転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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第三十八話

「……浦原さん……夜一さん……蓮沼さん……親父……ジイさん……!?」

 

 視線を右往左往させながら、一護は地面に倒れ伏した卯月達の名を呼んだ。しかし、誰一人として彼の声に答える者は居なかった。

 

「後ろ向いてええの? 目の前に僕が居るのに」

 

 しかし、それは完全な悪手だ。市丸が手を出さなかったからよかったものの、敵に背を向ける今の一護ははっきり言って隙だらけだ。

 そして、そんなことにも気づけない程に今の一護の精神は疲弊していた。彼は藍染の霊圧を感じ取れる。それ故にわかるのだ。自分達と藍染の間に開いた絶望的な力の差を。

 その事実は徐々に徐々に、一護の神経をすり減らしていっていた。

 

「君、もう無理やで。君はもう戦士やない、死神でもない、虚でもない、人でもない。そないな半端な状態でここに居って、あの五人が負ける相手に君が勝てると思う?」

 

 一護のそんな心境を目聡く感じ取った市丸は、更に言葉を重ねる。その言葉に一護は反論することなく、目を逸らすことしかできなかった。

 その反応は見て、市丸が抱いていた疑問は確信に変わった。

 

「悪いこと言わんわ、逃げ」

「っ!?」

「まだ死ぬん嫌やろ。僕、君にもう興味ないわ。藍染隊長も今の君にはガッカリするやろ」

 

 ――怖いんやろ、藍染隊長が?

 

 ――理解できてるんやろ、藍染隊長の力が?

 

 市丸の問いかけ一つ一つが、一護が目を逸らしていたことを思い出させ、彼の心を砕いていく。

 一護は只俯いていた。

 

「警告はこれでお終いや。まだ逃げへんのやったら、僕がここで斬るわ」

 

 そう言った市丸が再び斬魄刀を抜いた時、一護の背後で巨大な爆発音が鳴り響いた。

 その圧倒的な圧力にアテられた一護は、考えるよりも先に後ろを振り向いた。そこに居たのはゆっくりと自分に向かって足を進める藍染の姿だった。

 その藍染は一護には目もくれずに、市丸の元へと辿り着く。

 

「ギン、今彼に何をしようとしていた?」

「何も、ちょっと力試しです」

「……そうか」

 

 まさか市丸が一護に情けをかけようとしていたとは、夢にも思わなかった藍染はそれだけ訊くと、特に興味もなさそうに踵を返した。

 仮にそれを藍染が知っていたとしても、さしたる興味は抱かなかっただろう。最早一護が逃げようと逃げまいと、藍染には関係ないのだ。逃げなければ、真正面から粉砕すればよいし、逃げたとしても、今の一護が藍染から逃げることなど不可能だ。

 

「穿界門を開け。尸魂界の空座町へ侵攻する。天界結柱を破壊する必要もない、王宮を落とすのなら、尸魂界で王鍵を創る方が好都合だ」

「はい」

 

 重霊地である空座町とそこに住む人々を媒体とし、王鍵を創るというのは、あくまで目的のための過程でしかない。今回の戦いに於ける藍染の最終目標とは、生成した王鍵を用いて瀞霊廷の上空に位置する霊王宮に侵攻し、霊なる者の王であり、この世界を保つための楔である霊王を、その玉座から引きずり下ろすことだった。

 

「ま、待てっ!!」

 

 離れていく藍染に一護は咄嗟に声をかけるが、所詮動いたのは口だけ。身体はその場から動いていなかった。

 

「君はここに置いていく。君を喰らうのは全てが終わった後でいい」

 

 そんな状態の一護に態々対峙するほど、藍染は悠長ではない。霊なる者の王である霊王には、当然その従者がついており、零番隊と呼ばれる彼らはいずれも強者ぞろいだった。純粋な力では劣っていないと自負している藍染だったが、零番隊に配属された者は、いずれも尸魂界に変革を促した者達だ。彼らがその力を振るえば、藍染とて十分に苦戦するであろうことが察せられた。故にまだ藍染の戦いは終わっておらず、そんな彼が戦意を失った一護の相手をする暇などなかった。

