転生した先が死後の世界で矛盾している件 作:あさうち
「よし、こんなもんかな」
藍染に対する隠密行動に、必要な鬼道の準備を全て終えた卯月は、そう声を発した。
そして、万全の態勢で卯月は藍染が来るであろう方向へ視線を向け、待ち構える。何故彼がこの状況で移動もせずに藍染を待ち構えているのかと言えば、観音寺を移動させてから、先程から刻々と自身に近づいて来る藍染の霊圧を感じたからだ。
どうやら藍染は、市丸が帰ってくるまでの時間を卯月の相手をすることで潰すことに決めたようで、藍染は卯月に感じ取れるように霊圧を発し、さらに自分から近づいていくことで、卯月に猶予を与えたのだ。全ては自分が楽しむ為に。
――来るっ!?
そして、遂にその時が来た。
「やあ、さっきぶりだね。蓮沼君」
瞬歩で颯爽と卯月の前に現れた藍染は、軽い調子で卯月に声を掛ける。
「……」
しかし、それに卯月が返答することはなく、その代わり二種類の鬼道が発動した。一つ目はドーム型で半透明の結界――縛道の八十三“穹窿”だった。現世ではハリベルの水を溜めこむ為の桶として使われた縛道だったが、本来は敵を閉じ込めたり、自分や味方を攻撃から護る為に使う縛道だ。巨大なドーム状の結界は藍染と卯月を瞬く間に包み込んだ。
そして、その結界の中に桃色の煙、二つ目の鬼道である――縛道の二十二“赤煙遁”が充満していく。また、結界内を煙が充満していくのと同時に、卯月の気配は徐々に結界へと溶け込んでいった。
これで、卯月の隠密行動は完成したのだが、それに対して藍染は何てことないように、落ち着いた様子で口を開く。
「そんなもので、私から逃れたつもりかい? 確かに、結界によって煙が逃げるのを防げているが、この程度の結界で、私の攻撃を防げると思っているのか?」
現在、卯月の霊圧は藍染に感じ取ることはできていないが、それはあくまで卯月が極限まで霊圧を弱めた状態で、自分自身が放った縛道に紛れているからだ。
今藍染の視界に広がる煙がなくなれば、例え新たに発動した縛道で姿を隠そうとも、卯月の発する僅かな霊圧を感じ取ることは可能だった。
すると、藍染は徐に手を前方に翳し、そこに霊力を集束させた。
「【破道の六十三“雷吼炮”】」
集束された霊力はやがて雷光へと変わり、雷光は瞬く間に霧を払い、結界を穿った。今の藍染ならば、六十番台の破道でも余裕を持って、卯月の八十番台の縛道を破壊することができるのだ。
「【破道の五十八“闐嵐”】」
続けて藍染が放った竜巻は結界内に充満していた煙を巻き込み、雷吼炮によってこじ開けた大穴から排出された。
「そこに居るのだろう?」
そして煙が晴れたことにより、藍染は卯月の霊圧を捉えることに成功した。縛道の二十六“曲光”によって姿こそは隠しているが、彼が発する僅かな霊圧までは隠し切れていなかった。
「返事はなし……か。まあいい――これで終わりだ!」
煙が晴れてもなお卯月は隠密行動を続ける。そして、藍染が声を掛けても、その往生際の悪い姿勢は変わらなかった。
しかしだからと言って、それに対する藍染の行動が変わることはない。今藍染が卯月の前に立っているのはあくまでも暇つぶし。暇を潰すついでに、王鍵の生成を邪魔する可能性のある卯月を殺すのが藍染の目的だ。
自分を楽しませる手段をなくした卯月を最早生かす理由はなかった。加えて今の卯月は隠密行動の為に始解も瞬閧も発動していない状態だ。彼を最も楽に殺すことができるのは今だった。
「【破道の六十三“雷吼炮”】」
そして、藍染が放った雷光は、今度は卯月を捉えた。そのあまりの速さに卯月は結界を展開する事も、鬼道の範囲から逃れることもままならず、雷光を喰らってしまう。
やがて雷光が四散した時、そこに卯月の姿はなく、残ったのは焼けたアスファルトと、焦げ臭さだけだった。今の攻撃で卯月の身体は跡形もなく消し飛んだのだ。
「【破道の三十二“黄火閃”】」
