転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第四十八話

 一方その頃現世では、元柳斎が言うように一刻を争う状況に陥っていた。いや、もしくはそれよりも酷い状況だった。しかし、それを想像できなかった元柳斎を責めることは誰にもできないだろう。

 

 ――黒崎一護の前に井上織姫や茶渡泰虎が立ちふさがるなど、誰も想像出来なかったことなのだから。

 

 彼ら三人と石田雨竜は同じ学校に通う学友であると共に、様々な戦場を一緒に潜り抜けて来た戦友でもある。当然、そんな彼らは何よりも固い絆で結ばれている――筈だった。

 

 しかし、現在一護の前には、敵である筈の月島秀九郎を自分の攻撃から護るように立ち回る井上と茶渡の姿があった。それだけではない。彼の妹である柚子と夏梨が、幼馴染みである有沢たつきが、学友である浅野啓吾や小島水色が、皆敵である月島を一護の親戚であるように認識していた。

 だが、月島が一護の親戚であるという事実はなく、赤の他人だ。そんな月島を一護の周囲の人物が一護の親戚と認識したのには当然訳がある。

 

 ――それは、月島が持つ能力による為だ。

 

 月島たち完現術師は、物質の魂を呼び覚ました上で自分に使役させるという基本能力と、愛着があるものを媒体とし、その物質や愛着を持つに至る過程に因んだ固有能力の二つを持っている。

 そしてこの固有能力こそが、今の状況を作り出した要因だ。月島の完現術【ブック・オブ・ジ・エンド】。その能力は刀へと変化させた栞で斬った相手の過去を把握し、それと同時に自分の想像した過去を相手の記憶に刷り込ませるというものだ。この能力で本来は敵である筈の月島は、一護の親戚という肩書きを手に入れることが出来たのだった。

 

「俺は一体なんの為に力を取り戻したんだっ!?」

 

 チャドの拳から放たれた霊力の塊――巨人の右腕を回避しながら、一護は悲痛な叫びを上げる。藍染の乱で死神の力を失った一護は無力感にさいなまれた。自分の代わりに虚を討伐しに行く雨竜や、気を遣って死神関係の話をしなくなった織姫やチャドと接していると、胸が痛くなった。

 藍染を倒す為に死神の力を代償にしたこと自体には後悔していないが、護る為の力が欲しかった一護にとって、それを失うことは何よりも耐え難かった。

 そして、ついに一護は銀城たちXCUTIONのメンバーに出会ったことによって、完現術という新たな力を手にすることができた。漸く自分の力で仲間を護ることができる、そう思った。

 だが、実際はどうだ? 仲間を護る為の力を手にしたのにも関わらず、一護に敵対しているのは銀城以外のXCUTIONのメンバーと、友人であるチャドと織姫。お世辞にも一護の望んでいた状況とは言えなかった。

 

「月島ぁ!! 俺の仲間の後ろに隠れてんじゃねぇ! 出てきててめえが戦えよ!」

 

 そんな状況を作り出し、あまつさえ自分の仲間と連携しながら戦う月島に対して怒りを露わにする。

 とは言え、月島は敵だ。故に一護の声に応える筈もないのだが、そこまで考えが及ばない程に、一護の精神はすり減っていた。

 しかし、今の一護は気が立っていた。そのような状態で戦いに臨めば、当然本来の力など発揮できない。そして、月島はそんな一護の精神状態を手に取るように分かっていた。何故なら、ブック・オブ・ジ・エンドによって一護の仲間の過去を改変することで、彼の心を揺さぶること……即ち今の状況は月島の想定内なのだから。

 

 ――故にここでの月島の急接近に、一護は反応することができなかった。

 

 完全に反応が遅れた一護は月島に背後への侵入を許す。そして、そんな彼の無防備な背中に月島の刃が届こうとした……その時だった。

 

「くっ!」

 

 一護を護ろうと、彼と月島の間割り込んだ銀城を月島の刃が斬り裂いた。

 肩から胸にかけて傷を負った銀城は霊力の制御を失い、血しぶきを上げながら建物の屋上へと落下していく。しかし、月島のブック・オブ・ジ・エンドの発動に伴い、銀城の身体に刻まれた傷はいつの間にかきれいさっぱり消えていた。

 

「銀城っ!?」

 

 それを追いながら、一護は思考を巡らせる。

 

 ――銀城も皆みたいに、月島を味方だと思っちまうのか……?

