転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第四十七話

 僕が隊長になってから一年半の時が経過した。この一年は僕にとってまさに激動の一年と呼べる年で、五番隊の隊長となり、その傘下に檻理隊を参入させた僕は続々と隊舎の改築と隊の体制の変更を行っていった。

 その中でも分かりやすい例が、檻理隊として活動する為に五番隊の地下に牢を増築したことと、二番隊の管轄であった蛆虫の巣を五番隊隊舎裏へと移転させた事だろう。

 

 そして今では、以前僕が隠密機動の檻理隊であった時と遜色ないくらいに機能させることができている。これも楠木さんを始めとする元檻理隊の人達の協力のお陰だ。

 

 そのような感じで仕事環境を整えていった僕だけど、何も修行を疎かにしていた訳ではない。寧ろより一層励んだと言えると思う。

 五番隊隊長となった今でも毎朝二番隊に通い、砕蜂隊長と修行を積み続けた僕の腕は、きっと今もメキメキと上達していっている事だろう。今から丁度一年半くらい前に初めて砕蜂隊長から一本を取ったんだけど、それに決して傲ることはなかった。

 何故か単純な霊圧量では砕蜂隊長を上回った僕だったけど、それでも白打の実力や瞬閧の精度は間違いなく砕蜂隊長の方が上で、結局はこれまで負けっぱなしだったのが五分と五分に変わった程度だった。また、僕に負けたまま黙っているような砕蜂隊長ではなく、初めて僕が一本を取った日からそう遠くない内に霊圧で僕に並ぶようになった。ただ、その間に僕も何もしていなかった訳ではなく、砕蜂隊長が基礎を磨いている内に、僕は瞬閧状態の組手でも砕蜂隊長に勝てるように、修行に取り組んでいた。結果、僕と砕蜂隊長の霊圧、白打、瞬閧の能力は僅かな差はあれど、ほとんど横並びになり、実力が近しい人と毎日修行に取り組むことで、その効率は今までにない程に上昇していた。

 

 また、砕蜂隊長との修行以外の時間では、斬魄刀の修練にも力を注いでいた。既に卍解は習得しているけれど、藍染の乱で見つけた課題に取り組んでいたのだ。

 それは、断界でウルキオラと戦った時の事だ。あの時、僕は井上さんと一緒に彼女の護衛についた隊士を巻き込むという理由で卍解を使うことができなかった。言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、もしあの時卍解を使うことができていれば、僕はウルキオラに負けることはなかったと思う。

 そして、隊長となった今、隊士を護りながら戦うという状況がいつ来てもおかしくはない。そんな時にまた同じ失敗をする訳にはいかなかった。故に僕は、今まで無差別にしか発動することができなかった卍解の能力を、対象を絞って発動ができるように修行したのだ。

 

 一年半という短い間だったけど、やれることは全てやったし、その成果もとても一年半とは思えないようなモノだった。

 

 そして、そんな修行の日々も終わりを告げようとして居た。

 

 

 ついに来たのだ。――一護君が復活する時が。

 

 

***

 

 

「……何故私がこんなことの手伝いを」

「だから言ったじゃろ? 今日は何時もの散歩ではないぞ、とな。それでもついて行く、と言ってきかなかったのはお主じゃぞ、砕蜂」

 

 現在自分がしていることに納得がいっていない砕蜂隊長は、その気持ちを思わず外に漏らしてしまうのだが、その言葉を聞いていた夜一さんが呆れたような口調で砕蜂隊長の揚げ足を取った。

 僕はその場面を見ていないんだけど、夜一さんが言った砕蜂隊長の行動は、普段の彼女からすれば容易に想像できるもので、その信憑性は高かった。

 

「それは……!」

「ん~? 違ったかのう~?」

「そう、ですが……」

 

 そして、夜一さんに言いくるめられる砕蜂隊長を見るに、どうやらそれは本当の事だったらしい。

 

「それに卯月を見てみろ、あやつは儂が無理やり連れて来たのにも関わらず、真面目に働いておるではないか」

 