しかし、藍染はそれで攻撃の手を止めることはなく、続けざまに鬼道を放つ。だが、その鬼道は先程放ったものとは全く違う方向に向かって放たれた。
先程藍染が放った場所を前方とするならば、今藍染が放った方向は後方。そこに位置する建物の屋上に向かって黄火の閃光が直進する。
結局その黄火は建物の角を砕いただけで、その他には特に何も起こらなかったのだが、藍染にはわかっていた。
――そこに卯月が居たことを。
「……やっぱり、あなた相手にこの手の小細工はもう効かなさそうだね。どんな手を使っても、力で強引に突破してくる」
もう、隠密行動が通用しないことを十分に理解した卯月は、潔く藍染の前に姿を現した。
「やはり生きていたか。君があのような中途半端な手を使ってくるはずがないと踏んでいたが、どうやら私の推測は間違っていなかったようだね」
何故藍染が先程の卯月の隠密行動を中途半端と断じたのか、それは藍染と卯月、この両者の力の差にあった。確かに卯月の先程の隠密行動は完成されたものだ。しかし、それを継続するには対象を結界内に閉じこめ続けておく必要がある。
つまり、卯月の結界を破ることができる者にはこの隠密行動は作用しないのだ。そして、卯月は用心深い性格だ。このような欠陥に気づけない彼ではなく、それを命を賭した状態で使う彼でもなかった。
「私の鬼道が君に命中する際、微かにだが風船が弾けるような音が聞こえた。恐らく携帯用擬骸か、それに準ずる物を使っていたのだろう」
「……ご名答」
そう、卯月は先程自分自身は結界の中に入らず、変わりに喜助から譲り受けた携帯用擬骸を配置していたのだ。
これならば、卯月は安全な状態で隠密行動をとることができる。先程の戦いで睡蓮と瞬閧のコンボはそう長く続かないことが分かっていたので、少しでもそれを発動するまでの時間を延ばすことが卯月の目的だった。
「だが、それはあくまで逃げの一手だ。それが破られた今、君に私の鬼道を防ぐ術はあるのかい?」
逃げの一手、と藍染が称したのは間違いではなく、先程卯月がとっていた隠密行動は、言わば鬼道を避ける為のモノ。それもダメで元々の心境での行動だ。それが機能しなくなったなら、次から卯月は藍染の鬼道を真っ向から受け止める必要があるのだ。
「僕があなたが来るまでにしたことが、あれだけだと思う?」
卯月は彼にできる万全の状態で藍染を迎え撃っている。そして藍染が来てからも、卯月は携帯用義骸を囮とした隠密行動によって時間を稼いだ。その間何もしていないはずがなかった。
今この場には、卯月が予め発動していた縛道が数多く仕込まれている。
「いや、思わないよ。だが、君と私の力の差は歴然だ。果たしてどこまで持つのかな?」
「持たせて見せるさ。それが勝利への唯一の道なら尚更さ」
そう言った卯月は瞬閧の出力を上げつつ、何時でも縛道を発動できるよう神経を研ぎ澄ました。
そして、藍染が鬼道を放とうと掌を卯月に向けるのだが、何時まで経っても藍染が鬼道を放つことはなかった。
「只今戻りました、藍染隊長」
「戻ったか、ギン」
藍染は卯月から意識を逸らし、自身の背後に戻ってきた市丸に声を掛けた。
「彼女はどうした?」
「殺しました」
一人で帰ってきた市丸に藍染は乱菊の安否を訊いたのだが、市丸はそれに淡々と答えた。
「確かに、霊圧は消えている。……驚いたな。君はもう少し、彼女に何かしらの情があると思っていたが」
「情、ですか? あらしまへんよ、そないなもん」
市丸は乱菊に情を持っている。そう思っていた藍染は、わざわざ霊圧を探ってまで彼女の安否を探ったのだが、乱菊の霊圧は感じられず。市丸も藍染の言葉を否定した。
「最初にお会いした時に言いましたやろ? 『僕は蛇や。肌は冷やい。情は無い。舌先で獲物探して気に入った奴を丸呑みにする。そういう生き物や』そう言うたやないですか」
「……そうだったね」
「それはそうと藍染隊長、まだ卯月のこと殺してなかったんですか? 良かったらボク、代わりますよ」
