転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 お久しぶりです。
 今回私の記憶が間違ってなければ、今までで最長となっております。


第四十四話

 ――ほたるを五番隊副隊長に任命したいから、桃のこと頼んでもいいかな?

 

 それがあの夜、僕が修兵にしたお願いだった。

 我ながら酷いことを願ったものだと思う。何故なら、僕がほたるとの約束を果たす為とは言え、それに可愛い後輩である桃まで巻き込もうとしたのだから。

 加えて、桃は藍染が居なくなった後の五番隊を隊長代理として引っ張って来た存在だ。そんな桃を自分の都合で他隊に異動させようなど、烏滸がましいにも程がある。

 

 だけど、そんな僕の願いを修兵は「あくまで雛森が優先だぞ」と、条件付きだったけど受け入れてくれたし、桃に至っては修兵と同じように僕とほたるとの関係をある程度察して居たのか「よかったですね、ほたるさん!」と自分のことのように喜んでくれた。

 

 こうして、新たな僕が隊長、ほたるを副隊長に据えた新たな五番隊が始動して行く訳だけど、これにて一件落着という訳にはいかなかった。

 上記にも述べたように、桃は隊長代理として、立派に五番隊を牽引して来た。あまり認めたくはないけど、護挺十三隊に居た頃の藍染は完璧だった。それは仕事面、人格面、実力面の全ての面に於いてだ。そんな藍染の後釜を勤め上げた桃を無理やり引き剥がすような真似をしたのだ。

 事情を知っている桃はそれを快く承諾してくれたけど、取り残された五番隊の隊士達はそれをどう思うだろうか? 絶対に良くは思わないはずだ。

 故に隊長として、僕は先ず五番隊隊士の信頼を勝ち取る必要があった。

 

 それだけじゃない。

 

 ――ほたるとの約束もまだ半分しか済んで居なかった。

 

 

***

 

 

「五番隊の全隊士立ち会いの元模擬戦がしたい? 卯月君が私と?」

 

 だから、僕はそれらに一石を投じることにした。

 

 だけど、僕の提案の目的が分からないのか、ほたるは首を傾げた。

 いや、違う。恐らくほたるは目的を分かっている。でも、どうして僕がこのような手段をとろうとしているのか分からないのだ。

 

 僕がやろうとしている事は至極単純。自分の力を隊士に見せることで、僕が隊長として相応しい事を理解してもらうのだ。

 だけど、僕は本来そういう強引な手段はとろうとしない性格だ。だから、ほたるはそれを疑問に思っているのだろう。

 

「ほたるは隊長に一番必要な能力はなんだと思う?」

 

 それを説明する為に僕はほたるに質問を投げかけた。ほたるは少し考える素振りをした後、口を開く。

 

「部下を護り、導こうとする志じゃないの?」

「確かにそれは大切なものだと思うけど、それはあくまで心の問題だ。僕が今話しているのは能力の話さ」

 

 何故、僕が模擬戦闘という、普段の僕ならあまり気が進まないと言って止めてしまいそうな手段をとっているのか。

 

 ――それが一番効率的だからだ。

 

「それは、力だよ」

「っ!?」

 

 まさか僕の口からこのような言葉が出ると思わなかったのか、ほたるは瞠目した。

 だけど、それは本当のことなんだ。仕事の手際のよさ、隊士を導く人格やカリスマ、確かに大切な事だと思う。それでも、僕が力を第一と言い張るのか、それは護挺十三隊のこれまでが証明していた。

 例えば十一番隊の隊長である更木隊長。あの人には事務仕事をする能力がなく、隊首会の遅刻常連だ。加えて卍解も習得していないあの人が、曲がりなりにも隊長としてここまでやってこれたのは、偏に強いからだ。