 

 そして、藍染と市丸は穿界門へと姿を消した。

 

「何だよ……何が……!!」

 

 あまりにも出鱈目な藍染の力が認められないのか、一護は未だに動揺と体の硬直から逃れられていなかった。

 

「一護ぉ!!」

「っ!?」

 

 そんな時、一護の目を覚ますべく放たれた声が場に響き渡る。その声の主は……。

 

「何をボサっとしてんだよ……。穿界門を開け!!」

「……親父!?」

 

 ――一心だった。

 

 一心は藍染との戦闘で負ったダメージを押し殺しながら、一護の肩に手を回した。そして、先ほどまで藍染が居た方向を見ながら口を開く。

 

「行くぜ、俺達が空座町を護るんだ」

「……え?」

 

 しかし、一護の反応は乏しかった。一心はそれに対して、単に一心の声が聞こえなかった訳ではなく、一心の言葉が信じられず、我が耳を疑っているような印象を抱いた。

 

「いっ!?」

 

 だから、先ずは目を覚まさせた。頭突きを以て無理やり一護の意識を覚醒させた一心は、再度口を切る。

 

「聞こえなかったのかよ!? 俺達が空座町を護るって言ったんだよ!」

 

 一度は藍染に敗北を喫した今でも、空座町の住民として、自分と一護にはそうする義務があると一心は信じて疑わなかった。

 

「……無理だよ。そんなの無理にきまってんじゃねぇか」

「無理かどうかなんてわかんねぇだろうが!」

「わかるよ! 親父だってわかってんだろ! あんな霊圧したバケモンに勝てるわけねぇよ!!」

 

 同次元にあるからこそ、一護は自分と藍染の隔絶した力の差を感じ取っていた。

 しかし、一護は知らない。その恐怖こそが藍染に勝ち得る資格だということを。鏡花水月が効かない卯月でもない、単純な力では右に出る者なしの元柳斎でもない。鏡花水月の術中に嵌っていない、尚且つ今の藍染の霊圧を感じ取れる一護だからこそ、今この状況で藍染に勝つことができるのだ。

 

「そうか、やっぱりオメーはあいつの霊圧がわかんのか」

「え?」

 

 先程藍染が言っていたことを一心にも言われ、一護の中でもいよいよ自分だけが藍染の霊圧が読めるという考えが現実味を帯びてきた。

 しかし、だからといってどうなるのだ。例え藍染の霊圧が読めたところで、力の差は変わらない。味方の中で唯一藍染の霊圧が読めるということは、この場で一護が動く理由にはならなかった。

 

「行くぞ」

「……」

 

 その証拠に、前を向いて歩きだした一心とは対照的に一護は俯き、ただその場に立ち尽くしていた。

 

「来ねぇでどうするんだ? 泣くのか?」

 

 立ち止まる一護に一心は声を投げかける。ここまで根気強く、一心が一護に説得を試みているのには理由があった。ただ一護が藍染の霊圧が読めるだけだったのならば、一心は一護を捨て置き、単身で尸魂界に向かっていただろう。

 しかし、一心は見てきていた。

 

「また護れなかったって、そこで座って泣くのかよ!」

 

 ――母親である真咲を失い、学校にも行かずに涙を流す一護の姿を。

 それだけではない。彼はいつだって自分の無力を嘆いてきた。彼は幼いころから幽霊が見えていた。しかし、まだ霊能者として未熟だった彼にできることは整の霊を見ることぐらいで、虚や死神を見ることはできなかった。故に霊なる者の戦いを知らなかった一護だが、時折見る整の霊が流したであろう血の痕が、脳裏をこびり付いて離れなかった。そしてそれを見るころには整の霊は居なくなっている。何かがあったことは明白だった。

