転生した先が死後の世界で矛盾している件   作:あさうち

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 次回の投稿は私のスケジュールが忙しくなることが想定されるので、いつもより一週間程遅させていただきます。申し訳ございません。


第三十六話

 一瞬にして炸裂した炎熱地獄の炎は藍染を焼き尽くしながら、卯月の結界をも容易く破った。その様は圧巻の一言で、もし現在炎に抗っているのが藍染ではなければ、今頃圧縮された炎熱地獄の炎は空座町のレプリカを越え、隣町にまで被害を及ぼしていたことだろう。

 

「やったか……?」

「それは言っちゃ駄目なやつだよ、一護君」

 

 あまりにもベタなフラグを建てる一護に卯月がツッコミを入れる。

 とは言え卯月も、先程の一連の流れは会心の出来だと自負していた。そして、決め手となった元柳斎の一撃は、今までのものとは訳が違う。卯月のように霊圧差を鬼道の技術と特性で無理やり埋めようとした訳ではなく、鏡花水月に騙された訳でもない。――藍染をも超える純粋な力から放たれる一撃だ。これを喰らったのだから、幾ら藍染とはいえ、ひとたまりもないだろう。

 

「っ!?」

 

 やがて炎が収まった時、三人は黒こげになった藍染の姿を確認した。即死級のダメージを負った藍染は声を発することもなく、力なく地面に崩れ落ちた。

 

「……終わったんだよな?」

「そうだと嬉しいけど……」

 

 その姿を見ても、一護と卯月の中から不安が拭えることはなかった。鏡花水月は封じた、生き延びることすら難しいほどの一撃を加えた。だが、藍染ならこの絶望的な状況すらも覆す術を持っていてもおかしくはなかった。

 

「蓮沼卯月」

 

 二人が神妙な顔を浮かべていた時、元柳斎から声がかかる。

 

「ようやった。じゃが、儂は撤退以外の目的でお主に禁術の使用を認めた覚えはないぞ」

「すみません……」

「帰還したら、まずは仕置きが必要じゃの」

「っ、はい!」

 

 元柳斎のその言葉に、卯月は力強く返事を返した。この場において歴戦の死神である元柳斎が帰還後の話をしたということは、それすなわち戦いの終結を意味していた。

 元柳斎が自らの勝利と断じたのだ。それを疑う余地は卯月と一護にはなかった。

 

 そして、全員が張り詰めていた緊張の糸を緩めたその時だった。

 

 ――突如、藍染の身体から白い液状の物質が噴き出した。

 

「なっ!?」

 

 その物質は天高く上昇した所で、来た道を急降下し、最後には藍染の胸部を穿った。

 やがてその白は藍染を覆い尽くし、そこから凄まじい霊力の奔流が発せられる。

 

「なんだ……アレ……?」

 

 そう一護が声を漏らすのも無理はない。それほど今の藍染の姿は異質だった。

 先程まで液状だった白い物体は個体となり、藍染頭から足までを満遍なく覆い尽くしている。

 その他にも完全に治された傷や、光を失った目などの変化は見られたが、一番目を惹きつけられたのは、そこではなかった。

 

「今のは危なかった。もし、あと数分、いや数秒ワンダーワイスの爆発が早まっていたら、私はこうして立っていなかっただろう」

「どういうことじゃ? どうして、アレを喰らって生きておる?」

 

 流石の元柳斎も、今の状況には驚きを隠せなかった。先程藍染が言ったように、元柳斎は一度に自分の炎が放たれれば、どんなことが起こるのか正確に理解している。それ故あの状況から藍染が生き残る筈がなかったのだ。ましてや傷を全快させて立ち上がることなど有り得なかった。

 

「あれはっ!?」

 

 ソレに最も早く気づいたのは卯月だった。彼は知っていた。この鏡花水月を使えない状態で元柳斎の攻撃をまともに喰らった状況でも、這い上がって来られるような――そんな不死身の力を。

 

「――崩玉っ!?」

 

 かつてルキアの体内から藍染が取り出した物体が、今度は藍染の身体に埋め込まれていた。

 

「気づいたようだね、私のこの力の正体に。そう、この状況は私と融合した崩玉によるものだ。そして今この瞬間、私の死神としての生命は終わりを告げた。殺し損ねたな、崩玉と融合を遂げた以上、アレが私の見せる最後の隙だ」

 