 例えば、十二番隊の隊長である涅隊長。技術開発局局長でもあるあの人は頭がよく、その為事務仕事などのデスクワークには優れているんだけど、その本性は隊士の身体に爆弾を埋め込む程のマッドサイエンティストであり、隊士を導く人格やカリスマ性は全くと言って良いほど持ち合わせていない。そんな彼が、隊長としてこれまでやってこれたのは強いからだ。普段から研究室に籠もっている涅隊長は、戦闘能力こそは他の隊長達よりも低いが、彼が生み出した研究成果は戦いの中で、そんな実力差をもひっくり返す武器になる。

 

 故に、僕は考えた。自分の力を見せつければ、少なくとも隊長として相応しいかどうかは見極めて貰えるのではないかと。

 人格面を見極めるには、実際にその人と接して行かなければいけないし、時間がかかる。だけど、力なら見極めて貰うことは容易だ。

 

「五番隊隊長に相応しいか見極めるのには時間がかかると思う。だけど、隊長として相応しいか見極める事にはそう時間はかからない」

 

 粗方説明を終えた後、僕は最後にそう締めくくった。

 

「なるほどね……。いいわ。確かに言ってることの筋は通っているし、協力する。それに、私だってこの五十年の成果をあなたに見てもらいたいしね」

「ありがとう……。これが終わったら、ちゃんと約束を果たすよ」

 

 ほたるには言っていないけど、この模擬戦にはもう一つの意味があった。

 

 ――それは確認だ。

 

 僕がほたるの告白に対して返そうとしている答えが、それが本当に正しいのかどうか、最後にほたるの姿を見ることで確認したかったのだ。

 何せ、五十年も待たせたのだ。いい加減な返答はしたくない。

 

 そして、僕の言葉を聞いたほたるはクスッと笑みを零した。

 

「何それ? てっきり私は今日返答されるものだと思ってたんだけど。……まあ、いいわ。五十年も待ったんだもの、今更数日待たされた所で何ともないわ」

「……それを言われるとキツいなぁ」

 

 呆れるようにほたるは言った。

 でも、僕にはその言葉を受け入れる責任があるのだ。五十年、前世では考えられないくらいに長い時間だ。それだけの時間、一人の事を想い続けていたんだ。とてもじゃないけど、僕にはできない。

 だから、誠心誠意の言葉を返そう。

 

 ――その為にも明日、しっかりと彼女の努力を見届けよう。

 

 

***

 

 

 そして翌日、五番隊の演習場には一部を除く五番隊全隊士が集結していた。演習所の外周に沿うように隊士が整列し、その中に僕とほたるが対峙していた。

 

「これより、蓮沼隊長と蟹沢副隊長の模擬戦を始めます。双方準備は宜しいですか?」

 

 審判を務める四席の人が、演習場に響くよう張り上げた声で僕達に確認を取ってくる。特に準備するようなこともないので、僕とほたるはそれに頷いた。

 

 本来なら審判は三席の人にやって貰いたかったんだけど、三席の人は他隊から引き抜くことにしている為、業務の引き継ぎなどがあって日程が合わなかったのだ。

 とは言え、所詮は模擬戦の審判なので、最低限戦いを見届けられるだけの動体視力があれば誰でも良かったので、文句はない。

 

「それでは、用意」

 

 審判の声に合わせて僕達はそれぞれ構えをとる。ほたるが斬魄刀を抜き、対する僕はゆっくりと腰を下ろし、白打で戦う際の構えをとった。

 

 僕が斬魄刀を抜かない事にほたるは目を剥き、周囲からもどよめきが聞こえてくるけど、僕はこの戦いで斬魄刀を使うつもりはなかった。

 別にそれは僕がほたるのことを嘗めているという訳ではなく、ただ単純に斬魄刀を、正確には始解を使えば、この模擬戦がしらけてしまうと思ったからだ。

 僕の斬魄刀はその能力の性質上、所謂初見殺しの一種だ。当然、長年連んで来たほたるは睡蓮の能力は知っているし、何も抵抗できずに喰らってしまうことはないと思うけど、珠砲や隠眠といった発展系の技まで使った時にはどうなるか分からなかった。僕の今回の模擬戦の目的は、僕の力を隊士の皆に認めさせる事の他に、ほたるの努力の成果を見届けるというモノがある。それを達成するには睡蓮の能力はお世辞にも適しているとは言えなかった。