「いや、いい。君は彼に何度も出し抜かれているからね、ここは私が直々に相手をするよ」
藍染が自分の言い分に納得したことを確認した市丸は、話の対象を卯月に移すのだが、過去に何度も卯月の縛道の術中に嵌った市丸に藍染からの許可は下らなかった。
「まあまあそうおっしゃらずに。藍染隊長はボクの後ろで王鍵生成の準備でもやっとってください。その時間稼ぎくらいならボクにもできます」
しかし、それでも市丸を退かずに、藍染の斬魄刀に手を添えることで制止を促す。
「ギン」
彼らしくないしつこい振る舞いに、藍染は拒絶の意を込めて市丸の名前を呼ぶのだが、それに返事が返されることはなかった。
「な……にっ!?」
言葉の代わりに返ってきたのは斬魄刀。卯月との戦いでも見せた、自分の身体を壁とすることで作り出される、神殺鎗の不可視の一撃が藍染の胸を穿った。
自分の攻撃が命中したことを確認した市丸は口を開く。
「鏡花水月の能力から唯一逃れる方法は、完全催眠の発動前から刀に触れておくこと。その一言を聞きだすのに、何十年かかった事やら」
完全無欠と思われて来た鏡花水月だが、それにも弱点は存在した。それは、鏡花水月の発動前から鏡花水月に触れておくことだ。元柳斎は己の腹に刺さった斬魄刀の霊圧を読み間違えることはないと言っていたが、それはあながち間違いではなく。偶然にも鏡花水月の弱点を突いていたのだ。
「せやから、卯月の斬魄刀の二つ目の能力を知った時は嫉妬しましたわ。なんせボクが何十年もかかって知った対策を、斬魄刀の能力で解決してまうんやもん。まあでも、それで良かったと思うてます。――だって、藍染隊長を殺せるのはボクだけなんやから」
藍染を殺す為に必要な条件は二つ。一つ目は、鏡花水月の術中を逃れられる何かしらの手段を持っていること。二つ目は、藍染を殺すための力を持っていることだ。この内卯月と一護は後者が足らず、元柳斎は前者が足りなかった。
そして、市丸が藍染の胸から斬魄刀を引き抜くと、藍染の胸から鮮血が飛び散った。その胸を押さえながら藍染は口を開く。
「知っていたさ。君の狙いなど知った上で、私は君を連れていた。君が私の命をどう狙うかに、興味があったからだ。だが、残念だギン。君がこの程度で私を殺せると――」
「――思うてません」
では、市丸は二つの条件を満たしているのか。その答えは否だ。一つ目の条件は、鏡花水月に触れることで満たせているだろう。しかし、二つ目の条件はどうだろう。確かに市丸の実力は、真央霊術院を僅か一年で卒業するという才能から鑑みても、並みの隊長格以上の実力を有していると考えてもいいだろう。
しかし、今の藍染はその程度では話にならない程の力を有している。故に市丸が藍染を倒すことは不可能だった。――市丸が藍染の知る市丸だったらの話だが。
藍染の言葉を食い気味に反論しながら、市丸は神殺鎗の刀身の側面を藍染に向け、その一部分を指さし、藍染に問いかける。
「見えます、ここ欠けてんの?」
市丸が指を差したところに目を遣れば、そこには刀身が欠けたことによって出来た空洞があった。
「今、藍染隊長ん中に置いてきました」
「何!?」
刀身を差していた指を、藍染の胸に差し直しながら市丸は言った。刀身の一部を敵の体内に置くという、今まで市丸の口から聞いたことがなかった神殺鎗の能力に、藍染はそこはかとなく悪寒を感じた。
そして、その悪寒は正しかった。
「ボクの卍解の能力、昔お伝えしましたね? すんません、あれ嘘言いました。」
最大十三キロの距離を、音速の五百倍の速さで伸びる刀身。それが市丸が藍染に伝えた神殺鎗の能力だ。しかし、その実態は違った。
「言うたほど長く延びません。言うたほど
神殺鎗の最たる能力は、その長さでも速さでもない。神殺鎗の最たる能力は猛毒で、それらはあくまで猛毒を敵の体内に残す為の手段に過ぎなかったのだ。
そして、その猛毒の一部は今藍染の体内に残されている。
