転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第四十六話

「ふぅ……今日も頑張ったなぁー」

 

 ある日の朝、砕蜂隊長との修行を終えた僕は、五番隊隊舎へと帰る道を歩きながら、身体を伸ばしていた。

 五番隊隊長に就任した僕だけど、砕蜂隊長との朝の修行は今も続いている。元々、僕が真央霊術院生であった頃や、藍染が率いていた頃の五番隊に居たときもほぼ毎朝二番隊へと通っていたのだ。今更所属する隊が変わったところで、止める理由にはならない。

 それに砕蜂隊長との修行はいつも始業前に行っているので、誰にも文句を言われる筋合いはないだろう。

 

 そして、僕がこんな誰が居るとも分からない場所で独り言を発したのには理由がある。なんと、僕は今日初めて砕蜂隊長に一本を取ることに成功したのだ。

 謹慎が明けてからというもの、如何せん身体が軽く、思うように身体が動かせない調子の悪い日々が続いていたんだけど、三日程前から感覚を取り戻していき、今日には謹慎前以上に動けるようになったのだ。……ただ、僕の感覚の話なので、それが本当なのかは定かではないけどね。

 

 また、その後の瞬閧を用いての組手では逆にボコボコにされてしまったので、自分がまだまだである事を自覚した。僕が思い上がりそうになっていた所に釘を刺してくれた砕蜂隊長には感謝しないといけないな。

 

 今日の修行で、やはり僕の瞬閧は砕蜂隊長や夜一さんのそれには遠く及ばないということを再認識した。今までは白打の実力が劣っていたので、あまり瞬閧については気にしていなかったし、修行も白打中心のモノになっていたんだけど、白打で砕蜂隊長に一本を取れるようになった今、そろそろ僕は新たなステップへと踏み出しても良いのかもしれない。

 本来、瞬閧とは極めれば卍解と遜色ないくらいの力を発揮することができる。その証拠に、砕蜂隊長と夜一さんの風と雷の瞬閧は、斬魄刀の能力となんら遜色がないのではないだろうか。

 だけど、僕は違う。仮に二人の瞬閧を卍解レベルとするのなら、僕の瞬閧は未だに始解程度の力しか出せていないように思う。

 故に白打をある程度の基準まで高めることに成功した僕は、次の段階――瞬閧を極める為の修行をする時が来たのかもしれない。

 

 これからどんどん戦いは激化していく。そんな時に、中途半端の瞬閧で前線に立つわけにはいかないのだ。

 

 そう反省点を踏まえて、次の修行にどう生かそうかと思案していたその時だった。

 

 ――バイクエンジンを吹かすような、この場に相応しいとは思えない音が聞こえてきた。

 

 そして、その音は徐々に徐々に僕の方へと近づいて来る。

 

「……何か場違い感が凄いんだけど」

 

 呆れるように呟いた僕の視線の先には一台のバイクがあった。江戸時代をモチーフにしている尸魂界を疾走するその様は、正直言って違和感しかなかった。

 そして、そのバイクの運転手は僕の隣に来て停車する。

 

「よう、卯月。修行終わりか?」

「……何してんの、修兵?」

「見ての通りツーリングだ。浦原商店が公認になったお陰で、現世の物質をこっちに取り寄せ易くなったからな」

 

 藍染の乱の終了後、総隊長の働きかけによって、浦原さんと夜一さん、そして握菱鉄裁さんの無罪が確定した。それにより、尸魂界は三人をこっちに戻って来ないか訊いたんだけど、三人はそれを断り、現世の浦原商店に残ることを決めたのだ。

 特に浦原さんと夜一さんはその実力もさることながら、浦原さんには技術力、夜一さんには権力があるので、そんな二人を失うのは尸魂界にとって痛手になると思われたんだけど、そんなことはなかった。

 三人が無罪になったことにより、今まで非合法だった浦原商店が合法になり、多くの死神が現世の製品を求めるようになったのだ。江戸時代をモチーフにした尸魂界は、一部の技術力以外では大きく現世に劣っている。技術開発局の中にある機械は現世以上の技術があるかもしれないけど、その普及率は比べるまでもなかった。

 つまり、現世の製品は一般の死神に於いては正に神器ともいうべきものなのだ。そして、死神達が現世の製品を手にすれば、今まで以上に現世や人間を護ろうという意識が強くなる。結果として、三人の現世への滞在は尸魂界に大きな利益を生み出していた。