 それに僕には斬魄刀が無くても縛道と瞬閧がある。縛道はともかく、瞬閧はまだ夜一さんや砕蜂隊長の領域には至っていないけど、今でも始解と同等の出力はあると思う。ほたるが卍解などを習得していない限りは十分これで戦えるだろう。

 

 ほたるもそれが分かって居るのか、驚きこそはしたものの、直ぐに気を引き締め直した。

 

「始め!」

「【破道の三十一“赤火砲”】!!」

「【円閘扇】」

 

 そして、審判が上げた腕を振る下した瞬間、ほたるは挨拶代わりと言わんばかりに鬼道を放って来たので、僕もそれに合わせて縛道を展開して防御する。

 円形の結界に着弾した炎は爆散し、土煙を巻き起こす。次の瞬間には――ほたるは僕の側面に居た。

 

「はあああ!」

 

 一瞬にして結界を避けながら距離を詰めて来たほたるは、僕に向かって斬魄刀を振り下ろす。僕は白打を用いて戦っているので、接近戦に持ち込んでも、射程の優位は取れるという考えだろうけど、甘い。もう、かれこれ五十年も白打の修行をして来たのだ。これくらいの射程の不利、覆せないはずがない。

 

 元々低く構えていた姿勢を更に低くした僕は、体重を後ろ脚に預ける。そのまま地面を蹴り、滑らかな動きで僕はほたるの懐に侵入した。

 

「っ!?」

 

 そのことに瞠目するほたるだったけど、もう遅い。僕は左手で斬魄刀を振り下ろそうとする彼女の片腕を抑え、空いた右手で彼女の腹に一撃を入れた。

 

「くっ!」

 

 攻撃を喰らったほたるは、一度態勢を整える為に距離を取る。それもただ後ろに跳ぶだけじゃなく、ほたるは攻撃の直前に後ろに跳ぶことで、僕の打撃の威力を軽減していた。

 相手の攻撃の威力を軽減し、態勢も整えられる。正に一石二鳥の一手という訳だ。

 

 ――だけど、そこはまだ安全圏じゃないよ。

 

「【吊星】」

 

 ほたるが後退するのを見て、僕はすぐさま彼女の背後に弾力性に優れた縛道である吊星を展開した。これで、もしほたるが勢いのまま吊星に突っ込んでしまえば、体勢も整えられずに再び僕に接近することになってしまうので、この模擬戦は終了してしまうだろう。

 

 だけど、ほたるは冷静だった。背後に吊星が展開されたことに気付くや否や、方向転換し、最悪の展開を免れた。

 

「やるね」

「一体何年あなたと過ごして来たと思っているのよ。この程度十分読めるわ」

 

 僕の称賛の言葉にほたるは余裕の表情で返答した。真央霊術院の実習から、手合わせする機会に恵まれなかった僕とほたるだったけど、思えば彼女はいつも僕が戦う姿を見ていた。

 二番隊で修行している時も偶にお弁当を持ってきてくれたし、五番隊で恋次達の相手をしていた時は大体遠くから見学していた。そんな彼女なら、僕の手の内をある程度呼んでいてもおかしくはないだろう。

 

「それもそうだね。……なら、これはどうかな? ――【波状弾】」

 

 だから、僕も一段階ギアを上げた。

 拳と共に霊力の塊を放出する波弾を連射する波状弾は、僕が持つ数少ない遠距離への攻撃手段だ。そして、その威力や速度は破面の虚弾と同等。当然、彼女はこの技の存在も知ってはいるけど、それを避けられるかどうかは話が別だ。

 

「【縛道の六十八“天縫輪盾”】!!」

 

 故にほたるは、避けるという手段を取らずに、防ぐという手段を取って来た。真央霊術院の時から斬拳走鬼の全てが高い水準にとどまっていた彼女なら、六十番台の鬼道が使えても、なんら不思議ではない。