 崩玉を身体に取り込んだという所はルキアと同じだが、その実態はかなり異なっていた。

 以前浦原がルキアの身体に崩玉を組み込んだ時は、藍染に悪用されないように、という封印の目的だったのに対し、藍染は崩玉の力を引き出す為に自ら取り込んでいる。

 身体に埋め込むという動作には変わりはないのだが、目的は真逆。そしてそれは結果として、あの絶望的な状況をも覆す絶大な力を生み出した。

 

「虚化か……」

「虚化だと? 違う。この力は断じて虚化などという低次元なモノではない。この私から破面もどきに成り下がる訳がないだろう」

 

 死神としての生命の終わり。そう告げられて、一護が真っ先に思い浮かんだのは、自身も手にしている力である虚化だったのだが、それは違った。

 確かに、藍染は平子達仮面の軍勢や東仙に虚化の力を与えたが、それはあくまで崩玉の力を試す為の手段に過ぎない。そして、それらを見てきた藍染は、如何に虚化が不安定でリスクのある形態か理解している。

 その彼が自ら虚化などする訳がないのだ。

 

「今の私は死神でもなければ、虚でもない。この世に一つだけの究極の生命として生まれ変わったのだ」

 

 ――間に合わなかったか……。

 

 そう堂々と宣言する藍染を見て、卯月は歯軋りを立てた。卯月はこうなる前から、藍染が崩玉と融合しているということを知っていた。故に彼は理解していた。自分が藍染の敵として立ちはだかれるギリギリの境界線を。

 

 先程までは、その場に居るだけで相手を怯ませるような霊圧を放っていた藍染だったが、どういう訳か、今はその強大な霊圧はなりを潜めていた。しかし、それが境界線であることを卯月は知っていた。

 

 崩玉と融合した藍染は文字通り次元を超越した存在。その霊圧は彼と同次元にいる者にしか感じ取ることができない。そして、この場に居る者で藍染と同次元に居る者は、黒崎一護ただ一人だ。

 仮に元柳斎のように圧倒的な霊力を有していたならば話は別だっただろうが、今の卯月にとって、崩玉を組み込んだ藍染は手に負える存在ではなくなった。

 

 その一方で、藍染の霊圧を感じ取れている一護はその規格外の霊圧に戦慄していた。これまでにも白夜に剣八、グリムジョーやウルキオラといった格上相手と相対し、その度に逆境を乗り越えて来た一護だったが、藍染との差はこれまでに戦って来たどんな相手よりも隔絶していた。

 

「やはり君は感じ取れているようだね、この私の霊圧を」

「どういうことだ……?」

 

 そんな一護の心を読み取った藍染は語りかけるのだが、一護は藍染が自分に何を言っているのか全く理解できなかった。

 藍染の口振りから察するに、まるで自分以外は藍染の霊圧を感じ取れないと言っているようではないか。この圧倒的な霊圧を感じ取れないなど、一護からすれば有り得ないことだった。

 

「そのままの意味だ。死神や虚という次元を超越した私の霊圧は、同じ次元に居ない者には、その力を感じることすらままならない」

「おかしいだろ。ここには総隊長のジイさんも居るんだ。俺だけがてめぇの霊圧を感じられるなんて、そんな訳の分かんねぇ話があるかよ」

 

 何故ならば、この場には自分よりも遥か上の実力を持つ元柳斎が居るのだ。そんな中自分だけが藍染の霊圧を感じ取れるなど、話の筋が通らなかった。

 

「私がしているのは単純な力の話ではない。次元が一つ違えば、そんな力も無に帰すこともある。私がしているのはそういう話だ。そして黒崎一護、君は特別だ。納得ができないのなら教えてやろう。君は――」

「――【月牙天衝】!!」

 

 そう藍染が何かを明かそうとした時、三日月型の霊力の斬撃が彼に襲いかかる。しかし、その技の発動者は一護ではなかった。

 その人物は一護を藍染の声から遠ざけるように、一護の前へと降り立った。

 

「喋りすぎだぜ、藍染」

「親父……か……?」

 

 なんと、その人物は一護の父親である黒崎一心だった。それも自身と同じ、死神の戦闘装束である死覇装を着て、宙に立っていた。しかし、一護は今自分の目の前にいる人物が、自分の父親であるということが信じられなかった。何故なら、一護には一心が霊力を持っているという認識はなかったからだ。彼の妹である遊子と夏梨は、大なり小なりはあれど霊力を有していたが、一心に至っては全くと言っていいほどその兆候がなかったのだ。