 故に一護は望んでいたのだ。護る為の力を。だから自分の世界を変えてくれたルキアには並々ならぬ感謝の情を抱いているし、彼女が処刑されそうになった時は己の身を顧みずに助けに行った。

 そして、そんな一護の姿を一心はずっと傍で見てきていた。故に彼には分かっていた。

 

 ――ここで動かなければ、一護は一生このことを後悔すると。

 

「藍染が尸魂界の空座町に向かった意味を考えろ。オメーが行かなきゃ、オメーが護りたい奴もそれ以外も、空座町に居た奴はみんな死ぬってことなんだ」

「っ!?」

 

 その言葉を聞いた一護の頭の中では、様々な人物の顔が過った。自身の妹である遊子や夏梨は勿論のこと、幼馴染であるたつきやクラスメイトである啓吾や水色。皆一護にとってかけがえのない人物ばかりだ。

 

 ――そして、それらのことを認識して、立ち上がらない一護ではない。

 

「親父、穿界門を開けてくれ」

 

 そう言った一護の顔からは、先ほどまでの藍染に対する恐怖は完全に消え失せていた。

 

 

 こうして、再び立ち上がった一護は、現世と尸魂界とは時間の流れが異なる断界の中で、三か月にも及ぶ修行に励むことになる。

 

 決戦は一時間半後だ。

 

 

***

 

 

「はっ!」

 

 目を覚ますと、そこには一面の青空が広がっていた。徐々に意識は覚醒していき、太陽によって熱を持ったアスファルトや、首筋に強く残った痛みが、僕の身に何が起こったのかを明瞭なモノにしてくれる。

 どうやら、僕はあのまま意識を刈り取られた後、そのまま放置されていたらしい。

 

 ――藍染はどこに行った?

 

 自分のことを把握した僕は、次に状況の整理に移った。反射的に藍染の霊圧を探ろうとしてしまったけど、それが無駄であることを思い出し、市丸隊長や一護君の霊圧を探ってみる。

 しかし、どれだけ探っても二人の霊圧は見つけ出せなかった。

 

「……ということは尸魂界か」

 

 藍染の目的は、重霊地である空座町に存在する魂魄から王鍵を生成する事。そして本物の空座町は尸魂界にある。ならば、僕達を倒し終えた藍染の行き先は尸魂界と考えるのが自然で、一護君もそれを追ったと考えるべきだろう。

 

 だとすれば、僕にもまだできることはある。原作通りならば、恐らく一護君は今、藍染を倒す為に、現世や尸魂界と時間の流れが異なる断界の中で修行をしているはずだ。

 そしてその修行で一護君は、自分の全ての霊力と引き換えに、“最後の月牙天衝”という、あの藍染をも超越する力を得る。前世の友人の言うところの“無月一護”だ。

 それに加えて、浦原さんが開発した鬼道と共に、原作では藍染を捕らえるに至ったんだけど、何も問題がなかった訳ではない。

 原作では一護君が修行をしている間に市丸隊長は藍染に敗北し、命を失った。それとこれは想像の域を出ないけど、今の藍染は次元が違う存在だ。霊力を持たない人間は、藍染の近くに居るだけで、その存在感に押し潰されてしまう可能性がある。

 なら、こうして意識がある限り、僕は市丸隊長を助けたい。一人の死神として、現世にいる人々を護らなければならない。

 

 ――一護君が来るまでの時間をなんとしても稼ぐんだ。

 

「開錠」

 

 我が儘と責任感、相反する二つの思いを抱きながら、僕は穿界門の扉を開いた。

 

 

***

 

 

 一方その頃、尸魂界に到着した藍染は、本物の空座町へと足を踏み入れていた。江戸時代がモチーフの尸魂界の景観に、数百年先の文化である現世の建物が存在するのは余りにも不自然で、本物の空座町の座標を知らなかった藍染でも簡単に見つけることができた。