 夜一さんの言葉を聞いた砕蜂隊長の視線が、黙々と作業を進めていた僕の方を向く。現在、僕は夜一さんと共に尸魂界へやって来た浦原さんの指示で、霊圧を遮断する布で出来た天幕を設営していた。

 

「確かに、最初襟を掴まれて強引にここまで連れてこられた時は何事かと思いましたが、今日の件に関しては僕も望んでいた事ですからね。精一杯お手伝いさせて頂きますよ」

 

 今から約三十分前、砕蜂隊長に書類を届けるべく、二番隊へと足を運ぼうとしていた所、偶然にも夜一さんと瀞霊廷内を歩く砕蜂隊長の姿を見つけたのだ。それを見て、『二番隊まで向かう手間が省ける!』と嬉々として声を掛けに行ったんだけど、僕の姿を見た夜一さんが「お、卯月ではないか。丁度よい、お主もちょっと来い」と僕の返事を聞くこともなく、強引にここまで連れて来られてしまったのだ。

 

 因みに、ここは西流魂街の第一地区である潤林安の離れに位置する家で、夜一さんの旧友である志波空鶴さんという人の家らしい。

 

 では、何故夜一さんが急に僕と砕蜂隊長をこんな場所に連れて来たかという話に移るんだけど、その理由は設営を終えた天幕の中にある一振りの光る刀にあった。

 

 その刀は藍染の乱を終えてからずっと浦原さんが研究を進めていたもので、一護君の霊力を取り戻す為に作られた刀だ。この刀には、木の年輪のように注がれた霊力を何層にも分けて保有する特性が付与されており、最終的にこの刀を一護君に突き刺すことで、彼の霊力を取り戻すことができるのだ。

 そして、今やろうとしていることはその刀に霊力を注ぐ段階で、浦原さんはできるだけ多くの死神の力を借りる為に尸魂界まで足を運んで来たのだ。

 

 ここに来てそれを聞かされた時点で、手伝わないという選択肢は僕にはなかった。一護君の為にできることなら何でもする、そう誓った僕にとって、彼が霊力を取り戻すための手伝いをするというこの状況は、僕が望んで止まないものだったのだ。なので、手段こそは強引だったけど、僕をここに連れて来てくれた夜一さんに僕は感謝していた。

 

 そんな僕の言葉を聞いた夜一さんは、弟子を引き合いに出された上に言いくるめられたことでふてくされた砕蜂隊長の頭を「フハハっ!」と豪快に笑いながら、わしゃわしゃと雑に撫でまわす。

 

「さて、からかうのはこれくらいにしておいてやろう。……今からでも遅くはあるまい、お主は隊舎へ戻れ、砕蜂」

「夜一様……!? 何故急にそんな……?」

 

 突然の突き放すような夜一さんの発言に動揺する砕蜂隊長だったが、夜一さんは尚も言葉を続ける。

 

「お主は、法より裁かれた者に刑を執行する刑軍の長なのじゃぞ? そして、刑軍は隠密機動の最高位。軍団長自らその格を落とすような振る舞いをすべきではない。分かるな?」

 

 今更言うまでもないけれど、死神の力の譲渡は重罪だ。それは今も変わることのない罪で、流石にかつての朽木さんのように死刑とまではいかないけれど、破れば長い時間を牢で過ごすことになる。ましてや刑の執行者である砕蜂隊長がそれを犯せば、より刑は重くなるだろう。それを気遣っての夜一さんの発言だった。

 

 そして、それは……。

 

「お主もじゃぞ、卯月」

 

 ――檻理隊として働く僕も同じ事だった。

 

 でも、ここで引き下がる訳にはいかない。

 

「しかし……!」

「ですが……!」

 

 そう思った僕と砕蜂隊長は同時に反論を述べようとするのだけど、夜一さんはそれに耳を貸すことも無く、僕と砕蜂隊長の襟を掴み、そのままズルズルと引きずり天幕の外へと歩みを進めていく。

 

「あ、どうです? 終わりましたか?」

 

 すると、天幕の外には別の作業を進めていた浦原さんが居て、こちらの作業の進捗を尋ねて来た。

 