 

 修兵もその例に漏れず、現世からギターやバイクを取り寄せ、実際に使用しているのだろうけど、一つ問題がある。

 

「修兵、免許は持ってるの?」

「免許? なんだそれ?」

 

 僕の質問の内容が理解できなかった修兵は首を傾げる。

 

「現世ではバイクとかの自動車を運転するには、それの許可証みたいな物が必要なんだよ」

「へぇ、そうなのか。だが、ここは尸魂界だぜ? 別に問題なく運転できてるんだし、問題ないだろ?」

 

 僕が免許について質問すると、修兵は漸く僕の意図が分かったのか、反論して来た。

 確かに、尸魂界では自動車の運転に関する法整備は当然行われていない。故に僕もそれでどうこう言うつもりはない。問題は修兵にあった。

 

 僕は改めて修兵に視線を遣る。バイクに跨がっている所為で、せっかくの隊長羽織が特攻服にしか見えないという思考が僕の中を過ったけど、そんなことはどうでもいい。精々後でいじってやろうと思うくらいのものだ。

 

 修兵に在る問題。それは彼の安全運転に対する思考が欠如しているということだ。

 先ずは頭。そこにはバイクのドライバーなら必ず被っているはずのヘルメットが見当たらなかった。だけど、まあこれに関してはドライバーの命を守る為のモノなので、まだいい。隊長である修兵はバイクから転げ落ちたくらいで傷を負うことはないだろう。

 一番の問題は彼の運転だ。現在修兵は道の真ん中を走っている。ここはまだ広い道なので、大丈夫だろうけど、もし狭い道に入ったら、他の隊士に迷惑をかける可能性がある。

 そして、修兵は僕が修兵を目視できるようになってから、ここまで幾つかの交差点を通ったんだけど、一切スピードを緩めることがなかった。

 瀞霊廷の道は基本的に二、三メートル程の壁が左右にそびえ立っているので、交差点は非常に見通しが悪い。もし、修兵が交差点を通る際に、横道から人が現れれば、事故を起こす可能性があった。何も瀞霊廷には死神だけが住んでいる訳ではないのだ。こんな所に現れることは滅多に無いだろうけど、貴族に怪我を負わせてしまったなんてことになったら、かなり面倒なことになるのは想像に難くない。

 

「……てことで修兵、とりあえずそれから降りよっか?」

「はい……」

 

 一連の事を話し終えると、僕は修兵をバイクから降ろし、指導の為に五番隊隊舎へと連れて行くのだった。

 

 そして、この珍事はこれから約一年後、恋次によってとある完現術師に話される事になるんだけど、当時の完現術師という名前を知らなかった僕や、そもそも敵が現れる事を知らない修兵にとっては知る由もないことだった。

 

 

***

 

 

 そんなプチ騒動から数日後、僕は一日だけ休暇を貰って、現世の空座町に訪れていた。恐らく五番隊隊士の大半は、ここ最近の護挺十三隊の流行に倣って、僕も現世の製品を揃えに行ったのだと思う人も居るかもしれないけど、それは違う。

 そもそも僕は、昔から休みの日を使って現世の製品を尸魂界に持ち帰り、自分の家の家具を総入れ替えすることで、なるべく生前の暮らしに近づけようと努力をしていた。僕よりも前から、西洋のアンティークを集めていた雀部副隊長には敵わないけど、そういう意味では今回の流行に於いて僕は先駆者と言えるのではないだろうか。

 確かに、僕は後で浦原商店にあるものを取りに行く約束があるけど、それは現世の製品ではないし、あくまでついでだ。僕の今回の目的は全く別の所にある。

 

 擬骸を身に纏った僕は目的地への道をゆっくりと歩いていた。

 

 ――懐かしいな。

 

 足と接触する硬質なアスファルト、町内に響く自動車のエンジンの音や、公園ではしゃぐ子供とそれを制止する保護者の声。そんな色々な情景を身体で感じ、僕は懐古していた。

 僕の前世と、この世界は全くの別世界だ。だけど、ここでは確かな生が営まれており、その事実が僕が前世で何とも思っていなかった事を新鮮に映していた。

 

 そして、道を進むに連れて、その景色はどんどん移り変わって行き、やがて灰色の服を身に包む複数の若い男女の姿が目立つようになってなって来た。

 更に進んで行くと、その若い男女達が出入りしている門をこの目で捉えられるようになった。そこから視線を上げて見れば、コンクリートで出来た複数の直方体のそれなりの大きさの建物がそびえ立っている。