「分かってもろたみたいですね。今胸を貫いてから刀を戻す時、一欠だけ塵にせんと藍染隊長の心臓ん中に残してきたんです」
「……ギン!」
「喋るんやったら早うした方がええですよ。まあ、早うしても、死ぬもんは死ぬんやけど」
そうして、徐に藍染の胸に手を添えた市丸は、遂に藍染を殺しにかかる。
「――【
刹那、藍染の身体に残された毒が、彼の体内を溶かし始める。
「ギン、貴様……!?」
「胸に孔が空いて死ぬんや。本望ですやろ?」
藍染が崩玉と融合してしようとしたことは、自身の死神としての限界を超えること。そして、霊なる者の身体に孔が空くということは、単純な傷の他に虚になることと取ることもできる。そんな皮肉を込めた市丸の言葉だった。
そして心臓を溶かしつくした神殺鎗の毒は藍染の体内から外へと彼の身体を蝕み、やがて藍染の胸を中心に大孔が空けられた。
最後に藍染の胸に残されたのは、この戦いが始まる前から彼の身体に埋め込まれていた崩玉だった。今の藍染の理不尽な力の源となっていたそれに手を伸ばしながら、市丸は回顧する。それは自分が藍染への復讐を誓った瞬間だった。
彼が藍染への復讐を誓ったのは、藍染の崩玉の実験に乱菊が犠牲になったからであり、その内容とは乱菊の魂魄の一部を崩玉の糧にするというものだ。忘れもしない、ボロボロの状態で地面に倒れていた乱菊の姿。その彼女の魂魄の一部を何食わぬ顔で崩玉に注いでいた藍染の姿を。
故に市丸の復讐は藍染を殺し、崩玉に注がれた乱菊の魂魄を取り戻して漸く終わりを告げる。そうして万感の思いで崩玉に手を伸ばすが、最後の意地かそれに抵抗した。市丸の右腕を阻もうと、藍染は左腕を振るったのだが――遅かった。
既に市丸が崩玉を掴んでいたことで、藍染の腕は市丸の腕の一部を抉るだけに留まり、次の瞬間には崩玉を手にした市丸に距離を取られてしまう。
「……ギン」
そして、最後の力を振り絞った藍染は、そのまま力なく地面に倒れ伏した。
***
――とりあえず、倒したか……。
目の前に広がるのは、神殺鎗によって胸に大孔を空けられ、息絶えた藍染と、手にした崩玉を大事そうにギュッと握り締める市丸隊長の姿。ずっと二人の緊迫したやり取りを見ていた僕は、一つ大きな息を吐くことで、身体の硬直を解いた。
すると、手にした崩玉をジッと見ていた市丸隊長が視線を僕に移した。
「驚かんのやね、ボクが藍染隊長を殺しても?」
「……衝撃的過ぎて、驚く余裕がないだけですよ」
確かに、市丸隊長が藍染を殺そうとすることは、原作知識で知っていたことなので、驚く道理はないのだけれど、そんなこと言うわけにもいかないので、適当な嘘で誤魔化しにかかった。
「嘘言うたらあかんよ。卯月、ホントは僕が藍染を殺そうとしてたこと知ってたやろ?」
「……どうしてそう思うんですか?」
しかし、僕の言い分に不自然な所でもあったのか、市丸隊長はこの戦いで初めて対峙した時と同じ言葉を皮切りに、図星を突いてきた。
一瞬ドキッとした僕だったけど、それを表情に出さないように細心の注意を払いながら、言葉を返した。
「最初に変やと思ったのは尸魂界で卯月がボクを牢に入れた時や。あの時、君はどう考えても怪しかったボクを殺すことに対して、無駄な殺生はせんって答えた。状況や卯月の立場ん的に、判断自体は間違ってなかったと思うけど、それでも一切の迷いがないっていうんは可笑しな話や」
あの夜、僕は市丸隊長の『君、後悔するで。あの時ボクが殺されるのを止めたこと』という言葉に対して僕は『しませんよ。僕、無駄に人を殺生することは嫌いなんで』と答えた。その言葉は僕の嘘偽りない本心だったんだけど、仮にあの日僕が捕えたのが市丸隊長じゃなくて、藍染だったなら同じ言葉を返せただろうか。
「今日初めて戦った時もそうや。確かに卯月はボクと戦う気があったんやろうけど、それはあくまで殺す為ではなく、捕らえる為のモノや。その証拠に、君はボクを捕らえた途端、そのままどっかに行ってもうた。君は尸魂界と対立したボクも殺そうとせんかった。仮にも隠密機動なら分かることやろ? それが無駄な殺生かどうかなんて」