「ああ! 今二人を返すところじゃ!」

「夜一様! 私は一言も帰るなどとは……!」

「そうですよ! 僕はまだ帰りませんからね!」

 

 夜一さんに抵抗する砕蜂隊長に便乗するように僕も声を発した。

 

「そうっスよねぇ、刑軍の統括軍団長サンと檻理隊の隊長サンがこんなトコにいちゃいけませんよねぇ」

 

 しかし、夜一さんの帰すという一言だけで、状況を察した浦原さんが僕達の反論など意にも返さず、僕達が隊舎へ戻ることを了承しようとする。

 

「貴様は喋るな! 私は絶対に帰りません! 夜一様とこの闇商人を二人きりにするなど……!」

「目的がすり替わってますよ砕蜂隊長……。ですが、帰りたくないという点については僕も砕蜂隊長と同じ気持ちです。確かに、五番隊隊長、そして檻理隊隊長としてはここで引き下がる方が正しいんでしょう。そこは分かってますし、気遣ってくれた夜一さんにも感謝してます。でも、一人の死神として僕は一護君の力になりたいんです!」

 

 例えこの件で僕が五番隊隊長をクビになろうとも、悔いはない。僕を支えると言ってくれたほたるや、これまでの隊の変革で散々に振り回して来た隊士達には申し訳ないけれど、きっと理由を話せば皆理解してくれるだろう。

 

 ――何故なら、黒崎一護への感謝の気持ちは護廷十三隊全員の共通認識なのだから。

 

 そんな僕の決意を読み取ってか、夜一さんはため息を吐きながら次の言葉を発しようとするのだけど、それに割り込むように『ピロリン』と、間の抜けた音が鳴り響いた。

 

「なんじゃ?」

「ひゃわわわわわあ!!」

 

 音の在り処を割り出した夜一さんは、一切の躊躇もなく砕蜂隊長の懐に手を潜り込ませる。予想だにしないその行動に、砕蜂隊長は普段の彼女からは想像できないような悲鳴を上げた。

 

「ん? これか?」

 

 そう言って砕蜂隊長の懐の中から抜かれた夜一さんの手には砕蜂隊長の伝令神機が握られていた。黒猫をモチーフにデザインされたそれは、分かる人からすれば一瞬で持ち主が誰か判別できることだろう。

 

「うわぁ……」

「夜一さん、流石に男の前でその仕打ちはちょっと……」

 

 そして、夜一さんのあまりのガサツさに僕と浦原さんは完全に引いていた。

 

「ほれ、なんか重要なことかもしれぬぞ?」

 

 しかし、夜一さんは僕達の言葉を意に介すことなく、へたり込んでしまった砕蜂隊長に目線を合わせて語り掛け、手に持っていた伝令神機を差し出した。

 そしてそれを受け取った砕蜂隊長は先程まで羞恥で赤く染めていた顔色を変え、慌てたように口を開く。

 

「夜一様、これを……!」

 

 そう言って砕蜂隊長は夜一さんに書簡の文面を見せる。気になったので、僕もそれを覗いてみると、そこには朽木さんを起点として、護廷十三隊隊士へと転送され続けていた文面が映っていた。だけど、ここに来た時点で朽木さんが動いていることは聞かされていた。また、先程僕の所にも松本副隊長から送られて来ていたし、僕も実際にそれを修兵とほたると青鹿君に転送していた。

 故に特筆すべきはそこではない。砕蜂隊長が指を指していたその場所は、この書簡の宛先欄だった。差出人は草鹿副隊長で、女性死神協会の会長でもある彼女は砕蜂隊長以外にも多くの女性死神にこの書簡を転送していたんだけど、その宛先に問題があった。

 

「……これは」

「不味いことになりそうじゃの……」

「そうっスね……」

 

 この先に起こり得る事を想像した僕達は気を沈ませながら声を発した。言葉では明文化されていなかったけれど、きっとこの時僕達四人の視線は同じ所に注がれていたことだろう。

 