 

 『空座第一高等学校』

 

 一護君を始めとする現世組が通っている高校に僕は訪れていた。

 

 どうして、僕がここに訪れているのか。それは僕の藍染の乱に於ける失敗に起因していた。

 藍染の乱の空座町のレプリカで戦う前、僕は十刃の一人であるウルキオラ・シファーに大敗を喫した。その際、僕は井上さんを無事現世へ送り届ける役目を買って出たんだけど、その結果は上記の通りで、僕は大事な役割を完遂できなかったどころか、ウルキオラに負け、気絶していた所を井上さんに助けられてしまった。

 その後、僕は彼女を救う為に単身虚圏に向かおうとしたんだけど、既に虚圏に向かっていた恋次と朽木さんが書いた「井上さんは自分達に任せていいから、僕は現世に向かってくれ」という旨の手紙を砕蜂隊長から受け取り、僕は現世に向かったのだ。

 

 ――必ず勝って井上さんに感謝と謝罪の意を告げようと心に決めて。

 

 そして、藍染の乱は無事終結し、一時の平穏が訪れた。だけど、僕は未だに井上さんに会うことができて居なかった。

 これだけ聞くと、僕がどうしようもない奴に思えてくるかもしれないけど、これには歴とした訳がある。

 

 先ず、藍染の乱の終結後、僕は空間転移の無断使用によって一ヶ月の謹慎処分を喰らっていた。そして、それが終わると、今度は隊長への昇進の話が来て、つい最近まで檻理隊として活動する為の隊の編成や、隊舎の改築など、仕事に追われていたのだ。

 当然、そんな中現世に訪れる時間など作れるはずもなく、結局藍染の乱終結から三ヶ月が経った今までずるずると予定が延びてしまったという訳である。

 

 既に恋次と朽木さんには尸魂界でお礼を言ったし、いい加減終止符を打たないといけない。

 

「【縛道の七十七“天挺空羅”】」

 

 そう思いながら僕は予め捕捉していた井上さんが居る場所を目掛けて鬼道を発動した。

 僕が直接学校の中へと足を運ばない理由は、一護君が居る為だ。藍染の乱で全霊力を失った一護君は現在普通の人間として生きている。そんな彼の前に僕が現れたら、彼の心に何らかの悪影響を及ぼしてもおかしくはなかった。

 

 そして、僕の霊力が井上さんの元まで届いたことにより、彼女の霊圧が僅かに揺らぐのを感じた。

 

『こんにちは、井上さん。久しぶりだね』

『この声は……蓮沼君!? どうしたの急に?』

『うん、実は井上さんに話したいことがあってね。休みを取って現世まで来たんだ。今学校の前に居るから、悪いんだけど降りて来て貰えないかな?』

 

 僕の言葉を聞いた井上さんは、一番近かった校舎の窓から、顔を出し、校門の方へ視線を向けた。当然、霊圧を捕捉している僕は直ぐに校舎から、顔を出す彼女の姿を見つけた。

 そして、井上さんからも、制服に身を包んでいないからなのか。そう時間を掛けずに僕の姿を視界に捉え、大きく手を振ってくる。少し……いや、かなり恥ずかしかったけど、僕も小さく手を振りそれに応えた。

 

 僕が周囲からの視線を気にしている次の瞬間、井上さんは驚きの行動に出る。

 

『今そっちに行くねー!』

 

 そう言った井上さんは窓の近くを通っていた雨水管にしがみつき、まるで木から降りる猿のようにシュルシュルと地上へと降下して行った。

 

「何してんのっ!?」

 

 そのまさかの行動に驚愕した僕は周囲の視線も憚らず、大声を発した。確かに、霊力を有した井上さんならあの程度のこと造作もなくできるのだろうけど、それとこれとは話が別だ。

 僕から見れば、井上さんは特異な力を持った人間だけど、人間から見れば彼女は普通の学生なのだ。そんな井上さんがあんなアクロバティックな行動に出れば、間違いなく注目の目を浴びることになる。

 そして、僕は今回なるべく目立たない為に、井上さんに鬼道で話かけたのだ。この状況で井上さんが僕の元に来てみろ。間違いなく僕は彼女と同じように周囲の視線を浴びることになる。

 

「おーい、蓮沼君~!」

 

