転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第四十一話

 反応することができなかったことで藍染の攻撃を受けた市丸隊長は、肩から腹にかけて大きな傷を負い、隣に居た僕にまで鮮血が飛んで来た。

 

 ――なんだ、今の……?

 

 藍染の動きが速すぎて、目が追い付かなかったのならまだ分かる。だけど今のは違った。瞬歩の際に必要な予備動作や霊力の動き、それら全てが見えなかったのだ。――まるで点と点で移動しているかのように。

 いや、事実から目を背けるのは止めよう。実際に、藍染は今空間転移を使ったのだろう。それも、術の発動に必要な術式の殆どを省いた状態で。

 僕もある程度までなら、術の起動の短縮を習得しているけれど、あそこまでの短縮は、無尽蔵とも言うべき霊力を持った藍染だからこそ成せる技だ。

 

 そして僕が動揺している間にも、状況は刻々と進んでいる。

 

 市丸隊長の手中にあった崩玉はどういうわけか、黒い光を発しながら、藍染の胸の中心へと移動して行く。これが、先程藍染が『お前の奪った崩玉は私の中に無くとも、私の物だ』と言った所以なのだろう。

 

 市丸隊長も取られるわけにはいくまいと、崩玉に手を伸ばしたのだが、今度は藍染の方が速かった。市丸隊長の手が崩玉に届く前に、藍染は彼の手を掴み取り、捻じった。すると、僅かそれだけの動作で市丸隊長の左腕は切断され、藍染の手に渡った。

 そして、藍染が斬魄刀を市丸隊長に突き立てようとするのだが、

 

 ――させない!

 

 それを黙って見ている訳にはいかない。僕は瞬閧によって強化された身体能力を駆使して、市丸隊長に向かって飛び込んだ。それによって、何とか市丸隊長を攻撃から逃れさせることに成功した僕だったけど、その代わりに、僕の右脚に激痛が走った。

 ちらりとそちらに目を向けてみれば、僕が受けた攻撃は刺突だったはずなのに、どういうわけか右脚が切断されていた。恐らく、僕と藍染の間の大きく開いた霊圧の差がこの結果を生み出したんだろうけど、今は逆にそれがありがたかった。

 足が切断されたからこそ、僕と市丸隊長は藍染と距離を取れているけれど、もし切断されていなかったら、藍染の斬魄刀が僕を繋ぎ留めるので、今頃僕の命はなかっただろう。

 しかし、依然としてピンチなのには変わりはない。この瞬間にも、藍染は僕と市丸隊長の跳んだ方向へ先回りしていた。致命傷を負った市丸隊長は身動きを取ることができない。そして僕も身体が切断されるということは初めてだったので、上手く身体のバランスが取れないでいた。

 

 それが分かっている藍染は、僕と市丸隊長の移動に合わせて攻撃するべく、斬魄刀を振り上げたんだけど、こういう状況でこそ、予め仕掛けておいた縛道が生きてくる。何も僕は、考えなしに市丸隊長を抱えて跳んだ訳ではないのだ。

 

「【縛道の三十七“吊星”】」

 

 僕達と藍染の間を隔てるように形成された、伸縮性に優れたその鬼道は、僕と市丸隊長を受け止め、来た道を戻るように跳ね返してくれた。元々瞬閧を使用して跳び込んでいたので、それなりにスピードも出ているだろう。

 しかし、今の藍染を相手に中途半端な移動速度など関係ない。僕がどれだけ速く動こうとも、彼はそれを文字通り一瞬で先回りしてくるのだから。

 

「【縛道の六十三“鎖条鎖縛”】」

 

 故に僕は手を休めずに、縛道を撃ち続ける必要がある。今度は近くの建物から発動された縛道がその鎖を以て、僕達を絡めとり、建物の方へと引き寄せる。

 そして、再び藍染の顔を見た時――彼の口元には弧が描かれていた。

 

「【双蓮蒼火墜】」

「っ!?」

 

 その笑みを見て、悪寒を感じた僕だったけど、それに気づいた頃にはもうどうにもならなかった。移動先にはまたもや空間転移で先回りした藍染の姿が。そして後ろからは彼が放った蒼炎が。万事休すだった。