 書簡の宛先欄。そこにはとある一人の女性死神の名前が記載されていた。

 

 

 ――涅ネムと。

 

 

***

 

 

 場所は変わって、一番隊隊舎前。そこに打ち合わせをした訳でもないのにも関わらず、三人の隊長が居合わせていた。狛村、マユリ、浮竹の三人である。

 

「皆これを手にしているということは条件は同じようだな……」

 

 そう言った狛村の目には三人共がその手に握っている伝令神機が映っていた。それを見て、狛村は自分も含めた三人は、現在元柳斎に無断で多くの隊士が死神の力の譲渡を行おうとしていることを報告しようとしていると判断した。

 そして、それは間違いではなかったのだが、報告をしてから求める望みが三人の中でそれぞれ違っていた。

 

「どうやらそうらしいな。しかし、ここは俺に任せては貰えないだろうか? 朽木はうちの副官だからな」

「おやおや! 隊長位にありながら、犯罪行為を煽る者を庇うつもりかネ?」

「確かに、これは掟を破る行為だが、俺には朽木が間違っているとは思えない。隊長として、できるだけ力になってやりたいんだ」

 

 今回のルキアの行動を肯定した浮竹は、彼女の上司として力になってやろうと、自分が元柳斎に報告することを切り出したのだが、その申し出はマユリに真正面から否定された。何故マユリは浮竹を否定したのか、その理由は今回の騒動の核となる刀を生み出したのが喜助だからということに他ならない。彼とて藍染の乱で一護の存在がどれだけ大きかったかなんてことは理解している。だが自分が対抗意識を持っている喜助に手を貸すことは、マユリにとってもってのほかだった。

 故にマユリはこれだけには留まらず、次なる非難の言葉を浴びせようと口を開くのだが、その言葉は突如として開かれた一番隊隊舎の扉の音によって遮られた。

 

「珍しい組み合わせじゃのう……。隊長が三人も揃うて、一体何事じゃ?」

 

 顎髭を撫でながら言葉を発した元柳斎の背後には彼の副官である雀部が控えている。執務中だった彼らは外の霊圧を感じ、様子を見に来たのだ。

 

「元柳斎先生、実はうちの副官が――」

 

 マユリが発言を止めたのを見て、好機と思った浮竹はその場にいた誰よりも早く元柳斎の前へと出たのだが、その彼の言葉も、今度は彼自身が持っていた伝令神機の着信音によって遮られるのだった。

 しかし、その着信音は普段の書簡を送る時とは違い、けたたましく鳴り響いていた。そして、この音は緊急通信を示すものだ。

 

「早よう出んか」

 

 その連絡が緊急を要するものと判断するや否や、元柳斎は浮竹に通信に応じるように促す。

 それに一礼をしてから、浮竹は通話ボタンを押し、伝令神機を耳に当てた。

 

『十三番隊隊長、浮竹十四郎様に報告! 黒崎一護の死神代行戦闘許可証に、先の死神代行が接触した徴候あり! 至急、技術開発局内、霊波計測研究所にお越し下さい!』

「分かった、すぐに向かう」

「増員して詳細に観測を続けロ! ワタシも直ぐに戻るヨ!」

 

 浮竹の通話と同時に、マユリにも同様の通信があったようで、二人共直ぐに向かう旨を伝えて、通信を切った。

 

「緊急案件なので、失礼させていただくヨ、総隊長」

「俺も失礼します、元柳斎先生! 後ほどご報告に参ります!」

 

 元柳斎に頭を下げた二人は、即座に踵を返し、同じ目的地へと去っていく。そして、浮竹は狛村とすれ違う際にそっと口を開く。

 

「一護君の件、任せてもいいかい?」

「ご承知した」

 

 狛村の言葉を聞いて満足した浮竹は、マユリの後を追うように瞬歩で去っていった。

 

「では、中で説明してもらおうかのう。狛村や」

 

 雀部が先行して開けた扉の中へと歩みを進めながら元柳斎は言った。

 

「仰せのままに」

 

 狛村、マユリ、浮竹の三人の隊長がここへ足を運んだ理由は、現在護廷十三隊が一護に死神の力の譲渡をしようとしていることを報告することだったが、それを終えて求める望みがそれぞれ違っていた。

 

 浮竹は今回の騒動の元凶とも言えるルキアに対しての恩赦を貰い、彼女の力になる為。マユリは自分が喜助の手助けをすることが癇に障ったから。

 

 なら、狛村はどうだ?