 だけど、その縛道は僕がよく使っているものだから、分かる。身の丈ほどの大盾を形成するその縛道は、術者の視界を遮るのだ。それを知っていた僕は、ほたるが盾を展開するその瞬間に、霊圧を極限まで消し、移動を開始した。

 

 所謂グミ撃ちである僕の波状弾は、その見た目故に牽制用だと誤解されることもあるけれど、その一つ一つに隊長である僕の霊力を込めているのだから、それなりに威力もある。そして、それを防ぐ縛道を展開するにはそれに値する集中力が必要だ。故にこの状況なら、ほたるに気付かれずに移動することも可能だ。

 

 そして、僕が盾の後ろに回り込んだ時――そこにほたるは居なかった。いや、霊圧は感じるからこの場にはいるはずだ。

 

 じゃあ、どこに……?

 

 僕がそう思っていた時――下から声が聞こえた。

 

「言ったでしょ? 読めるって」

 

 そこに居たのは身体を丸めたほたるの姿だった。そして、次の瞬間、彼女に覆いかぶさるように、それまで波状弾を防いでいた大盾が倒れ込んだ。

 

 すると、どうなるか?

 

 ――当然、それまで大盾が防いでいた波状弾が僕に襲い掛かる。

 

「【縛道の四十八“排斥”】」

 

 だけど、所詮は自分が放った攻撃だ。当然僕の目には追えるし、四十番台の鬼道でも十分に対処できる。僕は距離を取りながら、自分の両手首に展開した小型の盾で防御する。

 距離を取ったのは、ほたるが僕の目が届かなかった時に何らかの罠を仕掛けていた可能性を考慮したからだ。

 

 僕が距離を取ったのを霊覚で感じ取ったのか、ほたるはひょっこりと大盾から顔を出した。

 

「やっぱり自分自身の技とは言っても、大技じゃないんだから防がれるわよね……」

「でも、今の立ち回りはよかったよ。自分が放った鬼道の弱点も把握していたし、それどころかその弱点を利用していた」

 

 今の攻防で気付いたけど、ほたるの立ち回りは僕のそれとよく似ていた。長年見て来たからというのもあるんだろうけど、僕の一つの縛道を色んな場面で応用する立ち回りは、それだけで身に着くようなものじゃない。その裏に相当な努力があったであろうことが察せられた。

 さらに、彼女の手札はそれだけじゃない。何故なら、彼女は僕と違って破道も使うことができるからだ。

 

「そうね。だけど、これでは所詮卯月君の真似に過ぎないわ。私の目標はあなたを隣で支えること。だから、ここからが正真正銘私の戦い方よ」

 

 そして、ほたるはそのことに気付いている。故に次は飛んでくるだろう。彼女自身の技が。僕は何が飛んできてもいいように、万全の構えを取った。すると次の瞬間、ほたるの左右の掌には蒼と赤の炎が灯っていた。

 

「【双炎乱舞(そうえんらんぶ)】!」

 

 掛け声と共にほたるが両手を突き出すと、それに合わせるように蒼と赤の双炎が凄まじい熱量を放ち、まるでDNAのように螺旋を描きながら、僕に向かって来た。

 恐らく、炎の色と技の威力から察するに、ほたるが放ったのは破道の七十一“連装赤火砲”と破道の七十三“双蓮蒼火墜”の合成鬼道なんだろうけど、その元々の威力や、属性の一致も相まって、それはかなりの威力を誇っていた。

 

 ――だけど、これで終わりじゃない。

 

 双炎乱舞を放ったほたるは、すぐさま次の鬼道の準備に取り掛かっていた。

 

「【破道の七十七“龍牙咆哮(りゅうがほうこう)”】」

 

 ほたるが新たに放った竜巻は双炎に取り込まれ、それにより双炎はみるみると巨大化していった。以前にも修兵から似たような破道の掛け合わせを喰らったことがあったけど、このほたるの掛け合わせはそれとは比べ物にならない程の威力を秘めていた。

 それに加えて、攻撃範囲も馬鹿にならず、ほたるに今のコンボを決めさせた時点で僕の取れる選択肢は防御か迎え撃つかの二択となっていた。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