 

「【断空】」

 

 せめてもの思いで、後ろには今の僕が一度に出せる最大数の断空を、疑似重唱によって多重展開し、藍染の攻撃から市丸隊長を護るべく、咄嗟に体勢を入れ替えて、来るべき衝撃に備えたんだけど、何時まで経っても、その痛みが襲ってくることはなかった。

 そのおかしさに気が付き、僕が再度そちらに視線を向けると、そこには、オレンジ色の髪に、コートの形をした独特の死覇装を着た人物が居た。髪が異様に伸びていたり、斬魄刀を握っている腕に鎖が巻かれて居たりなど、色々変化はあるけれど、間違いない。

 

「……一護君?」

「あんがとよ、蓮沼さん。俺が来るまでこの町を護ってくれて。あとは俺に任せて休んでてくれ。――藍染は俺が倒す」

 

 僕が先程からずっと待ち望んでいた人物――黒崎一護がそこに居た。彼は肩に背負っていた彼の父親ごと、僕達を藍染から遠ざけるように運んでから、藍染に向き直った。

 

「君は本当に黒崎一護か?」

「どういう意味だ?」

「本当に黒崎一護なら、落胆した。今の君からは霊圧を全く感じない。霊圧を抑えていたとしても全く感じぬ事などあり得ない。君は進化に失敗した。私の与えた最後の機会を君は取り零した」

 

 一護君を見損なったような藍染の発言だったけど、僕は逆にそれを聞いて安心した。僕からすれば、藍染と一護君のどちらからも霊圧を感じない。それは二人が普通の死神である僕よりも上の次元に位置しているからだ。

 そして藍染も一護君の霊圧を感じ取れない。つまり一護君は藍染よりも高い次元に位置している。故に藍染の発言を聞いた時、僕がこの一時間やって来たことは無駄ではなかったのだと確信した。

 

「ギン! 蓮沼! ……っ!?」

 

 そんな時、一護君の後を追うように、松本副隊長も戦場へと戻って来た。一護君の父親の顔を見て、驚いたような顔をしているけど、恐らく、知り合いか何かなのだろう。

 

「乱菊さん、三人のこと任せてもいいか?」

 

 恐らく、これからの戦いは僕の想像を絶する程激しいものになるので、一護君も藍染と戦っている間、僕達を護る人が居ないことを不安に思っていたのだろう。

 松本副隊長が頷いたのを見て一先ず安心したような表情を浮かべた一護君は、再度藍染に向き直った。

 

「場所を移そうぜ、ここでは俺は戦いたくねぇ」

「無意味な提案だな。それは、私と戦うことのできる力を持つ者のみが、口にできる言葉だ。案ずることはない、空座町が破壊されるまでもなく君はっ!?――」

 

 護りたいモノが沢山あるこの町では戦いたくない一護君は、藍染にそう提案したのだが、完全に一護君の力を見誤っている藍染はそれを一蹴した。

 そして、藍染が次の言葉を発しようとしたその時、二人の姿が掻き消えた。恐らく、一護君が強引に藍染を遠くに連れて行ったんだろうけど、実力が違いすぎて僕にその姿は見えなかった。

 

 ありがとう一護君。そして――ごめん。

 

 もう既に見えなくなったその背中に、僕は心の中でお礼と謝罪を告げた。

 

 

***

 

 

 一護君を見届けた僕は直ちに次の行動に移る。彼が来てくれたお陰で、一先ず窮地は脱したけれど、僕の役目はまだ終わっていない。

 

「ギン! ……ギン!」

 

 松本副隊長が市丸隊長を呼ぶ声が聞こえる。そちらに目を向けてみれば、酷く衰弱している市丸隊長がいた。藍染の斬撃をまともに喰らった後も、僕と一緒に少々無茶な回避を続けていたので、それらが今になって祟ったのだろう。

 市丸隊長の霊圧は、かなりの速さで減少していっている。このままだと、彼が死んでしまうのは時間の問題だった。

 僕がこの戦いに臨む時に掲げた目標の一つとして、市丸隊長を生存させるというものがある。つまり、市丸隊長の治療を済ませるまでは僕の役目はまだ終わっていない。

 それを認識した僕は先程から悲鳴を上げている身体に鞭を打ち、立ち上がり、口を開く。

 