僕は殺生は嫌いだ。それが救える命で、無駄なものならば尚更だ。だけど、普通に考えたら、あの場で市丸隊長を殺さないことは、はっきり言って怠慢だ。それにも関わらず、僕は彼を生かした。故に市丸隊長は思ったのだろう。僕が市丸隊長に何かを期待していると。それならば、あの場で市丸隊長を殺すことが無駄にならないから。
「まだあるで。君、なんで未だにボクのこと、市丸隊長って呼んどん? 藍染のことは藍染って呼んどんのに、ボクのことは市丸隊長って呼んでる。普通に考えておかしいやろ?」
その言葉を聞いて僕は思った。
――流石に気付くよね、と。
藍染のことも藍染隊長と呼んでいるならば、まだ心を入れ替えることができていないんだと、納得することもできる。だけど、藍染と市丸隊長の間で呼び方に差がつくのは明らかに不自然だった。
――だからここまで市丸隊長が気付くのは僕の想定内だ。
「結論から言うと、市丸隊長が藍染を殺そうとしていた所までは知りませんでしたけど、何かあるんだろうなとは思ってました。あの夜、あなたは僕に殺気を当てた上で話しかけて来ました。今思えば、あれは僕を試していたんだと思います。何であなたが僕を試そうとしたのかまでは分かりませんでしたが。そしてあなたは、先程藍染の前に出た時も、僕に殺気を当てて来ました」
前者の殺気は僕を試す意で使った。そして僕の予想が正しければ……。
「多分それは合図だったんだと思います。僕の期待に応えるぞっていう」
先程市丸隊長は藍染隊長に『ボクは蛇や』と言った。蛇、というか野生動物は獲物を狩る時、極限までその気配を薄め、好機が来たら一瞬で襲い掛かる。
だから野生動物が殺気を出すときというのは敵を威嚇するなど、何かしらの意味がある時が多い。
そして、市丸隊長も百年以上もの間、藍染の元でずっと復讐の機会を伺っていた人だ。そんな殺気を心の内に潜め続けて来た彼が殺気を出すということは、何かしらの意味がある。
「それと、どうして僕が未だに市丸隊長と呼んで居るのかと言えば、これは単純に、何か事情があると、なんとなく思っていたからです。その証拠に生きてますよね、松本副隊長?」
霊圧を探ってみれば、先程は感じられなかった松本副隊長の霊圧を感じることができた。
僕がよく使用する縛道を利用した隠密行動の他にも、白伏という対象の意識を刈ることで、一時的に霊圧を零にすることができる技がある。
市丸隊長が松本副隊長を殺すということは、原作知識から考えれば有り得ないので、僕は真っ先にそれを疑った。
「つまりボクが卯月に違和感を抱いていたように、卯月も僕に違和感を持ってたいう訳か。……ホンマ、怖いなぁ。流石、ボクが見込んでただけのことはあるわ」
「……はい?」
市丸隊長が僕を見込んでたというのは初耳だったので、つい間抜けな声を漏らしてしまった。
「だって君、昔っから藍染んこと苦手やったやろ? 最初は隊長と会うことが恐れ多くて委縮してるだけやと思ってたねんけど、卯月のそれは何十年経っても治らんかった。あの理想の隊長を完璧に演じてた藍染を怖がり続けるなんて、はっきり言って異常や。だから思うてたんよ、面白い子が居るなぁって。だから、ボクはあの夜君を試した。いや、確かめたいう方が正しいかもしれんね。卯月がどういう考えを持って行動してるんか気になったんや」
確かに、僕は護廷十三隊入隊当初から、藍染に対してビクビクしながら過ごしていた。でも、それも時間が経つにつれて隠せるようになっていったので、特に重要視していなかったんだけど、どうやら気付く人は気付いていたらしい。
……ていうか僕、そんなに昔から市丸隊長に重要視されていたのか。今回の作戦、かなり思い通りに進めていたんだけど、僕の思った以上に市丸隊長は僕のことを見透かしていたみたいで、なんだか恥ずかしいな。