 

 なら、僕はより確実で安全な方を選ぶ。断空には八十番台以下の鬼道を問答無用で押し殺すという特性がある。あまりに霊力差がある相手だった場合その特性は無視されてしまうけど、副隊長であるほたるは隊長である僕よりも実力が下だ。

 確かに、七十番台の鬼道を掛け合わせたことで、威力は底上げされているけれど、それでも僕の断空で十分に対処が可能なレベルだった。

 

「【照らせ“御霊蛍(みたまほたる)”】」

 

 だけど、その渾身の技とも言える鬼道も、ほたるにとっては次の為の布石だったようだ。

 十分に解号を唱える為の時間を稼いだほたるは斬魄刀を解放する。解放と同時にほたるの斬魄刀はみるみると形を変え、最終的には先端に水晶が埋め込まれた、魔法使いが使うワンドのような形になった所で落ち着いた。

 

「【双炎乱舞】」

 

 そして、斬魄刀解放を終えたほたるが動き出す。先程と同じように、彼女の両手からそれぞれ違う色の炎が吹き出すのだが、そこからが先程とは違った。次の瞬間その炎は水晶に吸収され、やがてその炎は強い光を発しながら、刃の形を成した。

 

 ほたるの斬魄刀“御霊蛍”の能力は、鬼道などの霊力をワンドの先端にある水晶で吸収する事で、その属性の刃を作り出す斬魄刀だ。

 そしてその刃の形は刀の形だけには留まらず、ほたるの好きなように指定する事ができる。属性を取っても形を取っても変幻自在なのが彼女の斬魄刀だ。

 

「行くわよ!」

 

 双炎を剣の形に携えたほたるは僕との距離を詰めて来る。先程は彼女の斬撃を白打で対処した僕だったけど、ほたるの斬魄刀は纏った鬼道をまた放つ事もできるので、不用意に近づくべきべきではない。

 

「【縛道の八十一“断空”】」

 

 なので僕は結界を張ることで、炎を防いだんだけど、その次の瞬間、驚くべきことが起きた。

 

「えっ!?」

 

 なんと、御霊蛍が僕が展開した結界を吸収したのだ。それにより僕とほたるを隔てていた物は何も無くなった。断空が炎を打ち消していたので、双炎の中に晒される心配も無くなったけど、断空を吸収された以上、まともにやり合うのは得策じゃないので、僕は一旦後退した。

 

「驚いたでしょ?」

 

 僕が後退するのを見たほたるは得意気な顔をしてそう言った。

 

「うん、びっくりしたよ。まさか自分以外の霊力も吸収できるなんてね。隠してたの?」

 

 今まで始解をしたほたると戦ったことはなかったけど、長い付き合いなので、その能力についてはある程度聞き及んでいた。

 だけど、その際自分以外の霊力も吸収してそれを武器にすることができるとは、聞いたことがなかった。

 

「ううん、まさか。修行して最近できるようになったの。私は空座町での戦いに呼ばれなかったから、次こそは力になりたいと思って」

「……そっか」

 

 そう言ったほたるの眼差しは僕の目を惹きつけて離さなかった。今のほたるの力になりたいという言葉、この場にいる五番隊の隊士の殆どが護挺十三隊や尸魂界の為と捉えるだろう。

 だけど、彼女の目を見て僕は確信した。

 

 ――きっとそれは僕の為だと。

 

 ほたるも護挺十三隊の一隊士なので、確かにそのような気持ちも含まれて居るのだろうけど、恐らく大半が僕に対する気持ちだろう。

 僕に宣言をしたあの日、いや恐らくはそれよりも前の日から彼女は副隊長として僕を支えることを夢見て、今日まで研鑽を積んできたのだ。

 故に僕は思うのだ。

 

 ――やっぱり間違っていなかったと。

 

 料理を作ってくれるとか、面倒くさい僕の事をこんなにも長い間想っていてくれるとか、僕が間違えそうになったら支えてくれるとかじゃない。

 確かに、それも無くはないけど、決してそれらは一番じゃないんだ。

 