 それがどういう訳か、死神の姿をして、それも隊長格にも匹敵する程の強大な霊力を有してこの場に立っているのか、一護には分からなかった。それこそ、まだ他人の空似と言われた方が信じられるほどに。

 

 混乱した一護は一心に向かって言葉を投げかけるのだが、返ってきたのは言葉ではなく――頭突きだった。

 

「痛い!」

 

 勢いよく吹き飛ばされた一護は、ここでようやく認識する。

 

 ――あ、こいつ俺の親父だわ、と。

 

「ちょっとこいつ借りてくぜ、ジイさん」

 

 そして、一護を吹き飛ばした一心は元柳斎に一言投げかけてから、一護を追いかけた。

 

「……志波一心か」

「何だったんだ……アレ……?」

 

 まるで嵐のように過ぎ去ったその様を見ながら、元柳斎はかつての同胞の名を口にし、一心のことをあまり知らない卯月は、目を点にしながら声を零した。

 

 

***

 

 

「んー! んんんー!!」

うるせぇ、訊きてえことは分かってる! 今はちょっと黙ってろぷっ――

 

 藍染の目に届かない所まで一心に吹き飛ばされ、更に口まで防がれた一護は必死の抵抗を試み、一心の顔を蹴り飛ばした。

 

静かにしなきゃいけねーことぐらい分かるわっ! 息が止まるっつってんだ!!

「お、おう……わりぃ」

 

 しかし、一護も藍染の視界から遠のいたという状況の重要さは分かっており、それが今後の立ち回りに大きく影響していくこともよく理解していた。

 そして、暫しの沈黙が訪れる。この間に一心のことをじっくりと観察した一護だったが、目の前の男はどう見ても自分の父親だった。

 

「見間違いじゃねぇぞ、どんだけ見ても」

「そうみてえだな」

「あとで話す。訊きてえことは山程あるだろうが、全部まとめて――」

「――ねえよ」

 

 今まで黙っていたことを一護に話すべきだと思いつつも、今は目の前の戦いが優先だと思った一心は一護に説得をここ見ようとするのだが、その声は他でもない一護によって遮られた

 

「訊きたいことなんかねえ。今迄話さなかったんなら、理由があんだろ。そいつはあんたの問題だ。俺はそれを訊く方法を知らねぇ。気持ちに踏み込んで、泥をつけずに訊く方法が俺には分かんねえ。だから待つよ。いつかあんたが話したくなるまで、話してもいいって思う時まで。それまで別に話さねえでいい」

「一端の口利くようになったじゃねえか」

「受け売りだよ。前に似たようなこと言われて、随分と楽になったのを思い出しただけだ」

 

 そう言った一護が思い返していたのは、まだ自分とルキアが出会って間もない頃のことだ。

 自身が自らの母親である真咲を殺したと思い込んでいる一護にとって、何も訊かずに、尚且つ自分を信頼してくれたルキアの存在が、彼にとって如何に大きかったのかをよく憶えていた。

 彼女との出会いが一護に多大な影響を与えていることは、最早反論する余地がなかった。

 

「殴ってくれてありがとな、親父。なんか家に帰ってきた気分だ」

「一護……」

 

 藍染の霊圧に萎縮しかけていた一護にとって、仮初めとはいえ、日常への帰還は彼に確かな安らぎを与え、それと同時に己が護るべきものを再認識させられた。

 それに一心も、一護を一時撤退させた自分の判断は余計な気遣いだったのかもしれないと、安堵の表情を浮かべるのだが……。

 

「――殴ったんじゃなくて頭突きな」

 

 そんな息子の成長すらも照れくさくて素直に喜ぶことができないのが、黒崎一心という父親だった。

 

 

***

 

 

 一方、藍染と元柳斎の戦いは膠着状態へと陥っていた。いや、最早これは膠着状態と言えないのかもしれない。

 

 ――何故なら元柳斎がどんな攻撃を与えても、藍染はその傷を完全に回復させてくるのだから。

 

 元柳斎が剣で薙払おうが、拳を打ちつけようが、炎で焼き払おうが、藍染はまるで何事もなかったかのように立ち上がる。

 それだけならばまだよかった。しかし、崩玉と融合した藍染はそれだけでは飽きたらずに、今この瞬間も力を高め続けて居た。流石にワンダーワイスの爆発を喰らった時ほどの明確な差はないものの、元柳斎が霊力を消耗し続ける一方で、藍染は回復どころか成長しているのだから、如何にこの状況が元柳斎に不利か、二人の戦いを遠目で見ていた卯月と市丸にはわかっていた。