 

 天界結柱を使用する際に、空座町の住民の意識は皆刈り取られており、その影響で藍染の目の前にも閑静な住宅街が広がっていた。しかし何物にも例外はあるもので、いち早く意識を取り戻した何人かの住民は、状況の把握のために町を徘徊していた。――それが命取りとなると知らずに。

 

「ああ、頭が痛い……。一体どうなってるんだ?」

 

 とある一人の中年の男性は、痛みを訴える頭を押さえながら、非常に重たい足取りで街を歩いていた。しかし、先程からどれだけ歩いても、見つかるのは意識を失った人ばかりで、この不気味な状況に男性の心には不安ばかりが募っていた。

 

「電車も動いてないし……。これじゃあ会社にも行けんし、家にも――」

 

 主だった打開策はなく、頼れるのは自分の足だけという現状を嘆きながらも足を進めていると、ついに変化が訪れた。

 

「っああ、あんた。よかった起きてる人が居て」

 

 突如として現れた希望に男性はすぐさま手を伸ばす。男性が向かった先に居る人物の内の一人は眼球の色彩が逆転していたり、普通に生きていればまず身に着けないであろうタイトな服に身を包んでいるという、明らかに普通の人間ではなかったのだが、男性は気にならなかった。気にする余裕もなかったのだ。

 

「あんたこれどうなってるか知らんか?」

 

 漸く仲間を見つけたと思った男性は、目の前の二人に向かって問いかける。しかし、その質問に返答が来ることはなかった。

 

「近付くな」

 

 代わりに返ってきたのは拒絶の意。男性は思いもしなかっただろう。今のこの状況は、目の前の二人から自分たちを守る為に画策されたものだということを。そして、自分が今死と隣り合わせの状況に居るということを。

 そして男性が話しかけた内の一人。藍染が無遠慮な言葉と共に一歩を踏み出す。現在の藍染は死神や虚とは文字通り一線を画した存在だ。果たしてそんな彼が、碌な霊力を持たない現世の人間に近づけばどうなるのか。霊圧がものを言うこの世界に於いて、その答えは簡単だ。

 

 ――霊力を持たない者は藍染が近づいただけで、彼の霊圧に肉体が耐え切れずに肉体が弾け飛ぶ。

 

 その証拠に、藍染の後ろには、不幸にも彼とすれ違った者の死体が無残にも転がっていた。そしてそんな彼の魔の手が伸びようとしていたその時だった。

 

「……ほう」

 

 ――突如として男性の姿がその場から掻き消えた。そしてそれを見て、藍染は感心するような声を発した。そこに何かに驚愕するような様子は一切なく、まるでこうなることを予見していたかのようだった。

 

「やはり君は来ると思っていたよ、蓮沼君」

 

 藍染が見た先。先ほどまで男性が居た場所には、既に解放された斬魄刀を構える卯月の姿があった。それと同時に瞬閧も発動されており、ここまで来るのにかなり急いで来たであろうかとが察せられた。

 

「こんなにも早く、私の前に戻ってくるとは思わなかったよ。どうやら私の手刀を喰らう寸前に、結界を発動していたようだね。だが今の動きは感心しないな。たかだか人間一人を救うために空間転移を使っているようでは、先が思いやられるよ」

 

 禁術である空間転移は難易度もさることながら、消費する霊力も莫大なものとなる。いくら睡蓮の能力で回復可能とは言え、それにも限界がある。格上である藍染を相手するには、当然使用する術も高度なモノとなるし、そうなれば自ずと消費する霊力も多くなっていく。

 

「君はあの時人間を見捨ててでも、霊力を温存するべきだった」

 

 そして藍染の口から言い放たれたのは、死神の矜持に背く一言だった。

 