 

 先程まで、一護が月島と戦うことが出来ていたのは、銀城が月島の味方へと下ったXCUTIONのメンバーを一人で押さえていてくれたからだ。その彼までもが月島の味方に下ってしまったら、一護の勝ちは絶望的だった。

 

「銀城! 大丈夫か銀城っ!?」

 

 ――頼む……!

 

 すがりつくように、一護は建物の屋上に身体を打ち付けた銀城の名前を呼び続ける。

 一護にとって銀城は月島の能力が及んでいない唯一の味方だ。彼が味方か敵か、それはただでさえ消耗している一護の精神状態にも直結することだった。

 

「うるせぇな……、俺にばっか気を取られてんじゃねぇよ、黒崎。後ろから月島に斬られたら終わりだって言ってんだろ」

「っ!?」

 

 銀城の意識があった事に安心するもつかの間、銀城の言葉によって月島の接近に気づいた一護は即座に身体を翻し、月島の斬撃を受け止めた。

 態勢を整える為に、一旦月島が距離を取ったのを見て、一護は警戒はそのままに銀城に話しかける。

 

「大丈夫なのか、銀城?」

「……わからん。ただ、今はまだ月島の事を敵だと認識できてるし、お前のことも仲間だと思っている」

「そうか、よかった……」

 

 月島に斬られた銀城自身も戸惑ってはいるが、一護を安心させるべく、言葉を並べていく。

 

「なんで月島の能力が発動してねぇのかは分からねぇ。発動までの時間に個人差があるのか、何か意図があってわざと発動させてないのかも知れねぇ……。だが、どっちにしても、今の内に月島を倒しておかねぇとな。発動してからじゃ打つ手が無くなる事に変わりはねぇ」

「ああ!」

 

 依然として不安は残る状況ではあるが、迷っている暇はない。自分が月島の攻撃を受けた上で考た推測を一護に話し、そのままこの後の立ち回りについて語った。

 そして、それに力強く返事をした一護は刀へと変化した代行証を握り直し、精神を研ぎ澄ませる。先程は気が立ってしまっていたので、月島の接近を許してしまったが、今度はそう易々とはやらせないだろう。

 

 しかし、また背後に一人の気配が。

 

「……黒崎」

「石田……!?」

 

 そうやって一護の名を呼んだのは、先日何者かの奇襲によって大怪我を負い、父親である竜弦の病院への入院を余儀なくされていた雨竜だった。

 

 ――どっちだ!?

 

 だが、彼の姿を見た時、一護の頭の中を過ったのは迷いだった。本来なら、増援が来たと喜ぶであろうこの状況も、月島の能力を知っている現状では一護を混乱させる要因にしかならなかったのだ。

 

 そして、石田は彼の武器である銀嶺弧雀を霊子にて展開し、それを一護の居る方向へと向けて構えた。

 

「やっぱりお前もなのかよ……石田!」

 

 それを見た一護は石田を敵と断じ、伏し目がちに言葉を発した。

 

「黒崎、こっちへ来い。下の階の様子を見た。安心しろ、僕は味方だ」

「誰が……」

 

 しかし、一護の判断とは真逆に、自らを一護の味方だと言った雨竜は彼と共闘をする為に、一旦自分のそばに来るように指示する。

 だが、雨竜を敵と断じた一護には、その指示に応えるという選択肢がなかった。

 

「どうした? 早くしろ、黒崎」

 

 何時まで経っても自分に応じない一護に、雨竜は切羽詰まった様子で彼に声を投げかける。

 雨竜を敵だと思っている一護からすれば、何故雨竜がこんなにも焦っているのか、よく分からなかったが、雨竜にとってみれば、それは至極当然のことだった。

 