 ――一つの目標に向かってひたむきに努力を重ね、実際に叶えてみせたほたるだからこそ、僕は好きになったのだ。

 

 だから、僕も彼女の努力に全力で応えたい。

 

「でも、今の攻防で幾つか分かったこともある。それは御霊蛍が吸収できる霊力には限りがあるということ。それが種類なのか、量なのかは定かではないけど、吸収限界があることは確かだ」

「……どっちもよ。御霊蛍は一種類しか霊力を貯めておけないし、吸収できる量にも限界があるわ。私自身の霊力ならその限りじゃないけどね」

 

 もし吸収限界がないのなら、先程の攻防でほたるは断空を吸収した後に双炎乱舞を放てばよかった。

 唯一、ほたるが僕に吸収限界という制限があるように思わせる為に立ち回ったという線もあるけれど、僕の知らない能力というアドバンテージを捨ててまでするような立ち回りではない。

 

 だから、御霊蛍には吸収限界があると考えるのが、最も自然だという風に考えたんだけど、ほたるの話を聞く限り、どうやら間違いではなかったらしい。

 双炎乱舞のように二種類の鬼道を合わせた鬼道を御霊蛍が吸収できたというのも、その例外であるほたる自身の能力だからという事だろう。

 

 嘘を吐いている可能性があるので、依然として気は抜けないけど、相手の能力を知れたというのは大きかった。

 

「そして、これがもう一つの御霊蛍の能力よ――【蛍火(ほたるび)】」

 

 刹那、御霊蛍に吸収された断空の霊力が水晶から解き放たれ、微粒子状に炸裂した。炸裂した霊力はまるで蛍のような輝きを発しながら、ほたるに纏わりついた。

 その光は神秘的と言えるまでの雰囲気を作り出し、それと同時にほたるの霊圧は上昇していく。

 

「なるほど、相手の霊力を分解した上での自身の霊圧の上乗せか」

 

 蛍は自分の体内のエネルギーを光エネルギーへと変化させることで、発光する生き物だ。そして、この能力は相手の霊力を自分の霊力へと変える技。そういう意味では、先程の技よりも斬魄刀の名を象った能力と言えるのではないのだろうか。

 

 そして、恐らくこの状態ならば、御霊蛍は新たに霊力の吸収が可能なのだろう。御霊蛍の能力の起点は全てあのワンドの先端に取り付けられている水晶だ。その水晶の中は今どうなっている?

 

 ――そう、空だ。

 

 故にほたるは身体能力を向上させたとは言え、格上相手に再度接近戦を仕掛けているのだ。

 僕の予想が正しければ、結界を張った所で吸収される。回避をしたとしても、彼女の速力ではどう足掻いても全力の僕を捉えることができないので、何時まで経っても試合が進まないだろう。

 

 ――なら、真っ向から迎え撃つのみ。それが僕にできる全力の応えだ。

 

 隊長羽織を脱ぎ捨てた僕は、練り上げた霊力を一気に解放する。

 

「【瞬閧】!」

「っ!?」

 

 瞬間、背中と肩から噴き出した霊力が、死覇装を突き破り、下に着ていた独特の形のアンダーシャツが露わになった。一応、回道の力で治すこともできるけど、戦闘中なので今は後回しだ。隊長羽織を脱ぎ捨てたのもそのためである。

 朽木隊長と京楽隊長と更木隊長が、隊長羽織を無くして総隊長に怒られたらしいので、大切に扱わないとね。

 

 そして、ほたるは僕の霊力の放出に一瞬怯みはしたものの、こちらへの突進は止めなかった。

 僕の予想が合っているかは分からないけど、この時点で何らかの手段があることは明らかだった。

 

 ――だから、ほたるが何か行動を起こす前に決着をつける。

 

「え……?」

 

 僕が動き出したその瞬間、これまで前に進み続けていたほたるの足が止まった。ほたるが僕を見失った為だ。

 だけど、それでは絶好の的だ。

 

「こっちだよ」

「っ!?」

 