「松本副隊長、頼みがあります。あそこに落ちている僕の足、持ってきて貰ってもいいですか?」

「え……?」

 

 予想だにしない僕の言葉に、松本副隊長は言葉を失った。この状況に及んで何を言っているんだこいつは、などと思われているかもしれないけれど、市丸隊長の治療をする為にも、これは極めて重要なことなのだ。

 

「今から僕が市丸隊長の治療をします。それを確実にする為にもあれが必要なんです」

 

 僕が今から行うのは致命傷を負い、今にも命を失いそうな人に施す治療だ。その難易度は最高クラスだし、当然それにはかなりの集中力を要する。とてもじゃないけれど、片足を失った痛みに耐えながらできるようなものではないのだ。

 

「信じていいのね?」

「はい」

 

 戸惑っていた松本副隊長だったけど、最終的には僕の頼みに頷いてくれた。まあでも、戸惑うのも無理もないのかもしれない。この短時間で自分の失った片足も接合した上で、瀕死状態に陥った他人の傷まで完治させるとは、思わないからね。

 ましてや、松本副隊長は僕が瞬閧で実際に回復するところを見ていない。寧ろ戸惑うのが普通だと思う。

 

 ――だけど僕にはそれができる。

 

「【瞬閧】」

 

 松本副隊長が持ってきてくれた脚を、僕は瞬時に接合する。部位欠損は回復することができない僕の瞬閧だけど、ある条件を満たした時だけは例外だ。

 それは、切り離された部位が壊死していない状態で残っていることだ。通常の回道に於いてもこの条件は同じなので、その属性を受け継いだ僕の瞬閧にもその条件は受け継がれる。

 

 繋げた脚をプラプラと動かして異常がない事を確認した僕は次の行動に移る。まだ痛み自体は残っているけれど、傷は治っているので、その内無くなるだろう。

 

「【誘え“睡蓮”】」

 

 自分の傷を回復させたら、瞬閧を解き、その代わりに斬魄刀を解放する。致命傷を負った人に対する治療はそれなりに霊力を使用するので、念の為だ。

 

 これで、準備は整った。後は僕の治療のスピードと、市丸隊長の気持ちの勝負だ。

 

「死なせませんよ、絶対に」

 

 市丸隊長に一声掛けながら僕は治療に取り掛かる。

 先ずは回復の結界を、僕と市丸隊長を覆うように展開した。この結界を使うことによって、市丸隊長の身体全体の霊力の巡りを良くするのが狙いだ。

 そして結界を展開したことによって余った僕の手は、市丸隊長の胸元に向かっていった。

 回道による治療は先ず患者の霊力を回復させ、その後に傷の治療に取り掛かるのがセオリーだ。だけど、このように結界に霊力の回復を担わせることにより、僕は最初の工程を待たずして傷の治療に取り掛かることができる。

 

 これが今の僕にできる最高の治療だ。

 

 ――お願いだから、死なないでくれよ。

 

 そんな思いを胸に僕は霊力を注ぎ続けた。

 

 

***

 

 

 百年掛けても駄目だった。復讐を誓ったあの日から、努力を怠ったことはなかった。だが、それでも市丸の刃では、藍染を殺しきることはできなかった。

 

 故に市丸が己の死を悟った時、そこにあったのは申し訳なさと安堵だった。これまで散々他人を犠牲にしてきて、大切な人にも心配をかけたのにも関わらず、復讐が失敗に終わった申し訳なさ。

 そして、その申し訳なさを尸魂界から離れる際、乱菊に伝えていたことに対する安堵だ。

 

 そして、最後の力を振り絞って重い瞼を開けた時に映ったのは、先程までとは見違えた、強い意志を持った一護の目。

 

 ――良かった。今の君になら任せて逝ける。

 

 そう思って目を閉じた――はずだった。

 

『ギン! ……ギン!』

『死なせませんよ、絶対に』

 

 しかし、一護に全てを託したはずの市丸が感じたのは、自分の生を望む乱菊の声と、未だに自分の命を諦めようとしない卯月の声。そして、自分の身体を包み込む暖かさだった。

 