 何故なら……。

 

「……分からないのか? 僕を斬ったのは――お前の後ろに居る奴だ!」

 

 ――先日、雨竜を斬ったその存在こそが、現在石田に視線を向けている一護の背後に居る、銀城空吾だったのだから。

 

 雨竜は一護に弓など向けてはいない。彼は最初から一護の後ろにいる銀城に弓を構えていたのだ。一護が敵だと断じた雨竜はこの状況に於ける一護の唯一の味方だった。

 そして、その雨竜すらも銀城が用意したモノだ。銀城はやろうと思えば、雨竜に奇襲をかけた時点で月島に雨竜を斬らせ、味方にしておくこともできた。しかし、銀城はそれをすることなく雨竜に傷を負わせるだけに留めた。その理由は銀城が勝ちが確定している勝負は面白くないからと、一護に最後の希望を残したからだ。月島に変えられた他の者と雨竜の違いに気付けるか、それが一護の明暗を分ける選択肢だった。

 

 ――そして、一護は選択を誤った。

 

 次の瞬間、一護の背後から接近した銀城が剣を振りかぶる。口で言っても間に合わないことを悟った雨竜は矢を放つことで、攻撃の妨害を試みるのだが、雨竜の矢は銀城に容易く弾かれてしまう。

 そしてそのまま、一護に刃が振り下ろされる。

 

「黒崎!」

 

 まともに攻撃を受けてしまった一護に、雨竜は思わず声を上げるのだが、この状況に於いてそれは悪手以外の何モノでもなかった。

 何故なら、この場に居る敵は銀城だけではないのだから。

 

「しまっ!?」

 

 雨竜の気が逸れた一瞬を狙って、月島が雨竜に斬りかかった。一護に気を取られた雨竜は、まともに回避行動に移ることができずに、月島の攻撃を受けてしまう。

 

「あはははははっ! ははははははっ!!」

 

 そのまま成す術なく地面に膝をつく一護と雨竜を見て、銀城は声高らかに笑い声を発した。

 

「銀城……なんで? ……やっぱり、月島の能力で……」

 

 あまりの状況についていけない一護は今にも消え入りそうな声で疑問を口にする。

 

「そうだな。確かに月島の能力で、だ。だが、勘違いするなよ。俺は月島に斬られてお前の敵になった訳じゃない。月島に二度斬られて、元にもどったんだ。――つまり俺は、元々お前の敵なんだよ」

 

 月島の完現術、ブック・オブ・ジ・エンドは一度相手を斬れば、その相手の過去を瞬時に把握し、そのまま自分が設定した過去を対象の記憶に挟み込むというものだが、二度斬れば、それは全て元に戻るという性質も持ち合わせている。

 そして今回、月島はその能力をXCUTIONの中で最も演技下手で、尚且つ最も一護の近づくであろう銀城に使用していた。つまり、先程の戦闘はXCUTIONのメンバーが寝返ったことで起きたのではなく、XCUTIONのメンバーは元々一護の敵で、それなのにも関わらず、何時まで経っても銀城が正気に戻らないから起きたことだったのだ。彼らからすれば、何時までも経っても銀城が一護の味方であったことの方が不自然だった。

 彼らは月島に変えられたのではない。一護を欺く為に行っていた演技をやめたに過ぎなかったのだ。

 

 と、なれば当然彼らXCUTIONの目的も変わってくる。彼らは死神代行であった一護の力を取り戻すことと引き換えに、自分達の人外じみた力を一護に受け渡すことを目的としていたが、真の目的はその真逆だった。

 

「貰うぜ、お前の完現術」

 

 彼らの真の目的とは、死神代行として強力な力を持っていた一護の力を奪うことで、更なる力を手にすることだったのだ。

 

 言葉と共に、銀城は一護の胸に剣を突き刺した。死神代行であった銀城ならば、一護の力を吸い取る事は可能だ。やがて、銀城の剣を伝うようにして、一護の完現術師としての力が流れ込んでくる。

 

 数秒もすれば、一護の中にはもう何も残されていなかった。

 