 背後に現れた僕の声にほたるは身体を強ばらせ、次の瞬間には蛍火によって強化された肉体を駆使して、こちらに斬魄刀を突きだそうとしていた。

 だけど、もう遅い。幾ら身体能力を強化しようとも、身体を翻して攻撃するには、それ相応の時間がかかる。なので恐らくはたるは、瞬閧の際に放出した霊力を御霊蛍で吸収することにより、攻撃の威力を弱め、その霊力でそのまま反撃に出ることが狙いだったんだろうけど、それは無駄だ。

 

 ――何故なら、僕はもう既に瞬閧を切っている。吸収する霊力がないのだ。

 

 そして、今行われているのはあくまで模擬戦だ。別に高威力の攻撃を相手に叩きつける必要はない。故にこれで十分だ。

 そう判断した僕は腰から斬魄刀を抜き、ほたるの首筋に這わせた。

 

「それまで! 勝者、蓮沼隊長!!」

 

 審判が勝敗を決した時、隊士達からの拍手が鳴り響いた。

 

「お疲れ様、ほたる」

 

 勝負が決したことで気が抜けたのか、ストンと地面にへたり込んだほたるに僕は手を差し出した。

 

「ありがとう……。あはは、負けちゃった。もうちょっとやれると思ってたんだけどね」

 

 僕の手を掴んで立ち上がったほたるは、そう乾いた笑みを漏らした。

 

「まあ、これでも僕は隊長だからね。例え相手が好きな人でも負ける訳にはいかないさ」

「そうね…………え? 卯月君、今何て?」

 

 僕の突然の告白にほたるは、聞き間違えか何かと勘違いしたのか、改めて訊き返して来た。

 二回も言うのは恥ずかしいけれど、これは半ばどさくさに紛れて言った僕が悪いので、甘んじて受け入れよう。

 

 特に意識をしてやったことではなかったんだけど、自分の恥ずかしいと思ったことは、曖昧にして済まそうとするこういう所が、ほたるを長い間待たせたしまった所以なのだろうと、反省と共に理解した。

 

 ――大切なことははっきりと、自分の口から。恥ずかしがっているようじゃ何時まで経っても始まらないんだ。

 

「この模擬戦で確信したよ。僕は昔から、ほたるの一つの目標に向かってひたむきに努力を重ねる姿に勇気づけられていたんだ。――好きだほたる。だからこれからは僕の側で僕を支えて、勇気づけて欲しい」

 

 一世一代の告白だった。もしこれで振られてしまえば僕はその喪失感から一生立ち直れる気がしなかった。

 殆ど成功が決まっているこの告白ですらそうなのだから、世の恋する人々は一体どれだけの勇気と覚悟を持って告白しているのだろうか。

 気づけば手や背中からは変なん汗が滲み出て来て、不自然に喉が渇き始めていた。

 

 ――早く何か言ってくれっ!

 

 何十年も相手を待たせた癖に、自分は一分も満足に待てないことを情けなく思いながらも、僕は緊張で右往左往していた目をもう一度ほたるの瞳に合わせたんだけど、そこで衝撃的な物が僕の目に映っていた。

 

「ひぐっ……ぐすっ……」

 

 ――なんとほたるが泣いていたのだ。

 

 彼女が流す涙を僕の目は捉えていた。

 

「ど、どうしたのほたるっ!?」

 

 予想外の状況に僕はほたるの肩に手を添えた。僕とほたるの会話も聞こえず、彼女が流す涙も距離の関係上見えない隊士達は、慌てて動き出した僕の動きを見て、何事かとざわざわし始めた。

 そのざわめきを聞いた時、僕はある事に気づいた。

 

 ――僕、とんでもない所で告白したな、と。

 

 一応、周囲には聞こえないように小さめな声で話したから良かったけど、一歩違えばこれは公開告白だ。

 ほたるがそれをよく思うか否かは分からないけれど、少なくとも僕は他人に好きな人への告白を聞かれるのは絶対に嫌だ。

 

 もう一度ほたるの涙を見た時、僕はもう次の行動に移っていた。

 