 ――気づけば、あれだけ重たかった瞼は軽くなっていた。

 

「ギン!」

「市丸隊長! 良かった……」

「……乱菊、卯月」

 

 市丸が目を開けると、そこに居たのは仰向けに寝転んでいる自分を覗き込む、乱菊と卯月の姿だった。彼の無事に乱菊は涙を流し、卯月は心底安堵したような表情を浮かべている。

 

 そんな時、三人の身体を爆風が撫でた。

 

「彼、強なったな」

「そうですね」

 

 今の爆風が藍染が起こしたモノなのか、一護が起こしたモノなのかは分からない。だが、言葉を交わす二人には、既にこの戦いの勝敗が分かっていた。

 

「でも、藍染は弱なった。昔の藍染なら、ボクの刃は届かんかった。だからボクは、あの瞬間まで卍解の真の力を使わんかった。……完全に裏目に出たけどね」

「油断大敵とは、ホント良く言ったものですよ」

 

 良くも悪くも、藍染は急速に強大な力を得た。全ての攻撃は避けるまでもなくなり、全ての攻撃に集中するまでもなくなった。それ故に藍染は油断したのだ。

 昔の藍染ならば、市丸の攻撃を躱していた。昔の藍染ならば、無警戒に喜助に二度も触れることはなかった。昔の藍染ならば、ここに来る前に一護のことを殺していた。

 

 藍染の強さとは鏡花水月であり、元柳斎に次ぐ基本能力であり、喜助に次ぐ頭脳だ。しかし、これら全ては個別では意味がない。これら全てを結集し、状況に合わせて、常に最善の一手を模索し、力を振るうからこそ、藍染は最強だったのだ。

 それに対して、今の藍染は自身の力に溺れている獣だ。自身の力に振り回されているような者を最強とは呼ばない。

 

 故に市丸は言ったのだ。弱くなったと。

 

 そして、その油断は己の首を絞めることになる。

 

 次の瞬間、黒い霊力が天へと昇った。

 

「どうやら終わったみたいですね」

「そうみたいやね」

 

 あれだけ強かった藍染からの圧力が嘘のように消え失せていた。

 

「さて、じゃあ僕達も行きますか」

「行くってどこへ?」

 

 藪から棒な卯月の発言に、市丸は首をかしげるのだが、それを見た卯月もキョトンとした表情を浮かべる。

 

「どこへ行くって、そんなの決まってるじゃないですか。僕は檻理隊隊長ですよ。そんな僕が罪人を連れていく場所なんて、決まってるじゃないですか?」

「……そうやったね」

「言っときますけど、今度こそは逃がしませんからね」

 

 至極当然のことを言う卯月に市丸は苦笑した。

 

「ギン!」

 

 そして移動しようと、二人が立ち上がった時、市丸に制止の声がかかった。

 

「あたし、待ってるから」

 

 その声に満足げに頷いた市丸は、乱菊に背中を向けた。

 

 

***

 

 

 日中の日差しが、牢への道を歩く僕と市丸隊長の影を落とす。天高くへと昇った太陽は、僕と市丸隊長の影をほぼ均等に、色濃く映していた。

 

「なあ、卯月?」

 

 そんな道中、市丸隊長が何時もの軽い口調で話しかけてくる。しかし、彼のその目は真剣そのもので、これからする話が真面目なモノであることが察せられた。

 僕の意識が傾いたのを感じた市丸隊長は口を開く。

 

「ボク、生きててもええんやろうか?」

「はい?」

「だって、そうやろ? ボクは完全に尸魂界を裏切ってなかったとはいえ、藍染への復讐の為に、色んなモノを犠牲にしてきた。死神だって平気で殺したし、ヤバいことにだって手を染めた。それでも、目的を達成できんかったボクに、生きる価値があるんやろうか?」

 

 少し俯きながら、市丸隊長は語った。松本副隊長の言葉に頷く姿を見て、一安心だと思っていたんだけど、どうやらそれは間違えだったらしい。

 だけど、この問題に僕が言えることなんてそう多くはない。

 

「そんなこと、僕に分かる訳ないじゃないですか。市丸隊長が生きる理由なんて、市丸隊長にしか分かりませんよ」

 