「うあああああああああああああっ!!」

 

 やっと、仲間を護る為の力を手に入れたと思った。何もする事ができなかった十七ヵ月が漸く終わるのだと、報われたような気持ちになった。嬉しかった。

 

 ――だが、また振り出しだ。

 

 護るべき仲間は敵に、護るための力は再び無に、その事実はとても一護に耐えられるものではなかった。

 

「泣いてるのかい、可哀そうに」

「好きに泣かせといてやれ。そいつにもう用はねぇ。そして恐らく、もう会うこともねぇ」

 

 四つん這いにいなり、涙を流す一護に、月島は思わず哀れんでしまうのだが、銀城はそれに対して、何か行動に移すわけでも何でもなく、ただただ突き放した。そして、それは今の一護が銀城にとってどうでもいい、ただの人間であることを指し示していた。

 

「……返せ。返せよ銀城。俺の力を返せ……!」

 

 しかし、一護から見ればそれは違う。完現術は一護にとって自分が手にできる最後の力。そう易々と手放すわけにはいかなかった。

 

「何言ってんだ、お前? 元々俺のお陰で取り戻した力だろうが。俺が貰って何が悪い? 寧ろ用済みなお前の命を取らずに生かしてやってんだ。礼の一つでも言ってくれよ」

 

 そうは言いつつも、礼など言って貰えるはずがないと分かっている銀城は、一護の返答を待たずに彼に背を向け、歩き出す。

 

「銀城……。銀城っ!!」

 

 だがそれでもなお、一護は銀城を追うべく立ち上がった。力を失った自分が勝てる可能性は万が一つにもないと分かってはいたが、諦めることができなかったのだ。いや、もしくは自棄になっただけなのかも知れない。

 しかし何にせよ、そんな一護の動きは何者かによって止められることになる。気付けば、一護の胸には光り輝く一振りの刀が突きさされていた。

 

「親父……浦原さん」

 刀の持ち主に目を遣るべく、後ろを向いた一護の視線の先に居たのは、自分の父である黒崎一心と、浦原喜助だった。嘘であって欲しいと一護は胸に突き刺された刀に手を当てるのだが、そこには確かに刀の感触があった。

 

「……そうか、そうかよ。親父達まで、そうなのかよ……!?」

「馬鹿野郎、俺じゃねぇよ」

 

 一心と喜助までも自分の敵になってしまったと思った一護の言葉を一心は否定する。一心の言う通り、彼の手には刀は握られていなかった。そして、それは喜助も同じだ。

 

 では、誰が?

 

 一護がそう思った時、一心から次の言葉が放たれる。

 

「よく見ろ、もう見えてるはずだ。その刀を握っているのが誰なのか」

 

 一心の言葉を聞いた一護はもう一度目を凝らしてみてみる。すると、そこには先程まで見えていなかった三人目の人物の姿が浮かび上がってくるではないか。

 黒髪黒目に端正な顔立ち。華奢な身体を真っ黒な着物が包み込み、どこか儚げな雰囲気を発している。髪は以前より短くなっているが間違いない。

 

「――ルキア?」

 

 そこにいたのは、かつて一護に死神の力を譲渡した人物。朽木ルキアだった。それを認識した時、一護は胸に刀を突きさされているのにも関わらず、痛みが全くないことに気が付いた。それどころか、刀からはどこか暖かみすら感じ、それは一護にも覚えがあるものだった。

 

 次の瞬間、一護の身体に突き刺された刀を中心として、凄まじい霊力の奔流が渦巻いた。奔流は周囲の空気を揺るがし、竜巻の如く強烈な突風を巻き起こした上で、天高く上昇する。その急な環境の変化に、一度は一護から目を切り、歩みを進めていた銀城と月島も、思わず背後を振り返った。

 そして、霊力の奔流が収まった時、その中心に居たのは、あり得ない人物だった。否、正確にはその人物の服装があり得なかったのだ。

 