「あなたはそれでも問題ないだろうけど、僕はそうはいかないよ。何故なら僕は死神で、護る義務があるんだから」

 

 しかし、卯月にあの状況で一つの命を見捨てるなどということは、まずできない。それは彼が死神ということもあるが、それだけではない。それだけ卯月は一つの生命を大切に思っているからだ。元はただの学生だった彼は、これまでにも剣を交えての命のやり取りには人一倍敏感だった。例え敵や犯罪者でも、できる限り生かす道を考え続けていた彼が、あの状況で人間を見捨てるなんてことができるはずがないのだ。

 現に今も、彼は藍染とすれ違った人間の無残な姿を見て肩を震わせている。一人護れたからよかった。なんて考えは卯月の頭にはなかった。だが、何時まで経ってもクヨクヨなどしてられない。過ぎたことは仕方ないとは、死んでも卯月は思わないだろうが、未だに危機的状況に瀕していることには変わりないのだ。

 

「そんなしがらみに囚われている時点で、君は私に勝つに値しないよ。最早私の力は君の縛道や斬魄刀でどうこうできる範疇を超えている。そんな状況の中、選択を誤った君が私に勝つことなど不可能だ」

 

 死神として見るならば、先ほどの卯月の行動は間違っていない。しかし、藍染と相対し、倒すことを目的とするならば、先ほどの卯月の行動は悪手だった。

 

「別に僕はあなたを倒せるだなんて思っていない。そんな夢物語はこの戦いが始まる前から捨ててきたよ」

 

 数ヵ月前に尸魂界で藍染と対峙してから、この戦いが始まるまでの卯月の動きは、藍染を倒す為ではない。藍染を倒し得る仲間をサポートする為の鬼道の開発であり、修行だ。護廷十三隊の中でも比較的長く藍染と対峙した卯月は、自身と藍染の数ヵ月では覆しようがない実力差を正確に理解していた。

 そして卯月の考える藍染を倒し得る人物は、単純な力では藍染を超える山本元柳斎であり、藍染を超える頭脳を持つ浦原喜助であり、未知数の潜在能力を持ち、原作でも藍染を倒した黒崎一護だ。

 

「ほう。なら、君はどうして私の前に立つ?」

 

 しかし、戦場が現世という状況から卍解を封じられた元柳斎は成長を続ける藍染に敗れ、頭脳で藍染に勝る喜助は藍染の圧倒的な力の前に敗れ、それらを見ていた一護は精神がズタズタにされた。

 そんな絶望的な状況で、勝利を諦めてなお自分の前に立ち続ける卯月に藍染は問いかけた。

 

「そんなの決まってるじゃないか。――まだ希望が潰えていないからだよ。まだあなたは最後の希望を倒していない」

 

 元柳斎と喜助の二人と一護の間には決定的な違いがある。それはこの中で一護だけが戦闘不能に陥っていないということだ。藍染は尸魂界に来る前に一護を見逃した。その一護は今も断界で修行している。その事実がある限り、卯月は自身に課した役割を終えていない。

 

「黒崎一護が来るまで時間を稼ぐ。それが今僕のやるべきことだ」

「黒崎一護か。確かに彼の潜在能力は、この私に追従するものがある。だが、それ故に彼は私の力を理解し、その覆しようのない実力差に絶望した。戦意という名の刃を失った彼は、もう私の前に立つことはできないよ」

 

 自己暗示の意味も兼ねて声高らかにそう宣言する卯月に、藍染はしっかりと筋を通した上で水を差した。

 そしてその上で藍染はもう一度訊いた。どうして勝ち目がない自分との戦いに挑むのか、と。

 だが、卯月からしてみれば、藍染の考えは間違っているように聞こえた。

 

「確かに、一護君は一度絶望したのかもしれない。もう立ち上がれないのかもしれない――一人ではね。彼には絶望した時に支えてくれる仲間が居る、そしてこの空座町には彼の護りたいものがある。その事実はある限り、彼はきっと立ち上がるさ」