 そんな僕の心境はいざ知らず。井上さんは声を張り上げながら僕に駆け寄ってくる。流石に無視するのは良心が痛むので、僕は苦笑しながらも小さく腕を振り返すのだけど、それを見ていた周囲の人達が『あれ誰? まさか井上さんの彼氏!?』『嘘! 超美少年じゃん! ていうか私より可愛くない!?』などと騒ぎ立てて来る。

 

「井上さん、こっち行くよっ!」

「えっ、ちょっと待って蓮沼君っ!?」

「「きゃー!!」」

 

 周囲の反応に耐えきれなくなった僕は少々強引に井上さんの手を引き、その場から直ちに立ち去る。

 そして、その行動を見ていた女子生徒は黄色い悲鳴を上げた。

 

 僅か一日にして、僕が二度とここに来ることはないと確信した瞬間であった。

 

 

***

 

 

「――という訳だから、次からは公衆の面前で常人離れした行動は控えるようにね」

「……はーい」 

 

 あれから、空座第一高校の生徒を捲いた僕は目的を果たす為に喫茶店に入ったんだけど、開口一番僕が発した言葉は謝罪でも感謝でもなく、まさかの説教だった。

 こんなつもりじゃなかったんだけど、今後もあのような行動を続けていれば、いずれ面倒な事になるのは必至だったので、注意できるときに注意をしておきたかったのだ。

 

「じゃあ、早速本題に移ろうと思うんだけど……大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ!!」

 

 あまり井上さんを拘束する訳にはいかないので、できるだけ手短に済ませようと、声をかけたんだけど、そこには視線を右往左往させ、どこか落ち着かない様子の井上さんの姿があった。これは今に始まった事じゃなく、この店に入った時から彼女はこんな感じだった。もっと具体的に言えば、店の前に飾られている食品サンプルを見た時あたりから、井上さんはそわそわしていた。

 

「……はぁ、何か頼もっか? 良ければ奢るよ?」

「いいのっ!?」

 

 僕の提案に井上さんは目を光らせた。何てことはない、彼女はただお腹が空いていただけだったのだ。以前、僕が井上さんの修行をつけていた時から、彼女の大食いっぷりは理解していたので、それに関しては何の驚きもないんだけど、この碌に集中していない状態で説教を聞き流されていたと考えると、釈然としない。

 こんな事なら、最初から何か頼んでおけば良かったと今更ながらに後悔した。

 

「……でも、悪いよ。自分の分は自分で出すから」

 

 最初こそは食欲を満たせる事に過剰とも言える反応を示した井上さんだったけど、僕の奢るという言葉を反芻すると、少し冷静になった。

 

「気にしなくてもいいよ。元々今日僕は井上さんに謝りに来るつもりだったんだ。だから、お代くらいは持たせてよ」

「……謝る? 蓮沼君があたしに? 何かあったっけ?」

 

 キョトンとした表情を浮かべる井上さんを見て僕は確信する。

 

 ――ああ、もう井上さんは僕の所為で攫われた事なんて気にしてもなければ、思ってもないのだと。

 

 そんな彼女の表情を見て、少し安心した僕だけど、それで謝らなくてもいいかと言えば、それはまた別の話である。

 これは言わば僕なりのケジメだ。過去の過ちを認める事で、二度とこのような事が起きないように誓いを立て、研鑽を積んでいく。その為にもこれは避けて通れない道なのだ。

 

 僕は意を決して口を開く。

 

「僕が井上さんの修行をつけていた時、現世で破面の襲撃を受けて、僕が現世に井上さんを送ろうとした時があったよね?」

 

 僕の問いかけで、井上さんは僕が何を言おうとしているのか見当がついたのか、先ほどまでとは打って変わり、真剣な表情へと変わった。

 それを見た僕は言葉を続ける。

 

「でも、結局あの時僕は戦いに負けて意識を失って、あろう事か井上さんに助けられてしまった。だから、今度井上さんに会う時はお礼を言って、謝ろうと思ってたんだ。――ありがとう、あの時僕を護ってくれて。それからごめんね、現世に送ってあげられなくて」

 

 漸く言いたかった事が言えた事に肩の荷が降りるような気持ちを抱いた僕だったけど、まだ井上さんの答えを聞いていないので、それを聞くべく僕は耳を傾ける。

 

「確かに最初は怖かったけど、ウルキオラ君は良い人だったし、黒崎君達が助けてくれたから、気にしてないよ。それよりも蓮沼君が無事で良かった」

「そっか……」

 