 死神特有の黒装束――死覇装を身に包み、肩にはただ振るうだけで一苦労しそうな、身の丈程の大きさの大刀が掛けられている。そしてその人物を断定する上で最も目を惹くのが、ヤンキーにでも間違えられそうな、オレンジ色の髪だった。

 

 十七ヵ月、彼自身にとっては気が遠くなるような長い時を経て、死神代行黒崎一護は完全復活を遂げたのだ。

 

「……ルキア」

 

 長らく手放した感触を思い出すように、自分の死覇装の胸の部分を掴みながら、一護は相棒とも呼べる存在の名をもう一度呟いた。まだ、自分に起こった出来事が信じられないのか、念願の死神の力を取り戻したのにも関わらず、ルキアを呼んだ一護の顔は神妙なものだった。

 

 そして、一護のそんな気持ちを払拭するかのように、ルキアははっきりとした声で言葉を紡ぐ。

 

「ああ。久しぶりだ、一護。暫く見ぬ間に随分逞しく……なってないわたわけ!!」

「痛えっ!?」

 

 ルキアの久方ぶりの一護との再会に、感傷に浸る……ようなことはなく、というかそれは最初の一言で済まし、次の瞬間には一護の顔に跳び蹴りを入れていた。

 

「だらしなくピイピイ泣き腐りおって! 私が見張っておらぬとすぐ腑抜けるな貴様は! ああ、情けない!!」

 

 現世に初めて破面が襲来した直後の、自身の内なる虚に怯えていた一護を思い出しながらルキアは言った。対する一護は、折角の再会なのにも関わらず、開口一番に蹴りを入れてくるルキアに言葉が出なかった。

 

 しかし、この一連のやり取りで言いたかった事は言えたようで、ルキアは怒りを収め、一息ついた後に再び口を開いた。

 

「月島とやらの能力は浦原に聞いた。『過去を塗り変える』とは、成程想像するに恐ろしい能力だ。だが、それが何だ!? 幾ら貴様の過去を塗り変えようと、貴様の未来までは変えられはせぬ! 失った絆なら、もう一度築き直せば良いだけの事だ! 違うか一護!?」

 

 月島の能力を凶悪なものだと理解した上で、ルキアはそれを何ら大したモノではないかのように断じた。しかし、それは月島を嘗めて発した言葉ではない。黒崎一護という一人の人間を信頼した上で発した言葉だった。もし、これで諦めるような男ならば、一護は今死神の力を手にしていなかっただろう。

 そう簡単に覆せる尸魂界の法ではないし、そう簡単に誇りを捨てる護廷十三隊隊士ではない。完現術を奪われても尚、銀城に立ち向かった一護だからこそ、それらを覆せたのだ。

 故に、そんな一護ならばこの状況をも打破できると、ルキアは信じていた。

 

「ルキア、一ついいか? 俺の過去は別に変えられていねぇ」

「いい顔で茶々を入れるなっ!」

「危ねえ!?」

 

 だが、そんな絶大な信頼に対し、一護が返したモノは、肯定でもなければ、感謝でもない。話の腰を折る屁理屈だった。言葉を発した一護が無駄に決め顔をしていたことに、イラついたルキアは手にもっていた刀を一護の顔面を目掛けて振るうのだが、寸のところで一護はそれを躱す。

 

「危ねえよ、馬鹿か!? 久し振りだからって突っ込みキツすぎだろ!!」

「たわけ! この刀に刃はついておらぬ」

 

 下手をしたら命を取られかねない突っ込みをされたと勘違いした一護は、困惑しながらも猛抗議するのだが、ルキアはそれを否定した。

 

「……そういや、その刀は何だ?」

 

 ルキアとの再会、死神の力の復活と目まぐるしく状況が移り変わったので、気にする余裕がなかったのだが、ここで漸く一護は意識をルキアの手に握られている刀に移した。考えてみれば、自分が死神の力を取り戻せたのも、ルキアが刀を一護に突き刺してから起こったことなのに加えて、その刀は常時淡い光を発しており、はっきり言って普通ではなかった。

 そんな一護の疑問を聞いたルキアは口を開く。

 

