓澤対卯月という新たな組み合わせが形成された。

 

「えぇ……」

 

 持ち前の身のこなしで体勢を整えることには成功したものの、予想だにしていなかった剣八の行動に、思わず卯月は動揺と呆れが混じったような声を漏らした。

 

「ふむ……。「強そうだから代われ」とは聞き捨てなりませんね。それではまるで私が弱いと言われているようなものじゃありませんか……まあ、貴方に言ったところで、意味はないのですが。――故に、貴方を倒すことで、如何に自分の考えが浅はかなものだったのか、先程の男に思い知らせてやるとしましょう」

 

 その言葉と共に明らかに変わった沓澤が纏う雰囲気を瞬時に感じ取った卯月は、気持ちを切り替えて目の前のことに集中することに決めた。

 確かに月島の能力は強力だが、彼と対峙している白哉と剣八は、過去を変えられようと動じない誇りや、例え誰が相手であろうとも、それが対等以上な相手ならばひたすら楽しむ事に全力を注ぐ心をそれぞれ持っている。故にまだ隊長となって間もない自分が彼らの心配をするのは烏滸がましいと結論づけたのだが、それと同時に新たな懸念が卯月の中で浮かび上がった。

 

 ――過去改変の能力が解ける前に殺したりしないよね……?

 

 完現術師という存在と今回初めて敵対した卯月達は彼らに対する知識量があまりにも少ない。先程も少し触れたが、術者が死ねば能力が解けるかどうかということすら卯月達には分からないのだ。そんな今、月島を殺してしまうのは賭にも近い選択だった。

 

 ――とりあえず、早く外に戻っていつでも回復させれるように準備しておこう。

 

 現在の状況を整理しつつも、今後の方針を決めた卯月は一つ息を吐きながら何時ものように白打の構えを取るのだが、そんな卯月の構えを見た沓澤は眉を顰めた。

 

「む? 斬魄刀すら抜かないとは、私も随分と嘗められたものですね。……先程は貴方に言ったところで、意味はないと言いましたが、前言を撤回しましょう。どうやら貴方自身にも、私の力を証明する必要があるようだ」

 

 死神の最高戦術は斬魄刀の解放による戦い。それを銀城の仲間である沓澤は知っていた。故に沓澤は斬魄刀を抜かない卯月を見て、自分は嘗められているのだと結論付けたのだが、それは違う。

 斬魄刀を抜かない今の状態こそ、卯月の数ある戦法の中で最も攻撃力の高い状態なのだ。そしてそれは、彼が一瞬でこの戦いを片付けようしている事に他ならなかった。死神と一言で分類しても、その一人一人のスタイルは十人十色だ。斬術に秀でた者も居れば、鬼道に秀でた者も居る。そして中には卯月のように、斬魄刀による戦術を、数ある戦術の中の一つと考える者も居るのだ。それを今まで、銀城や一護といった死神代行としか出会った事のない沓澤は知らなかった。

 

 それが後に自分の首を絞めることになるとは夢にも思わずに。

 

「貴方達のような思慮の浅い相手には、圧倒的な力を以て強引に捻じ伏せるに限る」

 

 そう言った沓澤は、自身の服の胸辺りに取り付けられたダイアルのようなものを、ギリギリと僅かな音を立てながら回転させた。すると次の瞬間、沓澤の身体がみるみる巨大化していくではないか。先程までは雪緒に爺さんと馬鹿にされていたように、全くと言っていいほど戦いには適しない身体つきをしていた沓澤だったが、完現術の発動によって、そんな先程までとの彼とは比較対象にすらならない筋骨隆々とした肉体を手にしていた。

 その最早巨人と言った方が適切なまでに肥大化した肉体や、緑に変色した肌は、如何に現在の彼が人外じみた力を手にしているのかを表しているようだった。

 

「……なんか前にもこんな事あったような」

 

 瞬く間に巨大化した沓沢の身体を見て卯月は言った。彼が思い出したのは、十七ヶ月前、藍染が率いる破面と現世で交戦した時の事だ。あの時卯月は、天界結柱を守護する為の予備の人員として抜擢された。結果を言えば、その時は一角に変わって鯨のような巨体を持つ破面、ポウに斬魄刀を用いることで難なく勝利したのだが、その時状況は今の卯月が身を置いている状況と酷似していた。

 具体的に言えば敵が巨体だったり、元々十一番隊が相手をしていた敵を請け負ったところがだ。

 