 

 何も卯月は、原作知識だけで一護を語っているのではない。これまでの一護の行動と成果が、卯月にここまでの信頼を抱かせたのだ。

 ルキアが囚われ身となった時、尸魂界に来た当初は三席程度の実力しかなかった一護は戦いの中で成長し、最後には死神の最終奥義である卍解をも習得して、白哉に勝利を収めた。

 三席が僅か数日で隊長格の力を手にするなんて、誰が想像できただろうか。

 

「尸魂界での戦いは、今彼がここに来るという考えの材料にはならないよ。何故なら、彼のこれまでの戦いは、私の掌の上にあったのだから」

「仮にそうだとしても、これまで戦ってきたのは一護君自身だ。幾らあなたが策を弄そうが、鏡花水月を使おうが、人の心までは操ることはできない。一護君がこの一年にも満たない間で、ここまでの力をつけることができたのは、彼が諦めずに努力をしてきたからだ。だから、そこから得られる成果も、あなたや他の誰でもない一護君自身のモノなんだ」

 

 あくまでも一護に固執する卯月に藍染は言葉で動揺を誘うが、あの藍染の言葉を以てしても、卯月の一護に対する期待は揺るがなかった。

 確かに、これまでの一護の戦いは藍染によって画策されたものだったのかもしれない。更木剣八に朽木白夜にグリムジョーにウルキオラ。一護を心身ともに成長させてきた今までの死闘の数々が、誰かの掌の上での出来事だったなんて、ゾッとする話だ。

 しかし、彼らと戦って来たのは一護自身の意思によるものだ。敵の強さに何度も心が折れた。しかし、彼はその都度立ち上がって来た。そこから得られた精神性は決して掌の上のことではない。

 

「だから一護君は来るよ。絶対にね」

「意外だな。まさか君がそんな根拠の欠片もない話をするとは。……いいだろう、ならばその身を以て思い知るがいい。如何に自分のその思考が愚かなことなのかを」

 

 藍染がそう驚くのも無理はない。卯月は元来臆病で、戦いに対する姿勢は非常に慎重だ。それは彼の縛道の手札の多さや、戦いの際の丁寧な立ち回りから容易に想像できる。そんな彼が出会って間もない一護の精神性を信じたのだから。

 しかし、そんなことは最早藍染にとってはどうでもよいことだ。何故ならそんな全面的な信頼も、今の藍染ならば一瞬にして砕くことができるのだから。

 その証拠に、藍染は卯月の目にも止まらぬ速度で移動し、その勢いのまま刀を振りぬいた。反応が遅れた卯月に今の藍染の一撃を防げるはずもなく、彼の身体からは大量の鮮血が飛び散った。

 

「さあ、いつまで耐えられるかな?」

 

 だが、刀を振り切った藍染が卯月から目を逸らすことはなかった。藍染の視線の先に映る卯月は予め瞬閧状態に入っており、瞬く間に傷を回復させていった。

 

 こうして、卯月にとっての地獄が幕を開けた。

 




 長かった破面篇もなんとかもう少しで終わりそうですね。本当は十話くらいで終わらせたかったんですが、やはりそんなに甘くはなく、その倍くらい掛かってしまいそうです。
 私は飽きっぽい性格なので、なるべく早めの完結を目指して居るんですが、死神代行消失篇と千年血戦篇のことを考えたら、あと一年くらい続くことになりそうです。特に千年血戦篇は場面転換が激しいので、苦戦しそうです。

~ここから余談~
 ブレソルの千年血戦篇ガチャ、あれからも結構粘ったんですが、結局砕蜂出ませんでした。泣きそう。
 山爺に加えて藍染も出たんだけどなぁ……。何故か砕蜂だけ出ませんでした。物欲センサーさん働き過ぎじゃないですかね?

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