 

 彼が護廷十三隊の隊長の座に就いている理由は元柳斎に対しての恩に報いる為だ。故に、狛村は元柳斎の命に背く行動はどんなことであろうと行わない。そして、元柳斎の知らない水面下での犯行を元柳斎に報告することは、狛村にとって当然とも言える帰結だった。

 

 では、狛村は一護に死神の力を譲渡することに反対しているのかと言われれば、そういう訳でもない。恩義に報いる為、元柳斎に忠誠を誓っていることから分かるように、狛村は非常に義理堅い性格だ。そんな彼が、自らの力全てを投げうってまで尸魂界を救った一護に何も感じない筈がないのだ。

 そして、元柳斎はまだ護廷十三隊で何が起こっているのか把握していない。把握していないということは肯定も否定もしていないということだ。

 

 狛村は元柳斎の命に背くことはできない、しかし彼の中に一護の力になってやりたいという気持ちがあるのは純然たる事実だ。ならば、元柳斎を説得するしかない。元柳斎が肯定さえしてくれれば、狛村は堂々と胸を張って協力することができるのだから。

 表情を引き締めた狛村は、元柳斎の後へと続く。

 

 そして、それから全隊長、副隊長及び喜助が一番隊隊舎へと呼ばれるのには、そう時間は要さなかった。

 

 

***

 

 

 砕蜂隊長に送られたメールを確認してから間もなく、地獄蝶によって召集をかけられた、僕達隊長と副隊長及び浦原さんは一番隊隊舎へと赴いていた。

 その理由は言うまでもなく一護君への死神の力の譲渡に関することで、現在総隊長に事のあらましを説明すべく前へ出た浦原さんの傍らには、先程僕も霊力を込めた刀が置かれていた。

 

「――以上がこの刀に関する説明っス」

「相分かった」

 

 浦原さんが運び込んだ刀についての詳細を把握した総隊長は一つ頷くと、隊首会議場に集めた僕も含めた隊長達を見やり、口を開く。

 

「先刻、涅、浮竹両隊長より、初代死神代行が黒崎一護に接触したとの報告を受けた」

「初代死神代行……銀城空吾(ぎんじょうくうご)か!?」

 

 初代死神代行なる人物に思い至った日番谷隊長が声を上げると、場の空気が一気に張り詰めた。

 

 銀城空吾とはかつて死神代行の肩書きを冠し、自らその姿を消した男だ。僕もこの世界に来るまで、銀城空吾の存在は、その名前と敵であるということしか知らなかったけど、この世界で暮らしていく内に、彼に対する知識は自ら手に入れようとしていなかったのにも関わらず、どんどん増えていった。当時、彼はそれほど死神達からの注目を浴びた人間だったのだ。

 

 ――何故なら、死神代行とは彼の為に作られた制度なのだから。

 

「黒崎一護が漸く餌としての役割を果たしたということだネ……」

 

 そう言った涅隊長の視線は浮竹隊長に向けられており、それに浮竹隊長は気まずそうに目を逸らす。愉快そうに顔を歪めながら言葉を発した涅隊長だけど、当然それには意味があった。

 

 死神代行、その制度を作り出した張本人が浮竹隊長なのだ。

 

 死神代行はその存在を確認された際、尸魂界から代行証が与えられる。代行証はその正式名称を死神代行戦闘許可証といい、死神代行が現世で虚との戦闘を行う際に、その発生を知らせたり、死神代行を霊体化させたり、現世に在駐している死神にそれを見せることで、誤解を防いだりと様々な役割があるんだけど、それは全て表向きの役割だ。

 

 その真の目的は、監視と制御にある。

 