 最初は元柳斎も卯月に回道を施されながら戦っていたものの、市丸が卯月の相手をしてからはそうも行かなくなっていた。故に卯月も再度市丸の拘束を試みようとするのだが、そうすればそうするほど、市丸は回避に専念し、藍染と元柳斎からどんどん遠ざかって行っていた。

 

 そして不意に卯月が足を止めた。

 

「なるほど、どうやらそこが境界線みたいやね」

「……」

 

 その様子を見た市丸が卯月に話しかけるのだが、痛いところを突かれた卯月はその言葉に反論する事ができない。

 

「君が総隊長にかけたあの術。あれは一朝一夕でできるような術やない。それこそ君にしか解らんように、緻密に計算されてるはずや。そんな術を使いながら戦えてるだけでも、大したもんやけど、あともうちょっと足りんかったなぁ」

 

 卯月が元柳斎にかけた術は、市丸の言ったように緻密な術の構成と、繊細な霊力のコントロールによって成り立っている術だ。それを卯月は生来の霊力操作の素養で半ば強引にこなしていたのだが、それにも限界はあった。

 

 ――それは、距離だ。

 

 この術を発動するには常に正確な対象の位置を把握しておかなければならないのだが、それに必要な霊覚も、目の前に強敵である市丸が居る状況ではあやふやになってしまう。それでも元柳斎の圧倒的な霊圧により、ここまではなんとかなっていたのだが、これ以上離れれば、それも危うかった。

 

「君はこれ以上僕に近づけん。――だからここからは、僕の独壇場や」

 

 そして、こういう状況でこそ市丸の斬魄刀が輝く。何故なら市丸は、卯月の攻撃が届かない場所から、卍解による攻撃を仕掛ければ、それでいいのだから。

 

「【神殺鎗“舞踏連刃”】」

「っ!?」

 

 刹那、市丸が胸の前に構えた神殺鎗による刺突が、連続で卯月に襲いかかった。

 一本の斬魄刀で成されているはずのその技は、その伸縮の速度故に、一度に何度も攻撃をしているかのように見えた。

 これには溜まらず、卯月も結界による防御も交えながら距離を取って回避していくのだが、その間、市丸の攻撃は何度も卯月の身体を掠めた。

 

 ――毒を使われたら一瞬で終わってたかもしれないな。

 

 睡蓮の能力の内の一つに状態異常の回復があるのだが、その発動には卯月が睡蓮の煙を体内に取り込んでいる必要がある。故に先ほどから卯月は念の為になるべく睡蓮の煙を吸い続けて居るのだが、この高速戦闘の中、常に煙を吸い続けることは不可能だった。

 故に卯月は冷や汗をかきながら、市丸の標的があくまで藍染であることに感謝した。

 しかし、だからと言って安心はできない。毒がないとは言え、市丸の卍解は十分に強力であり、卯月の回避はギリギリ。今卯月が生きているのも、市丸の刺突を回避できるという最低限の条件を満たしているからであって、それすらもできなければ、市丸は容赦なく卯月を殺すだろう。

 しかし、市丸が位置を変えない限り自分は攻撃をする事ができない。

 

「【縛道の二十四“赤煙遁”】」

 

 故に卯月にできることは、より回避を確実なものにする為に市丸の視界から逃れることだった。

 縛道の煙に身を隠した卯月は霊圧も極限まで弱めることで、ほぼ完全に気配を絶った。

 

「【破道の五十八“闐嵐”】」

 

 だが、市丸もされるがままではない。何も彼の武器は斬魄刀だけではないのだ。彼は元より真央霊術院を僅か一年で卒業し、護挺十三隊入隊と共に三席の座に就いたという実績を持つ天才だ。その才能はあの冬獅郎をも凌駕しており、そんな彼にとって、この程度の鬼道を放つことは造作もなかった。

 

 しかしそんなことは卯月も承知の上だ。それでも彼が、僅か十秒にも満たない間でも市丸の視界から消えようとしたのには、それ相応の訳があった。

 

 やがて、風によって煙が晴れようとした時、そこに卯月の姿は無く、変わりに出てきたのは――黒い斬撃だった。

 