「これは、貴様の為に浦原が用意した刀だ。これのお陰で私はもう一度、死神の力を渡すことができた」

 

 一年の時間をかけて刀の完成に漕ぎつけた浦原や、刀に霊力を注いでくれた多くの護廷十三隊士への感謝を込めながら、ルキアは一護に刀のことを話した。

 

 しかし、その言葉の次に聞こえてきたのは「はっ!」という小馬鹿にするような笑い声だった。

 

「馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ。死神の見た目だけなぞって「死神の力が戻った」か? 一度目の死神能力の譲渡が成功したのは、黒崎の中に既に死神の力があったからだ。だが、今のそいつに死神の力はねえ。俺が根こそぎ奪ってやったんだからな。その全くゼロの状態から、てめえ一人の霊圧を注いだぐらいで黒崎の力が戻るはずがねえ」

 

 しっかりと計画を練って事を運んでいた銀城は、当然今回の標的であった一護のことは調べつくしていた。故に銀城は、一護に死神の力がこの程度で戻るはずがないと踏んでいたのだ。しかし、銀城は既にその答えにたどり着いている。

 

 ――ルキア一人の霊力で足りないのなら、彼女以外の霊力を使えばいいのだ。

 

「馬鹿野郎! ルキア一人じゃねえよ!!」

 

 正解の半分を口にした銀城に向けて、何者かが声を発した。しかし、その声の主は一護でもルキアでもなく、ルキアと共に一護の元にやってきた一心や喜助でもなかった。

 

 そして次の瞬間、突如何もなかった空中に障子が出現し、勢いよく開かれたではないか。

 そこには六人の人影が一列にならんで立っており、その内の一人、長い赤髪と独特の眉毛を携えた男――阿散井恋次が言葉を続ける。

 

「その刀には俺達全員の霊圧が込められてんだ! 一護一人の霊圧くらい戻せねえ訳がないだろう」

 

 銀城の言うように、ルキア一人の霊力では、一護の死神の力を取り戻させることは不可能だっただろう。だが、先程ルキアが一護に突き刺した刀には、隊長達を初めとする多くの護廷十三隊隊士の霊力を込めており、その強大な力が浦原の技術力によって余すことなく一護に注がれているのだから、現在彼に死神の力が戻っているのは、当然の帰結とも言えることだった。

 

「恋次、白哉、冬獅郎、剣八、一角、蓮沼さんっ!?」

 

 恋次の声がした方を見た一護は、恋次と共に現世にやって来た死神の名前を呼びながら、驚きを示す。対する銀城も、先程までは計画通りに進んでいたのにも関わらず、一瞬でそれを覆された今の状況に眉間にしわを寄せた。

 

「銀城、と言ったな。貴様が奪ったのは完現術とやらと融合した一護の力の上澄みに過ぎぬ。死神の力は一護の内から湧き出るもの。貴様ごときが奪いつくすことなど毛頭出来ぬ!」

 

 そう銀城に語ったルキアは視線を銀城から一護に移す。

 

「一護! 奴等は知らぬ。貴様を絶望させるにはこの程度では足らぬということを。貴様がこれまでどれだけの絶望を潜り抜けて来たのかという事を。見せてやれ一護、絶望では貴様の足は止められぬということを!」

 

 今回の計画を実行するにあたって、銀城は一護のことを調べ上げた。故に銀城は一護が如何にして死線を潜り抜けたかという事を知っている。だが、それは結果だけの話だ。その数々の死線を潜り抜けるにあたって一護の中でどういう心境の変化があって、どう戦い、どう成長したのか。それを銀城は知らない。ルキアが言ったのはそういうことだ。

 

「ああ」

 

 そう短く返事をした一護は静かに、久方ぶりに手にした彼の斬魄刀――斬月を握りしめた。そして、一閃。切っ先から宙に放たれた斬撃は、その勢いのまま銀城に炸裂する。

 だが、その一撃で倒すには至らず、多少の傷を負いながらも、銀城は建物の屋上から飛び出し、地面へと着地した。

 