 ――とりあえず、二人になろう。

 

「ごめん皆! ほたるが怪我しちゃったみたいだから、ちょっと治療して来るね!」

 

 それだけ言った僕は、隊士達の反応を一切気にすることなく、隊長羽織だけを回収して、足早にほたるを連れて隊舎内へと移動した。

 

 

***

 

 

「さて、ひとまずこれで落ち着いて話せるね」

「……」

 

 治療室のベッドにほたるを座らせた僕は、偶々近くに置いてあった椅子に腰を掛けた。

 だけど、僕の声にほたるは全く反応を示さなかった。

 

 あれ? もしかして、怒ってる?

 

「あのー、蟹沢さん。まさか怒ってらっしゃいますか?」

「……ずるいよ」

 

 恐る恐る、僕はほたるに再度話しかけたんだけど、返って来た言葉は僕に全く身の覚えがない指摘だった。

 

「模擬戦が終わったばっかりだったから、まだ心の準備してなかったのに……急にあんなこと言われたから涙が止まらなかったじゃない!」

「えぇ……」

「えぇ、じゃない!」

 

 確かに僕もその場の勢いで言ってしまった節があって、完全に納得が言っている訳じゃないんだけど、それだけ自分の想いが強かったと思えば、そんなに悪い告白じゃなかったと思う。

 涙を流したことも他の隊士にバレなかったし、いいんじゃないか思った僕だったけど、どうやらほたるはそうじゃなかったらしい。

 

 ――じゃあ、やり直しだね。

 

 何せ何十年も待たせたのだ。せめてこの瞬間だけでも良い思いをしてもらいたい。

 そう思った僕はもう一度言葉を紡ぎ出す。

 

「分かったよ……。好きだほたる、多分、これから僕が五番隊隊長として定着するのには、かなりの時間と労力を要すると思う。その所為でほたるには多大なる苦労を強いる事になるかもしれない。だけど、僕には君が必要だ。僕は、どんな時でも一つの目標に向かって努力し続けるほたるの姿に勇気を貰っていたし、気づけば君の姿を目で追うようになっていた。だから、お願いだ。これからは僕の側で僕に勇気を与えて、支えて欲しい。――僕と結婚を前提に付き合って下さい」

 

 最後に僕はそう言って、頭を下げながらほたるに手を差し出した。この手は先程ほたるを立ち上がらせる目的で差し出した手とは全然意味が違っていた。

 

 結婚を前提にと聞くと、気が早いように思えてくるかもしれないけれど、実はそうではない。尸魂界では親や上司が決めた相手と結婚することなんて、ザラにあるし、現世のように恋人としてお付き合いをしてから結婚するという風習は根付いていなかったりする。

 それに僕とほたるは恋人関係ではないとは言え、五十年を越える年月を共に過ごしている。現世に居るそこら辺のカップルよりも仲がいい自信があるし、その証拠に食事なども何度も一緒に行っている。それらを踏まえると、僕のこの決断は何ら不自然なことではないだろう。

 

 それに、これが僕の正直な気持ちだ。如何に自分の思考が無理のないモノであることを、つらつらと述べた僕だけど、結局は僕がそうしたいからそうするのだ。ほたるは僕には勿体ないくらいに素敵な女性だ。だから、手放したくない。ほたる以外の人と結ばれるなんて、僕には考えられなかった。

 

 多分、僕の今までの人生でここまで気持ちを込めて放った言葉はなかったように思う。

 

 だからだろうか?

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 彼女がそう言って僕の手を握った瞬間、僕の頭は真っ白になり、何が起こったのか分からなかった。

 

 

 斯くして僕、蓮沼卯月と蟹沢ほたるは晴れて恋人となったのだった。

 

 




 あれだけ書きたかった卯月とほたるが結ばれる瞬間だったけど、そんなに上手く書けなかった。今までこの作品以外にも大学のサークルで二作程短編を書いたんですが、その二作も恋愛物ではなかったので、今回非常に苦戦しました。

 次回の投稿は10月15日の予定です。

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