「【月牙天衝】!!」

 

 そこにあったのは、いつの間にか卯月と入れ替わっていた一護の姿だった。

 不意を突かれた市丸は、卯月の射程よりも遥かに長い月牙を躱し損ね、額に僅かな傷を入れられてしまう。

 

「どうやら卯月は藍染隊長のところに行ったみたいやね……。まあええわ、今の藍染隊長は卯月が行ったところで、どうこうできる相手ちゃうし。――久し振りやなぁ、黒崎一護」

 

 最早今の藍染には、どれだけ卯月が仲間を上手くサポートしようと関係ないと思ったのか、市丸は目の前の敵である一護に対して、神経を研ぎ澄ませた。

 

 

***

 

 

 卯月が向かった先である藍染と元柳斎の戦いは、新たに一心という戦力が加わったのにも関わらず、膠着状態から抜け出せていなかった。

 その理由はやはり力を高め続けている藍染にあった。元柳斎の流刃若火の炎は何度も藍染を焼き払ったし、一心の放った月牙天衝は何度も藍染を切り刻んだ。

 しかし、その都度藍染は死の淵から這い上がり、その力を高めて来る。この手の相手を攻略するには、再生することすらできないような必殺の一撃を命中させる必要があるのだが、そんな攻撃も今の藍染からすれば、クリーンヒットする事などまずなかった。そしてクリーンヒットさえしなければ藍染は何度も立ち上がり続ける。

 

「ちっ、どうなってやがる……!」

 

 自分達の攻撃が悉く回復される理不尽さに一心は悪態をつく。

 

「解せないようだね、何故君達の攻撃が私に通らないのか。ならば教えてやろう。今の状況は、崩玉の意志が私の心を理解したことによって起こった事象だ」

「寝言か?」

 

 一心には藍染の言葉が信じられなかった。今の藍染の言葉を鵜呑みにしたのなら、ただの球体の物体に意志があるみたいではないか。

 

「信じられないか? だがそれも仕方のないことだ。私もこの事実は、崩玉の主となることで初めて知ったことだ。君達は崩玉の能力を何だと思っている?」

 

 藍染の問いかけに、誰も答えることができない。死神と虚の境界線を取り除くという今までの一心の認識では、この状況を説明できないし、元々崩玉の真の力を原作知識によって知っている卯月は、それを悟られる訳にはいかないからだ。

 

「相反する二つのもの、虚と死神の境界を支配するものだと? 違う、崩玉の真の能力とは自らの周囲に在る者の心を取り込み、具現化する能力だ」

「何……!?」

「何じゃと……!?」

 

 その真実を知った一心と元柳斎は瞠目する。それでもにわかには信じ難い真実だったが、続く藍染の説明を聞けば、納得せざるを得なかった。

 

 もし、崩玉の能力が死神と虚の境界を取り除く能力ならば、今から百年前、藍染の虚化の犠牲となった平子達は喜助が起動した虚化によって救われていたはずなのだから。

 しかし、実際には喜助は崩玉で平子達を救うことに失敗し、最終的には尸魂界から逃亡し、現世に身を潜めながら全く別の方法で平子達を救っている。

 

 そしてこのことにより、藍染は崩玉の能力が、少なくとも死神と虚の境界を取り除くものではないということに気づいた。

 

 そしてその仮説を手にした藍染は、ルキアを現世駐在任務の名目で一護の元に向かわせ、浦原に崩玉をルキアに封印させることで、常に一護の近くに崩玉がある状態を作り出した。

 するとどうだ? 半分しか渡すつもりのなかったルキアの死神の力が全て一護に渡り、その一護は、死神の力を手にしてから極わずかな期間で大虚を倒すに至った。

 それだけではない。彼に触発される形で茶渡や織姫は特異な力を手に入れた。

 これらの説明することが難しい奇跡とも呼べる事象は、崩玉の真の力を介するだけで、全て筋が通ってしまうのだ。

 

「無論、崩玉の能力にも制限はある。崩玉の能力は周囲の心を具現化するもの。しかしそれは、対象が元来それを成し得る力を有していなければ、達成されることはない。そういう意味では、望む方向へ導く力とも言える」

 

 とは言え、崩玉も所詮は人が作り出したものだ。どんな願いも叶えてしまうなどという、出鱈目な力は流石に有していなかった。

 