「どうです! 私の【タイム・テルズ・ノー・ライズ】はこんな事もできるのです! 時の神との契約は、条件が単純であればある程絶大な力を発揮する。今の契約はこの上なく単純な力の強化! 今の私は何者よりも強大な力を手に入れたのです!!」

 

 自分には十一番隊の敵を背負わせれるジンクスでもあるのかと、ウンザリした卯月だったが、力が高まった事によって興奮状態に陥った沓沢によって、その意識を現実に戻された。

 卯月がこうしている間にも、沓沢は強化されたその肉体を動かして卯月に接近する。そんな沓沢の動きを見て、卯月は彼とポウのもう一つの共通点に思い当たった。

 

 ――折角の力に技術が伴って居ないのも同じだな。

 

 刹那、沓沢の視界が回転した。

 

「……は、何が?」

「投げたんだよ。僕が、あなたを」

 

 あまりの速さに思考が追いつかない沓沢に、卯月が何が起こったのかを端的に伝える。あの瞬間、卯月は自身の身体を沓沢が繰り出した拳の隣に滑り込ませ、そのまま投げ技へと移行していたのだ。

 

「そ、そんな筈がない! 時の神と契りを交わした今の私は何者よりも強いはずだっ!!」

「あなたの能力がどんなモノかは分からないけど、そんな貰い物の力で誰よりも強くなれれば、誰も苦労しないよ。確かに力だけなら中々のモノだったけど、技術がそれに伴っていなければ、それは只の宝の持ち腐れだ」

 

 もし、沓沢の身体能力が藍染に匹敵するまでのものだったのならば、今の状況は変わっていただろう。技術など無くとも、その圧倒的な膂力で卯月に勝利する事もできていたかも知れない。だが、沓沢にはそこまでの力はなかった。

 そして、卯月の白打に於ける戦闘スタイルは、あくまでも相手の力を利用したカウンターが主体だ。今の沓澤のような中途半端な力の上昇ならば、却って彼の武器となってしまう。

 

「嘘だ! 嘘っ!?――」

「残念ながら、本当だよ」

 

 卯月の言うことを信じられなかった沓澤は尚も立ち上がろうとするのだが、その動きは卯月が腹部に放った拳によって、強引に封じられた。

 

「【六杖光牢】」

 

 それによって沓澤は意識を失い、その隙に卯月は縛道を使用して、沓澤を拘束した。

 

「これでよし、と。……で、この後どうすればいいの?」

 

 無事拘束できたことを確認した卯月は、次に起こる事に備え、周囲を見渡したのだが、何時まで経っても現在の状況が変わることはなかった。こんなことになるならば、敵の意識を絶たなければよかったと先程の自分の行動を悔いた――その時だった。

 

「……あれ?」

 

 この空間を形成していた結界の霊子が僅かに歪んだのを卯月は感じ取った。そしてその歪みは徐々に拡大していき、やがて目に見えて結界が凹凸を形成するまでになった。

 

「倒せないなら、空間ごとということか……。不味いな」

 

 この空間を形成した術者である雪緒の顔を思い浮かべながら、卯月は僅かに眉をひそめる。殺生を好まない彼にとって、味方の命すらも大切にしない雪緒の考えは相容れないものだった。 

 しかし、何時まで経っても、嫌悪感を露わにしている場合ではない。雪緒のインヴェイダーズ・マスト・ダイは、一護の完現術によって強化される前も、彼が携帯するゲーム機の中でなら、何もかもを彼の思い通りにできるという強力なものだった。そして、術の有効範囲が広がった今もその支配力は変わっていない。

 勿論、卯月は雪緒の能力を知らないのだが、周囲の状況から、現在自分がどれだけ危険な場所に身を置いているのかは、正確に理解していた。

 

 ――普通の結界では防ぎきれるか心もとないこともだ。

 

「あまり使いたくはないんだけど、仕方ないか」

 

 そう言った卯月は沓澤との戦いで一度も抜かなかった斬魄刀を引き抜き、この状況を打破するために必要な言葉を発するべく、口を開いた。

 

「――卍解」

 

 




 今回、卯月君が卍解発動しましたが、能力の詳細はまだ明かしません。真の卍解の御披露目は千年血戦篇まで取っておきます。
 なので今回に卍解は伏線程度に思ってて下さい。

 そして、次回の12月4日の投稿で死神代行消失編は終わりです。実は最近サークルに提出する小説が書けていないので、少し休んだ後に投稿を開始すると思います。

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