 僕が何を言ったところで、結局生きるかどうかをどうかを決めるのは市丸隊長なのだ。でも、それを考える上で、心に留めておいて欲しいことが二つある。

 

「まあでも、刑を終えるまでは、僕があなたを死なせませんし、あなたが生きることを望んでいる人が居るのも、確かだと思いますよ」

 

 斯く言う僕もその一人だし、待ってると言った松本副隊長も確実にその一人だろう。これまで大切な人の復讐の為に頑張ってきたのだから、もうちょっとだけ頑張ってみてもいいんじゃないだろうかと僕は思う。

 だけど、これはあくまで僕の考えなので、これを伝えるつもりは毛頭ない。

 

「幸い時間はあるんですから、その間にじっくり考えてみたらどうですか? 何せ思惑があったとは言え、尸魂界を裏切ったあなたの罪は大きい」

「それもそうやね」

 

 僕の言葉に一先ず納得したのか、既に市丸隊長は前を向いていた。

 

 かつて市丸隊長は自分を殺さなかったことを後悔すると、僕に向かって言った。だけど、今の僕にそんな感情は一欠けらもない。

 

『ありがとうな、卯月』

 

 投獄する際、市丸隊長が僕にそう言ったのは、果たして何に対してだったのだろうか。

 

 

***

 

 

 藍染の乱から二週間の時が過ぎた。藍染の乱というのはあの戦いの呼び名で、この二週間の内に決まったものだ。

 また、この二週間で藍染達の刑罰が判決されていた。本来なら、処刑されてもおかしくない藍染は、崩玉と融合していて殺せない事から、地下監獄最下層第八監獄『無間』にて、二万年の時を過ごすことになった。

 また、市丸隊長と東仙隊長なんだけど、ここで動きがあった。なんと護廷十三隊で行われた刑罰の軽減の署名活動により、刑期を大幅に縮めることに成功したのだ。署名活動は狛村隊長を筆頭に、僕、修兵、松本副隊長が行ったんだけど、戦いの中で知った真実を話している内に、署名活動を行った僅か一週間の間でも、多くの人からの署名を得ることに成功した。

 その結果二人の刑罰は、市丸隊長は地下監獄第一層第一監獄『等活』で千年の刑に、東仙隊長は地下監獄第二階層第二監獄『黒縄』にて二千年の刑に、それぞれ処されることが決まった。特に市丸隊長は、最終的に尸魂界を裏切っていなかったという事実が大きかったようだ。

 

 天界結柱によって尸魂界に移動していた空座町も、全て元通りにした上で現世に戻し、この瀞霊廷にも久方ぶりの平和が訪れていた。

 だけど、その平和をただ享受しようとする人は誰一人も居なかった。皆、今回の戦いで自分の力不足を実感したのか、より精力的に修行に取り組んでいた。聞いた話によると、修兵も恋次も日番谷隊長も、皆隊舎から姿を消していることが多いらしい。

 確かに、藍染の乱を乗り越えた尸魂界には平和が訪れた。しかしそれは、二年にも満たない短い期間のものでしかない。あと一年と半年くらいが経てば、今回の戦いによって霊力の全てを失った一護君に、新たなる敵(名前忘れた)が立ちはだかるし、それが終われば、藍染の乱よりも大規模なモノになるであろう滅却師との戦いも幕を開ける。平和ボケしている暇はないのだ。

 故に僕も、その時に備えて新たな修行を始める予定だったんだけど、残念ながらそうはならなかった。

 

「暇だ……」

 

 自宅のソファーに寝転び、天井を見上げながら僕は言った。

 そんなグータラしてる暇があったら、修行しろなどと思うかもしれないけど、違うのだ。藍染達の刑罰が判決された後、僕に一つの命令が下った。

 

 ――それは一か月の謹慎と、一年の減給処分だ。

 

 今回の戦いで、僕は命令外の場面で空間転移を使ってしまった。戦いに勝つためとは言え、すぐに禁断の術を頼ってしまうような貧弱の心では、これから更なる巨悪が出た時について行けなくなるという総隊長の判断である。