「はっ! 確かに月牙天衝の威力は上がったが、その程度か!? アテが外れたな、こんなもんじゃ俺は殺せねえぞ、黒崎!」

 

 月牙天衝とは、斬月が有する唯一の能力だ。しかし、その一撃ですら、一護は銀城を殺すに至らなかった。それを認識した銀城は自分の勝ちを確信し、声高らかに一護を挑発する。

 

「馬鹿野郎……」

 

 しかし、それにそんな銀城に対して一護は焦る訳でも、ましては激昂する訳でもなく、まるで窘めるかのような冷静な言葉を返す。

 

 そしてその時、一護はいつの間にか銀城の背後へと移動していた。

 

「今のは月牙天衝じゃねえ、剣圧だ」

 

 嘘だろ? 一護の言葉を聞いて一瞬そう思った銀城だったが、次の瞬間その考えは即座に否定されることになる。

 

 一護が霊圧を解放したのだ。まるで今まで一護の中で蓄積していたフラストレーションを一度に解放したかのようなその勢いは、一瞬にして銀城を圧倒した。

 それを目の当たりにしながら、銀城は考える。自分は今、ただの剣圧を一護の必殺の一撃とも言える月牙天衝と勘違いをした。そして、実際に傷を負った上でその威力は、完現術者であった一護が放った月牙よりも上だとも言った。

 

 ――なら、今の状態の一護が本当に月牙天衝を放ったら、果たして自分はどうなる……?

 

「何だ……何なんだ……何なんだこの霊圧は!?」

「月牙天衝」

 

 自分の予測を遥かに上回る一護の力に動揺を隠せない銀城に、一護は死神の力を取り戻してから初めてとなる月牙天衝を放つ。だが、その月牙は銀城の身体の上を通り抜け、その後ろにあった建物を両断した。そして、その勢いのままに天まで昇ったその斬撃は、それまで空を覆っていた雨雲をも両断し、瞬く間に天候を塗り変えた。その規格外の威力に銀城は動くことはおろか、言葉も失い、ただ目を見開いていた。

 

「悪りぃ、外した。次は当てる」

 

 そんな銀城にとって、一護のこの言葉は死刑宣告のようだった。恐らく、一護はわざと攻撃を外したのだろうが、それに言及する余裕すら、今の銀城にはなかった。

 このままでは不味い。そう思った銀城は、態勢を整える為に一度退くことを決めた。だが、銀城は失念している。態勢を整える、それはある程度実力が拮抗した敵や、罠などをはじめとする、それをするだけの条件を整えて初めてできる行動なのだということを。

 

 故に、銀城の試みは失敗に終わる。地面や空気の魂を呼び起こすことで、高速移動を始めた銀城だったが、それよりも遥かに素早く動いた一護が彼の肩を掴み、それまで進んでいた方向とは逆方向に放り投げる。放り投げられた銀城はGに抗うことができずに身体の制御を失った。

 

 一見雑に見えたその立ち回りも、今の一護が行えば、十分に有効になり得るものだった。死神の力を取り戻した一護だったが、その姿は以前と少しだけ異なっている。完現術を習得した彼は死神の衣装である死覇装に加えて、彼の完現術に似た装備を首や腕など随所に身に纏っていた。銀城に奪われた完現術だったが、こうして一護が死神の力を取り戻したことにより、もう一度その力が呼び起こされ、彼の力となっていた。結局の所、銀城は一護の力のほんの表面的なものしか奪っていなかったのだ。

 そして、死神の力と完現術を融合したことにより、一護の基本性能は大幅に上昇していた。

 

「うおおおお!!」

 

 そんな強化された力を駆使して、一護はもう一度月牙天衝を繰り出す。雄叫びと共に放たれたその斬撃は、身動きのとれない銀城をいとも簡単に巻き込んだ。

 

「ぐ、くそ……! こんなもんで、俺を殺せると思うなっ!?」

 

 負けじと防御を固め、抗おうとした銀城だったが、その努力も虚しく、月牙は完全に銀城を覆いつくし、 そのまま天へと向かい、炸裂した。




 次回の投稿は11月25日の予定です。

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