 敵である破面を良い人と言える井上さんの胆力に驚きつつも、僕は許してくれた井上さんに感謝しながら相槌を打った。

 

「ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 

 最後にもう一度感謝を告げた僕は、注文を取るべく、店員さんに声をかけた。

 

 その後、井上さんが頼んだ特盛りパフェの量と、それを完食した彼女のこれまでの僕の想像を越える大食いっぷりに驚愕する事になるんだけど、それはまた別の話。

 井上さんと別れた僕は予定通りに浦原商店へと立ち寄り、尸魂界へと帰還したのだった。

 

 

***

 

 

「何じゃ? 卯月はもう帰ってしもうたのか?」

「ああ、夜一サン。お帰りなさいっス。ええ、蓮沼サンなら、先程お帰りになられましたよ」

 

 卯月が尸魂界へと帰還した夜、浦原商店では散歩から帰って来た猫の姿の夜一が、喜助と会話を繰り広げていた。

 

「霊圧を感じたから、何時もより早めに帰って来たと言うのに……これじゃあ無駄足じゃの。それにしても、あやつ折角現世に来たというのに、大師匠に挨拶も無しとは良い度胸をしておるの。今度会うたらどうしてくれようか」

 

 孫弟子に会うのを楽しみにしていたが為に、挨拶の一つも寄越さなかった卯月に夜一は文句を垂れる。今は猫の姿なので、あまり表情が伺えないが、もし今彼女が人の姿をしていたら、きっと青筋を浮かべながら、不敵な笑みを浮かべていた事だろう。

 

「程々にしてあげて下さいよ。これでも蓮沼サン、多忙な中一時間くらい夜一サンのこと待ってたんスから」

 

 今日は休暇を取って現世にやって来た卯月だったが、隊長となった今、どうしても彼にしかできない仕事というのも存在する。当然、それを部下に任せる訳にはいかないので、早めに尸魂界へと帰還したのだ。今頃卯月は遅れを取り戻すべく、書類を片付けて居ることだろう。

 

「そんなこと分かって居るわ。じゃが、大師匠として孫弟子を可愛がっても罰は当たらんじゃろう?」

「……そうっスね」

 

 気まぐれな夜一に、これ以上何を言っても無駄だと悟った喜助は、卯月に同情しながらも相槌を打った。

 

「それにしても多忙な時に、あやつはこんなオンボロ商店に何をしに来たのじゃ?」

「……オンボロ商店は止めて下さいよ」

 

 毒を吐きながらも、疑問を口にした夜一だったが、その疑問は尤もなモノだったので、喜助はその問いに答える事にする。

 

「井上サンに用があったらしいっスよ。なんでも、藍染の乱の時に井上サンが攫われたのは、彼女を現世に送ろうとした自分の所為だと思ってたみたいで……」

 

 喜助は伏し目がちになりながら、そう語った。卯月は自分の事を責めていたが、元はと言えば、織姫が尸魂界に行くことを決めたのは、喜助が藍染に攫われない為とはいえ、織姫に戦力外通告を言い渡したからで、その後織姫が断界で攫われたのは、藍染に攫われる可能性を考えていながら、断界で攫われることを考慮しなかった自分に責任があると喜助は考えていた。

 それ故に喜助は藍染の乱が終わった後、織姫に頭を下げていたのだが、卯月も自分と同じ気持ちを抱いていたことに、少し申し訳なさを抱いていた。

 

「はぁ……。相変わらず師匠に似て生真面目な奴じゃの、あやつは」

 

 そして、それを聞いた夜一は呆れたような言葉を発するのだが、その言葉はどこか暖かく、彼女が心から孫弟子を可愛がっていることは察せられた。

 

「そう言えば、あの箱の中身は何じゃったんじゃ?」

「ああ、あれっスか……」

 

 あの箱、というのは今日の卯月のもう一つの目的で、既に彼が尸魂界に持ち帰った物の事だ。

 昨日の時点では浦原商店の物置に置いてあった『蓮沼サン用』と書かれた段ボールは、卯月が受け取りに来たので当然無くなっていた。

 これまでも卯月は携帯用擬骸など、喜助の製品を取り寄せていた事があったので、夜一は彼が今度は何を注文していたのか純粋に気になったようだ。

 

「――霊圧増幅器っスよ。涅サンに頼み辛くて、僕を頼って来るまではいいんですが、一体何に使うんですかね……」

 