「だが、生きものとは不思議でね。その矮小な心で願う程度のことは、実現できるようにできている」

 

 ある少年が、プロ野球選手になりたいという夢を抱いていたとしよう。確かにその夢は困難で、人によっては無謀だと断じる人もいるかもしれない。しかし、それは絶対に無理なことではない。その夢に向かって、努力を続けていれば、自ずとその夢は近づいてくる。

 そして、上記のように努力で解決できることは崩玉の能力の範疇。藍染が言っているのはそういうことだ。

 

 元来死神としての素養が高い藍染と崩玉の融合は、正に鬼に金棒だった。

 

「てめぇっ!」

 

 藍染の話を聞き終えた一心が足に力を込める。一心は気に入らなかった。自分以外の人を見下すようなその態度が。崩玉の力という一言で息子が積んできた努力を片付けたことが。

 そして一心が怒りのまま踏み出そうとした時、彼の横を何かが凄まじい勢いで横切った。その何かは一心の横を通り過ぎてなお突き進み、やがて遠くにあった建物に打ち付けられた。そこにあったのは一直線に伸びた市丸の斬魄刀と……。

 

「だらぁ!」

 

 その勢いに押し負けながらも、なんとか致命傷を避けた一護の姿だった。一護は市丸の斬魄刀を力づくで跳ね除けると、崩壊した建物の不安定な足場を嫌い、地面に降り立った。

 卯月と交代した一護だったが、速力に優れた彼の卍解をしても、市丸の神殺鎗の刺突は速く映り、苦戦を余儀なくされていた。

 

「よう止めたなぁ、まぐれにしても上手なもんや」

「誰がマグレだ、ボケェ!」

 

 あくまでも余裕を崩さない市丸にイラっときたのか、一護は普段よりもさらに眉間にしわを寄せながら返答した。

 

「い、一護……」

「何だよ、うるせーぞ! もうちょっとで何とかなりそうなんだ、邪魔すんじゃねーぞ」

 

 身体中に傷を増やした一護を見て一心は声をかけたのだが、何てこともないようにいつも通り自分を邪険に扱う息子を見て、一心もひとまず安心したようだ。

 

「すんません、藍染隊長。お話の邪魔してしまいました?」

 

 一方、市丸も一護と一心が話をしている隙に藍染との意思疎通を図る。今この場には卯月と元柳斎も居るのだが、彼らもこの先も続くであろう戦いに備えて霊力の回復や、視界を付与する術の調整に努めていた。

 

「いや、話ならたった今終わったところだ」

 

 市丸の言葉に答えた藍染は、さらなる霊力を開放して、一護たちを威圧する。本来なら、一護以外には藍染の霊力を感じることはできないのだが、藍染はこの一瞬だけ敢えて自身の次元を下げることで、周囲の注意を自分に集めていた。

 そして、それは次で戦いを終わらせるという合図だ。

 

「童が……!」

 

 その意図を察した元柳斎は、斬魄刀を持つ手に力を込めた。最早今の藍染に、敵を警戒するという姿勢は感じられなかった。ならば、真っ向から粉砕した上で格の違いを判らせてやるのみだと、元柳斎は考えた。

 しかし、藍染がそんな態度を取ってしまうのも無理はなかった。

 

 ――一体どこまで増えるんだ!?

 

 藍染の霊力の上昇は留まることを知らず、今この瞬間も増え続けていた。

 

「全く崩玉とはよく名付けたものだ。正しくこれは、神なる者とならざる者との交わらざる地平を、悉く打ち崩す力だ!」

 

 留まることのない成長から来る全能感に、藍染は完全に浸っていた。

 

 ――それが命取りになるということも知らずに。

 

 刹那、藍染を何者かが放った鬼道が穿った。しかし、その傷も崩玉の力によってたちまち癒え、藍染はしかとその下手人を見定めた。

 

「来たか――浦原喜助」

「お久しぶりっス、藍染さん」

 

 緑色を基調とした甚平の上に羽織られた一枚の着物。一歩動かす度にカツカツと音を鳴らす下駄。深くかぶられたハットに無精ひげという、微塵も強さを感じない出で立ちをしているのにも関わらず、そこから発せられる霊圧は一流そのもの。そんなちぐはぐさを持つ男、浦原喜助がここに来て戦場に姿を現した。

 




 本作の藍染は流刃若火に抗う為に、色々すっ飛ばしていきなりハンペン状態にまで覚醒しています。


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