因みに、今回の作戦というのは、市丸隊長が藍染を毒殺する時間を、一護君が来るまでの時間稼ぎに組み込む作戦だ。
僕が先程までにした市丸隊長への返答は、僕がこのことを想定して元々用意していたものだ。原作知識のある僕は、市丸隊長が如何なる場面でも松本副隊長を殺さないことを知っているし、市丸隊長が藍染の殺害を企てていることも知っている。だから僕が市丸隊長を隊長付けで呼ぶ理由も、その大半は彼が尸魂界を裏切っていないと知っていたからだ。
それらを踏まえて僕は、もし藍染が鏡花水月を用いて僕と護廷十三隊内の誰かとの同士討ちを狙って来た時に、市丸隊長を時間稼ぎに組み込む路線を用意していた。本当ならもっと早く、現世で総隊長のサポートをしていた時くらいには決着をつけたかったんだけど、崩玉というものはどこまでも理不尽で、結局ここまでもつれ込んでしまった。
結局何が言いたいかと言えば、凄く頭のいい奴みたいに立ち回っているけど、これも全て原作知識あってのことだというだ。
それ故に僕は知っている。
「市丸隊長、積もる話は後にしましょう。まだ終わっていません」
――市丸隊長がこれまでひた隠しにして来た奥の手を使っても、藍染を仕留めきれないということを。
その証拠に、市丸隊長と話しながら僕が密かに藍染に向けて発動していた縛道が突如、なんの前触れもなく弾かれた。
「ああああああああああああああああ!!」
「「っ!?」」
すると、つい先程まで倒れたままピクリとも動かなかった藍染が、凄まじい圧力を発しながら、断末魔を上げた。
その顔をよく見てみれば、白眼をむいており、はっきり言って正気ではないことが察せられた。
ただ事ではないその状況に、僕と市丸隊長は言葉を発する前に藍染から距離を取っていた。
そして次の瞬間、藍染の胸から発せられた霊力が暴発したことにより、霊力によってできた光柱が天高く駆け上った。
「……理不尽な力だよ、本当に」
そう僕が零した時、先程まで居た場所に藍染は居らず、いつの間にか彼は光柱に合わせて宙へと移動していた。
そして、再び進化した藍染の姿はまたもや変わっていた。一対だった翼は六対に増え、胸に空けられた孔は、中に十字模様が描かれた以外はそのまま残されており、額には得体のしれない瞼のようなものが形成されていた。
そんな、人間離れした身体を手に入れた藍染は此方を見下しながら、徐に口を開く。
「……私の勝ちだ、ギン。お前の奪った崩玉は私の中に無くとも、私の物だ」
「っ、何やこれは……!?」
藍染がそう言った瞬間、市丸隊長の様子に異変が起きる。ちらりと横目でそちらを見てみれば、彼の手に握られていた崩玉が発光し、回転していた。
そして視線を藍染の方へ戻した時、
「……え?」
――そこにはもう藍染は居なかった。
じゃあ、どこへ?
そう思った時、時はもう既に遅かった。見覚えがある光を感じて後ろを振り向く。そこには、市丸隊長に刀を振るった藍染の姿があった。
とりあえず、今まで卯月と市丸の間に張っていた伏線は私の取りこぼしがなければ、全て回収できたので満足です。
まあ、私はプロの作家さんじゃないので、結構バレバレだったかもしれませんが。
次回、破面篇最終話。9月10日に投稿予定です。
~ここから余談~
実は現在私は短期間で自動車免許を取る為に8月28日から石川県に合宿に来ています。
泊まる所は相部屋なのですが、友達と一緒に来ているので、楽しいです。加えて日曜日は教習所が休みなので、半分旅行のような感じですね。
それで、その日曜日にどこか観光にでも行きたいと思っているのですが、兼六園くらいしか有名な場所知りません。あと個人的に二十一世紀美術館は気になっていたりします。
まあ、この合宿に行くために、夏休みの前半はバイト三昧だったので、精々楽しませて頂くとします。
また、合宿の所為で執筆時間が取れないことを危惧してしまう方が居るかもしれませんが、一応このことを見越して次回分の話は予約投稿してあるので、ご心配なく。