 しかし、これでもまだ配慮されている方だろう。何故なら、今回の処分は中央四十六室からではなく、総隊長から下されたものだからだ。禁術の使用は本来ならば、それだけで何らかの刑罰を受けてもおかしくはないのだ。ましてやそれを、檻理隊の僕がやるなんてもってのほかである。現世ならば、刑事が犯罪を犯すようなものだ。

 これは僕の推測の域を出ないけれど、恐らく総隊長は命令を出した責任として、幾らか責任を負ってくれたのだと思う。そんな発動した状況や、総隊長の動きなどがあってこの処分で済んでいるのだろう。

 ……空間転移で人間の男性を転移させたことは墓場まで持っていくこととしよう。

 

 しかし、幾ら処分が軽くなったと言っても、皆が修行している間に僕だけが何もしていないのは、もどかしいように思う。一応、簡単な素振りや、霊力の操作など、家でもできる修行はこなしているけれど、やはり物足りない。

 因みに、こうしてソファーで寝転んでいる間も加減した瞬閧を発動して、少しでも瞬閧に慣れる修行をしているのだと、弁明しておく。

 

 読めずに溜め込んでいた本も、ここ一週間で消化してしまっていたし、こんな暇な時間が続くとつい考えてしまう。――霊力を失った一護君のことを。

 

 彼が藍染の乱の終盤で習得した最後の月牙天衝は、己の霊力の全てを引き換えに、あの崩玉と融合した藍染をも凌駕する力を一時的に得る技だ。

 力を失うとどんな気持ちになるのか、僕には分からない。しかし、それが嫌なことであるのは確かだ。僕にとって、今僕が得ている力とは努力の結晶だ。斬魄刀である睡蓮も、二番隊で鍛えた瞬歩や白打も、縛道だって、全て僕が真央霊術院時代から重ねてきた努力によって得たものだ。

 それが敵を倒す為とは言え、一瞬で消えてしまうのだから、その喪失感や、無力感は如何ほどのものなのだろうか。はっきり言って想像もしたくない。

 故に僕が最後に彼の姿を見た時は、感謝よりも謝罪の気持ちの方が大きかった。

 

 だから、僕は決めた。今後彼が窮地に立たされた時、僕にできることならなんでもしようと。これが、あの時、彼の到着を待つことしかできなかったことに対する罪滅ぼしだ。

 そして、その為に必要なのは、彼の役に立てるだけの力をつけること。

 

 そんなもう何度したか分からない思考をしながら、僕は一か月後からの修行の予定を組み立てていった。




 長かった。本当に長かった。かれこれ半年くらい破面篇書いてました。卯月の最後の一人称の所為で少し煮え切らない感じがありますが、一応これで破面篇終了です。
 本当は私も他の死神達と和やかに会話する日常などを書いて終了にしたかったのですが、やはり禁術である空間転移を命令外の目的で使った罰は受けて然るべきだと思いました。
 謹慎になるまでの短い期間だけならば、そうすることも可能だったのですが、藍染達の顛末まで書くとなると、これが妥当かなと思いました。一応この謹慎は次話の布石となる予定なのでご了承頂けたら幸いです。

 そして次章の予定ですが、直ぐに千年血戦篇に行くのではなく、折角死神のオリ主を書いているので、尸魂界側の動きを少し書いていこうと思います。
 正直に言うと、この破面篇で戦闘描写があまりにも長すぎて、私が日常を欲しているというのと、これまで頭の中にあった卯月のオリジナル鬼道のストックが切れたからです。

 ただ、痣城剣八の件については卯月はそんなに深く触れさせる予定はないので、省略します。

 ですから、次章の前半は主に卯月の周りを取り巻く環境の変化を書く予定です。後半は完現術師が現れる前後の尸魂界側の動きですね。
 遂にこれまで私の力不足と話の関係上放置していた話にも手が着けられそうです。

 次回、死神代行消失篇。9月18日に投稿予定です。

 ここから余談

 後二日で自動車免許の合宿も終わりです。これが終わればバイトがまた始まってしまい、更には学校が始まってしまいます。絶望だ。今まで何度も乗り越えて来たけど、嫌なものは嫌です。学校はまだ楽しいから良いけど、バイトは本当に嫌だ。

 ふぇ……働きたくないよぉー。

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