 霊圧増幅器とはその名の通り、機械に注がれた霊圧を増幅させる為の機械だ。しかし、その機械はその巨大さ故に戦闘に使う事を想定された物ではなく、本来は大規模な術式を発動する為や、膨大な霊力が必要になる研究に使われるのだが、喜助がどう考えても卯月がそれをどう使うのかは分からなかった。

 唯一思いついたのが、霊圧増幅器によって囚人の拘束を強めることだったが、現在尸魂界では卯月がそうまでしないと拘束できないような罪人は、一番隊の地下監獄に収容されている。

 つまり、現時点で卯月がどれだけ強力な拘束用の縛道を開発し、更にその拘束力を霊圧増幅器で高めようとも、それを使用する機会がないのである。

 

「悪用するような人じゃないってことは分かってるんスけどね……」

 

 まだ卯月と接した機会はそう多くはない喜助だったが、度々聞かされる夜一の話や実際会話したことによって、卯月がどういう人間かある程度は理解できていた。蓮沼卯月という死神を、一言で表すのなら真面目。所々抜けている所は見られるが、その在り方は死神として模範的であると共に平凡。それが卯月に対する喜助の見解だった。平凡というのは何も愚痴を言っている訳ではなく、あれだけ個性が強い護廷十三隊の、特に隊長格の中で平凡なままで居られるというのは、ある種の個性と言えるだろう。

 

 また、その過程で戦いに対する気持ちの持ち方が、自身と似通っていることも喜助は見抜いていた。藍染の乱に於いて、卯月は多くの隊長達が戦線を離脱する中、藍染という格上を相手に善戦を繰り広げていた。それは鏡花水月を無効化することで味方を支援したり、敵の能力の暴発を利用して藍染に手傷を負わせたりなど様々で、卯月はあれだけ目まぐるしく変化していく状況に見事に対応していた。

 そして、それらの手段は全て一朝一夕でできるような物ではなく、その裏で想像を絶するような努力があったことが察せられた。恐らく、卯月はあの場で出したモノ以外にも多くのオリジナル鬼道を有しているのだろう。千の備えで一つでも当たれば儲けもの。そんな自分の考えと似たような考えを卯月も持っているのだろうと喜助は考えていた。

 

 それ故に、喜助は今回卯月が依頼した霊圧増幅器も、その備えの為の設備としての利用が目的なのではないかとあたりをつけていた。……依然としてその詳細は分からず終いなのだが。

 

「ふっ、そう心配せずとも大丈夫じゃ。もし仮にあやつがそのような行動に走れば、砕蜂が黙ってないじゃろう。それにお主とて、あやつを信用しておるから頼みを聞き入れたんじゃろうに」

「……確かにそうっスね」

 

 苦笑しながら、喜助は自分に対して辛辣な砕蜂の姿を思い浮かべた。かつて事あるごとに自分に難癖をつけてきた堅物な砕蜂ならば、そのような状況になれば必ず動くだろう。

 というかそもそも、今の夜一の発言自体が冗談で発せられたものだ。まるで卯月がそのような行動を執るとは微塵も思っていないと言いたげに。そして喜助自身もその考えには概ね賛成だった。

 

 なら、心配は無用だった。そんな事よりも今の喜助にはやるべき事があった。

 

「さて、気持ちも入れ替えた事ですし、作業に取り掛かるとしますか」

 

 そう言った喜助の目には、彼の研究室に乱雑に散りばめられた設計図が映っていた。

 そこには何やら円筒状の箱の中に収められた刀の図が描かれている。

 

 喜助が作業と称したその研究は、設計図しかない辺りまだ始めて間もない状態。彼のこの研究が完成するのは今から一年も先の話だ。

 




 自分のギャグのセンスのなさに泣きたくなってきた。織姫と会うところまではもうちょっとギャグっぽく書くつもりだったんだけどな……どうしてもシリアスな感じが残っているような気がします。

 それと話は変わりますが、卯月が霊圧増幅器を喜助に発注した理由は千年血戦篇に入るまで判明しません。この章は基本日常回なんですが、伏線は張れるところでしっかりと張っておきます。……自分で伏線とか言ってて、作者として大丈夫なのだろうか。ま、まあだいぶあからさまな伏線だったし、セーフだよね!?

 そして、最後の描写から察した人も居るかもしれませんが、日常はこれにてお終い(書きたかった話が書けたので)。次回から一年時間が飛びます。

 次回の更新は11月4日の予定です。

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