 死神代行は代行証を渡される時に、その存在が尸魂界にとって有益であれば、代行証を渡されるという説明を受けるんだけど、それは嘘だ。有益か有害か、そんなことに関係なく、死神代行には代行証が渡される。

 いや、寧ろ有害な対象にこそ、代行証は渡されるべきなのだ。代行証は尸魂界との通信機としての役割も果たしており、少なくとも死神代行が代行証を手にしている間、尸魂界は死神代行の居場所を捕捉できる。これが監視としての意味合い。

 

 また、死神としての強大な力を得た死神代行が、碌な霊圧の制御も教わらずに現世で過ごせているのは、代行証が人間の身体に収まっている死神代行の霊体としての能力を抑え込んでるからだ。そして、これが制御としての意味合いだ。

 

 そもそも、死神代行とは違法の上に成り立った存在。真央霊術院などで然るべきことを学んでいない死神代行を監視することは至極当然の事だった。

 故に次に死神代行が現れた時は、それを餌として使い、それに食いついた銀城諸共殺してしまおうと言うのが、僕より前の隊長達の総意であったそうだ。

 

「銀城空吾が接触してきた以上、最早一刻も無駄には出来まい。その刀を持って寄れ! 浦原喜助!」

「総隊長……それでは!?」

 

 だけど、総隊長の決断はそれとは真逆を行くものだった。

 

 浦原さんに刀を差しだすように指示を出した総隊長に、卯ノ花隊長は目を剥く。

 何故なら、ここで総隊長が浦原さんから刀を受け取るということは、それ即ち総隊長も浦原さんが持つ刀に霊力を注ぐことに他ならないのだから。そしてそれは護廷を率いる総隊長として、本来ならばあってはならないことだ。

 それを重々承知しているであろう総隊長は、説明するべく再度口を開く。

 

「……形はどうあれ、我らは黒崎一護に救われた。今度はその黒崎一護を我らが救う番じゃ。例えしきたりに背こうと、ここで恩義を踏みにじれば、護廷十三隊永代の恥となろう」

 

 きっと、前までの総隊長なら、今のような判断を下さず、銀城の元に隊長格を送り出すことで、戦いを終結させようとしていたに違いない。何故なら、それが護廷十三隊としての誇りを護ることだからだ。今までは紆余曲折あって死神代行になった一護君を銀城をおびき寄せる為の餌として利用していたが、銀城が釣れた今、わざわざ一護君の力を取り戻させる理由がないのだ。

 一護君は現世に住まう人間なので、死神として彼を護るという義務はあるけれど、その為に掟を破ってまで死神の力を譲渡する必要はない。

 

 だけど、総隊長は一護君を救うことを選んだ。掟を破り、感情で動くことを選択したのだ。

 しかし、そんな決定を下した総隊長の顔には一切の迷いがなかった。寧ろその出で立ちは堂々としており、僕達を見渡した総隊長は声高らかに次の言葉を言い放つ。

 

「……儂の命を待たずして、既に数多くの死神が霊力を込めたとの報告を受けて居るが、此度に限り、罪には問うまい」

 

 その言葉を聞いて、僕を含めた数人の隊長達がホッと息を吐いた。その中でも、涅隊長は浦原さんを睨みつけながら、歯軋りを立てていたけど、彼のそれは浦原さんに対する嫉妬の感情で、一護君が死神の力を取り戻すこと自体には異存がないのか、反論の為に口を開くことはなかった。

 

「よいか、浦原喜助! 必ずや、黒崎一護に死神の力を取り戻させよ!」

 

 命を授かった浦原さんは、それまで低くしていた姿勢を上げ、真っ直ぐに総隊長を見つめた。

 

「はい、必ず……!」

 

 総隊長の言葉に応じた浦原さんのその声音は、普段の彼からは考えられない程真剣そのもので、その様はまるで、込み上げて来る気持ちを必死に抑え込んでいるかのようだった。

 

 

 斯くして、一護君に死神の力を譲渡する準備は整った。

 

 

 ――あとは、それを彼に渡すのみだ! 

 

 




 次回の投稿は11月15日です。

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